テキトー日記05年1月(1)



1月1日(土)

ガンジー2!
 朝方蟹の足を口からひょろ長く垂らしながら帰宅。
 昼は元旦爆睡。
 夕方からR君と往復6時間かけて茨城の実家に3時間だけ滞在してオメデト言ってすごいスピードでお節を食って、お屠蘇を飲んで、写真を撮って、「遊ばにゃいかん!」ということで麻雀とダイヤモンドゲームを慌てふためいてやった。
 夜中帰宅。

 伊集院静「時計をはずして」読む。

1月2日(日)

 恒例新年麻雀大会を我が家にて。レートはバブルの頃の半額。小学生のお年玉以下の遊びでごわす。とても40過ぎの大人のやり取りじゃござんせん。これじゃ図書券にもならんわ。トホホホ。
 くぼさんとこたつで飲みながらここには書けない愉快な話しをたくさん聞いて大笑い海岸。もうすぐ新しいCDが出るとのこと。ニヒル牛の店内で流しているとフリーのお客さんから「この人のCDありますか?」と聞かれることが実に多いらしいくぼあつこの最新CD、楽しみだぜっ!

大槻ケンヂ「猫を背負って町を出ろ!」読む。

1月3日(月)

正月ってフリーの者にはなんとも中途半端な時期でしかも3日ともなるとそのビミョーさ加減もMAXヘッドルームだよな~。とりあえず寝とくわ~。 ぶーふーう~。

松尾スズキ「スズキが覗いた芸能界」読む。

1月4日(火)

 女性から反発をくらうかもしれんが、松浦亜弥とかさとう珠緒とかの「自己パロディぶりっ子」ていいよな~。もはや旧来のぶりっ子が出来にくい今の芸能界の中で、貴重な存在だと思うなー。いや本音だらけの今のテレビ番組も確かに面白いんだけど(多分「電波少年」あたりが先駆けの「ドキュメント・バラエティ」が主流になってしまったんだろーな)、なんかそればかりだと他が欲しくなるというか。本音ばかりだと疲れるというか。バランスというか。辻ちゃん加護ちゃんあたりは微妙だけど前述のふたりなんか完全に「確信犯」だもんな~。
なので今年は男の確信犯母性本能くすぐりタレントが売れる、とズバリ言うわよっ!
ま、俺の予想が当たろうが外れようが本人でさえ実はどーでもいいのだが・・・。

 岸田國士「時計とステッキ」読む。

1月5日(水)

 俺が子供の頃に「正月と言えば!」というものはたくさんあったのに、今はほとんどなくなったものが実に多いことに気がついた。特に遊び部門。凧揚げ、羽子板、カルタ、独楽回し、獅子舞、テレビの芸能人隠し芸大会など(後日この番組まだあると人に聞いた。あるのか……。でも普段ドラマとかに出てるアイドルが隠し芸で「ドラマに挑戦!」ってわけわかんないよな~)など。
残っている物はお年玉、初詣、餅、そしてせいぜい形だけのお節料理ぐらいか。ま、確かに凧揚げも羽子板も寒いわうまく出来ないわで俺の子供の頃のにっくき遊びだったから別にすたれてもぜーんぜんかまわんが。

 昔は晦日から正月三ヶ日までの5日間ぐらい商店も全部休みになったので「買いだめ」も逆にちょっと楽しかったりしたんだよな~。でも今じゃコンビニエンスストアーもスーパーだって開いてるからな~。あーつまらん。「あれ買い忘れた!」という危機感のなさは詰まらんよ。年に一回ぐらいそういうドキドキ感が味わいたいんじゃ、逆にな~。
 しかし今の両親+子供2,3人の普通の家族形態というのは、一体どんな正月ターイムを送っているのだろう? 3日も家族だけで持つとは思えんな。3日も顔つつき合わせてたら絶対顔面から次々爆発して「謎の正月家族爆発事件」となるな。

寺田寅彦「電車と風呂」読む。

1月6日(木)

 弁士の打ち合わせ谷川邸にて。ちゅーても誰かが買ってきた「ぬれかりんとう」を「こりゃうまいわ~っ、どわっはははっ!!」とみんなで食べた記憶しかない。ぬれかりんとう、今年は来るっ!!

山田風太郎「売色使徒行伝」読む。

1月7日(金)

 まーサイゼリヤ行ったり古本屋行ったり整体行ったりの平々凡々な日ですよ。なーんも特別なことなかとですよ。ま、しいて言えばこれを読んだあんたの人生の何秒かを無駄にしてやったっちゅーことですわ。現在進行形でな。わっはっは。「ワル作戦」に見事ひっかかりおったな~!!

原民喜「雲雀病院」読む。

1月8日(土)

 去年まで曲がりなりにも「有限会社たま企画室取締役」という肩書きがあり、そもそもバンドで動いていたので基本的にいらなかった名刺だが、最近は個人で動いているので時々必要を感じることがある。
 知久君やGさんのようにライブハウスをミュージシャンとしてまわっているだけならほとんど必要ないのだが、俺はなんかよくわからない仕事とかもしたりしてるので、実際名刺を頂くことも多いのだが、いつも「すいません、名刺は作ってなくて・・・」と答えるしかないが、時には「お名刺頂戴したいのですが」と言われることもある。そして特に若いライターの人だったりすると「たま」自体をもう知らない世代もいるので、作らねばと思うのだが、そこでハタと困ってしまうことがふたつある。
 
 ひとつは「肩書き」だ。まぁ「ミュージシャン」が妥当なのかもしれないが、実状を言うと昨年の収入から考えるとミュージシャンとしての稼ぎは全体の約4分の1しかないのだ。残りは物書きが4分の1、役者が4分の1、そしてその他のテレビ・ラジオ・缶ジュースの取材等が4分の1。だけど、今年がどういうバランスになるかは皆目見当がつかない。なので「肩書き」が困りもののひとつ。あんまりゴチャゴチャ書くのも嫌らしいしな~。
 そしてもうひとつは「連絡先」。なんせ事務所に入ってないので、自宅でメールでやっているのだが、電話も住所も自宅のしかないので、それがどこに流れていくかわからない名刺に書くのはちと辛い。しかも俺は電話自体が苦手なのでなるべく記録としてもはっきり残る(たまに電話で打ち合わせしても現場に行ったら内容が違う、という事があるんじゃな、これが)メールで済ませたいのだが「メールは出来ないので」という人もいる。
 なので俺としてはメールとホームページのアドレスだけを載せたいのだが・・・。
 どーしよーかなーっ。

薄田泣菫「質屋の通帳」読む。 

1月9日(日)

 連日のスマトラ大津波災害報道だけど、外国でも津波は「TSUNAMI」と言うんだよね~。どう考えても日本語だと思われるので、元々日本に多いものだったのかな。それはそうと、今サザンオールスターズの大ヒット曲「TSUNAMI」はマジで国際的に放送自粛曲なんだろーなー。新曲じゃなくて良かったね。
 そして地球が滅亡する時は「さよなら人類」も放送自粛曲になるんだろうな。……って滅亡する時に自粛する意味なんかありゃ~せんわいっ!!

松尾スズキ「母を逃がす」読む。

1月10日(月)

 昨日は初めてカラオケで「学校にまにあわない」を歌った。といっても一応遊びじゃなくて「なんじゃもんじゃ会」(出前ライブ)にて。なんと今回で4回目の主催をしてくれたナイス・ガイがいたのさ~。で、歌ってみたら気持ち良かった! というのはライブの時って一応タンバリンや太鼓も叩いていて、単純なんだけどそっちはリズムキープして歌はちょっと演技というか感情を出したりするので、その口と手のバランスが意外と難しかったのだ。でもカラオケならそれもないしな。
 でもこの曲カラオケで歌う人っているのか?と素朴な疑問・・・。ちなみに本人の俺でさえセリフの終わるタイミングはさあーっぱりわからんかったぞ。これが見事に出来る奴がいたら、この曲やるよ。
 但しセリフは一切練習せず、その日の時事ネタを折り込みながら即興でまとめられればな、毎回。

 夜は夫婦でこたつに入ってごろごろ転がりながらぼんやりテレビを観ていたらいつのまにかふたりとも鼾をかいてグガーグガーと幸せに寝ていて、どちらが声をかけたかも覚えてないが「やっぱりちゃんと寝よう」と八甲田山死の彷徨のように励ましあって途中で凍死しないように零下の寒い階段をヘロヘロになってのぼって寝室へ。そこで俺が観た夢は山下さん(時々パスカルズのライブにパフォーマーとして登場する友人)が雀荘でなぜか全裸になっているのだけど、股間からチンチンが二本はえていて普通にしているので(あれ?チンチンって二本があたりまえだっけ?俺、一本しかねーじゃねぇかっ!!やっべぇ~、気づかれないようにしないとっ!!)と自分の不具にあせる、という内容だった。これは一体何を暗示しているのだろうか……?

松尾スズキ「ヘブンズサイン」読む。

1月11日(火)

 今回の喜劇無声映画の弁士は4本やるのだが、他のものは台本を画面に合わせて読めばいいだけなのだけど(ちゅーても何度か観ないと画面と喋るタイミングが難しいものもあるのだが)一本だけ、ルイス・ブニュエルとサルバドール・ダリの「アンダルシアの犬」という無声シュール映画(眼球を剃刀で切るシーンが有名) の怪作を「Mr.石川が好きなように画面に沿って話を作り、語るのじゃ!」という指令が出ているのだ。
 元々喜劇でもない、というかストーリーすらないイメージの連続で出来ている実験映画を喜劇映画に仕立てあげろ、という難題なのだ。これはちと考えなければいかんですぞ。お客さんも映画通のうるさがた(失礼)も多そうだし。失敗したら弁士の世界から抹殺されるのは確かだな。ただ「弁士の世界」があるのかどうかはよく知らんが……。

東野圭吾「むかし僕が死んだ家」読む。

1月12日(水)

 今年二回目の弁士の打ち合わせ。今回も音楽の生演奏をつけてやるのだが、皆プロのミュージシャンばかりなので楽譜も当然のように配られ、俺のところにもちょっと歌う場面があって楽譜が手渡されて表情を変えない様にして冷や汗を背中にかく。
楽譜はあれだな、オタマジャクシというぐらいだから早く蛙になって飛び回るがいいな。いつまでもオタマジャクシはオタマジャクシのままじゃいけません!……よね。

 So year,遂に新古書店のブックオフの会員になってしもーた。今までずっと入会金100円を払うのが嫌でイヤンイヤンと拒否し続けていたのだが、もう我慢出来なくなった。何故なら毎回、
「会員カードお持ちですか?」
「いえ」
「○%のポイントが付く会員カードを只今100円でお作りしているのですが、いかがでしょうか」
「・・・いや、いいです」
「・・・そうですか」
の会話の繰り返しがもう疲れての~。ほら、拒否ってなんかすんげく疲れるじゃん? それを毎回毎回マニュアルだと分かっていても断り続けるのにほとほと疲労困憊し、もう清水の舞台でピーターパン役やる覚悟で入会金の100円をば店員の手の平にファサッと置いてしもーたのだ。

でもさ~、思ったんだけど、世の中ってもはやあんまりにもカードだらけでうんざりしない?電車に乗るのにカード、漫画喫茶に行くのにカード、デパートでもカード、古本屋でもカード、ベットの中でもカード。そのうち豆腐のカードに頭ぶつけて死んじまうよ~っ。
で、結局相手は顧客管理が目的なんだから「自分のカード」というものを一枚持っていて、どの店でも共通で使えればいいと思わない?
もちろん他のお店の情報などは絶対見られないようにして。そうすりゃ沢山持たずにすむし、店側も経費削減になるだろーし。どーせカード落とす時なんかはいっぺんにカード入れごと落とすことがほとんどなんだから。むしろ多すぎて何のカードを紛失したかもわからない状態になるだろうしね。
で、病院だけは特別でどこの病院に行っても共通で既往症や現在服用している薬などが自動で調べられ、新しい薬を投与したりする時にそのカードをパソコンなりに通して同時使用すると副作用などがあるものには危険信号や注意が出たりの「総合カルテ」が出る、と。
もちろん下手すりゃ国民総管理番号制の危険はあるけど、ともかく病気以外の情報は厳重に管理して、もしもそれを閲覧するソフトを開発したり見たりした人は重罪になるという約束事を作って。どーざんしょ?

海野十三「幸運の黒子」読む。

1月13日(木)

ふひぇ~ん、iBookが遂にクラッシュしたよ~ん! 
1年半ほどしか使っていないが酷使したからなー。毎日持ち歩いていたし、その間フランス・スイス・タイ・ボルネオ・ベトナム・シベリアと一緒に世界中を旅もした。数日前からなんかやばい兆候が出ていたので慌てて大切な中身はほとんどCDRに焼いておいたので実質な被害はそれほどでもないが。まぁ、短いけど寿命ちゅーのはやっぱりあるんですな~。
ちなみになんだかんだで妻のと合わせればマックは10台くらい今まで使っているけど、ハードディスクのクラッシュは初めて。画面に何も映らなくなり、たまに映っても走査線ばかり。そうさせんぞっ!と思ったが走査線ぞ。

国枝史郎「天草四郎の妖術」読む。

1月14日(金)

 値は張るがこればかりは仕事にも趣味にもかかせないので新しいiBookを新宿に買いにいく。持っていたやつよりひとつ後に出た機種でiBookG4というやつ。11万ぐらい。で、以前のもOS10が使えたのだが操作性の点から同梱されているOS9を使っていたのだが、今回のはOS10のみ。しかし使ってみるとじぇ~んじぇんわかんない。じぇ~んじぇん。じぇ~んじぇん。じぇ~んじぇん。ただのバージョンアップだと高をくくっていたら「これはもしかしてマックに見せかけたウインドウズでは? ビル・ゲイツの淫棒、いや陰謀では?」というほどじぇ~んじぇんわからーん。あまりのじぇ~んじぇんわからなさに悲しくなりへこんだ。へこみましたとも。
この日の俺を見たら体中のあちこちがペコペコへこんでいてきっと化け物のようになっていてすんげー怖かったぞ。

夢野久作「ビルディング」読む。

1月15日(土)

 喜劇映画研究会主催の「夢の森にて」アテネ・フランセにて開催。結局「アンダルシアの犬」は昨日の晩と当日の朝にあたりを付けてあとはいきあたりばったりじゃ~。でもいきあたりさっぱりぐらいならまだしも、いきあたりばっさりは嫌だな~。
 ちなみにポスターとかには「秘密上映『夢の犬にて』」ということになっており、「アンダルシアの犬」のにせ話しということはうたっていなかったが、副題を勝手に「アブノーマルな町」ということにして話したらなかなか評判が良くて嬉しひな~。やっぱり仕事はいきあたりばったり!
 今回はおおたか静流さんも参加、ふたりで掛け合いなどやるシーンもあって去年よりさらに楽しかった!

もっとも本当の喜劇は帰りの高田馬場駅のエスカレーターで起こった。
なんと俺の靴紐がエスカレーターの吸い込み口に挟まって取れなくなってしまったのだ(といっても降りきった所だったので危険はないのだけど)。
動けない俺の元に、
「あの人なんであんな邪魔なところに立ってるのよっ!」
「おひおひ勘弁してくれ給へよ~」
「街頭演劇は60年代で終焉したんだぜっ!」
とぞくぞくと上から降りてくる人達に怪訝な顔で覗きこまれる。これにゃあさすがの俺も顔真っ赤だね。真っ赤な顔で湯気ポッポッ吹き上げながらエスカレーターの下で身動きせぬ男……それが僕で~す!
ちょうどR君といたので駅員を呼んでもらってハサミで切ってもらってことなきを得たが、もしひとりだったら小心者の俺は駅員が通るまで何時間でも待ち続けていたか、もしくは片方の靴のままトボトボと家路に着いたことだろう。謎の右靴を高田馬場駅に残したまま・・・。

 二葉亭四迷「旅日記東海道線」読む。

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