ドキドキドキリコ初体験(78)

さて、このコンテンツは初体験を告白するページだ!
・・・と言っても、Hな事ばかりが初体験ではないぞ。世の中は、初体験のことで満ち満ちている。それを報告してもらいたい。例えば立ち食いそば屋に初めて入った初体験、母親を初めて背負った初体験、ファンレターを初めて書いた初体験、ビンタをくらった初体験、万引きで捕まった初体験・・・。大きな事でも、些細な事でも、アホアホな事でも何でもいい。
 最近した事、昔の事、とにかく「初体験」にまつわるエピソードを送ってくれい。メールの題名は「初体験」で。ペンネームもな。ポイントは内容によって3ポイント?ー(無限大)だ。ドキドキしたその時の様子を報告してくれい!

2016年姫はじめはAF

もはや精液も枯渇していると悩んでいましたがそれはオナヌーのときだけで、対人間となると信じられないほどの量を放出した2016年姫はじめでした。はい、AFです。相手は♂です。欲望が抑えられませんでした。性風俗ではありません。
素人タイ人のOLのオカマちゃんです。もう3年くらい前から知っています。SNSでつながっていて、ふと思いついて夕食を誘ったら「行くわー」って向こうは言うので待ち合わせしました。でも会った瞬間、欲望の炎がめらめらと燃えてしまったのです。なんと食事をする前にホテルに駆け込みました。よかったわー。私もその子も2回射精したわー。はっ、下品な投稿だわー。友達以上恋人未満、こちらでは「ギック」と言います。(ご存知AF大好きHより)

(寸評)背徳感というか「やっちゃいけない」「普通じゃない」と思うとよけー興奮するんだろうね。
今年もこれで突っ走ってくだせえ。ちなみに僕のお尻は貸せません。あとAIDSには気をつけてねー。 12ポイント。

はじめてのカレー付ライヴ

これを書いている時点で昨年、2015年11月の大阪は梅田の創徳庵での石川さんライヴで、ゲストにとってもキュートなアニメ声(?)のパーカッショニストのお姉さんがいらしていました。その名は藤森るーさん。

るーさんの叩くパーカッションは様々で、小道具から本格派までとりどり、叩き方も自由で石川さんの股の下だったり床に寝そべったり・・・ ただリンゴの皮をひたすらショリショリ剥くだけ、などなどパフォーマンスとしても非常にユニークな演奏をなさっていたのです。それでいてリズムは果てしなくシャープで冷静、「夜の牛たちのダンスを見たかい」で挿入されたビートは「ここぞ!」というタイミングで打ち鳴らされ、石川さんの曲の世界観にここまでフィットしてくる打楽器表現者はそうそういらっしゃらないのでは、とさえ思いました。
私はこの石川さんの系譜を継ぐような自由闊達かつ正確無比なパーカッションに心を奪われ、次にこの人が近くにお越しの際は是非とも行ってみよう、と思ったのでした。するとライヴ終演後に翌2016年の1月17日に同じ会場で「南風(みなみかぜ)」という大きなお兄さん2名と組んだバンドで「カレー付ライヴ」を行うのでぜひ来てくださ〜〜い! とインフォ、私は頂いたチラシを鞄のクリアファイルに入れ、この日を忘れまい、と鞄を開けるたびに思い出していたのでした。

無事に年は明けて2016年。嫁はんにもどうにか許可をいただき、ライヴに行けることと相成りました。今年の新年ライヴ初めはるーさんのカレー付ライヴかぁ。楽しみだなぁ。と前日夜になってふとよぎる不安、・・・・・・私、予約すっかり忘れてたわ・・・・・・。これ料理を用意するんだから事前に人数の把握は必要なわけで、予約してなかったらカレーも貰えず最悪門前払い、ということも大いにあり得ます。あほっ! 私のあほっ!!

あわててチラシに掲載の会場のスタッフの方の携帯電話に電話します。しかし出ません。そりゃそうだ、この日も創徳庵ではライヴが開催されているのです。ライヴの真っ最中にスタッフさんに電話をして繋がるわきゃありません。狼狽えた私はダメモトでメールを記入し送信、「カレーが間に合わなければ無くても構いませんので、宜しくお願いいたします」。そう、パーカッショニスト/ドラマーの他に料理研究家のお顔も持ち合わせていらっしゃるるーさん。そのるーさんが作られるという薬膳カレーが非常に気になるのはヤマヤマですが、それを諦めてでもあのパーカッションは今一度体感する価値がある。そう思ったのです。するとほどなくして休憩中に着信に気付いたのか、スタッフさんから折り返し着信が。「大丈夫ですよ、明日お越しください。」
よかったぁぁぁぁ!! 私は本当に運だけは強いおっさんです。

今回の対バン、というかるーさんがお気に入りで呼んできた? ユニットは、普段はオイワカモリというギター、フルート、ベースのお洒落ソングを奏でているのですがそのフルートのもりべさん&ベースのわかささんが組んで残念な歌をうたう、という「もりべとわかさ」、別名「ザンネンズ」(笑)。いただいたチラシからしてアングラ感満載のこのライヴ、警戒したのか石川さんライヴに来ていたお客さんはほとんど見かけませんでした(泣)。
それでもいいの、と単身アウェイに乗り込んだ私。おお、今日の創徳庵は床すわり仕様です。ハイトーンで来場のひとりひとりにお礼を述べられるるーさん。どうやら南風のライヴにいつもお越しのみなさんが中心のようですが、常連でもなんでもない私にまで「今日はわざわざお運び頂いてありがとうございます〜〜!」とご丁寧なご挨拶をくださいました。

ライヴの前にみんなでカレータイム、なかなかない経験です。配膳前にるーさんが、「皆様のなかで、生姜がお嫌いな方はいらっしゃいませんか〜〜? 水菜がお嫌いな方はいらっしゃいませんか〜〜? じゃーあ、パクチーが苦手な方はいらっしゃいませんか〜〜? えぇ〜〜みんな大丈夫〜!? じゃぁ全部乗せでお持ちいたしま〜〜す!!」とトッピングの好き嫌いをこれまたご丁寧に確認、常に笑顔でいらっしゃるのとこの細やかな気配りの出来るお人柄、それが今日お越しの約20人に愛されていらっしゃる秘訣なのでしょう。やってきました薬膳カレー、鶏胸ミンチにキャベツ、高野豆腐、ゴボウにセロリ、トッピングに生姜に水菜にパクチー、というなかなか普段は食べられない珍しいスープカレーです。お、おいしい!! カレー粉など使わずスパイスから作り上げた薬膳カレー、ぽかぽか身体が温まります。この絶品カレーとドリンク付ライヴで3000円!? 大丈夫なの!!? と私は心配しつつもおかわり500円をオーダー、減量中というのにぺろりと平らげてしまいました。さらに丁寧なことに作り方のレシピと各食材の効能(ex.キャベツ:胃腸の疲れを取ります。 クミン:免疫力を高め、動脈硬化を予防し、腸のガスを排出します。 等々)を乗せたA3ペーパーまで配布、そのうえ【食生活での健康づくりは、「体質」を知ることから。というコラムまで掲載、東洋医学の見地に基づいた体質に合わせた旬の食べ物の選び方を紹介してくださいました。これ私音楽のライヴに来たんだよね(笑)? ここまで親切な料理教室ばりの解説までいただけるなんて思いもしませんでした。

おなかいっぱいになったところでいよいよライヴ開始! オープニングのザンネンズ、いったいどんな楽曲を・・・ と思ったら・・・・・・ めちゃめちゃネガティヴな歌詞を淡々と歌い上げるスタイルがなんとも言えず面白い!!! ピアノは美麗、ベースもテクニカル、でも歌詞は残念、という新しいスタイル(笑)!! 一発でもっていかれました。大好き。しかもベースのわかささんはヴォーカル&鍵盤のもりべさんの奏でるアンデス、というアコーデオン+ピアニカの音程とりにくいやつ、みたいな楽器に息を吹き込み続けつつベースを弾く、という荒技を披露(しかも5曲くらい)、しれっとネガティヴボーカルを歌うもりべさんの横で息も絶え絶え赤い顔してベース&息をこなすわかささんのコントラストに笑いが止まりません。予想をはるかに上回るいい意味での残念さと面白さ!! 来てみて大正解でした。

さていよいよ藤森るーさんと大柄なお兄さん2名のバンド・南風の出番です! デカくてロン毛ヒゲのギター豊田さん、デカくて短髪半袖のベース長崎さん(石川さんライブにもお越しだった)、そして今日はコンガひとつで勝負のパーカッション藤森るーさん! なんか見た目がアンバランスだ! 小柄でかわいらしいるーさんと失礼ながら中々のもっささ溢れるお兄様方(笑)。いったいどんな音楽が奏でられるのかと思うと・・・ 意外にもさわやか! ハモりが素晴らしい! しゃべりが面白い! 楽器のバランスが良い! イロモノに見えて滅茶苦茶正統派じゃないですか!! そして必見はるーさんのコンガ捌き! 全身でアクションしつつ絶やさぬ笑顔、コーラス・ヴォーカルを取りながらもまるで乱れぬ息、リズム! 小さな身体を目いっぱい動かして難しいビートをニッコニコで叩く! ハイトーンで歌う!! 跳ねる!!! 

・・・本当に来てよかった。本当に楽しかった。そしておいしかった。 ことしの新年初ライヴはたまがらみではありませんでしたが、石川さんのお陰でまたひとつ素敵な音楽に出逢うことができました。ありがとうございました。そして翌日、2杯平らげた薬膳カレーの効果か、身体のアトピーが激減していてさらにビックリでした(笑)。ヴィヴァ・カレー付ライヴ!!! (オポムチャン)

(寸評)なんせ彼女の名前「るー」はカレーのルゥから来てるからね。
実は付き合いは長いがまだ彼女のカレーを食べたことない・・・。
今年は食べられたらいいな♡ 6ポイント。

はじめてのあと1分早ければ

初めて高校の同窓会に出席した時の事です。

ワクワクドキドキしながら会場をうろついていると、当時気になっていた男子の姿が目に入りました。

「お!〇〇君来てる!!ずっと気になってたから思い切って声を掛けてみよう。もしかしたらここからお付き合いがはじまるかも!」と思い、〇〇君に向かって歩いて行きました。

ドキドキしながら近付いて行き、まさに声を掛けようとしたその瞬間!!……まさかのタイミングで〇〇君は後ろの壁際に座っていた女子に話し掛けてしまいました。

私は仕方なく手に持った飲み物を飲みながら、何事も無かったかのようにその辺りをうろつきました。

そして2人の会話が聞こえてきたので『早く終わらないかな。終わったら声を掛けるぞ!!』と意気込んで待機していました。

しかし話は思わぬ方向に進んで行ったのです。
どうやら〇〇君とその子は小学校から同級生だったようで、勉強ができるその子にずっと憧れていたというのです。
そして次のセリフは何と「今度ご飯食べに行こう」と誘っているではありませんか!!
断ってくれ〜 と心の中で叫びました。
しかし返事はOKでした。
かくして目一杯膨らんだ私の妄想は一気に萎み、もうどうにでもなれと飲んで食べる事に集中しました。

〇〇君を発見するのがあと1分早ければ今頃結婚していたかも…と思うと残念でなりません…あ、頭の良い人が好きなら私、ダメだ。(♪ごりぽん)

(寸評)それも運命だねぇ〜。
俺は高校の時メチャクチャ好きだった子に40過ぎてから会ったが何かイメージ違ってた。
今の妻で良かった・・・。 7ポイント。

はじめてのセンターわけ

中学2年の秋。いつもクラスでよく遊んでいたN西くんが登校すると、いつもと頭髪の感じが違っていました。
それまで何の変哲もない髪型だったのに、突如センターでバシッと分け目がついたおヘアースタイルに変貌を遂げていたのです。

教室のやんちゃくれ共は囃します。
「なんや、N西、えらい色気づいてどないしてん(笑)」
「おう、女でもこさえたんか(笑)」

N西くん「ちゃうわうるさいな、散髪屋のおばちゃんが勝手にこんなんしよったんや」
あまりお洒落に気を遣わない、むしろ気を遣うのがカッコ悪い、くらいの気概の持主であるN西くんは、自身の髪型にたいそう不満そうでした。
それでもそのヘアスタイルのままで学校に来るくらいだから、生まれ変わった自分にちょっと酔い痴れてんじゃないの? コノコノッ! とか私までちょっかいをかけるのも悪いので呑みこんで、その話はそこまでにしました。

翌月。かつてのN西くん以上に髪型にはこだわりが無い私。転校するまではなにも考えずに「スポーツ刈り」と言い放って終わるのを待つ、という調子でしたが大阪市から豊中市へ中学を移ったのを機会に無策なスポーツ刈りは辞し、「このまま短くしてください」という今までよりちょっと長い、しかしシンプル極まりないオーダーを憶え、“スポーツもしないのにスポーツ刈り”の色白小太りを脱却しました。この日の散髪も「このまま短く」で貫くつもりだったのです。当然。

いつものおばちゃんに招かれ、椅子に座ります。さて開口一番、いつものセリフを口にしようとした時・・・・・・

おばちゃん「今日は分け目入れてみよか。今流行っててみんなやってるで。お兄ちゃんもそれしとき。カッコ良うなるで」

・・・・・・は?
晴天の霹靂。
これでは、N西くんの二の舞ではありませんか!!!
しかしシャイな小太りの私はおばちゃんの有無を言わさぬ勢いに飲み込まれ、震えながらコクリと頷くしかできませんでした。これN西くんも同じ散髪屋に来てたんだな・・・・・・。

結果、私の頭はきれいにパリッとセンターで分けられ、妙にさわやかになりました。
はじめは激しい違和感でこんなの変だ、と思っていましたが、それまでなんの挑戦もしなかった自分の頭髪が今風にされたことに対して徐々になんだか自分がトレンディな存在になったような錯覚に陥り、いい気分になりはじめました。

支払いを済ませチャリンコンと家に帰ると笑われました。
「お前なに色気づいとんねん(笑)」
「えらい似合うやんか(笑)」
後ろに(笑)が付くのがいちいち腹立ちますが、私のださ頭を非難していた兄貴はいいことだ、と納得していました。 やはり気分が悪い。
私は風呂に入り洗髪、もとの平坦ヘアーに戻そうとしましたが・・・ おばちゃんは一体私の毛髪になにを施したのか、どう頑張ってもセンターでパリッと分けられてしまいます。いくら手でクシャクシャにしても、櫛を使っても無駄でした。
嗚呼・・・・・・。N西くんも、きっと同じことをしたんだろうなぁ。でも、あかんかったんやなぁ。同じ哀しみを僕もしてるよ。ということは・・・

翌日。
教室のやんちゃくれ共が囃します。
「なんやオポム、えらい色気づいてどないしてん(笑)」
「おう、女でもこさえたんか(笑)」

オポム「ちゃうわうる【以下省略】」

結局このセンター分けは社会人になってからもしばらく続きました。しかしあまりにも長い間センターにしていたのでだんだん地肌の見える範囲が拡がって来て、弟からこの髪型を『ポム兄ちゃんのはげセンター』と称されるようになり、むかつくのでやめました。30才くらいでした。いまは原点回帰で分け目もなんもないノー変哲おヘアーです。おお楽だ。(オポムチャン)

(寸評)思えば長髪から坊主。
分け目とは縁のない人生を送ってきやした・・・。 6ポイント。

はじめての茶髪

そんな髪型なんてどうでもいい、という私にセンターの次に変化が生じたのは髪色でした。
色なんてもっとどうでもいい、と思っていた私、しかし時は猫もしゃもじも美容室またはブリーチで毛の色をいじくりたおしていた1998、私大学3年。黒髪男子など逆に珍しいくらいで、だささの象徴みたいな扱いでした。

案の定兄弟からまたぞろ私のお洒落拒否症をどやされ、1回1500円の大衆理容なんか行かんと10000円くらいする美容室でバシッと決めとかんかい、でないと一緒に歩く俺らが恥ずかしいねん、などと奴等勝手なことをぬかしやがります。
あまりにうるさいので観念し、なけなしのバイト代を握りしめ、兄貴らの通うオシャレ散髪に出向きました。事前にこんな髪型にしてくれ、と兄貴のヘアマガジンの切り抜きを渡します。ところが。

店員さん「ちょっとこのヘアスタイルはお客さんの髪質では厳しいですね。なるべく近い仕上がりにはしますけど・・・」
といきなりのダメ出し。しょっぱなから心を折られた私、あとはされるがままです。当然のように毛染めもされるのかと思いきや、ちゃんとそこは店員さんが聞いてきました。
店員さん「色も入れます?」
オポ「はい、お願いします」
店員さん「えっ、大丈夫? かなり髪の量少ないから、あんまりブリーチで傷めたら将来髪の毛あぶないよ」
・・・・・・それでわざわざ聞いてくれたのか・・・・・・。
でも私もここまできたらもうやけくそです。
オポ「はい、無くなる前に遊んどこうって思って」
店員さんはウケていました。はは。やった。やったやあるかい。だぼ。

クッサイ薬液を頭全体に揉みこまれしばらく待機、読みたくもないオシャレメンズ雑誌を渡され不快な気分で待ち続けました。しばらくしたら髪の毛がキシキシして痛くなり、なんで高い金払ってこんな目に遭わないといかんのか、と己の数奇な運命を呪いました。
いじめのような待機時間がようやく過ぎ、洗髪されると私の黒髪は淡いブラウンに変貌していました。

なってみると急激に感じる、俺イケてるやん感(勘違い)。
今までのもっさい私は今日で終わりだ、みたいな無敵イメージが涌き出て、明日から部活でもモテモテじゃぁ、とそれまでの陰鬱モードから早変わり、つくづく私は簡単な奴です。

結局この茶髪は就職活動が始まる前まで継続し、就職に見事に失敗してからも最後の定期演奏会前日にまた染めるなど、なんだかんだ言って気に入っていたのでした。屁垂れのくせに強気になれる、愉快な髪色でした。今となってはそんな過去があったなんて自分でも信じられないですが。
幸い、まだ髪の毛は残っています(笑)。

ちなみに例の美容室は普段からオシャレ意識が低いとあんまり大衆理容と変わらないような気がしてお金がもったいなくなり、2回通っていつもの安床屋にリターン、毛染めはディスカウント店で買ってきて弟に染めて貰ったのでした。嗚呼懐かしき調子こき時代。(オポムチャン)

(寸評)染めたことも一度も無い。
思えば髪で冒険とは縁のなかった人生でありました・・・。 7ポイント。

初めてのニヒル牛2大団円

2015年12月31日、建物老朽化にて母屋を解体することになったニヒル牛2が閉店しました。わたくし波照間エロマンガ島はたまたまこの時期日本に帰省していたので、最期を見届けに27日と31日の2回、足を運びました。
最後の展示は山中奈緒子さんの「炭鉱の街」。 展示スペースいっぱいを使って炭鉱の町を段ボールの模型にて構成したジオラマで、展示期間中に少しづつその姿を変容させていく「時間」をとりこんだ作品となっていました。石炭が日本のエネルギーを支えていた昭和初期や明治・大正時代の面影がそこかしこにあります。全体的に老朽化して廃墟にも見える町の全景。ボタ山や地下坑道、トロッコ、病院、炭鉱に働く人々の住む住宅、銭湯、トロッコヤード・・・。この雄大な作品世界に接すると、なにか懐かしいような気持ちになっていきました。
そしてその中央にある2階建ての建物は何処かで見たことのある建物、そう12月31日で営業が終了し、翌年には本当に壊されてしまうニヒル牛2の建物があったのです!今いる現実とつながっている、身近でかつ遠く懐かしい世界が目の前に展開していました。この衝迫力の強度は並大抵のものではありませんでした。
さらに微視的によーく目を凝らしてみると、その町に住んでいる住人は、ニヒル牛のスタッフや作家さん、常連のお客さんなどがいるという気配りまでありました。わたしは「素晴らしい!」と膝を打ち、ただただ感動しました。そしてSNSやブログで皆さんが「すごい、すごい」と言っている理由もわかりました。
そして最終日訪れてみると、それまで石炭を運ぶために鉄道基地の倉庫に係留されていた機関車が、どこかへ向かって飛び立とうと空に浮いていました。もちろん、炭鉱の町の住人もその汽車に乗って未来に向かっています・・・・・・。それはニヒル牛2の10年の歴史、その誕生から終焉、そしてこれからの未来までを象徴しているようにも感じました。

ニヒル牛2の最期の瞬間は、閉店1時間くらい前からこの店を愛する人々が多く集まり、一緒に迎えました。店主の石川あるさんの簡単な挨拶のあと、スタッフの皆さんとプロデューサーの石川浩司さんが皆さんの前に立ち、「蛍の光」をBGMに星の飾り物を手に持ち歌い踊り、そしてニヒル牛2は閉店しました。年の瀬という情緒もあわせちょっとしんみりもしましたが、でもあるさんや浩司さんのスペースなのか、笑いも絶えず、楽しい閉店でした。来年2月ニヒル牛は再出発するとのことです。(波照間エロマンガ島)

(寸評)作家の山中奈緒子は一時期「BUBUKA」などで俺と組んで連載ページも持っていたスタッフ作家。
しかし彼女は毎回もの凄い作品を作って皆をアッと言わせる天才なのだが作家として有名になりたいという気持ちが全く無いという希有な人。
噂を聞きつけ数々の雑誌や新聞、果てはジャ○ーズのテレビ番組からオファーもあったのに全て断っている。
あんなに叙情的な作品を作るのに本人はお笑いマニアであの作品もお笑いを観ながらゲラゲラ笑って作っていたというのが凄過ぎる・・・。

ニヒル牛2は終わったがニヒル牛2でやった様々な個展やイベントのノウハウを活かし今後ニヒル牛をより濃い空間とすべき只今鋭意改装中。
新しいニヒル牛はどういう姿で現れるか!?
二月まで刮目して待て! 7ポイント。

初めての妊婦さんと…

これ風俗じゃねーんだけど、仲のいい女のコが妊娠してて、安定期に入るとお医者からOKが出ればヤッテもいいんだってさ。ってわけでご無沙汰だし、妊娠の心配もねーからって、ヤルことにしたww。いちお、なんか気持ち的にアレだからゴムは付けたよ(笑)。
腹がデカいからさ、四つん這いでガンガンとか、正常位で押しつぶすとか、騎乗位で腰バンバン振ってもらうとか出来ないワケ。なんだかんだ言って赤ちゃんが大事なワケよ。チンコ挿すくせに(笑)。てなわけで選択肢はおのずと限られてくる、後側臥位っつってもわかりにくいか、要は横向きに寝そべって後ろから入れんだよ。もちろん相手は久々だし、たっぷり湿らせてからな。喜ぶったらwww。
いざ挿入!って、んん〜あんまり摩擦がねえ。んで奥まで入れ過ぎて赤ちゃんチンコノックしてもヘンな気になるだろ?萎えがちだろ(笑)?体位も動きも制限されちゃってる上にさ、なんか拡がってんのかな、アソコが。あんまコスれねえの。どうにかフィニッシュ、貴重な経験させてもらったけど、リスクの割にもひとつだったわ。(ナルセ)

(寸評)クリームまみれの赤ちゃん出て来たりして。あっ、ゴム付けたのか。
妊婦とするのが好きな男って結構いるのかもね。俺はあんまりだけど。 8ポイント。

初めての妊婦さんとA…

で、俺といえばAでしょwww。この前の妊婦のコが俺の反応がイマイチだったのを気にしてリベンジをさせてくれた。じゃぁ…ってことで俺の性癖を理解してる彼女は俺のA提案に渋りつつもOKしてくれた。
前にAは風俗で失敗してるからな…しかも今度は相手妊婦だし。でもまぁ前よりはリスクも少ないか、違う穴だし(笑)。ワセリンを用意し、コネコネ、クニクニ時間かけてほぐす。甘い声漏れて来てんじゃんww。やっぱご無沙汰だからそっちでも興奮すんだね。俺もビンビン(笑)。
体位は同じ後側臥位で、いざAに挿入!おおっ、いいじゃん!!前より締め付けがグイグイ来る!入口だけだけど。あんまり激しく動けないのは一緒だから動きは抑え目だけどこれイイ!向こうも感じちゃってるし、ゆっくりの抜き差しが新鮮でまた興奮する!!こりゃ妊娠中はAだな(笑)!!!クリ攻めながらじわじわ抜き差し。締まる!こっちも向こうも絶頂!!
ふ〜最高だった。ただ慣れてない人はAに付いた部分をアソコに触れがちだから注意な。前の各種アナに大腸菌なんか入ったら赤ちゃん母体ともに良くないからそこだけ注意。あ、そのコ無事ご出産されましたよ(笑)。(ナルセ)

(寸評)クソまみれの赤ちゃんじゃなかった?
確かに妊婦はそっちの方がいいかも。あっちで中でさらに胎児にしゃぶられたらすげー気持ちいいかもしれないが。
もうっ、変態ねん! 9ポイント。

初めてのタイ人ガイド

新宿の小田急百貨店の近辺を歩いていた時のことです。道端の何かのお店から、2人の男性が出てきて、英語で話しかけてきたのです。
「新宿のドン・キホーテへの道を教えてくれないかい?」

2人とも若干色黒の濃い顔つきで、話し方が東南アジアっぽい高いイントネーション。
どこから来たのか、聞いてみたところ、タイからとのことでした。
つたない英語で新宿南口を横切り、タワーレコードの前まで同行したところで、携帯の地図でその先を示し、別れました。

タイ人と話をするのは初めてではありませんでしたが(韓国語と日本語で話をしたことはありますが)、道案内となると、相当緊張しました。ちゃんと教えたとおりに行ってくれるかわからない上、知っていたタイ語が石川オリジナルDVDの中で出てきた、「マイペンライ(大丈夫)」しか知らなかったので…。
そもそも暑いのが苦手な自分としては、東南アジアは未踏の地で、足も踏み出していません。加えて、言語を一から覚えるというのもハードルが高く感じてますね…。(Hi-)

(寸評)英語もそれを母国語としているイギリスなどに行くと簡単な英単語ひとつでもイントネーションが違うと全く通じない。
その点アジアは母国語じゃないので拙い英語でも通じるというのはあるね。
向こうも流暢にクイーンズ・イングリッシュとか喋ったら返って分からないからねー。
アジア人はやっぱり欧米人より何となく「照れ」の感覚とかが似てると思う。
タイ、マレーシア、インドネシア。俺は親近感があるねー。 6ポイント。

はじめてのポテチ・ストロベリーショートケーキ風味

忙しい年末年始の最中にも、夜中女房子供が寝静まれば出来もしないトゥイターをいやらしく覗き見するのが私の趣味。石川さん周辺の皆さんの呟きはみな面白くて興味が尽きないですね・・・・・・ これ人呼んでネットストーカー、ちゅうやっちゃね。でもそういう言い方をすると私は約10名ほどをストーキングしている凶悪犯罪者ということになり、今すぐ豚箱へ叩き込む必要があるのですが対応は逮捕状がきてから考えます(笑)。

さてあほなことは置いといて、その石川さんのトゥイターに気になるものがありました。

「スポンジの味まで再現!」

との記載とともに表示された画像は、コイケヤさんの変化球ポテチシリーズの期間限定商品・「ポテトチップス 苺ショートケーキ」でした。

いつも駅そばのコンビニでバナナ味やもも味なんかが出るたびにアホかっ! と罵倒しつつもなんか後ろ髪引かれる想いになっていた私。しかしこの商品を見たときはさすがにあかんやろ、と。クリスマスに乗っかって取り返しの付かぬことをしでかしよったなぁ。と詠嘆しておったのですが、なんか石川さん絶賛してる! ほんでライヴ仲間の某Mちゃんも買って食ってるよ! と吃驚、これは私も変人の末席を汚すものとしては食しておかねばならん、と年始用の買い出しのついでにコンビニに立ち寄り、嫁はんに嫌な顔をされながら当該ポテチをもとめたのでした。

さて新年明けました。3日に東京は上野に住まう大学時代の友人が遊びに来るので、丁度ネタにいいや、と開封し、おやつに友人・嫁はん・ぼうず・私の4人でいただきました。

おお! 袋をパーティー開けした瞬間から香るスウィートな気配!! 迷わずパリッと喰い付きます!

私「うまっ! こらええわ」
ぼうず「おいしーい」
友人「・・・・・・」
嫁はん「・・・・・・」

実にリアルな苺とクリームの芳醇な味わいが口中に拡がったと思うや否や、咀嚼を進めるうちに平生のポテチの味わいに変化していくという二段構えの美味しさ!! 私はいままでイロモノ扱いして敬遠していたことを悔い、夢中になってパリパリと食べ進めました。

・・・ん?
周りの連中の反応がおかしい。
オポ「どないしたん、食べや」
嫁はん「・・・もう2、3枚でええわ・・・」
友人「・・・ちょっと甘過ぎるわ・・・ さすがにネタやな」

あっれぇ〜おっかしいなぁ〜、こーんなに苺ショートの風味を忠実に再現したパウダーを施しているのにそこ感動するポイント違うのん?? ・・・・・・・・・違うみたいです。

オポ「ぼうずもこんなに美味しがってるやんか」
友人「子供の味覚やったら、きっとウマいんやろな・・・」

うむ、納得!!
私はお酒も煙草も駄目な屁垂れおっさんで、炭酸飲料・ケーキ・ゼリー等小児が好きそうなものを好んで食します。香辛料のきついもの・くさみのある食材はまるで駄目、まさにお子さん味覚の持ち主であったのです。

ま、まぁ、石川さんや某Mちゃんと同じ悦びを味わうことができ、なんだか妙な仲間意識が芽生えたのでよしとしましょう。しかし驚きだなぁ。化学の粋(?)だなぁ。こんどはなおさんが裏切られたというみかん味に挑戦してみよっかなぁ。ともあれ、「おいしい」と思えるものに出逢えたのは幸せなことですよね! と、開き直っておきます(笑)。(オポムチャン)

(寸評)あの再現率は相当だと思うよ。
「どーせちょっとイチゴ味で甘くしただろう」と思ったらまさに苺ショートケーキ!
食感はいかんともし難いがそれ以外はかなり完璧。
嗚呼、俺がもっと偉かったら何かしらの賞を進呈したいくらいだ。
本当にスゴいよねぇ。但し二度は食べなくていいけど・・・。 7ポイント。

はじめてのポテチ・みかん風味

てな訳で、さっきの投稿メールを送信し終わって気付けば自宅最寄り駅に到着、早速売店でコイケヤさんの「ポテトチップス みかん味」をもとめました。このまま家に持ち帰ったら嫁はんに頭突きをかまされた上背後から胴締めチョーク・スリーパーホールドを仕掛けられ泡を吹くまで締め上げられられそうなので、日も暮れ果てた駅前広場の椅子に腰掛けてぜぇんぶ独りで喰うことにしました。

なおさん騙されたって書いてたからなぁ。きっと「わちゃあ、こら騙された〜」とかなるんだろうなぁ。どんなにまずいのかなぁ。わくわく(既知外)。

なになに、“甘く酸味のある「国内産みかん」とポテトチップスが不思議にマッチ!〜ぜひ、こたつに入ってお召しあがりください。”とな。あいにく炬燵ではなく寒空のベンチですが、ここは気にせず開封、いざ騙されてみましょう! パリッ!

あ、あれっ・・・
なにこれ、めっちゃウマいやんか・・・・・・ どういうこと??

みかんの程よい甘酸っぱさがポテチによく合います。ふっつうに、おいしいのです・・・。
てかこれ、みかん、って先入観で食べるから妙な気分になるのであって、「フルーツビネガー(果実酢)風味」とか書いてたらみんな「おいしい〜」つってパクパク食べるんじゃねぇの!?

・・・・・・言い訳はこのくらいにしておきます。やはり私はマイノリティ、このポテチを美味しく感じる変態なのだ。嗚呼。でもいいの。マズいと思うよりも美味しい、と思える方がしあわせだもの。だってポンジュースが大好き、ポテチが大好きな私、それを同時に楽しめるお菓子なんて理想じゃないですか!! まさに私はそんなお得気分で寒風吹き荒ぶなかポテチをひと袋平らげたのです。

うまかった。でも何故か漂う敗北感。近くに屑入れを見つけられなかった私は磁気定期券で駅構内へ入り、無事屑入れにポテチの袋と一緒に買った気休めのヘルシア緑茶のペットボトルを打ち捨てて再度改札を退出、複雑な思いを胸にバスに乗り帰宅し、自主的に晩飯を辞退したのでした。コテハンに載せた体重から5kgも肥えてしもたさかい。たはは。だめだこりゃ。(オポムチャン)

(寸評)俺はこれはマズくて「なんじゃこりゃ」と思った。
人の味覚に正解無し! 7ポイント。

はじめてのノートパソコン購入

2012年11月下旬。会社のレポートなんかを作成するときはいつも実家に立て籠りえんえんと18時間くらい作業してしかも終わらないので中途半端な形で提出してお目玉、という間抜けを繰り返していた私、これでは実家に悪いから当方でもパソコンを購入せないかん、と思い立ち、近所のヤマーダ電機へ嫁はん&当時1歳のぼうずを伴い出掛けました。

もともと実家のパソコンも私がはじめてのボーナスなぞを頂戴した際に買うたのは買うたのですが、電脳事情にちんぷんかんぷんの私はその手に詳しい弟に同伴を依頼し、私は指をくわえて見ているだけで各種設定・手続きが終了しておったのです。

さて新規購入。私の仕事は日常的にパソコンを活用するものではなく、ゆえに専門的な知識が必要にならぬがためにずっとあほのままで、今なおサーバ、プロバイダ、モデム等の意味が皆目解らないという原始人状態で、さすがに1人で各種手続きを済ませるには危険すぎる・・・ という訳で伴った(私より若干電脳に明るい)嫁はんですが、いかんせんぼうずがまだ乳児です。母親にくっついていないと、どないもこないもわやなのです。そんな状態でまともに店員さんの話が聞けようはずもありません。

嫁はん「私がこんな状態やから、契約の時はしっかり説明聴いといてや」
オポ「うん」
嫁はん「(・・・・・・ほんまに大丈夫か、こいつ)」
オポ「(たぶんどうにかなるやろ、うん)」

確実に不安感に温度差のあるメオト&ぼうず、ヤマーダ電機のパソコンフロアに足を踏み入れます。
狭隘な我が家、また用途も都度の保存もしない文書作成と遊びに使う程度ですから、ノートパソコンで充分でしょう。好みの色・ツヤ・かーたーちーを探してきょろきょろしておると、軒並み8〜10万円するノートパソコンのなかでなななんと5万円ちょいで購入できる品があったのです!!

もちろん安いのにはカラクリがあって、はじめから各種オプションがなんじゃかんじゃくっ付いており、1〜2ヶ月間はお試しで無料だけどそれを過ぎたら一斉に金をむしりとられる、というものでした。

店員さんは「使わなかったら解約されても全然かまいませんよ」なんておっしゃるのですが、これ・・・ 私みたいな電脳知識がちんぷんかんぷんのお年寄り等を対象にした商売だな・・・? と勘づきました。
1〜2ヶ月の間に結局忘れちゃって、気がつけば口座かクレジットから使いもしない各種オプション契約の代金をさっ引かれちゃう、ってなパターンを狙ったものでしょう。

しかし頭は悪いが金には汚い私。各契約の解約の方法はしっかり脳味噌に叩き込み、あとは野となれ山となれ、とその5万円ちょいのノートパソコンを購入・契約する段取りをしました。

店員さん「・・・というわけで、NTTから通信料、Yahoo!BBから手数料、ソフトバンクモバイルからモバイル使用料が引き落としになります」
オポ「はい」
嫁はん「待て待て待て待てはいとちゃうがな、すいません何で3つも分かれて請求されるんですか」
店員さん「(理解不能)」嫁はん「モバイルの端末は要らないんですけど? 家で置きっぱなしにするので」
店員さん「(意味不明)」嫁はん「え〜・・・ 解約にお金要るんですか・・・ じゃあ2年だけ」
オポ「(意識混濁)」

オプションの解約に脳味噌の容量を使い果たした私は、肝心の主契約の部分にはまるで頭が働かず、耳から煙を出しつつ支払い用にクレジット番号を書き込んだのでした。ぼうずに絡み付かれながらもサポートしてくれた嫁はんに感謝&陳謝。

翌月。電話屋だか電気屋だかわかんねぇ兄ちゃんが設定に参上、ひもを引いてこちゃこちゃ繋いでなんか宇宙語を喋って帰っていきました。おお!! 理屈はぜんぜん解らんが永らくオフラインだったオポム家がついに電脳開国だ!! 今なお仕組みについては理解が絶望的に進んでいませんが、これでレポートのたんびに実家に1日籠らなくて済むぞ! よかったぁ。

おっと忘れてはいけません、浮かれ気分を抑えて私はネット上で各種オプションサービスすなわちグルメ情報・健康相談等の加入を解除し、電話にてリモートサービスと光電話と光TVを解約(めっちゃ粘られた)、どーでもえぇ機能を綺麗さっぱり排斥してたのしい電脳生活を開始したのでした・・・ 1つだけ、気掛かりを残して(続編あり)。

えっ? 職場のレポート?? そういえばパソコン買ってから1回しか作ってないわ。ははは。なんたる本末転倒、こうして呻吟のすえ入手した電脳世界は結局ネット遊び専用と相成り、これをきっかけにもっぱら実家での閲覧だけだった「ひとりでアッハッハー」に本格的に足を踏み入れることになったのでしたとさ。(オポムチャン)

(寸評)俺もパソコン歴20年を越えるのに実はかなり基本的なことも分かってないで使ってる。
「自分がしたいこと(もっぱらホームページの更新等)の手順だけ覚えておけば後は野となれヤマト発進!」してしまったのだ。
そして今はて〜お〜の力を借りてなんとか続けられている・・・。
人生に、て〜お〜は必要だっ! 6ポイント。

はじめてのもばいるわいふぁいるーたーかなんかしらんやつ解約

ほい、「はじめてのノートパソコン購入」の続きで〜す。

2012年11月、近所のヤマーダ電機で新しい型なのに5万円のノートパソコンを購入、しかし安いがゆえにやたらめったら要らんオプションがひっ付いてきたものを契約先に渋られながらも一刀両断、問答無用でほぼすべて引っぺがして必要最低限の機能のみを残して快適な電脳ライフを送っていた私に、1つだけ残っていた懸念。それは最低2年間の継続契約を余儀なくされたSバンクモバイルの・・・ えーと・・・ わいふぁいるーたー・・・? とかなんとかいうやつですか? たぶんたしかパソコンと一緒に持ち出すとお外でもノートパソコンが使えちゃう、っちゅうやつでしたっけ・・・。でもでもそれをお外で使えば通信費が別途発生する、ってたしか言われたし、てか元々家に置いたままで遊ぶために買ったわけだし要らんものだったのですが本体の安さゆえにか何でかよくわからないまま契約させられてしまい、まぁなんかの折に使うかもしれん、と諦めて、2年を経過した後も使いもしないのにモバイル使用料を月々1000円前後支払い続けていたのでした。

そんな折、Sバンクから葉書が届きました。
なになに、「お前んとこの古臭いモバイル端末が近い将来なんか範囲が狭まるので新しいのんに交換しに来い。タダやで」ほうほう。いやせやから1回も使っとらんっちゅうとんねんな。箱さえ開けてないから初期設定すらしてへんで。 他のオプションは即座に切り捨ててやったのに、これだけは無駄に放置し過ぎちまったい。2012年から2015年に至るまで一切使わなかったんだからもうこれいま解約したろ。契約書契約書・・・ さすがうちの嫁はんは出来がいいのう、「インターネット」ってファイルに全部入れてくれとるがな。えーとパソコンから出来るかしら。うむむっ、出来ない様子。ほんでなに? 要注意? Sバンクのモバイル端末の解約は契約時から2年経過の翌月にしか無料で解約できず、そのほかの時期は解約手数料10000円取られる? ワォ、暴力的。

・・・えーとあれ? たしか契約したのが2012年11月、あっじゃあ今月なら無料!? にせんに、にせんさん、にせんよん、にせんご、ちょうど4年とちゃうの。よっしゃSバンクに電話して解約の手続きじゃ。えーとお問い合わせはここに電話したらええのか・・・ プルルルル。「こちらはSバンクお客さまサービスセンターです。該当の番号を押してください。・・・」自動音声に従って進みますが・・・・・・ 何回どう聞いても「解約」という選択肢がありません。仕方なくなるべく近い項目の番号を押して進んでいきます・・・・・・ まだか。まだ辿り着かんのか。そしてようやく担当に繋がると思いきや・・・

♪ぴゃんぴゃららりらんぴゃんぴゃんぴゃんぴゃらりららんぴゃんぴゃん、「ただいま電話が大変混み合っています。順番でお繋ぎいたしますので、このままお待ちいただくか、恐れ入りますがもうしばらくしてからお掛けなおし下さい」 ♪ぴゃんぴゃららりらんぴゃんぴゃんぴゃんぴゃらりららんぴゃんぴゃん、「ただいま電話が大変混み合っています。順番でお繋ぎいたしますので、このままお待ちいただくか、恐れ入りますがもうしばらくしてからお掛けなおし下さい」 ♪ぴゃんぴゃららりらんぴゃんぴゃんぴゃんぴゃらりららんぴゃんぴゃん、「ただいま電話が大変混み合っています。順番でお繋ぎいたしますので、このままお待ちいただくか、恐れ入りますがもうしばらくしてからお掛けなおし下さい」 ♪ぴゃんぴゃららりらんぴゃんぴゃんぴゃんぴゃらりららんぴゃんぴゃん、「ただいま電話が大変混み合っています。順番でお繋ぎいたしますので、このままお待ちいただくか、恐れ入りますがもうしばらくしてからお掛けなおし下さい」 ♪ぴゃんぴゃららりらんぴゃんぴゃんぴゃんぴゃらりららんぴゃんぴゃん、「ただいま電話が大変混み合っています。順番でお繋ぎいたしますので、このままお待ちいただくか、恐れ入りますがもうしばらくしてからお掛けなおし下さい」

・・・・・・・・・こいつら、意地でもわしに解約させんつもりか。ここまでやっとの思いで辿り着いたのに、この仕打ちか・・・・・・。
しかしこちとら小太り粘着質。そっちがそう来るなら待ち続けてやるさ。ああ。何時間でもな!!! ガチャ「お待たせいたしました、Sバンクお客さまサービスセンター〇〇です」おわっびっくりした、繋がったがな。

オポ「すいません、モバイルわいふぁい端末かなんかの重要なお知らせが来たんですが、ぜんぜん使ってないので解約したいんですが」
センター「恐れ入ります、ご解約は店舗にてお手続きいただくことになっております」
オポ「(ぐふっ)え、えーとそれは近くのどのお店でもいいんでしょうか?」
センター「はい、おっしゃる通りです」
オポ「畏まりました、ありがとうございます」

・・・・・・結局お店かい。無駄な時間だったぜ・・・。他のサービスは電話かネットでOKだったのに、これはなんか特殊な契約なのか、まぁ携帯電話の解約と同じ、ってことか・・・。このように知識が無いと時間が無為に消滅してしまいます。こうなりゃ善は急げだ、嫁はんに「行ってくるっ」と叫んで開封もしていないもばいるわいふぁいるーたー、かなんかよう知らんやつを戸棚から引っ掴んでカバンに放り込み、私はバス停へダッシュ、駅前のSバンクのお店へ飛び込みました。

さて番号札を取って待ってよ・・・ ここでもか・・・。ご用件ごとに番号札が違うのですが、どこをどう見ても「解約」の文言はありません。お問い合わせの自動音声でも同じことしてたな、よっぽど解約しにくくしたいんだな・・・。気持ちは解らんでもないがちょっとアレですね。
挙動不審な小太りが番号機の前でぷるぷるしてるもんだからお店のお兄さんが不振がって来てくれました。解約の旨を伝えると、「その他」の番号札を引いて私に渡してくれました。「その他」でよかったんか・・・。あほは生き辛い・・・。

で、5分程度待つと私の座っていた椅子までお姉さんが来てくださり、免許証を提示してくれ、ってんで見せたら端末にかきかき入力、「2016年の12月なら無料で解約できますが、今なら10000円かかります。よろしいですか」とおっしゃいました。
え? え? あれ? ちょうど4年じゃ、なかったっけ・・・ あばっ! 2012年に契約なら今(2015年)はまる3年、数え間違えたっ!! あほっ!! 私のどあほっ!!!

・・・しかし頭は悪いが金には汚い私、このまま来年12月まで持ち続けた場合、1000円×12月=12000円、今やめちゃうほうがわずかに安くつくことにすぐ気が付き、「はい今日やめます」と言い放ちました。あぶねぇあぶねぇ・・・・・・ しっかし決まった月にしか解約しにくいなんてこちらが損なしくみだなぁ、社長がソンだけに・・・ って怒られるわっ。ともあれ腑に落ちにくい仕組みです。電子サインをしているあいだしゃがんでいるお姉さんのタイトなスカートが開いており、ここまでの目に遭ったのでせめてもの慰めにとガン見しておきました(変質者)。

解約の控えをいただきなんかよくわからないわいふぁいの機械を返納して退店、私はさっぱりした気分で帰路に就き、なんかパソコンの契約ってやたらとややこしくって催眠商法みたいだなぁ、と自分の悪い頭を棚に上げて夕暮れ間近の曇った冬空にひとりごちたのでした。(オポムチャン)

(寸評)いやホント、契約の時はニコニコ顔で簡単なのに解約の時は迷路の末の鬼。
でも世の中すべてこういうことかもしれない。自分たちが気づいてないところでね。 6ポイント。

はじめての随筆

昔から文章の面白いマンガ(「パタリロ!」「Dr.スランプ」等)を読んで育ったせいか、私は不真面目な文章を書くことが好きでした(決して上手ではありませんが)。
ものの理屈や世の中の役に立つことには一切興味が向かず、いつもどうでもいい空想・夢想・妄想に耽っていたこどもだったので、頭に言葉を渦巻かせる時間がひとより多かったのかもしれません。

そんな私が高校3年の半ば、そのうち大きくなると論文、などというわけのわからない真面目な文章をかかんならん時が来るらしく、下手すれば高校卒業時に書かされるかもしれない、なんてな噂を聴いて、こっこれは、今から真面目な文章を書く練習をせなならん。あわわわわわわわ、とにわかに慌て、自主的にワープロでA4用紙1枚分の文章をこしらえていこう、と決意しました。

さて・・・ いきなり文章を編むといってもやはり何かしらのお題は必要です。ここはパッと脳裡に浮かんだ言葉に対してササッと意見を書けるようになろう、こりゃいわゆるエッセイすなわち随筆、っちゅうやつか。紀貫之。清少納言。おおっなんか凄い連中と対峙するような心地だ。当時は私の大好きな町田康さんや中島らもさんの書くエッセイなんかはまったく知りませんでした。

若干わくわくしつつ、学習机上のワープロを開きます。やるぞ。まずは「外国人」。

“基本的に外国人はよくわからない。まず見た目年齢が全然読めないし、考え方が意味不明だ。西武のトレンティーノ野手は代打に出そうと思ったら何故か球場の風呂に入っていて1年を待たずに母国へ帰っていった。・・・”

・・・・・・・・・・・・

おかしい。私は真面目な文章を編む練習をするために書き始めたのに、なんでこんな変てこな話になっていくのだ。しかもなんか皆に共感を得られる語り口には程遠く、ともすれば異文化差別を助長するような駄文です。
しかし私は思ったままをちゃちゃっと手早く纏め上げる力が欲しいのです。ここはあえて訂正などせず、どんどんこしらえていくのがサクセスへの近道だ。そう信じて私はワープロのモノクロ画面に新規文章をぞくぞく作成し、ついには10枚分の作品が出来上がったのです。

手元に(ていうかこの世界に)もはや現物は残っていないため思い出せる限りタイトルを並べてみれば、上記の第一作「外国人」のほかに「犬」「俺はロケット花火が嫌いだ」「ニポンゴ ワカリマセン」「燃えろ同性愛」「祝」「もう恋なんてしないなんて、言うとんのよねー俺」「K山記」・・・・・・・・・

あらためて題だけ見ても、いずれもビックリするほど読みたいと思う気持ちが微塵も胸の内から湧いてこない駄文臭つんつんのタイトル達ですね。所詮は17、8歳の知識も経験も貧相な洟垂れ小太りの綴るシロモノです。内容もついでに思い出してみると、「犬」は飼うのを反対したのにいつも暇だから散歩に行かされる運命を呪った犬&飼い主批判、てか愚痴。「俺はロケット花火が嫌いだ」読んで字の通り。うるさいうえにあぶない。近所の土手で有機溶剤の入った袋をご持参のラリパッパのお兄ちゃま方が夜通し射ち合いして遊ぶもんだからたぶんそれに腹を立てて。「ニポンゴ ワカリマセン」ちょっと文字ひとつ違うだけで意味がガラッと変わるから日本語は難しいと言いたかった模様、“コピーで文章を暗殺したり、痴漢で??を沸???してもしゃーない。”強引過ぎてぜんぜんおもろない。「燃えろ同性愛」そのころパタリロにふたたびハマって部活でホモ扱いされたのを逆手にとって愛の形を否定してはいけない、と言うふりして結局おちょくっている話。最低だ。「祝」正月も近づき、なんで年が明けるのが目出度いのか意味がわからない、と偏屈に賑やかな正月を批判。「もう恋なんてしないなんて、言うとんのよねー俺」槇原敬之のタイトルのパロ(言わずもがな)、部活の後輩に振られた腹いせ。超女々しくて嘔吐。「K山記」ネタが切れたので私を含む豊中の3馬鹿・K山の破天荒なエピソードを紹介しまくり、K山に「オポムは今後も俺の失敗をみんなの笑いものにして楽しんで生きてくれ」と言われて自分の卑小さに落ち込んだ。

と、ここまで書いて「紹介」という単語が出て来ましたが、つまりその時点で読者が付いていたのです。
第一作「外国人」〜第五作「燃えろ同性愛」を書き上げた段階で私は「論文を書くために文章の練習をしたから見てくれる?」とプリントしたものを周りの人間に見せていたのですが、どういうわけか面白がられてしまったのです。
K山のクラスメートからは次回作を待たれ、弟さえ私の打ち込むパソコンを覗きにきました。

・・・・・・あ、あれ???
私、論文書く練習してたのに、いっこも真面目な文章、書いてない・・・・・・ い、いや、書こうと思っても気が付けばふざけてる・・・・・・
そして、こんなわけのわからない物なのに、なんか一部面白がってる人もいる・・・・・・
も、真面目な文はひとつあきらめよう。
こうして7年後なにかの間違いで社会人になりすました私は、昇任試験の志願理由がまるで書けず、「自社のために頑張る人材になる」とかあほ丸出しの書き方で一次書類選考で即シャットアウト、入社後15年というのにいまだ平社員のままなのでした。アハッ(泣)。(オポムチャン)

(寸評)それがこんなところで花咲くとは!
まだまださらなる大輪を期待してまっせ! 8ポイント。

はじめてのRPGツクール

小学校の卒業文集で、私は「将来の夢」のコーナーで『ゲームを作る人』とイラスト付きで書いたもので、最近はぼうずが生まれた&趣味が投稿に変わったためめっきりやらなくなったのですがゲーム大好きっ子でした。

そんな私が小学生当時ハマっていたのがRPG、いわゆるドラクエとかファイナルファンタジーみたいな主人公が剣と魔法でもって悪さするモンスターをど突きまくって鍛練、そうして強靭になって終には悪の親玉を打ち据えるってな感じの、ロールプレイングゲーム、っちゅうやつですね。
様々な呪文やアイテム、個性的な街人や敵、広大で難関のダンジョン・・・ 私はワクワクしてこれらを攻略していきました(兄貴が途中で投げ出したものも多数含む)。私は失敗がすこぶる多く学習能力が著しく低い下等生物ですが、粘り強さだけはあるタイプです。ぽっちゃりに多い粘着気質ですね。ともあれ根気さえあれば、たいていのRPGゲームはあほでもクリアできることが多かったです(一部を除く)。

さて高校生になってどうもゲームを作る人はパソコン等にたいへん詳しくないと無理っぽい、と早速夢を放り投げた私、されどスーパーファミコンで「RPGツクール」というソフトが出ることをファミ通にて発見、これいいじゃん、これならわざわざゲーム屋さんにならなくったって自分の思うままにRPG作れるじゃん、と即刻お年玉で購入しました。

さぁ買ってみたものの、決めなければならないことが山ほどあります。物語の舞台設定・ストーリー、キャラクターの名前・レベルアップ時のステータスの上昇値、敵の強さのバランス・落とすお金・得られる経験値・出現範囲、アイテムの効果・値段・配置、武器防具の強さ・装備可能キャラクターの設定、呪文の効果・名前・習得レベル、街やダンジョンのマップ作成・アイテム配置・街人の台詞(ヒントのちりばめ)・BGMの選択、etc・・・・・・
めっちゃめちゃ、やること多いやんけ。多すぎるやんけ。
しかしこの投稿数をご覧になってもおわかりでしょうが私小太り、粘着質なの。ゆえに根気のいる作業は人ほど苦にならないのです。要領はおっそろしいほど悪いですが・・・。
幸いなことにフィールドマップはあらかじめ4種類用意されています。このうちどれかビビッと来たものを選べばOK、あとは街・城・ダンジョン・塔なんかを用意されたパーツを組み合わせて地道にこしらえていけばいいのね。ええと階段の絵を置いてそこに触れると別の画面に移動して「ザッザッザッ」という効果音を入れて・・・ あっ逆やがな、先にザッザッザッの効果音入れてから移動にせんと階段上がってからザッザッザッ言うてまうがな、などとゲームを作る人の苦労を実感、こんな地道な作業の繰り返しなのだなあ。

肝心のお話ですが、簡単に、周りのおバカな連中を主人公に仕立て上げました。昔からの友人の豊中の3馬鹿のK山とS井はもちろん、高校で出逢った個性的な奴らを操作して遊ぶなんて楽しいじゃないですか。そして敵、つってもべつに居ないので、ゆうめい宗教団体が合併してモンスターを召喚、それぞれの支配地域の教祖を倒して陰の親玉を暴く、というキワドい内容でした。
その友人たちが言いそうなセリフ、取りそうな行動を随所にちりばめ、お話はすいすい転がっていきました。こりゃいいわー。

またアイテムを考えるのも楽しく「まくのうちべんとう」「ポカリスエット」「キリンラガー」など回復アイテムがやたらとコンビニ風だったり、要所の中ボスが体育教師だったり、敵の砦が「さてあん」という名前だったり、「献血所」に行けば体力は減るけど無料で回復アイテム「めいじブリック」がもらえたり、街の名前が実在の近所の地名(「ウメダ」「キョート」など)だったりもう私の妄想パラダイス、長い時間をかけて超身内ウケなRPG作品が完成しました。ご立派に説明書までワープロでこさえました。

遊んでくれた友人からはおおむね好評でした。ただバグというか設定ミスが見つかりぜんぜん進まれへん、と言われてソフトを回収しデータを作りかえたことも1回。デバッグって大事。でも1人で作ってんだからこちらが想像もしないことをやってくる奴って、絶対にいるんですよね(笑)。
ちなみに自分も操作キャラとして4章の冒頭に登場させました。ブタの外見でステータスは「うんのよさ」だけが異常に高く、装備できる武器が「げどうのエアガン」というRPGにあるまじき卑怯なキャラでした。
その後、味を占めた私は「RPGツクール2」、そしてプレイステーションに変わった「RPGツクール3」まで遊びましたが、どれも共通するのは素材がある程度あらかじめ用意されているとはいえオリジナルのRPG作品を作り上げるのには滅茶苦茶時間がかかるということ、そして半年かかって作り上げたのにたいてい3日でクリアされてしまうということ(泣)。で、感想が「もひとつやった」とか言われた時の徒労感たるや・・・。結局私のまわりでオリジナルのRPGツクール作品を最後まで仕上げた人間は誰一人おらず、誰か他の人が作ったやつを遊びたいなぁ、と思っていた私にその機会は訪れませんでした。

・・・よくよく考えればいずれも作成するセリフの量が半端ないので、私がこのように脳から出まかせで文章を編むのにはこの「RPGツクール」を作ってきたことがベースになっているのかもしれません。遊びも本気でやれば、なにかの役に立つ(?)もんですね。(オポムチャン)

(寸評)俺もゲーム作ったなあ。MACでしか動作出来ないけどライブの時などにフロッピーディスクで数百本は売ったなあ。
今はそのMACでも遊べなくなっちゃったので幻のゲームとなってしまったが・・・。 8ポイント。

はじめてのCFNM動画閲覧

ぎゃはははははははははは!!! ちょっと!! 某HTRMERMNG島さん(笑)!!! 最高じゃないですか(下の投稿:「初めてのジーンズ、もとい〜」)!!! これ私が一応気ぃ遣って(※下品です)って書いてる投稿がぜんぜん下品に見えないレヴェルのスーパープレイじゃないですか!!! やぁやっぱりこれを拝見したら私は所詮口先だけの変態、性的にはウブもウブな赤子同然ですねぇ。これ酔った勢いで続々と隠し持っていらっしゃる伝説を披露されると私の投稿王への道は完全に消滅するでしょう(笑)。ときおりニヒル牛マガジンの連載「チャオプラヤ左岸派」でも垣間見せる、ディープかつハードな実体験はこれだけではないでしょう。私が(勝手に)尊敬しているのはこういう所も含めてさまざまなジャンルの事柄に造詣がお深いところなのです。今後とも素晴らしい体験談をワクワクしながらお待ちしております(無理にとは申しません(笑))!

と現投稿王の威光にいたく感動した私は、さっそくCFNMについて調べることにしました。
わからないことはネットで検索。「porn CNFM」と誤打するとかしこい検索エンジンは「porn CFNM ではありませんか?」と教えてくれるKoolな奴。どうでもいいですがポルノを意味する「porn」って一瞬「pom」に見えてまるで私の名を呼ばれているようで嬉しいです。

おお! いきなり素晴らしい動画たちが涌き出てきました。クロウヅドなフィメイルがネイキッドなメイルをいぢめている(?)ものがメインのようで、マッパの兄ちゃんを眼鏡のブロンドオフィスレイディがごしごししたりべろべろしたり、ってなシチュエーションが大半でした。いつみても外人さんはいろいろごっついなぁ。
そんななか私の琴線にピピンと触れてきた動画の概要、部屋でパソコンいじってくつろいでるべっぴんさん(上下とも着衣だが下はパープルのレースのやつ一枚のみ)に、彼氏と思しき男が話しかけ、いきなりうつ伏せでパソコンに夢中のお嬢さんの尻を“脱がさないまま”揉みまくり、お嬢さんそれでもパソコンをいじりつつ「No no no no no...」とこらやめんか、的なニュアンス。男は直球派で「Why?」とか言ってます。う〜んナイスなけだもの。
せんど尻を揉み倒されたかと思うと気付けば男だけがマッパ、尻たぶをひたすら揉むだけで核心部にはそれまで一切触れなかったというのにいきなりパープルのレースをぐいっと横にずらし、ズニュゥ。それでもパソコンいじったままのお嬢さん、「......Aaaahhh.........」と甘ぁい声を漏らします。ここからは英語がわからないので想像ですが、それでもお嬢さんはキーボードを叩いて画面を見続けているのはこんな会話をしているのでしょうか。

F「・・・あっあはぁ〜〜・・・、ちょちょっと、いまネットショッピングの最中やてンん」
M「わかっとるがな、ハァハァ。ええからお前は買いもん続けとけ」
F「・・・っんもぉぉ〜〜、あはっ、この助平」
M「どのデザインがええねん? なんぼすんねん」
F「ふう、はっ、はっ、この秋の新色、めっちゃカワイイやろぁあああんっ」
M「それこないだダイエーでふっ、買うたやつやないか、オオっ」
F「なに言うてんのんぁあ、こんな違いも判れへんとか、あっ、ああっありえへんしぃいっ」
M「ほな買えやっうんっ、クリックせぇ、ほれ早よクリックしてまえオラっ」
F「いっ、言われんかてアッくり、クリッくりっクっ、クリックするしぃひンンンんんん!!!」

・・・えっ? 関西弁で大事なシーンが台無し? おっかしいなぁ私は興奮して書きましたが駄目でした(笑)? まぁ実際はぜんぜん違う会話してんでしょうがそんな日常の生活の中に無理矢理行為を捩じ込むというシチュエーションに、私はたいへん興奮しました。双方がはだか、よりも片方が普通の格好、というのが非エロの空間の中に突如来襲してきたエロ事件、みたいな感じでとてもよいのです。双方着衣、となるとまぁよくありますもんね、車中とか野外とかでも。なぜか片方がマッパ、というのが非日常感が出てエロティカルなポイントを高めている気がします。

ほかにも、OL上司がピンポイントでパンツスーツの裏口の部分を破いてネイキッドマンが裏口入門、見た目完全に服着てるのに全裸男にすぽすぽされちゃってるとか、婦人警官さんを制服のままというとんでもないモノとか、あんまり夢中でファッファァッバッボォイストゥレッチマイアッソォイェスィエェエス、気が付けばろくに投稿も出来ないまま深夜1:30になってしまいました(笑)。しまったこれは私の投稿数を抑えるためのエロマンガ島さんの罠だったのか(笑)!? 今宵のうちにたくさん消えたはなかみをはかなんでもう寝ます。いやしかしこりゃいいわ。(オポムチャン)

(寸評)エロマンガ島とふたりでディープな道に行っておいで!
俺はいつでもマティーニをすすりながらのクールな傍観者さ・・・。 7ポイント。

初めてのジーンズ、もといデニムを履いたまま・・・。

なかなか初体験ってないもんだよな、某OPMチャンって毎度毎度ネタがつきないよな、と感心しつつも、ある「初体験」を思い出したのでここに記します。

私は男性でセクシャリテはストレートですが、時たま「おいた」が過ぎて暴走してしまう体質です。そして自分でも未知のアプノルム体験をよくしてしまうんです。それが良いんだか悪いんだかよくわかりませんが、あとであんまり後悔しないのがのんきな性格というか。

「CFNM」という変態プレイをご存知でしょうか?「Clothed Female Naked Man」の略です。つまり、「着衣の女性と全裸の男性」のプレイのことで、ポルノビデオではここ10年くらいジャンルとして確立されてきました。もともとは、印象派の画家、エドゥアール・マネの代表作「草上の昼食」のモチーフ、全裸の女性と着衣の二人の男性がピクニックで草の上で寝転がっている構図からこういうセクシャリティが広まったという説がありますが・・・。あ、1981年頃マルコム・マクラレンがプロデュースしたBow Wow Wowのレコードのジャケット写真にこの「草上の昼食」が再現されてましたね!

わたくし波照間エロマンガ島が「悪戯」ばかりしていた頃の話です。一時期、シーメール玉あり竿ありの女装男子とつきあっていました。毎度逢瀬のたびに変態プレイの限りをつくしていたのですが、ある日私は上記の「CFNM」プレイを試したくなったんですね。でも普通は相方のオカマちゃんが着衣で私がマッパダカになるのですが、設定を変えて、私が着衣でセックスすることにしたのです。

そう、そのとき私が履いていたデニムの股ぐりのところをハサミでチョッキンチョッキン切ってしまったの。そして、相方にドッグスタイルで後ろから突かれたのね。これは最高に倒錯した感情になったわー。

シーメールとのセックスで気持ち良いのは、両方射精するまでプレイが終わらないこと。つまり単純に「ひと粒300m」というか、ダブルエクスタシーの世界があるんだナ。はー、はー、はー。というわけで、またまたくだらない初体験を暴露してしまいました!すみまそん!でも女性のほうが好きなんだからね!(酔いが醒めて、後悔しそうな波照間エロマンガ島)

(寸評)投稿王でもあるが変態王でもある。
あんたはダブルキングやっ!! 12ポイント。

はじめての暗闇lavatory(※下品です)

こないだ。京都の良きライバル投稿者西大路さんのポイントを使用して石川さんを大阪にお招きするというイベントを非公開でおこない、約20名の観客とディープな夜を過ごすことが出来ました。とっても楽しかったです。おわり。じゃねぇ、その会場「画廊喫茶フレイムハウス」での出来事。

この画廊喫茶フレイムハウスには客席のある2階と物置の3階にトイレがあります。
2階のトイレは近いのですが壁がうすく、ちょっと大き目の音をなんかの拍子に放ってしまうと近くにいる方に聴こえかねません。
私はそういうシチュエーションが大の苦手で、人の気配や話し声が聞こえる状況で便座に座れない、という精神的脆弱性を抱えています。
ただでさえデフォルトで気色の悪い私、そんな私の小汚い排泄音など誰が聴きたいでしょう、それを思うととうてい人通りの多い、かつ見知りの人間が多数行き交う場所でトイレには決して行けないのです(これは実家や自分の家でも同様です)。

ただ、人の気配がしない程度に、場所が離れてさえいればよいのです。
そこで選択肢に浮かぶのは物置の3階のトイレ。階段がちょっと危ないレベルの傾斜ですがまだなんとか昇れます。よかったぁ、じゃぁ早速上で小便こいて来よう、とそこでオーナーからひとこと。
「3階もトイレ使えるけど、電気付かんからね」
電気付かへんのかいっ。

しかしそんな贅沢なことは言ってられません。誰かの近くで用を足すよりは誰もいない漆黒の闇の中で怯えつつする方がよほどましです。
私は急な階段をずいずい上がり、ギター・ウクレレ・画材・イーゼルなどが置かれている物置の奥へ足を踏み入れました。あった。隅っこに、トイレが。小さな扉を開けると思いのほかきれいな洋式水洗便器が鎮座していました。

扉を閉めれば、ほんとうに視界がいっさいなくなりました。
ちょうどこの日は皆さんに目隠しをしてもらった上にカーテンを全部締めて電気も消して、暗闇の中で石川さんのライヴを聴くという変わった試みもおこなったばかりでした。そんな暗闇ライヴのあとにまさか暗闇便所を体験することになるとは・・・・・・ ドキドキ。
夜、電器の無い狭いトイレで扉を閉めて用を足すなんて、初めてです(そらそうだ)。
ちょこっと扉を開けても大丈夫かな、なんてことも思いましたが、私と同じ考えのひとが最中に3階へ上がってきたら完全に変態扱いされてしまいます。いや変態で正解なんだけど今後本格的に距離をおかれそう、という意味で。私はモラルある変態でいたいのです(なんだそれ)。

真っ暗な中、ズボンを下ろし、便座に腰掛けます。この場合立ちの状態で用を足すことはあまりにも危険だからです。
しろろろろ。よほどおかしなやり方さえしなければふつうに便壺のなかへ用を足せている筈なのに、なにか失敗してズボンがビシャビシャになっているような気がする不安感。完全に視界の無い状態で下半身が露わになっている、弱者感。これはなかなかスリリングなことでした。
レバーを手探りで探し当て、じょゎんしゃぁぁ。ズボンを上げベルトを締め、扉を開けます。ようやく景色が見えます。どうやら私はトイレや衣服を汚すことなく、無事に使えたようです。よかったぁ。

・・・まぁよく考えてみれば西大路さんは毎回これをやっているわけで、私のようにいちいちハラハラしていられないでしょうが(笑)。
楽しいライヴのあとの、どうでもいい一コマでした。(オポムチャン)

(寸評)真っ暗な中で風呂に入るのも面白いよ。特に雨の日。
試してご覧。 6ポイント。

はじめての音で興奮(※下品です)

さてお手洗いの話題が出たので下品ついでにもう一丁いきましょう(なにがついで、だ)。

時は2000年、私の無職元年、となるわけですが、その無職時代の夜明け前、卒業旅行の和歌山・白浜でのお話。
大学合唱団の連中と約10人程度で白浜の宿で夜遅くまで大騒ぎ、ノリのいいおかみさんにリクエストされ私はギターで歌詞もろくに知らない井上陽水の「リバーサイド・ホテル」を歌うなどやりたい放題、夜は愉快に更けて行ったのでした。

そんなどんちゃん騒ぎのすこぅし前、16時頃宿に着いて荷物を置いてからのこと。皆は周辺の温泉や土産物屋や浜辺に出かけたりしていますが、私は夜勤のバイト明けという悪条件も重なり、部屋の隅で寝ていました。
またその寝場所というのが絶妙なところで、なぜか布団等の収納スペースの下に人1人横臥して入れる空間があり、皆は私が何処に行ったのかしばらく気が付かなかったようでした。

そうして狭くて目立たない空間で快適にうたた寝していると、女声団員がひとり部屋に戻ってきました。私がおかしな場所で寝て居ることには気が付いていません。
彼女は部屋の手洗いに入りました。目を開けてみると手洗いの扉は下部が空いていて、ちょうど低い私の位置から便座に座る脚がスネのあたりまで見える状態です。

・・・・・・あれっ。
なんで私は興奮しているのでしょう。

今から小用を足そうとしている女の子の、足が、見えている。なんだか図らずしてノゾキをしているような構図になりました。いや放たれる場所は当然見えないのですが、なんで私は興奮しているのでしょう。そして。

しぽろぱろぽろろろろろろろろろろろろろ。

誰もいない(じつは居る)ことに油断して、なにかが水面を打つ音が響きました。

・・・・・・・・・・・・あれっ。
なんで私は勃起しているのでしょう??

今まさに小用を足している最中の女の子の足が見えていて、その音が、間近で、聴こえている。
わざとではないにせよ、なんだかものすごく背徳的なことをしているような気分になり、私は激しく勃起しました。

スカトロジーはあまり得意ではないはずの私ですがそこは変態、勃起もやむなしだったのでしょう。20代前半の乙女の音。うん、仕方ない。己の変態性の業の深さへの呆れと、エロスって様々だなぁ、と勝手に感心した、2月の白浜での出来事でした。(オポムチャン)

(寸評)俺もおしっこの音はちょっと興奮するなあ。
流石に大の方はちょっとキツいけど。おしっこの音はい〜いもんです。 8ポイント。

はじめてのテリトンないしはバール

わけのわからんタイトル失礼します。
私は大学時代に合唱をはじめ、社会人になってからも嫁はんが小さい頃から所属していた少年少女合唱団のお手伝いをしたりしています。社会人のコーラスの団体はたいてい男声が不足するので、こんな屑にも声がかかるのです。

さて私こと屑、学生時代から音域が中途半端で、バスなのかテノールなのかヴォイストレーナーの先生も困る厄介者でした。同期生だけで歌う際は人数の足りない方に入れられるという、バスに短しテナーに長し、なんてどちらにせよ使えないパート不定無職、みたいな存在でした。
ちなみに男声で高音を担当するのがテノール(テナー)、低音を歌うのがバス(ベース)と呼び、曲によってはテノールはトップテノールとセカンドテノールに分かれ、バスはバリトンとバス(ロウベース)に分かれて歌うことがあります。たまにソプラニスタとかカウンターテノールとか変わり種も出てきますがレアキャラなので割愛。

というわけで、どっち付かずのへぼ歌い手の私はだいたいバス、もっぱらバリトンに配置されることが多いのですが、ご案内のとおり合唱団には男声が不足しています。ゆえに所属合唱団では女声はソプラノ・アルトに分かれるが男声はいっしょくた、といういわゆる混声3部合唱、というスタイルの曲をおもに選んで演奏するのですが、毎年12月にうちの団が出演している豊中市合唱祭で歌う曲を締め切りに迫られた指揮者の先生が気分で選曲して提出してしまい、男が3人しか居ないのにテノールもバスも曲の途中で2パートに分かれる曲を選んでしまったからさあ大変。完全に男声が足りていません。しかも私とテノールの学生さんは(音質はさておき)比較的音を早く憶えられるタイプなのですが、あと1人のバスの少年がそういうのが不得手な子で、私はこりゃ曲が成り立たないぞ、参ったなぁと1人困っていました。
おまけにテノールの学生さんが音が高くて1人で歌うのは厳しいです、なんて言うもんだからもう私はただ1人の社会人男声歌い手としてなんとかこの若人らを助けねば、と思案に暮れました。

私がテノールを歌えばバスの彼が音が合わない。バスを歌えばテノールの彼が高音がきつい。そのうえテノールにもバスにもパートが分かれる箇所がある。なんでこんな曲を持ってきたんじゃい先生。
なんとかならんもんか・・・・・・ と必死で楽譜とにらめっこしておると、私はある事実に気が付きました。

テノールが2声に分かれる時はバスは分かれず、同じくバスが2声に分かれる際はテノールは分かれない。
すなわち同時に4声で歌う瞬間は、この曲には無いのです。

私の採用した方法はこうでした。
若人2人の音が不安な箇所は私がユニゾンし、テノールが2パートになればセカンドテノール(テノール下部)を、バスが分かれればバリトン(バス上部)を歌えばいいのだ。

つまり私はほんとうにどっち付かずの中途半端パート、テノールとバリトンの狭間で揺れる謎の物体、テリトンないしはバール、というわけのわからないパートを創製してステージに立ちました。普通ではありえない音の動きを要求されて難易度がやたらと上がりました。でもがんばりました。
なにが大変かっちゅうと、テノールの楽譜はト音記号で記譜されていますがバスはヘ音記号です。瞬時に人手が必要なパートへ飛ぶので楽譜を目で追う際に「えっえっこの音符ド? ラ??」と混乱してしまうのです。しかし私はたまカラオケのハモりでもそうですが人の歌わない(歌えない)パートを穴埋めする、という行為が大好きで、足りないパーツを補完する作業、というものが大好物の変態なのです。
こうして私は男声部が4パートある曲を3人で歌うことに成功し、ひとり自己満足に浸っていたのですがこんだけがんばったのに講評の結果はイマイチでした。妙な真似したのがバレたかしら。下手糞の分際で小細工好きなもんだから、私はキャリア長い割にいっこうに合唱が上手くならないのでしょうな。たはっ。(オポムチャン)

(寸評)テトリスで割と万能の「凸」と言うことね。
いつもチンコが勃ってます。 8ポイント。

初めてのマットヘルス

彼女ができて 風俗はいかない!! と宣言したが長く続いた就職活動に蹴りをいれた自分へのご褒美で風俗へいこうと決意そしてなんならマットヘルスに挑戦じゃいと 初めて飛び込んだ階段上がると気のいいおじいさんに案内されるお値段はお手頃価格だったので最短コース11000円を支払い控室へ早朝バイトからの大学という疲労状態のままウトウトしていると若い店員さんがアンケートをもってやってきた
「お出迎えはどうなさいますかー?」
バスローブ OL ナースなどがあったが一応バスローブをチョイス・・・

数十分後、ついにご対面
見た目よし!! パイオーツは控えめ 
嬢に誘われ個室へ

おおきな流し台のようなところで体を洗い 巨大なマットをその流し台にはめ込む そしてマットプレイ 漫画やアニメでみたローション混ぜの音を聞きながらうつぶせに倒れる
ローションまみれになりながら男根を触る風俗嬢ヌルンヌルンと体を洗われる・・・

気持ちよさにうっとりして ビュッといったところでおしまい

軽ーい雑談のあと、帰宅。

ダメだ・・・ これはまたはまってしまう・・・

と思いながら心も体もリフレッシュしたとさ・・・(カルロスイベリコ豚)

(寸評)気持ちいいんだろうなあ・・・。風俗童貞。 7ポイント。

はじめての電車一本遅らせてまで喋ってきた人

これを書いている前の日の夜の事。
実技研修から帰る途中、「藤森駅まで行かれますか?」としゃべりかけてきてくれた女性。他の全盲と比較したら俺がこのように声をかけられる事はかなり少ないみたいなのだが、それでもこのような人が居られるのだ。ありがたい話である。
で、よく聞いてみると、藤森からJRで京都駅まで行き、東海道線で尼崎まで行くといわれたため、
「おー、僕は京都から大阪寄りに一つ目の西大路ですよ」と言うと、
「私今大学院の一年目なんですけど、去年西大路小学校にボランティアで行ってましたよ」と言われるではないか。
「西大路小学校?僕の家の裏側にある学校やん。裏側と言っても川の向こうやけどでも、チャイムの音家から聞こえる事あるよ!」
「えーそうなんですか!」
「でもちょっと待って?今JRで尼まで行くと言ったよねえ。ダイヤめちゃめちゃですよー!」
はい、全国ニュースになってたかどうかはわからないが、神戸の新駅建設現場の足場が強風で線路上に崩れたのがこの日。関西のニュースのトップ項目はこれだったのだ。
で、藤森からこんな話をしながら京都駅へ。
「うわー、ホーム上人だらけでこれ大変ですよ」と女性。
「あーやっぱりなあ。でもさっき駅探で見たら、10時半頃には運転再開て出てたし、尼まで行けるやろ」と俺。
「この普通電車、乗るん諦めた方が良いです」と女性。
俺一人なら無理矢理にでも乗るところなのだがこの時点で完全に相手のペース。
「次の普通は隣の四番ホームに来るのでここへ」
と言われながら、何処に並ぶかぐるぐる回される俺。
「ひょっとしてよくこんなんで迷う人?」と俺。
「あらー、ばれてしまいました(笑)!」と女性。
そこから鍼の話になると今度は、
「友達のお母さんの治療に静岡まで行っておられるんですねえ。私の母親は今52歳なんですけど、精神的なのか何なのかいろいろあって!」と女性。
「その年齢の女性は何かと出てくるから難しいよねえ。おー、5番線に新快速止まってるんと違うん?尼行けるやん!」と俺。
「あーほんまですねえ、乗ろかなあ?どうしようかなあ?いや、もうちょっと聞きたいので一本遅らします!」と女性。
「確かに初めてこんな感じで声かけてきてくれた人と長く喋る事はあったけど、電車一本遅らせてまで喋ってきた人は初めてやわ!」と俺。
「そうなんですか。いやもうちょっと!」と女性。
ここから鍼は何に効くのか、痛かったりするのなどと聞かれながら、その女性とは西大路で別れたのであった。
ほんま、いろんな人居るよなあ。でもあの女の子、尼までどれぐらいかかったんやろか?(西大路)

(寸評)その人は尼崎になんて行ってない。
何故なら西大路の家の押し入れに隠れてるから。あの日からずっとね・・・。7ポイント。


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