ザ・レポート(36)


今まで石川がかかわってきた全ての活動、つまり「ソロ」「パスカルズ」「ホルモン鉄道」等のライブ、CD、ビデオ、またテレビ、ラジオなどのマスメディア、演劇、書籍、ニヒル牛、コレクション、すごろく旅行、このホームページ、その他とにかく俺がかかわってきたありとあらゆる表現活動の感想、評論、思い出等を募集します。
 既に何かに発表したもの(ミニコミ、ミクシィ日記、ホームページ、掲示板等)の再録も自分で書いたものであれば0Kです。批判やお叱りももちろん構いません。他の人のプライバシーの侵害や、特殊なケースを除き、基本的に全て採用します。何についてのいつのもののコメントかをなるべく分かりやすくして、メールにて題名「レポート」でお願いします。おおよそ10行程度まで5ポイント、それ以上は10ポイントです。裏話等や本人のそれに対する意見や感想なども付けていくつもりなので、気軽に応募して下さいな〜っ。
 例えば俺本人も知らない「こんなとこに載っていた」情報及びその感想とか「すごろく旅行を実際やってみた思い出」など俺にインスパイアされたものでもOKですよ〜ん。

『あの人はいま! 消えた芸能人&有名人 タブーDX』

読みましたよー。

よりによってクリスマスに西新宿でインタビューを受ける石川さん。
たまの解散の理由が「遊べなくなったから」。もちろん解散の理由の一つでしょうが、それまでたまで遊んでいたというのが面白かったです。
デモテープを送り、コンテストに出たのが「イカ天」だけということを初めて知りました。
一つ、間違えを見つけました。
五週目、待ち合わせ演奏後、監督に話を振るとき、勇ちゃんは「凄い瞬間」三宅さんは「意外な曲で来ちゃったね、おい」のあと、「はじめてたまをこう生で見ての印象を」と言われていますが、「最後になんていう歌を」とは、監督に言われていませんね。
萩原さんには「五週目になにもこれを持ってくることは無いんじゃないかと思いますが」とも言われていますが。
ここは編集部のミスですね。

本には、他に、現在タイのバンコク在住という安田忠夫(元小結孝乃富士)さんや、氏神一番さん、元猿岩石の森脇さんも出られていました。

参考文献:別冊宝島編集部編『あの人はいま! 消えた芸能人&有名人 タブーDX』(宝島社、2017)。(わいわい)


(本人より)読んでない・・・。本も送られて来ない・・・。

おとなのなぞなぞ

なぞなぞヒロシさんへ(笑)。
今はほとんど更新されない「あたまグルグルかいてん」。
石川さんの職業は、第一が著述家で第二が音楽家で第三が役者だったのか!

参考文献:石川浩司『おとなのなぞなぞ』(主婦と生活社、2003)。(わいわい)


(本人より)夢中になった順番で言えば作詞・文章書き(中学生より)演劇(高校生より)音楽(高校卒業のちょっと前より)すね。
なのでまさか最後の音楽が本業になるとは思ってなかったっす〜。

朝日新聞1990年6月7日付夕刊

石川さんの言葉。
「バンドブームはいつかは去る。その時に僕らも売れなくなったら、またライブハウスに戻ればいい。僕らは好きな音楽をやり続けるだけです」
「スタジオを借りるお金のこととか心配せずに、やりたい音楽をやれるようになったという点では、プロになって良かった」

戻れる場所があることはいいことですよね。
社会人になってよかったことは、定期券代が出る、家賃補助があるというのもあるもの以上に、コピー、印刷がし放題、というのが魅力的だった(笑)。


(本人より)いや本当、素直にそう思ってた。
俺より他の三人の方がよりその意識は強いかも。俺は映画でもテレビでも呼ばれれば余程違和感のあるオファー以外は受けることも多いが他の三人はより音楽一本な感じだからね〜。

リヤカーマン

リヤカーマンの名前を聞いたのはこれまで計5度。
最初は岩手県のカワヨグリーンYHで見た旅の自由帳。
「君は、リヤカーマンを見たか! オートバイはライダー、自転車はチャリダー、それではリヤカーは? リヤカーマンだ! 現在長万部から函館に向けて南下中!」の文字が。
2回目はリヤカーで日本一周している人が、長野県の自宅へ戻るとき、わずか10数キロ手前のトンネルで交通事故に遭い亡くなったというもうなんとも言えない悲しい悲報。
最初の人と同一人物かは不明。
3回目はリヤカーを引いて世界一周をした永瀬忠志さん。
4回目は同じくリヤカーで世界一周をした吉田正仁さん。
そして5回目が石川さん。
初めて聞いた時は「軍手」の意味が聞き取れず、ネットで歌詞を調べてしまいました。
本当にすごい世界だなあ。。。
私は1番が好き。(わいわい)


(本人より)あの曲がリリースされたの20年以上前かぁ。
曲が出来たのはもっと前だから30年近いね。
突然段ボールの「ホワイトマン」という曲に影響されて「〜マン」という歌が作りたくて作った曲。
たま時代のメジャーでの唯一の俺のボーカルのシングル曲だったなあ。
ちなみに「早い・臭い・弱い」は吉野家の「早い・安い・うまい」を模した。

妖艶ホリデー

レポートは短くてもOKということなので。
昔の投稿を見ていると確かに2〜3行という方も多いですね。
石川さんのご自宅。ちょびっと紹介されております。
駄菓子屋みたい。。。
(9回、27回、32回)。(わいわい)


(本人より)一時期家の中に駄菓子屋を再現した一角を作ってた。
時々そこに籠もってノスタルジックな気分に浸ってたなぁ。

越谷レイクタウン再び

人の記憶というものは不思議なもので、なんていうことのない物が一番印象的になったりします。
昨年のレイクタウンライブ。
私が一番覚えているのは、第二回目ライブの直前、石川さんがクイズで出題されていた洗濯機ホースを振り回していた姿です。

ステージに戻ってくると石川さんがスタンバイしていました。
まだ演奏はしていません。簡易式ドラムセットを叩いていたかどうか、今となっては思い出せません。

やおら後ろのバッグから、ホースを取り出し、ぶるんぶるんと振り回し、じっと見つめて、またバッグにしまいました。
この振り回している姿がとても思い出として残っています。
MCや歌ではなく、なんていうことのない光景なんですよね。

なんでことのない準備姿なのですが。
ちなみにこのホースは、ライブでは使いませんでした(笑)

私は、バックステージや、劇中劇は大好きです。(わいわい)


(本人より)多分それはホースで音がよく出る時と出ない時があって「今日は出るかな?」と思ってまわしてみたらイマイチ出なかったので本番では使わなかったんだと思われる。
普通のライブだとそういうとこはお客さんが入る前に確認するんだけどあそこはオープンスペースだったからリハーサルもなにも出来なかったからねー。
貴重な瞬間だったかもしれんね。

石川さんの「ムーンリバー」

ムーンリバーは、映画「ティファニーで朝食を」で使われていた劇中歌です。オードリ・ヘップバーンが窓際に腰かけながらギターを弾いている名シーンは、私たちの脳裏にいつまでも焼き付いています。
たまのムーンリバーはご存知のように4人がそれぞれ作り歌っています。
そのときの映像が、動画サイトに残っています。かくかく動く白黒で、直前の練習されている所から撮影されています。 よくぞこんな映像が残ってたなと。
前回「レポート」で紹介した通り、この短い歌詞の中でも3人はそれぞれ自分の独自の世界を持っています。
相手がいるGさん、小さい時の悲しい風景の知久さん、旅行記の柳さん。
ただロックを超える反骨精神の親玉であり、頭が良すぎるため社会と折り合いが付けられないはずの石川さんは、「ムーンリバー」の中ではその核弾頭級のエネルギーではない歌詞となっています。大人しい歌詞なんです。不思議です。 いつもランニングの石川さんが、普通のシャツを着ているのも滅多に見られない姿でした。

オードリ・ヘップバーンが主演した映画の中で、マイフェアレディなどミュージカル映画は別人の吹き替えですが、このムーンリバーはオードリー本人が歌っているというのは案外知られていません
ただしややこしいことに、オードリーの弾いているギターは吹き替えであるものの(打ち込みと言った方がいいのかな)、オードリーが弾いているギター・コードはほとんど合っているそうです。なんだかややこしいですね。

このムーンリバーは、パスカルズでも歌われているそうで、一度聞いてみたい。(わいわい)


(本人より)規模で言えば有名なのはたま版では無くてパスカルズ版。と言ってもフランスでだけど。
なんかカレッジチャートの一位になったそうでそれがヨーロッパ公演がその後何度も出来るきっかけとなった曲。
ちなみに前もどこかで書いたけど♪踊りおどーりーながら〜 という僕の歌詞はオードリーにかけてます。

知久寿焼+石川浩司ライブ@チェンマイパヤカ 2014年2月22日 ゲスト・アナーキー吉田、白倉裕美

サワディークラップ、波照間エロマンガ島です。石川浩司さんが毎年2月にタイのチェンマイに滞在することは、このホームページの読者の皆さんならたいていご存知のことだと思います。石川さんはこの時期、日本にいると寒すぎて外出する気が失せるほど滅入るのだとか。そんな大寒中の日本を離れて1ヶ月間、暖かいタイのチェンマイに「逃避」するというライフスタイルがここ10年以上続いています。

最近はそれに加えて、石川さんの盟友である知久寿焼さんもチェンマイに頻繁に訪れるようになりました。わたしは門外漢なので詳しくはわかりませんが、知久さんのライフワークである「ツノゼミ研究」において、チェンマイは絶好の採集地らしいのですね。大学の学会で研究発表をするほどの力の入れようで、ライブの合間に東南アジア各国を勢力的にまわっています。
というわけでここ数年は、知久さんも2月にチェンマイにやってくるようになりました。2月というのは知久さんの誕生月であり、例年は日本でバースデーライブをやるそうですが、このところチェンマイでもライブを開いてくれます。知久さんがライブをやるとなれば、当然石川さんも登場であります。2014年2月は私もちょうど休暇をとってチェンマイに滞在していたので、知久さんと石川さんのジョイントライブを観ることができました。このときは同じくチェンマイに滞在中の「水中、それは苦しい」のアナーキー吉田さん、札幌を拠点にして活動しているシンガーの白倉裕美さんも加わり、にぎやかなライブをパヤカというゲストハウスで行ないました。

石川さんは待ち合わせのゲストハウスのロビーにさっそうと登場しました。散髪屋に行ってきたとのこと。昨日までは破戒僧か乞食坊主のように坊主頭が伸びていたのですが、さすがライブでお客さんの前に登場するときはぱしっと2ミリに刈り込んできまっています。「でも、剃りこみ入れられちゃったよー」と言ってました。カメラを向けるとすぐに893風のコワモテの表情を作ってくれました。

ライブが始まりました。最初に石川さんのソロのパート。途中からアナーキー吉田さんがパーカッションで加わります。この二人のコラボレーションは2008年のチェンマイ自宅ライブ以来だなー、としみじみしました。
石川さんのソロパートが終わり、次に知久さんのコーナー。御馴染みの曲を次々に歌ってくれました。うるうるしました。そして白倉裕美さんを紹介し、知久さんと共演しました。
そして最後に知久さんと石川さんの共演。もう言葉にならないほどうっとり。ご縁がなくて現役時代のたまを見たことはなかったけど、2人の元たまでさえこんなに感動するのだから、1990年代や2000年代に体験したら「キュン死に」しただろうな、と想像しながら目の前のパフォーマンスを味わいました。幸せな時間でした。

あ、手前味噌になりますが、わたくしが毎週ニヒル牛マガジンというWEBマガジンで連載しているブログにこのときの画像を紹介してますので、そちらもごらんになってもらえれば幸甚です。ではではん。 http://rive-gauche.jugem.jp/?eid=157 (波照間エロマンガ島)


(本人より)そんなに前じゃないのに懐かしいな。
是非みなさんもリンク先の写真を見てやってくださいな〜。貴重っす!

たまTV出演ビデオに加えられなかった「やまだかつてないTV」

たまがメジャーデビューした年、テレビ出演を録画していました。
おぼえているのが、ミュージックステーション、夜のヒットスタジオ、番組名は忘れましたが深夜の音楽番組。
ミュージックステーションではさよなら人類を。知久さんのギターの音が出なくなってマイクに近づけていた、の回ですね。
夜のヒットスタジオは当時流行った人面魚と一緒に写る演出で、方向音痴。さらにさよなら人類。最後は石川さんがリコーダーを。このあたりはyoutubeで見られると思いますので今さらですが。
深夜の音楽番組は、知久さんの解説(苦手そうでした)で、おるがん。
あと、ビデオクリップでしょうか、最後、石川さんが線路を歩く夕暮れ時のさびしさに。
これが、自己編集の「たまTV出演ビデオ」の中身です。

このほかに、自分では録画できなくて友達に「たま出るから録画して」と頼んだ番組がありました。それが、山田邦子のやまだかつてないTVです。
後日、録画してもらった番組を見たのですが、出てこない・・・。番組の終わりころに、「歌」と出て、いよいよ登場のたまがさよなら人類を演奏、というかすでに演奏していて、その前で着物を着た人がゆっくり踊っていました。たまが偉い人のところに招待されてもてなされ、曲を披露する、というようなコンセプトだったのでしょうか。
その間、20秒ぐらい。音楽番組のようにトークがあって1曲しっかり演奏すると思っていたので、え? これだけ? と。あまりのショックに、「たまTV出演ビデオ」には入れませんでした。(猪熊猛)


(本人より)そういえばかすかにそんな番組出た記憶がある。
撮影時と実際編集されて流されたものは全然違うことが多いから撮影時にはよく分からないんだよねー。
バラエティ番組はたまの使い方をイマイチ活かせて無かった気もするね。
まぁこっちもやらされてる感も強かったしね。

わっかをなくした天使のおっさんのひるね屋@西荻窪ニヒル牛2(2008年3月17日、24日、26日)

ニヒル牛2。石川浩司さんをプロデューサーに迎えレンタルボックス式のアートギャラリー・雑貨店として西荻窪の住宅街の中に立地していました。2005年から営業していましたが、諸般の事情で2015年12月31日に閉店となりました。ここは系列店のニヒル牛同様に展示スペースを利用して様々な企画が行なわれていたのですが、名物企画のひとつに「天使イベント」というものがありました。正式には「わっかをなくした天使のおっさんのひるね屋」と言います。展示スペースに設えた天使の寝床でぐーぐー昼寝する天使さんを起こして、いろいろリクエストしてパフォーマンスをやってもらうことができます。

(当時の案内より)天使は普段お客に向かってお尻を向けてただ寝ているだけです。起こしたり話しかけたりしてはいけません。
但しメニューがあり、例えば「小鳥100円」「一緒に写真100円」「嘘300円」「まちあわせ(歌)800円」等をオーダーする時のみ、備え付けのフライパンを叩いて天使を起こすと、天使はそれらをだらだらとやります。そんなグータラ天使に会ってみたい方は是非遊びにいらしてください!(案内ここまで)

2007年からこの企画は始まったそうですが、わたしはタイ移住直前の2008年とタイから一時帰国した2009年にお邪魔して、この「天使イベント」を体験しました。2008年は企画にドハマりしてしまい、3回も足を運んでしまいました。

(当時の日記から)
2008年3月17日(月)
西荻窪のニヒル牛2で石川浩司さんの「わっかをなくした天使のおっさんのひるね屋」を観る。天使の格好をして昼寝をしている石川さんがお客さんのリクエストに答えていろいろなことをやってくれる。メニューが非常に多いので覚えきれないほどなのだが、思いつくままに書き出してみると―――
写真撮影(100円)、嘘(300円)、三面相(300円)。以下、値段忘れたもの→リアルいびき、腕おなら、気狂い笑い、気狂い踊り、田中角栄、腹さわり、頭なで、小鳥、歌各種(石川さんのレパートリーのほか、リクエストによって即興で歌ってくれたりする)などなど。
石川浩司ワールドをじゅうぶん堪能した。笑いすぎてお腹が痛くなった。

2008年3月24日(月)
先週月曜に続き2度目の「天使」でした。今回は友人のHさんとご一緒しました。



私は天使さんにこの注文票に書いたものをやってもらいました。
天使さんとの距離は1メートルくらい。すごい迫力です。大笑いの連続でじゅうぶん堪能しました。

サーヴィスメニューで「ひとり闇鍋」が1000円→800円にディスカウントされていたので迷わずリクエストしました。「即興お題歌」は先週も注文したのですが、近くタイ国に旅立つわたしへの応援歌を天使さんに歌ってもらいました。終了時間ぎりぎりになりふと思いついて最後に「喘ぎ声」をリクエストしたら、天使さんは私の座っている席まで来て耳元で喘ぎ始めたのにはびっくりしました。確かに笑いは起こったのですが、一人エッチを家の人に見られたときのような気まずい空気が場内に流れてしまい、その空気を察したのか天使さんは「もうこれで終わりますが、最後が『喘ぎ声』というのもなんなので何かあったらリクエストください」と言って他のお客さんに注文を促しました。最後はお客さん全員で「尻取り」をして遊びました。
ああ、楽しかった。時間があれば毎日でも行きたいくらいなんですが。

2008年3月26日(水)
西荻窪ニヒル牛2でのイベント「わっかをなくした天使のおっさんのひるね屋」も無事千秋楽を迎えました。2週間の会期中3回も行ってしまいましたが「そんなのぜんぜん甘い、毎日通いつめた人もい」たそうです(石川さん談)。そのあと打ち上げに行って石川さんや石川さんのファンの方々と食事をしました。(ばっすいここまで)

この「天使イベント」は大変素晴らしいもので、石川浩司の新たな魅力を毎回垣間見られる出色のライブでした。ところが、ニヒル牛2の上の階に住んでいる住人からの苦情が入り、泣く泣く開催を取りやめたとうかがっています。思い返せば、ニヒル牛2に着く50メートル手前くらいから、天使の歌声が界隈に響き渡ってましたから(笑)、同じ建物にいる人は大音響の歌声が鳴り響いたことでしょう。数年後に単発イベントとして「天使」はたまに開催されたようなので、まだまだ需要はあるものだな、と思うしだいであります。また、天使観たいですよ〜。(波照間エロマンガ島)


(本人より)これは元々俺に何か作品を展示しないかという話があって、でも作品を作ってないので自分を展示しようと思った。
でもただ自分が作品としてそこにいるというのは前衛芸術では昔からよくある手垢にまみれた手法だったのでそこに娯楽性を持たせた。
パフォーマンスを食堂のメニューのようにしてやったら面白いんじゃないかと。
また機会があったらどこかでやってみたいねー。

たまの紅白

今回5クエスチョンや王様で紅白についていろいろ情報を頂いたので、改めて当時の出演を見てみました。

知久さんの右側の謎の人物は分かりました。
柳さんのピアノ位置がかなり低いですねえ。
意外にも語りの部分は無し。
曲の最後の方で、柳さんが足を叩きつけていましたね。なぜなんだろう。そしていつもの「島が見えるよ」。
あまり聞き取りづらいですが「サルになるよー」の部分で知久さんが「お猿さんだよ〜」と言ってました。
曲が終わり、舞台下手から出てきたのは、今いくよ・くるよさんかな。

そして我らが石川さん。
いつもより笑顔。
マダムソースでないことは確認しました。
ラストの笛の部分で、胸からぶら下げた巾着。あれはなんだったんでしょうか?

こういう風に当事者からその時の状況を聞けると、とても勉強になります。
紅白に出たというのはなんともはや凄いですね。(わいわい)


(本人より)まず語りとかいつもより即興の演奏がサッパリしているのは番組進行上「何分何秒」まで正確に時間を決められていたからだねー。リハーサルもしてちゃんと秒数を測られたのでいつものように思いつきの即興は無理。
「島が見えるよ」は普段は客席に空席の部分があると言うのだけど(前方の一番いい席でも「関係者席」だと人が来てないこともあってよく皮肉ってた)、この日は意味が違って、当時NHKの会長として有名だった島桂次(通称シマゲジ)さんのことをさり気なく歌に取り入れた。
胸からぶら下げた巾着は俺が動きながら笛を吹くのでその音を拾う為の無線マイクが入ってたのよねん〜。

石川さんレギュラー決定?

先日何気なくネットをうろうろしていると、石川さんの名前が。
なんだなんだと思って覗いてみると、テレビ東京「ローカル路線バスの旅」の新メンバーでどうかというものでした。
太川さん&蛭子さんコンビは今年の正月で放送された第25弾で終りました。
次の新メンバーを誰なのだろうか、ということで石川さんの名前があがっていました。

確かに旅好きですし、予定を立てず、山下清さんのような放浪する旅です。

どうです石川さん、やりませんか?(笑)(わいわい)


(本人より)へー、そんな発言が。
あの番組は好きで俺もよく見てるよ。
きっと俺は蛭子さんの代わりという立ち位置なんだろうけどイメージと実際はちょっと違うんだよねー。
蛭子さんは天然のところや言っちゃいけないようなことを言っちゃうのが面白いんだけど、俺は確かに不器用ゆえのドジとかはあると思うけど天然というよりは計算しちゃう方だし言っちゃいけないようなことを言っちゃうなんて小心者なのでまず無い。
どっちかと言うと太川陽介さんの立ち位置だということが分かってもらえればねー。
でも俺あんまりタレント向きじゃないの自分で分かってるからね。

ゆとり世代が語る伝説のバンド『たま』(石川浩司編)

いろいろたまや石川さんを紹介されているサイトはネットに多いものの、このサイトはたまを学術的に考察しているサイトです。今回はこのHPを紹介したいと思います。

石川さんは、「核弾頭級のエネルギーを有した存在」であり、音楽のテーマは「反体制だとか不良の心理を超えたマジョリティを押し付ける者への憤りと哀れみ」と紹介されています。そして「個性を伸ばす時代」と言いながら思考の同調を強いるこの国の矛盾に対して、頭が良すぎる故にどうしても折り合いを付けられないのが石川さんだと考究しています。石川さんは、ロックバンドよりもよっぽどロックしている「反骨精神の親玉」的存在なんだそうです。

おおお凄いなあ、ここまで客観的に解析するとは・・・。誰なんだろう。そんじょそこらのファンじゃないぞ。
その上で「学校に間に合わない」「カニバル」「リヤカーマン」「みみのびる」「誰も起きてこないよ」を解題しています。

同時たまというグループは、「大衆に媚を売らず四人が別ベクトルの方向性を世界観として昇華し極め、隠喩100%としてあるがうえに、解釈に関わらず言葉が勝手に言葉通りに存在しているという原始的な「歌」の在り方に、マザーグースのような深層心理を投影した情景がなんとなく同居しているもの」と語っています。そのうえで「詩」が最大の特徴と位置付けています。

柳さんは、他のメンバーが「実存と社会のせめぎ合い」を課題にしているのに対し、柳原氏は「完全に実存に属した先の世界」を舞台とし、歌は一大旅行記であり極上のファンタジーであり「日常からの逃避行」と「冒険」であると話しています。

Gさんは、石川さんは社会の破壊、柳さんは世界中の冒険者としているのに対し、歌の中でGさんは相手としての君がいると主張しています。

知久さんのテーマは一貫して「こども」「自意識」「宗教」。その「こども」の言葉に定義することのできない何かを歌にしている。この何かは「かなしさ」であり、人生が進む中で「かなしさ」がいつまでも根を張り続ける原因である「巨大な自意識」について歌うための寓話的展開が、知久ワールドの奇天烈さの正体だと語っています。

うーん凄すぎる。

参考サイト
http://penguinlove.hatenablog.com/entry/2016/08/11/042859
(2017.1.17 アクセス)(わいわい)


(本人より)非常に面白かった。
「分かってるな!」という部分もあれば「無意識に作ったけどそこまで考えて無かった〜」という部分もあるね。
解釈は人それぞれ。好きに分析して遊んでチョーダイ。

2010年2月8日 タイ・ランパーンすごろく旅行

こんにちは、波照間エロマンガ島です。今から7年前の2月8日、タイのランパーンにて「すごろく旅行」を行ないました。
「すごろく旅行」とは石川浩司さんが考案した旅行スタイルの遊びで、自分がすごろくの駒になって、サイコロの出た目の数だけ進んでそこで下車し、あらかじめ作っておいた「クジ」を引いてその町でいろんなハプニングを起こすという予定なき旅行です。このときは鉄道に乗って出た目を進むのではなく、徒歩で行ないました。

ご存知のとおり、毎年2月石川さんは1ヶ月間チェンマイに避寒に訪れています。そこに石川さんの友人やら音楽仲間やらファンやらが個人旅行でやってきて交流するという、通称「チェンマイ逃避組」という集まりが2008年から毎年続いています。基本的に個人旅行なので日中は自由に行動し、夕食だけは「希望する人は一緒にごはんでも食べましょう」という感じの縛りなしのゆるい集まりです。
2010年は参加者が一時期最高20名近くになり、人の出入りの激しい1ヶ月になりました。そんな中、せっかく石川さんがいるのだからと、一部の有志がすごろく旅行を企画したのでした。1回目は2月6日(土)にチェンマイ市街。2回目は2月8日(月)にチェンマイから鉄道で1時間くらい南に行ったところにあるランパーンという地方都市で計2回企画されました。


参加者は6名(男性4名女性2名)。石川さんと私以外は匿名とさせていただきます。でもいずれもこのホームページの常連投稿者であり、ニヒル牛界隈に出没する有名人とだけは書いておきましょう。

くじを引く順番は年齢順で以下のとおり。

1 Aさん(女性)
2 石川浩司さん
3 波照間エロマンガ島
4 Bさん(女性)
5 Cさん(男性)
6 Dさん(男性)

今回のすごろく旅行はランパーン限定で徒歩で行なうことにしました。サイコロは一つ振り。出た目の数だけ道を進んで行きます。基本的に通り抜けられる道を1つとして数えました。私有地などの通り抜けが出来ない道は数えません。くじは全員が3つずつチェンマイからランパーンへ行く列車内で書き集めました。進む方角はサイコロとくじを引く人が決められます。

朝8時にゲストハウス前に集合しました。そして8時45分チェンマイ駅発バンコク行き列車でランパーンに向かいました。午前10時54分、ナコーン・ランパーン駅着。トイレ休憩をしてそこからのスタートとなりました。

第1投 Aさん サイコロの目 1

ランパーン駅前から象さんの噴水のある駅前ロータリーまで歩きました。そこでくじを引きます。

《くじ》突然やまびこの街。さぁ周囲を見回してみよう。素敵な山々が見えるではないか。なんだかむずむずしてきたぞ。このくじをひいた人が「ランパーン、やっほー!!」と叫んでみる。

■駅前のロータリーだったので、山は見られませんでした。そのために近くの建物の鉄塔に向かって叫ぶことにしました。Aさんの大絶叫がランパーン駅前にこだましました…。

第2投 石川浩司さん サイコロの目 4

■数日前にチェンマイすごろく旅行用に作ったサイコロの形が変形してきて出る目の確率が均等を欠いてきたので、途中で雑貨屋さんに入りサイコロを買うことにしました。

《くじ》焦点が合わずうつろな表情をして移動する。(極力しゃべらないこと)

第3投 波照間エロマンガ島 サイコロの目 5

■皆さん、焦点が合わないうつろな表情を「作っ」ていましたが、当日はあまりの暑さのため、夕方時分になると皆ナチュラルでうつろな表情になってしまいました。でもこの時点ではまだ余裕があります。

《くじ》 参加者に話しかけるとき、下品な言葉を使ってください。

第4投 Bさん サイコロの目 4

■発せられた下品な言葉たち。
「くそ野郎ども、歩き出そうぜ」「次のサイコロは誰が振りやがるんだい」「九州弁の『ばい』みたいに語尾に『ち〇ぽ』をつければいいち〇ぽ」「行きやがれ!」「この下司野郎!」「ここ行クンニ」「ぐしょぐしょになっちゃう」「おい、Aも何か下司な言葉いえよ」「Aの口から下司な言葉聞きたいぜ」「おめぇの口が半開きになって下司な言葉を言うのが楽しみだぜ」等々。。。
(もっと下品な言葉も発せられましたが、文字には書き起こしませんでした。印象的だったのは女性参加者のBさんが下品な言葉をことのほか言いまくっていたこと。全員大爆笑)

《くじ》生き物にさわる。

第5投 Cさん サイコロの目 4

■ちょうど時刻が正午前後だったので、食堂を探しながらのくじとなりました。各人とも何か生き物がいないか、地面や街路樹を凝視しながら移動してました。

《くじ》豪快に蟹股で高笑いしながら歩く。

第6投 Dさん サイコロの目 4

■くじをやっている途中で食堂が見つかったので、昼食休憩をとりました。

《くじ》いちばん若い人がいちばん年配の人に意味なくポカスカ殴られる・・・・・・・・・。 嘘。涼しい場所で恋愛話を一人づつする。現在進行形の恋愛話が望ましいがしんどい人は過去のものでもよし。

第7投 Aさん サイコロの目 5

■ちょうど道路を渡ったところにコーヒーショップがあったので入って涼みました。コーヒーを飲んである程度クールダウンしたところで、恋バナを一人ずつしていきました。内容はオフレコなので記しません。

《くじ》いちばん若い人がいちばん年配の人に1000バーツ払う・・・・・・・・・。嘘。次の番まで後ろ向きに歩く(但し、店に入ったときは普通に歩いてよい)

第8投 石川浩司さん サイコロの目 4

■大通りからソイ(小路)に入っていくと、そのソイが予想を裏切って、中でぐるりと一周して元の大通りに戻ってくるというハプニングがありました。その間、メンバーは黙って後ろ向きにひたすら歩いていました。

《くじ》風呂敷をもって端を全員で持って歩きます。風呂敷にものが落ちてくるまで続けます。

第9投 波照間エロマンガ島 サイコロの目 6

■自然に落ちてきそうな樹木の枯葉や庭先に咲いている花を求めて、風呂敷を広げ住宅街の中を歩き回りました。しかし、なかなか自然に落ちてくる葉や花はありませんでした。ある樹木の茂る廃屋ふうの建物の前で5分間ほど粘りましたが落ちてくる気配なし、仕方がないので、人為的に木を揺さぶって枯葉を落とそうとしましたがそれも失敗。棚の上に一枚だけ乗っかっていた枯葉をふーふー吹いて落とそうとするも失敗。銀色のフェンスの奥に生えている樹木を揺らしてひらひら落ちてきた葉っぱを風呂敷でキャッチしてやっとくじは完了しました。
ちなみに紫色の風呂敷をもって上を見上げながら歩く一団は目を引いたらしく、建設工事中の労働者のオジサンに見られたり、通りがかりの車が停車して木の上をのぞきこんだりしたのが印象的でした。6人が力を合わせて風呂敷にものが落ちてくるよう苦闘して最後に葉っぱが落ちてきたのには達成感を感じ、わたくし波照間はひそかに感動していました。こんなばかばかしいことを大の大人がやって俺たち何やっているんだ、と思いましたが。

《くじ》 ランパーン川柳 。見聞きしたものを即興で川柳に詠む(歩きながら)。

第10投 Bさん サイコロの目 4

■ランパーンで詠まれた川柳
「風呂敷を広げて疲れひと休憩」(石川浩司さん)
「やらせより自然にまかせりゃよかったな」(Cさん)
「サイコロの出る目ひとつに目を開き」(Dさん)
「細長いちんぽがたくさん生っている」(石川浩司さん)
「暑すぎて歩くのやだな帰りたい」(Cさん)
「ワイパーが離れすぎたる意味成さず」(石川浩司さん)
「階段を昇って駅から離れてく」(波照間エロマンガ島)
「この先は家がなさそうデンジャラス」(石川浩司さん)
「あれは何 スーパーマーケットなのかしら」(Aさん)
などなど。

《くじ》衝撃!尻太鼓の街

ホルモン鉄道に乗り続けるわれわれは、タイのランパーンの町で日本古来の尻太鼓をむしょうに叩きたくなった!尻太鼓の節のある1番を愉快に歌う。

尻太鼓音頭を愉快に歌うメンバー。

■第10投のくじをやっているときに中古自転車屋さんを発見、実用自転車好きのAさんを筆頭に店に入ってウインドーショッピングしたことも追記しておきます。

第11投 Cさん サイコロの目 1

■サイコロを投げようとしたとき、Cさんが自分のかばんに異変を発見。それはあるメンバーが仕掛けたドッキリだった。。。

第12投 Dさん  サイコロの目 6

《くじ》各自ばらばらになり、商店などでもっとも経年数の高い商品をさがして、お土産に持ち帰る。

■商店のない地区だったのでくじの実行ができず、後で市内に戻ってから行なうことにしました。

《くじ》10分間ばらけて付近で自分だけのお気に入り観光スポットを見つけてくる。10分して戻ってきたら、その観光スポットがいかにオススメか皆に説明する。

■くじをひいたところは焼畑が行なわれたばかりの畑と荒地のような場所でしたが、各メンバーは10分間ばらけて、オススメ観光スポットをさがしてきました。最初にオススメスポットを発表したのは石川浩司さん。ランパーンでいちばん珍しい草花、「鋼鉄の草」を紹介。

■2番目にオススメスポットを紹介したのは、Dさん。まだ煙の出ている焼畑を前に「ここはランパーンでも有名な立ちションスポット」と紹介。途中参加者の質問攻めにしどろもどろになる一幕もありました。

■3番目に紹介したのは波照間エロマンガ島。地面にあいた穴を指して、「これは学術上の新発見である姿形がコロボックルなみに小さいコビトの妖精MONO族の集落である」と説明しました。「なぜMONO族なのですか?」という質問には、発見した4人の学者の頭文字をとってMONO族なのだと返答しました。近くにもうひとつあった穴は外敵の侵入をさせないカムフラージュ用だそうです。

■4番目にオススメスポットを紹介したのはCさん 。コンクリートの床の上に瓦礫で作られた「スポット」という文字を指して、日本人観光客を誘致するための「観光スポット」だと説明しました。

■5番目にオススメスポットを紹介したのはBさん。100年間に渡り現在も続いている戦場スポットに生える不思議な木「くすのき・サン」を紹介。焼け野原になってもこの木だけは焼けずに残っていて、木の周りを右回りに3周して目を閉じると先祖が見えるという言い伝えがあると説明しました。

■最後にオススメスポットを紹介したのはAさん。「皆さんを半地下の素敵なバーに招待しましょう」と言って連れて行ってくれた場所は・・・・・・。
道路わきの凹んだ水の張ってない用水路にあった土管でした。そこには酒瓶がたくさん並べられていて、バーとして繁盛しているそうです。(夜はMONO族の人たちがお酒を飲みに来るとか、この土管を入って歩いていくとさっきのMONO族の穴から出てくるときには体が小さくなってしまうとか、皆さん想像力を働かせていろいろ発言していました)

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ここで時間になったのでサイコロ降りは終了し、第12投でDさんが引いたくじの買い物をするためにランパーン駅方向に戻りながら店があったら入るということにしました。

午後5時15分頃、ランパーン駅到着。午後6時11分発のチェンマイ行きの列車が70分遅れという情報があり、午後6時まで自由行動のあと、ランパーンで夕食をとることにしました。午後6時駅に集合し、駅前の屋台村で食事をしました。

各メンバーが買ってきた「経年数の高い商品」は・・・

石川浩司さんが「3Dの花をあしらった風景画」
波照間エロマンガ島が「一見、薬に見える中国茶」
他は失念。

そして予定から90〜100分遅れのチェンマイ行きの列車に乗り、また2時間近くかけてチェンマイに戻りました。

その日の石川さんの言葉の中で印象的だったもの。「今日はケラさんと緒川たまきさんの結婚式なんだよね。ケラさんに招待されたんだけど、でもこの時期チェンマイに来てるからって泣く泣く断ったんだけどね。でもタイでこんな馬鹿馬鹿しいことやってるんだから、人生面白いよね」と。これは一同爆笑しました。
気温が30度以上になる炎天下でのすごろく旅行でしたが、とても思い出深い旅行となりました。 あらためて参加して体験を共有してもらえた皆さんに感謝します。ありがとうございました。(波照間エロマンガ島)


(本人より)タイの灼熱の中でのすごろく旅行。ランパーンという見知らぬ町で風呂敷をバッサバッサやる謎の男女・・・。
俺の走馬灯の中にまたひとつ映る景色が増えた。
みんなも友達数人集めて是非やってご覧。絶対に印象に残る旅になるよ〜!

サイバーニュウニュウ “ダイナマイト★不ユカイ”

見ました見ました! サイバーニューニューのPV。
いいですねー。こういうの大好き。
お約束というか、わざとらしいというか、とにかく大好き!!!!

猫ひろしさんが走ってきたり、なべやかんさんや氏神一番さんが出ていたり、石川さんがおにぎり片手に襲ってきたり(笑笑)。
本当にこういうコントみたいなPVは大好きです。
歌より、映像の方が凄い印象に残っています。メカエルビスさんごめんなさい。

くっきーさんていうんですね。てっきり、芋洗坂係長かと・・・。(わいわい)


(本人より)実は撮影はひとりずつ行われてるのでサイバーニュウニュウ以外の他の出演者たちには会ってないんだよねー。
ちなみに俺は撃たれたけれど「アチッアチッ」と弾を手で払ってるだけなんで死んでないっす。(本当はそこから逃げるシーンも撮ったのだけどそこはカットになってた)