ドキドキドキリコ初体験(97)

さて、このコンテンツは初体験を告白するページだ!
・・・と言っても、Hな事ばかりが初体験ではないぞ。世の中は、初体験のことで満ち満ちている。それを報告してもらいたい。例えば立ち食いそば屋に初めて入った初体験、母親を初めて背負った初体験、ファンレターを初めて書いた初体験、ビンタをくらった初体験、万引きで捕まった初体験・・・。大きな事でも、些細な事でも、アホアホな事でも何でもいい。
 最近した事、昔の事、とにかく「初体験」にまつわるエピソードを送ってくれい。メールの題名は「初体験」で。ペンネームもな。ポイントは内容によって3ポイント〜∞(無限大)だ。ドキドキしたその時の様子を報告してくれい!

初めての井戸水ごくごく体験

波照間エロマンガ島です、こんにちは。日本は猛暑日が続いているそうですね。こちらタイランドは現在雨季で、しのぎやすい天候であります。日本から遊びに来た友人が「サバーイサバーイ(気持ちよい気持ちよい)」と言って喜んでいますよ。皆さん夏休みはタイへ秘所にいらっしゃるのはいかがでしょうか。あ、間違えた、避暑ですね。それはさておき。。

突然ですが、わたしが井戸水の美味しさを知ったのは1982年7月、大学1年の夏休みに行なったお墓掃除のアルバイト時においてでした。新盆前の仏教寺院にあるお墓を一日かけて掃除するのですが、わたしは横浜市にあった古刹の寺院で休憩時間に井戸水を汲んでごくごく飲んだのですが、これが美味しいのなんのって。生まれて初めて井戸水がこんなに美味いんだと驚嘆しました。それは高温の中での作業のせいもあったのでしょうけれども、東京都の水道水の不味さに心底辟易していたので、余計のこと井戸水の美味しさが身にしみました。美味しいのでいくらでも飲めるんです。わたしは何度も何度も水を汲み上げて飲みました。

最高のひとときでした。今から振り返ると水質は安全だったか一抹の不安もありましたが、美味しかったのだから仕方ありません。という初めての井戸水ごくごく体験の巻き、でした。(波照間エロマンガ島 19/8/13)

(寸評)それとは逆に茨城県に一年住んでいた時の霞ヶ浦の水を浄水した水道水は、ものすごい味だった。
沸騰させてお茶にしても消えない味。今は改善されたが、あれは吃驚した。40年前の話だけどね。 6ポイント。

はじめてのゴキブリ退治

少し前、昼寝しようと思ってベッドの上を見ると、焦げ茶色のシミが見えました。「あれ?どうしてこんなところにシミ?」と思って近くに寄ると、シミが動きました。「えっ?」と思ってよく見てみると、ゴキブリ(体長5.6センチほど)でした。「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!出たぁぁぁぁ!!」と叫びながら走って逃げ、母親に「ゴッキーが出たぁぁ!俺のベットの上に!!早くあいつを追っ払ってぇぇ!!」と懇願し、退治してもらいました。いや、高校生にもなってゴキブリ一匹退治できないなんて、情けないとは思います。でも、嫌いなんだからしょうがない。

ともかくもそのゴキブリは退治されました。でも「一匹見たら・・・」というように、絶対アイツの仲間が僕の家に多数潜伏しているはずです。昼間にですら堂々とベットの上に鎮座していたわけですから、夜は何しているのか分かったもんじゃない。カサコソカサコソと、僕の顔の上を歩いたり、布団に入ったりしていると思うと・・・もう我慢できません。「さっさと殲滅してやる!」

翌日、母親に頼んで、煙タイプの殺虫剤を6缶ほど買ってきてもらいました。というのも、少し前に見たネットの記事で、煙が一番と書いてあったのを思い出したので。そして、殲滅作戦決行の前日。またヤツが現れました。ということは、我が家には200匹ぐらいいるんでしょうか。

ところが、いざ煙殺虫剤×6をフル稼働させても、一匹のゴキブリの死体、いや、何か虫の死骸さえも見当たらないのです。「ちゃんと煙出たの?」と母親に聞くと、「家から帰ってきたときはすごい息がしづらかったし、家の中にあった植木の葉っぱとかもだいぶ弱ってる。効いたと思うけど・・・」とのこと。あれからもうゴキブリを見かけてはいないのですが、どこにいるんでしょう。どこにい〜るの〜どこいっちゃったの〜ぼくの目の前の〜ゴッキ〜(未成年 19/7/27)

(寸評)病院に勤めてた時に、「寝ていたら耳の穴の中にゴキブリが入りこみ、そのまま中で動いてる」という急患、来たよ。脳味噌を食べてるのかな。 6ポイント。

はじめてのコガネムシ飼育

♪こがねむしーはーかねもちだー、金蔵がどうこうでなんちゃららーー、てなへんてこな歌を最近の皆様はご存知ないのでしょうか。冒頭から意味不明な展開恐れ入ります、そう、昨夏のこと、うちのぼうずがコガネムシを飼育したい、というわけのわからないことをおほざきになったので御座います。ゆえにその混乱/混迷から私の文章もいつも以上に支離が滅裂してフライトゥザムーン。

さてこのコガネムシの野郎ですが、これまでオポ家では1階に住まう義叔父の趣味の園芸の大敵として認識されてきました。
なんでかっちゅうとこいつら、義叔父の気に入っている樹木の青々とした分厚い葉っぱをモリモリお召し上がりになり、センターの葉脈を残して喰い尽くしてしまうという困ったちゃん、金持ちどころかまっこと餓鬼道精神に則った御仁で、いまネットで検索しても飼育方法より俄然駆除方法のほうがヒットする、という体たらくなのであります。

そんな迷惑インセクツを葉っぱからいっちょつまみあげ、「かう」とのたまった我が子のファンシーさ。まぁ良いでしょう、奇人(=私)の子は所詮奇人、どのみち夏の終わりまでには滅却しているでしょうから、好きにさせておこうと思いました。

早速ぼうずは虫籠にそいつと主食の葉っぱを放り込み、「グリーン」という直球きわまりないおなまえを与えました。確かにその緑の光沢バディから黄金虫の名はつけられておるのですが。
しばらく放っておくと分厚い緑の葉っぱは見事に喰い散らかされており、ホネホネ状に。やはり例の歌は誤りで、断じてこいつは金持ちなどではないっ、とひとり憤慨していた私ですがグリーンのために葉っぱを取りに行かされました。何故俺がこんな奴の丁稚を。

土さえも敷かぬ簡素なプラスティックの箱の中、グリーンは日に2枚、多い時は3枚の葉っぱを喰らい、さして大きさに変化を生じるわけでもなくまたほとんど動くことも無く、緑の身体で緑の葉を喰い緑の糞を垂れ垂れ過ごしました。こんな不毛な昆虫飼育は初めてですが、おそろしいことにどんな物体にも名前を与えれば愛着などというものが否が応にも湧いてくるものなのか、嫁はんとぼうずはあろうことか「グリーン、グリーン」などと声掛けすらし始めたのです。

ある日のこと、箱の中からグリーンの姿が消えていました。単調な暮らしに飽いたのか、脱走を企てたようです。普段滅多に動きもしないくせに。
さして広くもない我等が居住スペース、されど相手はたかだか2cm程度の小虫です。何処を探しても奴は見つかりません。ただあんな目立つ緑色ですからちょっと真剣に探せば見つかりそうなものなのですが・・・。
結局他の虫に喰われたか、ここぞと本気を出して羽ばたいて逃げたんじゃないか、と適当な推測をして我々はグリーンを諦めました。

が、翌日。ふすまを開けようとした私が見つけたのは、薄茶色のくすんだ2cmの物体。ひっくり返っていませんから生きています。どうでもいいですがなんでこういうご連中は絶命するや裏返るんでしょうかね。自慢のボディカラーが変わっていたのは床の色に合わせた保護色だったのでしょうか、ほどなくして奴は元の色に戻りました。丸一日半飲まず食わずでも、葉っぱをふつうにバリバリ喰うので弱っている様子はありません。流石は園芸愛好家の駆除対象、タフな野郎です。

夏は過ぎ、道端のそこいらでやりきった感を出した同族の緑色たちが転がっています。
しかし、我が家のグリーンは雨風から守られ、毎日新鮮な葉っぱを提供され続けているが故かピンピンしています。こんなアホな。人の手で飼育すればこいつ、いつまでも生き延びるタイプの奴なのか。それでも昆虫嫌いの私は癪なので、「コガネムシの平均寿命」なんてあほみたいな検索はかけず、慈愛のまなざしで声をかける女房子供を尻目に日々を過ごしました。

秋も半ばに入り、日射しも徐々に和らいできました。嫁はんが少し顔を曇らせて、「昨日から葉っぱ1枚しか食べへんねん」と申します。この頃になるともはやぼうずは飼育に飽きており、献身的に世話をするのはもっぱら嫁はんでした。“なにかしらの生き物を飼育したいと申し出た子供の親あるある”ですね。植込みの葉っぱからグリーンを誘拐してから、ぼちぼち2ヵ月が経とうとしています。すでに当該の植物には、ずいぶん前からお仲間の姿を見なくなりました。 それから2、3日。いよいよグリーンは葉っぱを喰わなくなりました。
憐れに思った嫁はんがキャベツをすりおろした汁を与えると、なんとコクコク飲むではありませんか。生きる意志を示したグリーンでしたが、次の日になると途端に動きがなくなりました。

嫁はんとぼうずは、心配そうに「グリーン、頑張れ」と声を掛け、もともと元気な頃からほとんど動かないグリーンを応援します。わずかに右前脚をプルプルさせるのが、奴の生存の証でした。こんなちんまい、園芸家が見つけ次第駆除するような虫を、ここまで愛に満ちた瞳で見守る母子があったでしょうか。知らんけど。

翌日仕事から帰ると、虫籠は空になっていました。馬鹿にしていた私でしたが、悔しくも一抹のさみしさを感じてしまったのは事実です。南無阿弥陀仏。主食の樹の下にとむらってやったそうです。

それにしてもグリーンの奴も長生きしたものです。外にいた親族連中に比して1ヵ月以上は生きたでしょう、しかし果たして奴が幸せだったかどうかは誰にも判りません。外の世界で自由を謳歌し、子孫を残すことが奴の本懐であったのかもしれませんが・・・

とはいえ、天敵もおらず労せずして飯も手に入る、これはまさに金持ちの生活ではありませんか!? 私の負けでした。やはり歌にある通り、コガネムシは金持ちだったのです。うちに金蔵は建たへなんだけど。たはは。(オポムチャン 19/7/27)

(寸評)いつかグリーンジャイアントになってウォッホッホッホッと帰ってきて、コーンを山ほどくれるよ! 7ポイント。

はじめてのタピオカ

話題323 女の子になりたい
2019年7月6日(土)
はじめてタピオカを飲みました。
これで僕も女子高生の仲間入りです。

おわり。

付記
美味しかったです。いろいろ種類があったのですが、ベーシックなミルクティを選択しました。
タピオカのもちもちとした噛み応えが良かったです。(わいわい 19/7/27)

(寸評)台湾では飲んだなー。
昔からある物なのに何故今頃大流行してるのか謎〜。 3ポイント。


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