ザ・レポート(9)


今まで石川がかかわってきた全ての活動、つまり「ソロ」「パスカルズ」「たま」「突然段ボールなどとの共作」等のライブ、CD、ビデオ、またテレビ、ラジオなどのマスメディア、演劇、書籍、ニヒル牛、コレクション、すごろく旅行、このホームページ、その他とにかく俺がかかわってきたありとあらゆる表現活動の感想、評論、思い出等を募集します。
 既に何かに発表したもの(ミニコミ、ミクシィ日記、ホームページ、掲示板等)の再録も自分で書いたものであれば0Kです。批判やお叱りももちろん構いません。他の人のプライバシーの侵害や、特殊なケースを除き、基本的に全て採用します。何についてのいつのもののコメントかをなるべく分かりやすくして、メール(ミクシィメッセージの方がより嬉しい)にて題名「レポート」でお願いします。1点5ポイントです。裏話等や本人のそれに対する意見や感想なども付けていくつもりなので、気軽に応募して下さいな~っ。
 尚、一応「レポート」なので最低ひとつ100文字以上が望ましいです。例えば俺本人も知らない「こんなとこに載っていた」情報及びその感想とか「すごろく旅行を実際やってみた思い出」など俺にインスパイアされたものでもOKですよ~ん。

『リヤカーマン』は正義のヒーロー!?

 最近、アルバム『犬の約束』の冒頭に収録された『リヤカーマン』を繰り返し聴いている。
『リヤカーマン』には、リヤカーマン、軍手マン、のーしんとーマンという3人の「●●マン」が登場する。「●●マン」という響きに触れると、私の頭には反射的に“正義のヒーロー”のイメージが降りてくる。スーパーマン、バットマン、スパイダーマン、ウルトラマン、ミラーマン、イナズマンなどなど、アメリカや日本のヒーローたちの勇姿が続々と思い浮かぶ。「●●マン」とは、私にとってまず何よりも“正義のヒーロー”を意味するものなのだ。

『リヤカーマン』も、私のイメージから外れることなく、「リヤカーマンやってきた♪」と正義のヒーローがさっそうと登場するような勇壮な曲調で始まる。
 ところが、この曲に登場する3人の「●●マン」の実態を知ってしまえば、あっという間にイメージが転倒する。彼らは、正義のヒーローのイメージからあまりに掛け離れたトホホな者たちばかりなのだ。地球を襲う怪獣を倒すわけでも、人類の平和を守るわけでもない。正義のヒーローどころか、一般の社会生活者として見てもいかがなものか、と思わせる呆れた者たちなのだ。
 かといって、正義の対極に位置する極悪人というわけでもないのがミソである。

 リヤカーマンは、リヤカーに上半身を乗せて坂道を下り無邪気にはしゃいでいるだけだし、軍手マンは、数十年間も軍手をつけ続けた両手を広げて歩いているだけだし、のーしんとーマンに至っては、しょっちゅう脳震盪を起こして道に突っ伏しているだけ。正義か悪かと判断する以前に、有用なことをまるでやっていない。彼らは、正義でも悪でもなく、そういう価値判断から完全にこぼれ落ちた周縁的なキャラクターなのだ。文化人類学の「中心と周縁」の概念を勝手に拝借すれば、限りなく周縁のふちっこにいて、中心のほうへ入り込んでいきたいという野心すら持たない者たちなのである。
「中心と周縁」の「中心」とは、共同体の権力者や支配層やその社会で価値があるとされる者たちであり、「周縁」とは、遊び人や乞食や異形の者や反社会的な者や何らかの蔑視を受けている者たちのことだ。周縁の者たちは、中心から外れれば外れるほど、その共同体の中で無用・無価値の存在とされ、イケニエや差別の対象になったりする。リヤカーマンたち3人は、そんな周縁の側の住人なのだ。つげ義春的に言えば“無能の人”ということになるだろう。

 そのように社会の生産性から大きく外れた無能の存在であるリヤカーマンたち3人だが、皮肉なことに、3人のうちリヤカーマンと軍手マンの2人は、生産性を上げるための行為である“労働”のイメージを帯びた単語を、自分らの名前の中に含み込んでしまっている。
 リヤカーは人の手では運べない荷物をまとめて運ぶための荷車だし、軍手は手作業をするときに着用する手袋である。リヤカーマンと軍手マンは、そうした労働目的の道具を名前に冠していながら、労働とは掛け離れた非生産的な行為に夢中なのだ。ほんとうに、憎めない困り者たちである(笑)
 のーしんとーマンだけは、脳震盪という負の要素を最初から背負っていて、風の力でも脳震盪を起こして倒れてしまうという悲壮なキャラクターだ。脳震盪で道に倒れているのに、その苦しい状況を心配されるでもなく、「うつぶせなので顔がわからない」と顔が見えないことに関心を注がれるのも、どこか悲劇的だ。そして、その様子は同時に喜劇的でもある。

 リヤカーマン、軍手マン、のーしんとーマン。彼ら3人のダメっぷりばかりを取り上げてしまったようだが、現在の私は、子どものころ憧れた正義のスーパーヒーローをいまだにカッコいいと思いつつも、リヤカーマンたちが有する極度の周縁性や非生産性(要するにダメさ加減)のほうに強い親近感をおぼえる。
 彼らの行動は、おバカである。おバカであって、しかも過剰かつ極端である。リヤカーマンはリヤカーに乗って過剰なスピードで坂道を下っているし、軍手マンは数十年間も軍手を着用するという極端さを貫いているし、のーしんとーマンは風ごときの圧力でたやすく脳震盪を起こすという過剰な弱さを抱えているわけで、3人ともやっていることがナンセンスで馬鹿馬鹿しいわりに度を超えていて突き抜けている。底が抜けていると言ってもよいだろう。
 そうした過剰さや極端さによって、彼らは無自覚のうちに道化の要素を獲得し、我々の心に無類の解放感や慰安を授けてくれる。愛すべき無芸の道化たちなのだ。

 非生産的な3人が大活躍?するこの曲の中で、唯一まともに生産性を感じられるのが、リヤカーマンの下半身が家で料理の用意をするくだりだ。無駄なことばかりやって外で遊んでいる上半身の帰宅を、甲斐甲斐しく料理を作りながら待っている下半身。なんとなく、バカボンのパパとママのような、ダメな夫とよくできた妻の夫婦関係を連想してしまう。でも、こういう夫婦のあいだには、紛れもなくあたたかな愛情が流れているのだ。  ひとつ気になるのは、下半身がどうやって料理を作るのか、である。きっと、器用な足先を駆使して見事に料理をこしらえるのだろう。(仮面次郎)

(本人より)俺も気づかないくらいの深い洞察(笑)ありがとうございます。
この曲は俺の敬愛する突然段ボールに「ホワイトマン」という曲があり、それに触発されて「○○マン」という曲を作りたかったのだ。そしてご指摘通り、何の役にも立たないマンを。
ちなみに「早い・臭い・弱い」は牛丼の吉野家の「早い・安い・うまい」を文字ったのだが、そんなことはどうでもいい(笑)。

イカ天2007復活祭

私は当時のイカ天を見たことがなかったので、これが初めてのイカ天でした。
テレビの前でビデオのリモコンを握り締め、今か今かと待っておりました。そして、ついに!!!
『イカ天2007復活祭』が始まった瞬間、頭に血が上りすぎて眩暈がしましたが、録画ボタンはしっかりと押しました。
「たま」だけが、石川さんの出演だけが目当てでしたが、20年近くも前の番組なのに、アマチュアバンドたちの演奏なのに、すごくおもしろいではありませんか!
「FLYING KIDS」は知っていたけれど歌を聴くのは初めてで、ちょっとファンになりました。
初めて見た「人間椅子」にも心を掴まれ、「宮尾すすむと日本の社長」に至ってはボーカルがかわいい!とのっちと取り合いになる始末。
さすがブームを巻き起こした番組だ。20年近く経ってもおもしろい!!と目からうろこがぽろぽろ落ちていきました。
が、やはり「たま」が、石川さんが見たい。
時計が気になります。
もう一時間近く経つぞ!まだか?まだか?と我慢の限界でした。
「たま」がどの時期にイカ天に出場していたかはもちろん調査済みだったのでBIGEN時代が終わりに近づいてくると、もうすぐだ!!とドキドキしてきました。
そしてついに、我らが「たま」の出番です!と思ったらCM!!
CMくらい我慢しよう。ここまで待ったのだから。
CMがあけて、「たま」登場!そして石川さん!久しぶりに見る石川さんのお姿。テレビ越しに石川さん。
石川さん、緊張していないかしら…とすでに収録は終わっているのに私が緊張したりして。勝手に心配をする図々しいファンですいません。
でも本当に嬉しかった。にやにやが止まりませんでした。まばたきもほとんどしませんでした。
わがままを言うと「たま」の演奏もトークもカットなしで放送してもらいたかった。それには時間が短すぎましたね。せっかくだから3時間番組にしてもらって、「たま」は1時間くらい………
贅沢を言いました。イカ天が一夜限りでも復活して、「たま」を見られたのだから幸せです。
番組が終わっても興奮がおさまりません。感激のあまり泣きそうです。 (若様)

(本人より)もし3時間番組になっても、おそらく後期を充実させるでしょう。あの端折り方は半端じゃなかった(笑)。「イカ天大賞」のあと、同じくらいの期間番組をやっていたのに、ブランキー以外さっと紹介しただけだったもんね。それにしても自分が観てもお肌がツルツルだったなぁ・・・。

イカ天復活祭

 イカ天。
 たまをメジャーへとのし上げたこの番組が一夜限りでも復活すると知り、狂喜乱舞した。なぜ嬉しいかと説明しようとしてもどうしても言葉にしきれなのだが、とにかく嬉しくてたまらなかった。放送が待ち遠しかった。クリスマスを忘れるほどに!

 しかし、正直私はあくまで「たまファン」。他のバンドの事は・・・・・ほとんど知らない。「どーか、短い放送時間の少しでも多くが、たまの映像に当てられますように!」と願ってやまなかった。我らがファザーのご出演が決まってからはなおのこと。
 放送前日は興奮して寝付けず(我ながら呆れるばかりである)。当日は放送4時間前くらいからウキュピ入りし、同じく興奮で浮かれまくってるみんなとお喋り放送時間を待った。一時間前になって実際にビデオをセットしようとしたらテープがなく、大変慌てることに。しっかりしろよ、わたし・・・。

 いよいよ放送開始!!・・・してびっくりした。出演しているバンドが、どれもとても面白かったから。
 『なんだよーーー!たま映せよたまっ!!!』
とテレビに向って叫んでいる自分を想定していたので、出演バンドたちに惹きこまれている事にハッと気づいておどろいた。審査員たちの辛口トーク、沢山詰め込みたいがために番組進行が早足なのは否めないが、出てくるバンドがほんとにユニーク。
 「こんなすごい人たちを蹴散らして(?)たまは勝ち抜いたのか!」
そう思うだけで感激を抑え切れなかった(決して私は 『勝利=ブラボー』 と思っているわけではないのだが)。どーやら私はイカ天という番組を侮っていたようだ・・・。こりゃ、社会現象になるわ!面白いもん。

たまの登場は番組開始から1時間後くらい。シルエットが写っただけで
 「う゛あああああああぁぁ~~~~~!!!たま~~~~~~っ!!!!」
と絶叫。いい歳こいて母に叱られ、押入れでスヤスヤ寝ていた猫まで起き出す始末。ああ家族よ。とにかく叫ばずにいられないのだよ。私の中のイカ天現象は、今まさに起こっているところなのよ。以下、その時の感覚をなるべくそのままで書きます。

一週目、らんちう。
 叩き込まれえぐれた桶が目に焼きつく。たまの映像が流れるまで数々のバンドを観てきたが、桶叩いている人はいなかっただもの。
 そう、たまの皆さんの服装は大変個性的だと思っていたが、他のバンドに比べれば地味なくらいだったのにもビックリ!
二週目、さよなら人類。
 「ヤナちゃん!!!やめないで!」と叫んでいた。ああ、心地よい曲。
 (武道館の映像での演奏、知久さんと柳原さんのユニゾンもやはり素晴らしかった)
三週目、オゾンのダンス。
 桶の音がとてもよく響いていた。Gさんの帽子が気になった。ああ、たま、大好き。
四週目、ロシヤのパン
 これだけ毎回異なる世界観を見せ付けられることが信じられない。・・・・たま!!!

そして

五週目、待ち合わせ。

   ♪ゲンゲンゲロゲロゲゲゲロロ~~~

マルコシアスバンプの方が「だって、すごいんだもん」と言ってるのに、首がもげそうなほど頷いた。すごいよ。全然わけわかんないけど凄いよ。なんで、タキシードなんだよぉ!なんで一人だけいつもと同じランニングなんだよぉぉおおおお!爆笑!!なんかわかんないけれど、めちゃくちゃに凄いよたまーーーーーーーーー!!!

そう、たまのすばらしいところは、一生かかっても絶対に理解することはできない、できたと思ったらそれは思い込みに過ぎない。それがたまの魅力だと思う。だから私ごときがが幾らたまの凄さを説明しようったって初めから無理だ。と、いうことに気づきました。気づいてたかもしれないけど、再確認。

ああ、忘れてた、ファザーがスタジオにゲストで出ておられた!ニコニコしていてとっても可愛かったです(笑)。なんか照れちゃいました!「当時はたまがこんなに凄いと思わなかった」という三宅さんのコメント、元審査員の「どのバンドよりも演奏力が圧倒的にすごかった」と言ったが印象的でした。

たまに熱狂し始めてからと言うもの、YOU TUBEなどで出演映像を漁るように観ていたので、当時の映像は観た事あるものばかり。『「たま」という船に乗っていた』を読み、武道館での観客の熱狂を知っていた。が!今夜イカ天復活祭を観て、感動を新たにした。いや、新たにするというより、全く別物になって私の胸の中にズシリと残っている気がする。

今はしばらく、たまを一度も観られなかった無念さに浸るより、たまという音楽に巡りあえた幸福に酔っていようと思う。 (桃玉)

(本人より)ふふふ「まちあわせ」は短い曲だったのが幸いして、一番はフルで流れたね。
いや、本当面白い番組だったんだよね。毎週「おぉ、こういうバンドもいたのか!」の連続で。
その中で自分達がどういう扱いを受けるか、範疇に入れられるかわからなくて出たので、勝つこと云々より「客観的にどう判断されるんだろう」という緊張と興味は特に一週目はあったね。
アマチュアバンドなんておそらく何万と世の中にはあるんだろうけど、時代もあったんだろうね。今もしこういう番組をやったとして、果たしてここまでバラエティに富んだバンドが毎週毎週出てくるかは、ちょっとわからないよね。

たまBest selection

私がつねづね方々で語っていることだが、このCDは「たま」「パルテノン銀座通り」2枚分18曲が1枚におさめられていて、それで普通のCD1枚分より安い値段で購入できる。これだけでも大変お得である。
もうひとつメリットがある。CD未収録であった「ここはもののけ番外地」がこのCDだけに収録されている。この曲が好きだという人には、さらにお得感が増す。
曲順も元のアルバム通りに収録されていて、その間を「ここはもののけ番外地」が挟まれている形になっている。
はじめはこの毛色の違う2枚のアルバムを組み合わせてどんな感じになるのだろうかと思ったが、この1枚を通して聴くと、全体的にしっとり感の強い「たま」と、ポップなイメージに仕上がっている「パルテノン銀座通り」、一見両極にあるように感じられる2枚のCDが丁度良く融和していて、この2枚を繋ぐ「ここはもののけ番外地」が「たま」から「パルテノン銀座通り」を違和感なく移行させているという大きい役目を果たしており、最初から最後まで聴いた時の満足度を増幅させてくれている。
「たま」の7曲目「終わりのない顔」まではしっとり落ち着いた感じで、8曲目の「全裸でゴーゴーゴー」からテンポが上がり、11曲目「ここはもののけ番外地」で盛り上がりが山に達する。12曲目「パルテノン銀座通り」で一旦落ち着き、その後はポップな曲が小躍りしてうきうきした気分のまま最後の曲まで聴くことができる。
元々「パルテノン銀座通り」は吉田戦車氏「ぷりぷり県」のイメージアルバムであることから、そのポップでシュールな世界観を再現するに当たっては石川さんの本領発揮であったことだろう。
「ツルラのテーマ」「ゴーゴー川で泳ごうよ」「笑う信号」いずれの曲も聴いただけで楽しくなれるような曲である。
惜しむらくは収録時間の都合で入れられなかったという「風と石と僕」「生ビールで行こう」の2曲が聴けないことである。そのデメリットを補える満足感は得られたと思うが、やっぱり聴けない2曲の存在はちょっと大きい。 「3たま」になってからのスタンスの模索や試行錯誤があったのだろうなという思いを馳せながら聴いてみるとより味わい深く聴けるのではないだろうか。
なお、最近のmixiミュージックにおける再生ランキングで「全裸でゴーゴーゴー」が4位に急上昇している。 人気再燃、である。外気も懐もどんどん寒くなっている今日この頃だが、内面は全裸になれるくらい熱く行こう!との世人の気持ちがそういった形で表れているのかもしれない。 (梅桃ひよ子)

(本人より)えっ、「全裸~」が4位!? 遂にたまブーム再到来かっ(笑)。
それはともかく確かにこのCDはお得だよね。たま中期の混沌とした感じもあるかも。
俺もこのあたりの曲は結構好きだな、遊び心満載だしね。柳ちゃんが抜けても「たま」としてやったるでぇ! という意気込みも多少はあったかもね。

1998年当時の石川さんの自宅

  マガジンハウスのムック本「マイルーム改造・最強マニュアル」(1998年発行)の中で、当時の石川さんの自宅が紹介されている。「ひなびた風情も心地よい和風の一軒家」との見出しで、主にカラー写真とキャプションでページが構成され、木造2階建て・家賃10万円・西武線某駅から徒歩3分、とデータが記載されている。

 古い日本家屋の間取りとたたずまいをぞんぶんに活かし、その内部に濃い趣味の世界と機能的な仕事場をこだわりをもって作り込んだのが石川さんの自宅である。
 勝手口から裏手に回り込む通路を使った駄菓子屋コーナーが、最も自慢だという。石川さんがほんとうに駄菓子屋を営業しているわけではないが、あたかも営業しているかのように、細長い通路の中に駄菓子屋の店内が念入りに再現され、商品棚や壁や天井辺りに所狭しと品物が陳列されている。

 私も子どもの頃は駄菓子屋で遊んだ経験があるので、こういう光景を見ると無条件で童心をくすぐられ、懐かしく甘美な気持ちになる。駄菓子屋は、何枚かの10円硬貨を握りしめて行くだけで充分な喜びを与えてくれて、子どもにはとてもありがたい遊び場だった。チープでジャンクなお菓子のおいしかったこと! くじ引きの結果で一喜一憂したり、友達とカードや消しゴムを交換したり、学校や町内の情報があれこれ飛び交ったりと、大人から見ればちっぽけで薄暗い駄菓子屋が、子どもにとっては立派なカジノであり取引場であり社交場であったのだ、と言ってしまっては言いすぎだろうか。
 そんな駄菓子屋を自宅の中に本格再現するなんて、なんと魅惑的な企てだろう。

 駄菓子屋コーナーの反対側には古本屋コーナーが設けられている。膨大な数の本が書棚に並び、圧倒される。駄菓子屋が子ども時代の楽しい思い出なら、古本屋巡りは現在まで続く私の娯楽である。本好き、漫画好き、懐しいもの好き、変なもの好きの私にとって、古本屋巡りは宝探しの探検や考古学の発掘行為にも似た快楽をともなう。
 駄菓子屋も古本屋も、きれいに整備された賑やかな表通りではなく、そこからちょっと奥へ入り込んだ裏通りがよく似合う。少しうらぶれていて、どこか場末感の漂う裏通り。でも、ある種の人を惹きつけてやまない誘引力のある裏通り。石川さんの自宅は、そんな心誘う裏通りを懐に抱いているのだ。

 仕事部屋の写真を見ると、マスクのコレクションが展示されているのが目につく。マスクのコレクションと言っても、民芸品の仮面やプロレスの覆面ではない。風邪予防のための、あの白いマスクなのだ。  あのマスクが、店で売られていたときのままのパッケージ状態で家具の側面に貼りつけられている。パッケージに印刷された商品名や使用法やマスクをかけた美人女性の写真が独特の奇妙な味わいをかもしていて面白い。

 もちろん、お馴染みの空き缶コレクションを保管した部屋もとりあげられている。私も、(空き缶は集めていないが)コレクターのはしくれとして、こういうスペースは羨ましい限り。趣味で集めた物が部屋を埋め尽くす光景は、ただ眺めているだけでも異様にワクワクする。空き缶だけに圧巻だ(笑)
 石川さんの自宅は、私の趣味嗜好を刺激するレトロでマニアックであたたかくて愉快な裏通り的ワンダーランドなのだった。(仮面次郎)

(本人より)今でもその家に住んでいる。
もっともその後古本屋コーナーは老朽化した家の雨漏りの為、大半が紙屑と帰してしまった。全盛期は一万冊以上あった蔵書なだけに残念。
実は他にもまだ公表してないコレクションなどもあるのだー。ただ、まだ数がそれほど集まっていないので10年後ぐらいに発表します(笑)。

「秋の風」について

 「チンポ」と、人の前で口にすることができるだろうか。良識ある大人は「そんなことできるはずない」と口を揃えて言う事が想像に難くない。「できる!」と断言できる人はよっぽどの変わり者か、変態に違いない。  「秋の風」の冒頭は、そんな一言から始まるのだから凄い。アルバム一曲目にして、チンポである。ある人は笑い、ある人は顔を赤らめ、ある人は「こんな下品なもの聴くんじゃありません!」とCDを叩き割るであろう。
 そういった意味で「秋の風」は石川浩司という人間の宇宙を楽しむ為に、踏み絵的な歌と言えるかもしれない。

『背中が剥がれてく』
『自分が消えてゆく』

 などのフレーズやメロディ展開・悲壮感溢れるボーカルと、連呼される「チンポ」という言葉のギャップに、私も初めは笑いがこみ上げた。

 曲は次第に盛り上がり、「チンポ」にも力強さが増してゆく。次第に「チンポ」によって引き起こされる、恥ずかしいイメージが不思議と消えてゆく。漢字の書き取りを何度もしていたら、だんだんと漢字が漢字に見えなくなるというあの感覚に似ている。
 実は言葉そのものに本来意味はない。言葉によって想起されるイメージがあるだけだ。この曲を異なる言葉の国の人々に聴かせたらば、まさか男性器の名称を連呼しているとは思うまい。言葉には私たちが思っているほどの伝達能力はないのかもしれない。
 「差別用語」と呼ばれる言葉だって、差別する心を持たない人が使っても差別にならない。しようと思えばごく日常的な言葉でも差別はできる。

 曲が終わる頃には、聴きはじめに感じていた恥ずかしさ、こそばゆさは消え、胸にぽっかり穴が開いたような淋しさが残る。

 私には「秋の風」が、哀歌や鎮魂歌にも思えるのである。 (桃玉)

(本人より)人はまるはだかで生まれてまるはだかで消えていく。あとには風だけが吹いている。

石川さんのライブで泣いちゃったin原宿クロコダイル

 2007年11月11日、石川さんのライブを初体験しました。熱烈な石川浩司ファン・桃玉さんにくっついて行ったのです。石川さんが出演したのは、原宿クロコダイルで開催された『地球のっとり*PARTY』なるライブイベントで、参加バンド7組のうち石川さんの出番は5番め。石川さんはバンドではなくソロでした。
 私は、石川さんのライブどころか、ライブハウスでライブを聴くこと自体おそらく初めて。完全初心者です。1組めのバンドの演奏が始まると、耳をつんざくような大音量が迫ってきて、思い切りのけぞりそうになりました(笑)

 1組また1組と公演が進んでいき、いよいよ石川さんの出番! ぬお~っと石川さんがステージの真ん中に立ちました。ほかの客席からもざわめきが起こりましたが、桃玉さんやそのお仲間たちも負けじと熱狂的な声援を投げかけます。私も皆さんに便乗して「石川さ~ん!」と2回連呼。なんだか気持ちいいぞ。これがライブってやつか!
 石川さんは、「今日の出演バンドは、みんな仲間がいていいなあと思いました。でも、ぼくはひとり…。これから、その気持ちをこめた歌を歌います」と語り、1曲めを歌いはじめました。その曲名が『ひとり闇鍋』! 私は曲名を聴いたとたん、心をわしづかみにされ、喉仏のあたりがすでに笑いの準備態勢に突入。
 1990年代中盤以降のたまの活動にはまったく疎い私は、今回石川さんが歌った曲も予備知識がない状態で、どの曲がどんな題名かすら分からぬまま白紙の頭でライブに臨みました。『ひとり闇鍋』については、石川さんが最初に曲名をはっきり伝えてくれたので、「ああ、この曲は『ひとり闇鍋』なんだ」とその場で認知できました。

 曲名を聴いただけで今にも笑いだしそうになったのですから、実際に石川さんが歌いはじめれば、笑いっぱなしの無間爆笑状態になだれ込むのは必然。ひとり闇鍋だなんて! ひとり組み体操だなんて! ひとり結婚で新郎も新婦も俺だなんて! 続々と繰り出されるひとりぼっち行為に大爆笑しつつ、空しい~! 切なすぎる~! わびし~! とひたすら明るい気持ちで哀愁にひたってしまいました。抱腹絶倒しながら切なさを噛みしめる、という稀有な体験でした(笑)

 次の『カイボーするなら』では、歌いだしの「カイボーするなら公務員♪」ってところからハマりまくり。解剖するなら公務員って? 私はフナかカエルくらいしか解剖したことがないぞ… そうだ、いたずらでアメリカザリガニを分解したこともあったな… でも、公務員の解剖ってなんなんだ? とぐるぐる思考を巡らしながら、この曲のシュールな世界に魔法にかかったように引き込まれていったのです。
 自分の常識が通用しない異世界! 異文化コミュニケーション! あっちの世界へのいざない! これはもう、シュルレアリスムのデペイズマン(異境送り)ですね。通常の常識的な文脈であれば決して結びつくことのない言葉と言葉が不意に出会うことで起こる予測不能な驚きや美しさや笑い。19世紀の詩人ロートレアモンが記した「解剖台の上の、ミシンと洋傘の偶然の出会いのように美しい」という詩句が、デペイズマンとは何かを言い表していますが、そのデペイズマン(異境送り)の魅力を、石川さんの歌でまざまざと実感しちゃいました。

 この曲の終わりに、石川さんが一人でしりとりをしたのですが、それがまた爆笑モノ! 短い単語だけでなく、「●●は○○する。」といった文でしりとりをするので、語尾がたびたび「る。」で終わってしまいます。石川さんは「るっ?」「また、る?」と、自分で「る」で終わらせといて、「る」から始まる言葉をひねり出すのに悪戦苦闘(笑) そうして、しりとりはあえなく破綻。嗚呼、南無三…

『夏のお皿はよく割れる』には、最高に笑わせてもらったと同時に、最高に考えさせられました(笑)
 高速道路でひたすら長い渋滞に巻き込まれ、その時間があまりに長すぎて老人が死んでしまうという事態は現実問題として分からないでもないんですが、そこからがありえません。高速道路の真ん中におばあさんのお墓を立てたら道路公団の人に叱られて、そんな道路公団の杓子定規で融通のきかないお役所仕事を手厳しく批判するくだりは、究極の逆ギレ! 歌詞に「道路公団」って単語が出てくること自体、むやみに可笑しい。
 そして、なぜからっきょう売りが登場。“あなたはらっきょうと真剣に向かい合ったことがありますか!”という迫真の問いかけに、私の脳はスパーク。ああ… 情けないことに私は、これまでの人生でらっきょうと真摯に対峙したことがなかったのでした… なぜらっきょうと対峙することなくのうのうと生きてきてしまったのだろうと空疎な後悔が頭をもたげ、今後らっきょうについて存在論的に思索していくべきだろうかと無駄に考え込むことに。そうやって考え込みながらも、やはり爆笑状態は止まりません。
 この日は、私の人生で最も深くらっきょうについて考えさせられた、記念すべき日になりました。らっきょう記念日です。ちなみに、私はらっきょうが食べられません。

『ハゲアタマ』では、井戸だらけの村の井戸からサンダーバード2号が顔を出しちゃうんですが、私はその珍妙な映像が脳裏に浮かんで大混乱。サンダーバード○号の中でも2号は最高にかっこよくて憧れの的。そんな2号が村の井戸から出てくるなんて! そのミスマッチに泣けそうなくらい笑いを誘われました。笑いというのは涙腺を刺激するんですよね。
 その井戸だらけの村を、ある雑誌が巻頭カラー二百ページ以上で紹介しているというくだりも琴線に触れました。巻頭カラーが二百ページ以上もある雑誌って、それはもうオールカラー状態じゃないか!とか、いったい全部で何ページある雑誌なんだよ~!とか。

 石川さんがラストで歌った『オンリーユー』は、それまでのシュールで笑える曲とはうってかわって純粋に泣ける曲。「泣ける」というのが比喩やレトリックではなく、文字通り本当に泣けるのです。
 だから私は泣きました。本当に泣きました。笑いに笑ってひたすら刺激され続けた私の涙腺は、『オンリーユー』を聴いたとたん感動のあまりついに決壊! ぬぐってもぬぐっても涙が浮かんできます。
 最初はテーブルにあった紙ナフキンで涙をふいていたのですが、紙なのですぐにグジャグジャに。そういえばハンカチを持っていたんだとようやく気づき、おもむろにポケットから取り出して、しつこく浮かんでくる涙を繰り返しぬぐったのでした。
 もうそのあとは、石川さんの出番が終わっても、どんな曲を聴こうとも、何が起ころうとも、目に涙がにじんできてしょうがなかったです。

 公演後、我々の座るテーブルに戻ってきた石川さんに、私は上述したような感想や感動を、それこそ演説するようにまくしたてました。妙な独演会を開いてしまって、石川さんをはじめ、たまファンの皆様、どうもすみませんでした^^ この感動を伝えたい!という衝動を抑え切れなかったのです。
 私の洪水のような言葉を、石川さんはニコニコしながら、うなずきながら、ときには肩に手を添えてくださりながら聴いてくださって感謝感激です。

 帰りの夜行バスの時間が迫ってきたので、午後11時ごろ原宿クロコダイルを出ました。桃玉さんが両手で熱く握手をしてくれて、そのあと石川さんも両手で熱烈に握手をしてくださって、たまファンの皆さんも声をかけてくださったり手を振ってくださったり。熱のこもったお見送りをどうもありがとうございました!
   石川さんと桃玉さんに握ってもらった手は、もったいなくて翌日まで洗えませんでした。(←翌日にもう洗っちゃったのかよw) (仮面次郎)

(本人より)分かってくれてる! と素直に嬉しい感想文です。
僕の歌やそれに付随する表現によって、お客さんの脳裏に何らかの映像が浮かび上がれば最高と思ってやっております。おかしくてわけはわかんないけれども切ない一枚の絵が。
こういう風に見て聞いてくれるお客さんがいることは、僕がライブを続けて行く最大の喜びです。ありがとう。

『ウララ』が引き起こす心理

「石川さんの曲で何が好き?」と尋ねられると、近ごろの私は『ウララ』を真っ先に思い浮かべる。
『ウララ』には、出だしでまずガシッと心をつかまれる。この曲は、少年時代の“ぼく”の突然の訪問で幕をあける。現在の“ぼく”は過去の自分の訪問に郷愁をそそられその訪問を歓迎するのかと思いきや、逆に急激な恐怖にみまわれて、その恐怖を遮断するため布団をかぶってしまう。そうした“ぼく”の意外な反応が、この曲を聴き始めたばかりの私に不意打ちのような驚きをもたらす。

 何らかの恐怖から逃れるため頭まですっぽり布団をかぶるという行為は、私自身も子どものころ何度かやったことがある。何から逃れるためにそんなことをしたのか記憶が定かではないが、『ウララ』の冒頭エピソードに触れて“布団をかぶる”という過去の自分の行為を不意に思い出した私は、遠い子ども時代へとずるずる連れて行かれるような感覚にとらわれるのだ。布団を頭からかぶっていたときの幼い恐怖心をともなって。

 その次に来る“コッペパンを糸で引くカブト虫”というイメージが、さらに私の子ども時代の実体験と重なって、私はますます自分の子ども時代を強固に再体験することになる。
 カブト虫のツノに糸をくくりつけてカブト虫の体より大きな物を引っぱらせた経験は、私にもあるのだ。昔住んでいた自宅の廊下で、カブト虫にミニカーを引かせた記憶が即座に脳内で像を結ぶ。そのとたん、今ここにいるはずの私の存在が、自分の子ども時代の空気の中にすっぽりと包み込まれていく。

 そうやって完全に懐かしき子ども時代に連れて行かれたところで、その次から提示される奇妙な光景が頭の中で続々と視覚化されていく。
「キューピー敷きつめられた野原」や「ペリカン石けんの煙突」は、家の近所にあった広い野原や風呂屋の煙突の日常的な景色を思い出させ、ああ懐かしいなあと甘美な郷愁を誘う。と同時に、その日常的なはずの景色が、キューピーが敷きつめられたりペリカン石けんと銘打たれたりすることで、どこか現実感覚からズレていって不穏な空気を発し始める。
 不穏な空気は、やがて「眠りたいのに動き続けているよ」とか「昆虫のような皮膚をしているよ」といったフレーズに遭遇することで、いよいよ濃厚に充満していく。「眠りたいのに動き続けて…」は、眠りたくても眠れない不眠症や眠らせてもらえない強制労働をどことなく想起させ、「昆虫のような皮膚を…」は、昆虫の外骨格と呼ばれる固い皮膚で覆われた奇怪な人間の姿を空想させられる。漠然と、深刻で不気味なイメージが心に広がっていく。

 そうしてついに、「街に出たまま二度とは帰って来ない」とか「ぼくは干からびている」という決定的なフレーズに出会うに至り、冒頭からわずかなりとも抱き続けてきた「懐かしいなあ」という甘美な思いは、恐怖心や不気味さの圧倒的な力によって隅っこへ追いやられていくのだ。子どものころ独りで感じていた、自分をとりまく世界に対する根源的な恐怖が、じんわりと心を覆っていく。

 しかし、そんな不穏な心理状態ですべてが終わってしまうわけではない。この曲の題名にもなっている「ウララ」というオノマトペに触れることで、心を覆った恐怖や不気味さが雪解けのように緩和されていく感覚を、確かにおぼえるのだ。
「ウララ」は、“うららかな青空”とか“春うらら”といった、憩いや陽気さや晴れやかさのイメージと合致する。その「ウララ」という音が、決して軽快にではなく、じっくりゆったりと歌われることで、それを聴く私は、若干の恐怖や不安定さを心に残しつつも、肩の力の抜けた落ち着いた心境を得ていくことになる。(仮面次郎)

(本人より)これは秀逸な評論。実は表現者が自分の表現をすべて理解しているわけではない。歌しかり、絵画しかり。
もちろん意図して書いているのではあるが、自分でも理由が説明しきれない無意識、潜在意識の中から言葉や色を選び取っていることもあるのだ。
かつて三上寛さんと一緒に飲んでいた時、
「言葉は既に地中に埋まっている。詩人はそれをどう掘り起こすかだ」
と話してくれたことがあり、あぁ成る程と思ったものだ。
言葉は既に存在するもので、作詞というものはその中から取捨、編集する力だけなのだ。
この評論は本人ですら曖昧にしか分かっていなかった自分の詩作を、小気味良く心の中を覗かれたようにドキリとさせてくれた。

2007.11.11 原宿クロコダイル

   札幌から用があり上京、たまたま予定が合ったので、足を運ぶことが出来た。投稿王子Pロさん、Nっちをはじめ、東京近郊にお住まいのファザーファン、そして私がお声をかけたので着いてきてくださった方も一緒に、ひとつのテーブルを囲む。我らがファザーも一緒。
 この夜のライブイベントは、7組ものバンドが出演するというもの。(ソロはファザーだけ)なのでファザーのステージを初めて観るという人も沢山いるわけだ。(Kさん・Bさんも初見)それが羨ましくもあった。あの暴れん坊っぷりを初めて見られるなんて! そしてこのメンツでファザーに黄色い声援を送れる事が、うれしくてうれしくてたまらなかった!何とも頼もしいメンツではあ~りませんか!私たちのテーブルには、出演前からファザーへの情熱がウゴウゴとうごめいていました。

 5組目、我らがファザーの出番!待ってました!!「い・し・か・わ・さーん!!」と黄色い声援を送るべく策略を立てていた。ファザーが舞台中央に躍り出ると早くも歓声があがり始めたので、負けじと私たちもギャーギャー大騒ぎ、フラッシュを浴びせまくった。楽しかったわ~!はははは!!ファザーにはいい迷惑だったろうけど。「ハイハイ落ち着いて!」ってジェスチャーしてた(笑)。

 「みんな仲間たちとワイワイ出た後に、僕は一人淋しく唄います」
というようなことを仰るので、投稿王子が
 「(仲間は)ここにいるよーー!」
とナイスな絶叫。
 「そう言っていた仲間たちも去って行きました…」
と切り返されてしまったが(笑)。

セットリスト

 ひとり闇鍋
 カイボーするなら
 夏のお皿はよく割れる
 ぼけ
 ハゲアタマ
 秋の風
 オンリーユー

 一曲目から、会場は沸いてました。私も『ひとり闇鍋』を初めて聴いたとき、衝撃を受けつつ笑い転げたのを思い出した。そしてやっぱり笑い転げる。
 『カイボーするなら』では歌の最後でひとりしりとりをするのだが、どんどん自分で自分のクビを締めているのがおっかしくてたまらなかった!Nっちの爆笑が聞こえるものだから、安心して余計に笑ってしまう。
 『夏のお皿は~』からは、メキメキ神がかってきた!ムダにキレのある動き、絶妙すぎる間合い!笑いすぎてお腹が痛くて目も開けていられない。すると投稿王子が「ちゃんと目を見開いて見るのだ!」と渇を入れてくれた。ありがとう兄貴!らっきょうのくだりは何度聴いてもバカバカしいのにスゴイ!
 『ぼけ』のボケっぷりは、「この人大丈夫か!?本当にボケたんじゃないか?」(すみませんファザー)と思うくらい。以前にも聴いてるのに!
  ♪エンヤ~トット~
と歌い始めたので何が始まるかと思いきや、『秋の風』。なんなんだよ、その流れ!!!!と絶叫したくなった(笑)。
 『ハゲアタマ』も爆笑につぐ爆笑。このおかしさを文章で表現する能力を、私は持ち合わせていない。「死んだ友達の写真で福笑い」「三歩歩けば二歩は井戸の井戸村」らへんが好きで好きでたまりません。観た事ない方は何のことだかわからないですよね!ぜひ実際にステージを観てみてください!笑い死に寸前になること請け合いです。

 そして、ラブソングの最高峰『オンリー・ユー』。今まで散々笑わせといて、最後に泣かすとは…憎いぜファザー!チキショー! 隣のKさんがやたら汗を拭いておられると思ったら、感動しすぎて泣いておられたのだった!オンリーユー、Kさんの涙とダブルパンチを食らった気分でした。この日のオンリーユーは、私が今まで聴いた中で、ベストオンリーユーだな。

 私が航空券のチケットを予約したとき、まだこの日のライブは決まってなかったので、観れた喜びもひとしおでした。偶然に乾杯。そしてファザーをよく知らない人が、ファザーを目の当たりにするところを見ることができて、すごくすごく嬉しかった。

 本当に素晴らしいステージをサンキューベリマッチファザー!!!

 ファザーの次の出演者オグラさんの演奏が終わり、私たちのテーブルにファザー凱旋!拍手と愛撫(←こちらは冗談です)でお迎え。そして愛知県の猛者・Kさんの喋りが炸裂した!
 Kさんの感性の鋭さや、文章で感激を人に伝える力が並大抵じゃない事は存じていたが、Kさんは観たばかりのファザーのステージの、「どこがどのように素晴らしく、どう感激したか」をすごい勢いで語られたのである。文章力だけじゃなかったのだ!話術も凄まじいのだ!Kさんは。
 みんなで「おおおお!!!」と顔を見合わせて驚愕するしかなかった。まだファザーのステージを一度しか観たことがないなんて、誰もが信じられなかったはず。私などいつも「良かったです!」「感激しました!」しか言えないのに…。

 終幕後、ファザーが「桃 生絞り」と書かれた缶をステージドリンクにしておられたのでが、途中やたら気になったことをお伝えすると、世界一ダンディなヴォイスで
 「勿論キミの為だよ」
と仰った!ふふふ・・・照れますぜ!すかさず投稿王子が
 「勿論キミの為だよ」
とモノマネして言うので爆笑!!

 みんなでファザーを護衛しつつ仲良く帰宅。うれしーな。私が泊まっているそばに、偶然にも石川家代々のお墓があるそう!ファザーは行った事ないそうですが。 そしてファザーのひとつ前に出演した女性がおっぱい丸出しになったお話しすると、大層残念がっておられた。それは美しいおっぱいでありました。
 みんな同じ列車、満員だったので、どさくさに紛れてファザーのお腹に痴漢行為。Nっちは脇の匂いを嗅いでいたぜ。Nっち!どうだった?かぐわしかった?
  新宿駅で私とのっちは下車。ファザー、みなさまサヨ~ナラ~!!!楽しかったです!Nっちと二人になり、切符がないことに気づく。Nっちともすぐバイバイしなきゃならなくて残念!

…切符は見つからなくて買い直した…


そんな情けないオチのついた一夜でした。(桃玉)

(本人より)あの日のイベントは割と硬派なバンドが多かったから、相当異質だったかも。まぁそうじゃなくてもたいてい異質というか、同質の人は見たことないが・・・。
ちなみに桃の缶ジュースは俺のコレクションとしてちゃんと家に保管してるよ。
君との想い出とともにね・・・。フッ。

ポイントデート

とにかく夢のような時間でした。この一言に尽きます。
自分でも、本当に一緒にお食事できるとは思ってませんでした(しかも池袋の片隅の居酒屋で)。
一緒に過ごした1時間半はマジで一生忘れられないひとときになりました。プレゼント・ノート・テープはちょっと「えっ?」という感じでしたが、お話しできたのが何よりも嬉しかったです。駅構内での別れ際に、後ろ姿が見えなくなるまでじっくり見届けた程でした。
家庭や将来の事でいろいろあった中でお会いできて、癒されました。本当にありがとうございました!今後ともよろしくお願いします。(Hi-)

(本人より)やっぱりパーソン・トゥ・パーソンが一番面白いんだよね。個人が。というか個人以外の付き合いなんて信じないもーん。
まぁ立場的に「ファン友達」という感じになってしまうのは申し訳ないが(なんせ純粋な友達だったら「ポイント貯めろ、じゃなきゃ一緒に飯食わない」などとは言えないからね)、そこは分かってくだせえ。これからもいろんな人と飯食ってこちらもその生態を観察するのじゃー。ムフフフ。

10月05日、苗穂『のや』にて、出張なんじゃもんじゃ会。

倉庫を改造したようなレストランが会場。2時間近く前に乗り込み、主催者さんたちと歓談中の石川さんを背にパフェをいただきました(笑)。

会場時間ギリギリに高知からはるばるやってきた若様と合流。最前列を確保し、拝見しました。

【一部】
ひとり闇鍋
夏のお皿はよく割れる
ボケ
ハゲアタマ
秋の風
オンリーユー

7月に釧路でライブを拝見して以来になりますが、やはり生は違います!動き、表情、臨場感はCDでは味わえませんからね。『夏のお皿はよく割れる』ではグランドピアノのしたに隠れてしまわれたり、『ボケ』では水の入っていた大きなボトルでギターを弾きだしたり!

【二部】お話朗読
・5月3日
・5月7日
・5月11日

「僕のHPに載せてるけど誰も読んでないと思うので」と仰いましたが、私と若様をお忘れです!いえ、でも、石川さんの声や表情や動きがあるとないでは大きな差があります。改めて聞くと、「秀逸なショートショート!」とびっくりです。

【3部】セッション
この日のために結成された『ムラムラ人魚』の人たちとセッション。パーカッションを叩く石川さんは格好良いです!真剣な表情と踊るような音たち、時々見せる真剣な表情に惚れ惚れしました。

【4部】
ウララ
まちあわせ
冥王星
ガウディさん
汽車には誰も乗ってない

【アンコール】
コクヨのヨコク
どっこいしょ どっこいしょ

『ウララ』の「昔のバージョンは難しくて弾けない」という話、『冥王星』の「突然惑星から仲間外れにされた」という話もおかしいです。『ガウディさん』『汽車には誰も乗ってない』では、トリップしました。歌い手としてもすごいと改めて思わさせられました。

打ち上げまで参加できて、楽しかったです!若様と二人で石川さんに『大好きです!』と言ってから帰りました。大好きです!(しつこい) (桃玉)

(本人より)7月に引き続いて今年二回目の北海道。『のや』は石造りの倉庫を改造したお店でレトロ感もあって良かったな~。

なんじゃもんじゃ会inのや

その日、初めて会った桃玉ちゃんと初めてのなんじゃもんじゃ会。
二人で最前列の席に座りました。
時間になり石川さんが登場、石川さんのライブは初めてでもちろんギターを演奏する姿も初めてだったので新鮮でした。
『ひとり闇鍋』や『秋の風』や『オンリーユー』と聴きたかった歌が聴けて嬉しかったです。
切ない歌なのに面白くて顔が始終にやけていました。
『まちあわせ』ではハムカツの粉を払ってもらえたのが幸せでした。
5月11日(恋、いいの日)の朗読をしていた石川さんが「えっ?痩せてる?」と言い、自分のお腹をキュッとつまんだ仕草がとても可愛らしかったです。
そして主催者の人のバンドと石川さんのセッションでは石川さんがパーカッションを!
その姿は生き生きと輝いていてとても素敵でした。
石川さんがパーカッションを叩く姿を見られるなんて、感激です!!
ガムテープをグルグル巻きにして暴れ回っている姿もなんとも言えないくらい面白かったです。
あっという間に過ぎた石川さんライブデビューでした。 (若様)

(本人より)そうだよね、初めて見る人は俺のギター弾き語り姿は珍しいだろうね。ま、元々「たま」をやる前はずっとこのスタイルだったのだが。どうしてもテレビの印象が強いだろうからね。ガムテープ踊りは僕の十八番のひとつです。どぞよろしく(笑)。

106祭

桃玉ちゃん主催のイベント。
私も少しお手伝いをさせてもらいました。
石川さんが会場に着いてリハーサルを始めると、みんなの表情が雰囲気がガラッと変わるのがわかりました。
憧れの視線が集まっていました。
みんなの心に火を付けたのです。
石川さんはやはりスターというか神様なのです。
そして開演。
第一部は石川さんのソロ。
石川さんは桃玉ちゃん手作りのピコちゃんTシャツ姿で登場しました。
よく似合っていました。
第一部は石川さんの真ん前に座っていたので幸せのシャワーを浴びたり、チャームポイントの二枚歯を観察することができました。
第二部は石川さんと106歳バンド(桃玉ちゃんパーカッション)でたまの曲を演奏。
音楽活動をしているわけじゃないのに桃玉ちゃんのパーカッションが上手で感激しました。
興奮し過ぎてどんな曲を演奏していたのかほとんど覚えておりません。
途中、石川さんが女装をするために退場。
私はメイクを任されていたので着替えを手伝いに行きました。
控え室が狭く暑く時間内にしないといけないという気持ちで演奏も耳に入らないくらい必死だったのですが、ワンピースを着て化粧をして鬘をかぶった石川さんは見事にプリティーガールに変身しました。
桃玉ちゃんヴォーカルのかなしいずぼんの語りも、学校にまにあわないも、さよなら人類のリコーダーも、おもちゃを使って音を鳴らす姿も、何もかも素晴らしかったです。
どの曲か忘れたのですが、石川さんがバンドメンバーに向かって「来いっ!」と言ったときは感激のあまり涙が出そうになりました。
会場の一体感や熱気を目の当たりにして、やはりたまは、石川さんは偉大なのだと改めて感じました。
打ち上げも石川さん愛に包まれていて、本当に幸せな時間を過ごすことができました。
北海道に行ってよかった!
素晴らしい時間をありがとう、桃玉ちゃん、皆さん、石川さん!! (若様)

(本人より)ちらっとカツラをかぶったことくらいはあるが、完璧に女装してのライブは初めてだったかも。女の人って、長い髪が口の中に入って来て大変なのがよく分かったわん♪

161倉庫10月06日ファザーと106歳

161倉庫10月06日ファザーと106歳 この日のことは、生涯忘れられません。
10月6日、日付では山口百恵が武道館にマイクを置いた翌日です。

 私のライブハウス出演であり、初企画であり、初パーカッションであり、しかも、敬愛してやまないファザー、石川浩司さんと、「たま」時代の曲をセッションできるというんですもの。ファザーからこのお話を頂いた時から、現実味を感じられぬまま、当日を迎えてしまいました。
 石川さんと一緒の舞台に立つのだと実感したのは、リハです。石川さんが「東京パピー」を歌う背中を見て、急に頭に血が登りました。「目の前にいるのは、本当に石川浩司さんで、そして私はこれから一緒に演奏できるんだ!」と思うと感激のあまり演奏が終わると同時にその場にしゃがみこんでしまいました。そして同時に、「出演者はファザーの顔が見られない!」と気付き、それが残念で残念でなりませんでした(笑)。

第一部、ファザーソロ。私の作ったTシャツをお召しになっての登場、よくお似合いです。

・ひとり闇鍋
・カブラギの教え
・ヤギ殺したな
・秋の風
・オンリーユー

「ひとり闇鍋」でつかみはOK!前日聴いたはずなのに、また爆笑。「カブラギの教え」では『♪札幌は桃玉~~天からの教え~~』と唄ってくださった事、嬉しくて脳味噌破裂寸前でした。「ヤギ殺したな」も、すっごーーーく良かったです!朗読し終えたあとの、張りつめた空気から秋の風への流れが、物凄かった。妹の友人は「秋の風」で笑いを堪えるのが大変だったそうです。そして、私たちがこの日のために結成したバンド「106歳」が出演となる二部への、即興フォローソング。「♪笑っても心の中で指差して笑ってくれ~」ありがとうございます。これで皆の緊張がかなりほぐれたのではないかと思います。

そして第二部。
・はこにわ
・学校に間に合わない
・南風
・星を食べる
・満月小唄
・かなしいずぼん
・東京パピー
・さよなら人類
・カニバル

・ヒゲのある暮らし

人生初舞台。ドドドド緊張が予想されましたが、「ファザーがいるから大丈夫だべ!」と緊張はしつつも、大らかな気持ちで臨めました。小学校の頃の学習発表会なんかのほうが、よっぽど緊張したと思います!

 「学校に間に合わない」では、またもや私製作の『石川浩司』Tシャツをお召しになり、顔に何か丸いものを貼り付けての登場。もうこの時から私は、楽しすぎてニッコニコ。目の前で唄うファザーの背中。「ああ、これが本当の父の背中だ!」と、今考えると訳のわからないことを考えていました。何度昇天したことか。間の語りもよかったです。断片的にしか覚えてないけれど!「力士の褌、ビール瓶、丹頂鶴」。みんなの「ひょいと!」がバッチリ決まったのも、「どーしてもみてしまうー」が段々増えていくのも大成功で嬉しかったです。お客さんの顔を見る余裕まであり、しかもみんな満面の笑みなので尚更楽しくなりました。ファザーがマイクを蹴倒したのには驚きました!そのまま赤ちゃんの方まで足がもつれてヨロヨロ倒れていってしまうのではないか、と。ご無事で何より。
 「南風」では私の横に腰掛けて、一緒にパーカッションを叩いてくださり、嬉しいやら緊張するやら!いえ、緊張はすぐ吹っ飛びましたけれど。「星を食べる」「満月小唄」ではお召し変え。途中坊主で化粧されたファザーが見えて面白かった。「かなしいずぼん」は私がボーカル。緊張はあまりしなかったけれど、それまでの大暴れと、空気が薄いので声が出しにくい!全然満足に唄えませんでした。ファザーのボーカリストとしての偉大さも、思い知らされました。とてつもない声量。間奏に入ると歓声が!ギョエーーーー!!!想像以上に乙女になったファザー!!!!あ、私がいまボーカルだから、真横に立たれるんだ。うそーーん!!汗で流れていく化粧。そして「3人の黒人に身ぐるみはがれて女にされちゃった!」という語り。表情や声のトーンも面白くて、横で手叩いて爆笑してしまいましたよ。「この!メタボ腹を、なんとかして、くだ、さい、なーーーーーーーーーー!!!ドン!」♪かなし~ず~ぼ~ん・・・・と唄い始めると、ああ。真横からファザーの「♪こっどもったち! こどもこどもこどもこども!」という声が直に聴こえて感激で崩れ落ちそうでした。
 「東京パピー」は、テンポがすこし早くなってしまったか?!と心配になったのですが、ファザーがそのまま引っ張ってってくれたので、ノリッノリでできて楽しかった!
 「さよなら人類」で『ついたーーー!』を聞いた時は感激で泣き崩れそうでした。そしてリコーダーを私はわざわざ移動させてしまったせいで、ファザーが見つけられないという事態に!でも手渡せたので良かったです。2部が始まる直前に、「さよなら人類でリコーダー吹いてもらえますか!」とお願いしたのです。それはそれは軽やかに吹いておられました!
 最後の曲、「カニバル」。「最後の曲」と告げると、即座にお客さんが「えーー!!!」と言ってくれたのも嬉しかった。カニバルはもう、出し切った感が強いです。即興の演奏が気持ちよくて、そしてファザーとピアノが息を合わせるのを、固唾をのんで見守りつつ叩かせてもらいました。最高。  そしてお客さんがすぐアンコール!!!慌ててヒゲの用意!あ!でも駄目だ!汗でテープが切れない!近くに座っていた妹に切るのを頼みました。ああ、でもだめだ、汗でヒゲがつかない!でもなんとかヒゲをみんなに配る。ファザーにも。するとファザー、ヒゲをデコから生やしてる!しまった、長すぎたか!でも面白いのでいいや。そして又もや横で唄わせてもらう事になってる!想定外!でもうれしい!ファザーも超ノリノリで「みんなも唄え~っ!」ってジェスチャーしておられました。ヒゲへの愛を、皆で表現しきったと思います。終わった瞬間「やった!!!」と思いました。心から楽しめました。

 すると突然メンバーのよーへいさんが、「石川さん!キーボード間違ったので、もう一曲やっていいですか」と。内心、何言い出すんじゃ!!!!と思いました(笑)。ファザーも「何?なに?」とか仰ってるので、よーへいさん一人が言い出したことかと思いきや・・・・・「♪ハッピ~バ~スデ~」「・・・やられた・・・」いたたまれず、物影に隠れてしまいました。わ!私の顔のケーキまで!!折角ファザーもハッピーデーバースデーを唄ってくださったのに、パニックになりすぎてちゃんと聴けなかったのが残念でなりませぬ!悔しいやら嬉しいやら。この時狂った勢いで、ファザーにハグしてほっぺにチューしちゃった気がするんですが、母も妹も覚えていないと言うので、もしかしたら夢だったのかしら???うーん。

打ち上げでは、おっぱい先生たちとのセッションまで!パーカッション叩くファザーはとてつもなく格好いいです。「水を得た魚みたい!」と誰かが言っていました。その通りだと思いました。皆ファザーと話ができて、嬉しくてたまらないといった様子。ファザーは天性の愛され上手というか・・・人の心を鷲掴みにしてしまう、ピュアな心の持ち主ですね!みんなでゲームまでしたり。私も好き放題マッサージさせてもらいました。自分がファザーのお役に立てるなんて夢のよう!そして〆には全員で「どっこいしょ どっこいしょ」までやってくれるという大サービス!ありがとうございました!

私はこの日初めて、仲間意識というものを覚えました。106歳メンバーが愛しくてなりませんでした。そしてこの場にきてくれた皆さんが愛しくてなりませんでした。そして、異常なまでに沢山の人からお褒めの言葉を頂いたり、何度も「大好き」と言ってもらったりしました。わたしは、なーーーんにもしていないのに。

幸せでした!楽しかった!嬉しかった!

今まで色々あった辛かった事を、帳消しにしてもあまりあるほど幸せな一日でした。たまファンで良かった。私はてっきり、この一度きりと思っていたのに、ライブが終わってすぐ口々に「早くまたやりたいね!」と言っていました。私も心底またやりたいと思っています。なので、そのときはどうぞまた、よろしくおねがいしまーーす!!!

ファザー、ファザーは最高です!!!! (桃玉)

(本人より)ふふふ、熱のこもったレポートありがと。ちなみにこの日のイベントは一般客なし。秘密のイベントとして関係者だけで行われた。あと、たまの曲は途中女装着替えなどがあった為、全部は参加してないけど、自分の曲でもソロではなかなか出来ない曲が歌えて楽しかったな。桃玉のお父さんからは終演後、無言でおいしいワインを手渡しされた。嬉しかったな。


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