ザ・レポート(17)


今まで石川がかかわってきた全ての活動、つまり「ソロ」「パスカルズ」「ホルモン鉄道」等のライブ、CD、ビデオ、またテレビ、ラジオなどのマスメディア、演劇、書籍、ニヒル牛、コレクション、すごろく旅行、このホームページ、その他とにかく俺がかかわってきたありとあらゆる表現活動の感想、評論、思い出等を募集します。
 既に何かに発表したもの(ミニコミ、ミクシィ日記、ホームページ、掲示板等)の再録も自分で書いたものであれば0Kです。批判やお叱りももちろん構いません。他の人のプライバシーの侵害や、特殊なケースを除き、基本的に全て採用します。何についてのいつのもののコメントかをなるべく分かりやすくして、メール(ミクシィメッセージの方がより嬉しい)にて題名「レポート」でお願いします。おおよそ10行程度5ポイント、それ以上は10ポイントです。裏話等や本人のそれに対する意見や感想なども付けていくつもりなので、気軽に応募して下さいな〜っ。
 例えば俺本人も知らない「こんなとこに載っていた」情報及びその感想とか「すごろく旅行を実際やってみた思い出」など俺にインスパイアされたものでもOKですよ〜ん。

「小説 画びょうレストラン」を読んで

〔2008年、ある日の日記より〕 アパートの部屋でタイ語の勉強をしていると、頭が疲れてきたので気分転換にと日本からもってきた雑誌「車掌15号」を何気なくぺらぺらページをめくって眺めていた。すると、なんと!石川浩司作、「小説 画びょうレストラン」が掲載されていてびっくりした!1995年、今から13年前に買い求めた雑誌であるが、石川さんの小説のことはきれいさっぱり忘れてしまっていた。
なにげなくもってきた古い雑誌の中に石川さんの作品があった偶然に興奮し、読み返してみた。

「妊娠した。結婚10年目で初めての子供だ。私の名前は塔島ひろみ。今年33才になる。夫はアングラな音楽家だ。…」

という書き出し。この小説の読者の大多数(雑誌の性質上、おそらくは9割以上か?)がこの小説の主人公である「私」とは、今読んでいる雑誌「車掌」編集長の塔島ひろみさんであり、「夫のアングラな音楽家」はとうじ魔とうじさんであり、なおかつ作者は「たま」の石川浩司さんである、ということを知っている。そういう前提から小説が始まっている。非常にシンプルかつストレート、モデルはこの人ですよ、と最初の1行目から高らかに宣言しているのだ。塔島ひろみの中に石川浩司が入って塔島ひろみを操縦している、といったイメージを想起してしまった。昔、長新太のイラストにそんなのがあった。塔島ひろみさんにはお会いしたことはなく、何冊かもっていた「車掌」という雑誌の中でのイメージしかないので、そのイメージが勝手に膨らみだし動き出していくので、小説は読みやすかった。
読みやすい、というのは、ここに書かれていることは「小説」という体裁をしているが、設定やエピソードの何割かは、実は本当のことかもしれないですよ、という読み手の個人的興味をうながし、自動的にある方向へ誘導し頭の中にインプットさせる装置が働いているということだ。世の中の多くの小説家は、小説を書くにあたって、この装置を自分で作りながら書き進めなければならない。世界観の構築と物語の時間的推移を同時にしなければならないのだ。この点を、小説家の河野多恵子さんは「現代文学 創作心得」の中で、「小説の創作とは、音楽に喩えるなら、作曲と演奏が一つになって成り立っているものである」と自説を述べていて、とても合点がいったことがある。。
はてさて、ここで物語の内容を書くのは控えるが、クライマックスに登場する、北陸出身の「大谷」という同僚教師が出てきたのを読んで、声を出してゲラゲラ笑ってしまった。なんというウチワの小説だろう!でも、読んでいてすこぶる面白い。これは、中学生のときに授業中にクラスで友人とまわしあっていた、同級生が出てくるインチキ小説と同じテイストだ、と思い出した。
石川さんの才能を再認識したひと時であった。 (波照間エロマンガ島)


(本人より)そうそう、まさに授業中にクラスで友人とまわしあっていた、同級生が出てくるインチキ小説っす。
ちなみに中学生の時、担任を主人公にしたエロ小説を書いて職員会議にかけられたこともあるな。あれは学校中の騒ぎになったなあ(笑)。
あとこの号の「車掌」は画びょう特集号で(何という特集!)、最初から編集長に「タイトル『画びょうレストラン』で小説書いて下さい」という指定があったことを付け加えておきます。

友川カズキ氏のライブにて

先日、友川カズキさんのライブに行ったんですが、そこで友川さんと永畑雅人(ロッケット・マツ)さんが石川さんの話題で盛り上がるという、自分にとってはとても嬉しい出来事があったのでご報告させていただきます。
いつか、「友川カズキ&イシマツ」もしくは、「友川カズキ&パスカルズ」が実現して欲しいと思いました。
ちなみに友川さんもつげ義春ファンとのこと。

友川 「あっ、そうだ!雅人さん映画出てるんだよね?何かで見たぞ!大林監督の。どういう映画なの?」
永畑 「長岡の花火を題材にした映画ですね」
友川 「山下清は関係あるの?ほら、長岡の花火と言えば山下清じゃん」
永畑 「ありますよ。で、その山下清の役を元たまの石川浩司君がやってて…」
友川 「おぉ!あの三上寛みたいな人か!へぇぇ!で、彼は主役なの?」
永畑 「いや、主役じゃないみたいです。僕まだ観てないんでよくわからないですけど」
友川 「タイトルは何だっけ?」
永畑 「えーっと、この空の…下? すいません忘れました」
友川 「出た人がタイトルわかんないってどういうことよ(笑)でも、石川さん完全に山下清だよね、どう考えてもさ(笑) 俺たま好きだったんだよ。『着いたー!』とか叫んでる人でしょ?冬でもランニングだったよね(笑) じゃあ皆さんどうぞ観てくださいね。タイトルは知りませんけど(笑)」
永畑 「すいません(苦笑)」
友川 「まあ、大林監督と長岡で検索すればインターネットの時代だから何とかなるよ。でも私はパソコン無いから雅人さん電話ください(笑)」
永畑 「あ、この空の花だったかな?」
友川 「いやー、石川さん観てみたいね。ところで石川さんと三上寛を並べて見たことある?」
永畑 「二人で記念撮影してるのを間近で見たことならあります。本当に兄弟みたいでした」
友川 「ほぉー」
永畑 「で、石川君は三上寛さんの歌を聴いて、これなら自分にも出来ると思って音楽を始めたらしいですよ」
友川 「ほぉー、素晴らしいね、その感違いは。でも、何で太鼓になっちゃったの?」
永畑 「いや、歌もたくさん歌ってるんですよ」
友川 「あぁ、そうなの!しかし、『着いたー!』の掛け声のタイミングは本当に凄いよね!」
永畑 「そうですねー」
友川 「あれ、タイミング外れてるでしょ? 全然リズムと関係ないところで叫んでる。あれが良くてさァ。あれは凄い難しいのよ。あんなふうに外すには本当に才能いるのよ。あれが凄い好きなんだなァ!」
永畑 「僕もそう思います」
友川 「石川さんとはお会いしたことないんだけどね、えーと、パスカルズのもう一人誰だっけ?」
永畑 「知久君ですか」
友川 「そうそう、知久さんは何度か会ったことあるけど、暗ーい人でね。なんか地面から半分だけ出てるような…」
永畑 「普段は石川君の方が暗いと思いますよ」
友川 「えぇっ!そうなの!?ほっほー。雅人さん、暗い人たちとやってるんだなァ」


(本人より)はははっ!
ちなみに「三上寛さんの歌を聴いて、これなら自分にも出来る」は歌のことじゃなくてギターで難しいコードが弾けなくてもなんとかなるのかー、ということね。
あと俺も友川さん会ったことあるんだけどな〜。まあ俺、印象に残らない地味〜な存在だからね。
そして俺の暗さ、バレてたかー。
ひとりでいる時間、大好き。キャハハッ!

たま写真集「きゃべつ

今さらながら
たま写真集「きゃべつ」を入手。

貯金ばかりではいけない。
たまには自分にご褒美を。
夜中にェイヤ!と
ワンクリックで購入。
わりと大きなお買い物。
少々罪悪感に苛まれる。

だが自宅にそのブツが届き
そんな気持ちはどこへやら。
大人って素敵!と
感激すること限りなし。

しばらく表紙を眺める。

するとそこにはもう
物事を窮屈に考えてばかりの
大人の私は姿を消していて。

そのかわり
自由な『たま』の4人を
キラキラした瞳で見つめる
中学生の私がいた。

ひとしりき眺めたあと
少し古い匂いのする紙を
ゆっくりとめくっていく。

どんな場所なんだろう?
どんな会話をしてたのだろう?
どんな気持ちだったのだろう?
どんな世界が見えたのだろう?

答えのない問いかけが
たくさん生まれてくる。

ひとつひとつの写真。
ひとつひとつの文字を
ゆっくり見つめながら。

その時間、その場所、その雰囲気を
ひとり想像して、感じようとする。

そこにいきなり文字ばかりの
ページが現れる。
4人それぞれの対談。

興味津々な気持ちをおさえつつ
じっくり読みこぼさないように
顔をゆっくりとスライドさせる。

知久さんの世界に憧れ。
柳原さんの話にうなずき。
滝本さんの人柄に微笑み。

石川さんの………
あ、あれ?え?えぇ?
た、対談相手?
こ、こ、この………人!?

怒涛の如く現れた荒波に
私の穏やかな世界は
動揺を隠せない。

すぐさま助けを求めるが
大人の私にも手ごわい相手だ。

いや、大人になってしまった
からなのか。何なのか。

焦る気持ちを落ち着かせ
無理に理解しようとするな、と
とりあえず文字を追っていく。

するとそんな焦りはどこへやら。
みるみるうちに
石川さんの世界へお邪魔できた。

開かないと思っていた扉は無く
扉どころか境目なんかも無い
とても開放的な空間が
そこには広がっていた。

そして対談をドキドキしながら
読み進めていく。

ここで申し上げておくが
最後にどうなるとかそんなものは
はっきり言って無い。

いや、もしかしたら稀に
理解できる!なんて人が
いるのかもしれない。

もしかしたら石川さんは
この対談に何かしらの
メッセージを
込めているのかもしれない。

だが、私には理解は難しく。

そんな私に
起こったことと言えば
これくらい。

◎いくぶんかの時間が
少し過ぎたこと。

◎多少目が疲れたこと。

◎意味を求めることが
無駄なこともあるんだと
思う気持ちが生まれたこと。

つまり結局は
とても有意義な時間を
過ごせていたのかもしれない。

全体的な
アンバランスさがとても良く
見終えたあとのこの感覚が
何とも言えず心地良い
たま写真集「きゃべつ」。

何を求めること無く
ぼんやりと
そしてじっくりと
今日もこの本を眺める。

なぞなぞ女王(中尾亜矢子)


(本人より)まぁ俺たちの写真集が出るだなんて当時ですら冗談にしか思えなかったな。
それはともかく写真を見て自由に想像して欲しい。
それは本人の本当の思いよりも写真が真実を語っていることだってあるから。
対談は、その時から「なんじゃこりゃ」をやりたかった俺のひとつの表現・・・というとおこがましいな。
まぁ苦笑してお納めくだせ〜。

YouTubeより

私は最近、YouTubeで好きな音楽検索して、好きなバンド動画と一緒に、検索結果にでた似てるけど違うバンド、「これ好きだったらお前も好きだろ。オラ」みたいな感じで暴力的に表示される動画を数珠繋ぎのように見ていくのが好きなのですが、いつものように検索かけて、ずっと見ていても、その当時、中々心にぐっとくるものはなく、もう飽きていて「何か…何か刺激はないのか」という人生20年くらいしか生きてない私が、膨大な音楽データを前に刺激を受けられず、やる気も果てそうなくらいうんざりしていたころ、たまたま「たま」(洒落ではない)に繋がって見ましたらば、雷が直撃したような、全身にとんでもない衝撃を感じて、かなり感動して、それ以来暇があれば「たま」暇があれば「パスカルズ」を聴きまくっております。(もちろんCDも学生の身分ですゆえ地道に買ってます。許してね)
よく考えると、何年か前に、懐メロランキングみたいなので、「さよなら人類」を聴いていて、あのCDを借りるんだなんて思いながら、たま、なんてメモしたような覚えがうっすらあるようなことを、初めて聞いた訳じゃないことを、石川さんのランニング姿で思い出した訳ですが、数年ぶりの感動に人間も、音楽も、出会いというものは不思議であり、必然であるんだなとなんだか感動致しました。
それから色々調べていって、皆さん解散されていて、だいぶ残念な気持ちになったのですが、ソロ活動が楽しみで、これも地道に皆さんのを楽しむしかないなと思ってます。でもたまには、また二人でも、三人でも組んでやってみてください。コーラスが欲しくなったりしますから。ただ、以前よりもずっと、身近にきけそうで、私としてはすごく嬉しいんですけどね。
石川さんは、メンバーのなかでも、より、身近に感じるここのサイトもそうで、FBとか、チャットとか頻繁にされてるわけですけど、そういうとこ、普段から楽しめていいですね!
コメントのこと考えたら、大変そうで吐き気しちゃうくらいだけど!!
石川さんその丁寧でマメな感じすごく尊敬します。
ちょっと前に石川さんに私のFBページにコメント頂いて、なんだか天に登る勢いで、喜んだんですけど、嬉しいものですよ。
ありがとうございます。
実は昨日から投稿を始めたのですが、これからも、ご飯おごってもらうために?(なんかツイートでポイント制だと知った)
投稿し続けたいと思います。活動しててくれてありがとう石川さん!
そして、知久さん、滝本さん、柳原さんも。皆さんに感謝!おかげさまで、楽しい毎日です。(ぷす)


(本人より)まぁパスカルズでは知久君とツインボーカルやコーラスする曲もあるけどね。
こういうことでリアルタイムでは知らない世代が聴いてくれて、さらに現在のライブにも来てくれる。
実は思った以上に若いお客さんも多いので嬉しいんだよね〜。
コツコツと投稿頑張ってポイント貯めて、一緒に飯食おうぜっ!

第2回旅館貸切ライブin六日町八ツ峰養魚 2012・5月4日〜5日

第1回のときよりもお客さんがいっぱいでした。みんなで20〜30人くらいかな。1回めはわたしを含め3人。わたしも家族を連れていきましたがほかにも子どもさん連れの方がいました。オープニングアクトはpetenさん。女の子の声をした男性でした。アニメとかヤンデレとか中条きよしの「うそ」を歌ってくれました。ヘンなひとだあ、どん引きしましたが打ち上げの時に彼が新潟の小千谷に昔住んでたとか名刺にわたしの地元の食堂のカレーの写真が使ってあったりとか‥大盛りで有名‥、ヤンデレとは何かを教えてもらったりとか、となかなかの好青年でした。あとはちくわ定食さんのライブ、石川さんソロ、ちくわさんとライブ企画者のU田さんとのセッション‥と続きました。昔懐かしい「耳のびる」、『家族」とか聞けてよかったなあ。途中ヘンな虚無僧が出てきて子どもたちはびっくりしてました。打ち上げも最高で、うちのおとなしかった主人が石川さんの好きな高円寺の食堂に自分が学生のとき毎日のように食べに行ってたとわかるや大盛り上がり。歳も4つしか離れてないので「隣で食べてたこともあったかも。」って嬉しそうでした。次女はちくわのお姉さんを「かわいい〜。」と言い、似顔絵を描いてプレゼントし、帰るときには一緒に写真まで撮ってもらいました。長女は「こんなに楽しい五月の連休は今までなかったよ!」と言ってました。それにしてもさすが石川さん、幾度とないちびっ子たちの妨害‥?にもめげずライブを最後までがんばってくれてありがとう〜。わたしたち家族は眠くなり、12時ころ部屋に行きましたが夜中の2時くらいまで実際ライブはあったみたいです。翌朝は朝食を済ませて、用事もあったので柏崎に帰りましたが、みなさんは六日町の朝市かな?に行ってお土産とか買って観光とかもしていたようです。あ〜、もうとても濃い2日間でした!日常生活に戻れるかなあ?(natsuko)


(本人より)家族でありがとう!
子供の機嫌取りに風船を飛ばしたらライブ中ずっと風船が飛び交ってたね(笑)。
でもそれがある種の効果音になり、この日この時だけの特別なライブになった気がするな。
俺は3時頃まで飲んで食べて時々演奏しとりました。
あ、新潟銘菓のブルボン菓子も毎度ありがとー!

「たま」という船に乗っていた

「たま」という船に乗っていた、を読ませて頂きました。
実は、たま及び石川さんのことを知ったのはつい最近のことで、あまり知識のないまま読みはじめました。
しかし石川さん本人の言葉で石川さんから見た「たま」というバンドを知ることが出来たので、結果的には知らないまま読んで良かったと思います。

たま結成あたりの章は読んでいてとてもワクワクしました。
こういう青春ってイイな〜と思います。
スケジュールはキツキツで、生活も(金銭面からいえば)ギリギリの中で、好きなことを精一杯楽しめるってかっこいいです!特にパジャマからスーツに早着替えして車で帰っていった滝本さんのエピソードには痺れました!
考えてみると、私の憧れている人たちはみんなやりたいことをやっている人なんです。
それはすごく難しいものだと思い込んでいたのですが、石川さんの文章を読んで、もっと気楽に考えていいんじゃないかと思いはじめました。
石川さんの文章からは、好きなことをやって得られたもの、楽しかったことなどが強く伝わってきました。
だから私も堅く考えないでまずは行動してみよう!と意欲が湧いてきたのです。

イカ天に出演してからの反響などは単純に「すごいなー!」と思いました。
ウィキペディアで「たま現象」という言葉を見てもいまいちどれほどのことが起きたのかイメージが掴めなかったのですが、四章〜七章を読んで当時のたま人気について理解を深めることが出来ました。
海外レコーディングのお話も面白かったです。
日本の審査は顔パスだったのに向こうの入国審査では不審者扱いの知久さんとか、マドリッドで迷子の柳原さんとか(笑)
実は私も去年思いつきで海外旅行に行ったとき「さり気なくロンドンを歩く私」に酔いしれて道に迷ってばかりだったので、意外な共通点を見つけられて嬉しかったです( ^^ )

本書の締めくくりも素敵ですよね。
それぞれの道を歩きはじめていく希望と不安、ずっと隣で支えてくれる人がいるという安心、のようなものを感じました。

つい先週、一夜でたまにハマってライブに行こう!と意気込んでネット検索したらすでに解散していることを知りショックを受けたばかりの私ですが、今でもみなさんそれぞれご活躍なさっているようなので嬉しいです。
これからみなさんの生演奏、聴きに行きますねっ。
サイトやブログも小まめにチェックしますねっ。
とりわけ石川さんのHPはコンテンツが多く、しかも内容が濃いのでかなり読みごたえがあります(笑)
怖いものやお店コレクションは地元の写真がちらほら紛れていて驚きました。
読者参加型コンテンツではどうやらポイントを貯めるとご飯を奢っていただけるようですね!
10000ポイントで貰えるお宝も気になりますが、一名限りなのでもう無いでしょうか…?
とにかく明日からはりきって投稿しまくりたいと思います!! (吉田)


(本人より)たまも解散から約10年、デビューからは20年以上経ってるから若い人が知らないのは当たり前だよね。
でも全員今でもソロやいろんなバンドで相変わらず活動してるので是非観に来てね!
考え方を変えればたまの時よりも4倍も観るものがあるということでもあるからね。
投稿もお待ちしておりま〜す!

2012年2月27日(月)高円寺「円盤」DEBUDEBUレコーディングライブ

僕は27日に「円盤」のライブに行きました。石川さんの楽しい歌がきけると思ってドキドキして行くとびっくりしたのが、これは「ライブ」じゃなくて「セッション」だ、と始まった時に気付いたのです。以下が僕が感情を動かされたところです。
一、はじまってすぐ、「俺は何でも叩く!」といった石川さんがギプスを叩き出したところ。
二、セッションが始まったとたん、それまで温厚なおじいさんに見えていた今井さんがcrazyおじいさんになったところ。ひとしきりcrazyを乱射したあと、いすにドタッともたれかかって、目を開けてるだけみたいな顔をしているのが本当にcrazyだとおもった。
三、石川さんがおしりでピアノを引いていたときのうつろな目。
四、キューピー人形をギプスにはさんで、「こんなところをイシャに見られたら〜お仕舞いだ」と言ったこと。
五、曲の途中で石川さんがいきなり「昔僕は高円寺のアパートに住んでてそこの大家さんが共産党で選挙の時期になると赤旗をもって家に来てました。」と関係ない話をして演奏にもどったところ。
六、休憩時間、「ポル・ポト派があれだけの人を殺せたのはむこうの人たちは抵抗するよりもすべてを受け入れて死んでいった方が来世で幸せになれるという宗教上の理由があったからなんだよね―」という世間話をしていたところ。
七、考えすぎてまったくでてこなくなりました。
八、以上です。
僕はこのごろ、何にも気にせずに楽しめて笑えるものはもうテレビにはないとあきらめて、伊集院さんなどのラジオに行っていました。目で見るもので、笑うだけ笑ったのは本当に久しぶりでした。ありがとう。ニューホルモン鉄道、きいていますよ。
僕はまだしびれたままです。もう困ってしまってパスカルズのチケットも取ってしまったのでした。さよなうら。 (お猿)


(本人より)まぁセッションでもトークでも生でやればライブというんだけど、今回はゲストの日比谷カタンさん(この人も日本よりむしろ外国で有名)を迎えて、三人の全く打ち合わせなしの二時間の即興。
即興と言っても普通は延々演奏だけだから、途中に紙芝居が入ったりお客さんに大根食べさせたりは珍しいかもね(笑)。
もしかしたらお猿くんはライブというものに来るの初めてかな?
もしそうならこのDEBUDEBUというユニットはかなり変わったユニットだということは覚えておいた方がいいかも。
俺もソロでもパスカルズでもホルモン鉄道でも、基本的には持ち歌や持ち曲をやるからこんなに何も決まってないデタラメセッションはこのユニットでしか出来ない。
逆に言うと二度と同じ事は出来ない一期一会の最たるもの。
これはライブのある意味醍醐味を濃縮しているかもね。滅多に出来ない経験をしたと思うよ。
是非いろんなライブを見てみて「あのライブがいかに特殊だったか」を知ってねっ!

妖艶ホリデー銀幕劇場「モボモボ探検隊」撮影秘話

「ニヒル牛マガジン」 http://nihirugyubook.but.jp/ で毎週日曜日連載中の「石川浩司 妖艶ホリデー」を知らない人は、このホームページの読者諸兄におかれましてはそうとうのモグリかと存じますが〔笑〕、2012年2月12日の同ページはモダンボーイの淺井カヨ郎氏を特別ゲストにお招きして、妖艶ホリデー銀幕劇場「モボモボ探検隊」が発表されました。撮影とアートディレクションは映像デザイナーのデニス氏。
そもそもこの企画がもちあがったきっかけは、淺井カヨ郎氏が石川さんにモダンボーイの格好をしてもらい、南国タイのチェンマイでポートレイトを撮影させてほしいというリクエストから始まったものでした。
石川さんはこの申し出を快諾、淺井氏は石川さんのために実際に大正時代に作られた探検帽を2個日本から持参、そのほかにもモダンガール、モダンボーイ用衣装などをたくさん詰め込み、氏の籐でできたボストンバッグは満杯になってしまったほどだといいます。ちなみに以前にも石川さんがモダンボーイの姿で撮影した写真は存在し、石川さんのDVD「石川浩司 ライブ・イン・チェンマイ」のカバーケースで観ることができます。

さて、2月某日撮影は行われました。最初にモダンガールの衣装に当時のメイキャップを施した数名の女性がゲストハウスのロビーに現われました。この女性たちは同時期にチェンマイに滞在していた女性たちで、「モダンガールになってぜひ写真を撮って貰いたい」と熱烈にリクエストをしてのおでましなのでした。ところが、そのときだけはなぜか淺井カヨ郎氏はどこかへ消えてしまい、代わりにどこからか日本モダンガール協會代表の淺井カヨ氏が登場、女性たちに大正から昭和にかけてのモダンガールの立ち居振る舞いや写真撮影におけるポーズのとり方、目線のおき方などを懇切丁寧に指導していました。そして探検帽にロイド眼鏡、ちょび髭をつけ、開襟シャツに黒いずぼんをはいた御大石川さんが登場し、女性たちと一緒に撮影をしました。その模様は2コマ目に見ることができます。次に植民地にいる中華系の召使という設定で、不肖わたくし波照間エロマンガ島がバナナの葉を石川さんの日よけとして持っている写真を撮影しました。わたくしが着ている衣装はその前夜ナイトバザールで購入した、淺井氏のイメージにもっとも近いタイの民族衣装です。これが1コマ目の写真。
次にチェンマイ市内にロケーション撮影を敢行しました。旧市内に100年ほど前に建てられたタイ北部様式の木造家屋が残っている街区があり、そこへ行って撮影しました。街を歩きながら目に付いたジャックフルーツの木や中古車工場など思いつくまま撮っていきます。最初はゆっくり歩いていたのですが、そのうちに石川さん以外の撮影クルーがもっとよい景色はないかと夢中になってしまいどんどん歩いていき、足を骨折をしていて速く歩くことが出来ない石川さんを置き去りにしてしまうほどでした。石川さん、ほんとうにごめんなさい。
そしてデニス氏が撮影に使えそうな藪〔やぶ〕のある空き地を発見、そこで2人のモダンボーイ、石川さんと淺井カヨ郎氏の出会いと抱擁、そして大団円のシーンが撮影されました。淺井カヨ郎氏の身に着けているすべての衣装・小物類は、1920〜30年代に当時のモダンボーイが身につけていた当時のものだというのには驚かされました。
さて、撮影が終了しその後わずか2日ほどのあいだに行われた映像加工作業でのデニス氏の凝りに凝った無声映画風アートディレクションの素晴らしい出来栄えは言うまでもないことでしょう。石川さん、淺井カヨ郎氏〔もちろん皆さんご存知でしょうけど、その実態は淺井カヨ氏〕、そしてデニス氏の才能が結集した奇跡的なコラボレート作品がこうして完成したというわけでした。あー、楽しかったー。そして笑ったなー。(波照間エロマンガ島)

(本人より)今回の撮影は準備からすると半日くらいもかかり、その分本当にいいものが出来たね。
特に淺井カヨ氏のこだわりは凄く、プロ根性を感じたな〜。
毎回このくらい力を入れて撮影出来たら良いのだけど、国内で毎週連載だと時間的にも内容的にもなかなかここまでは出来ないのが実状です。
お金にもな〜んもならないのに、いい大人が良く遊んだ。
こんな馬鹿・・・いや素晴らしい人たちに囲まれて幸せ也。
関係者各位には本当にありがとうございました!

2012年1月29日(日) Music Lovers (日本テレビ系 23:30〜23:53)

今回はJUN SKY WALKER(S)スペシャルライブ!
更に、『ついたー!』でお馴染み、「たま」 のあのメンバーも登場! (番組HPより)

『80年代バンドブームを牽引し、伝説となったロックバンド。15年の時を経て、今年完全復活!』 との番組内容。

そのコーナーに、『80年代 90年代のバンドブームを大特集!』 がありました。画面には、CDシングル『さよなら人類』のジャケットが映っています。

23:38〜23:39(約1分)

『「木星についた!」で社会現象になったバンド』 『たま/♪さよなら人類(1990年)』 のテロップとPV映像。
画面右には『第3代グランドイカ天キング 1990年この曲でメジャーデビュー いきなりオリコン初登場1位』 の紹介。

一緒に口ずさむゲスト達のワイプ。石川さんの『着いたー!』(PV映像)にスタジオからは笑い声が漏れます。

『そんな たまのメンバーに逢いに・・・』 から西荻窪『ニヒル牛』店内(紹介なし)で作家『KINO4TA』さんの人形を手に持つ石川さんの後姿へ。
突撃訪問、そこには・・・という演出(笑)。

2画面構成で右に『さよなら人類』PV(不鮮明)、左に『パーカッション担当 石川浩司(現在50歳)』 のテロップと共に現在の石川さん。

そして、インタビュー。

Q.バンドブーム当時は・・・? (ゲストの千秋さんから「変わってなーい」の声)

『とにかくこーう、イカ天に最初に出た日の前と後で人生がガラッと変わったというか・・・』

『普通に声かけてくれたら、こっちも返事のしようがあるんですけども、やたらあの僕が歩いていると後ろから「ついたー!」 「ついたー!」・・・ そういうことがよくありました。あははは』

スタジオも大爆笑。

最後に『ついたー!』 と現在の石川さん。

画面がスタジオへ変わると話題は氷室京介さんのことへ・・・。

今回はコメントのみのご出演だったため、現在のご活動や『ニヒル牛』の紹介が無かったことは仕方がありません(残念)。
逆にバンドブーム(「本物が認められた時代」と解釈)の代表格として扱われたことに、ファンとしては誇らしい気持ちです。(デクノボー)

(本人より)一分の出演でも実はコメントは30分ぐらい撮っている。
その中のどこが使われるかは放送まで一切わからない。
そういうものなのよね〜ん。

円盤国際映画祭2011 出品作品 映画「藤色のドレス 〜ブルボン家の悲劇〜」 (エーツー 2コ監督・脚本・演出/約17分)

運命を定められた二人の少女の悲しい物語。
親友として成長してきた二人の少女を待ち受けていた運命とは。彼女たちはその残酷な運命を・・・続きは見てのお楽しみ!

「石川浩司」さんは、後に彼女たちと深い係わりを持つであろう謎の人物「ブルボン伯爵」を演じられています。

他にも、「リーベ」さん、「2コ」さん・「白江亜古」さん・「かぶら木たかお」さん・「石川ある」さん・「田口史人」さん・「ジョニー大蔵大臣」さん・「ひろか」さん・「ななを」さん・「中村美春」さん・・・などの豪華出演陣(パッケージ掲載順)。

映画本編に加え特典映像(未公開シーン・予告編・カブラギ先生)も収録(撮影:工藤淳一氏・エーツー)。※セクスィー・シーンもあり(?)。

構成や演出において、間違いなくN○K大河ドラマ『平○盛』の上を行く作品です。
製作側が楽しみ、更に視聴者を楽しませるエンターテインメント・ムービーです。(デクノボー)

(本人より)俺の出番は多くないが、見る人が見れば豪華な布陣!
普段演技なんてしないあの人が演技を!を楽しむ映画かも。
主題になっているブルボン菓子はエーツーが結成10数年、ずっと追っている息の長いテーマ。
是非機会があったら(あんまりないけど)見て下さいな。
九州に住んでる人はデクノボーに見せてもらうのが一番早いかも?
陰の見どころはおそらく通常こういうものには出演しないニヒル牛店長・石川あると円盤店長・田口史人さんがほとんど兄弟に見えるところ。
「店番顔」というものがあるとしたらこれかもしれない・・・。
あとは特典映像のカブラギ君を骨の髄までお楽しみ下さい。
ミュージシャンでもなんでもない、一般人の俺の30年来の友人!

2011年10月29日(土) 関ジャニの仕分け∞ (テレビ朝日系 19:54〜20:50)

関ジャニ∞(横山裕さん、渋谷すばるさん、村上信五さん、丸山隆平さん、安田章大さん、錦戸亮さん、大倉忠義さん)と最強ものまね軍団(コロッケさん、コージー冨田さん、原口あきまささん、荒牧陽子さん、福田彩乃さん、中川家礼二さん、神奈月さん)で、仕分け対決をするという内容でした。

仕分け対決2番勝負

第一回戦 20代 or 40代 仕分けに続き、

第二回戦 一発屋芸能人 仕事の日数仕分けへ。

20時20分03秒〜 テーマは、『仕分け対決 第二回戦 一発屋芸能人 先月の仕事が15日以上 or 未満 仕分け』です。
『仕分けルール』は、『かつて一世を風靡した芸能人8組の中から先月の仕事日数が15日未満の4組を仕分けろ』というもの。

そして8組の中の�枠に、上から黄色いパスカルズのTシャツ・ハイビスカス模様のピンクの半ズボン・赤い靴下・黒いスニーカー姿の石川さんが並ばれています。
8組全員が怒ったような暗い表情(?)です。

 �ダンディ坂野 2003年ブレイク
 �長州小力 2005年ブレイク

 �石川浩司 1990年「さよなら人類」がヒット ミュージシャン 元たま

『さよなら人類』のライブ映像と共に紹介。『着いたーっ!』の掛け声がお茶の間に流れます。(当時28歳)

『当時は音楽番組など1日に20もの取材を受けることもありました。』のナレーションが入ります。

ここで、画面いっぱいに石川さんのアップ。(現在50歳)

 �髭男爵 2008年ブレイク
 �波田陽区 2005年ブレイク
 �氏神一番 1990年「お江戸〜O・EDO〜」がヒット
 �ゆってぃ 2009年ブレイク
 �テツandトモ 2003年ブレイク

質問項目は、選択肢の中から選ぶようになっています。
 Q.最高月収と現在の月収の差は?
 Q.最近のイチ押しネタは?
 Q.最近多い仕事内容は?
 Q.ヒットした曲の売り上げ枚数は?

20時27分10秒〜 関ジャニ∞の1番手として横山さんが質問をされます。

質問の相手は、同じミュージシャンの石川さんと氏神一番さんが選ばれました。

横山さん:『芸人さんて意外と仕事をしているなっていう部分を見ると、やっぱミュージシャンの方どうなんやと。』

ここで再び、待機中の石川さんと氏神一番さんの暗い表情(アップ)にカメラが切り替わります。

横山さん:『一番最高で何万枚売れたのか教えていただいてよろしいですか?』

�石川さん(アップ):『えーと、「さよなら人類」っていう曲が、たぶん70万枚ぐらい、だった・・・。』

�氏神一番さん(アップ):『えーと、デビュー曲の「お江戸〜O・EDO〜」で40万枚ぐらいですけど。』

横山さんは興奮気味に、『大丈夫やろ、逆にな。だからその曲で土・日ライブさえやっときゃ・・・、違うの?』と確信された様子です。

このヒントを元に横山さんが選んだのは・・・石川さんです。

『�番の たま さんでいきます。』

選択の理由に、『ヒット曲はやっぱり僕らも知ってますし、ライブとかを土・日だけやってるイメージが。だからその時にバッと稼げるから、他に仕事せんでいいんじゃないかって。』とお話される横山さん(1981年生まれ)。

指名され、別室からスタジオへ登場する『怖い』顔(演出)をされた石川さん。

『めっちゃ怖い』の声と『怖っ』のテロップが入ります。

横山さん:『あなたは一ヶ月の半分も仕事をしていません。』

石川さんは手にドライアイスの消火器を持ち、当たれば握手・ハズレればそのドライアイスを噴射する決まりです。正解は・・・?

右手を差し出す横山さん。

長い溜めのあと、『怖い』顔のままで横山さんに歩み寄り・・・満面の笑顔で握手をされる石川さんと、ガッツポーズの横山さん。

ニコニコ顔の石川さんがアップで映ります。そして、同じことを思った人が全国に大勢います。

『じーじいい笑顔だった!お茶の間の心さらった!』(桃さんのツイートより)

石川さん:『俺、働くの好きじゃないんだよね。』

スタジオは爆笑。『良かった、優しい人で』の声も聞かれます。

[石川浩司が仕事をした日数=11日]

横山さん:『ライブとかやられてますよね?』

石川さん:『やってる、やってますよ。はい。』

横山さん:『大体、いつやるんですか?』

石川さん:『土・日ですね、そりゃ。』

期待通りの答に、『見てみろ、ほらー』と大喜びでアピールする横山さんと、大爆笑のスタジオ!

ここで重要なナレーションが入ります。

『定期的に行っている音楽活動を中心に先月11日仕事をした石川浩司さん。』

映像には、『イシマツ』ライブ(マツさんの背中が映る)で『オンリー・ユー』を歌われている石川さん。

仕事をした日数合計 11日
ライブ(オーケストラ「パスカルズ」・ソロ「出前ライブ」) 8日
芝居(LA・TATAN舎のお絵描きサーカス団) 1日
映画の撮影(「この空の花」 監督:大林宣彦 山下清役) 2日

画面には、なんと! 大林監督に演出を受ける山下清役の石川さんの写真が! つまり、ランニングに半ズボン姿の復活です!

『先月は大林宣彦監督の映画に、風貌がそっくりな山下清役として参加。』

映画の中で演奏されるシーンが挿入されていました。

『音楽活動以外にも活躍の場を広げています。』 〜20時30分11秒

3分間の石川浩司・オン・ステージでした。

ちなみに仕分け結果は、

 �ダンディ坂野 15日以上
 �長州小力 15日未満
 �石川浩司 15日未満
 �髭男爵 15日以上
 �波田陽区 15日未満
 �氏神一番 15日未満
 �ゆってぃ 15日以上
 �テツandトモ 15日以上 でした。

本職はミュージシャンにもかかわらず、他の芸人よりもスタジオの爆笑をさらっていく石川さん。
緩急のある演技が素晴らしく冴え渡る、俳優としての見せ場もありました。

もちろん、『怖い顔は演技でした』ということは言うまでもありませんね。石川さんが優しいことは、このレポートを読んでくださる方には百も承知。
そういえば、先日の問題はこのことだったのか・・・。

11/10/12・昨日はなんだか怒り顔ばかりしていた。
何の為に? (ヒント・「妖艶ホリデー」の撮影ではありません)

正解 テレビの収録

ディレクターからそういう指示が出ていたので。
ただ何の番組なのかは事前告知NGということなので残念、お知らせ出来ません。
とりあえず今月末予定、地上波、ゴールデンタイムということが言えるギリギリっす! (『俺の日常クイズ』より転載)

たまたま番組表から『関ジャニの仕分け∞』の公式サイトを閲覧(次回番組内容告知更新後)し、ゲストの中に石川さんの名前を発見。危うく見逃す所でした。

そして・・・。

ただこれ本当は「レコーディング、リハーサル、芝居の稽古、打ち合わせ等は含まず」なのです。なので人前に出てない仕事は一切換算されてないんですよね(笑)。 (『着イッター!』より転載)

いや宣伝と小銭稼ぎです。ただ「一発屋」とは打ち合わせにも台本にも一切なかったから受けた仕事なんだけどね。 (『着イッター!』より転載)

なるほど。演出の妙・・・な演出ですね。
石川さんや他のメンバーの現在を知る者にとっては、精力的に音楽活動をされていることは周知の事実。逆に10日を超えて働かれると、無理はしないでと思ってしまうファン心理。

とにかく、最新の石川さんをライブ以外で拝見できる良い機会だったことは間違いありません。
これから、映画のプロモーション活動(主役より脇役の方にインパクトがあります)も増えそうですね。(デクノボー)


(本人より)本当はこの撮影には2時間くらいかかっているので、相当部分がカットになってるね。
当然俺も他の出演者ももっとたくさん喋ってるしリアクションもしてます。
あとは「俺の日常クイズ」11/10/30のところにちょっと書いたので読んでおくれ。
しかし・・・すげえ詳細なレポート、ありがと!

「妖艶ホリデー」チェンマイ篇〜撮影秘話

石川浩司さんがグラビアアイドルとなって癒しを与えてくれる、ニヒル牛マガジン「妖艶ホリデー」の更新を楽しみにしている方も多いかと存じます。
毎年恒例となっている2月の石川さんのチェンマイ逃避の期間中はどうなるのかなと思っていたら、「妖艶ホリデー」の共同製作者である石川あるさんは、同時期にチェンマイに行く映像ディレクターのデニスさんをカメラマンに指名、第十九回から第二十三回までの5週に渡って「チェンマイ篇」を現地からお届けするという企画を発表しました。読者としては「グラビアといえばやっぱり南国だよなー」と妙に納得、うれしくなったものでした。
さて2011年2月初旬、石川さんとデニスさんがチェンマイに到着した晩、部屋で飲みながらさっそく「妖艶ホリデー」のアイディア会議(という名の馬鹿話)をしました。デニスさんの考えてきたいくつかの案に、石川さんやチェンマイ滞在中の友人たちといっしょに話を膨らませていきました。そんな感じで5回分のアイディアは肉付けされていきました。以下、各回の隠れたエピソードなどを個別に紹介いたします。

第十九回 「チェンマイ 北方の薔薇 前編」
2011年2月4日に撮影は行なわれました。ロケ場所は日中部分はチェンマイ有数の古刹、ワット・プラシンとワット・チェディールアン、およびその周辺。夜間部分はシリマンカラジャン通り周辺。

一人二役の石川さん、その女性役のほうの人が身につけている金髪のかつらと赤いムームー(に見えるが実はシャツ)は、わたくし波照間エロマンガ島の私物です。5コマ目と9コマ目は波照間がスタンドインで出演しています。また11〜13コマ目はカメラマンのデニスさんが石川さんと手をつないでいて、13コマ目はデニスさんの腕の剛毛が写っています(笑)。

第二十回 「チェンマイ 北方の薔薇 後編」
夜間部分は2011年2月12日撮影。撮影場所はチェンマイ逃避にきていた友人某さんの部屋。一人二役の石川さんが愛を貪りあうシーンはカメラマンのデニスさんと石川さんがベッドでとっかえひっかえ上になり下になり撮影し、はたから見ていて笑いが止まりませんでした。デニスさんはシャッターを押す瞬間カメラを微妙に震わせ、ピンぶれの生々しい写真を生成することに成功しています。「サヨナラ」というルージュの伝言はクレヨンで描いたもの。大の大人が真剣に馬鹿なことをやっているのは見ていて感動的でした。

第二十一回 「同じ感じでやってみよう! in タイ」
これは撮影時期が広範にわたります。1〜2コマ目は「北方の薔薇 前編」の日中セッションと同じ時に撮影。3〜4コマ目は2011年2月18日に日帰りドライブに行ったチェンマイの北方80kmの町チェンダオにて撮影。5コマ目は2011年2月1日に撮影、モデルは友人S子さんの愛息のTくん。4日前に2歳になったばかりですが、うつぶせの態勢で寝てしまったので撮ってしまいました。シーツに「SEX」という文字が見えます。そして別の日に石川さんに同じ態勢になって撮影したわけでした。モザイクなしのお尻の割れ目を至近距離で見せられて、その夜は寝つきが悪かった記憶があります。

第二十二回 〜緊急袋とじ企画〜「チェンマイの怪人!」
賛否両論の問題作となった作品。石川さんの顔を虫でうずめつくすというもの。これは当初からアイディアはあったものの、否定的な反響が多いのではないかと撮影と公開を躊躇していました。チェンマイ逃避組のメンバーに「むし展」を主宰している造形作家のIさんという人がいて、彼いはく「虫の写真をブログに掲載しただけでアクセス数ががくんと落ちて元に戻らなかった」と怖ろしいことを言ったりしてました。そんなわけでニヒル牛マガジン編集長の2コさんと相談して、あの二重の「袋とじ」ができたのでした。
2011年2月13日撮影。ベッドに横たわる石川さんの顔の上にその場にいたみんなでよってたかって虫をのせながらデニスさんがそのさまを撮影していきました。ちなみに虫はローカルの市場で食用として売られているものです。逃避組のメンバーの中に虫料理好きの女性がいて、撮影終了後、虫をひきとって部屋に持って帰って食べてました。

第二十三回 チェンマイ特別編「プールの休日」
2011年2月20日撮影。実はその前日、男性1人女性4人の大人数グループが日本に帰国し、全員40代以上の中年のおっさんばかり4人が残ってしまいました。ヤケになったというわけではありませんが、ホテルのプールに行こうと誰かが言い出して、おっさんの一人が滞在していたアマリリンカムホテルのプールで日中のんびり過ごしながら撮影しました。ここには掲載されてませんが、おっさん3人がプールの中でニコニコ笑っている写真をデニスさんが仲間うちで公開するや反響が大きく、デザイナーのJ子さんなどは一時期、PCの壁紙にしていたほど惚れ込んでいたといいます。

・・・というわけで、「妖艶ホリデー」〜チェンマイ篇は、まさに「ホリデー」の空気が出ていた傑作グラビアだと信じて疑いません。石川さんの演技の引き出しの多さには舌を巻きました。あと、デニスさんの仕事の早さにも驚きました。撮影セッションはあっというまに終わり、残りの時間はビールを飲んで馬鹿話をしていた印象しか残っていません。あらためまして、関係各位に御礼を述べたいと思います。 (波照間エロマンガ島)


(本人より)あの撮影は馬鹿馬鹿しくも楽しかった。そうそうそうだった、とこれを読みながら相槌を打ちました。
今度は象が踏んでも壊れないアーム浩ちゃんでもやるか!?
また来年のチェンマイも期待していてくださいな〜!

2007年3月9日(金)パスカルズ@初台DOORS

(mixiに書いた日記に一部加筆しました)
昨年7月のパリ、今年1月24日の横浜サムズアップに続き、またまたパスカルズのLIVEを観に行ってきました。会場の中でその音楽の中に身を置くと、聴覚を含む五感のすべてが刺激されまくり、多幸感でいっぱいになる大好きな楽団です。
編成は、弦楽器ヴァイオリンX4、チェロX2。バンジョー、ギター(アコースティック&エレクトリック)、ウクレレ各1。トランペット1。ドラムス、パーカッション各1。ピアニカ&トイピアノ1。そしてバンドマスター(ピアニカ&エレピ)1。
14人編成からなる音像はかなりの迫力です。何人かのメンバーは複数の楽器を受け持ち、ピアニカやカズー、トイピアノ、リコーダー、自転車のベル、スライドホイッスルなど、耳に優しい可愛い楽器の音も聴こえています。ホールにpppからfffまで響きわたります。
平均年齢が40代中盤から後半というアダルティーな楽団です。でもバンマスのロケット・マツさんはじめ、みな実年齢よりはるかに若く見えます。
元たまの石川浩司さんと知久寿焼さんが参加しています。石川さんはバンドのパフォーマンス部門を一手に担っていてステージの上を自由気ままに動きまわり遊んでいます。今回いちばん笑ったのは、曲の最中に石川さんが歌い始めようとスタンドマイクの前に立つもタイミングを逸し、照れ笑いするのを3回くらい繰り返し、気がつくと曲が終わっていたというギャグ。これは石川浩司のエンターティナーの面目躍如たる瞬間でした。
あと、熟女好きな私としては、弦楽器の女性たちに目移りしっぱなしですww。
というわけで、次回もきっと追いかけて観に行くことでしょう。
[追記]
去年8月のホルモン鉄道ライブで見かけたモダンガールのようないでたちをした女性(浅井カヨさんというらしい…)をまた会場で見かけた。。。 (波照間エロマンガ島)


(本人より)パスカルズ女性メンバーの中では誰がお好みですか?
本人に伝えておきます。
もしかしたら近々あなたの家をノックする女性がいるかもしれません・・・。
(毛虫おじさんだったらごめんなさい)

野球 たま たまグローブ座ライブ VHS・80min 発売元:株式会社 アクシック '91・4・5 定価4,300円(税込)

1990年12月、東京パナソニック・グローブ座にてライブ収録されたものです。

オープニングでは、グラウンドで野球をしている「たま」の映像。準備運動では一人だけ帽子を被っていないおかっぱ頭の知久さんと、ストレッチをくすぐったがる石川さん。
外野に打ち上げられた「球」を、アニメばりの俊足で追い掛け「グローブ」でしっかりとキャッチする柳原さん。
「グローブ」の中に納まる「たま」。だから、「野球」。

 1. 牛小屋(2:15) アルバム「ひるね」と同じく、1曲目はこの曲。曲が終わると「こんばんは」と知久さんが挨拶をされました。

 2. 夕暮れ時のさびしさに(4:11) 1テイク目をNG。舞台を縦横無尽に渡り歩くドラムの石川さん。他の3人も慣れた様子でうまくかわします。

 3. オゾンのダンス(2:40) ステージが暗転。青い月夜の照明の中、レノマ(?)のメガネをかけている柳原さん。このライブでは、石川さんは「マンホール」と叫ばれています。

 4. 学校にまにあわない(8:00) 休む間もなく前曲に続きます。パワフルな歌の中にも、しっかりとした演劇的な要素が盛り込まれたストーリー仕立ての曲です。
「でも、やっと一つだけ見つけたよ。でもそれは、水前寺清子の365歩のマーチのレコードだったんだー」

 5. 日本でよかった(4:54) Gさんがヒゲを生やされた顔で静かに歌われます。「ゆらぎ」のある気持ちのいい声です。

 6. おるがん(5:10) 続けて知久さんのアップへ。夜の帳の下りた町の、ある一室にアンティークの照明が灯る演出です。ゆったりとした曲の中にも、石川さんの正確なドラムが緊張感を与えてくれます。

ここで再び野球のシーン。
打撃・バッター 知久寿焼 背番号2 TOBO NEJI ヒット

打撃・バッター 柳原幼一郎 背番号7 TOBO NEJI ピッチャーフライ

 7. カニバル(2:28) 青い夜をイメージした照明。「森のー」から赤い照明へと転換。石川さんから力強さが伝わってきます。

 8. かなしいずぼん(6:31) 暗い照明の中、柳原さんの手に集中するカメラの映像。語りの部分でステージ前へと出てくる石川さん。
『奥さん。あんた、うちの玄関の前に巨大なバナナ、置いたでしょ? 20mもあるかのような巨大なバナナ、玄関前に置いたでしょ? あれから・・・サル、そう、サルがうちの玄関前に群がっちゃって、キーキーキーキー言って、もううるさくて、しょうがないんだよ! でも、まあね、サルはバナナを食い尽くしたら、ちゃんと公務員になって市役所に出かけたから、まあ、サルの問題は片付いたんですが。ただ、サルが食い散らかしたバナナの皮のことですが。古今東西からの伝統のように、これがまた、よう滑りまんねんやぁ。うちの息子は「学校に行ってきまーす」って言ってうちの玄関を出たのはいいんだけど、その巨大なバナナに足とられて。で、またそれで転びゃー良かったんですけどね。ただ、うちの息子はみょーにバランスが良くて転びもしないで、そう「ルームランナー」のように、ずーっとずーっとバナナの皮の上をつるつる滑ったまま同じ所をずーっとずーっとずっと走り続けておりまして。もう、かれこれ70年は経ったでしょうかねぇ。もううちの息子もすっかり老いさらばえて、学校になど行かなくていい年になったのに、まだそれに気付かずに「学校にまにあわない、学校にまにあわない」という悪夢を見続けておりますん、やーっ!』(2:08)

素晴らしき即興(?)語り! そこには小さいながらも確かに、観客の脳裏に不思議な世界が広がります。まるで、石川さんの魔法にかかったかのように。

打撃・バッター 滝本晃司 背番号1 TOBO NEJI ヒット

打撃・バッター 石川浩司 背番号3 TOBO NEJI セカンドゴロ。しかし、セカンドの送球エラーで2塁へ。欲張り3塁を狙うも挟まれ・・・。

 9. マリンバ(3:53) 明るい照明にカメラがメンバーの表情を映します。柳原さんはわざとカメラ目線を保ちます。「マッリンバ」で腰を縦に振る石川さん。可笑しな石川さん。

 10. 家族(4:10) もちろん石川さんのアップ映像。真っ直ぐに正面を向き、手元も見ずに演奏をしながら歌まで歌う石川さんの技量が冴えます。後半、イスの上に立ち上がる石川さん。

 11. 金魚鉢(4:28) イスに座りギターを弾く知久さん。リコーダーと両足に鈴の石川さん、ピアニカの柳原さん、ベースに集中するGさんの映像。しんみりとしながらも、個々の音の大切さが感じられる曲です。

 12. むし(5:06) ヒゲの無いGさん。暗いステージに、Gさんのみに当たる照明。効果音に徹する石川さんの姿。ハーモニーが美しい知久さんの女性のような声。

 13. 海にうつる月(3:43) 薄暗いステージで静かに演奏をする、白いトレーナーシャツに丸いハット姿のGさん。この映像は「ビデオクリップ集」にも収録されています。

 14. さよなら人類(6:45) 「たま」の代名詞とも言えるこのヒット曲。長い溜め(47秒)、「ごめん。もう1回。」と言うと「家族」のイントロを弾き始める柳原さん。そのまま「さよなら人類」の歌い出し「二酸化炭素を吐き出して」へ。

「大晦日はコタツで転がるものぞ 大晦日は誰にも邪魔されず 〜渋谷の方向には行きたくないぜ」

柳原さんの心の声が表に出てきたフレーズでした。それほどまでにお疲れだったのだと思います。

そして「着いたーっ!」 巾着袋(マイク)を首に掛け、ステージ中央でリコーダーを奏でるお茶目な石川さん。

「どうもありがとう」と挨拶をされる知久さん。ステージ中央に集まり客席へ頭をを下げられる4人。ステージ袖へ向かう「たま」。

予定の曲は全て終了。ですが、会場中から熱い「アンコール」の声・声・声!

アンコールに応えて再び登場! 客席からは「キャー!」の黄色い歓声。

 15. おやすみいのしし(2:50) 珍しくGさんもノリノリの様子。ステージ上を右へ左へと移動しまくる4人。再び挨拶へ。客席前列の女の子にピックを渡し頭を触る優しい知久さん。飛び跳ねながら退場される柳原さん。

最後はグラウンドの整地をするメンバーの姿。

エンドロールは、「ビデオクリップ集」より「方向音痴」の映像。

まさに、世の中に「たま」現象が起きていた当時の映像です。20年経った今でも、全く色褪せることの無いその音楽。
現在「たま」を知らない人が観た瞬間、その人にとっての「たま」現象が始まるのです。

日本を代表する音楽は「演歌」だという人がいます。しかし、それは間違っていると断言できます。 なぜなら、日本を代表する音楽は「たま」以外にありえないからです。

「たま」と同じ時代に生まれ、「たま」の音楽に感動し、「たま」の素晴らしさを伝えていく。

とても幸せな人生です。(満塁ホームラン)


(本人より)ははは、そこまで言ってくれると嬉しいね。
このビデオは作った当時確認の為に見て以来見てないので細部は覚えてないが、「学校にまにあわない」で何故水前寺清子さんが出て来たかというと、この日同じクラウンレコードの水前寺さんがライブを観に来るという噂が出ていたので、彼女のサプライズの為に急遽このセリフを考えたのだ。
しかしそれはガセネタだったらしく、結局水前寺さんは現れず肩すかしを食らったのだった(笑)。

ちなみにグローブ(座)の中にたまがいるから「野球」は、もちろん俺が考えました〜。

たま ビデオクリップ集 VHS・30MIN 発売元:株式会社 アクシック '92・7・23 定価3,200円(税込)

今で言う「プロモーションビデオ(PV)」を収めた映像集です。

全編に亘って映像の出力レベルを落とした、80年代初期のプロモーションビデオを意識したような演出になっています。

 1. さよなら人類(4:35) ライブ風の映像。暗いステージで演奏者のみにスポットライトが当たります。途中、モノクロの楽屋風景が挿入されます。

 2. オゾンのダンス(2:55) 演奏風景は殆ど見られず、途中に異様な手(CG)の映像。終始、宙に浮く丸い「玉」の中に4人の姿が映し出されます。未来を暗示したのか、タイの影絵が挿入されました。

 3. 方向音痴(4:27) スタジオでのセッティングの様子から始まります。笑っている知久さん、真面目な顔の石川さん。1テイク目は出だしでNG。一度に数台のハンディ・カメラを使い撮影されています。そのため大勢のスタッフが映り込んでいます。石川さんはランニングにジーンズ姿。最後に上へ投げたスティックが真っ直ぐ楽器の上へ落ち音が鳴ると、全員が苦笑。

 4. 夕暮れ時のさびしさに(5:16) 夕焼けをイメージした照明の中、なぜかリヤカーの中に沢山のキューピー人形を詰め、その中に埋もれて座るサラリーマンが登場します。広場を再現し土を敷き詰めたスタジオでの撮影。Gさんの顔にはヒゲがあります。等間隔に置かれた3本のマイクスタンドの前に立つ柳原さん、Gさん、知久さん。石川さんにはマイクが用意されておらず、他のメンバーのマイクにお邪魔するように合いの手を入れに渡り歩きます。顔が引っ付きそうなほど近づく石川さんと、全く動じないGさんの姿が面白く映ります。最後は、引いて行くカメラをアップの顔で追い、鐘を一叩きする石川さん。今度は、リヤカーを引きながらスタジオを後にするサラリーマンの姿。なんともシュールな映像でした。

 5. 海にうつる月(3:42) グローブ座で収録された映像がそのまま使われています。薄暗いステージで静かに演奏をする、白いトレーナーシャツに丸いハット姿のGさん。オルガンを弾く石川さんの姿が新鮮に映ります。

 6. きみしかいない(4:40) 白い幕の前に置かれた一脚のパイプイスにそれぞれが腰を下ろし、好きなことをしている白黒映像をベースに構成されています。早回しの8ミリ映像風です。時折、4人のアップが挿入されます。ラストのみカラーでした。

アイドルのように完成されたダンスやイメージビデオ風の映像も無ければ、バンドとしての素晴らしい演奏風景も収録されておらず、どちらかというと音楽(曲)がメインで映像はオマケのような「ビデオクリップ集」になっていました。

現在はYouTubeなどで音楽と映像を簡単に楽しめますが、当時のファンにとって「プロモーションビデオ」は、とても貴重なものでした。
音楽番組やコンサートを除けば、「たま」の音楽と姿を同時に視聴できる唯一のアイテムだったのです。

最低でも手元に持っておきたい、動く「たま」の映像です。(カウントダウンPV)


(本人より)「夕暮れ時のさびしさに」のリヤカーにキューピーは「ウララ」と、当時クラウン系レコード会社から「音源発表不可」を言い渡されたリヤカーマンの合体したイメージね。
ちなみにそれを引いてるおじさんは「たまの本」を出した小学館のお偉いさんでした。

当時は音楽以外のことはなるべくしたくなかったメンバーなので、どれもあまり時間をかけて作られてはいないね。
「オゾンのダンス」なんて急にとあるテレビ番組のエンディング曲に決まり、シングルカットが決定したので事務所の映像担当が慌てて作った。
メンバーはツアーかなんかでそこにはいず、いつの間にか作られていたな〜(笑)。