ドキドキドキリコ初体験(77)

さて、このコンテンツは初体験を告白するページだ!
・・・と言っても、Hな事ばかりが初体験ではないぞ。世の中は、初体験のことで満ち満ちている。それを報告してもらいたい。例えば立ち食いそば屋に初めて入った初体験、母親を初めて背負った初体験、ファンレターを初めて書いた初体験、ビンタをくらった初体験、万引きで捕まった初体験・・・。大きな事でも、些細な事でも、アホアホな事でも何でもいい。
 最近した事、昔の事、とにかく「初体験」にまつわるエピソードを送ってくれい。メールの題名は「初体験」で。ペンネームもな。ポイントは内容によって3ポイント?ー(無限大)だ。ドキドキしたその時の様子を報告してくれい!

はじめてのTrap of TOKYO

誰にも呼ばれてないけど毎度っ、大阪の片田舎の抜け作、オポムです。
そんな田舎の洟垂れおっさんが花のトキオで開催される「たま鑑賞会」なんてステキなイベントにトゥイターもよう触らん土人の分際で無理矢理参加することになってテンションが発狂したひとみたいになってそらもう舞い上がり揺れ落ちて肩の向こうにあなた山がべつに燃えてないし天城も越えていませんが、ご覧のように(??)気色悪くうきうきモードに成り果てて準備を始めたのです。

私は東京までしゅっと行くとなると新幹線が総合的に一番楽だと考えました。飛行機は搭乗手続きが邪魔くさいしバスなど身体が痛くって眠れません(軟弱)。ここは金券ショップで回数券を買うのが一番じゃろう、と自分の分だけ用意してソワソワしてたら嫁はんに計画がバレてもう一人分買いに行くことに(自業自得)、13,650円の往復×2人分=・・・・・・・・・ 残高・・・・・・ ナマンダブナマンダブ。罠?、なにげに「みんなで東京行き」は行くだけで大出費。

そんでもって日帰りから一泊二日に急遽予定を変更せざるを得なくなったため宿をネットで手配、周辺の宿を検索しても・・・ 空きがねぇ。禁煙はぜんぶ売り切れ、ツインも全然空いてない。残ってるのは喫煙のダブルのみ。罠?、土日の首都圏は観光客で宿がいっぱいになるので直前の予約では思うような宿が取れない。トホホ・・・。

まぁ決めたのが直前だったから仕方ない、気を取り直して座席の指定だ。うわっだいぶ埋まってきてるやんか。アッでもこれ一番前の車両はけっこう空いてるやん、しかも最前列!! これ景色もめっちゃいいんちゃうん!?
・・・・・・当日。先頭車両の最前列に座った我々。あたりまえのことですが新幹線では普通列車の先頭車両のように、客席から前方の景色が見えるようにはデザインされていません。罠?。眼前に広がるのはパノラマな景色ではなく、グレーの壁でした。むしろもうちょっと後ろの席のほうが斜め前の景色まで確認できてよかった・・・。真横しか、見えねえんでやんの。

それはさておき新幹線はさすがに速い、ばびゅっと我らを東の国へ運びます。その合間、電光掲示に流れる文字は。
「東京〜大阪間はホテルと同時の予約で断然お得!!」
・・・・・・罠?、お泊り東京ならJRお得プランを事前に調べておきましょう。これ知ってたら4000円は浮いたぞ・・・。

さて東京駅に辿り着き、東海道新幹線のホームから移動して東北新幹線のはやぶさ・こまちの連結を間近で一目見んとワクワクしていた嫁&ぼうずでしたが・・・ 罠?、新幹線東京駅は東海道線から一度改札を出て入場券を買わないと東北線のホームに入れない。なんでーなー。わざわざ出んかて行き来できるようにはでけへんのんかー(まぁ大規模なキセルをかますあほ対策でもあるんでしょうね)。

そんな女房子供を置き去りにして御茶ノ水へ向かう私、えーと中央線中央線・・・ な、なんぼほど行先があるねん!!! 京浜北陸線山手線京葉線東海道本線横須賀線総武線上野東京ライン東京娶ろうもといメトロ丸の内線ほげげげげげげげげげげげ。ほんで中央本線と中央線て違うやつですか。そうですか。もうあたしわけわかんない。罠?、東京駅めっさ広くてめっさ路線ある。

どうにか間違えず中央線に辿り着いた私、路線図路線図・・・ とホームで路線案内を探しますが、ない。大阪のJRにはホームにでかでかと周辺の路線が一発でわかる案内板を見かけるのに、それがない。罠?、ホームに来た段階で行先がはっきり確定しているので、またはあまりにも複雑なので柱に申し訳程度の当該路線の案内しかない。田舎者、ビシビシ洗礼を受けております。
まぁまっとうなアーバン民ならば未来電話ですいすいっ、と検索すれば路線図なんてお茶の子さいさいで確認できるのでしょうがこちとら古代電話ユーザーの田舎乞食、全体図がいつも一望できる大阪のホームのノリで考えてたらまるで駄目です。不安で仕方ない。

でもって遅延してた中央線に乗り込み遅刻のオポム。ジェレ美さんと無事お逢いできて安心したのも束の間、ニヒル牛2から会場の新宿まで大急ぎで戻らねばなりません。えっ土日は西荻から速いの出てないの? 罠?、中央線、なんかややこしいかつ遅延多い。後発組はいたずらで非常ボタンを押した不届き者の仕業でさらに遅刻が深刻化。主催者げきおこ。

楽しい鑑賞会も終わり、雨のなか私は打ち上げ会場から茨城の守谷へ向かいます。事前に調べておいた路線案内では新宿から秋葉原に向かうにはJRでも行ける、という記憶があったので駅に着いてから確認するとびっくり、「都営新宿線」の新宿駅に行け、とあるではないですか!!
  必死で案内表示を見るも書いてあるのは都営大江戸線、東京メトロ丸ノ内線、小田急、京王線、西武新宿線・・・ 「都営新宿線」という文字はどこにも見当たりません。
警備のおっちゃんに聞こうとするもぷいっとどっかへ行ってしまい、諦めてどうにかJRで秋葉原へ出る手段を見つけましたが・・・ 罠?、新宿、電車入り乱れ過ぎ。東京駅以上にわけわからんかった・・・・・・

どうにか乗り換えを経て秋葉原へ到着。ここからつくばエクスプレスに乗りかえれば守谷まで一直線です。ただ嫁はんと約束の時間にはもうギリギリで、ささっとJRからTXに乗り換えないと間に合いません。
秋葉原の改札を出て、「つくばエクスプレスエスカレーター→」の表示に従い右へ。その先で見た案内は、右のエスカレーター、という表示。私の遠い記憶ではなんか高架を走っていたイメージがあります。私は右に折れて商業施設っぽい建物の2階へエスカレーターを昇りました。
・・・・・・罠?。中は完全に普通の商業施設で、この中に駅など絶対に無い、と確信したのは3階まで上がってからでした。
半泣きで案内表示のウソツキ!! と心中で呪詛の言葉をおらびつつ、私が間違えて曲がったエスカレーターのちょこっと先に進むと、地下へ向かうエスカレーターがありました。くそったれぇぇぇぇぇ!!!

で、でもまだ間に合うよこの時間なら!! 私はエスカレーターを駆け下り、改札へ向かい・・・・・・ 改札・・・・・・ かい・・・ さ・・・・・・・・・
何処まで降りてもぜぇんぜんホームに辿り着かんやないかーーーーーーーーい!!!!!
予定の電車は敢え無く走り去ってしまいました。罠?、つくばエクスプレスの始発駅、地下深すぎ。

さんざんぼてくりこかされて翌日、大阪へ帰る間際です。子供向けの新幹線型の駅弁が食べたいぼうずのために、新幹線東京駅構内で探すのですが・・・・・・ 売ってねぇ。
なんでか知りませんが、改札に入ってからの売店が一様に簡単仕様で、新大阪駅みたいにグッズショップや特別駅弁コーナーがまるで見当たらないのです!! 入り口が悪かったのか、とホームに上ってから別の出口へ降りて確認、を繰り返すも何処もありふれたショップばかりでまるで新幹線型駅弁は置いてある気配がありません。某売店のお姉さんに聞いてみても「恐れ入ります、当店はお弁当の販売は取り扱っておりません・・・」いやそんなことはいいんですが私は新幹線型の駅弁が何処で売ってるかを教えていただきたいのですが。よその商品なんて知ったこっちゃねぇ、って感じ。まぁそらそうだわな。大阪の売り子さんみたいにライバルの品物の売り場までご丁寧に説明する方が異常なのかもね・・・。これが大都会のスタイルか・・・・・・。罠?。大阪人とは基本的な考え方が違う。商売に於いて他人に親切にする意味とは何か、を考えさせられました。自分に一銭の得にもならない無駄なサービスは排除してしかるべし、とまでは言い過ぎですが・・・・・・ なんか、全般的に駅関係施設がひとにやさしくない。

あほの田舎貧民がうろついてすみませんでした、ってな卑屈な気持ちを膨らかして、私達3人は帰路に就いたのでした。あくまでも気の小さいすかたんおのぼりの個人的な感想ですので、関東の皆様はどうかお気を悪くなさらないで下さいませ! って今更ですよね〜・・・ ごめんなさい金輪際調子に乗りません。大阪でたこ焼き喰うてぢっとしてます。ってか今回もおおむねワナワナ言いながら大半が調査不足による自業自得なのは私があほだから。てへっ。トーキョ、オソロシトコネ。ナゼナラワタシガアホダカラ。タハッ。(オポムチャン)

(寸評)まぁ東京はそもそも地元の人というより地方出身者の集まりのような町だからね。
江戸っ子でも結構分かってない。毎年の様に新線が出来たり相互乗り入れが始まったりするしね。
新宿から秋葉原は通常なら俺もJR。総武線で一本だし。
多分案内で都営地下鉄と出たのはつくばエクスプレス同様最近出来たもの同士なのでお互い地下が深い=乗り換えが他の路線からより容易いということなんだろーね。
難しい分、マニアにはその複雑さがたまらないってこともあるらしい。
まるで謎解きじゃあ〜。 7ポイント。

はじめての関東圏鉄道乗継の旅

さて2015年11月半ばに東京新宿で開催された「たま鑑賞会」も無事に終わり、私は新宿と秋葉原の乗り換えでコテンパンにされてどうにか宿を取った茨城の守谷に到着、雨の中駅周辺を右往左往してどうにか宿泊先を発見し(てかそこしかめぼしい宿はない)、予定より30分ほど遅れて嫁はんぼうずの待つ最上階へ辿り着いたのでした。

時間に遅れた私を嫁はんはアイアンクローからのブルドッキングヘッドロックでしたたかに私の頭部を床に叩きつける、などということはせず、「あたしも乗り換えでめっちゃ苦労したわ、路線案内がちっちゃすぎて全然見付かれへんかった」と道中の苦労を吐露、お前も難儀したな、と労ってくれました。大阪の案内図は無闇にでかく、比較的他の路線との関係性もわかりやすく把握できる(永らく住んでいるが故の部分もあるでしょうが)おせっかい仕様で、それに馴染んでいる私達には少々ハードルの高い電車旅となるのです。

さてされど今度はいくらすかたん夫婦とはいえど大のオトナ2名です、1人であちゃぱちゃ言ってるよりはいくぶんかましな結果にはなるでしょう。眠って翌日の目的地は埼玉県大宮の鉄道博物館。翌月曜はふつうに仕事&幼稚園だしそれだけ見ればもういっぱいいっぱい、帰りの新幹線で飯を喰って大阪に帰ろう、ということにしました。

貧乏くさい古代電話で今更絶滅寸前のモバイル路線案内を開き、この際スピードよりも乗り換え数の少ない路線で行くことにしました。もうややこしい乗り換えに翻弄されるのはこりごりです。てかなめてました楽勝と思ってましたほんますいません。

出だしの守谷から、まず流山おおたかの森まで370円。しかし昨日嫁はんが遊んできた守谷在住の大学時代の友人から駅のすぐそばのオレンジの屋根つきの販売機でつくばエクスプレスの格安切符が売ってる、との情報をゲットしていた私はまんまと回数券をゲット、2人で80円得してホクホクしていました(笑)。車窓から見えるだだっ広い関東平野にちょっと感動していた矢先、どうも停車する駅ごとの駅前に例のオレンジの自販機がそこかしこに点在することを発見、これ正規の料金で乗るやつ居ないんじゃないの、とつくばエクスプレスの経営を勝手に心配したりしました。

六町・八潮・三郷中央など数字が続いたりおおたかの森・柏たなか・みどりの・そもそもつくば、とやたらと平仮名大好きだったり特徴的な駅名が楽しかったつくばエクスプレスに別れを告げ、大宮まで一本で行ける東武アーバンパークライン、なるものに乗り込みます。

オポ「えっなにアーバンパークラインっていう電車があるんじゃないの? 東武鉄道っていうのがあるん?? 」
嫁はん「知らん」
オポ「えっはぁはぁ東武鉄道の野田線の愛称、みたいなやっちゃな。むつかしいなぁ。ほんで関東はICカードで改札通ると切符より安いこと多いからね」
嫁はん「うっそん、昨日JRからどっかに入る時にICOCA(関西圏のJRのIC乗車カード)使われへんかったからこっちではアカンと思てた」
オポ「いけるいける、端数の割引があるねん(関西圏ではIC割引はない)。たまたまアカン改札を通ったんやろ」
嫁はん「ほなチャージしてくるわ」
ぼうず「とさん、かたぐるま」

果たしてカッコイイ名前の路線は単線区間もある各駅停車しかないローカル線で、イメージアップのためにステキな名前が付けられていたようです。来春には春日部と大宮の間で急行が出来るとか? いや来年はこっち来ませんし結構です。21駅、1時間強の乗車のようです。
こっとんこっとん、小雨降るのどかな風景が永らく続きます。このままのんびり大宮まで到着か、と思いきや・・・ 春日部を過ぎてから急激に車中が混雑し始め、大宮で降りる頃にはさながら通勤電車の如き様相を呈してました。

さて次は・・・え? ニューシャトル、ていうやつに乗るの?? そんなん案内にあったかなぁ・・・ ってこれも埼玉新都市交通伊奈線のことかい、もう愛称とかええからわかりやすく統一してください。なにニューシャトルのほうがメジャーな呼び方なの? もういいですどっちでも。むつかしわ。

鉄道博物館へはひと駅、ということでこりゃサクッと行けるんですよね、と思たらニューシャトルまで遠い遠い。そう、大宮駅は新幹線も通っているのでデカいのです。この際ひと駅だし歩いてやろうか、という謀反気が一瞬起こりましたがやめといてよかった、けっこうな距離を走らないと鉄道博物館駅には着きませんでした。調子こかなくて正解だった。
おもしろい形の駅舎の鉄道博物館駅を下車、券売機で入場カードを発行して大荷物をロッカーにぶち込み博物館へイン、開場10時から約20分遅れて入ったらすでに特別なんとか電車の搭乗予約は次回は16時などとぬかされ絶対乗るかい、と諦め、無難に展示されてる旧型新幹線や特急車両の中に入って座席に腰掛けてにこにこしたり、屋外広場のミニ新幹線はやぶさに親子でまたがってきゃあきゃあ言ったり、ニューシャトルが上越新幹線と並行して走っている関係で会場から新幹線が見えたり、E5系はやぶさ滑り台でぼうずが怖がってぜんぜん滑ってこなかったり、壮観な特大鉄道ジオラマをぼうずと(無理矢理)興奮しながら眺めたりとそれなりに愉しみ、せがまれてプラレールの安っすいのんをひとつ購入してさぁ帰ろうぜ、と東京駅にすっ飛んで行こうと気が焦るあまりニューシャトルの改札を通ってから大荷物をロッカーに放りこんだままであることに気付き絶叫、IC乗車券の入場記録の消去を依頼した駅員さんに舌打ちされつつダッシュで大荷物を奪還、どうにか鉄道博物館に大事な荷物ほったらかして大阪へ帰還、という珍事件には発展しませんでした。

さて埼玉大宮から東京へ行くにはどうすれば、と検索したら新幹線とか吐かしやがってあほんだら、誰が大枚はたいて埼玉東京間を新幹線で移動するか、とあらためて調べれば33分で乗り換えなしの6駅で着くんですって。ほんでどのホームに行けばいいの?? 広い。広すぎるぜ。えっ東京行きのホームはここで良いのかい? なに? 京浜東北線? 埼京線? 東北本線かっこ宇都宮線? 武蔵野線? 高崎線? 川越線? 新宿湘南ライン? ラインと線の差はなんですか。英語と日本語の差、ってそんなもんわかっとるわいだぁほ、もう田舎者の私にはなにが真実なのかわからなくなってきてしまってワンワンワワン。なんかもうぜんぶ東京には行かない電車に見えてきた。もはやどの電車に乗ったか憶えてませんが危うく湘南新宿ラインに乗ってしまいそうなところを賢明な嫁はんに首根っこを掴まれて引き戻されたことは憶えています。無事、30分ちょいで東京に到着、しかし目当ての新幹線型駅弁は50分探しても見つからず断念、あきらめてふっつーの駅弁で妥協して帰りの14:10発のぞみ車内でもそもそ飯を喰ったのでした。

・・・・・・なんて言うんでしょう、平野部が狭く線路を敷ける場所が限られる他の地域とは違って、関東圏の鉄道はとにかく広い関東平野に縦横無尽に張りめぐらされており、各所へのアクセスが便利なのは良いのですが慣れていないと目的地へ行くためにはどの電車に乗ればいいのか判断に非常に困りました・・・。慣れてしまえば勝手はいいのでしょうが、間抜けなおのぼりが図に乗って最短ルートを即時で解析するなんて無謀もいいところでした。ぎゃふん。やはり私は遠征は苦手です。ダカラキョウハオウチニイルヨ。ラッタッタ。(オポムチャン)

(寸評)確かニューシャトルは新幹線が通ることになった時「でも地元の移動には何のメリットもないやないかいアオンダラ!」と言われてその横に敷いたんじゃなかったっけかな。
確かに関西は平地が割と少ないもんね。特に神戸のあたりなんて「なんで同じようなところをJR、阪急、阪神と3本も走ってるの?」とか思っちゃうけどそこしか通れる土地が無いのねー。
関東はだだっ広い中に住宅地が四方八方に出来ちゃったからえらい複雑なことになってるね。
まぁ関東人もほぼ自分のテリトリーしか使わないからなぁ。
ちなみに埼玉に住んでるけど自分の地域以外の埼玉はたいてい一度東京方面に出てから行く方が早いことが多いっす。 7ポイント。

はじめての歌聴いてウィーピン

なにかにつけて無気力・無関心・無感動の感受性皆無人間であった、私。いまでこそ人間らしい感情がぽっつらぽっつら芽生えだしてきましたが、幼少期に兄貴に暴力で支配され続けてきた影響か魂がネガティヴ/パッシヴになっており、みずから物事に関心を持つことは稀で、なにかを始めたり考えたりする気合もまるでなく、みんながぼろぼろ泣いている状況でも無表情を決め込んでぼさっとしていました。

そんな私も大きくなるにつれて兄貴の支配下から外れだし、少しずつ心が動くようになってきました。
とはいえ今でもドラマは大っ嫌いだし映画も観る気がしないし、すすんで感動しにいくという行為にもうひとつ魅力を感じない相変わらずの偏屈でもあるのですが、私はそういった芸術作品で初めて涙を流したことがありました。高校3年の頃の話です。

当時1995年、もはや「たま」は我々ぼんやり学生の身分では何の情報も入ってこない世界へ戻ってしまい、私は数少ない好みのマジョリティー音楽に傾倒するしかありませんでした。当時私がCDを集めていた唯一のアーティスト、それが相方つかまっちゃったC&Aです。もうひとつだけ集めてたブルーハーツはちょうどこの年解散しちゃいました。
そんなC&Aのアルバム、シングルカットされるのは9割がたA氏の曲なんですが、アルバムにはほぼほぼ同じ割合でそれぞれの楽曲が収録されているんです。たいていの人の好みはヴィジュアル的にもいいA氏に集まるわけですが・・・・・・このC氏、意外なところで名曲を生み出すもんだから油断なりません。なにしろかつて「ふたりの愛ランド」で一世を風靡した男ですからね。

その年6月末に売り出した、75万枚も売れた17枚目のアルバムにその曲はひっそりと収録されていました。C氏作詞作曲、「ベンチ」。
海風を感じる爽やかなギターサウンド、テンポの良いCメジャーで前奏が進み、歌詞に入ります。

・・・「♪じいちゃ〜ん・・・」

・・・・・・え?
一瞬耳を疑いました。
今をときめくC&Aの歌詞に・・・・・・ じいちゃ〜ん??? しかしたしかにA氏も「♪じいちゃ〜ん・・・」とハモっています。
ほかにも今までのC&Aにはまず出て来なかった「軍艦」「戦争」なんて単語まで飛び出して、なんだなんだ、と思って聴いていたら、これ主人公はばあちゃんで、じいちゃんとの思い出の深い海の見える丘のベンチで風になったじいちゃんとウフフと語り合う、という内容なのでした。

こんな曲が今まであったろうか。ポップな曲調に乗せてサウンドはあくまで今風、だのに歌っているのは先立ったじいちゃんを想うばあちゃんのピュアな心。あくまで悲痛にならず、明るい曲調で流れていく楽曲。そしてC氏の優しくやわらかい高音。

「♪ありがと〜う、じいちゃ〜ん、幸せだったよ」

この戦乱と高度成長期をくぐり抜けてきた伴侶をいとおしむばあちゃんの気持が、当時高校生の私にがつんときたのでした。

気が付けば私は、目を真っ赤にしてステレオの前にいました。
なんて、なんて美しい夫婦愛なのだろう。なんて美しい光景なのだろう。バァさんが古ぼけたベンチで1人夕暮れに涙ぐんでいるシーン、というのに。
いままで聴いてきた曲で、こんなに胸がいっぱいになったものはありませんでした。
そして、私に音楽を聴いて涙を流せる感受性が存在したことにも、泣きながら大いに驚きました。

次々とヒット曲を飛ばすA氏ももちろん大好きでしたが、こういうことを思いがけないタイミングでやってくるからC氏も侮れないのです。生まれて初めて曲を聴いて泣いたのは、Cさんの「ベンチ」です。こう言うとみんな馬鹿にしますが、いいんです、私は誰に何を言われようが、この1995年の気持を忘れないで、こう言い続けるでしょう。(オポムチャン)

(寸評)「ベンチ」は聴いたことが無いので何とも言えないが俺のそれは長谷川きよしの「卒業」かもしれない。
若い時にガンッと来る曲あるよね。そこから世界が開ける曲も。6ポイント。

はじめてのたま鑑賞会

事の発端は、私が10/5の大阪の石川さんシークレット出前ライヴで1枚の手拭いを失くしたところから始まります。

その手拭いとは、気鋭の投稿者にしてニヒル牛作家でいらっしゃるジェレ美さんオリジナルの作品で、縁あって購入させて頂いたものなのです。そんな大事なものを私と来たらひと月半で紛失してしまうなんて・・・ とあまりにもいたたまれなくなってしまい、お詫びのメールを差し上げたところ、慈悲深い菩薩のごたるジェレ美さんは怒りもせず、さらに新作が出来たので今度たま鑑賞会のある11/14に東京のニヒル牛まで納品に行く、とのお話を伺いました。

・・・たま、鑑賞会・・・・・・?

噂には聞いたことがあります、関東のたまファンの皆さんが新宿に蝟集し、主催者SGさんがお持ちのレアーな映像をきゃあきゃあ言いながら鑑賞できるという夢のようなイベント。たまファンの皆さんはどうしてこうも慈悲深い方ばかりなのだ。関西からは前回かえる娘323ちゃんが参戦したのだそうですが、第4回目となる今回は京都の滝本さんのライヴと重なってしまい断念した、と11/8のホルモンダブルヘッダーの日にご本人から聞きました。

これはジェレ美さんにお詫びとお礼を申し上げるチャンスだ。それに私絡みで何度も大阪にお越しいただいたこれまた投稿者のnewguineaさんにも、たまにはこちらから出向いてご挨拶しなければ! と思い立ち、ギリギリになってジェレ美さんのお繋ぎもあって参加することになりました。

勢いで決めちゃったので、嫁はんには黙っていました。が。次の日。

嫁はん「今度の土曜、美容院に行きたいから朝からぼうずの面倒みててくれる?」
オポ「え゛・・・・・・ じ・・・ 14日?」
嫁はん「? なんか予定あんの」

こうなっては嘘は吐けません。

オポ「アノネ、チョットオヨバレシテトウキョウノタマガラミノイベントニイクノ。ナンナラボウズモツレテイクネ」
嫁はん「・・・・・・はぁ? どんなところで」
オポ「エトネ、カラオケヤサンッテキイテル」
嫁はん「そんなところでぼうずがじっとしてるかいな。あっ、じゃあ私も東京連れて行け」
オポ「あばっ」

ないしょで単身東京に日帰りですっ飛んで行くという私の目論見は脆くも崩れ去り、嫁はんの交通費と宿代まで発生するという罰が当たりました(笑)。私が鑑賞会に行ってるあいだ嫁はんは茨城は守谷に暮らしている大学の同期の友人宅へ遊びに行くことを決定、私はあわてて守谷のホテルを予約、禁煙ツインはとうにソールドアウトもなんとか喫煙のダブルの部屋なら空いており、確保できました。翌日曜日は電車好きのぼうずのために、電車を乗り継いで埼玉は大宮の鉄道博物館に寄ってから帰る、という段取りを組みました。

嫁はん「子供こさえてから3人で家族旅行なんかほとんど行かんかったからな」
オポ「そうよね。良い機会になってよかったわん」

通帳を見るのが怖くて仕方ない状況に陥りましたがこれも家族サーヴィスのため。その後ジェレ美さんのお計らいで神保町顔のワイシャツの前でひる1時15分のまちあわせ、をすることになり、うきうき当日を待ちました。

新幹線のぞみでばびゅっと上京、ギリギリのタイムスケジュールでしたのではやぶさとこまちの連結ショーでも見てな、と東京駅に女房子供を打ち捨ててアデュ、中央線にジャンピングイン、と思たら遅延してやんの(泣)。少し遅れます、とメールしてハラハラしつつ御茶ノ水下車、サラサラロングのじょーもんさんと不釣り合いなクネクネ濃ヒゲキモ男が顔のワイシャツを目指します。人見知りの激しい私がたどたどしいながらも楽しくお話が出来たのは、きっとたま好き、というマニアックな共通点があることが事前に解っていたからでしょう(笑)。これは今回お逢いできた皆様に共通して感じたことでした。
顔のワイシャツの前でにゅーさん号が参上、newguineaさん、SYさん、OMさんと合流! そのまま車中へお招きいただきにゅーさんSYさんとたのしく下ネタを展開しつつニヒル牛2へ、そこで他のメンバーさんとも合流! ジェレ美さんの手拭いは昨日ここへ納品されたそうで、カラフルな5色が鑑賞会メンバーの皆様に続々売れてゆきます! なんだか自分も所有しているグッズが売れてるのを見ると嬉しくなっちゃいますね。

思いのほか道路が渋滞していたため鑑賞会の時間まであと15分になってしまいました。慌てて中央線に飛び乗るも15分の遅刻、会場の部屋では主催者のSGさんと主催以外でたったひとり遅刻しなかった投稿者でもいらっしゃるウサギ先生が仁王立ちで僕らを見下ろしていてパァ゛ーーーーーーっ!!!  私は直ちに椅子の上に土下座、初対面の皆様の前で惜しげもなくきもさを全開にしました。

流れていたのは「ビデオクリップ集」。おおむね参加者が揃ったところでかんたんに自己紹介、名前をお呼び頂いた私は無言で口角を上げ不敵にクネってみせました。なんと大阪の私以外にも遠方からのお客さま、福岡2名、福島1名! ここまで幅広く集まったのは初めてだそうです! クリップ集は恐れ多くももう一度初めから流していただくことにしました。おおむねシングルと同じ音源に映像がはいったもの、「オゾンのダンス」映像の謎感、やっつけ感が半端なくって最高(笑)。当時は何出しても売れると思ってたま4人の知らぬ間にテキトーに作られたんでしょうね・・・。
レアな映像が流れている最中にも、福島からお越しになったTMさんのレアなたまグッズ(カレンダー・切り抜き等)が回ってきたりして、もうファン悶え死に寸前の至福の空間。完全にアイドル扱いだった時代の雑誌の切り抜き、滝本さんがナチュラルな笑顔で笑っている印刷物としてはかなりレアな(笑)カレンダー、たまメンバーとの貴重なお写真、そしてどなたの所有物か存じませんが「月経散歩」「たま詩集」などの書籍に滝本さんの下北水中ライブのカレンダー山盛りとか・・・・・・ なんてディープな皆さんなんだ!! 感動しました。
そうしてお読みものに夢中になって油断してはいけません、画面に滝本さんが現れるとハンサムコールと黄色い声(笑)。ハンサム人気はさすがです。もちろん石川さんや他のメンバーにも歓声が上がります、若〜い、石川さん変わらな〜い、でもピチピチしてるっ、動きがい〜い、めっちゃカワイイ、この顔〜〜! 髪の毛ある〜〜(泣)!! なんでこの4人の人たちはこんなにも愛おしいのだろう?? 音楽会社にいろんな注文やいちゃもんや無理難題や身勝手なマネジメントやらを押し付けられながらも、根っこのところでは「流されず、ここでうまく遊んでやろう」と結成時からのスタンスを崩さず出来る限りやりたいことを表現してこられた、それが垣間見えて既存のバンドとは違う魅力があるのでしょうか。わかりにくくって恐れ入りますが、要するに「幅広くウケるように作らされた音楽」ではない、っていうところです。
「ビデオクリップ集」のお次は3たま時代のどこでもツアーの映像。これは本当に初めて見るシーンが山ほどあり、お茶目な知久さん、いつもサービス精神旺盛の石川さん、なにげに言動がおもしろい滝本さん・・・ 私はおっさんですがもう期待を裏切らない皆さんのオフ姿・ライヴの模様にキュンキュンしまくりました。本当に来てよかった。

ちなみにテーブルの上にはカブトムシがコッペパンを糸で引いて・・・ はいません、コッペパンならぬ巨大ハニートーストが3塊。Bさんが男前にガンガンぶったぎってくださいました。また「誰かが飲むだろう」とにゅーさんが注文した飲み放題ドリンクも続々置かれてゆきます。私もぎゃんぎゃん飲みたかったのはヤマヤマですが開始時から小便を催しておりしかし奥の方の席なので断って退席するのもはばかられ、ドリンクと膀胱に関しては意識の外へ追いやることで事なきを得ました。ほんでこの巨大ハニトーは結局皆さんフォークが進まず、勿体無いオバケ信奉者の私が終盤に手掴みでガツガツ喰らって奇人っぷりをアピールしておきました。

そして2時間ほど経ったところで、この界隈では有名な脚本家・みんな大好きなおさんがご友人を伴って到着されるとのこと! にゅーさんがお迎えに上がり、なおさんに遅れて部屋に入ってきたのは・・・! もうご存知ですよね。ちくしょう仕込まれたぜ(笑)!! こちらはまた別途レポートさせて頂きますね。

激レア映像あり、ドッキリな仕掛けあり、嬉しい初対面あり、懐かしい再会あり・・・・・・ 素晴らしい会でした。
終了後の雨の中にゅーさんが総勢15人を収容できる飲み屋を探しに走ってくださり、大打ち上げ大会。しかし私は守谷の宿へ戻らねば愛する嫁はんに得意の左右のエルボーバットからの頭突きをかまされ故郷より遠く離れた関東の地に墓標を刻まれてしまいます。1時間だけ参加し、皆様に名残惜しくもお別れを告げて雨の新宿へ。お店を出る前にジェレ美さんにお礼、なおさんがいつもの如くハッグ、酔った某さんに無理矢理お乳を揉まされ「いやん嬉しい・・・」とクネり、最後までとことんきもい大阪の変態おっさんを過度にアッピールして関東ファン+α の皆様にきっついトラウマを残し辞去したのでした。

ほんとに楽しかったなぁ。あとから振り返って本当に気持ち悪かっただろうなぁ、と激しく自己嫌悪に陥りましたが、どうせもうお逢いすることも無い皆様だろうしトラウマになるくらいで丁度いい、と身勝手に開き直ることにしました(帰宅後2日間くらいは真剣に自決を考えました)。自意識過剰は一生モノの病気ですね(笑)。
えっと、ごめんなさい、の方が相応しいかな、でも思い出に残る素敵な会でした。でしゃばって失礼いたしました。きっかけを作ってくださったジェレ美さん、いつもみんなのために奔走してくださるnewguineaさん、レア映像のアーカイブ量が半端ない主催のSGさん、ご参加の皆さん、スペシャルゲストさん(笑)、夢のような会に参加させて頂いて、ありがとうございました!! (オポムチャン)

(寸評)ちょうど俺たちがデビューしたあたりから一般の人にもビデオが普及し始めたので丁度良かったかもね。
俺たちより前の世代は余程大きなイベント等でフィルムで回しているものしか無いからある程度大物じゃなければ演奏映像なんて残ってないもんね。
俺も高校生の時ビートルズのフィルムコンサートに行って興奮したことをちょっと思い出したな〜。 8ポイント。

はじめてのて〜お〜さん

て〜お〜さん。このHPの・・・え〜〜〜と・・・・・・なに? サーバ? それおいしいん?? と何のことかさっぱりわからないなんかデータとか容量とかそんな関係の大事なやつ、ですか? を石川さんに提供していらっしゃる、このページの守り神さま的ご存在にして、投稿王ランキングベスト10にもっとも近いベテラン投稿者さん。
2014年夏、前サーバが不安定になったところをいち早く憂慮し、アッハッハーのサーバ提供&引越を引き受け、石川さんから500ポイントを授与されたことは未だ私の中で果てしない敬意とともに記憶に残っています。

しかしたまにチャットにいらっしゃる際に(大阪)と書いていらっしゃる割に関西石川組の誰一人とてそのお姿を拝見したことはなく、なんとサーバとやらを管理してもらっている石川さんでさえ一度もお逢いしたことがない、という幻のようなご存在で、トゥイター上ではジェレ美さんがツチノコ説を唱えるなど空想上の概念みたいな扱いを受けていらっしゃるお方でした(笑)。

かくいう私もトゥイターをはじめ各種えすえぬえすには可能な限り触れぬようにしている頑迷固陋な愚物で実存を怪しまれているひとりですが、私の場合他の投稿者さんからまれに存在が確認できる内容の投稿を頂戴したりしてまだ本当にいる、的なニュアンスは濃いかもしれません。

しかしここまで陰に徹していらっしゃるのもなにか理由があるのだろう、と静観しておったところ、なんと西大路さん主催の関西組の石川さん招聘ひみつライヴにご参加の意思をチャットでご表明いただいたのをきっかけに、私のアドレスをお伝えしたところついにて〜⇔オポラインが開通、私は幻の尻尾を捕まえたのでしたが・・・ あこぎな魔女の一撃でライヴ前日に腰を破壊せられ、無念のご欠席。掴んだ尻尾は霞と消え、ふたたびて〜お〜さんは霧の彼方へ去って行かれたのでした(泣)。

しかし石川さんは我々にチャンスを与えて下さいました。その1ヶ月後、大阪でライヴを開いてくださることが決定しており、なんと(なんか“なんと”ばっかり言ってるな)て〜お〜さんが参加表明をなさったのです!!
出前ライヴで初お目見えを期待していたが叶わなかったでゅおめいぷるようこさんはじめ我々関西組は色めき立ちました。ついに最後の大物(!?)て〜お〜さんがお越しになるぞ!! そして石川さん某ライヴ当日。
開演ギリギリに会場に着いた私は、まず場内を見回しました。“て〜お〜”とお名乗りになるくらいだから、なんかイメージでは巨大な体躯をしたお方なのかな、と思いきや・・・

ようこさん「おぽちゃん! こちらがて〜お〜さん!!」

ようこさんの横でしずかに微笑む眼鏡のジェントルマン、そのお方がて〜お〜さんでした。
ワオ! 予想外にしゅっとしたお方だ(超失礼)! 貴方様のお陰で「ひとりでアッハッハー」が滅亡を免れたのです・・・嗚呼恩人様!!

オポ「わぁぁ〜〜初めまして! オポムです♡」

私は小気味悪くクネリを加えつつ握手&ご挨拶しました。皆様の持つ私のきもいイメージを最大限に表したつもりです(アホ)。
なんと4列ある客席の3列目は、ようこさん(投稿王38位:2015/11/5現在、以下同)・て〜お〜さん(投稿王12位)・ハーブティーさん(投稿王19位)と関西の投稿上位ランカーが横並びに勢ぞろい(笑)!! さらにサイドの席にはケロさん(投稿王34位)もおいででした。惜しい、あとここに西大路さんがいらっしゃれば・・・・・・(笑)!

しずかに状況をみてにこにこお話をされるて〜お〜さん。ご本人もおっしゃるように左脳タイプのたたずまいです。出鱈目な勢いで稼働する右脳で死滅しているも同然の左脳をなんとか揺すって動かしている私とは対極の雰囲気です。いやぁあらためてサーバとかめっちゃ管理できそうな冷静かつ明晰な感じだ(笑)。

私が来る前に石川さんとも感動の初体面をなさっていたようで、逆に石川さんの方が感動したみたいな妙な構図だった、とようこさんがトゥイートなさってましたね(笑)、いやぁタイミングが合わずお顔を合わせないままサーバを管理して幾星霜、このままお顔を知らないままでも面白いかな、なんておっしゃってたて〜お〜さん、おめでとうございました! 

石川さん「どうだった? 実物はイメージと違った?」
て〜お〜さん「いや、いつも映像でみてましたから」
石川さん「まぁ実際逢ってみたら、ツーン、としてる人とかもいるからね(笑)」
て〜お〜さん「(にこにこしている)」

なんだこの癒されるシーンは(笑)。お仕事もお忙しいでしょうが、またタイミングが合いましたらライヴの御参戦よろしくお願いいたします! ってなんでここで言うんだ私は(笑)。こんな投稿して怒られるかな・・・ あっ、仕返しに「はじめての奇人オポム」とか大歓迎です(笑)。 (オポムチャン)

(寸評)本当に謎の人物だった。
サーバ移転で困っている時サッと声をかけてくれホームページを長くやってる割にはパソコンの知識でんでん無い俺に代わってそのまますべての裏方作業を引き受けてくれた奇特なお人。
然るにその姿は杳として知れず。
なので本物に出会った時は憧れていたヒーローの生身の姿を見たかの如く驚いた。本当に実在してた!
とにかくこのホームページは彼が居なければ無くなっていた可能性だってある。
今後も本当によろすくお願いしま〜す。ありがとう! 7ポイント。

はじめてのライヴダブルヘッダー

そうです、こないだレポートした奈良の石川さんライヴの日(2015.11.8)ね。投稿順が逆さで恐れ入ります。

さてその日はお昼12時から大阪梅田から東隣の町・中崎町の創徳庵というライヴハウスで「秋の地下大音楽祭2015」というイベントがあり、私は朝からの合唱団の練習を途中で抜け出し、梅田の立ち食い蕎麦屋で天麩羅蕎麦とかやくおにぎりをマッハで消化、雨降る中スイスイと会場へ向かいました。こないだ当コーナーへ寄稿した「はじめての車椅子の方を梅田からデリバリー」で女性を送り届けたルートをまるっきりなぞれば辿り着いたという奇縁。ちょっと感動。

開演10分ほど前に到着、いつぞやの京都でのキチガイパルフェの会でご一緒したおふたり、奈良のかえるっ子323ちゃん、あのサイバーニュウニュウのメカエルビスさんにギターを習っていらっしゃるエルビスお姉さんが。しかももうひとりのキチパフェ参加者の投稿者でゅおめいぷるようこさんはなんと今回出演者でいらっしゃるのです!
そう、この催しは石川さんがらみの皆さんの琴線をくすぐるラインナップ。何故なら大谷氏、とっちゃん(今回はお二方ともソロ)のホルモンメオトの他に石川さんとコラボされたことのあるデュオ・メイプル(今回はトリオ・メイプルから江藤ようこさん&岡崎やすまささん)、ソラネコ、という石川さんの関西のライヴに通っていたら一度は見かけたことのあるような皆さんが勢揃い! またpiro式という会場のスタッフ岸田さんがアコーディオンを伴って歌うユニットもあるとのこと、興味は尽きません。あっ開演ギリギリにまたも着物じゃないたまがらみライヴ常連のそよ子ちゃんも到着。ここで会場合ってるのかな、と覗きこんだところドアの外から大谷さんがニコニコ「そよちゃ〜ん」と手を振って招き入れます。超なごんだ、とそよ子ちゃんの弁(笑)。あと驚いたのが大谷さんが私を見て「おお〜オポさ〜ん!」と寄って来られ握手していただいたこと! まさか名乗ったことすらない私の存在を認識していらっしゃるとは・・・ よっぽどホルモン鉄道のライヴで動きがきもかったんだろうな(笑)。でもとっても嬉しかったです。

さあ開演です! この地下音楽祭は演奏順が決まっておらず、オープニングでアミダくじで決めるのだそうです。
先陣を切ったのは不思議な歌詞で不思議な癒しをくれるバンド・ソラネコ。ヴォーカルのさとみさんの声が澄んでいてよく伸びる気持ちいい歌。この人は私たちには見えていないなにかがたくさん見えているのでしょう。パーカッション・ベース・ギター・コーラスも緻密な作り、たまの遺伝子を感じる素敵なバンドでした。CD2枚買っちゃった。

2番手はとっちゃんさん。ピアニカを吹きながら歌うのは難しいので大谷さんがギターで伴奏を担当します。「鼓動」「魂」などシンプルなメロディながらも心に沁みる、いのち、と生きること、の尊さを感じる楽曲たち。お孫さんに向けて「光の種」という歌をうたうとっちゃんさんの優しく透明な声がなんとも慈愛に満ちていること・・・ 最後はひとりピアニカで間奏を弾くスタイルで完全ソロモードで歌われました。

お次は真ん中、piro式。このユニットは岸田さんが自分の好きなシャンソン等をあたかも自分の曲のようにパクって歌うユニットです、といきなりタネをバラす破天荒なご本人(笑)。物腰柔らかな司会進行から豹変して狂気のテノールが叫ぶ!!
イっちゃってる!! 自分で選曲したのに「わちゃぁ・・・」とか言ってる(笑)!! なんじゃこりゃ!? と戸惑いつつもこの日一番のインパクトでした! そのジャヴァをや〜〜め〜〜て〜〜〜〜!!!

ここで登場、大谷氏! とっちゃんさん、二胡の青木さんを伴ってご登場。新譜「新譜」から(笑)、「旅する心」「バントのかまえ」「伯母の財布」「海のゆりかご」などを披露。ちゃぁんと翌々日の同じ会場での石川さんのライヴの宣伝もしてくださいましたよ!(・・・ほんとはソラネコさんが先にしてくださってたんですが(笑)) なんとようこさんと「オムライス」を、さとみさんとも「犬の改札口」をセッション! これはうれしいサプライズ! たのしい歌にはさとみさんのナチュラルに明るい声がよく合う! 切ない曲にはようこさんのマンドリンが哀愁を添える! なんて理想的なコラボなのだろう!!

そしてトリを務めるのが我らがでゅおめいぷるようこさんが花形のトリオ・メイプル・・・からお2人、岡崎さん曰く「にせメイプル」、ようこさん曰く「トリオ・メイプル2/3」(笑)です! 地下っぷりが強いメンツの中で唯一の正統派!? クラシカルスタイルで臨みます。ようこさんの歌う「グリーンスリーブス」、美しいメゾソプラノが響き渡ります。もちろんカバーだけでなくようこさん、岡崎さん、メイプルオリジナルの楽曲もたくさん。美麗かつ高速で奏でられるマンドリンの音色・・・! バックのギターの豊かで正確な演奏・・・! 地下好きの皆さんまで圧倒する確かな「音楽」がそこにありました。

そしてエンディングは全員で、「雨の日のサーカス」を! この雨の日にふさわしい終曲です! ギター・ピアニカ・マンドリン・ベース・二胡・アコーディオン・パーカッション・コーラス・・・ なんて豪華なラストなんだろう。

さて・・・・・・ 素晴らしかった地下大音楽祭、ここで私は時計を見ました。
16:00。
なんと! 終了が17時とアナウンスされていたので半分諦めていた今宵の奈良の石川さんのライヴにどうにか間に合いそうではないかいな!!!
お嬢さん方は、どう!? どやさ!!?
「う〜〜ん、ちょっと奈良は遠いし帰れないかもだし・・・」
・・・・・・そらそうだわね。そのうえ事前の情報ではもうチケットもソールドアウトとも聞いていましたが、若干キャンセルが出た、との話も。私は雨の店外に出て、奈良の会場apa apa cafeに電話を入れてみました。
ワォ、OKですって!? ・・・これはもう腹を決めるしかないな。なんかもう私行くって空気になっちゃたし(笑)、人生初のライヴはしごがホルモン鉄道のおふたりなんてファン冥利に尽きるイベントじゃないか(笑)!!

ここで私は不躾ながら大谷さんに声を掛けさせていただきました。
オポ「大谷さん、今から奈良へ赴きますが・・・」
大谷氏「おおっ、石川に行くの!?」
オポ「なにかお伝えすることがあれば・・・」
大谷氏「ちゃんと明後日の宣伝を“何度も”しといたぞ、と石川に伝えておいてくれ。ありがと〜〜」
そういってまた握手してくださる大谷さん。なんて素敵なおっちゃんなんだろう。いまからもう1人のステキなおっちゃんに逢いに行きます!! 私は皆さんに別れを告げ、ひとり雨の中奈良への旅路を急いだのでした。

石川さんライヴの模様はレポートのとおりです。前人未到の(!?)ホルモンダブルヘッダーを達成し、真っ暗な帰りの電車の中やりきった感はあったのですが同時に「俺、いったい何やってるんだろう・・・・・・」という虚無感にも苛まれました。そこまでして投稿のネタを作りたいの? ポイント亡者? 餓鬼道? お前のその行動は何のため? 誰のため?? 

・・・・・・でもやるんだよ。
誰かの為じゃなくって、自分の為に。

とは石川さんのお言葉。世間的にはなんの意味もなくったって、なにかで一番になることを目指すのは決して無駄ではない、と教えて下さったのは石川さんです。本当に疲れていますが、私はまだ、諦めたくないのです。
あほのホルモンはしごの話・・・ に見せかけた地下音楽祭レポでした(笑)。 (オポムチャン)

(寸評)ほんと、奈良まで来てくれるとはビックリ!
大谷はもちろんようこさんもソラネコも岸田君も全員が友達というイベントだったので俺も観たかったくらい。
是非来年はそこに俺も混ぜてもらいたいな。
もっともたくさんの人が出るイベントって逆にお客さんとしては目当ての人が近い日にワンマンライブとかやると客割れしちゃって動員的にはなかなか厳しいことも多いのが課題ではあるのだけどね。
でもみんな長く活動してる人ばかり。
灰になるまでやりまひょう! 8ポイント。

はじめての習字の先生混乱

私は5歳の頃から、習字を習わされていました。
しかし、綺麗に字を書くという発想自体が毛頭なく、テキトーに書きたい字をノートに滅茶苦茶に書き散らすちゃらんぽらんな子だったので、おっさんになっても未だに字はきったないまま、残念ながら親の支払った月謝はドブへ放ったのと同義になりました。かわいそうに。ごめんねおかしな子で。

そんな早くからすでにクレイジーなお子さんだった私、幼稚園の年中さんから漢字を憶えるのに夢中になり、爺ちゃんなんかにたまに連れて行ってもらうお寿司屋さんの湯呑の魚へんの漢字に異常に興味を示し、田舎の爺ちゃんに依頼して魚へん漢字一覧表を作成してもらい壁に貼って日がな一日にこにこ眺めて暗記することに愉悦をおぼえる、という大人から見ても甚だ気色の悪い子供でした。

さて5歳にして魚へん等の漢字をたくさん憶えている私は習字教室でも知っている漢字をノートにひたすら書きまくり先生を驚愕させる、という字のきれいさは度外視した習い事を意味なく続けていたのですが、ある日のこと。
私が書いた魚へんの漢字を、先生が「こんな字はないよ、ポムくん」と突き返してきたのです。

私は猛然と抗議しました。

オポ「ぜったいある。いなかのじいちゃんがかいてくれたもん」
先生「こんな字先生見たことないわ。ポムくんが作った漢字とちがうの?」
オポ「ちがう。このかんじはちゃんとある」
先生「じゃあ、これ何て読むの?」
オポ「やもお」
先生「・・・・・・へ?」
オポ「やもお」

先生は目を白黒させて混乱しています。そんな魚聞いたことない、といった様子です。ちなみに先生は60くらいのお婆さんでした。
先生の弟子的なサブの先生が、一生懸命辞書を引いて探しています。

サブ「ありました先生、鰥夫、【やもお】。やもめの反対で、奥さんに先立たれた男の人を指す言葉みたいですね。魚じゃありません」

私はぽかんとしていました。魚へんではあるものの、どうもこの漢字は魚を表すものではなかったようです。完全に魚の一種と思って書いていました。ほんでしかもなんか微妙なニュアンスの単語やし(笑)。

先生「ポムくん・・・・・・ なんでこんな“鰥”なんて漢字知ってるの・・・? 5歳やのにませた子やわぁ・・・・・・・・・」

もとより出鱈目な子でしたが、この日から先生が私を見る目はより珍奇なモノを見るまなざしへと変わったのでした。 私は田舎の爺ちゃんに作ってもらった一覧表を、愉しく憶えまくっただけなんですけどね。

魚へんは女性の象徴、ないしは魚のように丸く目を開き、?(漢字出なかったらすいません)は涙の象形文字、あわせて鰥。つまり妻を失い涙する夫を表現した漢字、だそうです。たしかに右側の見慣れない字、目ぇからジャバジャバ涙出てますよね。うんうん私も妻を失ったらこうなるでしょうってかこんな字を5歳児が書いてきたらそら大人も混乱するというものです。
あれから33年。私はいまも、そんな昔の習字教室の話を蒸し返してくる出鱈目なおっさんです。救いよう、無し。(オポムチャン)

(寸評)おおっ、たまにいるいる。漢字少年。
多分学校で強制的に「やりなさい」と言われたらやらない。
自主的だからの真の勉強だと思うけどね。
俺も子供の頃は雑学少年。
小学生でコキュ(妻を寝取られた男)とか知ってて唖然とされたなあ。 8ポイント。

はじめての字てがみ

習字絡みの投稿をした矢先に、書道っぽいイベントに参加することとなりました。

ある日職場で店長がいつもの如く唸っています。
なんじゃいな、と話を聞いてみれば、今年度店長は地域の支店グループの総務担当をしており、社員の福利厚生や文化活動を促すイベントを司らねばならない立場なのだそうです。
ほいで、今回監督を任せられたイベントが、「字てがみ教室」なのだそうです。店長は地域支店約80名ほどに声を掛けますが、火曜日の仕事終わりの晩から集まって字てがみに興じたいなんて社員、そうそう居ません。講師まで呼んでるのに、人手が足りないということをウヌウヌ呻いていたのでした。

オポ「・・・ほしたら、僕行きますわ」
店長「いや、無理せんかてええで」
オポ「他の社員さんもお忙しいでしょうし、人集めも大変でしょう? 行きます」
店長「済まんのう、宜しく頼むわ。参加費の1500円はわしが出したるから」

・・・・・・あっぶね、参加費取られるとこだったのか。まぁそら講師も呼んでるから当たり前か。

当日。どうにか定時で仕事を終わらせた私と店長、ひと駅先の大きな支店の3階会議室で開催、ということですが18:30までいささか時間があるのでマクドで晩飯。おっさんふたりでろくに会話もせずポテトを突っつく姿は傍目にもむさ苦しかったことでしょう。

良い時間に到着、会場には講師のお婆さん先生が着々と準備をされていました。会場に入るや否や、

先生「アンタちっさい時は何て呼ばれとったん!? 今日はそれで呼ぶわ」

と、自分の席に置く名札に私の名前を書きだしました。

オポ「えぇっと・・・ じゃぁぽむで」
先生「なんや男の子は下の名前の呼び捨てばっかりでつまらんのぉ。女の子みたいにヴァリエーションが無いもんな」

私の本名の横に下の名前をひらがなでしゃしゃっと書き、名札を完成させました。
やったらテンションの高いお婆さん。なんだかそれに中(あ)てられて、こちらも妙ににこにこしてきました。

ただ私と向かいのテーブルの元からテンションの高い他店の女性社員さんを除けば、他の参加者12名は皆うつむいてどよんとしていました。どうせ店長に言われてイヤイヤ参加させられた口でしょう。仕事しんどかったのに・・・ 金曜でもないのに晩飯前に拘束かよ・・・・・・ ってな風情です。
しかしまぁこの際来ちゃったし楽しもう、と私はテンションを先生に合わせ、面白がるモードになりました。

先生「絵手紙は知ってる? ほぉ大体知っとるな。ほな字てがみはどない? 知らん。なんで絵手紙は知ってて字てがみは知らんねんな」

ハイスパートで畳み掛ける関西弁に思わず笑いがこぼれます。

先生「今日はお習字とちゃうで、達筆の字ぃ年賀状に書いてこられてもなんや字ぃ上手いのん自慢されてる気がして腹立つやろ!? 字を書こうと思たらアカン。よう見るような字体とちゃうもんを書いたらええねん」

用意された筆ペンで練習用の紙に、なんでもええから書いてみ、と言われ、テキトーに猿、と書いてみました。

先生「アカンアカン、そんなお習字してしもたら誰も見ぃひんがな。筆かてこう鉛筆持ちせんと握ってしもて墨を平たぁく出して」

どうやら小学校などで習った書道の基本からまるっきり外れたことをやればいいようです。意図せずとも常識からすいすい外れてしまう私は呑み込みが早かったらしく、他の人がかしこまった字を書き続けているさなか敢えての非常識な字体を書きだし、滑り出しは快調でした。
字てがみの本質はシンプルで貰った相手がなんかほわっとすること。小3でもわかる漢字をはがき裏にでっかく一文字だけ、その脇に短い添え書きを加えるというもの。早くて簡単、しかも52円(2015年10月現在)で相手に印象を与えつつ気持ちを伝えられるという優れもの・・・ とのことです。

たしかにパソコン打ちした凡百の年賀状より、手書きでなにか書いてあるやつのほうがよっぽどもらって嬉しいです。自分の好きな人から来たものならばなおさらです。まぁ私から年賀状を貰って喜ぶ人なんてこの世界に誰一人いやしませんがそれはひとまず置いといて。だいじょうぶちゃんとわかってますから言われなくても。・・・なにを急に卑屈になってんの私は(笑)。

先生「キレイに書かんでもええ。右肩あがりはかしこく見えるでぇやめやめ、角はとってまぁるくしたら、ほら柔らかくなったやろ?」

そうか、今まで囚われてきた常識から外れることは、逆に人の目を惹くものに成り得るのかっ! これは石川さんに通じるものがあるぞっ!
一例を挙げると、「寿」という字の「ノ」って部分も左に流れずにむしろ「\」の勢いで書く、そしたら良く見る字体から外れて印象深い字になる、と。なるほど。まぁ真似してばっかりでも芸がないので、あくまで自分らしさも出して普段着の自分も表現して、ふんふん。そこで効果的なのが添え書きです。漢字一文字だけでは愛想ないので、短い添え書き(縦書き・平仮名が望ましい)を付けるのがよいとのこと。

先生「ほしたらな、この例に書いたある“実”っちゅう字を書いてなんかあんたらしい添え書きを書いてみぃ」

実り。秋らしい。私は食欲の秋の仕業でぼてぼてに膨らんだ己が腹を想い、「ぱっつぱつ」と記しました。

先生「ええがなぽむ、あんたとこのテーブルは筋がええな」

死んだ目をして長い拘束に耐えているほかの社員連中と違って、素直に楽しんでいるのが良かったのでしょう。ちなみに予定時間の1時間はとうの昔に過ぎ去っています。
「綺麗に」「止め撥ね払いは美しく」「タテに真っ直ぐ筆を持って」「バランスを考えて」「下手糞」etc…
小学校のときに散々言われ続けた注意が呪いの言葉になって筆を執ることが苦痛になってしまった私でも、これなら楽しめます。解き放たれた私はできるだけ出鱈目に、そして添え書きも自分らしくちゃらんぽらんに、字てがみを作り続けました。

先生「えらい今日は時間オーバーして申し訳ありません。キレイに書かんでええ、ちゅうのも新鮮やろ!? 今年は大事な人だけでもええから、手書きで年賀状書いてみて下さい。絶対そっちの方が喜んでもらえます。あなたの書いた字ぃひとつで相手は“今年はえらい元気やな”“なんや調子悪そうやな”とかそこまで分かるから。あなたを伝えるにはこれが一番。こんなにええもんが52円やで! 是非やってみてください。ありがとうございました」

そうか・・・・・・ 確かに好きな人の字、ってわかるもんな。その筆跡で、相手のことが浮かびます。元気そうだな、いまどうしてるかな。
とっても素直な私はイヤイヤ来たことをすっかり忘れ、今年はひとつ両面手書きで年賀状がんばってこまそ、と雨の夜空に誓ったのでした。たぶん投稿の日々の中ですぐ忘れるでしょうが(笑)。あれっ店長が居ねぇ。雨だから先に逃げやがったな。あっずばり今日(投稿日)が年賀はがきの発売開始日やんか。今年は70枚くらいかな。はよ買って宛名書いてまおっ。わかりやすいおっさんだこと・・・ (オポムチャン)

(寸評)年賀状は40年ほど書いたこと無いな(笑)。
うちの妻の字はスゴいでぇ。字だけ見られたら絶対知的障害のある人と思われる。
・・・あっ、だから結婚したのかも!? 7ポイント。

初めてのスカイプ会議

波照間エロマンガ島@タイランドです。先日初めて「スカイプ会議」というものを体験しました。バンコクにある得意先とベトナムにある得意先と弊社を三元中継で結んで会議を行なったのです。

通信インフラの違いなのか、ベトナムの得意先はすぐに画面がフリーズして動かなくなってしまいました。するとタイの得意先の人がすぐに「あ、これ映像重いですね。音声のみにしましょう」と提案し、音声のみの会議に切り替えました。すると皆さんのそれぞれのアイコンが静止画面で表示されました。それを見てわたしは吹き出してしまいました。

タイの得意先の人は「スティーブ・ジョブス」、ベトナムの得意先の人は「魔法少女系」のアニメキャラのアイコン! まぁ自分のアイコンですから何を使っても良いとは思うのですが、でも一応ビジネスの場ですからねぇ・・・。少し考えさせられました。でも、会議の内容自体は充実していて、実際に足を運んで会議する以上のモチベーションを得られました。

今後打ち合わせでベトナムに行くことにもなるとは思いますが、スカイプによる会議は増えることでしょう。そんなビジネスの場でテレビ会議初体験の巻きでした。(波照間エロマンガ島)

(寸評)あぁ、ビジネス用にはアイコン変えたいね。
でももしかしたらこっちの方がかしこまらなくってより自由な発言が出来るかもしれないね。
こういう意味ではもっとどんどん地球を狭くするのはいいよね。
こういうところから微妙なニュアンスの理解を深めていくことは大げさに言えば戦争回避に繋がると思うんだよねー。 7ポイント。

初めての24時間断水

つい一昨日の出来事です。いつものように朝一番で出社して、店舗のまわりの掃除をしました。ほうきで店内と店の前を掃いたあと、テーブルを雑巾かけして、トイレに入りました。いつもこのタイミングでお通じをするのが日課となっているのです。

異変に気づいたのは排便がすべて終わったあとでした。タイのトイレには固有の「トイレシャワー」という、でん部を洗浄するシャワーがあるのですが、そこから水が出ないのです!「あれ?」と思い、すぐさま後方の水流レバーを押しました。しかし、水は流れません。なんと突然断水になってしまったのです。私の体内から排泄された物体が流れずに便器の中に残ってしまう事態となりました。「あちゃーー!! なんじゃこりゃー!!」な状態です。
さっき雑巾がけをするために蛇口をひねったときには確かに水は出たのですが、わずか5分くらいのあいだに断水してしまったというわけでした。

「これは相当にまずい状態だぞ」と悪い汗が出てきました。考えられる原因をすべて考えましたが、答えは出ず。隣のテナントの旅行会社の社員の人に水道は断水してないか尋ねると、水は出ていますとの返答。次に水道代未払いで水道を止められたのではないかと本社に電話をすると、本社ではちゃんと支払っているとのことでした。そのうちにタイ人社員が出社してきました。ボスの私は「トイレは使えないから立ち入り禁止にして入るな」と指示し、原因を究明するべく、あちこちに電話をしてもらいました。水道局に電話して係りの人に来てもらってようやく原因が判明。ビルの屋上にある給水用のタンクのポンプが破損して水道水がオフィスまで下りてこないとのこと。すぐに修理してもらいましたが、ま た水を溜め込むのに24時間かかるというので、24時間断水は続くことになりました。

それにしても日ごろ、何の気なしに使っている水道が使えなくなるというのは、これは不便以外何者でもなかったですね。しかも、トイレの便器の中には私から排出された排泄物が残っているのです!!なんとか24時間して水は出るようになりましたが、その日は一日中、なんとなく不機嫌で調子が出なかったです。報告終わります。(波照間エロマンガ島)

(寸評)ズズズズーッとお茶漬けの要領で食べれば良かったんじゃない?
波照間エロマンガ島ならきっと出来る!やれる人だっ! 8ポイント。

はじめての通報されちゃった

べつに大声で淫語をわめき散らしたとか下半身をたいへん涼しい状態にした上陰茎をプロペラのように回転させながら「拙者はヘリコプタ也」などと絶叫し往来を疾走した、とかやったわけではありません。しそうだけどね。

わたくし共オポム家の3名は2014年の2月に現在の家へ越してきました。ここは配偶者の叔父さんがひとりで住んでいた家の誰も使っていなかった2階を改築して我々に提供してくださった場所です。かつては嫁はんのお爺さん・お婆さんも暮らしていました。
それまでの昼夜やかましい国道沿いの古代マンションから一転、閑静な住宅街に移り住むこととなり、不要に大きな音は出すまいと気を付けてはおったつもりなのですが、原因は私の絶唱でもなく、嫁はんの怒号でもなく、なんとぼうずでした。

ぼうずが3歳を迎える数か月前。先の投稿にもありましたがうちのぼうずは泣き出したらほんとうに止まらないぞそういう感じだぞのぼうずで、1時間はえんえん泣きっぱなしなんてもう日常茶飯事、私が仕事から帰って来て玄関に入る前なども泣いてる時は窓を閉め切ってても外から聴こえるくらいの爆発的音声でおらぶのです。なぜ泣いているのか理由もわからず(怒鳴ったり殴ったりはもちろんしていません)、しかも一度泣き出すと何を言っても無駄で、理屈もお菓子も通用しません。理由を聞いても支離滅裂でわからないし、だっこしても駄目、テレビを付けても駄目。もうどうしようもないので気が済むまで泣かせるしかないのです。

そんな状況が続いたある日。嫁はんがぼうずの相手をしつつ家事等に精をだしていると、玄関のチャイムが鳴りました。 果たしてやって来たのは、豊中市の職員でした。

市職員さん「こちらのお宅から、日ごと夜ごとお子さんの泣き声がする、との連絡をご近所の方から伺いまして・・・」

嫁はん「(・・・・・・は??)」

つまり新参者の我々はご近所さんにぼうずの虐待を疑われ、何かあったら良くないので市に通報されちゃった、というわけなのです。

嫁はん「ナニモシテマセン。ヨクナクコナンデス。ナンナラフクヌガセテゴランニナリマスカ」
市職員さん「いえ、なにもないならいいんです。最近増えていますから、皆さんも過敏に気になさるので」
嫁はん「ソチラカラモンダイナカッタムネオツタエシテイタダケナインデスカ」
市職員さん「それはしないんです。申し訳ありません」
嫁はん「(カンゼンニウタガイガハレタワケジャナイカラカ)」
市職員さん「困ったら相談窓口もありますから、ご連絡くださいね」
嫁はん「・・・・・・・・・・」

私が職場から帰宅すると、嫁はんは虚無的な表情で答えました。

嫁はん「ツウホウサレタ。シノショクインフタリキタ」
オポ「はぁ!!? なにが原因で!?」
嫁はん「ボウズノナキゴエガギャクタイジャナイカッテキンジョノヤツガツウホウシタミタイ」
オポ「そんな阿呆な・・・」

嫁はんは無表情に話していましたが、しだいに心の均衡が崩れだし、涙声になってきました。

嫁はん「3歳になるまでは叱っても意味がないっていうから(オポ註:海馬の発達上、反省ができず恐怖だけが焼き付いてしまうという説があります)・・・ どんなに腹が立っても、手だけは絶対に出さずに、我慢して叱りもせずにやってきたのに・・・・・・ 何処の子だってこの時期は泣くやろ・・・・・・!? そんなこと育ててきた人間やったら解るやろ。この子の声がうるさいんやったらお向かいの〇〇くんの声の方がよっぽど大きいわ。なんで・・・・・・ なんであたしが通報されなあかんの・・・・・・疑われなあかんの・・・・・・・・・!?」

叔父の家に転がり込んだとはいえその時叔父は現役で働いており、早くに母親をなくした嫁はんが子育てで日中頼りにできる人は、まわりに誰も居ません。孤独に、ひとりで家事をこなしつつ育児を頑張ってきたのです。それなのに、それなのに。

嗚咽する嫁に、慰めの言葉をかけ、仕方ない、世の中の風潮のせいやわ、と言うしかありませんでした。

いまもぼうずは爆泣きを絶賛継続中ですが、ご近所とのコミュニケーションも次第に取れてきてからそういったトラブルはなくなりました。定年退職した叔父も嫁はんのサポートに加わり、母子は向かいの子供さんと一緒になって元気に遊びまわっています。

毎日のように子供の虐待死が報道されます。子を持つまではなにをしとるんや、我が子に手を出すなんてこの畜生が、と思っていたのですが実際に子供を授かってみて、自分ひとりで何時間も子供の相手をしなければならない状況で、まるで理不尽な理由ないしは理由もなく長時間泣きつづけられたら。

こいつ、いまこの固い物体でおもいきり頭部を殴打したろか。

という気持ちに、一瞬なってしまう自分がいました。
自分という人間が、恐くなりました。
他人事では、なかったのです。

現在の核家族化が小さい子供の虐待の増加に影響していることは間違いないでしょう。子育ては、ひとりでするべき仕事ではない、と私は強く思います。周りの皆でサポートしてあげなければ、精神が破裂してしまいます。きっと今もなすすべなく無理矢理ひとりで頑張っているおかあさん達はそこら中にいらっしゃることでしょうが、それは決して望ましい状況ではないはずです。

まぁ・・・そんな悲しい事件を未然に防ぐために“通報”という手段があるのですが・・・・・・ 虐待の事実がないのに通報された側の気持は如何ばかりのものか、思い知ることになるとは皮肉なことです。きっとご近所さんのとった行動は正解なのでしょうが・・・ やり切れなさの残る事件でした。(オポムチャン)

(寸評)うわぁ、それは・・・どちらの気持ちも分かるから難しいね。
子育て、確かにそれはあると思う。
俺なんて冷酷なところもあるから「子供作ってもし愛情が持てなかったらどうしよう」と思って作らなかった面もあるからね。
まあ今回の件に関しては近所と仲良くなって事情を分かってもらうしかないんだろうね。
本当に親って大変だと思う。 8ポイント。

はじめての車椅子の方を梅田からデリバリー

いや待って待ってデリバリーってエロいやつと違うから。そういうのウブだから経験ないですから。話を聞いてください。

8年ほど前の話。私は今の支店に移る前は新規採用から勤めていた大阪は梅田の茶屋町の支店に勤めていました。

ある朝。その日は巡回の社員さんが勤務することになっていましたが特に忙しい日でもなかったので人数が余ってしまうことが発覚、店長が困っていたら「えっじゃあ僕帰っていいですか」と素早く手を挙げたのは誰。そう私。突然の職務放免にうっほほーい、と制服から通勤スーツにスパッと着替えてひらりと退社、「お疲れ様で〜〜す」。朝9時の顰蹙の視線がまぶしい。

やぁ素敵だなぁいきなりのお休み。るんるん。大阪駅近くの助平書店でも冷やかしたろかいな。ぐふふ。
そんな今にでもスキップをせんとばかりの腐れ脳味噌のご機嫌さんに、低い位置から声が掛かりました。

声「あのすいません、本庄はどっちでしょうか??」
声の主は車椅子に乗った50代くらいの女性でした。

オポ「ほ、本庄!? ここからだと随分遠いですよ(約1kmほど)」
女性「ちょっと道に迷ってしまって・・・」
オポ「じゃあ僕暇ですから、本庄の近くまで押していきますよ」
女性「ほんまですか、有難うございます」

どうせヒマだしな、とお人好しの私はエロ本屋をいったん脳裏から追い出し、茶屋町から東へ、車椅子を押して歩きだしました。

女性「お兄さん大丈夫なんですか」
オポ「やぁ急に仕事が休みになりまして」
女性「それはそれは」
オポ「慣れてないので揺れ過ぎたら言うてくださいね」

私は新御堂筋を越えんと大きな道路の横断歩道を足早に押し走りました。
本庄。懐かしい響きです。私はその当時大阪の北隣の市・豊中から梅田まで通っていましたが、小学校の頃はその本庄の道路東向かいの天神橋7丁目という所に住んでおり、習字に通ったり校区外と知りながら兄貴と遊びまわったりした遠い想い出の地なのです。

・・・あれっ? あんまり懐かし過ぎてここから本庄へ向かうルートがさっぱりわからない・・・・・・ でもまぁいいや、“なんとなく北東”に行けばなんかその辺っぽいわー、と曖昧な記憶をたよりにひたすら東へ進みます。

JRの東海道本線の高架をくぐったあたりで、なにやら女性に動きが見られます。
あんまりの楽チン移動に気を良くしてか、女性、煙草を吸いだしました。
あんまりのリラックスぶりに気を悪くしたのは私、人が親切心で楽チン移動させてさしあげてるというのにおどれはご機嫌にシガータイムかい。わしゃ煙草の臭いが大っ嫌いなんじゃい。ほんでええ加減くたびれてきたわい。

とはいえここまで来て「ちょっと気ぃ悪いですわ。あとは勝手に行ってください」なんて放置プレイに走るのもなんだか後味が悪い。だいたい押して行ってあげるなんて言いだしたのは私だ。私は不快感を胸の内にしまい込み、黙って車椅子を押し続けました。

こんな裏通りにあるのか、とビックリした小さな大阪中崎郵便局を越え、なんとなぁくこの辺かな、と思しきちょっと細い筋を北へ。するする進むと天神橋6丁目へ続く大きな通りに出ました。おそらくこの道路を越えて北へ進めば本庄西のあたりです。

女性「あっここまで来たら分かりますわ、お兄ちゃんどうも有難うございました」
オポ「いけますか? もうちょっと先まで押していきましょか」
女性「えらい遠くまで来てもろたから。有難う」
オポ「どぉも、ほしたらお気をつけて」

なんかちょいと小馬鹿にされた気がせんでもないですが、身体の不自由な方が物語に描かれるようにみな人格者、ではない、ということは当たり前のことだし、車椅子で梅田へ来てみたものの帰り道に車輪を回し続ける体力が残っていなかったから、頭悪そう気の弱そうヒマそうというカモっぽさを十二分に満たした私を見て連れて帰ってもらおう、という発想は賢明とも言えるでしょう。あれ、めっちゃ腕力要りますよね。車椅子に乗って車輪回すって、なにげに。

まぁ終始言葉遣いも丁寧な方だったし、煙草のことは差し置いてええことしたったなぁ、くらいの気持ちで私は踵を返し、一路助平書店へと歩を進めたのでしたとさ。ぐふふ。(オポムチャン)

(寸評)ニイチャンほんま親切やなあ。
ワシも歩くの疲れよったからにタクシー代恵んでくなはれ。よろしおまっしゃろ!? 9ポイント。

初めてのハンマーダルシマー

ええっと、最初に断っておきますが、全然面白くないですし全然エロくも怖くもない話です。
3ポイント狙いで(笑)

今週からいきなりハンマーダルシマーという楽器をやり始めました。
特に前々からやってみたかったワケでもなく、誰かに勧められたワケでもありません。
まあ、半分以上勢いでやる事になってしまったんです。(の割には楽しんでますが(笑))

親しくしているダルシマー奏者のIさんの所に、宙に浮いてしまった楽器が一台あると耳にしたのは1か月ほど前の事。
アメリカに発注してまだ日本に届く前にキャンセルになってしまったとの事。
「だから、こっちに届くなりまた送り返さないといけなくて」
「えっ!?それはなんて可哀想な・・・」
「そうなんですよ。送料往復で6万ですからねぇ。。。」
「可哀想な・・・楽器」
「ん?楽器?(僕じゃなくて?)」
元々妄想力には定評のある私。
ふとその楽器に感情移入してしまいました。

「私、日本で幸せになるの♡一体どんな人が私を弾いてくれるんだろう〜
いい音鳴らす様に張り切っちゃおう〜っと。優しい人だといいなぁ。」

ワクワクしながらこちらに向かっているに違いありません。
なのに、なのに、関空に到着した途端にアメリカに追い返されるなんてっっ。
可哀想すぎます。楽器に何の罪があろう・・・。

「それ・・・・私が買いますっ(ノД`)・゜・。」
「えっ!?いやいやいやいや、アカンアカン(笑)ようこさん、ダルシマー興味ないでしょ?」
「ありますっ」
「嘘ばっかり。そんな話聞いた事ないしっ」
「では、今、急にやりたくなってきましたので買います」
「えーっそれだったら僕が買います。買ってお貸ししますよ」
「いえ、私が」
「いや、僕がっ」

ダチョウ倶楽部並みの押し問答の末、結局私が買いとる事になりました。
と言っても、もちろんIさんが最後に「どうぞどうぞ」と言ったわけではありませんが(笑)。
Iさん的には、もし本当に私がやるならプロ用の物を選びたかったみたいでした。

「ダルシマーって世界一簡単な楽器なんですよ。多分僕がようこさんに教える事は何もない。
レッスン代もったいないし、自力で頑張れv」
「えーっ!?テメー見捨てるのかっ!」
「違うっ。これ以上お金を遣わせたくないって話」
「バカヤローっ、そんな間違ったヒロイズムは要らねえ。教えてけろよ」
「一人でできますって」
「できるかーっ」
「できるっ」

またしてもダチョウ倶楽部です(笑)。

この手のやりとりが数週続いた頃、ようやく楽器が到着しました。(世界一周くらいしてきたのか!?ってほどノンビリと) 検品、手続き諸々が済み、ようやく私が楽器を手にしたのが4日前。
初レッスンでした。
Iさん。ようやく腹をくくったみたいで「こうなったらプロに育て上げますからね」と。
「僕とダルシマーデュオ組みましょう。という事でスパルタで行きますからっ。」

デュオなら今まで通り、マンドリンでええんでないかい?

とも思いましたがせっかく買った楽器を活用して仕事にしましょうという意味だと受け取り
「お、おう」と答えておきました。
そんなに簡単に行くわけねえスけど・・・(笑)。

初レッスン1時間で他の生徒さんの半年分を詰め込まれて帰ってきました。
すでに頭がパンクしそうです。
チューニング、弦いったい何本あるの!?相当時間がかかりました。
ハンマー(スティック)の持ち方。鳴らし方。
音の出し方はまだまだだけど、2曲だけ弾けるようになりました。

アラフィフの手習い。
まだまだ一人前になるまで時間はかかりそうですが、いつか石川さんとのセッションを夢見て頑張りたいと思ってます。
ダルシマー、打弦楽器だからパーカスにもギターにも合いそうですね(*´ω`)
石川さん、待っててね!!

余談ですが、今回、この話を友達に打ち明けた時「私が買うよ!」と言ってくれたの嬉しかったな。
ようこさんが買えないなら私が買うと。
うん、私が買うつもり。それが一番早いから。と言うと
そうだと思った!と。
いい友達持ったなぁって思いました。。。

ね?全然面白くなかったですね・・・(笑)(でゅおめいぷるようこ)

(寸評)俺もウクレレ全然弾けないのにウクレレフェスのオファーがあったことがあった。
もちろん持ってもいないので主催者から借りた。本番一週間前に。
そして簡単なコードを3つぐらい教えてもらって後は自己流でコードを開発、無事(かどうか本当は分からないけど)出演を果たした。
プロのマンドリン奏者ならきっとすぐにモノにすると思うな。
只今北海道に居るけど小松崎健さんという友達もダルシマー奏者でセッションしたことがある。
んじゃ、来年セッションしましょう! 6ポイント。


           トップに戻る