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すわっ!? 性の餌食に・・・

 次の日。午前中は自由行動。俺とカブラギと上杉あやはキャハキャハと水着に着替え海へ。「けっ! 海水浴なんてくそくらえだ!」のR君とくす美さんはそれぞれ散歩にとでかけた。
 海は遠浅の砂浜で、さほど海の色はきれいではないが、泳ぎやすい海水浴場だ。目の前は南シナ海だ。
 ちなみに俺の得意なのは「溺れ泳ぎ」。
どう見ても溺れているとしか思えなくて、「すわっ、一大事かっ!!」と誰かが近寄ると、本人は泳いでいるつもりでにっこにこしながら水をがぶがぶ飲んでいるという一風変わった泳ぎ方だ。得意、というかはっきりいってそれしか出来ない。
 で、それでがんばっても進むのは20mが限界で、そこから先は本当に溺れているので注意が必要だ。
 貧弱な肉体のモデルがそのまま雑誌の裏表紙の広告から「はーい、本物はこれだよ」といいながらとび出てきたような体型のカブラギ、
 そしてジャージのまま「これでいいやっ!!」と飛び込んで、着替えはあるのか! のアバウトな上杉あや。
 もともと彼女は俺がメンバーとやっている「有限会社たま企画室」の有能なマネージャーだったのだ。でも会社をやめたあとでも、ちょいといいパイオツをしてるので、こうして友達でいるのだ。ただ、まだ触らせてくれたことがないのが、今後の大きな課題だ。

 その3人で泳ぐというほどでもなく、波にもまれてうひゃうひゃいっていたら、突然、俺の横に左右に服を着たまの屈強なおにーさんがふたり、なんか変な合図をお互いに目で送りながら、俺の方に近寄ってきた。
 おいおい、ここは海は広いな大きいなだぞ、何も俺をどかしてここで遊ばなくても、他に場所はいくらでもあいているじゃあないか。
 と思ったら、そのおにーさん達がなにごとか叫びながら、左右から俺に迫ってくる。
 な、なにっ!! 俺の肉体に目がくらんだかっ!
「ちゅうねんだーい好き、おほほほほ。ちゅーねん、ちゅーねん!」
「おでぶさんだーい好き、ふへへへへ。おでぶ、おでぶ!」
っていう特殊趣味の輩達か!
   くそうっ、太っているだけで体力のない俺はひとたまりもないではないか。
 「いやん・」
 というまもなく、すっぱだかにされるのは目にみえている。
 しかもよく見てみると、彼等の手にはテニスコートのネットぐらいの大きさの網が握られている。
 なんてえこったい! 
 そんな器具まで使って俺を!
 くふうっ、俺はもう観念するしかないのかい!? ベトナムヤングマンよ!! 
 大人なので声もあげられず、無言で波頭を崩しながら浜に逃げまどう俺をしかし、彼らはそれ以上追いかけてはこなかった。
 ほほほ。やっぱり俺に恐れをなしたか。すっごく弱いのに。
 ・・・しかし、冷静になってよく見てみると、実はその網を持って追い詰めていたのは、太ったちゅーねんの俺ではなく、小魚だった。
 小魚を海に入っててきとーに網をかけていたのだ。
 で、てきとーな網をかけたまん中にたまたま俺が「溺れ泳ぎ」をしていただけだったのだ。
 ほっと安心して浜にあがってその戦果のほどを見ると、しょーもない5cmぐらいの小魚が4,5匹。
「こんなん、大の大人が網で俺達を追い出してまで、捕まえるもんかいーっ!!」
 と思ったが、口にはできなかった。
 とりあえず、ベトナムヤングマンの性の餌食にだけはならなくて、よかった、よかった。  

 砂浜に座ってぼーっとしていると、
「おまえ、どっから沸いてきたんじゃー!」
 と、突然いろんなものが通りすぎて、それだけで面白い。
 すげ傘をかぶった少女のお茶売り。ごめんね、お金持ってない。
 無言で佇む玉袋のものすごく大きなのら犬。はあはあ。ぶらぶら。
 「あんた、テレビ局のドキュメンタリー担当者かい!」というようなでっかいビデオカメラを持ち込んで、自分の子供を延々撮り続ける金持ち丸出し家族。その子供のズボンは、尻がぱっかり割れた構造で、即座にうんちがどこでもころんと、出来るようになっている。
 大きなお椀型の船を必死で漕ぐ青年。
 自転車でやってきた童貞と処女のアベック。
 ボートに乗らねえかい?と誘う、ボート屋。まさか、日本までいってくれるんじゃあ・・・。
 そうこうしているうちに、散歩途中のR君が、俺達におみやげを持って現れた。
 「なんか、地元の人達が屋台にわっとむらがってるのがみえたので、とにかくその中に突進して、何が売っているのかもわからないけど、買ってみたんだよー。そしたら、わたしの大っ嫌いな海老と蟹だったんで、あげる!」
 そういって、ビニール袋を差し出した。
 R君は子供の頃、その日は何か祝い事でもあったのか、食卓に大きな海老が刺身で出たのだそうだ。刺身はもともと好きなので「おいしそう!」と箸を伸ばした瞬間、活け造りだったそれは、ビクンッと跳ね、そして海老の目がはっきりR君の方をギロリと睨んだのだそうだ。  それ以来、それがトラウマとなり、R君の周りにいる人がR君の分まで海老をくらえるようになったのだ。
 袋から出してみると、海老は3匹ほど串刺しになっており、甘辛のタレで焼いてあった。そして蟹は6,7匹がまるで手をつないでいるように固まって、見ようによりゃ、かなりグロテスクなギーガーせんべい状になっていた。
 さらにビニールの中に小袋の少し辛いタレが入っており、これをつけながらムシャムシャやったが、こいつがたまらん美味! ここにビールでもあれば、もっ、最高のつまみなのにぃぃぃぃぃ! という感じだった。


巨大ねずみに鹿飲み大蛇、そしてタランチュラ

 それからみんなで、ホテルの近くの屋台でフォーの昼飯をがっつく。腰が推定150度ぐらいに曲がってて、人じゃなくて、もはや何か別の形の生き物になっているような老婆が、ひょこひょこ丼を運んでくる店で、50円くらいでなかなか旨い。
 フォーとは「ベトナム式うどん」と呼ばれているもので、まぁ日本でいうラーメン感覚でそこら中に屋台がある。だいたいフォー・ボー(牛肉入り)、フォー・ガー(鶏肉入り)が定番としてある。もちろんスープや麺等は各店によってだいぶ当たりはずれがある。で、それとともに別皿で大量の香菜、ハーブ、その他「これ、ほんとうに食い物か!?ドッキリカメラで、『道端の草、なんでも食わしてみましょう』って企画じゃないだろうなあ!!」てな見たことのない葉っぱが、山盛りで盛られてくるので、それをお好みでいれる。

 さて、今日は車で3時間くらいのビンチャウという温泉に向かった。そう、ベトナムにも温泉があるのだ。混浴かな?アオザイを着た少女が、その薄衣を剥ぐ時・・・ウッホー!!
 ちなみにそこまではバスなどの公共交通機関はないので、車をチャーターした。一泊して次の日ホーチミンまで帰る分とあわせて、ひとり1500円くらいである。
 ベトナムは、大きな町と大きな町を結ぶバスや、わずかな列車以外は、交通機関はまだほとんど発達していない。たぶん、国内旅行や移動がそんなに一般的ではないのであろう。
 なので、ちょっとマイナーな場所に行こうと思ったら車をチャーターするしかない。でもレンタカーというのはなくて、常に「運転手付きの車を借りる」ということしかできない。今回俺達は人数がまとまっているからいいが、個人旅行者はまだまだ大変だと思う。

 車は、水はけの悪い道をゆく。きのうの夜雨が降ったのか、ところどころ、はっと下を見ると、「ここは水中じゃなかとねー」
 というようなところを走っている。
 30cmぐらい水につかったままの泥道で、となりでスクーターの二人乗りをしているおっさんが、俺達の車を抜こうとして水にタイヤをとられ、よろけて関係ない民家の庭先に「うぉぉぉぉーっ!!」っと突進していくのがみえる。
 やっと大きな道に出ても、道の両側は畦道を除けば満面に水をはった水田だったり、池だったり川だったりと、なんだか水中にこの道路だけがぽつんとまっすぐに走っているような不思議な感覚だった。
 いい言い方をすればそれは「メコンの恵み」なのかもしれない。ベトナムが、貧しくても飢餓が少ないといわれる所以だろうなーと思った。 しかし、別の言い方をしてみよう。
「・・・おいっ、この国、水びたしだぞ!!」

 途中、人家のないようなところで、長い静かな葬式行列にもでくわす。

 少しずつ山の中に入ってきて、白樺の高原のような地帯を過ぎると、目的のビンチャウ温泉に到着。踏み切りのような門が道にあり、入場料をひとり50円取られる。車も止まり、英語のわからない運転手に身ぶり手ぶりケツぶりぶりで、
「明日の午後1時にまたここに来てくれ」
 と伝えた、その時だった。
 誰かが叫んだ。
「あ、あれはなんだ! 」
「巨大な、ば、化け物ねずみか!?」
「それだけじゃないぞ!!」
「うげえっ!! 大蛇が、し、鹿を丸飲みにしている!!」
「うっぎゃあぁぁぁ!!」
 悲鳴とともに俺達は一目散に、そこに向かった。
 一目散に逃げたのではなく、一目散に向かったのは、それが本物ではなく、つくりものだったからだ。さすがに本物なら、いくら頭に脳味噌のかわりに赤だし味噌が入っちゃってる俺達でも、逃げ出す方を選択する。
「なんじゃ、こりゃあ!」
「おっ、この巨大なねずみは檻になっていて、中に、何故だか猿とヤマアラシがいるぞ。」 
「この鹿を丸飲みにしている大蛇の中には、やっぱり本物の大蛇がいるぞ!」
「鹿は?鹿は?」
「いや、カブラギ、さすがに鹿はいないよ。すまない。」
 って、なに俺はあやまってるんだ。
「おっ!! 巨大蜘蛛の巣もあるぞ! そして、この中には!」
「・・・掃除道具がおいてある。」

 しかし、こんなことで驚いてはいけない。実はベトナム人はどうやら、基本的に妙竹林な作り物が好きなようなのだ。
 前回来た時、もっとも俺達が気に入ったのが、ダラットという町の通称「クレイジーハウス」と呼ばれるホテルだ。ここはまさに「なんじゃい、こりゃ!!」の建物。とにかくこれほどまでに無茶無勝手無軌道無理難題な建築というのは世界中にもそうそうないだろう。
 朽ち果てた巨木、というイメージで、巨大な「なんだかわからないもの」が建っている。ちょっと離れたところから見たら、変な形の小さな山か、保存状態が悪くってドロドロに溶けてしまった遺跡かなにかだと思うに違いない。とにかく徹底して角ばったところを排除したようなグニャグニャな物体、B級ガウディ。
 天井は鍾乳洞のように複雑に垂れ下がり、窓やベッドも5角形だの7角形だので、
「空間を合理的になんてだーれが使ってやるものか、別に家は四角と決まってるわけじゃないんだから、こんな家建てたっていいだろ、べらんめえ!! 」
 という気概がある。しかも部屋それぞれに名前がついていて、「蟻の部屋」「熊の部屋」「ひょうたんの部屋」「カンガルーの部屋」などがあり、カンガルーの部屋にはでかいカンガルーの巨大なオブジェが部屋を占拠していて、人はその隅で寝る。しかも、夜中になるとそいつの目は不気味に赤く光りだす。
 ちなみに俺が泊ったのは「コンドルの部屋」。もちろん巨大なコンドルのクチバシは、眠っている俺を完全に狙っている。ちなみに暖炉はひびの入った巨大なコンドルの卵だ。小さい卵はゴミ箱だ。
 このホテルはまだ日々増殖中なので、どんどん形が変わっていく可能性がある。木の横から出ているキリンの首の休憩所は、まだ完成していなかった。ああ、この悪夢の宮殿は一体どんな形で完成を見るのだろうか。
 ただし、このホテルのあるダラットという町は高原にあるので、寒かった。ベトナムは常夏の国だと思ってTシャツ半ズボン、当時素足にサンダル履きだった俺は、その時、耐え切れずに上だけモコモコのセーターを買い込んだ。そんな上下滅茶苦茶な格好でウロウロしてた俺は、おめえの方がよっぽどクレイジーだと思われてたかもしれないが。

 とにかく、そんな事も思い出しながら、しょーもなくもわけわからないミニ動物園を見ていると、ひょこひょこ誰かが近づいてきた。宿の人か?それとも俺達と同じ「しょーもないもん大好き」の観光客か?
 ・・・って、おまえは猿じゃないか!! 檻の中から自由に抜け出して遊びほうけてていのか?他の奴はちゃんと檻に入ってるぞ。っていうか、そういう道徳の問題じゃなくて、猿がそもそもふらふら何の柵もないところをうろついてていいんかい!
 と思ったがさすがに猿は日本語がわからないっ、ていうかベトナム語すら会得していないようなので、放っておいたが、この猿がその後あんな騒動を起こすとは、この時はまだ知る由もなかった。

 とりあえず、ホテルのフロントでチェック・インする。いつも宿は予約なしの飛び込みだが、ここで断わられたら、他にこのあたりはホテルどころか町もなかったので、ちょっとひやひやしていた。しかし、さすがに巨大ねずみと鹿食い大蛇の宿には、俺達の他には誰も泊まろうというもの好きはいなかった。
 本当は、木の上に家がくくりつけられた「ちょっと鬼太郎」タイプのコテージに泊まりたかったのだが、どうやらここも客がいなくてメンテナンスをしてなかったらしく、フロントのある建物の部屋をそれぞれあてがわれた。部屋割りはちなみに俺はR君と、くす美さんは上杉あやと、そしてカブラギはいつでもオナニー自由自在である。
 部屋に入って、とりあえず車移動の疲れをとるか、とベッドにボーンと体を沈めてくつろごとうとした、その時である。壁ぎわを、何かがササーッと走った。ゴキブリ?いや、違う。もっと足の多い・・・
「タ、タラーンチュラ!!」
 俺は思わずでかい声をあげた。
「タラーンチュラが、そ、そ、そこを!!」
「えっ!? なにっ、やだっ!!」
R君も顔がひきつっている。
 でかくて黒くて足のいっぱい生えた気味の悪い、俺の体を這いずりまわったらおそらくはその場で俺は泡をブクブク吹いてキューと失神してしまうようなコワーイタランチュラが、壁を伝ってベッドの下の方に潜り込んだのである。
 いや、蜘蛛には詳しくないのでそれがタランチュラかどうか、本当はわからない。というか、多分タランチュラではない。もしかしたら「ただの大きめな黒い蜘蛛」なのかもしれないが、とにかく以後、ホテルを出るまで俺とR君のあいだでは、
「タラーンチュラはどこいった?」
「タラーンチュラは、そこにいる。」
が合言葉になった。
 しかしタラーンチュラは意外に動きが早く、「おい、どこにいるんだ!」と探している時は、まずみつからない。ところが、気を許している時、例えばトイレでふーっとひと息ついて「やれやれやー」なんて思っていると、その足下に微動だにせずその黒い固まりがニヤリと佇んでいて、そのまま便器に顔突っ込んで気を失いそうになったり、棒で突いてなんとかドアから外に追い出し、ふーっとまたひと息ついて荷物の整理をしようとしたら、その当の荷物の上に何故かもう「俺の方が早いでしょう! うひゃひゃひゃひゃ!」と乗っかっていて、鞄の中に顔突っ込んで気を失いそうになったりと、だいぶ俺の寿命を縮めてくれた。

 レストランでイカや牛肉のぶっかけ飯で遅い昼飯を食ってから、敷地内の探索に出る。まずは、部屋のすぐ前に、メリーゴーラウンドがあった。まぁ、ただの鉄製の、手こぎの、ちゃちな、ペンキの剥がれた回転木馬だけど。で、「無邪気で素敵な子供中年」の俺達はもちろんそれにまたがり、
「うっひゃあー」
「はやい、はやいー」
「おいっ、そんなに回すなよ! うっひゃひゃひゃひゃ!」
「えいっ! 飛び乗りの術!」
 等の幼児プレイを繰り返した。本当に楽しくてくるっくる回っていたら、なんだか俺達にあつ~いというかつめた~い視線を感じたので、「だぁーれ?こちとら、夢中に遊んでるのにぃ!」
と思ったら、小学生くらいのベトナム姉妹が「無邪気で素敵な子供中年」を静かにじっと見据えていた。
 俺達はすかさず、
「はははぁ! なあ~んてね!」
「童心を忘れちゃ、駄目だよ!」
「さぁ、おじさん達はそろそろ退散、退散!」
 とかなんとかいいながら、すごすご、木馬というか、鉄馬から離れた。

 それから肝心の温泉がありそうな方に向かう。
 途中、気持ちの悪~い、足がいっぱいあ~る、体の穴という穴に入ってきたら発狂してわけわからなくなって、突然ラジオ体操第ニを元気よく始めてしまうぐらいに恐ろしい、ムカデかゲジゲジかわからないそんな足タクサンの生き物を、狂人のくす美とカブラギだけは「うわぁ、かわいい!」などと掴もうとしたり、でっかい蝶かバッサバッサ飛んできてR君が逃げまどったりと、ここがいかに人間社会から隔絶された下等動物のテリトリーか、ということを思い知らされた。


カブラギ、すべり台に死す

 さて、目の前に遊歩道が出てきた。池のまわりに張り巡らされた偽木の道で、池にはところどころワニやライオンが首を出している。もちろんそこは「作り物だ~い好き社会主義共和国」のベトナムなので本物ではなく、ちゃちな作り物だ。でも、池の中にところどころ、ぶくぶくと泡が出ているところがある。ということは、ここが温泉か。
「やれやれ温泉か・・・ふう。リラックス、リラックス。」
 ・・・って、ここは、単なる汚い泥の溜まった池じゃい! わしゃ、B級お笑い芸人の罰ゲームか!
 てな感じで、とても入浴できるような代物ではない。しかし温泉というもの、日本では「入浴するもの」だが欧米などでは「飲む」ことが主体だったりするから、「温泉」という言葉に騙されたかもしれんなぁ、と思った時だ。
 目の前にプールが出てきた。しかも何人かのベトナム少女達が、服を着たまま、きゃあきゃあ入ってるではないか!
「むほほほぉーーーーっ!! これだよ、これ!」
 俺達はダッシュで部屋に戻ると、鼻息もフガーフガーと荒く水着を取ってきた。
 さぁ、お湯に濡れたアオザイギャルとひとっ風呂としゃれこむかぁ!と、海パンのゴムもゆるく、豊満な俺の肉体と貧弱なカブラギの肉体をさらしたその時だ。
 それまで温泉プールの中で楽しそうにはしゃいでいたアオザイギャル達が、一斉にササーッと、黙って小走りに引き上げていった。
「おいおい、どこ行くんだよ。俺達ぁ、悪いことは何もしないよ! ほら、この無邪気な顔をよく見てごらんよ! あはははは!」
「素敵なジャパニーズ・ボディだよーっ! うふふふふ!」
 と、いくら俺やカブラギが言おうが、声は山にこだまするだけ。
「で、でも俺達、そもそも女連れだったよな。べ、別にそれでいいよな。」
 そういって振り返ると、少し遅れて来たナイスでアーバンなジャパニーズ・ウーマン達の姿がそこに見えた。
「いやあ、やっぱりベトナムギャルより、君らだよね。」
 人より若干素敵脂肪のR君、まさに「生きている、素敵こけし」のくす美さん、素敵ジャージの上杉あや。
 しかし、神の声として、いいや、俺の声じゃないぞ! 誓ってな! 神から伝えてくれと言われた声としてこのメッセージを3人に伝えよう。
 「・・・スレンダーがいないンダーーーー!!」

 実際、ベトナムにはおブタさんが極端に少ない。デブ専の人が悲しんで身投げするほどに。町を歩いていて本当にたま~に小太りのおっさんやおばはんを見ることがあるくらいで、若い娘で太った人など天然記念物的エリマキトカゲウーパールーパーだ。でもだからといって別に食い物に困って痩せているわけではない。
 むしろ、日本人よりも食う量は多いくらいだ。みんいつでも屋台でバアクバク飯を食い散らかしてる。しかるに何故太らん?
 なので、てっきりこれは体質の問題だと思っていた。
 ところが、これは聞いた話だが、確かに多少は体質の問題もあるのかもしれないが、女の子はとにかく子供のうちから毎日、食事の後は必ず母親にストレッチをやらされているそうだ。そして、夜9時以降は、何があっても食べ物を口にすることはないという。それが徹底している、というのだ。あの体は努力の賜物だということらしい。つまり、「太る」ということはもうとにもかくにも、人間として最低のことらしいのだ。

 そんな最低、いや素敵に最低なジャパニーズウーマン達と、素敵にデブな俺と、素敵に貧弱なカブラギの5人で、それでも温泉プールでキャハキャハいっていた。
 プールには、子供が遊ぶ為の、象のすべり台もついていた。つーっと鼻を滑ってお湯の中にボッシャーン、というわけだ。
 俺達は他に人のいないことをいいことに、次々とそれをきゃはきゃは滑った。なんせ、回転木馬は取られたからな・・・。
 と、カブラギもすべり台の登り口にあらわれた。
「よーし、カブもいったれや!」
「日本人の無邪気さ、証明したれ!」
 ところが、カブラギの動きがちょっと変だ。
 すべり台の上で、下をきょろきょろ見下ろしている。
 すべり台といっても、前述のように単なる子供用のものだ。すべる長さは1m程度の、本当のお遊び用なのだ。ところが、カブラギの両手は、すべり台の両脇をがっしり強く強く握り締めたたまま、微動だにしない。
「なにやってんだよー。早く滑れよーっ。」
 その声にカブラギもはっと我にかえり、ようやく滑り面に足をつけた。ところが、さぁ滑るか、というその時、彼の体勢がぐぐぐぐっと元に戻り、そこで首をひねっている。
「なんだよーっ、まさか怖いんじゃねえよな?」
 こっちを見ない。
 そして何ごとかぶつぶつ呟いている。
「角度がなぁ・・・」
 角度がなんだ?
「意外に下がすべりやすい・・・」
 当たり前だ。すべり台なんだから。
「・・・駄目だ。」
 な、何が駄目なんだーっ!?
 そういって一旦そこを降りてここにきたものの、みんなの、
「なあに、本当に怖いんだ!」
「馬っ鹿じゃねえの!? すべった途端にプールの中じゃねえか。」
 あまりにみなに言われるので、流石にカブラギも少々ムッとして、再度チャレンジした。
 ところがまた、上には登ってみたものの、激しく首を横に振っている。目が、怖い感じになっている。
 今までカブラギが高所恐怖症という話は聞いたことがない。それどころか、鉄道写真を撮影する為、道もない山道を登ったとか、機材を救おうとして、ごろごろ山から転げ落ちたとか、の話も聞いたことがある。
 そうだ。それより何より一緒にトルコに旅行した時は、凄い断崖絶壁で、ちょっと強い風が吹いたらそのまま何100mか下にまっ逆さまで、「おい、おめえわかってるのか。風が吹いたら死ぬんだぞ。足を滑らしたら死ぬんだぞ。ダンス踊ったら死ぬんだぞ。おめえは、そんなところに立っているんだぞ!」とまで俺に熱弁させた場所に、カブラギはひょこひょこカメラ持ってへらへらしてたじゃないか。
 それなのに、こんな1m滑ればすぐにプールの水面で、危険の「き」の字もないようなところが何故怖いんだ?
 一体おめえの恐怖感覚はどうなってるんだ?
 もしかしたら、人とは感覚が逆に入っていて、
「高いところは安全だ。踊ったって、大丈夫。低いところは危険だよ。ぶるぶる震えて戻りなさい。」
 とでも神様が間違って脳にインプットしてしまったとでもいうのか。・・・うむ。カブラギなら、有り得そうだ。
 とにかく再度チャレンジしてみても、結果は同じ。また何かぶつぶつとつぶやきながら、水面をじーっと見つめている。おいっ! それはただのプールのお湯だよ。トゲもなけりゃ、毒もありゃしねえよ。一体なんだってんだ、おめえはよ!
 「いやあ、飛び込み、ってえのがとにかく駄目なんだよ」
 しかしその訳のわからない弁解は、すぐにその馬脚を現すことになった。
 そうこうしているうちに、ひとりのベトナムの褐色の肌の少年が、プールに入ってきた。
 と、さすがに俺達もすべり台で「ヤッホー、ヤッホー! 」という感じではなくなったので、みんな、プールのへりに上がって、しばしの休息をとっていた。
 と、そこに一匹のアブが出現したのだ。
 まず、アブは俺の体にまとわりついた。
 俺は子供の頃アブに刺されてエライ目にあった記憶があるので、ウヒャア、といって逃げまどった。そして最終的には、プールの中に鉄の階段を伝って降り、難を逃れた。
 目標物がお湯に入ってしまったアブは次に、そんな俺をニヤニヤ見ていたカブラギの方に、突然襲いかかった。自分の方に来るとはまるで予想していなかったカブラギはしかし、
「ウッヒャア!」
 と言ったかと思うと、その瞬間、プールの中にザンブと音たてて頭から飛び込んだのである。
 ・・・おいっ! おめえは飛び込みだけは怖いんじゃなかったんかい!
  「飛び込むにはお湯の深さが少々足りんな・・・」じゃなかったんかい!
 ・・・はっきり言おう。
 カブラギ、おめえはやっぱり、「謎の未確認意味不明人間」だ!

 ちなみにそのアブは、そんな俺達のもんどうり打つような狂態を見て、微笑みながらベトナム少年が、素手でパチンと難なく捕まえて、ポイッと捨ててくれた。
 日本男子の面目、丸つぶれ。
 そしてジャパニーズ・ウーマン達はベトナム少年の方をうっとりと見上げると、静かにパチパチと拍手を送ったのだった。


オンリー・カエルライス

 ホテルに戻ってからも「かっこ良かったぁ、あの人!」ときゃあきゃあうるせえウーマン達。そして無言ですごすごその後をついていく、俺とカブラギ。そうさ。心底情けねえのが、俺達の売りなのさ。
 しばし部屋で休んでいると、もう暗くなり始めてきた。
 さぁ、今日の晩飯はどうするべい、といっても、この敷地内には一軒しかレストランはない。今日は昼が遅かったので、少し遅目の晩飯にしようと、閉店時間を聞きにいった。すると、なんと7時でおしまいだという。もう、6時半なのであと30分しかないが、腹はまだ全然減っていない。しょうがなく、今作っておいてもらってテイク・アウトしようとする。店のおばちゃんに聞く。と、
「カエルライスしか出来ないけど、それでいいんだね。それを5人前でいいんだね。」
「えっ?・・・カレーライス・・・ま、しょうがないか。」
「カレー? あたしゃカレーなんて言ってないよ。カエルののったカエルライスだよ。それでいいんだね。」
 ま、待ったぁ!!!
 カエル、嫌ぁぁぁぁぁぁ!!
 最初は「ベトナム流ジョークか、あっはっはーっ!」と思ったが、おばちゃんの目は、全く笑っていない。大まじめである。そりゃ、この辺にゃいくらでもカエルはいるから、捕まえるのは容易だろうけど、ちょっと容易過ぎるわい!
 さすがにうろたえて、
「それなら、フロントに売っていたスナック菓子を、全身粉だらけになってむさぼり食ってた方がまだましじゃい!」
 との結論になる。
 うーむ。ベトナムでは飯だけは安いんだから、遠慮なしに毎日ガッツンガッツン食おうぜーっ、と言っていたのが、早や、こんな事態に陥るとは。
 もっとも、ここに来るのはベトナム人の日帰り観光客だけで、それも次の日見てみたら、みんな弁当持参でそこらの道端に車座になってワッハッハーだったから、夜、レストランを開けててもしょうがないのは、理解できる。でも、宿泊客はどうなるんじゃーい!「夜はこれからウヒョヒョヒョヒョ!」と思ってたのに7時でおしまいじゃあ・・・。
 って、ここで愚痴を言ってもどうにもならない。すべては、外国人なんざ滅多にこない、こんなマイナーな温泉地に来た俺達が悪ぅございますよ。

 夜はカブラギとくす美さんと、温泉プールにまたいく。真っ暗なので、今度はみんな全裸になって泳ぐ。くす美さんのこけしヌードを見ようと目をこらすが、本当に真っ暗闇。
 温泉から上がってベンチでごろっとしながら、凄い数の星をみながら、ビールを飲んで旅の話をした。湯上がりの妙に上気した気分で、ほわほわとしてて、なんだか自分が今どこにいるのかふっ、とわからなくなった。
 でも別に今がいつで、ここがどこで、自分が何かなんて、本当に大した問題じゃないんだよなぁ、と思った。 

 次の朝。例のカエルライスのレストランで朝飯。というか、ここしか食えるところがないんじゃーっ。
 せっかく人数がいるんだから、いろんなものを頼んでつまみっこしようと思ったが、どうやら従業員が怠けたいらしく、「なるべくまとめてくれ」という。しょうがないのでイカのフォー全員分と、チキンウイングを注文する。
 ほどなくイカのフォーは来たが、チキンウイングがなかなかこない。
 でも俺達は気弱自慢なので「どうしたんだ、まだ来ないぞ!」とはなかなかいえない。しかも、ここのおばちゃんは英語もほとんどわからないので、なんか言った途端、何故かカエルライスが出てきてしまいそうで、滅多なことがいえないのだ。
 みなでびくびくしながら、従業員の動向をみる。
「おっ、台所に誰か行ったぞ。」
 (ザワザワザワ)
「道具箱から何か出してるぞ。鶏の骨を砕く道具か?」
 (フレー フレー)
「椅子?階段状の椅子を出して来たぞ」
 (?)
「天井の電球をくるっくる替えてる。」
 (シュン)
「おっ、今度こそ何か調理してる。鍋を火にかけてるぞ。」
 (ヤッホーヤッホー)
「皿に盛ってる。明らかに料理の出来上がりだ。」
 (バンジャーイ バンジャーイ)
「それをこっちには持ってこないで、何故かあちらで取り分けて・・・」
 (???)
「はい、従業員のお昼が出来ましたーっ。」
 (ガックリ)
 ってなことで、1時間半も待って、結局なしのつぶて。会計をするが、「一杯のフォーで長いことねばってたわね。おほほほ。」という顔。
 違うんじゃーっ!

 さて、長い朝飯が終わったが、チキンウイングが出てくるものと思っていたので、まだ小腹がへっている。そうだ! ここは温泉なんだから、温泉玉子を食べよう、ということになった。
 きのうのプールから少しいったところに、温泉玉子を作っていたところを思いだしたのだ。
 早速、行ってみる。
 売店で生卵を10円くらいで買い、それをビクの中に入れ、温泉に漬ける。ちなみにビクを入れるところは、割れた形の卵のオブジェになっている。15分ぐらいでずるずると引き上げると、見事に黄身がプニュプニュの温泉玉子ができていた。温泉玉子なんて日本だけの食文化だと思っていたので、なんだか嬉しくなった。あら塩と、こしょうもおまけにつけてくれたので、それをさっとふる。R君が夢中になって、ほお張る。ベトナムの卵は、鶏を野生に育てているせいか、日本よりも随分と味が濃いのだ。

 それからしばらく散歩をする。このあたり一帯は絵に描いた様な高原の樹林地帯で、白樺がグニャグニャになったような森が、どこまでもどこまでも続いている。まるで子供用アニメで描く高原のようだ。
 時折、一体こんな森の中の道がどこに通じてるのか、自転車に乗った親子連れや、ハーブを沢山後ろに積んだバイクの兄ちゃんがガタピシ通り過ぎていく。
 赤土の泥道はいろんな方向に滅茶苦茶に伸びているけれど、結局全部同じところに通じてるという、変な道だ。なんだかここをぽくぽくと、どこまでもどこまでも歩いていきたかったが、そろそろ車でホーチミンに戻らねばならない。何故なら、今日の夜には天然ハプニング・ウーマンのクニちゃんが単身、やってくるからだ。


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