ザ・レポート(10)


今まで石川がかかわってきた全ての活動、つまり「ソロ」「パスカルズ」「たま」「突然段ボールなどとの共作」等のライブ、CD、ビデオ、またテレビ、ラジオなどのマスメディア、演劇、書籍、ニヒル牛、コレクション、すごろく旅行、このホームページ、その他とにかく俺がかかわってきたありとあらゆる表現活動の感想、評論、思い出等を募集します。
 既に何かに発表したもの(ミニコミ、ミクシィ日記、ホームページ、掲示板等)の再録も自分で書いたものであれば0Kです。批判やお叱りももちろん構いません。他の人のプライバシーの侵害や、特殊なケースを除き、基本的に全て採用します。何についてのいつのもののコメントかをなるべく分かりやすくして、メール(ミクシィメッセージの方がより嬉しい)にて題名「レポート」でお願いします。1点5ポイントです。裏話等や本人のそれに対する意見や感想なども付けていくつもりなので、気軽に応募して下さいな~っ。
 尚、一応「レポート」なので最低ひとつ100文字以上が望ましいです。例えば俺本人も知らない「こんなとこに載っていた」情報及びその感想とか「すごろく旅行を実際やってみた思い出」など俺にインスパイアされたものでもOKですよ~ん。

92年12月2日 渋谷ジャンジャン

当時のたまはホールツアーを主にやっていましたが、告知なしでライブハウスでもやったりしてました。
このライブを知ったのは確か「ぴあ」のライブハウス欄をチェックしたからだと思います。
こういう雑誌は発売日に買っては遅く、発売日前に売ってくれる本屋さんで早く情報を手に入れる事が重要です。 その為、ジャンジャンにチケットを買いに行ったところ、3公演全てのチケットを手に入れる事が出来ました。 (翌日昼夜公演もあり。)
整理番号等はなく、当日並んだ順の入場でした。
熱狂的な女の子ファンは早くから並んでいましたが、僕は開場30分くらい前に行ったと思います。
もちろん席は全て埋まっていたのですが、お客さんが多く通路に座ってもいいという事になり運良くステージの目の前を陣取ることが出来ました。
もちろんマスタのつば攻撃に遭ったのは言うまでもありません。w
教会の下で聴く「お経」は中々良かったです。(ペロ)

(本人より)当時、時々ホールライブではどうしても発散されないなんというか「お客さんと生で対峙している」感をシークレットライブで補っていたなぁ。「妊娠ラマーズ」とか「CITY」(4人の頭文字)とか名前を変えてね。でもみんな鼻が効くというかいつもお客さんはいっぱいだった。
やっぱりライブハウスならではの力の入り具合というのは別格だったんだよね。ホールが悪いということじゃなくて、それとはまた別のライブの楽しみとしてね。

92年12月3日(昼)渋谷ジャンジャン

この日は凄く寒かった記憶あり。
並んでいたら僕の前に並んでいたおば様がほっかほかの人形焼みたいなのをくれました。^^
前日は超目の前だったのですが、今回は一番後ろで立ち見でした。
でもホールの最前列よりも近い距離です。
メンバーの表情が双眼鏡を使わなくても分かるって凄く嬉しいです。
さよなら人類の前のMCで知久さんが「次はさよなら人数・・・って書いてありますね~(笑)」
と。
小声で「おまちゃ~ん」と言っていたので、おまちゃんが間違えて書いたのかもしれません。
柳ちゃんが「じゃ新曲の(笑)」と言ってこの曲をやったのが面白かったです。w
この回は「頭の膨れた子供達」「こわれた」「どんぶらこ」「カニバル」と、久し振りのおどろ4連発が聴けました。(ペロ)

(本人より)おどろ4連発、あったなー。徹底的に暗黒の狂気の世界に入っていくやつ。あれこそ4たまではないと出せない独特のグルーブだったかも。
Gさんが突然痙攣するようにベース掻きむしったりね。良かったなぁ。

92年12月3日(夜)

ジャンジャン最終公演。
初日と同じように最前列をゲット!ヽ(´∀`)ノ
MCでは先日行ったWAVE店頭でのライブの話をしていました。
昔(デビュー前)はよく道端でやっていたそうです。
まだ3人の頃、池袋の歩行者天国でやった事があるそうで、一人一人が50mくらい離れて演奏したそうですが、全然ほかの人がなにやっているかわからなかったそうです。
その時に石川さんのバイトの先輩が偶然通りかかり一生懸命太鼓を叩いている石川さんを見て
「あれ?石川君何してるの?」と声をかけられ苦労したそうです。w
この3公演はかぶる曲があまりなく、当時の全曲ライブに近い物がありました。(ペロ)

(本人より)その伝統を誇ったジャンジャンも今はなくなってしまった。音楽以外にも永六輔とかマルセ太郎とか美輪明宏とか「通の」芸人が出ることで有名で、いくらプロだからといって、おいそれと出してくれる場所じゃなかったので、出られることになった時は嬉しかったなぁ。那覇にもあったんだけど、そっちもなくなっちゃったしね。ある種の文化の発信地だっただけに、ただのライブハウスが潰れた時とはちょっと感慨も違ったね。

92年11月26日 渋谷WAVE

犬の約束発売イベントだったと思います。
朝刊に小さく「4時から店先興行」との告知が載っていました。
この意味がよく分からなくて、店先で犬の約束を売るイベントかと思いながら、学校が終わってから渋谷に行ってみると若干の人だかりが!
まさかと思っているとメンバー登場!ヽ(´∀`)ノ
手を伸ばせば届く距離にたまのメンバーがいるのです。
そして1曲目の「夕暮れ時のさびしさに」が渋谷の街中に響き渡りました。
当時こんなに近くでたまを観る機会が少なかったのでかなり嬉しかった記憶があります。
スタンドマイクが2本で、メンバー2人ずつが向かい合ってビートルズっぽく歌っていました。
「犬の約束」を買うと直筆サインとステッカーが貰えると言うことで、ライブ終了後は長い行列が出来ていました。 数量限定でしたが、僕は運良く直筆サインとステッカーを手に入れました。
今でも大切に保管してあります。(ペロ)

(本人より)これは後にファンクラブ向けに発売されたその名も「犬の約束」ビデオにその様子が一部収録されたよね。
俺なんかにとっても、初めてのCD屋店頭での街頭ライブ。パーカッションはいつもの大きいのが持ち込めないので簡単な形式にしてやったけど、中腰で叩かなくちゃならないものもあって、腰が痛くなったのを覚えてるなー。

2007年12月7日 和光大学ライブ

和光大学でのマスタライブ。
初めて降りる鶴川駅。
僕の新携帯にはGPS機能が付いているので道に迷っても大丈夫なはずだけど、まだ使いこなせていないので、バス乗り場まで完全に迷いました。(。_)〃ドテッ!
主催者の方からメールで「アンデポンタンの石川浩司のライブを観にきました」というと、大学のバスに無料で乗れると聞いていたので、頭の中でくり返し言っていたのに、いざ運転手さんに言おうと思ったら「アンポンタンの石川浩司のライブを・・・」と言ってしまった。あひゃん。
でも運転手さんは普通に「どうぞ」とのリアクションで乗せてくれました。
このイベントは和光大学の学園祭みたいなものなのかなぁ?
受付に学生さんがいて「石川浩司のライブはどこですか?」と聞いたところ、
学食まで丁寧に案内してくれました。
君の優しさに乾杯。
ライブには多くのお客さんがいました。
多分初めてマスタを観る人も多いっぽい。
なので、選曲は「ひとり闇鍋」とか分かりやすい曲が多かったです。
いつも聴いている曲なのに、毎回楽しいのはマスタの凄いところです。^^
夏のお皿かなにかで「ちゅっ!ちゅっ!」と言いながら、僕の方に来て いきなりほっぺたにキスされました。うひゃ!
90年くらいだったらマスタファンに殺されてたかもしれません。w
今回もどっこいしょコーラス隊に任命されました。
初めてコーラス隊をやった人は3回くらい間違えてくれたので盛り上がりました。^^
僕はもう間違えませんよ。('-'*)フフ
どっこいしょコーラス隊はいつも柳ちゃんになった気分でやっています。あはは。 (ペロ)

(本人より)どっこいしょ隊は2、3回間違えてくれるぐらいがちょうどいいんだよね。スムーズに行き過ぎても突っ込みが出来ないし、あまりにも何度やっても出来なくてもこりゃまた焦る。でもまぁ、どう出るかがわからないのがライブの醍醐味なんだよね~。

2007年12月8日 都電なんじゃ

30名限定の予定だったのですが、観たい人には沢山観てもらいたくて、 結局40人程入れてしまいました。
当日券の人もいましたね。
しかし、お客さんには窮屈な思いをさせてしまったと思います。
済みませんでした。
最初はN君の演奏で「カイボーするなら」。
この曲でお客さん全員としりとりをしてもらいたいと、 僕の要望を受け入れてくれたマスタに感謝です。
同じコード進行でずっと弾き続けてくれたN君にも感謝! そしてマスタのソロ。
僕も初めて聴くような曲や、かなり久し振りに聴く曲もあったりと、ディープ石川ファンにはたまらないライブでした。
マスタの即興は天才的です!
駅にいる一般のお客さんに向かって歌ったりするのは面白すぎ!
あと9000形に乗りたくて一生懸命駅まで走っていた少年に向かっても歌ってましたね。
彼は乗せてあげたかったです。w
往路はマスタの完全ソロの予定だったのですが、
信号で停まったりと結構時間が余ってしまいました。
困った表情をしていたので、僕のヘタッピギターで「ヒゲのある暮らし」をやってもらいました。
お客さんのUちゃんがヒゲをしていたので、それをマスタがかりてました。
ナイス!Uちゃん!
そうそう。
ヒゲは2カポだったんだよなぁ。
カポつけるの忘れてたので、マスタ低い声で歌いづらそうだったけど、都電の外のお客さんまで楽しめるような動きをしてくれて助かりました。^^
そうこうしている間に折り返しの三ノ輪橋に到着。
ここでスペシャルゲストの「水中、それは苦しい」の登場です。
水中さんは早稲田大学の学園祭に出た時に都電の出演を快諾してくれました。
しかもノーギャラで。
3人ともナイスガイなバンドです。
多分都電で初めて観た人もいると思いますが、そこでファンになった人も多かったと思います。^^
都電がノーギャラだったので、翌日の水中さんのライブにマスタが出演する事になりました。w
マスタも水中さんもありがとうございます!
復路は水中さんから。
僕の大好きな曲ばかりが聴けて、なんだか役得でした。(^^;ゞ
マスタとのセッションは「たま」時代のリヤカーマン、お昼の2時に、全裸でゴゴゴー、デキソコナイの行進でした。
水中をバックにこの曲達はかなり贅沢です。
観に来てくれたみなさん、どうもありがとうございました。
そして主催はかなり疲れるという勉強にもなりました。(^^ゞ(ペロ)

(本人より)主催は大変なんだよね、想像しているより雑用も多いしね。へたすると本番のライブもお客さんの世話でちゃんと見られなかった、なんてこともあるしね。
だけどお客さんの笑顔や「ありがとう」の言葉を聞くとすべて吹っ飛んでまた何か企画してやろう、と思っちゃうんだよね。
・・・で、次の企画はいつ? 今度は屋形船かい?

2007年12月9日 水中ライブ

聴きたい曲が全部聴けた感じです。
マスタもゲストで出演しており、最高のアドリブ合戦でした。
ライブ終了後、マスタと三上寛さんと熱いお話をさせていただきました。
途中、マスタが他の人とお話していたので、その間は僕と友達が三上さんとお話させていただきました。
マスタが尊敬している三上さんなので、失礼の無い様に話していたら、 物凄くいい姿勢で、返事も「はいっ!」とか、新入社員みたいな対応になってしまいました。w
そんな対応をしていたら三上さんに「お前はいい奴だ!」的な事を言われました。w
三上さん大好きです。
和光大学、都電、水中さんのゲストと、怒濤のマスタ三連チャンでした。
マスタファンに刺されるかもしれません。w (ペロ)

(本人より)同じソロだけど、毎日感じは全然違ったよねー。完全ソロ、水中をバックにしてのセッション、水中の土俵の上での俺と。
まさにやりたいことはこういうことで、毎日微妙に違う自分を楽しみたい。なんせ小心者なので人に合わせてしまうところと、不器用なので人に合わせられないところが交錯して生まれるのが、是、ライブの醍醐味だからねっ!

2006年8月14日ホルモン鉄道

第1部は大谷氏の曲を4曲。
ゲストに謎の外国人が登場。
勿論マスタなのですが、衣装が凄い!w
そしてマスタの曲も4曲。
聴きたい曲ばっかりでした。
「解剖するなら」とか「はげあたま」とかだったっけ?(忘れん坊)
で、第2部は「うわの空藤志郎一座」の女優2人。
歌・おぐりゆか嬢、ギター・八幡薫嬢でした。
この二人は、うわの空の看板女優さんですよ!凄いです。
歌はマスタが書いた曲「カニ女」が最高でした。
これCDにならないだろうか?w
そしてホルモン鉄道のライブです。
スリッパを叩く曲があるのですが、マスタは「スリッパがない」と探していましたが、さっきまで自分で持っていたのを忘れていたという・・・。
老人性・・・以下省略。w
鉛筆を削る曲もあったのですが、大谷氏は鉛筆削りを忘れてしまい、荻窪の100均で買った鉛筆削りで歌いました。
マスタ曰く「それ音出るの?」w
削った鉛筆は健さんに頂きました。ヽ(´∀`)ノ (ペロ)

(本人より) 俺作詞の「カニ女」は彼女は自身が出演するお笑いライブなどでも度々やってるそう。CD化ももしかしたらあるかもしれないらしいよ。
ちなみに偶然にも彼女の初の単行本「魂食!」のイラスト漫画はこのホームページの常連投稿者である某嬢がやっているんだよね。

2006年6月3日 ソロ

荻窪の「ビストロ サンジャック」にて、マスタソロライブがありました。
マスタソロは都電ライブ以来です♪
ここのお店は店員さんも凄く良い人だし、食べ物も美味しいので大好きです。^^
マスタは、1曲目から弦が切れるというトラブルがありましたが、 マスタらしく平気な顔してこなしてました。w
カラオケの「CD?R」というグループの演奏もよかったです。w
最終的には、シェービングクリームを塗りつけたりと、まさにマスタしかできない素敵なライブでしたよ♪
ライブ後はマイミクさん達と飲みまくりました。σ◇(・_・;)ゴクゴク
マスタのギター勝手に持ち出して、ヤナちゃんの歌をうたったり、 さよなら人類をギターの上手なマイミクさんが弾き、マスタの「ついたー!」を期待したのですが、
マスタが言ったのは「着いてないよ!木星になんて!」でした。w
こっちの方がレアかもね!('-'*)フフ
「学校に間に合わない」もやったなぁ。
僕はマスタの笛を吹きました。
台詞は女性が言い、最後の「とさ」のみ、マスターが言いました。w
かなり素敵なライブでしたよ!
お客さんみんな満足してたと思います。
確か「ついた~!」は3000円だと言ってました。
よく考えると安いかも?(ペロ)

(本人より) まだサンジャックが荻窪にある頃のライブね。これでマスターが大笑いしてくれて、西荻にお店が移転した時にこけら落としに俺を指名してくれたのかもしれないなー。楽しかったね。

2007年7月14日 ホルモン鉄道

「ホッホッホッホッホ~ルモン♪」
いつものこの声でお二人が登場。
笑い過ぎて内容は殆ど吹っ飛んでしまいましたが、 かなり楽しいライブでした。^^
46歳と45歳のおっさんがエロくて下品な事ばかり言うのですよ。
でも、このおっさん達が言うと全然エロくないという不思議。
新曲も3曲やってくれたけど、この曲達も最高に面白い! パンツ一枚になって、お腹叩いたり、オシリ出して叩いたりと。w
もうホルモン最高っす!
僕が45歳になったら、こんなおっさんになりたいです。 本人達は「初老」と言ってたのが面白かった。^^
んで、アンコールで「どっこいしょ」をやったのだけど、 前列に座っていた4人と大谷氏がどっこいしょコーラス隊に任命されました。
因みに僕は前列に座っていたので、僕もコーラス隊になりました。ヽ(´▽`)ノ
何回やってもこのコーラスはいいです。
柳ちゃんになった気分です。w(ペロ)

(本人より) そうそう、下品なんだけど中学生が喜ぶような低レベルな下品ばかりだからかな。リアリティがない。
大人でこんなことやってるグループ、たぶん世界でこのユニットだけかも・・・。分別、まるでなし。

2007年5月13日 ハミイカ

4人で順番にボーカルをとってました。
マスタが一番多く歌ってくれたなぁ。^^
マスタは小象とかオンリーユーとかをいい感じで歌ってくれました。
浜野さんの踊りツボです。w
んで、最後の曲は、デキソコナイだったのですが、「たま」っぽくて鳥肌が立ってしまいました。
コーラスも完璧!
アンコールは「全裸でゴゴゴー」
これも「たま」のライブを思い出しました。
なんかバンドで「たま」の曲やってくれるといいですね。 (ペロ)

(本人より) 最近は「真っ黒毛ぼっくす」とか「マーガレットズロース」とか俺のたま時代の曲のバックをやってくれることもたまにある。
やっぱりソロと違った面白さがあるんだよね。からみ具合とか。もし「バックやってもいいよ~」というバンドあったら、連絡くださいな~。

2007年1月12日 石川浩司と遊ぼう

1日目は「面白缶ジュース講座&なぞなぞ大会」でした。
缶ジュースは1本1本が面白く、しかもそれにマスタがコメントをつけるのですが、それがまた面白い!w
「三ツ矢サイダー」ならぬ、「三菱サイダー」とか、 「ナタデココおしるこ」とか。w
パクリパクラレの世界があったり、企画会議で「なんでこんなのが通ったのだろう?」とか、面白すぎる缶ジュースが沢山ありました。
缶ジュース道、奥が深し!
で、なぞなぞ大会は10問先取すれば賞品がもらえるというものでした。
この前のライブの時は1問も解らなかったので、今回も諦めモードだったのですが、
マスタのページからの出題との事。
うむむ。
僕は昔、なぞなぞにも投稿してたし、答えてもいたので、 もしかしたら解るかも?
と淡い期待を抱き挑みました。
そしたらなんとか10問先取する事が出来ましたよ!ヽ(´∀`)ノ
素敵な賞品ありがとうです~。^^
しかし、お客さんが少なかったのが優勝の理由かも?
マスタも「今日の企画がこれほど人気がなかったとは・・・」
と言ってました。(;^_^A アセアセ
今日来た人はマニアでしたね。w (ペロ)

(本人より) ニヒル牛で行った3日間の「石川浩司と遊ぼう」シリーズね。自分の店だからこそ出来た企画だよね。
他のライブハウス行って「缶のコレクション自慢と、なぞなぞ大会をしたいんです」と言っても「はあぁ!?」と言われるだけだからな・・・。

2007年1月13日 石川浩司と遊ぼう

本日はカルタ大会でした。
2組に分かれて、3回戦やって、取った数の多い人が優勝。
今日は女の子が多かったです。
てか、女の子はカルタ取り凄いっす。
僕は3~5枚しか取れなかったんだけど、
10枚とか取ってる人とかいたし。
男は小さい頃カルタはやらなかったから、
潜在的に女の子は強いのでしょうか?
優勝と準優勝には賞品が出ました。
両方ともマイミクさんでした。^^
それにしても、食卓カルタは餃子が多かったです。w
島田さんナイスです! (ペロ)

(本人より) ニヒル牛のスタッフであり、俺の古くからの友人、島田夫妻の作った「食卓カルタ」はテレビや雑誌でも取り上げられた名インディーズ・カルタ(笑)。
毎日の夕食を全部写真に収め、それをカルタに設えてある。2日に一度は島田家の食卓には餃子が並ぶということがよく分かった。
この御時世、大丈夫だろうか。

2007年1月14日 石川浩司と遊ぼう

長いようで短かった3日間も、今日が最終日でした。
「放送禁止歌をうたう&へなちょこ小説朗読会」というタイトル通り、歌と朗読メインでした。
今日が一番お客さんがいました。
立ち見も沢山!
放送禁止歌といっても、マスタの歌の殆どが放送禁止らしいので、あまり普段と変わらないライブになると言ってましたが、初めて聴いた曲もあり、ラッキーなライブでした。^^
朗読はマスタのページの「小説 五月の記念日」の中から厳選されたものを、マスタのジェスチャー付きで読んでいただきました。
これは役者魂を感じましたよ。^^ (ペロ)

(本人より) CD「おいしいうそがいっぱい」の中で放送禁止にならないのは、たぶん「ひとり闇鍋」他数曲しかないもんなー。別にそういう言葉を必ず入れようなんて意識はもちろんなく、普通に思いついた単語を入れてるだけなのに。何故?何故にゃのだ~っ!

93年4月27日ライブY公開録画

テレビの公開録画ライブで本牧のアポロシアターという遠い所まで行きました。
これは葉書か何かで応募して当たった人がいけたと思います。(違うかも?)
前半がさねよしいさ子さんのライブで、後半がたまでした。
両方とも大好きなのでお得なライブです。
たまのメンバーはかなりカメラを意識して歌ってくれたのですが、
実際に放送されたのは少なかったと思います。
リヤカーマンは柳ちゃんのドアップだったので、放送されてたら面白かっただろうなぁ。(ペロ)

(本人より) これはTVK(テレビ神奈川)かなにかの公開収録だったかな。なので俺も見れてない。
あの頃はさねよしさんとも何かと一緒にやる機会は多かったね。最近は元気かな?

92年5月5日 虚言倶楽部イベント 日清パワーステーション

当時のたまファンクラブのイベントです。
最初はクイズ大会でした。
かなり難しいクイズを勝ち抜いた5人が舞台に上がり、 そこで満員のお客さんが見守る中、更に難しいクイズに勝利した女の子が柳ちゃんのアコーディオンを貰っていました。(これ羨ましかったです!)
プレゼンターはたま初代マネージャーのペシペシ君でした。w
クイズのあとはオークション。
知久さんのズボンがかなりの高値で落札されておりました。
落札した女の子は周りの友達からお金を借りてました。(;^_^A アセアセ
後半はリクエストされた曲を8位から順に演奏。
8位満月ブギ
7位とんかち
6位くだもの
5位夜のどん帳
4位夏の前日
3位パラシュート
2位マンモウ開拓団
1位東京パピー
当時聴きたかった曲ばかりですよ~。^^
しかしライブ終了後、ファンの女の子がぽつりと「1曲500円のライブだったね・・・」と。(^^;
(チケットが4000円)
未だにあのアコーディオンが羨ましいです。w(ペロ)

(本人より) あれ、俺の記憶だと最初何曲かライブやって、それからリクエストを集計している間にオークションとかやって、で、リクエストライブをやったような覚えがあるんだけど、記憶違いかな?

92年7月7日 たまの七夕 日清パワーステーション

パワステでは結構ライブやってましたね。
開演すると全く聴いた事のない曲から始まりました。
なんか不思議で素敵な曲だなぁと思っていたら「そんなぼくがすき」でした。
恐らくインストだったと思います。
この日は新曲発表ありでした。
知久さん「知ってる人はとっくの昔にしっているような、そういうあんまり新曲でない新曲です。」
という事で牛乳がたまで初めて演奏されました。
ソロで大好きな曲だったので、たまで聴けるなんて感動ものです!
知久さんは「間抜けな終わり方」と言っていましたが、あの終わり方大好きです。 (CDとは若干違う感じです)
柳ちゃんは「たかえさん」の発表をしました。
曲が発表された時、ファンからは「え~!」との声が。
当時ソロでやっていましたが、あまり人気がなかったと思われます。(^^;
マスタは「みみのびる」でした。まだ最初のプップクプ~がないバージョン。
Gさんの「あくびの途中で」もありましたが、仮タイトルで「冗談」と呼ばれてました。
そして、この日のチケットに主催は「たま企画室」となっており、みんな何だろうと思っておりましたが、メンバーで会社を立ち上げての初ライブだと思います。
社長はジャンケンで勝ったGさん。
福利厚生レジャー担当マスタ。
営業本部長は柳ちゃんで、納豆及びネギ担当が知久さんでした。w
記念すべきライブでしたね。
3日間全てに行きましたが、メンバー全員がいきいきしていました。^^(ペロ)

(本人より) 事務所から独立してすべてを自分達でやらなくちゃならない、最初のライブだったのかもね。そりゃ力も入るわな~。
なるほど、この頃「牛乳」とかが初お目見えだったのか。そういうことって本人達は意外と忘れてるなー。

93年10月14日たまのニッポンろけっと旅行 中野サンプラザ

ろけっとのツアーの為、もちろんろけっとの中の曲中心なのですが、 なんとソロコーナーがありました。
知久さんは「すいか畑」
Gさんは「ワンピース」
マスタは「夏のお皿はよく割れる」
柳ちゃんは「ハレルヤ」
でした。
たまの曲も聴けて、ソロの曲も聴けるというお得なライブでした。
中野サンプラザでは2日間ライブをやったのですが、曲順はアンコールも含めて全く同じでした。
ツアーとかは演出の関係とかもあると思うので、曲は変えないのでしょうね。
しかし両日ともかなり満足できるライブでした。(ペロ)

(本人より) ホールは照明・音響との打ち合わせが事前にあるので、急に曲を替えたりが難しいんだよね。
特に照明は事前に曲順通りにコンピュータープログラムまでしているからね。その分大きな照明効果が楽しめるんだけど、即興性はどうしても弱くなるね。
ま、ホールにはホールの、ライブハウスにはライブハウスなりの楽しみ方がある、ってことだね。

ご担当者さま

(もしかしたら石川さんが直接受け取られるのか な?)

「たまという船に乗っていた」をじっくりと拝読さ せていただきました。
サイト上ですと、壁紙の模様で文字が見えにくかったのでテキストをコピペして読んでみました。

今から18年前(中学生だったころ)にたまの大ファンだった者です。

わたしはたまをイカ天で観て好きになりました。
それまで余りお金を使うことが好きでなくて貯めていた20万円のお年玉貯金をライブに行ったり、それまでのテープ収集等につぎ 込みました。
何度も何度も繰り返し「しおしお」を聴いていました。 ファンになったきっかけはイカ天だったのですがメジャーになってしまうことが悲しくてひたすら以前のテープなどを集めて(すでにダビングが繰り返されてすりきれていたそれらを)ラジカセを耳にくっつけて聴いていました。

たまの歌を聴きながら絵をよく描いていました。
それを雑誌に投稿すると時折掲載されて図書券が送られてきました。
印刷された自分のイラストを見るのは嬉しくて得意な気持ちになりました。

学校では大人しい女子でしたがチケットをとるために、お昼休みに抜け出して先生につかまったこともあります(笑) 青春でした。

あれから18年……。
今「たまの最期」のDVDを繰り返し聴きながらイラストを描いています。

たまの歌に心をのせながら絵を描くのはとてもいい気持ちです。
何も恐くなくて自分の感性だけを信じていた中学時代にたまに出会えたことに感謝しています。
メンバーの方々の歌をこれからも聴いていきます。

ニヒル牛での石川さんの展示も楽しみにしています。(青山ゆう子)

(本人より) はいっ、担当の石川です(笑)。
中高生時代に影響を受けた物って、一生残るよね。俺も今だったら絶対に聞かないだろう音楽とかも、その時聞いていたやつだけは何故か聞けるもんなー。
でももしかしたら、感性が一番鋭敏だった頃だからこそ、自然に「自分の血となり肉となる音楽は、そしてアートはなんだ!?」と高感度のアンテナでキャッチし取捨選択してたのかもね。

ともかく俺達に出会ってくれて、ありがとう。

2008年1月12日 円盤ジャンボリー 太鼓祭り

20時30分頃、ホルモン鉄道が登場。
先ずは石川さんがエレキギターを弾きながら歌い、大谷氏がパーカッションを叩く。
曲が終わると、ステージのすぐ横にいた人が石川さんに、 「俺もやっていい?」と訊き、ドラマーとして強引に参加する。
最初は単なる出しゃばりの酔っ払いのオヤジかと思っていたが、それにしてはやけに上手いし、顔もどこかで見たことあるような…
よ~く考えてみたらパスカルズの横澤龍太郎さんだった。 このまま最後までドラムで参加。

キチガイスラッガーという新曲では、石川さんが野球帽を被り大リーガーに扮し、オモチャのバットでカラフルなビニールのボールを次々と客席へ打ち込むが、半分以上空振り。。

続いてまたもや新曲の正調腹太鼓音頭。
2人ともパンツ一丁になり、腹を叩きながら歌う。大谷氏が石川さんのパンツの後ろを少し下げて半ケツ状態にして尻を叩くというカオスな光景も。。
しかも石川さん、その格好でよく動き回るもんだから、トランクスの裾から元たまのたまがチラチラと見えていましたぜ(汗)

鉛筆削りで鉛筆を削りながら歌うけずり節では、石川さんの持ってきた鉛筆削りが不良品であるというハプニングが発生。

最後の2曲は、今までのおふざけムードから一転して、「雨の日のサーカス」や「誕生日」をしっとりと歌い上げる。
しかし二人ともまだパンツ一丁のまま(笑)

このHPのインフォメーションのところに、
「新年から大人の馬鹿と中学生規模の下品をお楽しみください!」
と書いてあるが、正に文字通りの素晴らしいパフォーマンスでした。(so-hey)

(本人より)俺は実は一緒にセッションする人によって、自分の性格が微妙に変化する。
大谷と一緒だと、もう最高級にくっだらない、しょーもないことをやりたくなるのだ。それを俺にさせてしまう大谷の力と言ってもいいだろう。
しかし、やっぱり見えていたか・・・。
ギリギリ大丈夫だと思ったのだが。
今度は「玉見せ賃」としてチャージを100円アップするかな。

『別冊イカ天ベスト天』レポート

1990年から91年にかけてTBSで『イカ天』の姉妹番組『別冊イカ天ベスト天』が放送されていました。この番組に、たまも何度か登場しています。

   1990年3月4日の放送では、8ミリビデオカメラで撮影されたたまの映像がエンディングで流されました。たまが雪景色の広大な原っぱで『らんちう』を演奏していて、非常に牧歌的なのにどこかシュールな映像でした。そのうえ、演奏中の4人の周りをランドセルを背負った大勢の小学生たちがぐるぐると絶え間なく行進していて、わらべ歌的な素朴なイメージとシュールで奇妙なイメージとの絡まり具合が一段と増幅しています。
 とても寒そうな風景のなか、ランニングシャツ姿でダイナミックに体を動かしながら雪の上に置いた太鼓を叩く石川さんの存在ひとつ取っても、かなり牧歌的でシュールです(笑)

 その翌週3月11日の放送では、番組内でたまが大きく特集されます。あいさつ始めに『夏の前日』の演奏があり、それから「こんなバンドに誰がした」「竹中労との座談会」のコーナー、最後に『らんちう』の演奏、という構成でした。
「こんなバンドに誰がした」冒頭の石川さんを紹介するテロップでは、「特技:肩コリ」と表示されました。石川さんは、「肩コリ」という特技を若かりし頃から現在までずっと維持し、ますますハイレベルな肩コリを極めている、肩コリの大ベテランなのでした。
 たまに影響を与えたアーティストが、第5位から1位まで順に発表されていきます。5位:ビートルズ、4位:つげ義春、3位:かまやつひろし、2位:山下由、と進んで、第1位は「むし」!
 たまのメンバーのあいだで虫談義に花が咲きます。
 知久さんの虫好きはよく知られていますが、柳原さんと滝本さんの2人が偶然にもウンカ好きで「ウンカ友達だ!」と盛り上がった場面が妙に面白かったです。ウンカは近ごろめっきり見かけなくなりましたが、私が子どものころは家で稲作をやっていたので、田んぼへ行くとウンカ科やヨコバイ科の小さな昆虫たちがうようよいました。それを思い出すと、なんだか懐かしくなります。
 石川さんは、「カナブンが右腕に7匹くらいとまっているのがいい」と具体的すぎて不可解な表現で好きな虫を挙げました。それを聞いた相原勇さんはヒキ気味のリアクション(笑)
 虫談義の終わりに石川さんが虫に向かって「葉っぱの裏側に等間隔に卵を並べるのは体がかゆくなるのでやめてください!」と真剣味たっぷりに熱を込めて訴えました。たしかに、等間隔に並んだ昆虫の卵は、背筋を寒くするものがあります(笑)
 何気なく葉っぱを裏返すと唐突に目に飛び込んでくるので、不意打ちの気味悪さがあるのです。

 竹中労さんとの座談会は、唐草模様の床の上に置いたちゃぶ台を囲んで、和気あいあいと進行。無頼で反骨の闘士、コワモテのジャーナリストというパブリック・イメージのある竹中労さんですが、この座談会では終始なごやかで、まるでたまの保護者であるかのように優しいまなざしとあたたかい言葉をたまのメンバーに送っていました。多方面で言論活動を展開した竹中さんの最晩年の主たる仕事が、たまを評価したまについて語ることだっと思うと実に感慨深いです。
 竹中さんの「なりゆきでスーパースターになったらどうする?」との問いかけに、柳原さんは「困りますねえ」と即座に反応。それに対して石川さんは「そういう状況を楽めばいいんだよ」と前向きにアドバイス。柳原さんは「猫とじゃれる時間がなくなるから嫌だ」と自分らのスーパースター化をかたくなに拒みます。知久さんが「スーパースターでも猫とじゃれられるよ」と声をかけ、竹中さんが「スーパースターになったほうがゆっくりできるよ」と諭すと、柳原さんもようやく「ゆっくりできるならいいなあ」と納得したのでした。そんなやりとりがとても心に残りました。
 この座談会では、「たまのメンバーはそれぞれにバラバラな存在で、互いに揃えようとしていないのに、なぜか不思議と揃ってしまう」ということが全体を貫くテーマとして伏流していたような気がします。

『別冊イカ天ベスト天』では、1990年7月にアルバム『さんだる』の、1991年になって『ひるね』の、たま自身による全曲解説が行なわれたりもしました。
『ひるね』の中の1曲『ウララ』の解説のさい、「たまの曲の中ではけっこう異質な感じだよね」と評した柳原さんに対して、石川さんが「ちょっとテクノっぽいよね」と応じると、すかさずメンバーから「テクノ?」「どこが!」とツッコミが入って可笑しかったです。
『マリンバ』の解説中に石川さんが詳しく語ったフランスでのエピソードも印象的でした。仕事をしないスタジオ付きフランス人アシスタントと、そのアシスタントを雇っている社長との間で労使のもめごとが勃発したという話でした。(『「たま」という船に乗っていた』でも紹介されていますね)
 ひととおり話し終えた石川さんは、このエピソードを「フランス革命」になぞらえ、それを受けて柳原さんが「今後100年たったら血の土曜日事件として語られているでしょう。私たちはフランス史に名を残す存在になってしまいました」とうまくまとめました。フランスのスタジオでの出来事を歴史的な大事件として結論づける話の飛躍の仕方が面白かったです。(仮面次郎)

(本人より)うわあ、ビデオか何かを見返したのかな?
なんか半分ぐらい本人は忘れてる(笑)。
雪の中の演奏は「激しく動かなければ逆に凍死してしまう!」といったものだった。確か同時に「少年サンデー」のグラビアの仕事が入っていて、雪で作ったかまくらの中で演奏している風を装ったのだけど、こちらはスチールなので「じっと動かないで」と言われたので、その方が辛かった思い出があるな~。

新年会ライブ2008

1月4日、石川さんの「新年会ライブ2008」に行ってきました!
まちに待った関西でのライブでした。しかも、昼と夜の二部構成♪

お昼の部、「ひとり闇鍋」から始まり、ほのぼのと展開されていきました。
「オンリーユー」、本当に良い曲だな…としみじみ思いました。
そして、ソラペコと一緒にまさかの「エチケット番長」大好きな曲なので聴けてよかったです。

夜の部は雰囲気が全く変わって、お下品モード全開(笑)でした。
しょっぱなから度肝を抜かれました。「俺の日常クイズ」で買ったとおっしゃっていた、バーバリーのコートがあんな事に使われるとは!キューピーが一瞬本物に見えました~!!

カフェのメニューも美味しくて、一人で2皿も食べてしまいました。日替わりオーナーなんて、面白いカフェですね。

同じく石川さん好きの夫は用事で来れなかったのですが、勇気を出して一人で行ったかいがありました。新年から楽しいライブが観られて幸せです♪

新年早々長旅とライブお疲れ様でした。また関西に来て下さい!(ぴよまる)

(本人より)昼の部はまぁいつもの感じのソロライブだったけど、夜は完全即興。一応通し券の人とかいるので衣装こそは変えたけど、あとはバンマス(?)のマスター岸田君の無茶ぶりに合わせるのみ。1分後に自分が何をやっているのかも分からない、演奏すらしているかどうかわからない、という趣向。
俺もまさか変質者から刑事になって「石川浩司を探す旅」に出るとは思わなかった・・・。

ハイセンス・シューズ

12月のPascalsの2daysライブの時に購入しました!発売になるのをとても楽しみにしていて、予告の通り2枚組になるとばかり信じていたのですが・・・1枚と知って、がっかり・・・音源・情報量など、ついつい「質より量!」と思いがちな私なもので・・・でも、まとまりの良さを考えて1枚にしました、とマツさんのコメントがあり、そういうことかと納得。石川さんも選曲にたずさわったとか???

パスカルズはライブが楽しいんだぜ!という感じが伝わる一枚だと思いました。ひゃっほう!と盛り上がって終わる曲もあれば、温かな拍手に包まれて閉じる曲もあり・・・。個人的には、Moon Riverの収録されている音源が手に入って、喜びを噛みしめています。(石川浩司派の長女3歳も、この曲の石川さんボーカル部分が始まると、「おっ石川さんだね!」とうれしそうに反応してました。)

パスカルズのライブに誘っていた人にこのCDを聞かせたら、「トランペットはわざと音をはずしているの?あまりに前衛的すぎて、理解できない」と言われてしまい、お誘いしたのにふられてしまいました。私は彼のぱっぱらぱーな感じの音が味なのだと思っていたので、意外な評価でした。でもライブでだれよりも恍惚とした顔をして吹いている姿をみたら、少しは考えが変わるのではないかと思うのですが。

ハイセンス・シューズ。メンバーの皆さん、私は靴より帽子にこだわっている人たちだと思っていました。そんなわけで、タイトルは意外でした。朝の支度をしながら、気分よく聴くCDの一枚になりました。(まんまるちゃん)

(本人より)選曲は俺もかなりやった。何十本ものテープを聞いて○×を付けて。でも「何がいいか」という基準が難しいね。演奏がかっこいいのがいいか、会場のノリがいいのがいいかとかね。
「ムーンリバー」は海外盤では既に発売されていて、ヨーロッパのラジオリクエストとかでは1位を獲得したんだけど、何故か日本盤には未収録だったからね。俺がちょっと強引に入れるように言った。自分がボーカル取ってるので(笑)。
風人さんのトランペットは所謂「ヘタうま」というやつかもね。でも妙な哀愁があってパスカルズには絶対にかかせない「替えのきかない音」だからね。
まだまだ今回収録されなかったいい音源はたくさんあるので、評判が良ければライブ盤の第二弾、第三弾もあり得る。是非宣伝してくらさ~い。

07年12月26日 パスカルズ

2daysの2日目、吉祥寺スターパインズカフェに行って参りました!いつも横浜のライブばかりだったので、吉祥寺でパスカルズをみるのは初めてでした。このサイトでも触れていたように、今回は1階と2階と分煙になっていて、とても過ごしやすかったです。客の入場時、会場を後にする石川さんを見かけましたが、あとになって「日常クイズ」で銭湯に向かっていたことが判明。サイトもきちんとチェックしていると、楽しい発見があるもんだ!
ライブが始まってまもなく、今回お休みだったはずのサラさんが、1階客席にいて踊りまくっていて、またしてもこのバンドのみなさんの寛容さ(?)に感心いたしました。
そして今回の石川さんは、すてきなかぶり物を用意しており・・どれも妙なはまり方をしてました!金髪のかつらは、ああいうおばさん、いそうだなあ。外人男性のかぶりものも、あの微妙な表情が気持ち悪く・・・石川さん、早く脱いでくれないかなあという願いも届かず、まるまる1曲かぶっていらっしゃいました。
金髪のヅラで唄った、メンバー紹介の歌、初めて聞きました。数年ぶりにやります、と言いながらだった曲も他にあったようで、やっぱりライブに来なくちゃいけないな!と実感。10年ぶりだったというマギーズファームは、普段唄わないメンバーさんも前にでてきて自作の詩で唄ったのが楽しかった!そうか、知久さんは四十肩で大変なのか・・・
ちなみに、入場時にパスカルズからのプレゼントで缶バッジをいただき、その足で物販に向かい、ライブ盤を購入。おうちで楽しめるお土産もゲットできるライブでした。
秋口から仕事がとても忙しくてバタンキューで倒れるように寝てしまう毎日で、ライブも行けるかな、と心配なくらいでしたが、むりやり時間作って行った甲斐がありました!次の横浜ライブも行きたかったのですが・・・石川さん、欠席なんですね・・・どうしようかなあ。(まんまるちゃん)

(本人より)当日来られないわけじゃないのに「今回はお客さんになって楽しみたいからライブには出ない」というメンバーをも容認してしまうパスカルズ、自由にもほどがある!?
そうそう、会場でも説明したけどメンバー紹介の曲は、

♪ここはパリのキャバレー それともサハラ砂漠
時はカンブリア紀か それとも未来世紀ブラジル

という歌詞で始まる。これを作った時はまだ海外で演奏することなど夢にも思っていなかったので、あり得ない状況を設定したつもりだったのが、あり得てしまった(笑)。
なので意味が変わっちゃうというかある意味嫌みに聞こえたら嫌なので封印してたのよね~。

ちなみに2月のライブはもうちょっと早く決まっていたら出たかったのだけど、タイに行くチケットを取っちゃった後だったので変更聞かず。残念~!

[「たま」という船に乗っていた。]買って読みました。

石川さんの服装の秘密、たまの結成話、社会現象、解散まで詰まった「たま」の伝記。80~90年代の歴史本。

自分は当時小学3年生で、一人で電車も乗ったことが無く、「裸の大将」と「ドラゴンボール」ばかり見ていたので「たま現象」も「イカ天」も「ライブ」も知らずに自分のテリトリー内でたまを味わえたのはCDのみでした。しかも当時「アルバム」というものも知らず、「さよなら人類」「らんちう」2つのシングルをずーっと取り付かれたように聞いていた気がします。生まれて初めて買ったDCが「さよなら人類」。たまの情報がここで途切れてしまったため、自分にとっては貴重な文献でした。その間はコマーシャルや番組の曲で知久さんの声をちょこちょこ聞いたり、「ピカソ」で石川さん見たり、高校生あたりで[「たま」の本]をブックオフで見つけ、すかさず購入して読んだりです。
[「たま」の本]石川さんの本を読んだ後に改めて読むとみなさんのインタビューがまた新鮮です。竹中さんの遺作なんて知らずに読んでました。
80~90年代という時代に戻りたいです。自分は1980年生まれなので、生きてきているのですが、この本は自分の知らない世界すぎました。
今はインターネットという便利な機能があるのに何故か一生懸命CDショップでたまのCDを探していた自分ですが、この本を読んで解散してると知り大きなショックを受けました。インターネット上でも本、公開してるんですね~。なんて親切。
「裸の大将」が大好きな子供だったので「たま好き」はCDショップで石川さんを目にしたとこから入っているのですが、あの格好はなるべくしてなったオリジナルなのですね~。ずっとコスプレと思っていました。大変失礼いたしました。
最近ケラさんの劇団の舞台を見たのですが、彼のことも演出家、ナイロン100℃としか知らないままでしたので、たまと繋がってしまってビックリだらけでした。

すてきな楽曲を本当にありがとうございます。日本に育ってよかったって思います。
先日イカ天復活番組で歌っている皆さんを初めてまじまじと見て涙を流してしまいました。
そんなこんなで[「たま」の本]の写真で皆さんのイメージが止まっているのですが、ライブにどんどん行って「なまたま」を見たく思っています。
チケットがなかなか取れませんが。

という私的な感想になってしまったのですが、ようやく「たま」の今を知って興奮のあまり書いてしまいました。
体にきをつけてこれからもがんばってください!!(ギョニ)

(本人より)はーい、たまは解散したけどメンバーはみんな個々にがんばってるから是非ライブも観に来てね~。
先日なんかは俺と知久君がいるパスカルズのライブにGさんが観に来たので久しぶりに終演後、3人で少しお喋りなんかもしたよ。
これから膨大なたまやそれぞれのソロのCDやDVDを集めておくんなまし。楽しんでちょっ!

(あえて)イカ天復活祭を見る前の出来事

去る、去年の12月30日。日本中のたまファンが狂喜乱舞した夢の夜。
私は運悪く夜勤で仕事中だった。
あーあ…イカ天、生でみてーよぉー仕事なんかしてる場合じゃねぇよぉー…と全くもって誰にも打ち明けられない文句を何度もひとりごちた。
仕事に行く前に、何度も何度も自宅のDVDレコーダーの予約画面を確認し、「よし!確かに“イカ天復活祭2007”予約した!!」と声に出して指差し確認。録画モードはいつもの「標準」を今回だけ特別に「高画質」にする、というサービスっぷりを見せ、出勤。

いざ出勤しても時計をチラチラ見ながら
あと5時間、4時間、3時間…となぜか緊張までしはじめた。

職場にテレビがあることはある。幸い今日は忙しくない!!
しかし、見ようか見まいかという強烈な葛藤が始まった。
対立したふたつの意見はこうだ。

今すぐ見る派→今まさにこの妙な緊張がほぐれることだろう。ソワソワして常におしっこちびりそうな精神状態で明日の朝まで仕事するのもいかがなものか。
帰ってから見る派→自宅のテレビで思う存分ヨダレをたらし、奇声を発しながら堪能できる。もし興奮のあまりちびっても誰に見られることもない。
そして明日の朝、自宅に帰る楽しみが普段のざっと50000倍となるだろう。

激しい戦いの結果、今すぐ見る派の自分に軍配が上がり、すでに消灯している患者さん用のテレビを、ひとりコソコソと、そしてエレガントにつけた。
(注:私は看護師で、集中治療室に勤務しており、入院中の患者は治療のため、薬で深く眠っている人が大半。つまりは意識のない状態の人が多い。そのため消灯の時間を多少すぎても電気やテレビをつけておくことはままある。今回はもちろん画面は患者から背け、音も最小にしてつけている。ちなみにその時、さしせまって命に危険のある患者はいなかった。誤解されると困るので念のため弁解!)

がどういうわけかTBSだ・け・が映らず!!!!!!!
ガッデム!!ファッキュー!!ブーシット!!!!
目の前で寝ている患者にわびながらも
静かに叫び、頭を掻き毟り、地団太を踏み、中指おったてた。

いかんいかん、落ち着け自分。何をしているんだ。仮にも勤務中だ。
しかもここは集中治療室だ。いくら暇だからと言って勤務中の身だ。
しばし深呼吸。
よく考えろ?出てくるのは全員中年の男性だ。しかもその中のひとりはメタボだ。落ち着け、落ち着け。
そうだ、これは神様が明日の楽しみはとっておいて、その楽しみを糧に夜勤を乗り越えさせようとしてるんだな・・・私ってば!テヘッ!

OK。冷静さを取り戻…

…したかに見えて実は全く、落ち着いていない。
なぜなら・・・そう、そのメタボの中年男性に完全に魅せられているから!!!!あははは!!

ああ!!たまは今、どうなってるの!!?
マスタは、ちゃんとしゃべれたかしら!!(←収録済みなのに)

昼間に実況チャットできたらいいなーみたいな会話を誰かとしてたので テレビみながら器用に参加してる人のひとりぐらいいないか!!と期待をこめてHPのチャットを開く。
なんと、実況チャットが開始されていた!
誰かが「ああ!人間椅子が出てきた!」などとご丁寧に実況してくれる!
「マサ子さんだ!」「フライングキッズ!」「BEGIN!」
そんな会話で白熱。

・・・みんな見てる!!見てないの私だけ!!あはは!!

開始から一時間経過。

まだか!まだたまは出ないか!
そんな書き込みが続く。

「むおおお!さすがひっぱる!ひっぱりやがるぜー!!」とニヤニヤしながらパソコンの前。

すると開始から一時間と数分した頃だろうか。
Nさん「キャーーーー!!!出た!!しかも、この間うちに来た時と同じ服!!」
私「キャア!!で、出たか!ついに!で、で、どどどんな服ですか!?」
Nさん「茶色の、パイル地みたいなシャツ!!」
私「!キャアアア!!そ、それ、一昨日のライブでも着てた!!」
Nさん「キャアア!!同じ服だきっと!!」

その他、チャット参加者が口を揃えて
「マスタ、かわいい!!」の大合唱。

ああ、そんなにかわいいのか・・・いいなぁみんな・・・あはは。

チャット参加者5~6人、そしてなんと閲覧者15人近く(!)

皆がテレビの前で熱狂していたその時。
私はまだ見ぬその中年男性の姿を想像する。
例のシャーツをはおり、時期的に考えて髪は2ミリ~5ミリというとこか・・・ああ、想像しただけで・・・・
なんていういやらしいことは書かない。が、私はその夜、まだ見ぬイカ天の想像を頭の中で無限大に広げ、空想し、翌朝の勤務終了までの残り10時間、気色の悪いえへらえへら顔で働いた。勤務が終了するやいなや、自宅の方角だけを無言で直視したまま、音速を超えた速さで帰路についたことは言うまでもない。 (さっちゃん)

(本人より)確かにあのシャツは全部同じだ。というかテレビの収録、ライブ、Nさん家ほとんど連続してたのでそのまま着っ放し。あははははっ!
「男はこまめに服を着替えてはいけません」が死んだ母の唯一の遺言だったからね。

・・・あっ、うちの母親まだ生きていたっ!!


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