石ヤンのテキトー日記01年1月(1)

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1月18日(木)

 夕方より、ニヒル牛へ。作品の変更のあった人のビデオ撮影。R君を照明助手にして、閉店後に撮る。一番下の箱とかは、床に這いつくばってゴキブリのようになって撮る。
 しっかし世の中、作品を作っている人は多いよなー。そして作ったからには見てもらいたいし、さらに言えば買ってもらいたいもんだもんなー。パソコンとかの性能が上がったから、ポストカードとかの印刷物が作り易くなった、というのもあるんだろーけど。こんな小さな店でも、「置かせて欲しい」という人がまだまだいるんだもんなーっ。ありがたいこった。

 後、西荻駅前の、ほとんどジロッと睨みつけるだけで口を開かない無口な親父がやっている、カウンターだけの「質実剛健」みたいな定食屋で、ふたりで定食をワシワシ食う。隣のサラリーマンが食っているカキのバター炒めがおいしそーだな。柿じゃないぞ、牡蠣だぞ。「次は、あれだな」とR君と腕をこづきあう。

 帰宅すると、突然段ボールよりメール。ちなみにわかっているだろうが、メールは普通に来たんだぞ。突然来たわけじゃないぞ。「突然段ボール」はバンド名だからな。まぎらわしいが。どうやらきのうの日記で書いた「ワカラナイ」が某メーカーから時期は未定だが再発される事が決まったとの事。なので「自主海賊版」は現品だけで打ち止め。この「自主海賊版」は、おそらく世界に20枚ぐらいしかないので、プレミア好きはニヒル牛に走れ! 

 しあさっては、早朝に家を出て、日帰りで大阪と名古屋のインストアライブをやる為、生活を変えなくてはならぬので、早寝。と言っても2時ぐらいだけど。なんせ今、生活時間がズレにズレて、寝るのが朝の9時ぐらいになっとるからの~。HP更新とかに明け暮れていたからの~。わけわからんからの~。で、このままじゃ当日徹夜は必至で、くたくたになっちまうことは見え見え。もうこの年で、そんなことでくたくたになるのは嫌なんじゃーっ。ダーダー!!(むずがる声)ということで、最近の俺の「睡眠誘発CD」(退屈、っていう意味じゃないからね!! 心地良~くなっちまうのさ)である「しょぼたま」を耳にヘッドホンを差し込んで、おやすみなさ~い。このCD、変な薬よりよっぽど効くぜ~。まじで~。

 椎名誠「風の国へ・駱駝狩り」読む。

1月17日(水)

 今日も半日かけてやっと長かったニヒル牛の写真アップ作業も終了。しかし映像を撮ったのが数週間前だったので、R君に見てもらうと「あっ、この人もういない。あっ、この人、作品全然変わってる」とにべもない。まぁ、それだけ店が活性化して常に変化しているんだから本当は良いのだが、ちょっと「はぁぁ・・・」とため息。

 突然段ボールの兄から久しぶりの電話。実は兄は半年ほど病気療養をしていたのだ。また多少のハンディはあるが活動が再開出来る、ということで嬉しい。今年は久しぶりに一緒にアルバムを作ろうということになり、もう出来ている曲もあるのだが、何曲かは作曲作業を頼まれる。
 ちなみに昨年の夏に群馬でやった「石川浩司+突然段ボールwithおにんこダンサーズ」の楽しいライブビデオが発売になった。結構俺も踊っているし、兄が不在だったので、全曲ボーカルも取っているぞ。と言っても、現在直接買えるのはニヒル牛ぐらいだけだけど。2000円で通販もやっているので、よろしく。それから、廃盤になっていた5年前に出した「ワカラナイ」も一時的再発をしている。しかも2500円だったのが1800円に。何故安いかは、工場に出さずに、一枚一枚CD-ROMで手焼きしているからじゃ~い。かえってプレミアつけてもよいところ、善人の俺達は「海賊版」(自分達のだが・・・)ということで安くしている。尚、ジャケットはカラーコピーだけど、音は同じだから、安心せいっ。これもニヒル牛で買えるぞ。

 池田香代子「哲学のしずく」読む。池田さんは、かつてたまのパンフレットにも寄稿してくれたあの大ヒットした「ソフィーの世界」の訳者で、大学の授業でも、たまを使っているということだ。
 ディヴィッド・ヒュームという人の言葉「精神なんて実体としてあるものではなく、感覚の束だ」には、我が意を得たり! という感じだった。どーもそーじゃないかと、昔から思っていたんだよねー。

1月16日(火)

 今日も一日ニヒル牛写真アップ作業じゃ~い。まるで工場労働者のようだ。まぁ、今年の冬は寒いので、室内作業は楽ではあるが。同じような作業を延々繰りかえすのはそもそも苦手だー。高校生の時、ガードレール工場でバイトしたが(そーいえば日給は3000円だったナ)その仕事の一部に流れ作業のようなものがあり、気い狂いそうになったもんな。1時間の長いこと、長いこと。犬になって、キャンッ!!と吠えて、逃げ出したかったもんな。こんな仕事だけは俺には出来ない、と心底思ったもんなー。もっとも他の一般社会人の仕事も何も出来ないが・・・。

 麻生香太郎「ガキ主役産業の手帖」読む。芸能界の経済学の話。とにかくここにも書いてあったが、素人の人はミュージシャンが大きなホールでコンサートをやって満員になっていると、
「儲かるんじゃろ~の~」
 と思う人がいるかもしれないが、それは大きな間違い。ユーミンは一回のライブで8000万円ずつ赤字を出すそうだ。何故なら、コンサートをやるには会場費、音響、照明、大道具、小道具、舞台監督、警備員、広告宣伝費と人手もその機材費等も莫大にかかって、チケット収入よりそれが少ないことはまずないからだ。
「じゃあ、なんでやるの!?」
 ということになるが、はっきり言って、すべてはCDの売り上げの為。そのプロモーション、ということだ。CD(もしくはグッズ等)の売り上げ以外には、ミュージシャンが金を儲けられることは、ほとんどないと考えて良い。キビシーんだよねー。

1月15日(月)

 事務所にて打ち合わせ。プロダクションもレコード会社も、そしてもちろん当のミュージシャンも全部自分達なので、決め事にかかる時間は多い。でも、好きなことやる為には仕方ねーんだよなー。どっかを人にまかせてしまうと、どうしても自分達の好きなことと微妙にずれてきて、「あれっ!? なーんか本末転倒だぞーっ」ってなことが多くなっちまうからなー。それで事務所やレーベルを立ち上げたんだもんなー。でも今年もやるぜいっ!! たま企画室も、地球レコードも。期待しててくれいっ!!

 帰宅し、あまりに寒いので夜12時に昼寝。夜12時に昼寝? そう、夜12時というのは、俺の生活時間の中ではバッリバリの昼間なのだ。アッハッハー。案の定、3時には起きてしまい、もうわけわかんない。

 フード付きのジャンパーを買ってもらったので、「早朝ジョギング」というのをしてみる。今までも、体力増進の為にやりたいとずっと思っていたのだが、俺は外に出る時は、
「あっ、たまのランニングだっ!!」
 と指を差されるのが嫌なので、常に帽子を被っている。さらにジョギングしてるのがわかったら、
「あっ、たまのランニングだっ!! たまのランニングがランニングしている!!」
 と言われることは目に見えている。しかし普通のハットでジョギングをするのは、明らかにスタイルが変だ。スタイルのことはまったくわからない俺でも、それだけはわかった。なので、野球帽を買ってきてみたのだ。これでジャージで走れば、まさにジョギングだろう、と。しかしその格好をしてみた途端、R君にガシッと全身を押さえ付けられた。
「だんなっ! よくその自分の姿を鏡で見てごらん。その格好はどう見ても・・・」
 そう。福祉関係の人に優しい眼差しで見られて微笑される、そんな姿だったのだ。
 そこでようやくこの度、フード付きのジャンパーで頭を隠して走ることと相成った。
 ところが、いざ走ってみると、ほんの10分やそこらで息があがり、ルック・ペールになり、気持ち悪くすらなってきた。今さらながら自分の体力が激しく落ちていることを痛感。というかビックリした。今後のライブ活動の為にもなんとか持続させねば、とちょっとあせった。

 ピーター・フランクル「ぼくが地球で会った愉快な人たち」読む。数学者にして大道芸人の著者だ。

1月14日(日)

 すごろく旅行原稿書き。あとはきのうのニヒル牛写真アップ作業また丸一日。10時間くらいずっとパソコンの前。

 そーいえば俺は年賀状はこの25年くらい誰にも1枚も出していないので、そのおかげで逆にほとんど来ないのだが、一応ファンの人達から何枚か来ていたので、「年賀はがきクジ」の当選だけはネットでチェックしたところ、大阪府の有田美恵子さん、切手シート当たりました! どーもありがとう!

 土屋賢ニ「われ大いに笑う、ゆえにわれ笑う」読む。「笑う哲学者」として、三行に一回はオチをつけなければ気が済まないオヤジの本だ。気になった言葉。
 「死を不当だと考える人は多いが、『自分のような人間が何の意味もなく生まれてきた』という事実を不当だと考える人はきわめて少ない」
 「(矛盾を)矛盾のままに放置しておくという『いい加減な態度をとる』能力には、健全さを保つ防衛手段という側面もあるのだから」

1月13日(土)

 HPのニヒル牛の「全箱紹介」の写真のアップ作業に丸一日。ビデオカメラで各箱を撮影したのをアップするのだが、結構大変。まずはサーバの残りメモリの関係上、現在アップされている写真を全部サーバにアクセスして、消去作業。それからiMovieというソフトで動画をひとつずつ一時停止して保存、さらにそれを静止画に変更。後、フレーム保存にしてJPEGに変更、タイトルをつける。それからAdobe Photoshopにて、縦横が違うものは変更、メモリを少なくする為、画像解像度を数値を入れて変更。それからサーバにその写真をアップ作業。そしてひとつずつページを作り、HTMLをプログラムし、一応完成。その後、間違いがないか確認作業。ということで、1時間で10個ぐらいしかアップ出来ないが、箱は200以上ある。うーむ、気の遠くなるような作業だーっ。でもニヒル牛インターネット部門担当だからな、ちょっと時間のある今月にやっておかねば。ねばねばねばーっ。もちろん作業のBGMは宇多田ヒカルちゃんさっ! アングラ好きな俺でもヒカルちゃんだけは別なのさっ! ヒカルちゃん、最高だよなーっ。くくーっ。
 ちなみにせっかく画像をアップしても、毎日何人か作家が作品を替えに来るので、到底完璧に追い付くことはできない。まぁ、店や作家の参考になればいいんだが、一体どのくらいの人が見ていてくれるんじゃろーか。但し、当の作家からはミスがあると指摘は結構来るので、作家本人が見ていることは確かなのだが・・・。画像もさらに軽くしたので、「小さなネット美術館」として少しでも多くの人が見てくれれば嬉しいな。

 「寺山修司×谷川俊太郎 ビデオレター」見る。図書館で借りて来たのだが、こういうレンタルビデオ屋には絶対ないものこそ、もっとどんどん公共施設は入れねばいかん。ふたりがお互いホームビデオで交換レターをしたもの。最後は、寺山が死んで、谷川の宛先のないレターになっている。
   谷川俊太郎さんとは山口で行われた「中原中也生誕祭」でお会いした事があるが、寺山修司にはついに会えなかった。ちなみに俺のベスト邦画は寺山修司の「田園に死す」だ。

 竹内均編「散歩で発見! 風景の博物誌」読む。

1月12日(金)

 砧スタジオにて、テレビ東京「たけしの誰でもピカソ」の収録。後、同番組の新年会。で、立食パーティの中、ここではそれぞれが持ち寄った景品を当てるクジ引きなどもあり、俺はたまのCDやらTシャツやら俺の本やら、まぁ、いらない人にはハタ迷惑な物を出した。が、ここで一同が「おおっ」とどよめく物を出した人がいた。今田(耕二)さんだ。商品券なのだが、それは同じ商品券を出したテレビ東京の5倍の額だった。やっぱり売れっ子は違うなー。ちなみに俺は「高級ワイン」が当たった。あとで酒屋で値段調べて、高かったら、驚こうっと。
 クマさんや明和電機さんと話すが、しばらくして、マニが「これ、うまいよっ!!」とそこらじゅうのテーブルをひとりで子供のようにかけずりまわって、山ほど取って来た食べ物など食べながら、ひょいと気づくと、大勢のスタッフがワイワイやっている中、クマさんも、明和電機さんも、ポツンと所在なげにしていた。芸術家というものは、所詮、孤独なものなんだよなー、とふと思ったもんさー。

 夜は新宿にタクシーで出たので、なんとなく「camel」という煙草を買って吹かしながら、歌舞伎町あたりをひとりで彷徨ってしまった。以前より少し健全っぽい、というか子供っぽい町になっている気がしたのは気のせいか。

 久住昌之「工夫癖」読む。オジハルこと久住さん(アマチュアの時、共演したことがある)のお父さんの、行き当たりばったりの家庭内工夫作品の数々(家庭内トイレの「お知らせ灯」とか新聞がたまってもいいように「異常に下に長い新聞受け」とか)が「あちゃーっ。こういうの、やっちゃうんだよなー」と共感出来て、くだらなくも面白かった。

1月11日(木)

 うちのストーブが壊れていて、すぐに消える。まだ室温は全然あがっていないのに「ありゃりゃ、30度もありますよ、ダンナ」ってな具合でバチッと消えてしまうのだ。アホかーっ。30度も室温があったら、浮き輪に空気ヒューヒュー入れて、室内で泳いどるわいっ!! どう考えてもシベリヤとは言わないまでも、青森県西津軽郡小泊村あたりの寒さじゃーい!! ということで、1月はもっぱら自宅での作業(俺の場合、どこまでが遊びで、どこからか仕事かの区別は難しいが・・・)が多いのに部屋にいられんわいーっ。また意味もなく、布団にもぐって眠ってしまうぞ。いいんだな。

 なんて言ってストーブを蹴飛ばしつつインターネットをやっていて、ふとゲーム系のサイトに行ったら、テトリスがダウンロード出来てしまった。むむむ。こいつばかりは始めたが最後、ウキャキャーッと猿になってしまうんじゃーい。いやー久しぶりにやったが、やっぱり面白いわー。ナガボー、早く来い! とか「あっ!! 俺は落下ボタン押してないのにー(実際はたぶん押している)何しやがるんでいっ!! この変なラクダみたいな図形をどーすりゃいいんだいっ!!」とか呻きながらハッと気づくと夜になっていた。
 そういえば、かの矢川澄子先生も、パソコンを買った途端「上海」にはまって、あまりにも時間を取られすぎるので「ゴミ箱」に「えいっ!!」と捨てるも、パソコンの悪い(良い)性能で、いったん捨てた物でも案外簡単に元に戻せるので、ハッと気づくと次の日も捨てたはずの「上海」の牌を一所懸命合わせて消している自分がいる、との話しだった。
 げに恐ろしきは、シンプルゲームの楽しさ也。

 テリー伊藤「テリー伊藤の怖いもの見たさ探検隊」読む。総会屋、相撲協会、ヤクザ、創価学会など禁断と言われているところに飛び込んでいくルポルタージュ。

1月10日(水)

 きのうの残りのほうとう食べる。スパゲッティ、ラーメン、そばに次いで我が家の麺・人気第四位は、ほうとうだ。うどんよりも平ベったく、きしめんより太いその食感がなんともモチモチとい~い具合なのだ。ダマになっていても、それもなんか楽しい。というか、俺はダマになっているところがより好きなので、1日置くと一部ダマになっているのでまた嬉しいのだなー。なーんかフニャフニャと噛むのが。しかも他の調理法ではあまり好きではないカボチャもほうとうにはバッチリ合う。色んな野菜を入れてけんちん汁状にしてハフハフあっちっちと食うのが我が家の冬の定番。あったまるでー。我が家では「信玄餅」「ワイン」とともに、「甲州め、なかなかやるな!」が合言葉だ。

 えのきどいちろう「社会の窓」読む。えのきどさんには、色々助けてもらったが(昨年12月17日の日記参照)なんとこの本には「たま」についての記述があった。「イカ天大賞」という番組を生で武道館に見に来ていたレポートのエッセイで、「圧巻は大賞受賞のたま。センスのよさが尋常じゃありませんね」と書かれていてホッとした。誉めてもらったことはもちろん嬉しいが、それより「けなされてなかった」事が嬉しい。やっぱりけなされると、どう取り繕っても所詮はフニャーッとへこんでしまう、俺は小さな小さなそして小さなコロポックルのような人間だからなー。
 なのでライブのアンケートとかでも100枚誉められていても、1枚ケチョンケチョンに書かれていると、どーしても「うっ」と思ってしまう。もちろん「○○がイマイチだった・・・」とか「××のミスはいただけなかった」程度のは、意見としてむしろありがたいけれど、時々「全人格否定」みたいなものがあると、瞬間、顔が青ざめるもんな。弱いなー、と思っても、しょうがない。そうなっちまうんだから。結構ナイーブなんだよなー。懸命に、ひきつった笑いで、ごまかすけど。
 かつて、とあるサポートメンバーがほとんど誉められていたのに、
「もっと柳原さんのように弾いて下さい!」
 という1枚のアンケートを見た途端、顔色がさっと変わって、
「俺、ちょっと部屋にいるわ・・・」
 と言ってショックのあまり飯も食いにいけなかったこともあるもんな。なので批判おおいに結構、但し「愛と未来のある」批判を是非頼みたい。全人格否定されると、ブクブクと奈落に溺れることしか出来ないもんなーっ。ま、「出る杭は打たれる」から杭を出せたゼベイビー、と思えればよいんだろーけど。なかなかそううまくは、人間、気持ちを切り替えられないのよねーっ。

1月9日(火)

 今日も起きたくなかったが、打ち合わせの為、断腸の思いで事務所へ。眠いよー、寒いよー。
 ここ10年ほど、ライブの曲順は「曲順ボード」というマグネットの板に曲目を書いた物を貼付けて決めていたのだが、あまりにもボロボロになって、曲目の板とかも途中で足りなくなって紙の切れっぱしになっちまったので、なーんか新曲なのにみじめっぽい紙切れで、並べるのもかえって寂しくなってきたので、ここはいっちょ全面的に書き換える事に。そしてボードもでかいので、「もう単語帳でいいじゃねーか21世紀だし」というわけのわからない理屈で、俺が100円ショップでファンシーな単語帳を買って来て、曲目を書く。書いてみると、さすがだてに長くやっているだけあって、曲があるある。もしかして、もう新曲とか、いらねーんでねーの!? こんなにあるんだから。順繰りにやっていけば、何回か前にやった曲は、すっかりお脳からポヨヨ~ン・ウキャキャーンと忘れている忘却力に優れた俺達だから、こちとら、いつでも新鮮にライブができるんだけどなーっ。ダメッ!?

 帰りの電車の中で、ふと気がついて前の座席に座っている人を数えてみたら、9人のうち、6人が携帯電話(注・PHSとかの区別はついてないが)の画面を眺めていた。一体、どんなにすげえ面白いものが映っているんだ!? 誰も電話自体は使っていないのだが、画面に食いいっているのだ。あぁ、そんなに面白いなら、「携帯嫌い」の俺も考え直さなけりゃならないのかも? でもその携帯を見つめている人達を見ていると、何か巨大な物に操作されているよーな気がしてならなかった。なんとなくだけど何かに「取り込まれている」よーな気がした。ちょっとだけ、注意した方がいいよーな気がするぞ。客観的に見ていると。

 山田詠美「嵐ケ熱血ポンちゃん」読む。

1月8日(月)

 そして今日もたくさん寝たよ。あはははは。もしかして老人というより、獣に近付いていて、冬眠の季節なのか!? ワォォォォォーン。そしてやっと起きてR君にクリスマスプレゼントした「ドラゴンクエスト7」をやってみると、結構画面をくるっくる回転させるゲームだったので、俺も目がくるっくる回り、頭痛がしてきて吐き気まで催してきたので、「こりゃ駄目じゃい~」とまた布団にもぐって、起きて数時間ですぐ昼寝。グーグーグー。もしかして、俺、弱すぎる!?
 しかしとにかく、これだけは言える。どんな時も布団だけは裏切らない。そしてどんな時も布団だけは幸せだ。考えてみりゃ、布団って、サイコーだよな。なんで布団を歌った歌とか少ないんだろう。まぁ、俺もないけどさ。ほら、こんなに身近にこんなに幸福の種が。俺、はっきり言って「布団・ラブ」だぜ。ポッ?

 横田順彌「古書狩り」読む。

1月7日(日)

 12時間眠る。8時間目あたりから断続的に目はウニャアッと開くのだが、外は今年の初雪。ということは、メッチャ寒い。そして布団の中はゴッツ暖かい。ってことはどちらが幸福な状態か、ということは火を見るよりも明らかなので、ぬくぬくしているあいだに、あぁー時間が信じられないほど早く経っていくーっ。1回目をつむると1時間。これじゃ、すぐに老人になっちまうよーっ。
 しかも今日は特に取り急ぎ出かける用事も、しなくちゃならないこともないので、となると「なんで、こっから出なくちゃならんねんっ!! 幸福の青い鳥がピーチクパーチク言ってるのに」ちゅうことになり、出るに出られないのだ。まぁ、寝過ぎてちょっと頭は痛いけど。でもなんとなくちょっぴっとだけ罪悪感があるのよねー。なんでだろーか。起きたら暗くなり始めていたぐらいで。その方が疑問だ。だって、理論的には何も間違っちゃいないしねー。道徳的にだって、たかが睡眠を多く取っているだけなんだからなー。俺、結局マジメ過ぎるんだよなー。もっと不良中年にならなくちゃ、いかんな。よおし、今年は、「不良中年」宣言だっ!!
 と言っても、普通「不良中年」というと、いい年して若い娘と遊びほうけるとかそういうことを指すんだろーが、ただ延々駄々っ子のよーに布団にくるまり続けているのは、「不良中年」とは言わないのだろーか・・・。まあいい、ちょいと特殊な「不良中年」だ。めったなことじゃ、起きやしねえゼ!!

 ということで、今日は一歩も外に出ず。と、なんとGさんからメール。そう、ついに滝本家にもインターネットが導入されたのだ。知り合いからノートパソコンをゆずってもらったのだという。やっぱり、時代は変わるねえ。ちなみに俺みたいに大々的にメールアドレスとかは公開しないそうだ。賢明かもな。時々処理に困る、むむむメールとか、あるもんな。

 小林恭二「酒乱日記」読む。

1月6日(土)

 義姉の亜古ヤンが、正月休みに出かけていた中国から帰ってきたので、電話で感想を聞いてみると、
「あと100年は中国、行かなくていいや」
 との返事。100年・・・ちゅうことは、もう一生行かない、と言うことか、もしくは亜古ヤンは俺と同い年なので、139才になったら、また楽しく中国旅行をララランとしようとしているかの、どっちかだな。
 といっても亜古ヤンは中国が始めてというわけではなく、元来大好きで何度も足を運んでいるのだ。上海などには、なじみの店も何件もあるくらいの中国通だったのだが、今回は奥地の雲南省に行って、中国の底力をまざまざと見せつけられたのだそうだ。
 で、とにかくきつかったのがバスだという。どこかの町に行く時、狭いバスの中、窓も開けずにみんな煙草を吸うので、バスの中は煙が充満。しかしちょっとでも窓を開けようものなら、すぐに、怒鳴り声とともにバシッと閉められてしまうのだという。そして10秒おきに誰かが痰をゴミだらけの床にカァーペッ、っと吐き、足も伸ばせない座席で、最悪の環境。さらには、外国人観光客が珍しいのか、前の座席のおっさんが、椅子と椅子の隙間から、目だけのぞかせてずっと亜古ヤンと、同行の門田さんをにらみつけるようにじっと見ているのだという。あんまりにも見ているので「何ですか!?」と聞くも、もちろん返事はさらに熱っぽい視線だけ。ただ珍しいから純粋に見てるだけ。照れ笑いもなどもちろんない。それが片道6時間、往復12時間の地獄だったという。それなりにヘヴィな旅をしてきたふたりだが、さすがに参ったようだ。やっぱりきつい旅は、そろそろしんどい年になってきているのかもしれないなー。俺もだけどなー。

 景山民夫「ライフ・イズ・ア・カーニバル」読む。

1月5日(金)

 すごろく旅行原稿書き。エッセイというのも、やってみると面白い事がめじろ押しの時も、ほとんど書く事がないよーな時でも、常に1100文字にまとめねばならないので、結構微妙な「てにをは」調整が必要な作業。でもみんなその土俵の上でやってるんだもんねー。その点、この日記とかは長く書こうが1行で終わらせようが自由なので、楽。って、これは仕事じゃねーか。

 あとは寒風吹きすさぶ中、自転車でシャコシャコと、図書館、100円ショップ、整体、漫画喫茶と定番の散歩。俺はなーんか外見的キャラクターからか、ステージの印象からか、社交的に思われる事も多いが、実はひとりでいて、ウロチョロしているのが、結構好きなのだ。お笑いの人にも、実はそういうタイプの人が多いというが、俺はお笑いじゃないけどな。たぶんだが・・・。

 河村立司「にこにこ人間図鑑」読む。

1月4日(木)

 事務所に初出勤して、打ち合わせ。初出勤だが、元旦の朝まで一緒にいたので、もちろん久しぶり、というほどではない。毎年恒例の「今年はどうすんべー」の相談。たまも17年目に入り、このままいつまでも続きそうではあるが、でもやっぱりいつかは解散とかすることもあるんだろうなー。この世に死なない人がいないように、解散しないバンドもないからな。でもとりあえず、そんな話しは全然なく、知久君が突然「俺は意外に体を海老ぞらせるのがうまい事に気がついたので、リンボーのプロダンサーになる。すまん!」とか、Gさんが「悪いが、渋い魚屋に転向したい」とかの特別な事情がない限り、今年もだらだらとやっていくつもりなので、よろすく~。

 本多勝一「カナダ=エスキモー」読む。40年近く前に刊行された本なので、現在どのくらいその風習が残っているかは不明だが、さすがのルポルタージュ。厳しい現実の日々が克明に、時にユーモラスに書かれていて、興味をひかれた。好きな時に寝、好きな時に食べる生活なので、カナダの町中に留学した子供たちに「毎朝、歯を磨きましょう」というのを教えるのに、歯磨きの部分以前に「毎日」という言葉の意味が全く理解出来ない(そういう時間的な概念が皆無の文化なので)というのが、なるほど、そういう文化もあり得るんだなー、と思った。また自殺も多く、それが必ずしも悲観的な物ではなく、年寄りが「もう、充分に生きたから、ぼちぼち死にますわ」と言って自殺してしまうことなど、文化的な価値観の違いがよくわかって面白かったなー。

1月3日(水)

 夕方までに皆帰っていったが、カブラギだけがだらだらしているので、一緒に寿司を食いに行く。もちろん目の前を常に寿司が移動し、来ては去り、また来ては去りし続ける店だ。
 でも回転寿司ってよく冷静になって考えてみると、お馬鹿な形態だよなー。でもそれが世界に広がりつつある、ってんだから、回転寿司を発明した人はやっぱり偉人だね。「世界の偉人伝」にエジソンやキューリー夫人と並べられて出たら面白いだろーな。でも何故回転するのは寿司だけなんだろー。もっと定食とか、エロ本とか、いろいろ回せばもっと楽しいのにな。「何がまわってくるかわからない」お楽しみ的な魅力、っていうのも、大きいんだろーな。ここは何故かサーモンがバツグンに旨く、そればかり5皿ぐらいかっ食らう。

 スズキコージ「てのひらのほくろ村」読む。どこまで意図的なのかよく分からないが、稚拙な文体で、それがさらに郷愁を誘ういい雰囲気の作品。名文は難しい漢字や、皆がよく知らない語彙を使って、文学っぽく仕立てて鼻をピノキオにすることにあらずだな~。

1月2日(火)

 初買いは、家族で田舎の100円ショップへ。みんな大好き100円ショップ~。「りんごウフッ」と「みかんウフッ」の缶ジュースを発見。今年も「ウフッ」とささやかな幸せがあればいいなーっ。

 昼は家族麻雀とダイヤモンドゲームが我が家の定番。ちなみにうちの親父とお袋は、ゲームが大好きで、特に囲碁対戦は毎日のようにやっているらしく、
「去年も、350勝500負で、また負けた。うーむ、勝てんな・・・」
 などと親父は嘆いていた。

 帰りの電車の中でボックスシートが空いていたので、夫婦で靴を脱ぎ、靴下を向い側の席にダッラーと伸ばしてダラケテいたら、近くの席にいた子供連れのお母さんが、靴を脱いではしゃぎ回る子供たちに、
「電車の中では、ちゃんと靴を履きなさい!」
 と怒っていて、ちょっとビビった。すんませーん、横で大の大人が靴、完全に脱ぎ捨てて、きったねー靴下さらしてまーす。ぷぅ~ん。

 家に11時頃帰ると、ドアのノブの所に汚い使いかけのティッシュがはさんである。きっともう誰か来たのだな。今日は帰省してくるから、夜12時集合(!)だっちゅーとるのに。ってなことで真夜中に、怪しい人々が続々集まりはじめ、恒例新年会兼麻雀大会。大谷、とっちゃん、健さん、くす美さん、島田さん、クニちゃん、オマちゃん、坂本さん、カブラギ。みんな終電やら車やらで現れる。
 健さんはアメ横で買ってきたという、ラブホテル御用達の「夜のおつまみ」と書かれた小袋がたくさん詰まった煎餅の大袋を手みやげに持ってきたが、中は全部しけっていた。
 麻雀は不景気オロローンなので、レートは昨年までの半額。なので、子供のお年玉程度しか動かなかった。あっ、もちろん現金じゃなくて、図書券だから。図書券なら、賭けてもまったく問題ないんでしたよね、ねっ、警視庁さん。あぶれた人はキムチ鍋を頬張って、夜中じゅう騒ぐ。

 椎名誠「みるなの木」読む。表代作は、物の名前、仕事、習慣などをすべてありそうでない架空の名前にしてあって、その意図は分かるのだけど、ちょいとその割合が多すぎて読みづらかった。あと30%架空を減らしてくれれば、より面白い作品になったと思う。

1月1日(月)

 あけましておめでとー。ついに21世紀になっちまったなー。今までは「来るべき21世紀の未来」なんて言い回しがあったけど、その言葉もきのうまでで消滅したわけだ。さびしーなー。21世紀って言葉、未来のニヨイでカッコ良かったのに。現実この日この時着の身着のままじゃあ、鼻白むわな。
 で、今後は、やっぱり「来るべき22世紀」と言われるのだろーか。でもライブのMCでも言ったけど、22世紀というのは今生きているほぼ100%の人が死んでる、つまりはどこにもいないわけだ。ってえことは22世紀は現実ではない、ということだ。なんせ自分が死ねば、「世紀」なんてものも何の意味も持たなくなるもんねー。自分が生きているからこそあらゆるものは意味があるんで、自分が死んだら、つまりは地球がなくなるのと同義だもんね。シャボン玉のようにパチンと消えちまうわけだ。何もかも。アッハッハー。だから、常に好きなことをやってていいんだな、今後も。あぁ、楽だな、明智君。

 茨城の実家にR君と1日だけの帰郷。常磐線なのでいつもは日暮里から乗るのだが、座りたいので始発の上野から乗る。昔、群馬に住んでいた頃、常に東京の入り口は上野だったので、それなりに賑やかだし、上野は銀座と並ぶ東京の代表的な街だと思っていた。でもいざ東京に出て来てみると上野は「街」としては、新宿、渋谷、池袋などに比べると全然東京の中での「地位」はたいしたものじゃない事に気づいて「・・・そうなのか」と少し寂しい気になった覚えがあった。あの感情はなんなんだろう。「俺の東京=上野」が否定されたような気がしたのだろーか。これはもしかしたら、北の人に共通な感情ではないだろうか。

 家に帰ると親父が、
「去年、東欧に旅行に行った写真見るか」
 というので、
「ああ」
 と言うと、やおらパソコンの前に座らされる。「んっ!?」と思うと、そこをクリックしろ、と言う。すると、パソコンの中の写真がやおら、ナレーションを始めた。
「この建物は18世紀初頭、ブラックランジェリー家のスケルトンパンティ1世が・・・」
 そう、今流行の「自分の写真にコメントをつけられる」というパソコンソフトの機能を最大限に活用して、自分の旅行を「写真と父の名ナレーションで綴る、東欧旅行」に仕立てあげていたのだ。親父はもうとうに70を越えているが、一所懸命スキャナーで写真を取り込んで、ガイドブックと体験談を照らし合わせて台本を作り、マイクに向かって黙々とひとりナレーションをしている姿を想像すると・・・あぁ、俺はこの親父の子だな、と思った。
 ただ、公務員をやっていただけあって、NHK教育テレビ的なちょいと固い感じのナレーションだったが、あんまりカル~イ、キートン山田みたいなナレーションでも、それはそれで息子としてはかえって困るかもしれないなー、と思った。
 7~8分ほどで見終わり、
「よく作ったね」
 と言うと、親父は、
「じゃ、次は『東欧旅行2』をクリックしてくれ」
 そう、『東欧旅行』は8まであったのだ・・・。

 与那原恵「街を泳ぐ、海を歩く」読む。


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