ドキドキドキリコ初体験(33)

さて、このコンテンツは初体験を告白するページだ!
・・・と言っても、Hな事ばかりが初体験ではないぞ。世の中は、初体験のことで満ち満ちている。それを報告してもらいたい。例えば立ち食いそば屋に初めて入った初体験、母親を初めて背負った初体験、ファンレターを初めて書いた初体験、ビンタをくらった初体験、万引きで捕まった初体験・・・。大きな事でも、些細な事でも、アホアホな事でも何でもいい。
 最近した事、昔の事、とにかく「初体験」にまつわるエピソードを送ってくれい。メールの題名は「初体験」で。ペンネームもな。ポイントは内容によって3ポイント~∞(無限大)だ。ドキドキしたその時の様子を報告してくれい!

はじめての蕁麻疹

それは小さな痒みから始まりました。
「痒み」って何気に辛いです。
かきむしりました。
夏場だったので「ムシに刺されたんだろう」。
そう思っていました。
勝手に。
そのうち良くなるだろうと。
でもその痒みは一向に消えず。
気がつかなかったんですよね、発疹と痒みの範囲の広がり。
数日後、朝、目が覚めると身体が赤い発疹と痒みに占領されていました。
「か、身体が!」
すぐ病院へ行くとその日は皮膚科が休診でした。
「我慢できるかい!」
とばかりに他の病院へ。
蕁麻疹、初体験でした。
蕁麻疹って何気に原因のわからない病気だったりします。
塗り薬では治らず飲み薬しか効かないそうです。初めて知りました。
しかも放置した期間が長い分、治療も長くかかるそうです。
「げぇ!まじで」
夏の最中、この発疹を隠し通し、痒みに耐えなくてはならないのです!
病院で頂いたアレルギーの処置方法のパンフレットにはあの「ハクション大魔王」が
出ていて、
アレルギーについての説明をしているではありませんか!?
友人にこの事を話して、トリビア自慢をしてしまいました。

何気に私、不健康ネタばかりですね。(仮免ライダー)

(寸評)俺も一度だけ子供の頃生のイカが当たって蕁麻疹になったことがある。全身みみず腫れで「でも掻いては駄目!」ってまさに拷問じゃ~~~!! それにしても蕁麻疹の蕁という字は難しいな。というか蕁って何だ? 7ポイント。


つかの間のピアス人生後。

金属アレルギーになって数年経っても、検査などは受けずに放っておきました。
ところがつい先日、歯医者に行って歯に詰め物をするのに、金属アレルギーの検査をしてくれといわれました。歯の詰め物用の金属アレルギーは、皮膚科ならどこでも検査をしてくれるというわけではないらしく、限られているため、歯医者に紹介された皮膚科に行ってきました。世田谷区にある皮膚科です。

調べる金属は、全部で24種類。細長い絆創膏に、6箇所、小さな丸いガーゼがついていて、そこに1箇所ずつそれぞれ金属成分を垂らしたもので、それを4枚背中に貼り付けて帰宅。丸二日風呂に入るのは禁止。そして48時間後、72時間後、一週間後の状態を医者に行って診察してもらうのです。その間一度でも行けない日があると、反応がわからなくなるため、検査のやり直しになるから必ず通うようにといわれ、痒さに耐えながら電車でしっかり通いました。

結果はパラジウム、ニッケル、コバルト、これらは酷くジクジクして痒かったです。掻いちゃいけないし、薬もぬっちゃいけないし。そのほかもいくつか、軽いながらも反応が出ました。極めつけはふつうのひとはアレルギーになっても反応が出ないはずの「金」までアレルギー反応がでてしまったこと。皮膚科医は「あなた、歯に詰める物そうとう難しいよ、ほとんど金属使えないもん」と言われてしまいました。

中学の頃、「ピアスの穴あけると人生が変わるらしいよ」と友人から聞いた記憶がありますが、なんか別の意味で人生変わっちゃったかも。とほほ。(杏)

(寸評)そうか。君への誕生日プレゼントは純金のブラジャーだったのだが。残念、今から川に捨ててくるよ。ドブンッ! 8ポイント。

はじめての野宿

それは今から15年位前、高校二年の厳寒の頃・・。友達に(初めての)たまのコンサートに誘われ、群馬からはるばる神奈川県の文化会館まで電車で参りました。当時の地方の(女子)高校生といえば今とは違い、隣の市町村に行くだけでも「遠出」という感覚です。それを群馬、埼玉、東京、神奈川と4県も股にかけたのですから、大冒険!今で言えばアフリカ大横断ぐらいの価値があったのです~(大ゲサ?)。
ところが行きはよいよい、帰りはコワイ・・で夜7時ぐらいに開演して終わったのが9時10時ですから、群馬の家まで帰れるはずがありません。途中、埼玉県の春日部までで無情にも終電が終わってしまいました。駅を降りしばらく途方に暮れて「とりあえず、どこか泊まろうか」と友達は言ったのですが、当時宿賃は一人4000円。そのときのコンサートのチケットも(たしか)4000円。あれだけ感動したコンサートとこれから5時間ぐらいしか泊まらない旅館代が同じ料金というのが我慢ならない!という理由で私はなんと拒否したのでした。次の日学校もあるというのに・・。そして二人は真夜中の凍るような春日部の街を朝までさまよい歩きました。
たまにビルの階段に座って仮眠をとったりしながら・・。友達はそれから風邪をこじらせ三日間学校に来ませんでした。私は何事もなく登校しピンピンしておりましたが・・。これを機にその後何度となく国内海外と野宿を繰り返すことになるとは思っても見なかったウブな時代でした☆もう今はその元気はありませんが。。 (ザムザムコーラ)

(寸評)野宿・・・高校の時サイクリングで佐渡のとあるバス停に野宿して近くの野原に誰もいないだろうと野糞しに行ったら、いきなり凄い灯りと人がウジャウジャ!
何とその日は村の祭りだったのだ~。8ポイント。

初めて見た女装のオヤジ

 それは数年前のことでした。本屋へ立ち寄り、本を立ち読みしていたら、体の大きなオバサンが私の隣にやってきました。
色は派手なのですが、服装がどことなくヤボったく、薄汚い感じで、スカートの下は素足でサンダルを履いていました。しかもかかとがめっちゃ汚い。
 「何だかずいぶん汚いオバサンだなあ・・・」と思ったその人は・・・・オジサンでした。げよげよ~!髭剃りあとが青々としていたのでわかりました。その人の息遣いがやたら荒かったので、これはちょっとヤバいぞと、私はその場を離れました。
今時の女装趣味の男性にもニューハーフにも、こんなに汚いのはいないぞ・・・。思い出すたびに悪い夢を見そうでうなされます。(ちちぼう)

(寸評)メリィさんを大昔「ヴァージンVS」というバンドのライブで見た時は本当に性別わからなかったなぁ。でもその人は女装界でも「通」な人なのかもね。7ポイント。

はじめての青虫つんつん酔い

ウチの母親は園芸・・・小洒落た言い方してあげるとガーデニングが趣味で、玄関先の普通車一台分くらいのスペースを見事に茂らせています。ある時そこに少し大きめの青虫たちが住みはじめ、僕と父親とでその様子をなにげなく見ていました。するとなぜだか突然父が、小枝で青虫の身体をつんつんし始めるのです。それでもまったく動かない青虫に対して、つん、つん、つん、つん、つん、つん、つん、つん、つん、と続け、なんだかそら恐ろしくなった僕が「もう、やめたりーや。」と父に言ったその時。。。だばばばば~。青虫の口から緑色の液体が!?さっきまで食べていた葉っぱを父につんつんされたせいで気分が悪くなり「う、うげー」と吐いてしまったのでしょう。青虫の吐瀉シーンなんて初めて見ました。その青虫も、吐瀉なんて初めての経験だったのではないでしょうか。しかし、ごめんよ青虫くん。 (グレ松)

(寸評)な~るほど。みんなも飲み過ぎて「吐きたいのに、なんか吐けない」という時は小枝でつんつんしてもらえばよいのだな。またひとつ賢くなった。7ポイント。

初めての忍者

今から10年程前、新婚旅行で滋賀県甲賀の忍者村に行った。
折からの雨で、客は私達夫婦以外いなかった。
忍者屋敷を見ていたら、売店のお姉さんが「良かったら着替えませんか?」と、にこにこしながら忍者の衣装を出して来た。普段なら忍者装束に着替えるだけでお金がかかるらしいが、私達しかいなかった為、タダで着せてくれた。
夫のは黒で忍者らしかったが、女物(くのいち!)は赤だった。暗闇で目立つんじゃないのか?こんなことでいいのか、忍者として!と思いつつも、それを着て手裏剣を投げてみたり、写真まで撮ってもらった。たっぷり忍者気分を堪能してそこを後にしようとしたら、夫は忍者服を購入していた。
その後夫は、長男が3才になった頃、当時の忍者カップル写真を見せながら、
「お父さんとお母さんは忍者だったんだ」と吹き込んでいた。
息子は今8歳だが、未だに信じていて、
「お母さん、どうやって高い塀を飛び越えるの!?今度教えて!!」と、本気で聞いて来る。困って夫に話したら、
「いや、次はあの忍者服を着てみせなくては!」と意気込んでいた。
ちなみに夫の身長は190cm。そんなデカい忍者がいる訳ないと息子に言ったら、すかさず「お父さんは作戦を考える忍者だったんだ」と、夫。息子はますます信じたようだ・・・。いつまで忍者でいればいいんじゃっ!! (かなめ彦)

(寸評)「僕のパパとママは実は忍者!」いいな~。本人が気づくまで決して夢を壊さぬよう! ・・・但し20歳過ぎても信じてるようだったら真実を伝えた方がいいかもな・・・。9ポイント。

初めてのとうとう牙

数年前。私が気が弱くて人のいう事に逆らえないのを良い事にヤツ辺りの激しい職場の先輩に、とうとう牙を向きました。
『〇〇さん(先輩の名前)のようになんでも人のせいにするような人とはもう仕事したくありません』
…と、言ってやった…訳ではなく、メールだったのですが。
それでも自分の非を認めようとしない先輩に対しても、一歩も引かなかった私…そしてその数日後、その先輩が職場を去って行きました…私のせい!?
でも、人にあんなに逆らうのなんてはじめてだったのでドキドキでしたよ~ P.N まんぼう

(寸評)そうか、最近はガツン!とメールで言うわけか。良いような悪いような。ま、書き方次第か。面と向かっても言い方や雰囲気次第で喧嘩になることも、かえって友人になれることもあるしな。実は内容自体よりも相手に何か物を言う時ってそういう事の方が大事な場合も多い。6ポイント。

初めての「文芸ロマン」って・・・


新婚当時、私の膨大なCDやLDのコレクションに呆れ返っていた妻に、私は「まあ、適当に見てみれば」と、好きに任せて「閲覧」させていました。そんな中、妻が映画LD『人生劇場』を発見。「え~、これってエッチな映画ぁ?」と突っ込んできました。「あげっ、確かにそんなの持ってたな。しかも、お目当ては森下愛子のオッパイぽろりの絡みのシーン(私が中学生くらいの頃は清純派の妖精。そ、その愛子さんが・・・感無量!)」。しかし、私は平然と「いやぁ、「文芸ロマン」というか、あの頃の深作映画って好きだな。それに、バンカラな世相を、永島敏行とか奥田瑛二がいい味出して演じているし・・・」などと、しゃあしゃあと言ってのけました。映画はほとんど見ないのに、というか、この作品のストーリー自体、あまり分かっていないのに。妻の意味深な笑いと、私の引きつり笑いとがしばし交錯しました。で、元の箱にしまおうとした時、一枚の小さな紙切れがジャケットの中からヒラヒラと。妻がその紙切れを拾い上げて・・・、「えぇーっ! 何よこれ!?」。その紙切れには「5分20秒、12分30秒、20分・・・」という私の自筆メモが。妻の上目遣いの視線が、私の宙をさまよう視線を捉えて離しませんでした。もう、申し開きはできません。そうです。その時間帯に、松坂慶子、中井貴恵、そして、お目当ての森下愛子の「濡れ場」があったのです。「あ、あわわわ・・・。いや、その、オレの性的趣味は決してアブノーマルじゃなくて、ブランド志向というか・・・、だからその、名前も知らないAV女優とか、全然興味ないんだけど、何と言うか、有名女優さんの、その・・・ストーリー上の必然性のある、芸術的な絡みとかには、ちょっと惹かれるところがありまして・・・」。

つい最近、10年近く使っていたLDプレーヤーが成仏しました。今後絶対にDVD化されないであろうという貴重なライヴ映像のソフトも多数あります。それらを「さあ、これからDVDに録るぞ!」と思っていた矢先のことでした。私は意気消沈。で、妻に「生産打ち切りになる前に後継機を買いたいんだが」と陳情するのですが・・・。「『人生劇場』を見たいんでしょう。フフフフ・・・」。 「Fuck-Dah」

(寸評)俺もエロ小説の「いいシーン」の場所にはページの右上に○を付けてすぐわかるようにしてた。あぁ、 宇能鴻一郎・・・。10ポイント。

初めてのビール買い


これは俺が中2の時、友達が俺の家に泊まっていたときのことだ。夜になると俺も友達も暇で暇で何もすることが無くなった。すると友達が「ビール買いに行けへんか?」と言い出した。最初は戸惑ったけれど何もすることがないので買いに行くことになった。俺の住んでる町は夜になると暴走族がブンブン走る、そのためポリ公もパトロールをしている。ビールがある自販機は町の一番大きな道路沿いにあった。だからそこにたどり着くにはかなり苦労した。そしてやっとの思いで自販にたどり着いた、そしてビールを買ったまでは良かったけど、買い終わると暴走族が出現した、俺は死ぬ思いで隠れている友達の所まで走った。そしてようやく家に着いた。俺はその時までビールの味なんて全く知らなかったので旨いものと思っていた。しかし、いざ飲んでみると苦い苦い、結局俺が飲んだのは50mlくらいで残りは友達が飲んだというわけだ。一番苦労した俺だが結局最後に喜んだのは友達だったとさ、トホホ・・・・  (てか道)

(寸評)俺は両親もその上もみな下戸だったので高校生ぐらいの時に「これはヤバイ。修行しなければ」と『毎日一本』を基準にビールを飲み始めて、立派な酒飲みになれた。確かに最初は苦痛だったが己に鞭を打って「修行じゃっ!!」と思って泣きながら飲んだ、嗚呼青春時代。6ポイント。

初めての「隙間風注意報発令中」ライヴ


大泉学園 in“F”、在京時代、何度か足を運びました。懐かしい~ぃ! 知久さんと翠川敬基さんのデュオを聴きに行った時は会社帰りの駆けつけだったので、店に着いた時は立錐の余地なし。どうにかこうにかグランドピアノと壁の隙間に潜り込み、ピアノの上にグラスを置いて(!)、右斜め後ろから知久さんを眺めるというシテュエーションでした。時は1998年、世間はサッカー・ワールドカップ一色。そんな中、「今日はサッカーあるから、みんな早く帰ろうねぇ」という知久さんの一言に、「ワールドカップ(たしかジャマイカ戦)なんてどうでもいいですよぉ~」といった、へそ曲がり・非国民的な客の大爆笑でライヴは始まりました。

前置きが長くなりました。同店へ、橋本一子さんという八面六臂・神出鬼没・カテゴライズ不可能の、しいて言えばエキセントリック・ジャズ・ピアニストのライヴを聴きにいった時の話。知久さんのライヴの三週間前の日曜の昼下がり、15時からくらいだったでしょうか、ベースの吉野弘志さんとのデュオ・ライヴへ。昼真っから酒も飲めるし、終電も気にしなくていいし、ウヒョヒョヒョ気分でした。余裕を持って開演一時間前くらいには店に到着。一番乗り。お二人の音合わせを見ながら、早速、銘酒をぐいっと。そうこうしているうちに、30分経ち、50分経ち・・・。なんと客が全然来ない。直前の南青山MANDALAはほぼ満席だったのに。西武池袋線沿線にはジャズ人口が少ないのか? 斜め向かいのカウンターで「いつでも始められるよ」態勢の一子さんたちも複雑な表情。間が持たない私は、まあ、美味さにも惹かれて酒や料理を次々注文。ひとり居酒屋状態・・・。

そ、そこに階段を上ってくる足音が! 「よかった、とりあえずオレ一人じゃなかった」と目をやった先の、口ひげを蓄えた紳士は、どこかでお見かけしたような・・・? しかも一子さんたちと親しげに歓談している。それとはなしに聞き耳を立てているうちに、この紳士の正体が分かりました。「うわっ! 巨匠山下洋輔氏ではないか!」。客一人にミュージシャン二人、さらに重鎮登場。エライこっちゃ! 山下氏と二人で「イェーイ」とか言って、二人でMCにウケて、二人で同じところで拍手をするのか?! タイミングずれちゃったらどうしよう。怒られる、冷笑される、などということよりも、最も恐れたのは間の悪さ。石川さんが人とお話しする時に感じるという、「風がヒュー」という雰囲気がステージと客席との間に流れることへの恐怖。そんな緊張した状態で、事実上「プロ三人vsトーシロ客一人」で、「隙間風注意報発令中」の中でライヴを聴くのか!?

そういう時間がまたしばらく続いた後、ようやく賑やかに階段を上ってくる数人の声。「マスター、だめじゃぁ~ん。入り口のボード、昨夜のままだよ」。なんと、店の入り口(階段上り口)のホワイト・ボードには前夜のブッキングがそのままに。しかも、あろうことか「20:00スタート」と。大慌てで階段を駆け下りるスタッフ。はぁ、私のように猪突猛進で来店した客ならまだしも、「日曜だし、ちょっと聴きに行こうかね」といったお気軽気分で訪れた人は、「ありゃま、勘違い。しかも、開演は夜だ」ってんで、踵を返してしまったなんてこともあったのでは? 結局、その集団を契機に三々五々客も入り始め、緊張から開放されて、私は開演前からひとり酩酊状態。さっきまで畏怖の目で見ていた山下氏がなんだか急にお友達のように思えてきて、「坂田明さんとの寿限夢、ありゃ~最高でしたよ!」などと話しかけようとした矢先、「ほんじゃ、帰るわ。今から市民オーケストラのレッスンがあるんで」「えっ?」。これまでの緊張感は何だったのか。ふと周りを見渡せば普段と変わらぬライヴの風景。私ひとり、出来上がってフラフラ状態。「隙間風注意報」も解除され、周りの空気もお構い無しに、ひとり好き勝手に「イェーイ」と叫び、好き勝手にMCに大ウケし、好き勝手に拍手をする私。いつの間にか「プロ二人&客多数vs浮きまくった客一人」という状況になっていたのでした。

あ~、石川さんのライヴ、行きたいです。3月2日の日記を見てなお一層想いは募ります。あれくらいの空間で、至近距離で石川さんのパフォーマンスを見られるというのは脅威、いや、驚異です。ちなみに1階テナントは何でしたっけ? ジャンプとかしていいのかなぁ・・・? 「Fuck-Dah」

(寸評)先日はそのin“F”で太田恵資さんとふたりきりのデュオ。しかし太田さんとは数人のセッションの中同士ではやったことのあるものの、デュオはもちろん初めてだし、どんな感じでやるか分からなかったのでメールで問い合わせたところ「当日、二時間ぐらい前に軽い打ち合わせを」ということで、まぁどうせフリーしか出来ないんだから簡単に出来る曲とか、ステージの構成とかはその時考えればいいか~と思っていた。
ところが当日8時開演なので6時に行ったが店も開いておらず。ほどなくマスターは来て店が開き、少しづつお客さんも入って来たが、太田さんが来たのはまさに開演時間の8時だった。もちろん「それじゃ、打ち合わせどおり一曲目から行きましょうか!」と言ってその場で思いついた適当な曲名を延々言って二時間ライブをやりましたとさ。10ポイント。

初めてのヒロシ


私は電車賃節約の為、便の良い駅まで自転車で行き、電車を利用します。こないだ自転車で帰ろうと思ったら、なんと、サドルがありません。皆さんお笑い芸人ヒロシの「俺のサドルがありません!」というネタをご存知でしょうか。昨年末頃私はそれを見てゲラゲラ笑っていたのです。小学生の頃からサドルのない自転車を見ては「これに乗ったら、絶対痛いよな。。お尻。。」とか思っていたのに。まさか自分の身に降り掛かろうとは。どうしてサドルだけを盗むのか、 泥棒よ。様々な思いが頭に去来します。そして私が取った最終手段は他のサドルを盗む事です。と言っても人にされて嫌な事はしてはいけない。しかしこのままではサドルの無い自転車を押して40分程歩くのだ。。私はなるべく「放置されたふうのぼろい自転車」に的をしぼりうろうろ、しかし怪しまれる事の無い様早足でサドルを探す。。とほほ「俺のサドルがありません!」が頭を何度も行き過ぎる。「あった!」それはもろ放置自転車。持ち主も諦めたであろうぼろぼろの自転車だ。カギも無い。迅速にサドルを抜く。よし、さっさと自分の自転車にセットだ。ところがサドルは容易にはまらない。結構バンバン押したが、入らない。ほとばしる汗。(大袈裟)ぐぬぬぬ。そこに人の気配。やべぃ。セッティングもそこそこにサドルにまたがる。ぶーーーん。おわわわ。サドルが高い!高すぎる。まるで競輪選手さながらのスタイルだ。しかし颯爽と走り去りなんとか事無きを得たのでした。サドルはその後なんとかはまり、ちゃんと使用しております。  にゃりこ

(寸評)自転車で帰ろうとしたら ハンドル切断されてまっぷたつだったとです。これは本当の話。8ポイント。

初めての”鼻で息が出来る”


うちの弟は、極度の鼻づまり。
常に両の鼻の穴は超強力なハナクソで塞がっている。
そのため、いつも口で呼吸をしている。

その弟が小学生だった頃。
いつも鼻がつまってて鼻呼吸が出来ないために、口をダラーンと開けてる弟に鼻呼吸をさせようと思った私は、弟に
「鼻で息してみ」と言った。
すると弟、たいそうビックリした顔でこう言った。
「エッ、鼻で息って出来るの!!?」
「えっ、もしかして…知らなかったの?」
「うん、オレ鼻で息したコトないもん。鼻で息が出来るって初めて知ったぁ」
「…と、とにかく、鼻で息してごらん」
「エッ、どうやってやるか分かんないんだけど」
「…と、とりあえず、鼻をかんで」
「うん。ちーんっ、ちーんっ(しきりにかむが、なかなか鼻が通らない)かんだよ」
「じゃあ、鼻で息吸ってみ」
「うん。……ン!!…ン!!!…全然吸えないよ」
「………そうみたいだね」
弟にとって鼻とは、一体なんのために顔にくっついてるのか全く分からないモノなのだ…。
(ミドリン)

(寸評)つまり匂いもかげないのか・・・。確かにちんちんはおしっこする以外にも使い道はあるし、口だって喋るだけじゃない。だけど確かに鼻は・・・。ん? まてよ? 「常に両の鼻の穴は超強力なハナクソで塞がっている」と書いてあったよな。ということは無限に超強力なハナクソが生産され続けている、ということか。ということはここはひとつ「ミドリン家名物・幸運を呼ぶ超強力ハナクソ」として売りだすのじゃ! もちろんミドリンが仏様の形とかにコネコネしてな。一攫千金、良かったな。あ、アイデアロイヤリティは5%でいいから。7ポイント。

初めての四十肩


去年の事ですが、「四十肩」というものを体験しました。
初めてだから優しく、とかそういう問題じゃありません。突然朝起きたら「激痛」でした。
本当に痛いと「痛い!」とか言う余裕はありません。
身体を起こしたり、向きを変えただけで「あーっ!」、「うーっ!」です。
何もできません。無理です。
ただひたすらうめいていました。
おかげで仕事干されるし、あんな初体験は御免です。
ちなみにワタシは30代なのに。
またあの痛みに襲われるんじゃないかとドキドキしています、いや怯えています。(仮免ライダー)

(寸評)俺、肩凝りはひどいんだけど、四十肩にはなったことないんだよなー。なのでその痛みはわからないが相当っぽいな。そういえば五十肩ってゆーのもあるんだっけ。そういうのって痛さのわりに死んだりすることはないから、あまりみんな真剣には同情してくれないんだよなー。年を取るとしょうがないとはいえ、辛いっすな。辛さの上塗りでポイントもいまひとつの、6ポイント。

初めてのノーヘル


高校生の時私のバイト先近くに、お父さんがバイクで来たのでバイト帰りに私を乗せて帰る事になりました。しかし、乗せてもらう時ヘルメットはいつも、隣家の人に借りていたので、予備はありません。「電車で帰るから良いよ。。」と言う私にお父さんが差し出した物はなんとコンビニの袋でした。唖然としていると、「これ被れば、遠目からはヘルメット被ってるみたいに見えるから、大丈夫だろ」とかなり自信満々です。何故遠目でヘルメットに見えれば良いのか、ていうか、ヘルメットに見えないだろ。まず。という思いは完全に無視され、「電車で帰るから良いよ!」と何十回か言った後、お父さんの熱意に負け、私はやけくそでコンビニの袋を被って約20分風になびく袋の音を耳元に聞き、恥ずかしさと後悔を噛み締め家に着きました。その後私は自分の小遣いで欲しくもないヘルメットを買いお父さんのバイクに常備させました。もう、なんかとほほ。 PN にゃりこ

(寸評)ムハハハッ!! 
「謎のビニール袋仮面、みんな見たかよっ!?」
「見た見た。バイクで凄い勢いで走り去っていくんだよなっ!!」
 と都市伝説にならなくて良かったな。そして君のお父さん、最高だな。
 でもいつのまにかお父さんの手によりヘルメットがビニール袋に置き換えられていたりして・・・。10ポイント。

初めての入室


先日チャットバー・ウキュピにて、生まれて初めてのチャットを経験しました。
今までたまに覗き見はしていたのですが、その時は石川さんの名前があり「あっ。。マスタ!!」と思って勢いで入室してしまいました。
しかし初めてすぎてどうしていいかわからない(弱)打つスピードも遅いし、誰が誰に話しかけているのか?この話題に僕は答えて良いものなのか?ひゃあ!文字サイズを『叫ぶ』にしてみたら、ものごっつでかい字になった!どうしよう、おかしな奴だと思われる!うあー話題がぽんぽん生まれていくー。などとドギマギしっぱなしでした。
小パニック状態になって空気のように傍観していると、一人落ち、続けざまに皆落ちて最終的に独りぼっちになっちゃいました。 ちょっと寂しかったです。  (グレ松)

(寸評)みんな最初はそんなものさ! もっとおかしな奴はいっぱいいるので何の問題もなし! 年齢も不詳な人がいるので何でも答えてよし。そして誰かがボケたらなるべく早く突っ込む事!
 ちなみにまだ遊びに来たことない人、気軽にまずは覗いてね。
 →http://ukyup.cafe.cgiboy.com/ 
 俺も良く閲覧してて退屈だったり面白い話題が出ている時は入るので。
 尚、初めての人は「現在のおおまかな居住地域」を教えて下さいな。「東海地方」とかでもいいし出来れば「静岡市」と市町村まで言ってくれると尚嬉しい。なんせそっちは俺のことを知っててもこちらは何も知らないのでせめてどこらあたりに住んでいるか分からないと、話がふれないからね~。とにかく俺も基本的には人見知りなのでチャットだと気楽に話せるのだ。悩み相談なども乗ってくれる先輩達がきっといるよ。7ポイント。

初めてのピアス


私は耳たぶが厚いので、ピアスがしたくても穴を開けるには不向きなんだろうなと思っていました。

何年間もピアスにあこがれつつも開けませんでした。が、どうしてもしたいピアスがあってとうとう開けることに…。ピアスの穴あけしてくれるクリニックに行って、注意を受けた通り、チタンのピアスを穴が落ち着くまではずさず、毎日の消毒をかかさずに過ごしました。やがて徐々に穴が落ち着いたころ、嬉しくて安物をたくさん買ってあれこれ試し始めませた。耳のじくじくは少し残っていましたが、あまり気にしませんでした。

数ヵ月後、突然ピアスを開けた穴から、大量に膿がたれ流れてきたのです。仕事中だったので手当ても出来ぬまま過ごしました。膿がひどいからといって、今ピアスをはずせば穴がふさがってしまうことが嫌で、しつづけると、日に日に別の場所に症状が出始めました。ベルトのバックル、ブラジャーのワイヤー、ネックレスそれぞれがあたる部分に猛烈なかゆみを伴う湿疹。そして体調がおかしいので妊娠を疑うと、案の定妊娠してました。産婦人科でこの症状をいうと、妊娠したことで、体が急激に変化するから金属を体が異物と判断してアレルギー反応がでたのでしょうとのこと。ガーン!そして長女誕生。こんなことならピアスなんてするんじゃなかった。何年もあこがれてやっと開けたピアスの穴。一度金属アレルギーになるともう治らないそうです。(杏)

(寸評)つかのまのピアス人生か。まぁ、女子はそうじゃなくても男より元々いっぱい穴が開いてるんだからいいじゃないか!
 えっ? ただの中年親父? それは違うぞっ! 初老親父じゃっ! 老人は大切になっ! 8ポイント。

初めての耳出来物


小学5年の時耳の後ろに巨大な出来物ができてしまった。通っていた耳鼻科で先生に「もう仕方ないから、切開して口開けちゃおうか」と言われ、「何で耳なのに口?」と思い「せっかい」の意味も分からずおもむろに私は自分の口をあんぐりと開けてみた。数秒沈黙があって先生は「えっと、、そうじゃなくて、切ろうか、、、耳」と言った。恥ずかしさ恐怖で私の口はたぶん開いたままだったであろう。それでも私は「口を開ける」のを拒み続け変な黒い薬を塗られた変な耳で数ヶ月過ごしたのです。結局どうにもならず耳の中まで腫れてしまい違う病院で切ったのですが、今でも私の右耳の穴はは綿棒も入らないかわいそうな耳なんですよ。  PN にゃりこ

(寸評)まぁ、女子はそうじゃなくても男より元々綿棒が50本ぐらいいっぺんに入る別の穴があるからいいじゃないか!
 えっ? ただの中年親父? それは違うぞっ! 初老親父じゃっ! 老人は大切になっ! 8ポイント。


初めてのストリップ


初めてストリップを観に行った時はまだ10代で童貞でした。
当然女体も今のようにビデオなんてないので写真でしか知りませんでした。
踊り子さんが踊りながらちらちら見せるのですが、肝心なところは何か影になってよく見えません。
ところが踊り子さんが反対側を向いた時、衝撃が走りました。
なんとお尻には穴がなく、そこにはサクランボ大の妙な突起物が鎮座ましましていたのです。
「こ、これが女体の神秘か!! す、す、す、凄かばいーーーーっ!!」

それがイボ痔であるのを知ったのはそれから数年後でした。 (石川浩司)


           トップに戻る