ドキドキドキリコ初体験(62)

さて、このコンテンツは初体験を告白するページだ!
・・・と言っても、Hな事ばかりが初体験ではないぞ。世の中は、初体験のことで満ち満ちている。それを報告してもらいたい。例えば立ち食いそば屋に初めて入った初体験、母親を初めて背負った初体験、ファンレターを初めて書いた初体験、ビンタをくらった初体験、万引きで捕まった初体験・・・。大きな事でも、些細な事でも、アホアホな事でも何でもいい。
 最近した事、昔の事、とにかく「初体験」にまつわるエピソードを送ってくれい。出来ればミクシィメッセージ、なければメールにて。題名は「初体験」で。ペンネームもな。ポイントは内容によって3ポイント~(無限大)だ。ドキドキしたその時の様子を報告してくれい!

初めての原動機付自転車

先日わたしのばあさんの原動機付自転車を借りてりんご畑の中を走行いたしました。
雪解け直後の畑は土がしまって走りやすかったです。
ただ、ちょっと持つとこ(向きを変えるとこ)を触るだけでスピードが出るのはおっかなかったです。
乗ってみると自分の足が内股状態になっていて、滑稽だな~と思いました。

新時代を感じた日でした。(公道は・・・遠慮しときます・・・)  「ぼくたち玉二郎」

(寸評)俺も19ぐらいの時はバイク乗りだったんだよね。
よく90kmぐらいでぶっ飛ばしながらヘルメット被って大声でデタラメソングを歌ってた。
なのでヘルメットの中、唾でビショビショ。
まぁその時は茨城県の筑波研究学園都市に住んでいて、公共交通機関がほとんどなかったので仕方なく乗ってたとこもあるんだけど。
なので上京することになったら、免許はポーンと捨ててしまったので今は何の免許も持ってまへん。 4ポイント。

初めてのコーレーグースー

私は辛いものが苦手で、産まれてからの17年間、唐辛子をほとんど食べたことがありませんでした。
わさびやからしは香りが好きなので食べられるのですが、唐辛子はただただ辛い!
それで去年、沖縄へ修学旅行に行って食堂でごはんを食べていたら、コーレーグースーなるものが!
好奇心旺盛な私はすぐに手に取って、ビンの説明書きを見ました。
唐辛子を泡盛に漬け込んだ的なことが書いてあり、ビンの液体の中には真っ赤な唐辛子が何本も。
確実に辛いとはわかっていたものの、好奇心に負けて小皿に2,3滴ばかり落として、指の先に湿らせて舐めてみました。
舌に指の先が触れた瞬間に、鼻の頭から口の中を通って下顎のド真ん中を針が貫通した感覚がしました。
もうびっくりしてお茶やらもずくやらを口に流し込みましたが、ビリビリが全く取れず、しかも泡盛の臭いが口の中に充満していて。
周りのみんなが笑っている中、一緒に舐めた友人と二人でヘァーッと息を吐き出し続けていました。
とんだ初コーレーグースー体験でした・・・。 (すみれ)

(寸評)あぁコーレーグースーって最初加減が分からなくてかけ過ぎちゃうんだよね。
俺も最初はやったけど、今じゃソーキそばのお供で~す。
でも何故か本土では見かけないね。沢山かけて車運転したらヤバいのかな? 5ポイント。

初めての万引きと間違えられた

スーパーのセルフレジで買い物した後に、リュックにつめていたら店員が追いかけてきた。
言葉丁寧、目が睨んでる「失礼ですが、レシート見せていただけますか?(ホラ、見せろよ)」

チェックされたのは、トリスハイボール350ml×3+グラスのセット。498円。ハイボールが4つに見えたのに、一つしか払ってないと思われたらしい。即「失礼しました」と引き下がろう(逃げよう)としたので、そうはさせじと、捕まえてお説教してやりました。

これはセット商品だから、レジでは一つの商品になるのだ。場所はあそこの通路に置いてあるので、見ておくように。

ま、そのくらいで許してあげました。同い年くらいのおばさまでしたしね。

翌日はリベンジで同じ商品を買い、セルフレジを通る時に店員を捕まえて「昨日、こんなことを言われたから、ちゃんと見てね」と嫌味をかましてやりました。

トリスのおじさんグラスはお気に入りで毎日使っています。 (むりや)

(寸評)万引き間違いはまわりの目もあるんだから金一封くらいは欲しいよね。
俺もブック○フで何故かブザーが鳴って店員が慌てて出て来て調べられたことあるな。
むむっ、思い出したらむかっ腹立って来た。 6ポイント。

初めての海外野外ヌーディストイベント参加体験!

今から5~6年前の6月、オランダのアムステルダムで行われた「ワールド・ネイキッド・バイク・ライド」という真っ裸で自転車に乗って街中を疾走するイベントに参加してきました。
このイベントはエコロジー系のネイチャーリストのある団体が「6月の第1週週末に世界同時に裸で自転車に乗ってデモンストレーションしましょう」という呼びかけて開催されたイベントです。ウェブサイトに出ているのを偶然見つけ面白そうなので休みをとってアムステルダムに行き参加したのでした。しかしながら、この年は各国の警察とイベント主催者とのあいだに相当な対立があったらしく、イベントの届けを出しても許可が下りないで無届けのゲリライベントになる国もあったようです。
レンタサイクルに乗って集合場所のアムステルダム中央駅に行くと、待ち合わせ時間の30分前には早くも50人ぐらいの人がすでに集まっていました。それに加えテレビクルーや新聞記者などたくさんのマスコミが取材に来てすごい人だかりでした。そのときは皆さんまだ服を着ていました。主宰者の女性は真っ白な放射能防護服のようなものを着てメディアのインタビューに答えていました。わたしの第一印象は、何かいかがわしい胡散臭い団体だなぁというものでした。その女性は独特のカリスマオーラを出していましたが、以前日本で見てきたマルチまがい商法の訪問販売会社のカリスマ社長とか新興宗教の教祖とかとあまり違わない感じがして、どちらかというといんちきっぽくて「残念な」感じでした。
時間になると服を着たまま出発しました。わたしも様子をうかがいながら50台くらいの自転車の団体のあとについていくことにしました。
6月のアムステルダムは初夏とはいえ、気温は摂氏10度台前半でかなり肌寒かったです。私はすぐに服が脱げるように短パンとTシャツの上に長袖のダンガリーシャツといでたちでした。運河がたくさんあるアムステルダムの街の自転車専用道路を中心に団体は走っていきました。オランダは国土が平坦なので自転車に乗る人が多く、古い自転車も整備されて長く使われています。風は冷たいものの自転車で走っていくうちにだんだん気持ちよくなっていきました。
30分近く走り人の気配のしないエリアに来たころ先頭集団の自転車が止まりました。「いよいよ来たか」と私は思いつつ平気なふりをして彼らに従い自転車を停止しました。いちばん近くにいた初老の男性が「あなたは中国人ですか、日本人ですか」とフレンドリーに尋ねてきたので「日本人です」と答えると、にやりと笑って親指を上げてくれました。そしてやおら皆、服を脱ぎだしました。ちょっとドキドキしたのは脱ぐときの一瞬だけで、そのあとは走っているうちに気持ちよくなっていきました。革のサドルには縮みあがった陰茎がへばりついていましたが、まわりを見るとはなしに見ると、そんなに大きなイチモツをもっている人もいなかったので安心しました。女性も中年以上の方が多かったので特にそれを見たからといって興奮するわけでもなく楽しいバイクライドをすることができました。市街も走りましたが、土曜日の日中だったせいか、あまり人通りは多くなくて、かえって拍子抜けするほどでした。
そんなこんなでバイクライドは終わり、三々五々解散していったのですが、とても面白い体験をさせてもらいました。週が明けて、駅で売っていたタブロイド紙を見ると、そのバイクライドの写真が一面にデカデカと載っていました!残念ながら私の姿は写っていませんでしたが〔笑い〕、私に話しかけてきた初老の男性やちょっと変わった形の自転車に乗った女性などは写真が出ていました。機会があったら今度は日の丸の鉢巻きをしたり目立つようにして参加しようかな、と思うしだいです。もちろん嘘ですが。 (波照間エロマンガ島)

(寸評)スゲェー!かっこいい!
尻までならともかく、意外にも俺は公共の場所で意識的に全裸になったことは一度もない。
まぁ意図せずに野外コンサートで水着の横からお稲荷さんこんにちはしたのは、ご愛嬌ということで(笑)。
今度から波照間エロマンガ島さんのことは「先輩」と思って生きていこう。 10ポイント。

初めての個室ビデオ

某所に遊びにいったとき、そのイベントが終わり、時間をもてあましてしまった。
仕方なくその辺をグールグール探索、すると目の前に個室ビデオがあるではないか!
暇な上 金もアル、何しろ性欲をもてあます(by メタルギアソリッド)という状態
すかさずビルに駆け込み階段で受付へ
90分1000円という安さから真っ先にお気に入りのビデオを借り個室へ
しかもジョークグッズ(気の利いた言い方)も販売してくれてるということでデットヒート
だが退場するとき思い出したのだ 「あっ、ベルトの金具どっかいった!」
結局ベルトを細工して止めて家に帰ったとさ・・・(ズミ天)

(寸評)ベルトの金具がどっかいっちゃうほどにエキサイトしたのかー。
1000円なら悪くないな・・・。 6ポイント。

初めて名字が変わった日

こんにちは。
遅ればせながら先日初めて入籍しました。
婚姻届はなかなか一回じゃ受理されないって聞いてたから慎重に下書き用と清書用(どちらも証人の署名、捺印入り)を用意して、面倒くさいなーと思いながらもまずは下書き用に書いて提出しました。
私は他の市区町村からの転居、転入届も同時だったのと、なんだかんだで一時間ほどかかると言われたので、その間に免許の名義や住所変更に行き、市役所に戻ると下書き用の婚姻届に何ヶ所か訂正されながらも無事に受理され、あれ?こんなんでいいの?と思いました。
でも32年間親しんだ名字(かなり自分に合った名字だった(笑))が今日から全く馴染みなない名字に変わること、それがとてもあっけなく簡単だったこと、なんだか別人になったみたいで旦那と同じ名字になったのが嬉しいというよりは寂しさの方がちょっと強かったです。
私の名前がかなり珍しいので名字とのバランスもあるし(笑)
でも晴れて夫婦になることが出来、新しい名字にも少しずつ慣れ、ダメ主婦ながらもなんとか新婚生活やってます。 (ねこ)

(寸評)うちの妻も最初の一、二年は苗字に慣れないようなことを言っていたけど、今じゃペンネームも石川を使ってる。
まぁ人はいずれにしろ変化するから長い目で見たら名前の変更など時間が自然に消化してくれるのかもね。
おめでとう!ふたりで馬鹿馬鹿しい日々を! ハッピーポイント8ポイント。

初めての、健康体なのに松葉杖をゲット

小ネタで恐縮ですが昨日の出来事を記します。
2012年2月タイのチェンマイに滞在中の石川浩司さんが足の骨を折ったことはファンの皆さんでしたらご存知のことと思いますが、石川さんの容態がだいぶんよくなり、ステッキを使っての歩行ができるようになったことから、松葉杖を使わなくてもよいというお医者さんの許可が出ました。一昨日の晩「もう必要ないので、チェンマイに置いていこうと思うんだ」と石川さんが言うので、それなら、と、松葉杖をいただくことになったしだいです。
昨夜の夕食会のときに石川さんから松葉杖を受け取り、初めて使ってみると、慣れないのでわきの下と両腕に極端な負荷がかかり、何歩か進むとすぐに休まなければ歩行できないほどの苦痛がありました。これは歩くのが大変だなぁ、というのが第一印象でした。
それに加え、松葉杖をしていることでほかの人の視線を痛切に感じ、とつぜん自分が負傷者や病人のモードに入ってしまったのがとても不思議でした。
松葉杖を譲り受ける前は「これをパーカッションにすれば今年前半はメシの種になりますね」などと軽口を言っていたのですが、もしかして石川さん本人にとっては、もう二度と見たくもない嫌な思い出なのかもしれないなと思ったりもしました。
でも、この松葉杖、これからどうしようかな。「石川浩司記念館」が設立されたあかつきには寄贈しようかな。(波照間エロマンガ島)

(寸評)別に見たくもない嫌なものではないけど、町中で松葉杖で懸命に歩いている人の大変さが実感出来ただけでも充分価値があったな。
というか、もうちょっと改良出来ないのかな?この21世紀に。とは一寸思ったな。 6ポイント。

初めての食生活 in タイ

日本では洋食や中華料理は当たり前。昨今の韓国ドラマ人気に韓国料理も更に拡大中です。
そして、タイ料理・・・。
名前は聞いたことがありますが、見たことも無ければ食べたこともありません。
今回の初タイ・チェンマイ旅行で、初めて目にし初めて食することになりました。
辛いものが苦手な人や独特のにおいが嫌いな人には無理だとか、お腹に合わないと物凄い・・・。
まずは機内食でタイ風フライドフィッシュ(焼き魚)が出ましたが、思ったほどのにおいや辛さはありませんでした。それもその筈、日本人の多く乗る狭い機内で本場タイ料理が出せる訳がありません。
チェンマイに到着してすぐ、D氏からマカーム(タマリンド)なるピーナッツの外殻のような鞘に入った干し柿のような甘い実(中に硬い種)を頂きました。
ゲストハウスの部屋に帰って食べましたが、間食に丁度いいおやつです。お腹も平気。
次に食事会でカオソイ(タイ北部チェンマイ料理・ココナッツミルク入りカレースープラーメン)という堅い揚げ平麺と普通の平麺が入ったカレー風味のスープ麺を勧められました。
辛いのはちょっと苦手ですが、一口頂くとカレーの風味がとても美味しい料理です。辛さもそんなに・・・あ、後から激辛がやってきた!
口の周りがヒリヒリ→汗が噴出し→おまけに鼻水まで流れる辛さ。でも病み付きになる美味しさ!
そして、露店で売っているジューシーに焼かれた串刺しフランクフルトみたいなのが、どうしても気になり買ってしまいました。
食べてみるとパリッとまさにフランクフルト。でも中身は・・・焼き飯だ!
サイクローク・カオパット(焼き飯入りソーセージ)という食べ物らしいです。長さ15cm×太さ3cmもあって、1本がたったの15バーツ。
ついに噂のパッタイ!
宿泊しているゲストハウスの、すぐ近くにある食堂でテイクアウト。
タイ風焼きそばなんですが、日本のようなソースべったりの焼きそばではなく、タイ風の海鮮焼きそばと言ったところ。
炒められた卵や麺が香ばしく野菜もたっぷり。毎日食べたくなる旨さです!
まだまだ食べてない物が・・・竹虫(小声)。
なぜかチェンマイで寿司も堪能(乙)。
もう日本では飲めない野菜ジュースも満喫。でもカルピス風味(笑)。
初めてのタイで、これだけ立て続けにタイ料理を食べてもお腹を壊すことも無く、お尻の*が痛くなることも無く。
もしかして・・・合ってる!(デクノボー)

(寸評)こういうの読むとタイに、チェンマイに誘って良かったなぁと思うんだよね。
まぁ余り宣伝して人が大挙して押し寄せたらまた変わってしまうけど、ここの影響力なんてたかが知れてるから、せいぜい自分の気に入ったチェンマイという町を宣伝していくつもりでーす。 7ポイント。

初めての象使いのおじさんの顔色が一変

石川さん、こんばんは。
骨折の回復が順調とのこと、良かったですね。
ユーストリームで拝見して、ギプスは痛々しいですがかわいいピンクといつもの柔らかな笑顔が見ている私たちに心配ご無用って気遣いなのかなと感じています。
どうぞお大事になさってくださいね。

さて、初めてクイズ以外の投稿に挑戦します。
テーマは「初めてのタイ語会話(象使いと一緒)」です。

先日、石川さんのDVD「ライブイン チェンマイ」を入手しました。
その中で、石川さんが象に乗るトレッキングに参加してる場面があり「象には、一度乗ったほうがいいよー」とお勧めされていたのを見ていて、昔の記憶が甦りました。

十五年ほど前のちょうど2月の今頃、私もタイに旅行へ行きました。
バンコクからウタイタニー、カンチャナブリーそしてチェンマイなど二週間の旅でした。
チェンマイは特に気候がさわやかで、花の美しい所でした。

旅の途中で、北部のランパンにある象のトレーニングセンターで象乗りの体験をしました。

石川さんのようにトレッキングはしませんでしたが象に乗って山の中や池の中に入って歩き回るという 結構ハードなコースでした。
横に象使いのおじさんがついてくれているので、安心して楽しむことが出来ました。

鳥取砂丘のラクダ乗りのような階段付きの台から象に乗り移ると、二階から見下ろすような高さでした。
しばらく歩くと、象使いのおじさんが「頭のほうに乗ってみなよ。」というので、背中の鞍みたいな台からズリズリと象の首の方まで降りてみると象のゴツゴツでチクチクなお肌はつかまるのも大変でしがみ付く感じで乗っていました。

ところで、この頃、農家の我が家では、タイ人の若者を研修生として住み込みで一年ごとに受け入れていて、この旅行は帰国した研修生を訪ねての旅でした。

研修生は、配属されてすぐは日本語が全くダメなので、私は研修生に日本語を教える代わりにタイ語を教えてもらっていました。

なので、この旅行の時は簡単なタイ語なら聞き取れるようになっていましたが、話すほうはカタコトな感じでした。

象使いのおじさんは、「あなたは学生?」などと私のつたないタイ語に付き合ってくれていました。
私も、ちょっと通じるのが嬉しくて、頑張って覚えてる言葉を色々繋いで話をしていました。

がそのうち、岩石のような象につかまりながらゴツゴツの山道や水の中を歩くうち、ハアハアと息が上がってきました。そこで
「いやぁ、楽しいけど、ちょっと大変だわーー」
と言いたくなって、タイ語で
「(ちょっと)ランバーク(大変)」と言ったところ、象使いのおじさんの顔色が一変しました。

「ランバーク・・コトート(ごめんなさい)・・」
と言ったきり、全く話してくれなくなってしまったのです。

えっ・・私は何を口走ってしまったんだろう?
そこからは「楽しい」だの「気持ちいい」だの何を言ってもおじさんは反応してくれず、気まずいままコースは終了してしまいました。

そんなつもりなかったのに。楽しかったのに・・
きっと、ひどいこと言っちゃったんだなと、すごく後悔しました。

それから象を見るたび、あのおじさんの悲しい顔が甦るのです。

後になって色々考えたんですが、そもそも私がタイ語を勉強したのは研修生が日本語を勉強する際の教則本の逆引きでした。
どうもその教則本はタイ語から日本語に訳するのに、研修生が話しやすいように日本語では柔らかい表現がされているようでした。

例えば「お願いします。」という語句があったのですが、研修生に言わせると、対語のタイ語として書いてあった単語では挑戦的になるから使わないということでした。

その中に「大変です=ランバーク」とあったのですがもしかしてこれは「骨折り損です」とか「こんなことさせやがって」みたいなニュアンスだったのかもしれません。

考えれば考えるほど悲しくなるんですが、外国語ってどう伝わってるか気にしてると話せなくなるのでそういう体験をしながら覚えるしかないんだなと思います。
いまだに、体験とともに覚えた言葉や会話は忘れませんから・・


そんな訳で、私にとってタイは、ほろ苦くも大好きな国です。

追伸
先日のユーストリームのエンディング曲は可愛いおねだりソングでしたね。
最後に「キットゥン カー♪」と歌ってましたが、「キットゥン」は想う、恋人にあんなふうに可愛く言うと「愛してる~♪」になります。
お別れの言葉は「キットゥン カップ♪」というのはいかがですか^^

石川さんから出てくるタイ語は「ありがとう」とか「おいしい」とか「きもちいい」などポジティブな言葉ばかりで、楽しく過ごしている証だなーと想います。。

それでは長々失礼いたしました。チェンマイを楽しんでくださいね。 (よーすけ。)

(寸評)いやいや俺の場合8年も通ってるのに全然タイ語の努力をしない怠け者だからだよ(笑)。
でも本当に言葉って難しいよね。
あんなに日本が大好きで日本に長く住んでいる頭の良いデーブ・スペクターだって、やっぱり母国語を喋ってるんじゃないのはバレちゃうもんね。
不思議なのは相撲取り。
昔から外国人力士は多いけど、凄くスムーズに喋ってる人の多いこと。
相撲を取ると言葉は上達する!? 7ポイント。

初めてのひとりで海外奮闘記

初めてタイ・チェンマイに行くことになりました。
航空券は旅行代理店を通して入手。ホテルはインターネットからメールで予約しました。それから2ヶ月・・・。
時刻は午前9時。福岡発バンコク行き(午前11時40分発)の飛行機に乗るために、福岡空港・国際線ターミナルへ向かいました。
到着すると土曜日の連休初日だったせいか、かなりの混雑ぶりです。タイ航空のカウンターがあるチェックインエリア前には長蛇の列ができています。(このチェックインエリアに入る前に荷物のX線検査を受けなくてはなりません)
と思いきや、長い列ができているのは北口で南口はその3分の1程度の列しかできていません。何の案内も無い中、ボーっと歩いていて正解でした(笑)。
検査を受けてタイ航空カウンターへ。前もって発行されていたEレシートを提示すと航空チケットを発券してくれました。荷物2個はそのままカウンターに預け、最終目的地のチェンマイまで勝手に運んでくれること、チェンマイ国際空港では国際線荷物受け取りで回収することを質問した上で教えてもらいました。(事前に親切な方々からアドバイスを受けていました)
チェックインエリアを出て手荷物検査へ。これまた長蛇の列。前回の東京行きで手荷物検査の要領は理解できていました。良い予行練習になったと思います。
最後に緊張の出国審査です。列に並んでいると笑い声が聞こえてきました。何かと声のするほうを見ると小さな女の子が『顔を見せてください』との審査官の指示に、一生懸命にジャンプを繰り返しカウンターの上に顔が出る様にしているところでした。
パスポートのみを提示しスタンプを押されると、あっけなく出国ラウンジです。福岡空港の中にあっても、ここはもう外国。
離陸2時間前に福岡空港に着いたのに、ここまでで1時間以上も掛かってしまいました。(逆に人が多かったせいで前の人について行くだけで済んだ)
緊張でのどが渇いたので、出国ラウンジで買える飲み物で一服・・・しているとすぐに搭乗手続きが始まりました。おしっこも済ませ、いよいよ大きな機体を横に見ながらタイ国際航空・バンコク行きに搭乗。さっそく、CAさんによる『サワディーカー』の声が聞かれます。
さすがに満席。エアバスA300の座席はとにかく狭い。少し腰を落としただけで前の座席に膝が着いてしまいます。
無事に離陸! さよなら日本!
CAさんが何度も『ワイーン、ビー、ジャパニーズティー』と往復してくれるので、機内に液体が持ち込めないとは言っても飲み物には困りません。そして、離陸から1時間経ったところで機内食の配膳が始まりました。
『ポーク、フライドフィッシュ、さかーな』
フライドフィッシュをチョイスしましたが、いわゆる焼き魚。独特な味がする照り焼き風さかーな、でした。それに焼き飯・煮野菜・ボイルされた海老と根菜・テーブルロールパン・スイートポテトが付いていました。
隣に座るタイ人男性と肘が当たりそうになりながら、もくもくと完食。
お尻が痛いのを何とか我慢しながら、ここまで4時間。機内で配られる入国カードと出国カードを記入。(ペンを持参。ネットで調べた通りに記入。パスポート番号と乗っている便名・帰りの便名を記入するため身近にメモをとっておく。一枚つづりの入国カードと出国カードは切り離さない)
ここで座席の前に付いているモニターで映画『リアル・スティール』(スティーブン・スピルバーグ製作総指揮)を観ることに。CGモノだと馬鹿にして劇場では観なかったけど、めっちゃ面白いじゃん!
着陸1時間前にはカップアイスの配膳がありました。ここで時計を時差の関係で2時間戻しました。
続けて映画を観ていると、最後のクライマックスで着陸体勢へ。あーあ、帰りの飛行機で最後まで観るぞ。 そして、5時間半のフライトを終えタイのバンコク・スワンナプーム国際空港へ着陸!
ドンッ、ガガガガガガッ、ブオーッ、キーッ。逆噴射と急ブレーキに乗客全員が前の席にぶつかりそうになりました。あなた(パイロット)って、下手くそなのね・・・。
サワディーカーップ! タイランド!
機体を降りると予めネットで調べておいた通りにA・Bゲートの乗り換え専用ゲートへ向かいます。看板には英語で『Chiang Mai』(チェンマイ)と書いてありますし・・・930m? 約1km? 単位を見間違えたかな?
ところがどっこい、高速の動く歩道があるとはいえ、本当に1km先。かなりの時間が掛かってしまいました。(動く歩道はスケートのように足を前に滑らせる感覚で乗るといいよ。エスカレーターの要領だと転びそうになるよ)
着いたゲートは長蛇の列。とりあえず左の列へ。
しばらくすると右の列のほうでトラブル? 女性の係員がイラついた様子で観光客を突き飛ばしたようです。
どうやら左の列はチェンマイ行きのタイ航空利用者、右の列は他の都市に行く航空会社専用だったらしいのです。どこにもそんな案内は無く、行き先を尋ね『チェンマイ』と答えた観光客を『あっち!』と突き飛ばしたのが原因みたいでした。
ここでパスポートとEレシートを提示するとチェンマイ行きのチケットを発券され胸にシールを貼られました。(このシールはチェンマイ国際空港の国際線荷物受け取りへ案内してくれるものですので剥がさないように)
そして再び手荷物検査。(流れ作業なので金属類は予め同じポケットに入れておくと出し忘れが無いと思います)
最大の難関、入国審査。怖い顔をした審査官が待ち構えています・・・が、すんなりとパス。
2時間もあったはずの乗り換え時間が、あっという間に15分ほど。
チケットに鉛筆で書かれた搭乗口に向かいます。チェンマイ行きの飛行機は、搭乗口からバスで移動しなくてはなりません。チケットとパスポートを提示。バスに乗り込み飛行機下のタラップまで移動。
タラップ下のタイ人女性スタッフにチケットを見せると、自分だけ『プリーズ・ストップ・ミスター!』と呼び止められてしまいました。
ゴクリッ。しまった、何かミスったかな・・・ミスターだけに。(そんな余裕はありません)
『シート・チェンジ・OK?』
『へ? オーケー。(なーんだ)』
『オー・サンキュー・ベリー・マッチ!』
鉛筆で席番を書き換えると急いで搭乗。チェンマイまでは1時間ちょっと。
もう国内線のため問題はありません。
チェンマイ国際空港に到着すると、胸に付いたシールを見て『コチラです』と手で案内されました。(他にも日本人観光客が大勢いたため付いて行っただけ)
ほとんどの日本人が巨大なゴルフバッグを待っていました。待つこと15分。やっと出てきた小ぶりの荷物2個を持ってゲートの外へ。(巨大な荷物の人はランダムに呼び止められチェックされていました)
時間が無くバンコク・スワンナプーム国際空港でできなかった両替をチェンマイ国際空港で。2万円を差し出すと7,764バーツになりました。
空港の外では・・・タクシーがいない。しばらくするとトゥクトゥクの運転手が声を掛けてきました。ホテルの地図を見せ100バーツと奮発するも200バーツと返されました。ノーサンキュー。
そのまま待っていると、客を乗せていない赤いソンテオが帰る途中だったのか急ハンドルで寄ってきました。再び交渉。こっちは50、相手は200。ノーサンキュー。相手が100。うーん、ノー・・・。相手がオーケー、50バーツ・・・で交渉成立。
走るソンテオの後ろからはバイクの集団が見えます。タイ語の会話まで聞こえてきます。夜の町並みを眺めながらホテルへ向かいます。想像していたよりも大きな町のようです。
運転手は何軒か立ち寄り、先ほど渡したホテルの地図を元に場所を聞いてくれているようです。
そして、予約していたホテルの前へ無事に到着。

これから初めてチェンマイへ来られる方は、この珍道中を参考にしてもらうと随分と気が楽になるのではないでしょうか?

ここで、ヘトヘトになって辿り着いた初海外旅行者に新たなる試練が・・・?(デクノボー)

(寸評)おぉっ、確かに初めて海外に来られる人には細かい書き込み参考になるな。
そして空港から50バーツで来られたのは偉い!
町中と違って空港からは俺でも100バーツくらいで妥協しちゃうからね。
俺の第二の故郷、チェンマイを存分に楽しんでくれ~。 7ポイント。

初めての足骨折

人生で二度目の骨折だが、一度目は中学の時の手の指。
ひょんなことから友達とケンカになり、彼が蹴り上げた足が顔面にヒットしそうだったので手でよけたところ、それが右手人差し指に当たった。
運悪く、その友達は走り幅跳びで県大会に出場するようなすんげえ脚力の持ち主だったので、指は一本の神経だけで辛うじて繋がっているだけで今にも取れそうにブランブランしてた。
もちろん白い骨もくっきり見えていた。自分の骨を初めてまじまじと見た瞬間だった。

そしてそれから約35年、今回が二度目、そして足の骨折としては初めて。
毎年恒例となったチェンマイに寒い日本を離れて到着した翌日のことであった。
「さあ、今年もチェンマイを楽しむでい!マッサージにプールに食い歩き~!」とうかれて友達と晩飯を求めてヒャッホーと歩いていた時、路肩から降りた瞬間であった。
足がグキッグキッと左右に二回曲がった。
ハッと気づいた時は道路に四つん這いになってた。
ケモノのように、もしくは道に向かって意味不明の土下座をしているように。
「大丈夫?」の友達の声に立ち上がろうとしたが簡単には立ち上がれなかった。
友達に手を引っ張ってもらって起き上がって「捻挫したらしい・・・」と。
それからレストランに行ったが足はどんどん痛くなって来る。
柔術をやっている友達が「とにかくアイシングだ」と言うので何故歌をうたうと言ってるのだと思ったら、氷で冷やすということだった。
近くのセブンイレブンで氷を買って来てもらい足に巻き付ける。
顔がどんどん青ざめてくる。
しばらくしてレストランを出る頃には完全に足は倍に腫れ上がり、追加の氷を買う為友達を待ってセブンイレブンの前にしゃがみ込んでいると、日本語の喋れるタイの女の子が近づいて来て「大丈夫ですか?私の車で病院まで送って行きましょうか?」と言ってくれたが「だ、大丈夫です」と全然大丈夫じゃないが医者に行くのが嫌だったので丁寧にお断りした。

そしてそれから部屋で動けないこと数日。食い物は同じ宿に泊まっている友達に買って来てもらったが、微熱も出、部屋内のトイレに歩いて行くのもままならない。
そこで杖代わりに買って来てもらったのがとりあえずモップ。
しばらくモップを片方の足として移動していた。
俺が移動すればするほど、部屋が何故かきれいになっていく。
このまま自動掃除人間として生きていこうと思った時、モップを持って這いずり歩く俺をあまりに哀れに思った友達が登山用の杖を買って来てくれグレードアップ。
しかしそれでも腫れは一向に引かず、俺も薄々感じて来た。
「これはただの捻挫じゃないな」と。
そこで意を決して五日目に病院へ。
乗り合いタクシーで到着するや、その様子を見た病院のスタッフさんたちがあっという間に俺を車椅子に乗せる。
いきなり重い怪我人気分。
病院には三人の日本語通訳がいるということだったが、ふたりは日本人ひとりは日本語が辛うじて解る程度のタイ人。
もちろん俺の担当でやって来たのは一番ハズレのタイ人であった。
レントゲンを撮り、診察結果を医者が長々喋ってくれたがタイ人通訳は細かいこと全部すっ飛ばして「ハイ、骨折デスネ~」

うかれてチェンマイにやって来た罰が当たったのか。
松葉杖をヒョコヒョコいわせながらギプスはせめて艶っぽくピンクにしてもらって、チェンマイのバカンスならぬバカデスを今年は満喫しております・・・。(石川浩司)

初めてのひとりで飛行機

初めてとは言っても、実は飛行機には高校の修学旅行で韓国までの往復で乗ったことがあります。
ですが、その時は全ての手続きを学校側が済ませ金属探知機を素通りするだけでしたので、新幹線に乗るのと何ら変わりありませんでした。
おまけにロビーで校歌斉唱をさせられたことが腹立たしく、その記憶しか残っていませんでした。
それから20年・・・。
とても大事な私用のために東京へ行くことになりました。新幹線で向かうほどの体力もありませんので、ここは飛行機で。
本来は昨年末に向かう予定でしたが、どうしても帰りの飛行機が手配できずに年を越してからの出発になりました。※JAL直営の旅行社では12万円で航空券が用意できると言われましたが、もちろん拒否。
逆に1ヶ月の余裕ができたために、早割りでホテル込みの4万円で行けることになりました。
それからの1ヶ月はあっという間でした。大事な私用で持って行く物を探し歩いたり、ネットで飛行機の乗り方やその後の電車移動を検索すること数十回。
いよいよ当日。2012年1月15日(日)。
福岡空港・国内線ターミナル1階、午前10時(出発の1時間前)。
機内持ち込みの荷物はネットブック(ノートPC)とレンタルした携帯電話だけですが、他にも貨物に預けなければならない荷物がありました。
初めてのコロコロとスーツケースを引っ張って歩く経験です。
まずは調べた通りにJALカウンターへ。
予めeチケットが送られてきていたので簡単搭乗できるのですが、記念にと敢えて航空券を発券して貰いました。
そして、今回の旅の決め事。分からないことは訊く!
『あの、荷物を預けたいんですが・・・。』
『はい。隣の手荷物預けの検査を受けてそのままカウンターへお預けください。』
『あ、はい。ありがとうございます。』
検査機前。
『ライターは入っていませんか? 壊れやすい物はありませんか?』
『いえ、入ってません・・・。』
検査機を通過するとそのままカウンターでタグを貼ってもらい控えを受け取ると、荷物はコンベアーを流れていきました。
出発までにはまだ時間があるので、一旦展望デッキに出てみることにしました。
飛行機に乗った経験はなくても、映画『ハッピーフライト』(矢口史靖監督)の影響で何度も来たことがあるので迷うことはありません。いつもは何故か申し訳ない気持ちで見学しているのですが、今日は歴としたお客さんです!
ところが、着いてみてビックリ! 普段は人の少ない展望デッキが若い女性で埋め尽くされています。何事?
原因は、JALの機体にプリントされた巨大な『嵐』の写真でした。
ミーハーの自分も隙間から写真を撮ると、そそくさと2階の出発口・保安場へ。
まさにドラマなどでは何度も見るも、初めての荷物検査です。
そして、ここでなんと大牟田高校の修学旅行生の集団と合流。どうしようかと思っていると、一般搭乗客用に特別ゲートが開きました。
ここは訊かなくても、前に並ぶお客さんと同じようにトレーに金属類を出し、航空券のQRコードを機械にかざし、保安ゲートを緊張しながら無事に通過。
一番の難関をクリアーしました!
ラウンジに着くと早速、初めての無線LANを試してみることにしました。福岡空港のIDもメモして・・・あれ? タスクバーの無線LANをクリックするだけで繋がった。
もちろん初めてのツイート。
出発10分前になるとアナウンスが流れました。
さっきと同じようにQRコードをかざし搭乗通路へ。通路の窓からは今まで見たことのない大きさのジェットエンジンが見えます。すげぇーっ!
席に着くと、やっぱり狭いのね・・・。まあ、新幹線と同じくらいかな?
でも、幸い左隣が通路・右隣が空席だったためにかなりの余裕がありました。※実は席の予約をネットからできたのですが、そのことに気づいたのが出発の前日でした。1ヶ月も前に航空券を取り、席を決めたのが1日前。もちろん窓側は空席なし。
前方には先ほどの修学旅行生も搭乗しています。
いよいよテイクオフ!
ポンッ。ベルトを締めるようアナウンスがあった後、ジェットエンジンを吹かしながら滑走路の端へとスタンバイ!
機内のモニターには前輪から見た映像が映っています。
さらに激しく回転を上げるジェットエンジン。
急加速! うぐーっ。強い力でシートの背もたれに押さえつけられます。
機内には女子高生の悲鳴が響き・渡り・ま・す。
次の瞬間、激しい振動が無くなったかと思うと、フワリっと体が宙に浮いたような気色悪い感覚に襲われました。修学旅行生の拍手・・・。
いま、空を飛んでる・・・。
ポンッ。シートベルトサインが消えるとCAさんが飲み物を配り始めました。あ、飲み物は持ち込めないって聞いていたから、数時間前にお茶を飲んだっきりだ。緊張でノドがカラカラだよ。そこで冷たいお茶を頂きました。
窓の外は見えないし、前の席にモニターは付いていないし、エアー式のイヤホンで機内ラジオを聴くことにしました。邦楽・洋楽・落語・パーソナリティーのチャンネルがありましたが、気疲れのせいか割と静かな落語をチョイス。
機内は新幹線のようですが、全く揺れもせずに不思議な感覚でボーっとしていました。
普段から時計を見ない生活をしているので腕時計も持っておらず、どのくらい飛行を続けているのか分かりません。
そんな中、飛行機が段々と降下しているのが分かりました。まだ早いよな。1時間ちょっとしか経ってないじゃないかな?
ポンッ。『まもなく当機は羽田空港へ着陸致します。シートベルトをお締めください。』 早っ!
トンッ。ガタガタガタガタ・・・。本当に着いちゃった・・・。
ここで再び修学旅行生の拍手。
福岡空港から、わずか1時間10分で羽田空港。あんなに遠い場所で一生行くことが無いと思っていた東京まで、たったの70分・・・。
飛行機を降りると、ラウンジの窓から今乗ってきた機体を確認。
『お前、偉いな。』
最後の難関は、預けた荷物の回収です。よく荷物が行方不明になる話を聞きますし、それに一体何処で受け取れば・・・って、親切に『手荷物受け取り所』って案内が出てるのね・・・。あ、自分の荷物が出てきた。
出発前にあんなに不安がっていた気持ちって、全くの無駄でした。
こんなに短時間で、こんなに簡単に東京まで行けるなんて・・・。(デクノボー)

(寸評)金さえ払えばね。って最近は列車よりも飛行機の方が安いのか。
俺が初めてひとりで飛行機乗ったのっていつだろ? もう忘れてる(笑)。
たまで地方ツアーに行ってた時、町歩きの為フライト遅らせた時だったかな? 6ポイント。

初めての東京

初めてとは言っても、実は20年前に山手線に乗ったことがあります。
その時は、東京駅から上野駅までの往復。ネットなんかありませんから下調べも覚束ない中、高校生だった自分には降りる駅名を聞き逃さないだけが精一杯。堀の横を電車が走る記憶しかありません。
それから20年・・・。
今回は羽田空港・国内線ターミナルからホテルのある吉祥寺まで行かなくてはなりません。
ところが今回は強い味方が。電車に詳しい『名阪 國道』くんと『石川浩司』さんがツイッターを通じてアドバイスをしてくれました。
まずは京浜急行で品川へ。
そして、今回の旅の決め事。分からないことは訊く!
『吉祥寺(きっしょうじ)までは、いくらですか?』
『780円になります。品川→新宿→を使って780円です。』
『ありがとうございます。』
電車はすぐに出発。途中『きゅんきゅん(京急)蒲田』を通過し品川駅へ到着。
心配は乗り換えでしたが、ちゃんと新宿方面と案内が出ています。
とりあえず確認。『吉祥寺(きっしょうじ)に行きたいんですが。』
『きっちょですか?』
『(え? きっちょって何? もしかして、「きっちょうじ」っていうのが正式名称なの?)あ、はい。きっちょうじです・・・。』
『乗り換え改札を通り、階段を下りて2番線ホームへお越しください。』
『ありがとうございます。』
思ったよりも簡単に乗り換えが成功しました。
山手線外回りに乗ると外の風景を楽しみました。
渋谷駅からは、あのスクランブル交差点が見えます。なんじゃありゃ(蟻ゃ)!
他にも五反田・原宿・代々木などの聞き覚えのある駅名を通過していきます。
まさに東京だよ・・・。
新宿駅に到着すると、今度は中央線に乗り換えです。
ここで初めて迷ってしまいました。東京方面? 高尾方面? 東京方面って出ているけど、ここが東京でしょ・・・? 訊いてみよう。
『あの、吉祥寺(きっちょうじ)へ行きたいんですが。』
『はい、でしたら階段の下です。』
『あ、ありがとうございます・・・。』
結局どっち方面かは分かりませんでしたが、方向感覚には自信があるので高尾方面に乗車しました。
結果は正解。車内の停車駅案内に『吉祥寺』と表示されています。
南向きの車窓からは、永遠に続く街並みが見えます。東京って広いなぁ・・・。
ホテルのある『吉祥寺』駅に到着。
あ、『Kichijoji』(きちじょうじ)だ・・・。(デクノボー)

(寸評)キチジョージを読めない人を初めて知った。
吉祥寺と言えば毎年行われる「若者がもっとも住みたい町」で常に下北沢と一位二位の争奪戦を繰り広げてるほど東京でも人気の町。
さしづめ福岡なら天神を「あまのかみってどこですか?」って人に聞いてるようなもの。
隣にいなくて良かった(笑)。 7ポイント。

初めての愛しき・・・場所

ホテルのチェックインを済ませると近くのセブンイレブンへ昼飯の買出しへ行き、戻ると早速真っ裸!
『イシマツ』ライブ会場・西荻サンジャック開場まで仮眠をとることにしました。実は、出発前に3時間しか寝ていないのでした。
絶対に寝坊できないという緊張感の中、1時間半は眠れたと思います。
起きてツイッターのDMを見ると予想もしなかった嬉しいお知らせが・・・。
石川さんへの差し入れや大事なプレゼントの最終チェックを済ませ『きちじょうじ』駅へ。
やっぱり、東京は福岡よりも日が暮れるのが早いようです。
今度は東京方面・各駅停車です。
一駅で、西荻窪駅に到着。
ここが西荻か・・・。本当に来ちゃった・・・。
『着いたーっ!(心の叫び)』
ネットで地図を確認していたので『サンジャック』までは迷わないと思います。
まず南口を出て、駅前の大きな通りを右へ・・・。
え? 狭っ!
予想していた光景とは違う、かなりの下町。と、とりあえず地図の通りに・・・。
炭火焼のいい匂いのする通りを抜けると、すぐに『サンジャック』の看板を発見。階段を降りお店の前へ。他のライブ会場では店の入り口で受付をしていたのですが、可愛らしい女性とその知り合いらしい男性がお喋りをしているだけで何も無いようです。ちょっと考えたあと店内へ。
受付を済ませ1ドリンクのオーダーとおつまみを手にいよいよ席へ。
店内は名古屋の『ロジウラのマタハリ 春光乍洩』にそっくりです。
『ロジウラのマタハリ』では、石川さんにイジられないように一番後ろの席を選んだのですが(笑)、今回はある方を探すために一番後ろの席に座りました。
開演前になると、ほぼ満席の状態に。そこへ聞き覚えのある声が。
その方は、自分の座る左斜め前へ座られました。手の届く距離にその方のお姿。
今回の東京旅の目的は『イシマツ』のライブだけではありませんでした。むしろ、その方にお逢いするためと言っても過言ありませんが、まさか『東京へ行くので逢ってください』なんてお願いする訳にもいかず・・・。
しばらくするとその方の隣に不思議なオーラを放つ人物が。
間違いない。『名阪 國道』くんだ。
そして開演。一斉に拍手が沸き起こります。(デクノボー)

(寸評)ロジウラのマタハリに似てるかな?
まぁそう言われてみるとそんな気もしてきた。 5ポイント。

初めての『イシマツ』

石川さんのソロライブには行ったことがあります。ギター一本で、その力強い歌声で時には笑わせ、時には感動させるパワフルなライブでした。
そして『イシマツ』。
『ロケット・マツ』さんのピアノ演奏に『石川浩司』さんのパーカッションが応える。まるで二人が会話をするように物語が進んでいく、油絵のような(石川さん曰く「油絵の具でビチャビチャなんだね(笑)」)音楽ライブです。
他にも石川さんの楽しいパフォーマンスが・・・。ありゃ。一番後ろの席に座ったせいで、ちょうど柱のシ角になっちゃってるよ。見えない・・・けど楽しい。
マツさんの若々しいお姿に感動し、石川さんの店内を縦横無尽に歩き回るパフォーマンスに頬が緩みます。 『磯部舞子』さんのヴァイオリンに、また『イシマツ』とは違った彩りも表れました。
『イシマツ』(と、あの方の後姿)から目の離せない素敵なライブでした。
内容については、曲名などもっと詳しい方が『レポート』に投稿して頂けると思いますので、こちらでは省略。(デクノボー)

(寸評)磯部さんとはこの日本当に初体験・・・いや初対面だったからね。そしてほとんどリハーサルもなしに本番に。このスリルがたまらないのよね~。 4ポイント。

初めての朝帰り

ライブが終了すると打ち上げへ。
多くのお客さんが帰られる中、あの方と國道くんは残られています。というか、帰られては困ります。
自分の予想では、緊張で何も話せずシドロモドロの状態で・・・。
ところが、なぜか不思議と緊張することも無く自己紹介。
『はじめまして、デクノボーです。』
初めてお逢いできたその方は、思ったよりも華奢で、思った以上に可愛らしく、思ったように気さくで、思わず見つめてしまいました。
國道くんとも握手をすると、これまた嬉しい方の名前を聞きました。
ヒゲカバ回文の名手『山さん』。
皆さんと直にお会いするのは初めてなのに、以前からの知り合いのように全くの緊張感もなく接することができたと思います。逆に失礼な態度をとっていないかが心配なところ(苦笑)。
マツさん、石川さんをはじめ多くの方々との打ち上げの中、楽しい談笑とは別に気になることがありました。
それは、あの方に渡すお誕生日プレゼントのことです。
実は、夜中の12時を過ぎるとその方のお誕生日なのですが、その方が12時過ぎまで打ち上げにご参加されるのかが不明ですし、12時前に帰られる時にはどうやってお渡ししようかと・・・。
その方に見惚れる中、時間は刻々と過ぎていきます。
ここで『山さん』から『お誕生日』のキーワードが出ました。おお、さすが『山さん』! ベストタイミング! 『やっぱり山さん様や! 利発や!』(やっぱりやまさんさまやりはつや)
そして12時。シンデレラにとっては魔法の解ける時間ですが、自分にとっては・・・。
『お誕生日おめでとうございます!』
鞄からプレゼントを取り出しお渡しすると、始めは驚かれた様子でしたが喜んで頂けたように思われます(思い込み)。ジョーク半分、本気半分のプレゼントでした・・・。
ここで連絡事項:中の物はケースから出して別途お渡しした小袋等にて保管してください。説明用の紙は捨て、小袋の中をその物だけにし空気を抜いてください。ケースは100円ショップで購入したものなので、安心して破棄してください。
『山さん』は終電のために帰宅され、その直後に打ち上げもお開きへ。
1ヶ月前から準備した東京旅の目的が、ほぼ全て完了しました。あとは『ニヒル牛』 『ニヒル牛2』での買い物を済ませて帰るのみ。
石川さんとも別れ、あとはあの方に・・・。
すると國道くん共々『THE“ロック”食堂』へ行ってみましょうとのお誘い。営業時間は過ぎているようでしたが、西荻の聖地を一目見たく案内して頂きました。
『THE“ロック”食堂』へ着くとまだ人の気配があります。
あの方のお願いに『THE“ロック”食堂』の『七尾』シェフ(スハラ画伯の似顔絵で確認済み)も快く席へ案内して頂きました。
ここがあの『THE“ロック”食堂』か・・・。『偽善者たちの夜』のUstream配信や他で店内の様子は窺い知れましたが、想像以上に広くきれいなお店です。
あの方オススメの『やまかけ納豆焼きそば』をはじめ、山さんオススメの『リンゴジュース』などを堪能しました。
國道くんからは直々に『東アク缶バッジ』を賜りました(笑)。
オーナーの方や七尾シェフも合流され、改めてのお誕生会。
皆さんのお話も面白く、時間が過ぎるのも気にせず飲んだり食べたり。
寝不足のためにまぶたが重くてしょうがありませんでしたが、少しでも長くあのお方のお顔を見続けたいと睡魔との・格・・闘・・・。
あっという間に朝の4時半。
12時にはホテルをチェックアウトしないといけないので、惜しいところですが退席させて頂くことになりました。
始発の時間を調べてもらうと、あと10分ほど。次の電車はさらに20分後。
急いで支払いを済ませようと・・・なんとご馳走になってしまいました。
皆様、当日は眠気のためにろくろく挨拶もせずに退席したことをお詫び致します。そして、美味しい料理と楽しい時間を本当にありがとうございました!
福岡と違い夜明けの早い東京。
西荻窪駅まで、あの方が送ってくれるようです。
あの方が早足で歩かれる中、自分はできるだけゆっくりと。
西荻窪駅へ着くと、あの方と最後のお別れ。
そっと抱きしめて一言だけ・・・なんてできる訳もありません。
握手をして頂き、お礼を言うのが精一杯・・・。
エスカレーターを上る自分と、いつまでも見送ってくださるあの方・・・。(デクノボー)

(寸評)ロック食堂、日曜は12時で閉店なので俺でさえ諦めていたのに。
誰だか知らないがその「あの方」の魅力でお店も延長してくれたんだろーな。凄いなー。 6ポイント。

初めての『ニヒル牛』 『ニヒル牛2』

吉祥寺のホテルへ約11時間ぶりに戻ると早速お風呂。ビジネスホテルに泊まったことはありますが(神戸・名古屋)、湯船にお湯をためて浸かるのは初めての経験。
お湯が溢れないか何度も見にバスルームを往復します。
あ~、日本人で良かったあるよ~。
部屋を片付け、3時間ほど眠ることができました。そして、11時50分にチェックアウト。
このホテルには、予め冷蔵庫の中にミネラルウォーターやビールが入っていたのですが、ポットがあったので飲まずにいました。すると帰りのフロントで飲んだものを自己申告するようにと。なんと、有料だったのか! 危な!
再び吉祥寺駅から西荻窪駅へ。
昼12時半。
西荻窪駅北口のコインロッカーにスーツケースを預け、一路『ニヒル牛2』へ。
頭に入れた地図よりも割と短い距離を道を間違えることなく移動。できるだけゆっくりとしたスピードで汗を掻かないように。
そして見覚えのある『ニヒル牛2』の看板を発見。
『こんにちはー。』
お店番の方が女性のお客さんと話しながら返事をしてくれました。
『はーい。』
女性のお客さんが帰られるとご挨拶。
『石川さんのご紹介で初めて来ました。福岡のお菓子ですが、よろしかったらスタッフの皆さんで食べてください。』
『ありがとうございます。石川さんって、石川浩司さんの方ですか?』
『はい。』
『やっぱりそうですよね。』
ここで再びプリントアウトしてきたスハラ画伯の似顔絵が活躍! あ、ひろかさんだ。
『ひろかさんですよね?「Nishiogi Lovers' Book」を送っていただいたことがありますよ。』
『はい。この絵、よく似てますよね(笑)。』
そのあと30分ほどゆっくりと店内でショッピング、とはいってもデカい図体で展示品を破壊しては大変。そろりそろりと、お目当ての『淺井カヨ』女史の直筆サイン入りプロマイドを物色(笑)。そして、あまりの可愛らしさに目に留まって離れなかった小さなパンダ(さいとうあやこ作)を購入。
他にも色んな作家さんの素敵な作品が勢揃い。時間のある方には何時間居ても飽きないスペースです。
『これをお願いします。』
『はい。淺井さんがお好きなんですね。』
『はい。』
『しばらくお待ちください。』
『はい。』
『お待たせ致しました。「おかいものカード」はお持ちですか?』
『い、いえ・・・。』
店の外では『ここのお店カワイイー。見ていこうよ。』というお母さんたちの声と、『やだー。こわいよー。』と愚図る子供の声が聞こえます(笑)。
『ありがとうございました。』 『ありがとうございました。』
次はいよいよ『ニヒル牛』へ。
こちらも想像していたよりも狭い道路を間違えることなく一路東へ。
あった。
お店の前に『に』の標識。
思わず標識にご挨拶。
『よう!』
お店には誰がいるのかな・・・?
『こんにちはー。』 すかさず、
『デクノボーくんでしょ?』
『え? はい。』
『福岡からよくいらっしゃいました。ありがとうございます。ゆっくりしていってくださいね。』
『はい。ありがとうございます。』
お土産を『ある』さんに献上し(笑)、『背が高いわね。身長は?』 『お年は?』 『チェンマイに行くんでしょ。石川をよろしくね。』などの楽しい会話をしたあとは、これまたそろりそろりと箱の見学。 こちらも色んな作家さんの楽しい作品が揃っています。
まずは『さんぽ』(パスカルズ)を発見。次は、『藤色のドレス』が欲しいんだけど・・・。
『すいません。エーツーさんの箱はありますか?』
『お、エーツーを知ってますか。ここにありますよ。』
一番下の箱だったのか。デカい奴には難関の低い箱(苦笑)。
他にも色んな作品を引っ張り出してくれました。
『あ、「とびだすエーツー」も、「北関東代表」もお願いします。(ついでに)それと、石川さんと清水宏さんの「地獄のディナーショー!」もありますか?』
『はい。それもここに。』
結局、ほとんどを『ある』さんに探して頂きました(笑)。
『また遊びに来てくださいね。ありがとうございました。』
『はい。ありがとうございました。失礼致します。』
とっても楽しい時間を過ごすことができました。
『ある』さん、いい人(笑)。
午後2時半。
さて、午後5時過ぎまでの約3時間を、どうやって過ごそうかな・・・?
昨夜お世話になった『THE“ロック”食堂』へ写真を撮りに行くも、白いシャッターの下りた普通のマンションの一階でした。(デクノボー)

(寸評)うちの妻は俺が人の顔を覚えられないのと真逆でほとんど初めての人でもどんな人か見抜く。
たぶん、魔法がちょっと使えるんだと思う。 6ポイント。

初めての東京旅から帰宅

帰りは30時間前に経験したことを逆に辿るだけです。
東京=ラッシュアワーを想像し臆していましたが、逆方向なので混まないことを教えて頂きました。
またね、西荻窪。
新宿から品川、京急で羽田空港・国内線ターミナルへ。
手荷物預けや保安検査も一度経験したこと。もう何も怖くありません。
あとは帰りの飛行機の搭乗を待つのみです。
ところが、ここでアナウンス。
『福岡からの到着が遅れたため、現在メンテナンスが予定時間をオーバーしております。申し訳ありませんが、出発までに30分の遅れが発生致します。』
まあ、気にしない。
午後8時20分。
またね、東京。
なぜか予約した席番とは違うチケットを『?』と確認しながら搭乗。
ここでなぜ席が替わったのかが判明。
全く搭乗客がいなかったのです。
通路も挟み横一列にたった一人の乗客。見た目にはまるで貸し切り状態です。
帰りの便は行きと違い全席にモニターが付いていました。高度や現在位置、残り時間などが表示されています。
広島から一旦日本海側へ抜けるルートだったために、帰りは1時間30分の飛行時間。
そして無事に帰宅。
2時間前まで東京にいたなんて・・・。
行きの不安とはよそに、逆にまた行きたくなるような初めての東京旅でした。
一度も道に迷うことも無く、終始快適な行程でした。
こんな経験って、今まで一度もありませんでした。
多くの友人に助けられ支えられたおかげだと、本当に感謝しています。
ありがとうございました!
また、よろしくお願い致します!(デクノボー)

(寸評)西荻付近ではないけど、もっと安い宿泊場所もあるからもっと長期で遊びに来なよ。
もしくは強引に友達作って泊めてもらえば一番安いな。
あっ、うちは駄目だ。すまんなっ(笑)。 5ポイント。

初めてのロイヤルハワイアンホテルの定価60000円のオーシャンビューの部屋に宿泊

2004年5月に友人の女性2名と私〔波照間エロマンガ島、いちおう男性〕の3名でハワイ旅行に行ってきました。その3年くらい前から年1回のペースで友人6~7名と海外旅行に行っていたのですが、なぜかその年は例年行っていたほかの友人たちの都合が合わず、3名による旅行になってしまいました。場所をハワイにしたのは理由があって、マイレージマイルを貯めていた私のユナイテッド航空の会員ステータスがその年ゴールドメンバーに上がって、それで当時行われていたロイヤルハワイアンホテルが半額で宿泊できるキャンペーンを使えることを知ったからなのでした。いつも貧乏旅行をしていたので、たまにはぜいたく気分を味わってもいいかという話になり、ワイキキにあるホテルでも最高級ホテルのひとつとされているロイヤルハワイアンホテルに宿泊したしだいです。本来ならば1泊60000円もするオーシャンビュー〔ワイキキビーチに面している〕の部屋が半額の30000円になり、しかも3人で宿泊すれば一人一泊10000円で泊まれるのです。これはお得感いっぱいでした。

さて、初めてのロイヤルハワイアンホテルのオーシャンビューの部屋はアメニティーも最高で、部屋にある調度品はガウンからベッドシーツから石鹸にいたるまですべてピンク色で統一されていました。このホテルが別名「ピンクパレス」と言われ、建物の外観がすべてピンク色に塗られていることからピンクがラッキーカラーになっていたわけです。ビーチサイドにあるマイタイバーでここが発祥の地であると言われる本場のマイタイは最高に美味しかったです。ただ惜しむらくは一緒に行った友人が女性とはいえ、どちらも恋愛感情のまったくない人だったので、高級感漂う気品のあるホテルにいてもいつもの飲み会と変わらず部屋の中ではべろんべろんに酔っ払って雑魚寝する感じだったのが残念といえば残念でしたが。
いつか一度は愛する人ともう一度このオーシャンビューの部屋に宿泊したいと思いました。でも定価60000円だからなぁ。今は値上げしてるかもしれないし無理かもしれないなー。(波照間エロマンガ島)

(寸評)お金はなんとかなるかもしれないが、早く愛する人を見つけないと俺と同世代なのだから夜ががんばれなくなるぞい。
ハリーハリー! 6ポイント。

初めての飛行機

私は修学旅行でアメリカに行くため、初めて飛行機に乗った。
乗る前は、もうどきどきわくわくしていた。空港は窓からの光がきれいで、キャビンアテンダントがかっこよく歩いていく。外国人も、旅慣れた感じの日本人もいっぱい歩いていてすごくわくわくしていた。
 出国審査は意外にあっさりだった気がする。
 そしていよいよ飛行機に乗り込む。
トンネルのような空間を通り、ちょっと下が見える所があってのぞいてみたりしたら、飛行機の点検スタッフみたいな人がいたりして、ああ、こういう仕事もいいな~なんて思ったりしながら入口まで行った。
 入口では、キャビンアテンダントさんが挨拶と席を案内してくれて「わお!」と思った。
大人の仲間入りって感じがしてうれしかった。
 だが、席を見た瞬間「!?」と思った。
「ん?なんじゃ、このせまさは・・・。ま、まさかね、こんなせまい所には座らないよね~^^」と思いながら通路を通る。が、皆は(修学旅行で集団行動なのです)そのせまい席に次々と座ってしまった。
「まじで~・・・」と思いながら、私も三人掛けの真ん中に座り込む。
その狭さは、これから十時間もかけてアメリカ行くのには信じられない狭さだった。
安いのだから仕方ないのだろう。だが、航空会社の神経が信じられなかった。
よく、こんなせまい所に閉じ込めさせられるよね!という感じだった。
あ、すみません。これはそれなりの値段の航空会社には当てはまらないかもしれません。
だから、お金持ちの人は「ふ~ん、そういうせまい所もあるのね~」と思って読んで下さい。
飛行機に乗ったことない人は、あんまり安い飛行機には乗らない方がいいです。
長時間移動の時は。

 だが悪いことばかりではない!
外からの景色が本当にすばらしいのだ。
数時間したら、睡眠の邪魔になるので閉めて下さい、とキャビンアテンダントに言われたが、それまでは景色を思う存分楽しめた。夕暮れどきのフライトだったので、夕日がきれいだった。
日の出みたいな夕日だった。夜、窓を見てみたら月が雲の上にぽつりと浮かんでいた。
星たちはなく、(横から見るからだろうか。普段は上を見上げるので、星と一緒に見られるのだろう) 幻想的できれいだった。

   食事の時間がやってきた。
私は、その頃、体に異変を感じ始めていた。
両隣に人がいる。だから、屁ができないのだ。トイレで?トイレでしたら、大きな屁がでそうでできないのだ。すぐ近くに席があるし。
食事は健康だったら、とてもおいしい物だったと思う。ローストビーフが出た。だが、私は屁を我慢しすぎて、お腹で屁をするようになっていて、とてもじゃないが食べられなかった。
 その後もずーっと屁を我慢していて、寝られなかった。
そんな時、支えになったのはまだ起きている人たちだった。
私の両隣の人たちはもう眠ってしまっていた。だから、孤独だ。
そんな時、前の方で椅子の画面でゲームをしたり映画を観たりしている人を見ると、「君も眠れないのかい?」と気持ちが少し和らいだ。
 その後もただただ時が過ぎるのを待った。
 ちょっとウトウトして目が覚めたらあと3時間・・・。うえっ。長いよ。

     さて、ついに飛行機を降りれる時が来た。
だが、入国審査があった。おいおい・・・、早くトイレに行かせてくれよ~!

その後、トイレに駆け込んだが大は出ず、二日位腹痛が続いた。

 汚い話になってしまってすみません。
だが、この体験を通して皆さんに私が伝えたいことは「せまい飛行機は地獄だ」ということです。どーしても、せまい飛行機に乗ることになったらトイレで、努力してみて下さい。
屁をなるべく静かにするということを。
でも、悪いことばかりでもなく、景色が最高なこと、健康な時には食事もおいしいということをお話しておきます。
 読んでいただきありがとうございました。(さいだーサッカー)

(寸評)俺も最初に飛行機に乗ったのは27歳の時の新婚旅行の香港だったなー。
確かに飛行機の狭さはみんな慣れてしまっているからあまり何も言わないが異常だよね。
まぁ最近はエコノミー症候群なんて言葉もあるが。
屁はこっそり出すが、真ん中の座席で食事中にトイレに行きたくなったりしたら最悪。
しかも両隣ともに知らない外国人とかだと全部食器をあげてもらわねばならず、事実上限界じゃなければほぼそれを頼むのは不可能だもんねー。
でもエコノミーとビジネスもしくはファースト座席の料金の差ってものすごいからね。1万円プラスとかならまだ考えるけど、アメリカだと片道だけでも数十万違うとまぁ大金持ちか大企業が会社から支給でもしてくれない限りまず無理だわな。
そのせいで飛行機に乗れず結果的に外国に行けない人もいるからなー。
特に俺のように人よりちょっと体が大きければ大きいほど地獄は増すけど、それでも旅の面白さの方が勝っちゃうんだよね。
もうすぐチェンマイ行ってきま~す!5ポイント。

初めての近づく外人

最寄りの駅から家に帰る途中たまに外人がうろうろしているんです。
ある日の帰宅途中向こうから外人と日本人らしき人2人で歩いてきます。
私の周りにはほとんど人がいない中、どんどん近づいて来ます。(外人は完璧に私をターゲットにしています)おそらく「コンニチハ」から来る事間違いない。

私の心の中での葛藤・・・このまま行くと声をかけられるから引き返すか?いや引き返すと変に思われるし。走るか?いや暑いし走るのは嫌だし。無視する?いや無視したら「ニッポンジン、ツメタイデ~ス」なんて思われるのも嫌だし。とりあえず挨拶だけでも・・・

3・2・1「コンニチハ~」きたー
日本人代表として精一杯の笑顔で「こんにちは」
「チョットイイデスカ?」 「すいません急いでいるので・・・」立ち去ろうとする。
「コノ“ホン”ダケデモ、モッテイッテクダサ~イ」(キリスト教の本)ちょうど駅と家の中間に昔から教会があるのです。
「いらないです。すみません」足早に立ち去る。後ろの方で「ホンダケデモ~」・・・しつこい!!

数ヶ月が経ち先日の帰り、極寒の上・強風が吹き荒れる暗い中1秒でも早く家にたどり着きたい私に「コンバンハ~チョットイイデスカ?」露骨にいやな顔して無言で立ち去った私。
  外人さんへ、日本人誰もが優しくしてくれると思わないでください。日本人代表より (みるく)

(寸評)外国人、日本人関係なく宗教勧誘ってそういう感じで来るからね。
本人は本当に善意でやっていると思っているからより始末が悪い。
嫌いなものは多少嫌われようが断固として拒否すべきだね。5ポイント。

初めてのタイ旅行とタイの第一印象

私が初めてタイを旅行したのは2001年3月のことでした。
2000年の秋頃、友人Kさんと急に連絡がとれなくなり「どうしたんだろう?」と当時よく遊んでいた仲間と噂しあっていると、しばらくして「今、タイのバンコクにいます。友人の経営している会社で働いています」という手紙が届き、興味をもったのでKさんの暮らしぶりを見に行ったのが最初のきっかけでした。
それまで私は東南アジアへは足を踏み入れたことはありませんでした。海外旅行はアメリカ本土、ハワイ、ヨーロッパばかりで、東南アジアはいくばくかの興味もなかったのです。まさかその7年後、自分がタイに住むことになるとは、このときは夢にも思いませんでした。
Kさんの案内でバンコクのディープスポットをあちこちまわったとき、私はWEB日記に以下の文章を書きました。そこにはタイの第一印象が赤裸々に記されています。

「・・・この都市をひとりの人間にたとえると、はじめ女だと思って、キス・前戯を始めてみたものの、どこを触ってもどこを舐めても、今まで自分が知っているセックスの手管がまったく使えない。目の前の女がまったくわからない。
それどころか、もしかしたらこの女は男かもしれないぞ、あ、こんなところにこんなものがついている!って気が付いた瞬間、今度は逆に自分が快楽ゾーンを攻められて、ひいひい悶えてしまっているかのような。
そんな懐の深い人間の印象です〔<どんなんや、笑〕。
今まで初めて訪れた都市は、ほとんどすべて1日で「解読」できた。ロンドン、パリ、ローマ、ミラノ、フィレンツェ、ヴェネチア、ミュンヘン、アムステルダム、マドリッド、バルセロナ、ロスアンゼルス、ホノルル・・・。
ところがバンコクは丸2日居て、まだ性別すらも認識できないでいる!!
これがアジアなんですね。この混沌。この表情。
わたしはこのふたなりの男おんなにぞっこんはまりつつあります。
《抱いてるつもりが抱かれてた。。。》なんてな。〔フェミニストの敵〕」

この第一印象はまったく変わっていません。バンコクは10年経った今でも、けばけばしい妖しい光を放ち続けている、性別すらわからない娼婦のような都市です。今住んでいる「北方の薔薇」こと、チェンマイはもうちょっと違う印象ですけれどもね。それはまた別の機会に。 (波照間エロマンガ島)

(寸評)俺の最初の海外旅行は新婚旅行の香港だったんだけど、それ以来ずっとアジアにぞっこんです。
その後実質的にはヨーロッパにも相当行ってるのだけど、そして「思っていた以上に素晴らしい!」と思うことも多いんだけど、それはどちらかというと建造物とか博物館とかの文化。
アジアは「人そのもの」なんだよね。だから魅力はつきない。
ただ大都市に関しては日々欧米化していて、イマイチ興味は薄れつつあるけどね。 7ポイント。

初めての東南アジア4カ国5000km陸路の旅

2011年、私がもっとも印象に残った旅行が7月8日から19日まで12日かけてインドシナ半島を陸路でまわった旅行です。タイ、カンボジア、ベトナム、ラオスと4カ国をまわりました。それぞれの国を個別に旅したことはありますが、チェンマイの自分の家を出発し、飛行機を使わずすべて陸路で一筆書きのようにぐるっと周遊して、また家に戻ってきたというのは初めての経験でした。12日間で約5000kmを移動したことになります。
ベトナムのホーチミンでは折から旅行中の石川さんご夫妻とお会いして、夕食をご馳走になったり、ニヒル牛マガジンの「妖艶ホリデー」の撮影に同席させてもらったりしました。その節はありがとうございました。
旅程をざっと書き出すと、

7月8日:寝台列車でチェンマイからバンコクへ。
7月9日:早朝、バンコク着。お昼過ぎ、タイ国鉄でバンコクからアランヤプラテートへ。夕方、タイ=カンボジア国境を越え、深夜バスでカンボジアの首都プノンペンへ。
7月10日:プノンペンで一日休養。
7月11日:朝一番の国際バスでプノンペンを出発、お昼頃、カンボジア=ベトナム国境を越え、夕方ホーチミン到着。石川さん夫妻と会食。
7月12日:一日ホーチミンをぶらぶら。午後、石川さん夫妻と川向こうの地区にフェリーで渡り、散歩。途中、廃墟のようなところで「妖艶ホリデー」の撮影をしたり、道端の店でお米の麺を食べたり。いったん解散して夕食をまたご一緒する。
7月13日:朝一番のバスでホーチミンを出発、夕方、ベトナム有数のリゾート地、ニャチャンに到着。宿泊。
7月14日:日中はニャチャンをぶらぶらする。夜、深夜バスでニャチャンを出発し、街並みが世界遺産に登録されているホイアンへ。
7月15日:朝、ホイアンに到着。半日過ごし、午後のバスでホイアンを出発し、フエへ。夕方到着。宿泊。
7月16日:終日、フエで過ごす。朝一番でフエの宮殿を見学。午後は町歩きをする。暑くてTシャツが塩吹きまくる。
7月17日:朝一番のバスでフエを出発し、ラオスのサバンナケットへ向かう。途中お昼頃、ベトナム=ラオス国境を越え、午後3時すぎにサバンナケットに到着。ちょうどメコン川対岸のタイのムクダハン行きバスがあったので急いで乗り換え、国境を越えタイに入国する。ムクダハンからバスに乗り、タイ東北部の大都市コーンケーンへ。午後8時すぎ到着。宿泊。
7月18日:お昼のバスに乗りコーンケーンを出発、チェンマイへ。
7月19日:午前1時すぎ、チェンマイ到着。帰宅。

これを書き出しただけで、旅のことが思い出されて疲れが出てきました。移動が長距離バスが多かったので身体はとてもしんどかったです。
タイは南北に長い国でタイ北部のチェンマイから南部のマレーシア国境までは2000km近くあるのですが、チェンマイから東に1000kmくらい進むとベトナムのフエに到着するのです。マレーシアへ行くよりもベトナムに行くほうがぜんぜん近いということを肉体感覚として体感したことがこの旅の最大の収穫でした。
来年は今回のコースを途中まで逆にいって、ベトナムのフエから北上してハノイのほうまで行ってみたいと思います。 (波照間エロマンガ島)

(寸評)若者ならいざ知らず、アラフィフが陸路でこれだけの道行きは相当きつかっただろうね~。
ホーチミンの貧民街のようなところを一緒に行ったのは面白かったね。
ちょっと外れるとジャングルの中みたいな感じなのに、その木々の間からは高層ビルが見えているというコントラストが。
それにしても来年もとは・・・あんたも好きねぇ! 8ポイント。

初めて乳房を挟まれる

段々体に支障が出てくる40代、初めて乳がんと子宮がん検診を受けました。
やっておいた方がいい、とは言われますが、「痛い」だの「触診が若い先生だとドキドキする」なんて事を、50代の人から聞かされていたので、小心者の私は「無料で検診が受けられる」機会を逃さず、勇気を振り絞り行ってきました。

まずは子宮がん検診。子宮って事は、足を開いて・・・とはわかっていたものの、自分の番が近づくにつれドキドキ。下半身全て脱いで台に乗りました。
「力抜いてください」と言われても・・・上から下腹部をギューっと押されたら力が入らないわけがない。
結局は、カーテンの向こうに先生が居て、「はい、次、はい、次」と進んでいくので、恥ずかしいなんて感じる間もなく終了。

そして「痛い」と言われていたマンモグラフィーの機械に乳房を挟まれる時がやってきました。
自慢じゃないが、人より小さい乳房の私は、「これじゃ挟めません」と拒まれるのを覚悟していたのですが、それでも挟むんですね・・・確かに痛かった。
「そのまま息を止めていてくださいね。」と言われなくても、返事も出来ないほど。

結果、異常はなかったのですが・・・正直、触診でギュウギュウ押された時の方が、挟まれた時より痛かったです。
機会があれば、受診しておいた方がいいですよ・・・って、やっぱり痛い!話の後じゃ行く気はしませんよね・・・。(秘密の座席)

(寸評)異常なくて良かったね!
俺のまわりでは異常あった人、友人だけで結構いる。
早めの処置ならたいてい治るので、是非検診だけは受けて欲しいっ! 6ポイント。

初めてのおしりのあな検査

なんだか痔なんじゃないかなぁ、痔なんじゃないかなぁと思い続けてきたので、遂に重い腰をあげて初めての肛門科へ。
肛門科へ着いて診察室に通されると看護婦さんに小さな小さな小部屋へ案内され、ベッドに横向きで膝を折るポーズで横たわり、ワンピースの裾をめくり、パンツをさげ、肛門を露にして先生がやってくるまで待機させられるのです。
「ワンピースをめくり脱がされかけのパンツの間から恥ずかしそうに覗く肛門」
どんなエロプレイかと思い、先生と一対一とかじゃ気まずいなぁと思っていたら、先生だけじゃなくもうひとり看護婦さんも一緒にやってきてエロ小部屋の中で3人で検査が始まりました。
「パンツ汚いのとか変なのはいて来なくてよかった・・・」とか思いつつ身を任せていると初診故に力抜いてね~!はい!指入れるけど力抜いてね~!!と看護婦さんに熱烈に声をかけられるも、お医者さんフィンガーがまさにゴッドハンドで、こ、これはヤバイぞ!!ってくらい気持ちいいのです!!
結局、指でぐりぐりされたあとなんか機械みたいのも入れられたのですが、終始気持ちよかったもんで、気持ちよくなっていることを悟られないようポーカーフェイスを装うのが非常に大変でした。
結局、痔なんて全然無いと言われ思い過ごしで肛門は平常運転だったようなのでお尻の穴いじられ損だったのですが、気持ちよかったのでヨシとしようと思います。(りもの)

(寸評)おおっ、これはいいもの見つけたね。
女性はなかなか風俗に行く機会がないが、これならOK!
「先生、まだなんかおかしいんですけど」
「どおれホジホジホジ」
「アアーン」
病院の定期、作りなされ。 8ポイント。

初めて市内局番が1桁増で4桁になったことを知った瞬間

2011年12月現在、東京23区の固定電話の市外局番は03で、それに続く市内局番は4桁の番号になっています。
1991年1月1日にそれまでの3桁の番号の頭に、3をつけて「3XXX」となりました。このときは少し前からマスコミで周知期間があって移行したのでトラブルは少なかったと思われます。
しかし実はその数年前の1988年2月7日に新宿「5386」局を皮切りに、「5」で始まる4桁の市内局番はすでに始まっていたのです。こちらのほうは私の記憶ではほとんどテレビや新聞では扱われなかった記憶があります。
私が初めて市内局番が4桁になったことを知ったのは変な場所ででした。それは都内某所のファッションマッサージでした。そこは外国人と遊べる店で当時よく通っていたのです。その日も店に入ると待合室から隣室に待機している女性をマジックミラーごしに見て、お気に入りの白人女性を指名して部屋に入りました。
白人女性はアメリカのサンフランシスコから来たと言い、はなからマッサージはせずに横たわるわたしの上にのしかかって来て耳元で小さい声で「XXXする?」と聞いてきました。当時は店に隠れて本番行為を誘ってくるヘルス嬢は多かったのです。私はそういう展開になったことは初めてではなかったのですぐにOKしました。
・・・事が済んだあと、その女性はメモ用紙に自分の名前と電話番号を書いて渡してくれました。その番号が「5」から始まる4桁の市内局番の番号だったのです。5XXX-XXXX。はじめ、私は東京が4桁の番号になったことは知らなかったので、これはアメリカの電話番号かと勘違いしてしまい、女性に確認しました。すると「違う、新宿の近くに住んでいる」と答えたので、そこで初めて東京が4桁の市内局番が始まったことを知ったのでした。
彼女とは金銭の授受を伴ったセックスはその一度だけで、それ以降は彼女はすぐに店を辞め、店の外で会ってよく遊びました。気のいい子でしたが半年くらいでアメリカに帰国してしまい別れました。そんな思い出があります。(チ○コ赤岩&マ○コ黒岩)

(寸評)おおっ、いい思いしたねっ!
よほどの優れモノをお持ちで?
白人ってやっぱりあそこも色素は薄いのかな?
今度教えてチョーダイ! 8ポイント。

初めての満天の星空

私はマンションの7階に住んでおり、普段ベランダに出ると夜景がとてもきれいなんです。

東日本大震災当時、私の住んでいる宮城県仙台市内の夜は果てしなく暗闇でした。
ガソリンも不足の中、車を走らせている車もほとんどいませんでしたので1つの明かりさえ見えないような状況でした。

そんな中、ふと外を見ると満天の星空。
思わずバルコニーに出てみると寒さも忘れるくらい今までに見た事もない、とてもきれいな夜空でした。(こんな時に不謹慎だと思いながら・・・自然と涙が頬を)

でも、このような光景は最初で最後であって欲しいと願いながら、目に焼き付けるようにしばらく星空を見上げてました。(みるく)

(寸評)そういうことってあるよね。怪我の功名というか。
人間万事塞翁が馬。いろんなことがあるけどひょっとした折に宝石が見つけられるんだよね。 7ポイント。

初めてのフルメイク見学

電車内でメイクしている女性はよく見掛けますが、初めて素顔からフルメイクする所を見ました。
その女性は、立っている私の前の座席に座っていました。「何だか疲れた雰囲気のオバサンだなぁ」と思っていると、おもむろにバッグから鏡とメイク道具を取り出し、下地を塗り始めました。
その上にファンデーションを塗りチークを塗ると、みるみる顔色が良くなっていきます。眉を描いてアイライン、アイシャドウ、マスカラと進んでいくうちに、疲れていた顔が生き生きとし、「疲れきったオバサン」が最後には「若い美女」に変身しました。
私は感動さえ覚えました。
でも、メイクって恐いです。(ごりぽん)

(寸評)ええっ、若い美女に変身した!?
それはきっと化粧品会社と専属契約を結んでいるメイクアーティストのストリートパフォーマンスだっ! 6ポイント。

初めての持ち込み

昔、漫画家になりたかった私は18才の時に初めて「持ち込み」にチャレンジしました。〇○○漫画大賞というのに応募するため編集部を訪ねました。原稿を抱えてエレベーターに乗っていると、漫画家になった気分でした。
編集部に着き案内された個室で待っていると、メガネをかけた20代の色白な男性が入って来ました。
持ち込んだ原稿を渡して見て貰うと「ハハハ」と笑ってくれたヶ所があり、とても嬉しかったのを覚えています。「一ヶ所面白いギャグがあったけど、絵が平面的でストーリーと合ってない」と言われました。自信作とうわけではなかったので、特にショックを受ける事もなく、原稿を渡して帰宅しました。
1ヶ月後位に雑誌に点数と順位が発表されたのですが、32点で16位でした。
でも、噂の「持ち込み」にチャレンジした事だけで満足でした。 (ごりぽん)

(寸評)おおっ、16位でもかなり将来性はあるんじゃない?
応募作が16点だったら別だけど・・・。6ポイント。

初めての売り込み

17才の時にB全版位の大きな紙に絵の具で「エンタン」という独自のキャラクター(エンゼルとサタンの混血…哀愁漂うキャラクターです)を描いてみました。何だか予想以上に上出来だったので、最寄り駅の喫茶件ケーキ屋さんに貼ってもらおうと思い立ちました。
電話は苦手だったのですが勇気を振り絞り、ポスターの話をすると「見てみないと判断出来ないので、今度持ってきて下さい」と言われました。
さっそくポスターを巻いて腕に抱え店へと向かいました。
いざ店が近づくと急に恐くなり、そのままUターンして引き返し、家に帰ってしまったのです。それ以後も見せに行く事が出来ず、そのポスターは部屋の壁に貼りました。(ごりぽん)

(寸評)もし貼ってもらってそれをたまたま見たデザイン会社の人が「おおっ、このキャラクターはいけるぞっ!」と思ったらいつの間にか大ヒット。
子供たちのアイドルキャラになりグッズもバンバン売れ、遂にはネズミーランドのようにエンタンランドが出来てごりぽんは何もせずともお金が毎日億単位で入って来る。
可能性もゼロじゃなかったのにいいっ。 4ポイント。

初めてのマラソンの後に仕事

先月ハーフマラソンを走りました。
当日は緊張して、その時の気温が湿度が高かったせいもあるけど(とは言っても11月下旬で半袖で) スタートの前から汗かいてました。

走り出して途中、折り返し前後はアップダウンの激しいコース があり一番きつく、それを過ぎると何とか走れそうな気になる。
1キロごとの距離表示もラスト5kmにからは、カウントダウンで「あと○○km」となると脚はパンパンに張って感覚がなくなっているのに何故か動いていて走っている。
後半は給水ポイント以外歩かずに何とかゴールが見える所へ。
最後の力を振り絞ってゴール!2時間6分台で完走しました。

今度は自己ベスト更新でまた走って、その次はフルマラソンに出たいです。
走り終えたら(ヘトヘトで自宅まで帰れないのではを想像してましたが)意外と気分良くその日の夜には少しだけど仕事してました。(リリカ)

(寸評)マラソンのタイムは良く知らないけどハーフでも2時間6分台って早いよね!?
しかもその後仕事って!怠け者の俺には考えられない。
せめてドーパミンをガンガン出してトリップを楽しんで下さいな~! 6ポイント。

初めてのモトクロス

学生の頃バイク好きの同級生に連れられて、初めてバイクに乗りました。
同級生が参加するモトクロスのレース会場に、もう一人の初心者の女子と私と二人でついて行きました。
レースに出場している友人を見て「凄いねー」「面白そうだねー」と興奮していました。 レースが終わり、まっすぐな道を走らせてもらいました。
風を切って走るのは気持ち良くて私は充分満足したのですが、友人がコースを走りたいと言い出したのです。
山を昇ったり降ったりこぶを乗り越えたりというワイルドなコースを走る友人を遠くから見ていました。
小高い山に差し掛かり勢いよく昇りきると……友人とバイクは宙を舞い、前にある池に放物線を描いてて落ちていきました。
慌てて池まで走って行くと友人は池から上がりびしょ濡れで立っていました。
予想外の事態に「大丈夫?」と言うのがやっとでした。 (ごりぽん)

(寸評)高校生の時、友達と学校からの帰り道自転車で走っていてふざけて一寸こづいたら、友達は水を満面に張った田んぼに勢い良く突っ込んで行ったなぁ。
「カブラギの教え」の3番の井上君。
その時は俺も驚いたな~。全身泥人形の井上君に。6ポイント。

初めての告白文添削

職場で顔なじみのとある男性から、先日、こんなお願いをされました。
「HI-さん、この文章、直してくれませんか?」
見ると、紙の左側に韓国語の文章と、右側には日本語の文章と、発音がハングルで書いてあったのです。
ひとまず、読んだところ、こんな書き出しでした。

「私は初めてあなたに会った時から…」
「未熟で、何もない僕ですが…」(以下、カット)

明らかにラブレター!
相手の名前は、、、以前の僕の同僚の韓国人女性!
しかし、同じ韓国人だから、韓国語で告白すればいいものを、なぜか日本語で告白しようと、告白のセリフを紙に書き、自信がないので、僕に添削を求めてきたのです。

なんとなく、読んでみると、こっ恥ずかしい感じもしましたが、何度か熟読すると、言いたいことがストレートに伝わる内容でした。
一部に文法や、言い回しのミスがあり、そこを訂正してあげました。

でも、自分自身ラブレターを書いたり、まともに誰かに告白したこともないのに、告白のセリフを添削してもいいのだろうかと、途中で不安になりました。
これで断られたりしたら、自分も振られたような立場になる訳で、その結果が気になるばかりです。(Hi-)

(寸評)もちろん「あなたとやりたいですオ○ンコオ○ンコオ○ンコ」と書き直してあげたんでしょ?
悪い奴だなぁ。 6ポイント。

初めてのプロポーズ

こんにちは!
体験したばかりの私の初体験です。
実は先日、人生初プロポーズをされました。
「ねこちゃんのこと大好きだから結婚しよう」と実にシンプルなプロポーズでしたが、プロポーズってこんなもんかーっていう感じでした。
もちろん嬉しかったけど、涙を流して喜ぶわけでもなく、笑顔で「うん!する!」と答えました。
今週末に正式に私の実家に挨拶に行きます。ここ二年ぐらいは結婚願望が結構強くて、でも彼と出会う今年の五月まで自分の結婚なんて想像もつかなかったけど、やっと一生を共にする素敵な相方に巡り合えました。
付き合って七ヶ月のスピード結婚だったけど、残り少ない独身生活楽しみまーす!(ねこ)

(寸評)おっ、おめでと~!
そう言えば俺も付き合って数ヶ月でプロポーズしたな。
こういうのって意外とトントン行く時は早いよね。
愉快な家庭をふたりで作ってね!ヒャッホー! 7ポイント。

初めての海外ガス漏れ恐怖体験

つい一週間ほど前の出来事です。私はタイ・チェンマイの自宅の近くにあるオープンエアの屋台食堂で夕食をいただいてました。
とつぜん「シューーー!!!」というガスが漏れる大きな音が聞こえました。その瞬間、まわりにいたタイ人は「ぎゃー!!」と叫びながらいっせいに席を立って逃げました。私は一瞬何が起きたのか事態が呑み込めないまま、条件反射的にまわりに倣って席を立ち、皆と同じ方向へ逃げました。するとまもなく安全であることが確認され逃げるのをやめました。音のした方を振り返ると、店員のお兄さんが空になったガス管を新しいのに交換しているところでした。その際に手順を間違ってガスを漏らしてしまったようでした。お兄さんは照れ隠しか恐怖かはわかりませんがへらへら笑っていました。「笑ってるんじゃねぇよ!!」と私は心の中で叫びました。近くに火の気があったら爆発して死んでいたかもしれません。あとから恐怖がどっとこみ上げてきました。私はまだガス漏れがないか不安だったので、早々に会計して店をあとにしました。
それにしても驚いたのはまわりのタイ人の逃げ足の素早いこと。もしかしたらこういうケースは珍しいことではなく、実は慣れているのではないかと勘ぐってしまうほどでした。
その後一週間経ちましたが、その店にはなんとなく入る気分になれない自分がいます。あの「シューーー!!」という音がトラウマになりそうです。 (波照間エロマンガ島)

(寸評)「シェーーー!!」だったら、ただイヤミがそこにいただけだったのにね。
君子危うきに近寄らずっすねー。 5ポイント。

初めてお巡りさんに警察に連れて行かれた話

会社の歓送迎会の帰りの電車で起こった事件です。乗り換え駅での階段も近いし他の車両よりも空いているのでいつも通り女性専用車に乗りました。そして優先席の横のドアの所に立ちました。メールのチェックをしようと携帯を開くと、横の椅子に座ってた人に肘で小突かれました。「!?」睨みつけるとそこには初老の男性が。少々酔っ払っているようで「ここは優先席だ~、携帯やめろ~、バカヤロー」とか言っています。向かい側に座ってる怖そうなねーちゃんなんか優先席に座りながら思いっきり携帯開いてるじゃないか~!と思いつつも、そもそも女性専用車なんですけど…?と問うと「俺は心臓が悪いんだー!バカヤロー、お前の顔なんかぐちゃぐちゃにしてやるー!」とか言い、ついに立ち上がりました。確かに女性専用車の例外として「お体の不自由な男性の方」というのも書かれていますが、そこまで暴れる元気のある人がそれに当てはまるのかいささか疑問です。さて立ち上がったおっさん、こちらもひるむまいと身構えました。しかし私より小さいおっさん、立ち上がったのが失敗だったんじゃないでしょうか。私が見降ろす感じは変わりません。だけど相変わらず意味不明なことをぐちぐち言います。「心臓に機械が入ってんだよ、見るか?え?」とかくどくどと。知人で「最近のは大丈夫なのよ~」なんて言ってペースメーカーしてるけど携帯を使ってる人もいるのでおっさんの言うことを聞き流していました。しかしおっさん、絡み続けます。「謝れ~!謝ってみろ~!」とうるさいので、謝ってやったら気がすむのかと思い、「はいはい、私が悪かった!ごめんなさいね!」とこれでいいわけないよな~と思いつつ、超感じの悪い謝り方をしたらおっさんは引き下がりました。こんなんでいいのか!
しかし他にも携帯使ってる人がいるのに私だけ小突かれるという理不尽さにだんだんと腹が立ってきました。暫くして、私は一番後ろの車両へ歩いていき、車掌さんのいる所をノックしました。せめて駅員に懲らしめてやってほしいと思ったのです。ちょっと大袈裟に言わないと動いてくれないだろうと思い、「女性専用車に変な酔っ払った男性が乗っていて…痴漢です!」体に触れてきたのは嘘ではないですからね。「じゃあ、次の駅で列車を停めますから」と車掌さん。次の駅でアナウンスが入りました。「お客様同士のトラブルのため、少々停まります」と。車掌さんと一緒にさっきのおっさんの所に行き、「この人です!」と教えます。おっさんは他の駅員に引きずりおろされました。私とおっさんは別々に駅員に連れられ、駅員室のような所へ入れられました。私は仮眠室のような所へ入れられ、おっさんから事情を聞き終わるまで待たされるようです。勿論、私も事情を説明しました。
暫くして警察が現れました。私としてはちょっと駅員に注意してほしかっただけなのに、まさか警察沙汰になるとは…!いったん駅の交番に連れられ、私は警察のパトカーじゃない普通の車で、おっさんはパトカーで最寄りの警察署へ連れて行かれました。私はまた事情を説明し、「飲み物でも飲んで落ち着いて」と水をもらい、また待たされて、車で駅まで送ってもらいました。おっさんはまだ暫く拘束され、最終的には家族か誰かに引き取りに来てもらうそうです。まさかまさか、警察に連れて行かれることになろうとは思わなかったのでいろいろびっくりドキドキでした。おっさんも酔っ払って意味不明ながらも少しはドキドキしたでしょうね。(可南)

(寸評)むむ~っ、大変だったねー。
でも同時に男だからついついもしそのおっさんが自分だったら、と思うと怖いね。
たぶんワイドショーや週刊誌まで一気に駆け上がってスターになること必至だからね(笑)。8ポイント。

海外で初めてヒッチハイクの人を乗せるの巻

1996年、社員旅行でハワイに行ったときのことです。
ワイキキのホテルにチェックインすると、当初の計画どおりレンタカーすることにしました。車種はシボレーのキャバリエ。のちにトヨタから販売され所ジョージがCMをやっていていたので覚えている人がいるかもしれません。
車を借りたのは夕方だったのですが、ちょっと慣らし運転しようと思いひとりで街中を走ってみました。フリーウェイに乗ってワイキキから西の方角にあるホノルル空港の方へと向かいました。するとどこかで進入路を間違えてしまい、山を越えてカネオヘという町に行ってしまいました。来た道を戻っても面白くないのでノースショアをまわってワイキキに帰ることにしました。カネオヘから先は一般道になり、海沿いの道を北に向かって走りました。このころ日が沈みました。オアフ島のノースショアは夜になると真っ暗になってしまいます。街路灯はいっさいありません。慣れない右側通行もあり、びくびくしながら運転をしました。
タートル・ベイ・ヒルトンを過ぎたあたりでしょうか。とつぜん前方に手を上げて合図を送る若い白人女性がいるのを見つけました。私は一瞬、こんな寂しい場所で人間がいることにドキッとしました。もしかしたら人形ではないかと思ってしまったのです。女性を通り過ぎて何百メートルか走りましたが、どうしても好奇心を止めることはできず、Uターンして戻ることにしました。戻ってみると人形ではなくて人間で、その女性はヒッチハイクを求めてきました。私はヒッチハイク強盗ではないか緊張しましたが、彼女が悪い人ではなさそうなので、結局車に乗せることにしました。
彼女に話を聞くと、ノースショアで働いていてそこから10kmほどいったところにある村に住んでいるとの由。よくヒッチハイクするんですよ、と言ってました。私はちょっとスケベ心が出て、ノースショアは興味があるので後日案内してくれないか、と彼女の電話番号を訊ねました。彼女はいいわよ、と電話番号を教えてくれました。彼女を村で下ろし、1時間くらいかけてワイキキに戻りました。
翌日、さっそく彼女に教えてくれた電話番号に電話してみました。電話はオフィスらしいところにつながりましたが、あいにく彼女は外出中との由。コールバックを依頼して電話を切りました。私はその日は友人と約束していたので日中は外出しました。もう彼女とは会えないだろうなぁ、と半分以上あきらめてました。がしかし、ホテルに戻るとコールバックがあったのでびっくりしました。翌日、もう一度電話をすると今度は誰も電話に出ませんでした。その日は数回電話しましたがいずれもノーアンサー。翌日も1回かけてノーアンサー。あまりしつこく電話するのも尻込みしその後は電話はしませんでしたが、不思議な体験としていつまでも思い出として心に残っています。今となってはもしかしたらそうやってヒッチハイクした人にナンパされるのに慣れていて、居留守されたのではないかとも思うのですが。(波照間エロマンガ島)

(寸評)霊界には電話は繋がりにくいという・・・。 7ポイント。

初めての猫身事故

毎週土曜日に車で祖母の見舞いに行っていました。しかし平日に手術があり、術後の見舞いに…ということで平日の夜、仕事が終わってから祖母の見舞いに行った時のことです。手術といっても内臓云々ではなく骨折の手術なので命にかかわるものではないのだから何もその日に行かなくてもよかったのですが…。
天気は悪かったですがいつも通り母と一緒に祖母の見舞いを済ませました。その日は親戚が来ていたので病院から最寄りの駅まで車で送って行き、それからいつものように家に帰ろうと車を走らせていました。すると「猫!?」。のそのそと道路に猫が飛び込んできました!そんなにスピードを出していたわけではありませんでしたが、間に合わず「どん!」と鈍い音を立てて猫は私の車に当たりました。「どうしよう、無理、もう駄目、うわぁ~」と頭の中がいっぱいいっぱいでどうしたらいいかわかりませんでした。とりあえず道路の端に車を停めて、母と一緒に猫を見に行きました。恐怖の気持ちでいっぱいでした。道路の真ん中に猫は倒れていました。手足が突っ張っていて、もう助からないと思いました。情けない私は雨と涙と汗と鼻水といろんな水で顔をびっしょりにしながら、猫の方へ走って行く母をただ見ているだけでした。暫くすると「生きてる」とやっとの思いで猫を抱き抱えた母。猫はショックで気を失っていたようです。我に返った猫は怪我のせいもあるのか、下半身をくるくるさせながら必死で逃げようとします。しかしこのまま逃がしたらどうなってしまうかわかりません。母が地面に押さえつけるように猫を捕まえ、私は車の中にあった段ボールを持ってきました。再び猫を抱えた母に、猫は思いっきり噛みつきました。「いや、離れない!」洋服に歯が刺さっています。猫は今度は引き離そうとした私の手に噛みつきました。「歯が抜けない!」だけど、なんとしてもこいつを助けねば、と思い段ボールに詰めて車に乗りました。私の指からは血が止まりませんが、痛みなんて気がつきません。我が家の猫の掛かりつけの動物病院に駆け込みました。診療時間を過ぎていましたが、開けてもらいました。事情を説明し、預かってもらうことにしました。若くない雄の猫だそうです。怪我の程度はまだわからないが、腰の骨をやられていたら排泄が困難になるし、場合によっては安楽死も…というようなことを言われ、不安で仕方なくなりました。
その後、私と母は夜間診療の病院で噛まれた傷を診てもらいました。
それからずっと落ち着かない日々が続きました。数日後、面会に行きましたが、まったく元気がなく食欲もないとのこと。それからまた数日後、動物病院から電話がありました。餌を食べてくれるようになったが、ずっと狭い所に閉じ込めっぱなしのためいじけちゃっているので早く引き取りに来てほしいとのこと。それを聞いて安心しました。早速次の日に動物病院に行きました。片目が少しおかしくなってしまいましたが、治療は抗生物質の注射のみで怪我は特になかったようです。改めてじっくり見るとすごく大きな猫。こんなでっかい猫を必死になって捕まえてたんだなーと思いました。
さて、この日も事故のあった日のような嫌な天気でしたが、元いた場所へ連れていくことにしました。事故のあった場所のそばのわき道に入った安全そうな所へ連れて行き、ケージを開けました。しかしすぐに出て行きません。暫くすると、走ってケージから出て行きました。真っすぐに、とてもきれいに走っていました。「もう危ない所へ行くなよ!」私と母はその猫の背中が見えなくなるまで見送り、家路についたのです。(可南)

(寸評)猫も最初は自分を轢いた奴、と思って噛んで来たんだろうね。
めでたしめでたしで良かった~。 7ポイント。

初めての露天風呂

今から10年ほど昔の話ですが、当時の彼氏と冬に温泉旅行に行きました。
そして二人で貸し切り露天風呂に入りました。
屋上露天風呂だったのですが、2メーター弱ぐらいの塀があって周りは山でした。お互い21・2歳だったので、次第に気分が盛り上がり、そのまま解放的になって冬空の下の露天風呂でセックスしました。
野外でのセックスは解放的で気持ちよかったでーす! (匿名希望)

(寸評)山の上から天狗が見てたよ。
そして天狗の鼻が見る間にムクムクと・・・。 6ポイント。

初めての野グソ目撃

とある日の、歩いて出勤途中のことです。
いつものように、職場へ向かって、小高い丘を通る道を歩いていると、道端の草むらに、帽子をかぶった、初老のおじさんが、道路に体を垂直に向けて、しゃがんでいました。
も、もしや…と思い、目線を下半身へ向けると、見事に尻丸出し。ただし、自分のいた位置からは、横しか見えなかったのが幸い。
と、次の瞬間!

横向けの尻の下に、小石ほどの大きさの物体が落ちました。
そして、そのおじさんが顔を上げ、目が合ってしまったのです。
ずっと見てると、お互い気まずくなるので、そそくさとその場を立ち去りました。
50メートルほど歩いてから振り返ると、そのおじさんは悠々と、自分が歩いてきた方向へ歩いていました。

翌日、その場所を通り過ぎると、ウサギのブツのようなものが少々残っていました。その場所の少し後ろには、小さな畑があり、おばさんが2人、農作業でキャベツを収穫中。

…農作物には影響がないか、気になりましたが、そのおばさん達にちゃんと言った方がいいか、悩んでます。(Hi-)

(寸評)影響というか俺が子供の頃はまだそこら中に肥溜めがあって、即ち人糞はもっとも良い肥料だったよ。
自分の出した物で野菜を育てるエコな循環運動で育って来ました~。6ポイント。

初めての『打出のカード(小槌)』?

『持たぬ金は使わない』主義で今まで一枚もクレジットカードを作らなかった自分が、ネットショッピングと海外旅行の計画を発端に作ってみることにしました。
海外ではクレジットカードが身分証明になるほど、所持することが極当たり前なのだとか。
まず、海外で利用するために『VISA』か『MasterCard』を選択・・・、ありゃ? サービスの種類でカードの種類じゃないのか・・・?
それじゃ、どこのカードに・・・? そこへ『やまね』さんからのアドバイス。
一番使いやすいカードに選ばれている『楽天カード』を教えていただきました。
『やまね』さん、ありがとうございます!
なるほど・・・。年会費無料、ポイントキャンペーン中、ネットからの簡単申し込み。
『楽天カード・VISA』に決定!
楽天の会員登録をし、クレジットカード申し込みフォームへ。
暗証番号・氏名・住所・生年月日・メールアドレス・電話番号・収入・貯金額・借金なし・持ち家などを入力して・・・あれあれという間に完了。
30万円までのキャッシュサービスを組みましたが、利用するつもりは全くありません。
生まれて初めて持つことになったクレジットカード。
正直、とても怖いです。
使う方法よりも、使わなくてすむ心構えを勉強しています! (デクノボー)

(寸評)俺も一枚持ってるけどキャッシングで使ったことはないな。
ニューヨークのホテルでは宿泊証明にクレジットカードは必須だった。なければいくら現金を見せようが泊めてもらえないとのことだった。
アジアではそうねー、いざという時に中途半端な金額を両替しなくてもクレジットカードで使えるのがちょっと便利なとこかもね。
だけど屋台では使えないので注意を・・・。5ポイント。

初めてのまんだらけ

まんだらけ、といっても女性機だらけのお店ではないですぞ?中野や秋葉原にある巨大なマニア向けショップのことです。

中学二年の頃、友人数名とまんだらけのある中野ブロードウェイにレッツラゴーすることになった。
そのうち二名は中野ブロードウェイ内のゲームセンターに、私を含む数名はそのままブロードウェイへするとすると、目に飛んでくるのは私の欲しいものばかり魔太郎が来る!初版全巻セット(現在流通している版には収録されてない過激な話が収録されているのです。詳しくが各自で・・・)や幼稚園の頃読んでいたアニメ雑誌のバックナンバー。欲しいもの欲しいものが目の中に!
しかし私のお財布事情は悲惨だった。財布の中には交通費除く3000円。魔太郎一冊すら買えない。 結局、幼稚園の頃欲しかった玩具(1500円)を買って家に帰った。帰りは豪雨だった。(ズミ天)

まんだらけの店長古川益三は元ガロ系の漫画家でよく読んでいた。
ガロ系の漫画家で本業以外で一番経営者として成功した人かもね。
そのまんだらけでカリスマ店員だったのがコスプレアイドル声ちゃん。
一緒にライブでセッションしたことも何度か。甲府からふたりでイベント帰りに並んで特急で帰ったこともあったなあ。むふふふ。
って、話が全く違う方にズレてしまった・・・。 5ポイント。

初めて生で宮沢りえ・・・と思いきや残念な結果に終わる。

1990年頃の話です。
ある日、出版社に勤める大学時代の友人から電話がかかってきました。
「あのさ、XX日の昼間、エロさんひま?」
「ひまじゃないよ、平日だから普通に朝から仕事だよ」
「そうかー、今ちょっと困ってるんだよね。月刊○星のグラビアの仕事なんだけど、宮沢りえが緑山スタジオでドラマの撮影していて外に出られないの」
「うん、それで?」
「でさ、宮沢りえのお屋敷の庭で水を撒く写真を撮りたいんだけど、東京まで戻ってる時間がないわけよ。で、エロさんちならさ、緑山と東京のXX〔彼は東京城南地区の高級住宅地の名前を言った〕のちょうど中間にあるから、よかったら庭を貸してもらえたらな、って思って」
「えー、ほんと?いい話だねー!」
私はその瞬間、もしかしたら宮沢りえと会えるかもしれない、しかも私の家の庭でロケをして、もしかしたらお近づきになって、そして・・・、と一瞬のうちにいろいろな妄想がむくむくわいていきました。
「わかった。XX日は休みをとるよ。なんとかセッティングしてみるから、よろしくお願いします」
と私は言って、電話を切りました。
翌日、私は会社に休暇願いを出してきました。頭の中は「17歳の宮沢りえに会えるのかー!」という想いでいっぱいになり、自然と口元はにやけていきました。
夜遅く、友人から電話がかかってきました。私はロケーションの確認の用件だと思い、はずむ気持ちで電話に出ました。すると
「もしもし、エロさん?昨日の話だけど、宮沢りえが庭先で水を撒く写真は、別の写真に差し替えることになったので中止になりました。ごめんなさいね、忙しいところ変な頼みごとをして。また何かあったら電話するから。じゃあね」
と、その友人はほぼ一方的に用件をいって電話を切ってしまいました。
私はしばらく呆然としていました。なんともはや、一日だけすごくいい夢を見たというわけでした。
こんな夢、見たことありません。
その後20年くらい経ちますが「初めての生・宮沢りえ」体験はいまだ訪れません。今後も訪れるのかどうかわかりません。そういえば宮沢りえももうすぐ40歳なんだなぁ。(波照間エロマンガ島)

(寸評)その年の紅白は宮沢りえも俺たちも出ていたんだけど、宮沢りえはどこかのビルの屋上(だったかな?)でお風呂に浸かりながら歌うという演出。
なので俺も一回も会ったことないなー。
体重は往年の貴乃花並になってきたから、どこかで会えないものか・・・。
しかし珍しいお話でしたな! 8ポイント。

初めての「大」事・・・?

小学1年生の5月。どうしても我慢ができなくなり、初めて「大」用のトイレへ行くことにしました。
女子トイレと違い、男子トイレは小用と大用がハッキリと分かれています。大用に入るのを見られたら、その瞬間からあだ名が「ウンコマン」になることは小さな自分にも予想がつきました。
ですが、なかなか休み時間にトイレから人がいなくなることがありません。そして、刻々とタイムリミットが迫るなか思いついたのが、給食の時間に「さきわれスプーンをおとしたので、あらってきます」と教室を抜け出す方法。
子供ながらに良い考えでした。作戦は見事に成功。誰もいないトイレで無事に用をたすことが出来ました・・・・が。
「ガチャガチャガチャ・・・あれ? カギがあかない。どうしよう・・・。たすけをよぼうにも、ひとがきたらこまるし・・・。」
困ったまま上を見上げると、子供なら通れそうなくらいの隙間が開いていました。
「よし! まずレバーにあしをかけ、つぎにトイレットペーパーホルダー、ドアノブに・・・やった! でられた! ストンッ。セーフ・・・。」
疑われること無く教室に戻ることが出来ました。
これが初めての「大」の話・・・いや、待てよ。大、大、だい?
違う! これは「だい」ではなく「おお」だ! 「おおごと」だったんだ!

じ、実は続きがあります・・・。

授業時間の短い1年生は、給食が終わるとすぐに清掃の時間になります。
「せんせーい。ここのトイレのドアがあきませーん。」
「そうか? ドンドンドン! 誰か入ってるのかー? おーい!」
まさしく、自分が脱出してきた「大」用のトイレです。ですが、そんなことは口が裂けても言えません・・・。
「せんせーい。ずっとみてたけど、さっきおとこのこがはいっていってまだでてきてませーん。」
え? そんなはずは・・・。どこの世界にも自分に注目を集めたい「狼少年」がいるものです。
「本当か? おいっ! 大丈夫かっ? 返事をしろっ!」
「あ、すきまからだれかがたおれているのがみえるよ。」
お、狼少年よ・・・。
「待ってろっ! すぐに助けを呼んでくるからなっ!」
小学1年生には、もうどうすることも出来ませんでした。
間もなくして、サイレンと共に消防車が到着。
レスキュー隊員が現れると、躊躇無くトイレのドアを破壊。
静まり返る「大」用トイレ。
もちろん、中は無人・・・。

さすがに、もう時効でしょう? 嘘をついた訳じゃないし、黙ってただけだし・・・。
ご、ごめんなさい! m( _ _ ;)m (アルカトイレからの脱出)

(寸評)はははっ、本当にオオゴトに!
確かに小学校は「大」行けなかったよな。
子供って本当にうんことかに興味あるんだよな。
今から考えると馬鹿馬鹿しいけど、当時は死活問題だったよね。
あ、でも大人になってもウンコのこと歌っている奴がいた。
♪ウンコのにおいが臭過ぎる~ (ホルモン鉄道・歌詞は大谷氏!) 8ポイント。

初めての流れず。

石川さん・みなさんこんにちわ・・・

先日、姉と二人で居酒屋に行きました。
もともとおなかの強くない私は、冷たい飲み物を一生懸命飲んでいたら、突然の”うんこノック”

そこでトイレに駆け込んだまではよかったのですが、用が済んだ後、ウォシュレットを押す
「・・・」「?」もう一度押す「・・・」「?」仕方がないのでお尻を拭き、流すボタンを押す
「・・・」「?」もう一度押す「・・・」「?」どこを押しても流れません。

隣のトイレに誰もいなかったので、流すボタンを押したら「ジャーーー」
もう一度戻り同じボタンを押す「・・・」えっ?なんで???
そのままにしておくことも出来ないので、トイレから出て近くにいた(私は女性なので)女性店員を呼び、「すっすいません、トイレ流れないんですが・・・」
店員「私がやりますので、いいですよ (^_^)」
私「え?あっあのぉ~すっすいません大のほうなんですが・・・(-_-;)」
店員「大丈夫ですから」 私「申し訳ないです・・・」

姉にそのことを話したら、「そこはオール・スルーでしょ?知らないっぷりして出てくるでしょ?流れないトイレを置いておく店が悪いんだから。次に入った人は運が悪かったと思って」
えっ?そうなのか??

次のオーダーを取りに来たのは紛れもなく彼女でした・・・なんとも気まずかったです。(流れたのかなぁ・・・見に行く勇気がありませんでした)

このような場合石川さんだったらどうしますか? (みるく)

(寸評)う~んこ  れは微妙だね。
人のいない公衆トイレなら逃げるかもしれないけど、さほど広くない居酒屋なら自分のブツだってバレるから、やっぱり店員に言うかなぁ。
もちろんトイレットペーパーを山ほど上に被せてブツは隠してね。
でも女の子だときついよな~。男女共用だったらもっときついよな~。店員が若い男の子しかいなかったらさらにきついよな~。
会計に「大・処理代5000円」加算されてたら最高にきついよな~。
今度そういうことがあったら、ブツにペーパーで目鼻を付けてかわいくしとくといいかもねっ。キャハッ! 8ポイント。

初めてのフィ○ト○ァッ○

《注意:内容がなにぶんあれなので掲載するかどうかの判断はマスターの胸三寸にお任せするのと、セクシャリティー描写がお嫌いな方はスルーしてください、R-18です、と断りを入れつつ・・・》
数年前、某ハプニングバーで飲んでいたときのことです。その夜は終電を逃してしまい朝までコースだなと思いつつ、ママと世間話をして時間をつぶしていました。するとママの携帯電話に着信があり、これからエロエロカップルが店に行くから汁男優を何人か準備させといて、とのこと。「うひゃぁ!」と私は言葉にならない興奮状態になりました。ひょっとすると女性と×××できるかもしれない、と期待してしまったのです。愚息も多分その気になっていたのでしょう。上気した心持ちでカップルを待ちました。ママも近所に住んでいる常連さんに呼び出しの電話をかけます。その中には知り合いの風俗ライターのMさんもいました。どしゃぶりの雨の中やってきた浴衣姿のMさんと「よっ、お久しぶり」と挨拶を交わしました。深夜だったにも関わらず「汁男優」要員は私の他に3人くらい集まりました。
小1時間後、エロエロカップルが登場!どちらも真性の変態でした。男性のほうは日焼けしてカッターシャツのボタンを上から3つくらい開けて金色のネックレスを中から見せびらかしている金持ち風中年男でした。女性のほうは仮にNさんと言っておきますが40歳前後のトランジスターグラマータイプ、ボディコンシャスな身体のラインが出ているセクシーなミニドレスを着ていました。小学生の男の子の子供がいると言っていました。二人はどちらも結婚している不倫カップルでした。
最初にママのリクエストで景気づけに素人落語をものするMさんの艶笑落語を聞いて気分を盛り上げました。噺が終わるとMさんはガバっと立ち上がり、褌のわきから自分の睾丸を出し、それを伸ばして陰茎を覆い隠すという下品な芸を見せてくれました。次にNさんがテーブルダンスを披露してくれました。服の上から身体のあちこちを手や足でまさぐられ、熱い吐息を吹きかけられると、もうこちらも「辛抱たまらん」状態になり、息子も硬直状態になっていきました。その上Nさんは特異体質で、二の腕や首筋、お腹の脂肪など、身体のあちこちの皮膚が信じられないほどびろーんと伸びるのです。アメコミの「X-MEN」に出てくる場末のストリップバーにいるミュータント女か、とさらに興奮しました。こんな女性は今まで見たことありません。
さてだんだん盛り上がってきたところで、ようやくなにやら妖しい雰囲気になったかなと思ったら、Nさんがとつぜん「わたし、きょうはやりたくない」と言い出したのです。「ええーーー、そりゃないよー!」心の中で叫ぶ私。「なんでですかー!!」と内なる抗議の声。すると、こちらの気持ちを察したのか、Nさんは○ィ○トをやらせてくれると言いました。まずその場にいた男性の手をとって顔を近づけました。「あ、これは駄目。これはOK」と、一人ずつ男性の爪の長さをチェックしたんですね。私は当時交際している人がいてマメに爪の手入れはしていたので、幸いにして大丈夫でした。が、その場にいた一人の男性はNさんから駄目出しされてしまいました。身につけていたパンティーを脱ぎ捨て、Nさんはカウンター席の上に股を広げて座りました。ポーチからローションを出してあそこを濡らしていきます。基本的な○ィ○トのやり方を教わりました。最初に拳をジャンケンのチョキの形をして人差し指と中指をくっつけ、手の甲を上にしてあそこの入り口に置きます。次にあそこの中に拳を旋回しながらジャンケンのチョキからグーの状態に変えて入れていくのです。すると信じられないことに拳がどんどん入っていきました。私は指の付け根までは入れたことがありますが、手首まで入れたことは初めてだったのでそれはそれは感動しました。一人ずつ、フィストファックしていくとNさんはだんだん興奮してきて、彼氏にアヌスを攻めさせたり、アヌスの中にディルドを挿入したり、しまいには・・・・・・〔自主規制〕したりしました。
そんなわけで、めくるめくアブノーマルかつ夢見がちな初体験の夜でした。 (こそり男)

(寸評)おっとな~!
こういう経験に乏しいボクちゃんは今夜もひとり遊び・・・。
まぁいざとなれば人間がひとり出てくるんだから可能なんだろーな。
〔自主規制〕の部分も聞きたかったな~。どうせここまで書いたんだから(笑)。9ポイント。

初めての九州新幹線

日本に戻った後、実家で数日過ごしてから、母の実家へ行くことにしましたが、そのついでに、中間にある熊本へ寄り、1日観光をすることにしました。
飛行機が当然ながら、速いじゃないかと言われるでしょうが、今働いている業界の関係から、なるべく日本全国の都道府県を見て回らなければならないという、変な強制観念があったのです。
今年は九州新幹線もできたので、アクセスが楽になったかな、と思いながら、切符を買いました。

まず、東京から「のぞみ」で博多まで行き、そこから乗り換えました。
「のぞみ」は1列5席で、混んでいたのに対し、九州新幹線は1列4席で、座席が木でできていました。
しかも、各駅停車の列車だったせいか、車内もガラガラで、雰囲気も「のぞみ」とはだいぶ違います。 ただ、外国人観光客が他の地域に比べて多いのか、車内アナウンスは4ヶ国語でした。

それはともかく、車窓を眺めていると、ほとんどは穏やかな田園風景。
しかし、停車駅のほとんどがそんな田園の中で、駅の周りには田畑のみ。
熊本駅に到着して、外へ出ると、新幹線ホーム側の出口のある駅前広場の前には、解体されているあばら家や、「分譲中」の看板ばかり。
駅舎自体は真新しかったのですが、駅の周りがこんな状態じゃ、若干物寂しくもあり、何となく滑稽でもありました。

ちなみに、九州に住んでいる母方の親戚の皆さんは、用事がないから、まだ1回も乗ったことがないとのこと。
晩御飯を食べた、熊本市内のとある食堂のご主人によれば、地元の人はたいてい車を持っているから利用せず、熊本の経済界も新幹線の誘致に賛否両論だったとか。

…やっぱりターゲットにされている利用客は、首都圏の人や、外国人観光客なのか?
ま、飛行機で行くよりは、それなりに醍醐味もありましたけどね。(Hi-)

(寸評)俺も列車が好きなので、出来る限り電車を使う派だけど、かかる時間はともかく、ぶっちゃけ料金で飛行機の方が安いとどーしてもそっちに流れちゃうなあ。
乗っては見たいけどなあ。
結局経済効果があまりなくて廃線になったらありゃりゃだけどね~。 5ポイント。

初めての熊本

今回の一時帰国の際、四国の2県に続き、未踏の地だった熊本へ足を運びました。今まで親戚や知り合いが全くいない地域へ足を運ぶには、それなりに勇気もありましたが、海外留学や今の仕事を始めたのを契機に、日本全国の都道府県を制覇しようと思うようになったのです。

新幹線を降りて、駅を出ると、駅前には地方都市の名物・路面電車が。乗ってみると、一律150円。しかし、古い列車もある一方で、電光掲示板の付いた列車もあり、何となくギャップがありました。 裏路地の小さな中華料理店で夕食のチャンポンを食べてから、あらかじめネットで調べたカプセルホテルへ。入ってみると、安いのはいいですが、狭い上に、中で猫が飼われてたり、その猫を飼ってるおばさんは熊本のなまりも。
なんと言っているか、想像できる程度のなまりでしたが、山奥の田舎へ行ったら、もっと激しいなまりが出てきたでしょうかねえ…。

翌日は荷物を駅のコインロッカーに預け、熊本城へ。
ただし、ずっと雨が降り、傘を持っていなければならないのには少々イライラ。
城の中へ入ってみると、最上階以外はほとんど撮影禁止でしたが、それなりに価値のありそうな文化財が多いのかと、思われました。
時間に余裕があったので、駅まで新幹線の高架橋に沿って歩いていってみましたが、繁華街や城のあった市内の中心部と違って、閑散とした住宅街。
それでも、1年分の日本の景色だと思って、じっくり眺めながら歩きました。

昼食は駅舎の中にあったラーメン屋で、豚骨ラーメンを堪能。
こってり味で、粉っぽいスープでしたが、それでもまあ、イケるほうだったかな…。
しかし、乗った新幹線の中には、「九州を食す」というキャッチコピーで、九州各地のグルメが紹介されていましたが、熊本・博多・長崎・宮崎の名物がいずれもラーメンでした。
九州のB級グルメはラーメンしかないのだろうか…。(Hi-)

(寸評)熊本市、何回か行ったけど江津湖の源流が敷地内にあるという友人の別荘に行って、ちょっと優雅に過ごした覚えがある。
まだばりばりアマチュア時代の頃。
今はどうなってるのかな~。 5ポイント。

初めての携帯レンタル

先月の一時帰国の際、いろいろと人に会うため、携帯が必要となりました。
しかし、今韓国で使っている携帯は外国ではカメラしか使えません。
なので、滞在中の1週間は空港で携帯を借りることにしました。今使っているのもプリペイド携帯で、あらかじめ携帯の店へ行き、使う分を入金するのですが、金額は多くても月に千円ぐらいだったので、安いだろうという思い込みがあったのです。

ところが、ここで金銭感覚ボケが露呈。
1日のレンタル料金×借りる日数に加え、料金プランの金額も、前払いだったのです。そして、申し込んだ料金プランのうち、通話で使った分が引かれていく、というものでした。
一番安い料金プランにしましたが、それでも韓国にいる時よりも、料金は比べ物になりません。
加えて、支払いはクレジットカード。プリペイドと言いながら、料金が前払いなのか、後払いなのか、いまいち紛らわしくなってしまいました。

とは言え、こんなにお金がかかったのだから、使わないと損だと思い、帰国している間はホイホイ自分から積極的に知り合いへ電話を掛けました。
帰国中の最後の夜には、実家との電話で、10分ぐらい話しましたが、使いすぎたせいか、通話中に料金残額が少なくなったことを知らせるメールまで来ました。
それでも、残額は300円ほど。出国寸前に、空港の郵便ポストからレンタル会社へ郵送しました。

しかし、やっぱり短期で日本へ戻ったり、長期滞在で外国へ行くと、どうしても連絡手段として、携帯が欠かせませんが、料金の高さがいつも付いて回ります。
今年もノートパソコンを持って移動していましたが、どこでもネット環境があるわけではありません。
実家ではメールや書き込みなどをチェックできていましたが、九州へ旅立って以降は、全くメールなどは確認できず。
…こんなのはアナログ人間のボヤキなのでしょうか?(Hi-)

(寸評)むむっ、携帯を一度も持ったことない俺はアナログ以下か・・・。 5ポイント。

初めてのリアル「夜の牛達のダンスをみたかい」体験

2011年10月4日深夜のこと、わたしはバンコクからチェンマイに向かう長距離バスの車中にいました。
チェンマイからあと200kmくらいの距離まで近づいたとき、とつぜん通っていた国道が通行止めで迂回することになってしまいました。その先の道路が折からの台風の影響で洪水状態になって寸断されているとの由。バスは道路を右折して山の中に入っていきました。片側1車線の道路ですが大型バス同士の交互通行は難しいような狭い道幅でした。険しいカーブが続き、山の中を進んでいきました。
ある視界の悪い長いカーブを抜けようかというとき、バスがとつぜん急ブレーキをかけ停車しました。すると目の前にびっくりする光景がありました。
道幅いっぱいに牛達がいて道路をふさいでしまっていたのです!
バスのライトに当てられた牛達は上目づかいに不安そうな表情を浮かべていました。そのとき私は牛達がすっくと立ち上がり、2足歩行でダンスを踊り始める寸前のような錯覚を覚えてしまいました。
「はいはい、すぐにどきますよぉ、ダンスするから許してねぇ」とかなんとか言いそうに見えてしまったのです。まったく根拠はありませんが、なぜかそう思ってしまったのです。
結局2分くらいで牛達は道路から路肩に去り、バスは通れるようになりましたが、深夜、人っ気のない山の道沿いで牛達を見た体験はイムパクトがありました。 結局100km近く遠回りして到着予定時刻より3時間くらい遅い、明け方近くに家に着きました。(波照間エロマンガ島)

(寸評)本当に牛たちが激しく踊り始めたら怖いかもなあ。
牛は愚鈍がよく似合うからなあ。 6ポイント。

初めてのMP3プレーヤー

いつも音楽を聴くのに、携帯CDプレーヤーを使っていたのですが、そのCDプレーヤー壊れ、CDが聴けなくなってしまいました。
それまでは買ったCDは直接聴きたいので、いつも大きなCDプレーヤーと、CDケースを持って外出していましたが、一時帰国を機に、そろそろ携帯音楽プレーヤーを買おうか、と、思い始めました。

しかし、今までに買ったCDは確実に40枚はあります。ひとまず、ノートPCに海外生活の間に聴けるよう、持ってきたCDの音楽データを移し、帰国してから残りのCDもほぼ全て移しました。
あとは、携帯音楽プレーヤーを買い、ノートに移した音楽のデータを移せばオシマイ。

…のはずが、買った音楽プレーヤーは専用のソフトをダウンロードしなければ、使えなかったのです。
僕のノートPCに入っていたWindows Media Playerは、その音楽プレーヤーに対応しておらず、新たなダウンロードが必要とのこと。
しかし、ノートが韓国で買ったものであったせいか、ダウンロードができないのです。

やむを得ず、家族がそれぞれ持っているノートPCでダウンロードできるか、してみましたが、時間がかなりかかります。
3時間ほどかけて、ダウンロードの後に20枚ほどのCDから音楽データを取り込み、プレーヤーへ転送しましたが、疲れました…。

でも、これからは外出する際が楽になるから、まあいいか、と思ってます。
一方で、今までに買ったCDはPCに取り込んだら、それ以降はほとんど聴かなくなってしまうので、今後は新作が出てからはどうしようか、未だに悩んでいます。(Hi-)

(寸評)俺はこれでもミュージシャンなので、音楽プレーヤーに入っているの全部再生しようとすると27日間かかるだけの音楽を持ち歩いている。
ちなみにベスト100は全部洋楽のアルバム(アルバム丸ごとを一曲扱いにしてある)で、どれも100回以上再生しているので、これだけで24時間聴き続けても一年以上かかる分量。
実はひとりでいる時間はほぼ音楽をかけているのよね~。 5ポイント。

初めての面接担当

職場で新しい日本人の職員の方を募集することになり、インターネットに求人広告を掲載しました。
そして、一時帰国の際にあわせて、面談をしましょうと、連絡を入れました。
すんなりと連絡が取れ、都内某所にて、会うことになりました。
ただ、「面接」と言うと、硬い感じがするので、「面談」という言葉を電話では使いました。でも、どっちでも大差はないかな?

さて、当日に対面すると、なんと相手は自分より年上で、しかも自分の業界にある検定に合格している方でした。
ひとまずその相手を某ファストフード店へと誘い、それまでの経歴や海外滞在歴など、いろいろ質問し、メモに残しました。
あと、職場の第一印象も大事なため、終始姿勢は直角型を維持し続け、背中が凝ってしまいました。

本当は自分自身、この職場で働くことになった際、面接を受けてなかったので、面接を受けること自体、未だ慣れておらず、そんな状態なのに、応募してきた人を面接するなんて、夢のような話です。 でも、これからは人を見る目が育てば、自分にも何かしら影響があるかな、と、終わってからいろいろ考えさせられました。
何しろ、間をつなぐために、無理矢理質問や雑談を続けたので、かえって気まずくなってしまったようだったので…。(Hi-)

(寸評)俺も病院バイト時代、面接ではないが新人研修で入ってきた人を査定したことある。
そして俺より20歳ぐらい上の40過ぎでやって来た元教師という肩書きのオッサンが兎に角本当に仕事が出来ない、やる気のない人だったので即刻クビにしたことがある。 6ポイント。

初めての猫カフェ

メイドカフェやら執事喫茶やら、誰かに相手になってもらって、癒してもらうところも多いですが、今回、そんなところへ足を踏み込むことになりました。
しかし、相手は人間ではなく、猫。
今まで行ってみたかったけど、一人で行くのは何となく変な感じがしていたので、一時帰国を機に、とある知り合いを誘って、行くことにしました。

雑居ビルのワンフロアに、その猫カフェはありました。入ってみると、スタッフのお姉さん数人にお客さんが10人ぐらい。そして、あちこちに猫がちらほら。
しかし、夕方ということもあってか、ケージの上で寝ている猫が多く、起きている猫でも、毛づくろいをしていたり、他のお客さんに撫でられていたり。
何匹か、床や椅子の上でゴロゴロしている猫もいたので、触ってみたのですが、すぐ逃げてしまったり、尻尾の動きから察して、警戒心が働いていたり。
ちなみに、スタッフの人以外は抱き上げたりすることは禁止でした。撫でたりするのは問題なかったのに…。

そんなこんなで40分ぐらい滞在して、料金はドリンクを含めて1500円ほど。
風俗とかへ行くよりははるかに安いでしょうが、猫がストレートに逃げたり、頭を撫でてもほぼ無反応の連続だったので、ある意味、ショックが大きかったです…。(Hi-)

(寸評)チェンマイにも猫カフェ、猫レストランあって毎年よく行くよん。
触り放題だけど、特別料金は取られないっす~。 5ポイント。

初めての絶対女にしか分からない感覚

えー、まさにドキドキの初体験。
先日、彼と交わっている時に騎乗位で腰振りまくっていたら、ものすごく気持ちよくなってきて、いつもとは比べ物にならないほど濡れて、それはそれはいやらしい音が聞こえ始めました。
気持ちよすぎて一心不乱に腰を振ってたら、なんかお尻の方まで濡れてる感覚。彼も、今日はすごいね!とか言ってました。
しかし、体位を変えようと抜いた瞬間シーツを見てびっくり。ハメたまま大量に潮を吹いていたのです。いつもより濡れてるとは思ったけど、まさか潮を吹いてたとは!潮吹き初体験はヤバイぐらい気持ちよくて、気持ちよすぎて涙出てきました。これは絶対女にしか分からない感覚だと思います!(匿名希望)

(寸評)きっと夢中で気づかなかったろうけど、その時、君は一頭の鯨になっていたよ。
それはそれは気持ち良さそうにヨガル鯨。尾ひれをバタバタさせながら、潮をビューッ! 6ポイント。

初めての戒厳令の夜

2010年5月、タイの首都バンコクでは赤服を着たタクシン派の反独裁民主戦線《UDD》が組織したデモは激化の一途をたどり、バンコク中心部のあちこちを占拠し、都市機能を麻痺させるほど拡大していました。
当時のアビシット首相はついに強攻策に打って出、軍隊と警察を使ってUDDを鎮圧し、多くの死傷者が出るという結末を迎えました。蹴散らされたUDDは暴徒化することが懸念され、バンコクは戒厳令が敷かれ夜間外出禁止令が出されました。
そのとき私はちょうどタイ南部のサムイ島に旅行していたのですが、長距離バスでバンコクを経由してチェンマイの自宅に帰る予定でした。戒厳令が出たことは知ってましたが、もうチケットを買ったあとだったので、そのままバンコク行きの長距離バスに乗ることにしました。翌日午前4時すぎ、バンコク市内に入ったのですが、そこで異様な光景を目にしました。あの不夜城と言われた東南アジア随一の大都市バンコクから灯りが消え、喧騒が消え、自動車が消え、人間がいなくなっていたのです。要所要所に軍隊の車両があるほかはまったく人っ気はありませんでした。ゴーストタウンのようなバンコク市内を走ってバスターミナルに到着しました。戒厳令は午前6時まで発令されているので2時間ほどそこで時間を潰して移動しました。
生まれて始めての戒厳令の夜を体験し、これが自然災害ではなく人間同士の争いが原因でもたらされたことに強い衝撃を受けました。あのゴーストタウンのようなバンコクの姿は一生忘れないと思います。 (波照間エロマンガ島)

(寸評)東京よりもさらに常に混雑しているイメージのバンコクで。それは怖いなぁ!
日本全土がゴーストタウンになる可能性は、まだ消えてない。 7ポイント。

初めての対面

昨日、初めて彼氏を両親に会わせました。
付き合って四ヶ月、早いかなと思ったけど親は私の年齢からして、そろそろ結婚して欲しいと思ってるのもあって、一回彼氏に会わせろと言ってました。まだ付き合いだして四ヶ月だから、彼氏は引くかなーとか、拒否するかなーとか、変なプレッシャー与えたくないなーとか色々心配で、なかなか両親に会ってほしいと言えなかったんですが、久々に実家に帰ったついでに思い切って誘ってみたら彼氏あっさりOKしてくれました。
みんな緊張してたけど、無事ご対面を果たし、さらには晩ご飯食べに行き、両親の彼氏に対する印象も良かったみたいだし、親のために結婚するわけじゃないといつも思ってましたが、安心してもらえたから、ちょっと親孝行っぽい事が出来たかなと思いました。若い頃は彼氏を家に連れてくるとか平気だったけど、この歳で結婚を意識した付き合いになると、なかなか緊張しますね。
でも、とりあえず無事対面を果たせて良かったです!(ねこ)

(寸評)俺は初めて今の妻の実家に行った時は既に義父に当たる人は離婚していなかったので、義母だけだったので楽だったな。
元々妻の姉・妹ともに友達だったので、それまで俺の話も散々出ていたみたいだったので。
やっぱり同性の相手の親の方がより緊張するよね。5ポイント。

初めての野球選手

先日わたしの働くパン屋さんに広島カープのバリントン選手がパンを買いにきました。2メートルほどの長身で顔も男前だったけどリュックサック背負ってハーフパンツにサンダルというラフな格好だったから観光客かと思ってたら、男子たちが騒いでいるのでやっとカープの選手だと気付きました。そのことを野球好きの友達に話すと「あいつ昨日の試合サイアクだった!パン食ってる暇があったら練習しろ!」と憤慨してました(笑)
ちなみにその数日前には俳優の長塚京三さんがいらっしゃったそうです。
見たかったなー。 (ねこ)

(寸評)11月に広島行く予定だから俺もさりげなくそのパン屋さんに寄ってみるかな。
絶対誰にも気づかれないけど(笑)。5ポイント。

初めてのテキーラ

先日テキーラを初めて飲みました。
スピリタスとか強いお酒をショットで飲んだりとかはあったけど意外にもテキーラを飲むのは初めてでした。
アルコール度数が高いから一気にぐいっと行きましたが、その一気がちょっと辛かったです。
というか最近お酒弱くなった気がしてちょっと悲しいです…やっぱり老化でですかね。。(ねこ)

(寸評)いや、俺の友達数人は40近くなってから急に飲むようになった。
まだまだアルコール界では青春まっただ中だいっ! 4ポイント。

はじめてのひとりでさんぱつや(散髪屋)さん

小学3年生のとき、初めて一人で理髪店に行くことになりました。
散髪代を貰い出掛けましたが、いつもの理髪店は臨時休業でした。仕方なく100mほど離れた所にある老舗(お爺さん理髪師)へ。
今までは黙っていてもカッコ良く切ってくれていたのですが、初めて切り方を尋ねられました。
『お坊ちゃん、後ろ髪は刈り上げましょうか?』 『え?はい・・・。(かりあげるって何だろう?)』
『お坊ちゃん、前髪を切り揃えましょうか?』 『はい。(そろえるって、ていねいに切るっていういみかな?)』
出来上がった髪型は、今で言う『コボちゃん』でした。前髪パッツンの『コボちゃん』でした・・・。
次の日から、言わずもがな小学校でのあだ名が『お坊ちゃま』になりました。
今では散髪代節約のため、隔週でマイバリカンを使い3mmの坊主頭に刈り込んでいます。誰?今『お坊主ちゃま』って言ったの・・・?(デクノボー)

(寸評)あー、子供の頃俺も坊主じゃなかったし、ヘアースタイルとかまるで興味なかったから同じような記憶ある。
終わった後、飴とかくれなかった? 6ポイント。

初めてのセッション

あたし本職(って言うのかな?)バイオリン、妹も、チェロ専攻の音大生なんですが、趣味であたしはアコギ(始めてまだ3カ月くらいですが)、妹はベースを弾きます。それで、この間、お遊び程度にすっごく簡単に合わせてみたところ、すんごく面白くて、またやろう!!と盛り上がりました。(バイオリンとチェロでやれよって話ですが笑)
かき揚げ丼から、たまになったときのきもちが少しわかった気がしました。
合わせるって面白い!!ついでに、楽器の趣味の違いも、面白いなぁと思いました。
チェロ弾きの妹はベース好きで、バイオリン弾きのあたしはギター好き。やっぱり、音楽はジャンルが違えど共通したものなんだなぁと思いました。(はたみ)

(寸評)他の人と合わせると、自分の意志では思いもつかない音が飛び出ることがあるからね。
この快感はやめられましぇ~ん。
なので未だに俺はセッションが多い。
実力派の人ももちろんだけど、どんなジャンルかも分からない若手のバンドとのセッションがまた楽しいんだよね。何が起きるかわからなくて。
「セッ」と言えば楠よりション! 5ポイント。

初めての家族がまわりにいる中でエロ動画

前回の投稿で、ガッチンガッチンにおっ勃て!といわれてしまったので、今回はそんな体験を。
千葉の旅行の後すぐに、祖母の住まいがある栃木にいくことに。
何度も行った上、数少ない娯楽施設は運営元が東京電力のため閉鎖。
宿泊したホテルにあった漫画コーナーも「魔乳秘剣帖」というおっぱいがいっぱいな漫画以外に読みたい漫画は殆どなし。
仕方なく部屋に戻り、部屋に敷いてあった布団にもぐる。だがそこでムショーにFの次の行為(G行為・・・)をしたくなり、すかさず携帯を取り出す。幸い家族はテレビに釘づけ、こりゃ大丈夫だろうと、エロ動画を再生。
浴衣を着ていた私は、パンツから巨大な怪人カメアタマヘビが飛び出し、「いじめてくれ~」とヒクヒクさせていた・・・
だがここで扱くと絶対ばれると思いできませんでした・・・(ズミ天)

(寸評)出来なかったんかいっ!
今度は東電の施設に向かってピュッピュッしろよ! 5ポイント。

初めての会議通訳

ある日、職場に一件の電話が入ってきました。とある大会社からで、会議通訳をしてくれ、とのことです。
翌日、その会社の近くまで行くと、会社の方が迎えに来ていて、車に乗せられて行った先は工場。
企業秘密保持のため、入り口で携帯電話のカメラに会社の名前の入ったシールを貼り、中で作業服を着た会社の方々とご対面。
そして、日本人技術者の方が3名入ってきて、早速会議がスタート。

しかし、専門用語がたくさん出てくるわ出てくるわ。何度か途中でつまってしまい、横から「早く言って下さいよ」と、突っ込まれてしまいました。
午後には工場内の施設に全員ヘルメットを被って視察に行き、そこでも同様に通訳。ちゃんと伝わっているかどうかが気になって、普段の仕事以上に肩が凝ってしまいました。

でも、その日本人技術者の方々が食事にも連れて行ってくださったので、少しは贅沢ができた1日だったかなと、今は思っています。
ちなみに、会社の中にも一人、日本語ができる社員の方がいらっしゃって、休憩時間中に少々雑談を交わしました。そのときの雑談は平然とできたのに、本番の通訳ができなかったのは悔やまれますが…。

終わったのは予想の時間を大きく過ぎた午後4時。すぐ1時間後には本職も。本当に肩が凝って、ヘロヘロ。
もう二度とやりたくないですね…。(Hi-)

(寸評)あー、通訳とか大変そう。
ジョークとか、そこの言語じゃないと意味ないものもあるしねー。
異国の地でがんばっておくれ! 5ポイント。

初めての電車の中でエロ動画

この前、千葉に旅行に行った(しまった!ねじ式の写真とるの忘れた! 詳しくは王様の耳はロボの耳 「つげ義春」の項参照)。
帰り、電車内はガラガラ。隣の知り合いはグースカ寝ている。数時間は起きないだろう。
暇だ。そう思い携帯を取り出し、お気に入りのエロ動画を視聴。
一通りみたところで人が入りだしたので即座に通常画面に戻す。

さて、なぜこのことを投稿したのかというと、この現場を別の知り合いがビッシリ撮影していたのであった。なので、下のほうを見るとすこーしだけ勃っていたのであった・・・ (ズミ天)

(寸評)ズミ天、若いんだろ?
ならすこーしだけと言わず、怒髪天を突くぐらい勃っていなければイカン! 5ポイント。

初めての転落

幼少期すべり台が好きで、保育園の庭にあるすべり台でしょっちゅう遊んでいました。
ある日、すべり台の頂上から身を乗り出したところ、そのまま体が浮いて真下に頭から転落、鼻をしこたまぶつけて大泣きしてしまいました。すぐに先生が駆けつけてきて手当てをしてくれました。
今思えばよく骨も折らずにすんだものだと不思議に思います。 (GOGOSHIDENKAI)

(寸評)俺も幼稚園くらいの時、プールに行って全く泳げないのに、他の人が次々とジャンプして深いプールに飛び込んで行くのを見て、つられて飛び込んだところを知らない人に助けられたらしい。
俺には全く記憶がないのだが、そのまま助けられなければ今頃石川土左衛門になってたよ! 4ポイント。

初めてのレズカップルご乗車

自分はタクシー運転手をしているのですが、先日、初めてレズカップルを乗せました。いや、乗せるだけなら過去にもあったかもしれないが、車内でかなりハードにいちゃついっていたのは初めてです。
20代半ばと思われるわりとかわいい女子二人。結構酔っ払っているみたいでした。
最初は普通の会社の同僚かなにかの女の2人連れかと思ったのですが、乗ってまもなく一人が「いやんっ。あんまり強くさわんないで」とかいうのです。
(運転している俺、内心で)「ん?ナニやってんだ」
そのうち、ぶちゅっとキスする音やらなにやら。中学生のいうところのABCのうちBをされているようです。
こういうとき、ルームミラーをみたり、振り向いたりするのはご法度です。
下手に視線があったりするとクレームのもとになりますので。
見たいという思いを抑えつつ、まもなく10分たらずワンメーターで目的地に着きました。二人は何事もなかったように降りていきました。
レズのお姉さん方は、まがりなりにも男である運転手の俺がいても平気なのだろうか。それとも見せたがる趣味の人たち(露出狂)なのだろうか?(小心者の俺は見なかったけど)
まさしくドキドキものの10分でした。(冥王星タクシー)

(寸評)「あの運転手、絶対勃起してたわよね、ふふふっ!」とか言われてるかも!? 7ポイント。

初めてのホモカップルご乗車

タクシー運転手は見たパート2です。初めてホモカップルを乗せた話をしましょう。数年前のことですが、やっぱり車内でかなりハードにいちゃついっていました。
これも20代半ばと思われる男2人。デブでもヤセでもなく筋肉質で髪は短め。
新宿2丁目から乗って、一人が「池袋まで。終電に間に合うよう急いで」と言うやいなや。後で激しく抱擁してドタンバタンしているようです。
(運転している俺、内心で)「こいつらやってんだよ」
やはり、ぶちゅっとキスする音やらなにやら。回数が多かったです。
もちろん私はルームミラーをみたり、振り向いたりはしません。小心者だから。
このときは、見たいとは思いませんでした。私はホモではありませんので。どちらかといえば、恐怖を感じました。
がんばって飛ばして多分、終電車に間に合うであろう頃に池袋に着きました。
本当は、はやくこのホモカップルをおろしたい一心だったのです。(冥王星タクシー)

(寸評)その男達に声をかければ「終電はいいわ、3人で今夜は思う存分楽しみましょう~」となって、人生が変わったかも・・・。 7ポイント。

初めての牛乳しぼり依頼

幼稚園の時、千葉寺という所に住んでいました。
名の通り大きなお寺があって、お寺近くに住んでいた、わが家のとなりは墓地でした。
なので毎日のように、仲良しのしずちゃんとお墓で遊んでいました。
迷路のような墓地の中、鬼ごっこをしたり、墓石に水で絵を描いたり。
幼い私たちにとって、とても楽しい、飽きない遊び場でした。
ある日、2人でお墓に座り、おままごとをしていると、知らないおじさんがやってきて私たちに話しかけてきました。

「おじさん、病気でね、とってもいま苦しいんだ。助けてくれないかな?」

私たちはびっくりしてすぐにうなずきました。

「こっちにきてくれる?」

言われるままに、どきどきしながら墓地との境にある、大きな木までついていくと、おじさんは突然ズボンとパンツをおろしたのです。

「牛乳がつまって腫れちゃったから、痛くてたまらないんだよ。しぼるのを手伝って欲しいんだ。」

と、そういいながらおじさんは、牛乳を一生懸命しぼろうとしてました。

どうやって手伝えばいいのかわからない私たちは、ただひたすらそれを見守り続け、、、
やがて、つまっていた牛乳がだらだらと出てきはじめ、、、

だんだんとよくわからない恐怖に襲われた私たちは、どちらともなく手をつなぎ、猛ダッシュで走り、家に逃げました。

息を切らして帰ってきた私たちを見て、母がどうしたの?とたずねてきたので、病気のひとを見捨ててしまった心苦しさから、一部始終を説明して、早く助けに行ってあげて!とおじさんのとこへ母を連れて行こうとしました。

すると母は、
「その人は病気だけど、治らない病気なの。うつるから近寄っちゃダメ。あと、病気のこと、他の人にも言っちゃダメ。」
と厳しく私たちに言いました。

幼い私たちは怖くなりました。
世の中いろんな病気があるんだなあ、と思いました。
そして、それからしばらくは、身体につまるのが怖くて、牛乳が飲めませんでした。

時は経ち、中学生になり、ふとこの体験を思い出し、
あの時母がいってた
"病気"
の本当の意味がわかってしまいました。

その後、牛乳も無事飲めるようになり、目立ったトラウマもなく、私は北海道へ引越しをして、しずちゃんが今何してるのかも知らないのですが、ずいぶん大人になった今、あの日一緒だったしずちゃんはどうなのかしら、とたまに思います。

思いっきり、しも、で恐縮ですが、これが私の痴漢初体験でした。
ちゃんちゃん。 (まねき猫!)

(寸評)牛乳おじさんかあー。
そう言えば知久君の「♪きのう牛乳を飲み過ぎて~」
も、ホモの歌だもんなぁ。
あ、嘘だよ。
しずちゃんも今頃は牛乳を嬉しそうに飲む女性になってたらいいね! 7ポイント。

初めての抜歯

10年前、今まで虫歯にすらなったことがなかったのに、口の中が大変なことになってしまいました。
上の親知らずが横向きに生えてきていたため頬の内側に当たり、常に口内炎状態が続いていました。
痛さを和らげるために親知らずと頬の間に厚紙を挟んだり割り箸を挟んだりを重ねるも無駄な努力。最終的にはスプーンを差込み気を紛らわせる始末。
そしてついに、痛さのあまりイライラしてやってしまいました。スプーンで歯をガリガリと・・・。
横向きに生えていた親知らずはその狭さゆえ歯ブラシが届かず、表面は酸でかなり弱くなっていたのでした。ポロリ・・・。
あ、親知らずが欠けた・・・。でも、頬の痛みがなくなった。やったー。
考えが甘かったことにすぐに気付きました。キュイーン!物を飲み食いするたびに歯に電気が走ります。
次の日、歯科医院に駆け込みました。
『これは歯を抜くしかありませんね。両方の歯とも役に立っていませんし、むしろ邪魔になっていますよ。』
『でも、親知らずを抜いたら前歯が隙っ歯になりませんか?』
『よく患者さんに同じ質問をされるんですが、歯は前へ出ることはあっても後ろに下がることはありません。出っ歯にはなっても隙っ歯になりませんよ。』
麻酔の後に両方の親知らずをぺンチで抜歯。キュコキュコという音(抜歯)と肉が焼ける匂い(止血)がしただけであっという間でした。
治療の後は綿を噛まされましたがすぐに血は止まり、全く腫れることもなく治療も無事に終わりました。
しばらくは、抜いた親知らずの跡にご飯粒が入り込んだりしていましたが、頬の痛みもなくなり歯も磨きやすくなり、10年後の今も隙っ歯にはなっていません。至れり尽くせりです。(デクノボー)

(寸評)それくらいで済んで良かったかも。
俺も親知らず四本とも横に生えていた。
しかもひとつひとつの歯が大きかったので、その親知らずは表面に出ることすら出来ず、頬の骨の中で育った。
激痛で親知らずを抜く、というより頬を切開して頭蓋骨から切り離すような大手術。
一本除去するのに医者が三人がかりで四時間。
もちろん一度では無理で一本ずつ四度に分けて取り除いた。あれは俺の人生の痛みベスト5に入るな。 5ポイント。

初めての異国でノートパソコン購入

日本で去年の1月に買ったノートパソコンが立ち上がらなくなり、修理しても1週間もしないうちにまた同様の事態になってしまったので、とうとう新しいものを買うことにしました。
なので、初めて韓国の家電量販店へ行き、ノートパソコンを見物。
数日前に、とある人がipad2を携帯型キーボードにつなげて、ノートパソコンのように使っているのを見たことがあったので、それならノートパソコンを買うよりも安上がりで、携帯するのも楽かと考えておりました。

まず、お店の人に「ipad2、ありますか?」と聞いたところ、ipad2はネットの閲覧やゲーム機として使うのに適していて、文書作成にはあまり向いていないとのこと。
なので、ノートパソコンのコーナーを見ていると、お店の人はいろいろ薦めてきます。ほとんどが韓国メーカーの製品で、外国製品はDELLとソニーだけ。
しかも、速度が512MBのものばかりで、「これらは速度が遅いですし、値段も割引しますから、国産のほうがいいですよ!」とのパターンで薦めてきます。
ま、値下げしてくれるなら、ということで折れて、韓国メーカーのものを選びました。

しかし、問題はまだあります。
韓国メーカーのパソコンで、日本のDVDが再生できるのか、不安だったのです。
そのことをお店の人に話すと、あっさり「大丈夫です」との返事が。ついでに日本語対応でインターネットやスカイプ、マイクロソフト・オフィスなど、必要なソフトの設定も行う、というのです。
割引した上、そこまでサービスしてくれるのか、と思いきや、それらの設定に2時間ほどかかる、というのです。
他の店をぶらついた後、夜6時ごろになって、ようやく受け取って、バスで帰りました。

実際に使ってみると、DVDも再生できるし、日本のネットもできました。
でも、キーの位置が若干日本のものと違うので、未だに手間取ってます。。。(Hi-)

(寸評)海外でパソコン買うのって勇気いるよね。
安いもんじゃないので、もし日本語環境になんらかの不都合があるかと思うと。
でもそこはIT先進国の韓国だな。
日本より進んでいる感じかな? 5ポイント。

初めてのアダルトビデオ

いよいよ18歳の誕生日を迎えたその日、迷わずレンタルビデオ屋に直行しました。
目的はアダルトビデオ(18禁)を借りること。半年も前から目を付けていたあの娘の裸を見るために。
アダルトビデオコーナーのカーテンの隙間からは、その娘のハニカンだ笑顔だけが見えていました。「森村あ○か『制服狩り』」。
店内で30分ほど機会を伺っていると、アダルトビデオコーナーの周辺から人の気配がなくなりました。今だっ!
急いでカーテンを潜ると迷うことなくそのパッケージから中身を抜き取り、タイトルを他のお客さんに見られぬよう隠しながらレジへ直行っ!
レジには中年のおじさんが一人。ミッション成功・・・。
と思われた瞬間、「ご返却のお客様はこちらへどうぞ。レンタルのお客様は彼女が対応致しますので」と、隣のレジへ「森村あ○か『制服狩り』」を申し送り・・・。
レジのお姉さんが「こちらの商品はアダルトビデオになりますが、よろしかったでしょうか?」と、まるで羞恥プレイのように尋ねます。
「はい・・・、多分・・・。じ、自分のじゃねぇし・・・。先輩に借りに行かされただけだし・・・。」虚しい言い訳・・・。
気持ちイイ体験をするためには、大いなる試練が待ち受けているという教訓です。
それにしても、最近じゃ「ムスーセー」がネットで簡単に見られるなんて、この国はどうしちゃったの?若者にはもっと試練を与えないと!
ちなみにベスト1は、「倉橋の○み~帰ってきたプレミアム・アイドル~」(18禁・イメージビデオ)です。(エロビデオ党)

(寸評)それはいじわるなレンタルビデオ屋だね~(笑)。
でも18歳まで待ってたなんて偉い!というか馬鹿だ!
俺が若い時はまだビデオもなかったので、ポルノ映画館にこっそり行ってた。
中学の時から毎月一度以上は必ず。
見つかるんじゃないかとのドキドキ感で二倍興奮したなぁ。 7ポイント。

初めての昭和天皇

昭和56〔1981〕年のことです。
わたしは原宿から千駄ヶ谷方面に向かって歩道を歩いていました。すると、あたりは何やらものものしい気配になっていることを感じました。警察官が5mおきくらいに立っています。「すわっ、VIPか!?」わたしは色めきたちました。しばらくすると黒塗りのリムジンが目の前を通過。車内には、なんと昭和天皇が乗っているではないですか!!生まれて初めてこの目で昭和天皇を見たのでした。
そしてそれは最初で最後の体験でした。おそらく原宿駅側部乗降場〔いわゆる宮廷ホーム〕からお召し列車に乗ってどこかへ向かわれたのだと思います。わたしは右でも左でもないノンポリですが、そのときばかりは日本でいちばん有名な人のご尊顔を拝むことができてありがたい気持ちになりました。(波照間エロマンガ島)

(寸評)昭和天皇って独特の雰囲気あるよね。
なんたって、途中まで人間じゃなかったぐらいだからな(笑)。
俺も生で見てみたかったなぁ。思想とか関係なくミーハー気分で。 6ポイント。

初めての装身具

私は装身具が大好きです。

自分のイメージしたものが形になるのが楽しくて彫金を趣味にしている私ですが、他人様に作って貰うとどうなるのか知りたくてオーダーメードを初体験しました。

依頼した職人さんは私の知り合いの知り合いで、作って貰ったものは指輪です。知り合いの知り合いとはいえ、面識のない人に漠然としたイメージのみで装身具を作って貰うのは一種博打に近いものがあります。

石はレインボームーンストーンとタンザナイトで、池袋のミネラルショーで購入したものを使用して貰いました。イメージは「アンティーク風デザインで鶏をモチーフにして下さい」と伝えました。

待つこと一月半。途中、メールや来店してイメージの修正を行いつつでしたが、満足のいく作品が出来上がりました。

職人さん、「インターネットで紹介することに同意していただければ200円引き致します」、私、「だが断る」とのやりとりがありましたことは内緒です(笑)ここでバラしてますよね、ごめんなさいねー。

私はことに装身具に関しては、高いものを人にプレゼントされるより、安くてもいいから気に入ったものを自分の給料で買って長く使いたいタイプです。

今回の指輪はお気に入りになりそうです(^-^)(AIKA)

(寸評)装身具と聞いたら、咄嗟に甲冑とかを思い浮かべてしまった。
甲冑をオーダーとはどんな人なんだっ!?と(笑)。
確かに女の子には嬉しいだろーね。自分の希望の指輪を作ってもらうって。
俺も自分の希望の缶ジュース作ろうかな・・・。 5ポイント。

初めての駅弁

最近生まれて初めて駅弁体験をしました(笑)
観たことはあるけど実際やられたのは初めてでちょっとビックリしました。
しかし、重くないのかなとか腕が疲れそうとか、色々気になって集中出来ませんでした。でも、なんかたくましいというかワイルドというか、ちょっと良かったです(笑) 匿名希望 

(寸評)駅弁か~。
うちの妻でやったらチンチン折れちゃうかも。
天使イベントで「抱っこ」というメニューやってるけど、ちょっと持ち上げるだけでも結構大変。
相手が偉いね。
おいしい白子の練乳がけを召し上がれ! 6ポイント。

路上初体験

路上で初体験とは言っても、路上キスなどではありません。自動車運転路上教習です。
普段、初めて路上教習を行う場合はAT(オートマチック)車を使うそうなのですが、『車が全部出払ってるから、君はマニュアル車で』と、いきなりのクラッチ踏んでギアチェンジ形式の路上教習に。
ガチガチに緊張していると今度は、『前の車に付いて行って』と一言だけの説明を残し、教官は助手席で寝てしまいました。
『え?ええーっ?そ、そんな・・・。』
路上教習のコースも知らなければ、不慣れなマニュアル車に頭の中は真っ白。
出発する前の車を必死の追跡。赤信号で置いて行かれまいと最短の車間距離。どうにか一度もエンスト(エンジン・ストップ)することなく、汗ビッショリになりながら無事に帰って来ることが出来ました。
『あの・・・。起きてください・・・。』
助手席の教官を揺り起こすと、『俺が一度も起きなかったという事は、かなりの腕だな』と褒めて(?)頂きました。
教習所の前の小川に教習車が1台落ちていたという事実は、ここでは申し上げられません。
幸い未だに無事故無違反。警察泣かせの立派なペーパードライバーです。(デクノボー)

(寸評)運転免許を持ってない俺も時々自分が車を運転している夢を見る。
そんな時も爽快感はなく「やばい、免許持ってないのばれたら仕舞いや!」と焦る夢ばかり。
田舎暮らしじゃなければ、車持ってない方が経済的だよね。
多少タクシーに乗らなければいけないことはあっても、車の維持費に比べれば結局安いもんだもんな。6ポイント。

初めてのひとりスターバックス

一人でスターバックスに行きました。
まず、飲み物の大きさの注文につまずき、注文してから商品を待つのにどこにいれば正解なのかわからず、疲れました~。
でも、もう一人でラクに行けると思います!たぶん 笑 (黄色いさんた)

(寸評)あそこって、独特のいい方するよね。何がどのサイズかよく分からない。
ユダヤ系のチェーンだからだろーか? 3ポイント。

初めての救急車

はじめまして。携帯から失礼します。
実は、今年の2月に初めて救急車に乗ったので、そのことについてお話しさせていただきます。
 実技試験(恥ずかしながら、弦楽器を専攻する大学生です。)三日前にも関わらず、「たま」の映画のチケットを買うためにローソンに行った帰り、青信号の横断歩道を下を見ながら渡っていたら、いきなり目の前すれすれに大きなトラックが!!
そのまま頭を打って、横断歩道の外に飛ばされました。(身長が152cmしかないので、見えなかったみたいです。)
 運がいいことに、トラックの後ろの車の運転手は消防士で、適切な対応で病院まで行けましたし、怪我は10tトラックにはねられたわりに右足の指三本の骨折ですみました。
 この程度の怪我&あたしの不注意で、トラックの運転手は免停になってしまったみたいで、悪いことしたなぁ、と思います。
 初めて乗った救急車は乗り心地が悪く、骨折した足が凄く痛かったです。
 実技試験は後日受け、オーケストラの定期演奏会には松葉杖をついて出ました。
「たま」の映画も松葉杖ついて見にいきましたよ!!
 ここまでは何の問題もないのですが、あまりにもこけたり、田んぼやガードレールに突っ込んだりすることが多いので、家族から自転車禁止令を言い渡されちゃいました。
田舎なので、すっごい不便です..。
禁止令が解除される良い案はないですか? (みほ)

(寸評)むむむ、それは俺が親父でも禁止令を出したい・・・。
まぁドジしない実績を積んで行くか、都会暮らしをするかどっちかかな。
でもとりあえず大きな事故じゃなくて良かった。
今度ライブにもおいでね~。 5ポイント。

初めてのエキストラ

私が初めてエキストラを体験したのはTBS系で放映されていた「加トちゃんケンちゃんゴキゲンテレビ」というバラエティー番組でした。
短篇コントドラマ「THE DETECTIVE STORY(探偵物語)」のある回が、ゴールデンウィークの渋滞にはまった加トちゃんとケンちゃんがあれこれ騒動にまきこまれるという設定で、東京都多摩市のほうにある、まだ開通していない道路に自動車持ち込みでロケーション撮影に参加しました。
幸運にも私の乗った自動車が視覚ギャグで使われたりしましたが、加藤茶、志村けんの両スターに会うことはありませんでした。1日拘束されましたがバイト代は忘れました。放映日が待ち遠しかったことを覚えてます。その後も何回かエキストラを体験しましたが、就職してからは忙しくてそういうアルバイトはしなくなりました。(波照間エロマンガ島)

(寸評)エキストラって、やりたがる人が多いから安いんだよねー。
俺も学生時代登録だけしに行ったけど、ひとつも仕事来なかったなぁ。 5ポイント。

初めての出会い喫茶

東京の友達の所に遊びに行った時のこと。
私はお金をあまり持っていなかったのですが友達の勧めで渋谷にある「出会い喫茶」と言うところに行きました。
女の子は無料でジュース飲んだりマニキュア塗ったりネットしたりしながら出会いを待つんです。
最初に会員登録して名前や生年月日を記入し、そこに来るお客さん(男性)に気に入られると店員さんづてに知らされ、別室で話をしたり、盛り上がればそのまま外にでてデートというようなシステムでした。
二人でカラオケからホテルまで、盛り上がり次第ではその先の展開は無限大。
でも女の子はお金が目当てなのでセックスしてお金をもらう人も居ます。
デートしただけで5千円とか、中にはタクシー代までくれる人もいるようです。
ただ、私は1時間ほど居ましたが出会いが無かったのでそのまま虚しく帰りました(笑)

女子校生もたくさん居たし、東京って怖いなーと思いました。(ねこ)

(寸評)あ~、なんかテレビで見たことあるな。
法的にはグレーゾーンっぽいね。売春幇助罪?
でも無料で飲み物飲めてしばらくだらだらしてられるなら、いいかもね。
指名があっても「気に入りません」って言い続ければいいんだしね。
でもそれにはそこそこ度胸が必要か。
男には経験出来ない初体験、ありがとー。 8ポイント。

初めての麻原彰晃

五年ほど前に初めて事故にあいました。チャリンコで横断歩道を渡っていたら左折してきた車にぶつかられ、坂道で結構スピードに乗っていた私はチャリンコごと横転。
なんと!!痛てぇー。。と倒れこんでいる私を放置したまま車は去って行きます。
事故にあったら、とりあえず立ち上がらずにうずくまってろという父の教え(笑)を守る余裕もなく、私はすぐさま起き上がり、走って車を追いかけ「待たんかい、われー!!」と叫びました。すると車は50メートルほど先で停車しました。私は車のドアを叩き、「開けろ」と促しました。すると、スポーツカーの中から出てきたのは麻原彰晃似の長髪の男。
そこでまた「足が痛い!」とうずくまりました(笑)
とりあえず救急車と警察呼ぶように言い、私は自宅に電話。
周りは野次馬が集まっていました。
そして警察に事情聴取されている麻原彰晃を残し私は救急車で病院へ。
しかし検査の結果ただの打撲でした(笑)だけど、服が破れたりしたのでなんだかんだでお金もらえました。
そして、後日近所のコンビニに行くとレジには麻原彰晃似の男が!
なんとも気まずかったです。
でも、轢き逃げなんて絶対許さんからね!!その現場をたまたま散歩中に目撃していた私の友人のお母さんには「◯◯ちゃん(私の名前)頼もしいなぁ」と笑われましたが。(ねこ)

(寸評)強い!
ひき逃げなんて卑怯な奴からはむしろ毟り取れるだけ毟りとっちゃえ~。
そしてもしそれが本物の麻原彰晃だったら、脱獄を連絡する前に空中浮遊を見せてもらえ! 7ポイント。

初めてのメイドカフェ

一時期ブームになったメイドカフェに行ってみたくて男一人女二人で行きました。
入店と同時にメイドたちの「ご主人様、おかえりなさいませー」の声。
戸惑いながらも席につくとメイドがやって来て甘えた声で話しかけてくる・・・。
そしてメニューの中から、メイドが握ってくれるという「おにぎり」を注文。
その場でメイドがラップに包まれたご飯をハート型や星型に握ってくれました。
ただそれだけでした・・・。
客層はちょっとマニアックっぽい人たちばかりでした。
でも、それからメイドカフェに行くことは二度とありませんでした。(ねこ)

(寸評)俺もメイドじゃないけど、似たようなことやってるよ。
靴の中敷きを羽根にした天使のカフェ・・・。5ポイント。

初めての死にかけ

アイデン&ティティにボーカルさんが出演していた某バンドのライブを観ていた時のこと。(夏の野外フェスでした)
ボーカルМ田さんがステージから降り、ファンがパニック状態になってМ田さんの方へ押し寄せて行き、もみくちゃになり、将棋倒しが起こりそれでもファンは後ろからどんどん押し寄せてくる!! 自分も将棋倒しに巻き込まれたのですが、その周辺はパニックで、下敷きになった女の子の悲鳴や「助けてー!」という声も聞こえてましたがそれでも構わずどんどん人が押し寄せ、蹴られ、乗られ、身動きが取れない状態になり、マジで死ぬかと思いました!!
「助けてくださーい!!!ちょっと手を貸してください!!!!」と叫んだところで一人の男性が私の腕を掴み、引っ張って起こしてくれました。
私同様、死にかけた女の子はたくさん居たと思いますが、あれは本当にトラウマです。
息できないし、パニックだし、みんな周りが見えなくなってるし、かなりの恐怖体験でした。本気で圧死するかと思いました。
倒れた衝撃で腰を打撲しましたが、死ななくて良かったDEATH!ダイブとかする人も居るから頭とかガンガン蹴られるし、野外のライブ(激しいやつ)は二度と観ないと誓いました。。。ゆるりとビールでも飲みながら野外でパスカルズ観たいです。(ねこ)

(寸評)確かにロックライブのはシャレにならない。みんなトランス状態に入っていると余計に通常の判断が出来なくなるからね。
パスカルズのライブはもちろんそんなことはないっす。
せいぜい俺が時々客席に大根渡して、その場で大根踊り踊ってもらうくらいっす! 6ポイント。

初めての『石川浩司』さん

1989年11月11日(土)【(日)・深夜】、こちらの地方では前月の10月に放送が始まったばかりの『三宅裕司のいかすバンド天国』を見ていました。東京で活躍するバンドが見られるという触れ込みに、眠たい目を擦りながら起きていました。確かに歌の上手いグループやいかにも和製ロックといったバンドが出ているのですが、いまいちピンと来るものがありません。
今週もこんなもんかな・・・と思いながら見ていると、『エントリーナンバー2番。また危ないのがやって来た』とのナレーション。
出てきた4人組の見た目は普通。いや、普通以下。とっても変わった格好です。グループの名前の由来を説明すると演奏へ。曲目は『らんちう』。
な、なんだこの変わった曲は。ボーカルの魅力的(?)な声。いや、それ以上に桶の音が心地よく響き、さらにあの掛け声。一気に『たま』の・・・その中でも特に『石川浩司』さんの虜になってしまいました。探していたものが見つかったような、そんな快感を覚えました。
それから21年・・・。
2011年5月15日(日)、名古屋・ロジウラのマタハリ/春光乍洩。その前にもお見掛けしたことはあったのですが、直接目の前でその声を聴く機会が訪れました。
マイクと音響が付いているのかと勘違いするほどの、大きくて暖かいよく通る声。
泣いてしまうのではないかという自分の予想に反し、満足感のあまり頬が緩みっぱなしでした。
そして1部が終わり休憩へ。店の外ではお客さんたちが『石川浩司』さんを遠巻きに取り巻くように観察しています。ついさっきまで向き合って笑っていた両者の間に流れる、ちょっとした緊張感が可笑しくて堪りません。その光景を見て逆に緊張の取れた自分は迷わず声を掛けました。『こんにちは、デクノボーです』と。
『デクノボーっ。よく来てくれたねー』という声はとても優しく、握手をしてくださるその手は分厚く、そしてとても力強く。
今度は、無くしてしまったものが戻ったような、そんな快感を覚えました。
これが『デクノボー』の、『石川浩司』さん初体験記です。(デクノボー)

(寸評)21年かぁ。こうして文字にするとやはり長いね。
でもお互いそれだけ長く生きてたからこそ、会えたんだよね。
今後もお互い、なるべく長く生きようね! 6ポイント。

初めてのストリップ

去年初めてストリップを観ました。
とあるイベントに行ったのですが、そのイベントの目玉がストリップでした。
人生初のストリップ、最前列に陣取ってお酒を飲みながら女二人で、しかも私の誕生日の日でした。
バンドの演奏に合わせてプロの踊り子さんがストリップをするというもので、一枚、また一枚と脱いで行き、上半身裸になった所で男性たちの歓声と拍手喝采。
それから超ミニスカートをはいたままパンツを脱ぎ、そのまま大開脚でクルクルと観客の目の前で回っていました。(踊り子さんは自らを緊縛し、天井にロープをひっかけて宙づり状態でした)目の前にアソコはモロ出しで空中回転してる踊り子さんを観て結構興奮しました(笑)
しかし、バンドの演奏に合わせて自らを縛りあげ、宙づりで人前で裸を晒すなんてすごいよなーと思いました。
この踊り子さん、東京から来られてましたが結構有名なストリッパーで海外公演とかもしてるみたいです。
というか、ネットで調べたらアダルトビデオ(SMもの)に出てました(笑)
なんか、いいもの観たなーと一生忘れないバースデーになりました(匿名希望)

(寸評)俺も「たまの曲を使用してストリップ踊っているので観に来ませんか」というストリッパーの方がいたので、凄いスピードで観に行きました(笑)。
その後そのストリッパーの方は女優としてつげ義春原作の映画に出たり、現在はニヒル牛の作家としても活躍してまーす。 5ポイント。

初めての失神

夏場の朝礼での校長訓示中やドラマの中で失神するというシーンはよく見かけますが、まさか自分が・・・。
あるミュージシャンの方の打ち上げに参加させていただけることになりました。そのミュージシャンの方と同じ机を囲んでの座談会形式です。
始めは楽しくお話を聞いていたのですが、だんだんと眠気が襲い始めました。あくびが出るのを我慢し、お話に集中しようとするのですが、まぶたが重くてしょうがありません。
するとミュージシャンの方が「こんな所まで来てくれるとは思わなかったよ」と発言されました。とても嬉しい発言なのに、自分の口からは「この人が来いって言ったんですよ」と、失礼にも指まで差して答えています。
あれ?おかしい・・・。大好きなミュージシャンの方に対して「この人」呼ばわりして指まで差している。こんなの絶対にありえない。自分じゃない・・・。次の瞬間、今度は猛烈な睡魔が襲ってきました。左の席には華奢な美人の女性。右の席にはミュージシャンの方。どちらかといえば女性の方に倒れたいのですが、どちらに倒れる訳にもいきません。意識のあるうちに、店の外の椅子で頭を冷やそう・・・。
立ち上がり店の外に出ようとすると、女性マスターが「トイレは鍵をお持ちください」と声を掛けてくれました。思考回路が働かないまま鍵を受け取り店の外へ。目の前にある椅子に座るはずが、トイレに行かなければとの思い違いが・・・。
トイレに向かって一歩、二歩、三歩、四・・・。800万画素以上はあるといわれている人間の目が、みるみると80画素程度の荒い映像に・・・。
終わった・・・。自分は死ぬんだ・・・。最期に楽しい思い出ができてよかったな・・・。
スローモーションや走馬灯などはありません。一瞬です。無意識のうちに出した右手で金属製の棚を叩き、頭を床に打ち付けたと同時にゴツンッという音が聞こえました・・・。
時間にして数十秒後のことかもしれませんが、倒れて動けない自分の目の前に帽子が転がっているのが見えました。そして思ったのが、カバンの中のサングラスが割れてたらヤダな・・・と全く関係のないこと。
血液中のエネルギーが切れて動けなくなっていました。ですが次の瞬間。やばい、ここに倒れているのを見られたら恥ずかしいな。それより、ここで死んでしまったらミュージシャンの方に迷惑が掛かっちゃうな。内部予備電源のスイッチが入りました。つまり、脂肪エネルギーが循環し始めたのです。
辛うじて体を起こし、目的の椅子まで辿り着くことができました。しかし、脂肪エネルギーがあったとしても血液中のエネルギーには敵いません。またいつ失神してもおかしくない状況です。しばらく体調を整えたあと、再び店内へ。血液中のエネルギーを補うべく砂糖付きのコーヒーを注文しました。コーヒーが出てくるまでの間、自分で脈を取ってみましたが反応無し。頚動脈が微かに振れる程度・・・。
様子がおかしいことに気付かれたのか気付かれなかったのかはわかりませんが、女性マスターがコーヒーにロングスティックシュガーを4本も付けてくれました。全部投入。エネルギー補給。命の恩人です・・・。
どうにか歩けそうな状況にまで回復したのを確認すると、再びエネルギーが切れる前に帰ることにしました。
「睡魔には勝てそうにありません。この辺で失礼致します」と挨拶をしました。ミュージシャンの方も「ありがとね。気をつけて帰ってね」と優しく声を掛けてくれました。
朦朧とした笑顔で店を出ると、すかさず目の前のコンビニへ。普段は絶対に買わない高カロリーコーラを購入。一気飲み。
原因は低血糖発作でした。意識が戻らなければ昏睡状態のまま・・・。誰かの悲鳴が・・・。

厚生省が推奨しているメタボリック対策のために、各薬品メーカーがこぞって鎬を削っています。自分は、その薬の発売前の治験に参加していました。飲むだけで痩せるという薬です。薬の成分は体を強制的に低栄養状態にするというものでした。必ず食事を1日3食摂るというルールーを破り、その日は朝の1食だけでした。そのために薬が効きすぎたのです。たった1日で3kgも痩せるという異常な状態。危うく死ぬところでした・・・。
皆さんも薬に頼ったダイエットはとても危険だということを覚えておいてください。
※タンコブすらできることも無く、さらに精密検査の結果どこにも異常が無かったために、笑える話として投稿致しました。(ブラックアウトマン)

(寸評)そのミュージシャンが誰だかは分からないけど、まさかそんなことが起きてるとは思ってもいなかったと思うよ。
「遠くから来てくれたので疲れが出ちゃったのかな、もう少し話したかったな」くらいで。
でもとにかく薬=体の状態を変える=毒にもなるから、よくよく注意しないとね。
そのミュージシャンも今度は万全の状態で会えることをきっと待っていると思うよ! 7ポイント。

初めての小林稔侍

目黒に住む友達の家に遊びに行った時のこと。
近くのスーパーで晩御飯の食材の買い出しに行ったら、なんと小林稔侍発見。友達は気づいてなかったけど、顔が大きくて目立ってました(笑)
服装もちゃんとしていて、やっぱり芸能人だなと思った。クイックルワイパーと大量のトマトを買ってました。(ねこ)

(寸評)俺は服装もちゃんとしてないよっ!だって芸能人じゃないから!
つい最近「ギリギリ芸能人かくれんぼ大会」というテレビのオファーも断ったよ!だって芸能人じゃないから!
ギャラが二桁万円だったけど断ったよっ!だって芸能人じゃないから!(泣) 5ポイント。

初めてのラジオ依頼

この前、いっつも聴いてるラジオ番組にいつも通りメッセージを送ったのですが、その後にそのラジオ番組の人から電話がきて、
「放送中にパーソナリティーの人から電話がきてラジオに出てもらう(ワタシが)ので待っててください」
と言われて、うひゃーってなってドッキドキしながらラジオ聴いて待ってたのにいっこうに電話がかかってくる様子もなくその日のラジオ番組が終わりました・・
なんだったんでしょうか!
でも死ぬほどドキドキした体験でした(笑)(黄色いさんた)

(寸評)あぁ、ラジオだと時々そういうのあるみたいね。
時間が余ったら聴取者と話をするコーナーとかね。
でも多分時間が押して、必要なくなったんだろうね。
それにしても「今回の出演は時間の都合でとりやめになりました。お手数かけました」の連絡くらいあって然るべき。
ちょっと失礼だね。 5ポイント。

初めての夏の野外フェス

去年、初めて夏の野外フェスに行きました!
写真とかで見る限り、お客さんが狂ったように盛り上がってるイメージがあって少し怖いかな~とか思いながら参加したのですが、好きなアーティストが出てきたらもうなんか我を捨てて楽しむことが出来ました。
なんだか、それがキッカケでライブの楽しさを知れたような気がするので、本当に行って良かった!と感じています。(黄色いさんた)

(寸評)ライブハウスだと場所にもよるけど、フェスよりさらに盛り上がれることもあるよ。
でもライブハウスはお店ごとに全然雰囲気が違うから、事前にどんな感じの店か調べてから行った方がいいかもね。
ライブハウスのミュージシャンとの距離感の楽しさを知ったら、病み付きになるかもよ~。 4ポイント。

初めてのエキストラ

ある日友人に声をかけられた。
「ねえ、エキストラやらない?」
「ああ、うん、いいよ・・・」
「じゃあ土曜日ね、○○駅に集合」
「わかった」

エキストラってふつう後ろ歩いたりしてるんだよなあ~
そうおもふてました
しかし、ついてみてびっくり
思ってた役の感じではなかったですわ。

再現VTRの主人公が中学生時代に組んでたバンドのメンバーといふ設定だったのです。
しかもセリフっぽいのあり
でも無事撮影終わって安心しました。
お茶と交通費もらって帰りました。

交通費多めに言っとけばよがったなあ。(karoto91001)

(寸評)テレビかな?
セリフありで交通費だけって・・・騙されてない!? 6ポイント。

初めての詐欺被害?

数年前のクリスマスイヴの出来事です。
夜の10時頃、仕事中ヒマだった僕は駅前をふらついていました。
すると「チョット!オニーサン!」と呼び止められました。

見ると、黒人女性が二人。
一人は赤ちゃんを抱いています。

僕 「何?」
黒人 「クリスマスだから皆でパーティーしてたら、男達が酔っ払ってどっか行っちゃった!私達お金ない!家に帰るお金ちょうだい!」
僕 「…家どこなの?」
黒人 「相武台前!」
僕 「じゃあタクシーでも1000円あれば足りるよね。はい、1000円」
黒人 「ノー!2000円ちょうだい!」
僕 「そんなかかんないでしょ。第一、隣の駅じゃん。電車だったら二人で300円くらいだよ」
黒人 「電車わかんない!2000円ちょうだい!」
僕 「…わかったよ。はい、もう1000円」
黒人 「アリガトー!子供にご飯買うからもう2000円ちょうだい!」
僕 「いいかげんにしろって。とりあえず帰んな。」
黒人 「子供ご飯食べれなくて死んだらどうするの!」
僕 「はいはい、他の人に頼みな」

そう言ってその場を後にすると、背後から「オニーサーン!メリークリスマス!」と叫ばれた。

結局、騙されたのかな? (ラグドール)

(寸評)もちろん騙されたね。
まぁいいんじゃない? 2000円でエピソード買ったと思えば。
ところで俺も今ちょっと終電を逃したんだ。
俺は埼玉なので東京からちょっとタクシー代かかるんだ。
とりあえず早急に1万円振り込んでくれ。よろしくなっ! 7ポイント。

初めての激安クーポン

最近流行りのクーポンサイトで「2時間飲み放題、コース6品・レトロ風居酒屋・1人1300円」につられて行ってきた時の事です。

「予約した閏子ですが」とお店に入るやいなや、ロリ系女性店員さんが「絶対そーじゃないかなっ!て入ってきた時に思ったですぅ」と。
このお出迎えに少しビビりながらもビールを注文し、連れと雑談しはじめると、ロリ系女性店員さん、会話に割って入ってくるくる。
「ここのお店、すごくヒマなんですぅー」「でも料理は美味しいんですよぅー」「私、○○ちゃんって言うですぅー」
最初は「ちょっとイッちゃってる人なのか?」と連れと怪訝に思っていたものの、あまりの馴れ馴れしさに慣れてきてしまいました。
お店は新しいものの、レトロ風なだけに置いてある小物も可愛く、中でもアンクルトリスの爪楊枝入れが気に入ったので、ロリ系女性店員さんに
「このアンクルトリスの爪楊枝入れって、どこに売ってるんですか?」なんてノリで聞いてみたところ「じゃ、ちょっと待ってて!」と
ルンルン走りでいなくなったと思いきや「コレ、あげちゃう!!ナイショだよ!」とウインク。
いやいや、店の備品だしと断ると「大丈夫なの!お酒屋さんがくれるから!あ、Tシャツもあげる!!」と…。
ただでさえ激安クーポンで飲ませて頂いてるというのに、このサービスって一体…と唖然としているとTシャツを持ってくるや「早く隠すデス!」

コース料理を堪能し、もはやお腹いっぱい。デザートが付くとの事でしたが、それは結構です、と断ると…。
「ダメぇーデザート、持ってくるっ!」いやいや、食べられないから…と言うものの、頬をプクっとさせて却下される始末。
しばらくして、見るからに甘そうな、今まで飲んだビールと胃の中でMIXしたら凄い事が起きそうなシロモノが運ばれてきました。
「食べて♡」とウフッポーズのロリ系女性店員さん…。「ゴメンね、お腹いっぱいだから、もう少ししたら」と断ると「じゃ、食べてあげるー!」
店員さんに食べてもらっちゃっていいものか?と思いつつも「え?食べてくれるの?」と聞くと、おもむろに私の横に座り、デザートをパクパク!
「すごく美味しいのにー!ひとくちどーぞ、アーンしてー」とスプーンを差し出され…。

不思議な時間を過ごし、さぁ帰ろうと店を出ようとしたところ、ロリ系女性店員さん「帰らないで~」とエーンと泣くポーズ。
結局、頭をよしよししながら「また来るからね」と勘弁してもらいました。
今年始めのオセチ問題等で少し悪名高いサービスになってしまったかに思われた激安クーポンですが、そのオトク度は半端なかったです。(閏子)

(寸評)最後になんかボラれるオチがつくのかと思ったら、本当に安い!
ま、そのフレンドリーさは俺ひとりだったら恐怖だけど。まぁあまりひとりでは行かないからな。
ふ~ん、今度俺も使ってみようかなー。6ポイント。

初めてのパスカルズ

ここの常連さんは、みな石川さんのライブは当たり前のように何度もみているかも知れないが、自分は、今まで石川さんのライブを見たことがなかった。
一応、20年以上も前に、「たま」のイカ天出演は5週連続で見て、それなりに好きではあったのだが、ライブに行くこともなく、そのうちに忘れてしまった。
近年、youtubeなどでたまの昔のライブ画像を見るうちに、忘れていた「たま」の魅力を思い出し、というか知らなかった魅力を発見し、昔以上に夢中になってしまった。
youtube漬けになって、そのうちに、メンバーさんのホームページを見ると、石川さんのホームページがすごく面白い。
面白すぎてうっかり投稿してしまったが運のつき、今度は投稿中毒になってしまった。
投稿にはまったあと、ようやくライブに行く気になり、先日4月26日の横浜サムズアップのパスカルズのライブに行った。
横浜サムズアップは初めてだし、パスカルズも初めて。石川さんのライブも初めてだ。
7時半開演のところを7時20分頃に着いたので、空き席があまりなく、とりあえず、適当にあいているところに座った。
ところが、そこは、なんと石川さんのパーカッションの真正面だったのだ。
昔からの熱心なファンの邪魔にならないにようにと後ろのほうの席を選んだつもりが、横浜サムズアップの構造は横に広いステージ、横に広い座席だったので、なにげに選んだ席は、後ろ通路沿いではあるが、かなり良い席だったのだ。
時間が来てメンバーさんがステージに出てくる。石川さんは目の前だ。いい年をこいた俺もさすがにドキドキもんだ。
演奏は、想像以上にすばらしく、石川さんの叩くパーカションやオモチャ類の音はとてもよく聞こえた。
パスカルズの曲名もろくに知らない俺は「レポート」を書く資格もないが、詳細は誰かがレポートしてくれるでしょう。
14人が織りなす不思議な音空間は、とにかく言葉に表せないくらいの感動だった。やっぱ生音はいいね。また行きますよ。(ファンカデリック徳田)

(寸評)サンキュー!あの日はぶっちゃけみんな凡ミスだらけで楽屋で「年だな~」と苦笑しあったのだが、初めてなら気づかれなかったかも(笑)。
他にもソロ、ホルモン鉄道、イシマツと全部微妙に違うというかパスカルズとソロでは持つ楽器さえ違うので、それらも観に来てくれたらうれしいなー。
横浜は俺は往復4時間近くかかるので終わったらすぐに帰らねばならなかったが、他の会場なら終わった後にでも一声かけてくださいな。
そして、君の奢りのビールで乾杯しよう(笑)。5ポイント。

初めての集団万引き

小学校6年生の時初めて万引きしてしまいました。しかも集団で・・・。
6人ほどのグループで文房具とかお菓子とか雑貨とか売ってる店に行きお菓子や文房具を万引きし、公園でそれを食べたりしてました。
しかもばれなかったことに味をしめて次は財布とか万引きしてしまいました。
でも6人も居たら一人ぐらいは「やっぱりマズイよ・・・お店の人に謝りに行こう」と言いだす子もいました。
というか、6人中4人は謝りに行こうと言いだしたのです。
私ともう一人を除いて・・・。私ともう一人の子は、もし店の人が家族や学校に報告したりしたら 大変だから絶対謝りに行きたくない!と言いました。
ただ、やっぱり罪悪感があるのも確かでした。
結局他の四人の意見に押されてみんなで謝りに行くことになりました。
万引きしたものを持って店に行き、おばさんに話すと、おばさんはとても悲しい顔をしていました。
全員家の電話番号と名前を聞かれましたが、家族には言わないでいてくれるというおばさんの言葉を信じて家に帰ると、あっさりバラされていたらしく、両親にめちゃくちゃ怒られました。。。 今まで優しかった父親には蹴られるわ、母親は泣くわ、大変でした。
結局母親と一緒にお詫びの品をもってそのお店にまた謝りに行きました。
その時に見た初めての母親の涙は強烈で自分がやったことでこんなに誰かを悲しませてしまったという事が自分でもすごいショックで、とってもやりきれない気持ちになりました。
それからは万引きは二度としないと誓ったのでした・・・。(匿名希望)

(寸評)俺ももっと小さい時だったけど、駄菓子屋で万引きしたことあるけど、凄い罪悪感で、こんなに嫌な思いするならもう止めようと思ったな。
そして個人商店は特に万引きが多発すると、本当にそれが原因でお店が潰れることもあるもんね。
今、自分がニヒル牛の経営とかに少しでもかかわっているとよく分かる。
一回の高額万引きで一週間分の売り上げ全部パーなんてこともあるからね。
経営者側の気持ちになると「万引きの場合100倍の金額お店に罰金」とかに法律で決めてもらいたいくらいだね。
ま、でも子供は一度はするよね。 6ポイント。

初めての変化

リアル初体験話(笑)初体験は実家の部屋でした。しかも廊下を挟んだリビングには家族が居るっていう状況(笑)声を出さないように、ドキドキしながらやってました。
でも痛くてなかなか入らないし全然気持ちよくないから声なんか出ませんでした・・・。それより初めて見た「勃起状態」が何より衝撃でした・・・。
こんなに変化すんの!?って思ってしまいました。あぁ、懐かしき初体験 (匿名希望)

(寸評)変化するっしょ~。
でももう変化しても驚きはなくなってしまったか・・・。5ポイント。

初めての銭湯で子供にキレる

家の近所に行きつけのサウナ施設があり、週末にいつも入浴しに行くのですが、毎度厄介な目にあいます。
週末は子供が多く、水をかけて遊んだり、泳いだりしていて、迷惑千万なのです。
日本の銭湯じゃ、泳いだりなんかしたら、即「帰れ!」と言われて、つまみ出されるでしょうが、深めの水風呂などではそんな水遊びをする子供が必ずいるものです。
傍から見ている限りでは、「自分にもああいう時があったなあ」とか、「子供だから大目に見てやれ」ぐらいですみますが、たまに自分にも水がかかってきて、1週間の疲れを癒すはずが、イライラで余計疲れてしまうなんてこともあります。
自分自身で叱らなくても、たまに垢すりのおじさんが「静かにしろ!」と、叱ってくれるのですが、10分もすればまた騒がしくなってしまいます。
しかし、とうとう先日、限界を超えました。

その日も、洗面器で水を掛け合ったり、泳いだりして水がかかってきて、イライラを抑えていましたが、僕の近くで小学生ぐらいの子供が変な遊びを始めました。
その風呂では壁のボタンを押すと、天井から滝のように水が大量に出てくるのですが、その子供は自分の頭の上に洗面器を逆さにかざして、水が落ちてくるところの真下に立ったのです。
当然、辺りには洗面器に当たった水が嵐のように襲ってきます。
自分の顔にも容赦なく襲ってきたので、さすがに我慢できずに立ち上がり、その子供のところへ行き、洗面器を手からむしり取って、金切り声で一喝しました。

「いい加減にしろ!」

眼鏡をかけていなかったので、この言葉を浴びせた際、その子供がどんな表情だったかまではわかりませんでしたが、その後、親御さんが文句を言ってくるなんてことはありませんでした。
その後も同じ遊びをする子供がいて、再び水しぶきがかかってきたのですが、2度目は威嚇効果がなくなるかと思い、奪い取った洗面器で自分の顔をガードしてました。
瞬時だったとはいえ、垢すりのおじさんよりは威力があったかな?

しかし、今までも「ちゃんと怒ったほうがいいか…、いや、やめたほうがいいかな?」と、迷うような局面がありました。
高校時代には、電車の中で子供がうるさく騒いでいるのに、全く注意しない親と同乗して、一喝してやろうかと思ったけど、高校の制服姿じゃ、威力がないなと思い、他の車両に移って我慢しました。
3年程前にはバイトへ急ぐ途中、電車に駆け込み乗車してきたオッサンに舌打ちして「す、すみません」と小声で言われましたが、その時はもう少しで「謝るぐらいだったら最初から駆け込み乗車なんて市内でくれませんか?」と、食ってかかりそうになりました。
公共の場所では、どのレベルだったらキレていいのか、これからも悩み続けることでしょう…。(Hi-)

(寸評)最近の親は本当、注意しないらしいね。
思えば俺の子供の頃の大人は怖かったなぁ。すぐ怒鳴られた。
怒鳴られたどころか、先生にビンタ喰らった回数も数えきれないほどある。
今はちょっと手ではたいただけで暴力教師としてへたすりゃクビだもんなぁ。
こういうのって基準が難しいよね。 6ポイント。

初めての仲介電話

日本留学経験者で、流通関係の仕事をしている韓国人の知り合いから、ある事を頼まれました。
日本のとある企業から商品を輸入したいのですが、自分の日本語に自信が無く、仲介で電話をかけてくれ、と言うのです。
いくら留学を経験したとは言え、ビジネストークは日常会話と違って、ちょっとした勘違いが大きなトラブルの元となってしまうのは、日本人でも周知の通りです。
しかし、かく言う自分も、日本でサラリーマン経験がなく、電話やメールでビジネストークなど、まともに行ったことがありません。
よって、見ず知らずの会社に電話をかけて、「御社の商品を納入したいのですが…」などと、まともに言えるかどうか、不安に感じていました。

とはいえ、日本人の自分だからできると、見込んでもらったかのような自負を感じて、二つ返事で引き受けました。
そして、頼まれた翌日に、さっそくSkypeで電話。
電話の内容のは伏せますが、「アンタ、それが仕事相手に対する話し方か!!!」などと、言われずに済み、特にトラブルも無く、済みました。

自分に直接関係がある訳ではなかったにしろ、まともなビジネストークは今回が初めてで、やっぱり緊張はぬぐえませんでした。
平凡にサラリーマンになって、取引先に電話やメールを繰り返すようになれば、自然に身についてくるものだろうけど、自分はそんな経歴がないので、アルバイトに応募の電話をかける時ぐらいのドキドキがありましたね。
まあ、受ける相手の立場で考えたら、最低限「失礼じゃない」ふうに話せばいい訳で、どうやって話せばいいのか、あたふたしているのはむしろかわいいもんだと、思われたかもしれませんが。(Hi-)

(寸評)俺も最近こそそういうことはないが、学生時代はいろんなバイトしたから電話もかけまくったなぁ。
でも若いうちに少しはそういう経験しておいて良かった。
いい年になってから挨拶もまともに出来ないと、信用問題だからね。
その第一印象でその後相手にしてもらえないことだってあるからね。
若いうちに恥はいっぱいかいておくべしっ。 4ポイント。

初めての黒人にナンパ

私が電車通勤していた時の話ですが、ななめ前の席に座っていた黒人がずーっとこっちをみているような気がしてました。
まあ、勘違いか・・・と思い電車を降りて早朝の地下道を歩いているとさっきの黒人が後ろから着いてきている・・・。
そして「HELLO」と声をかけてきた。
そして「どこ行くの?ちょっと話しない?」とか「名前は?」等聞かれ「仕事行くから時間ない」と言うも結局職場の入口の前まで着いて来られました。
黒人にナンパされたのは初めてだったなー(笑)  (ねこ)

(寸評)CIAだったりして・・・。 5ポイント。

初めての浣腸

怪我で入院していた時、自力でトイレに行けない状態だったのでおしっこは尿道に管を通していたのですが大便の方は出来ない状態でした。
しかし便秘知らずの私が4日も出ないとなると、かなり不快で気持ち悪い。
お腹も張ってくるし、もう我慢できない!そうだ、浣腸してもらおう!
と思い(笑)看護婦さんを呼んで浣腸してもらいました。
初めて体験した浣腸ですが、あれはすごい。浣腸してからフィニッシュまで5分かかりませんでした(笑)めちゃくちゃ爽快感ありました。(ねこ)

(寸評)俺なんて30秒だったよ。
なんかで入院して何故か浣腸した時。
あれなんで浣腸なんかしたんだろ?俺便秘の経験ないもんなー。
多分24時間以上お通じがなかった記憶がない。
5分起きなら、外国行った時とかたまにあるけどね! 5ポイント。

初めての居酒屋予約

他のコーナーにも書いたかもしれませんが、このホームページに投稿しているちょんぼさんとお付き合いさせていただいています。今度は居酒屋でも行こうか!ということになったので、会社の飲み会で利用したことのある、ちょっといい感じの居酒屋が思い浮かんだので私が予約することにしました。居酒屋の予約なんてするのは初めてで緊張しましたが、早く予約しないと個室がとれないと思い、頑張って予約の電話をしました。「○月○日に予約したいんですけれども…えっと…2人なんですが…」居酒屋の予約ってだけで何故こんなに緊張しているのでしょうね。すると「カップルシートでよろしいですか?」と聞かれ、「はい、カップルシートでお願いします!」なんてきっぱり言うことは恥ずかしがり屋さんなのでとてもできず、「あ…じゃあ、それで…」なんていう曖昧な返事が精一杯。そんなこんなで、なんとか希望の日時に、しかもカップルシートとやらで予約がとれてほっとしました。(可南)

(寸評)俺もそもそも電話がすんごく苦手なのでその気持ちは分かるなあ。
このホームページが縁でお付き合いを?
それだったら嬉しいなあ。 4ポイント。

初めてのカップルシート

そしてついに、予約をした日が来たのです。店に入り、案内されたカップルシートという個室は驚くほど狭いものでした。少し太ったらもう入れないのでは…!?というほどで、壁に穴が開いてるだけ、という感じです。頭もぶつかりそうで、這いずるように入りました。入ってみるとさらに狭い!壁に付いている注文用のインターホンが肩にがたがた当たります。もっと2人が密着すればいいのでしょうけど、ついこの間やっと手をつないだばかりだし、恥ずかしくて体を寄せ合うなんてことができず、私は壁に寄っていました。入口はカーテンがかかっているのですが、そのカーテンがまた、ハート模様でふりふりで、なんともやらしい感じで恥ずかしさ倍増です。何か喋り続けてないと間が持たなくて、私は一人べらべらと、でもいつもよりもぎこちなく喋り続けてました。もともと飲む方ではありませんが、お酒もなかなか進まず、気がつけばもう1時間経過しているではありませんか!ここまでは、一体何のために我々はこんな窮屈な狭い空間に詰め込まれているのだろうか…と思わざるを得ない1時間でした。(可南)

(寸評)うちの夫婦じゃ絶対無理だ。
風船のようにどちらかがパチンと破裂する。 3ポイント。

初接吻

嘘のように幸せな出来事は、嘘をついてもいい日に起こりました。
居酒屋でのこれまでの1時間を取り戻すような、いや、それ以上の出来事です。
「酔っ払う前に…」とちょんぼさん。き、き、きす!?今日はこんなこともあるかな~という覚悟やら期待やらはありましたが、いざ、その時となると躊躇してしまいます。勿論、拒否という意味での躊躇ではなく、嬉しさのあまりの躊躇です。緊張しすぎていたので、一度深呼吸をして応じました。
一回目は頭の中が真っ白で、何も考えられませんでした。これまで誰ともお付き合いしたことのない私にとって初めてのことで、同時にちょんぼさんにとっても初めてでした。初めて同士は何をするにも楽しいものですね。新しいことを覚えると何度もやってみたくなるのと同じで、その後二回目、三回目…と回数を重ねました。何度も、何度もしました。脳みそまでとろけてしまっている私に数など数えられず、30回くらいはしたような気がしました。唇と唇、舌と舌、歯と歯までもがぶつかります。歯が当たるっていうのは、初心者の証拠ですよね。そういうのがまた、すごくいいです。
トイレに行こうと立ちあがったらふらふらよろよろしてしまってまっすぐ歩けず、私をこんなにふにゃふにゃにしてしまうなんて、ちょんぼさんは未経験にして天性のテクニシャンなのか、それとも私に免疫がなさすぎるのか…。そんなこんなで、後半の料理はほとんど手つかずで、普段だったら勿体ない!と慌てて食べますが、そんな気にもなりませんでした。二人とも20代ですが、半分に分けたら30才に近い方。今時、こんな人たちもいるのですよー。(可南)

(寸評)おぉ、久しぶりに新鮮な感動を直球で聞いた。いいぞいいぞ。
次の展開も、もちろん報告マツ。ロケット・マツ。 7ポイント。

初めての引きこもり

ボクの初体験は「引きこもり」で、今からちょうど一年前の事になります。
以前から欠席と遅刻を繰り返しており、新クラスに馴染めなかった事でそれが本格化。
内向的でインドア派なボクは、学校に行かないならば外に出る理由もなくなり、「引きこもり」になりました。
引きこもっていると精神が病むっていうのは本当のことで、ずっと真っ暗な部屋に一人で座っているような心地でした。
そんな時に聞いたのがたまの「かなしいずぼん」。
心の深いところにをズバリの歌詞に、引きこもりとしての心をガッシリ掴まれたボクは、それからたまの曲を聴き漁るようになり…
うれしい事に担任の先生がすばらしい方で、少ない友人の助けもあり、無事進学を果たすことができました。
たった一年の間でしたが、引きこもり生活の間にボクという人間は大きく形を変えてしまったかのように思います。
ゆとり世代のボクがたまを知れたことはうれしく思いますが、最初で最後になればいい!と思っている初体験でした。(ぺーい)

(寸評)俺ももし今の時代に生まれていたら引きこもりになったかもしれないなー。
俺の時代には引きこもりという言葉もなかったし、もし学校に行けないなら働かなければならないという暗黙のルールが社会にあったからね。
働くのはとにかく避けたかったので、眠かったけど学校行った。
ま、もちろん雨の日と風の日は休んだけどね! 5ポイント。

初めて天井までゲロ

タクシー運ちゃんをやっていると、車内でお客さんにゲロを吐かれることがたまにあります。
あるとき、知的障碍者と思われる若い女の子とその母親らしき人を乗せました。
その障碍者らしき人は、ちょっと動きが不審なぐらいで、おとなしく乗車していたんですが、突然何の予告もなくゲロを天井まで噴射しました。
事前に気分が悪いとかいうこともできず、また、下を向いたり、口を手で押さえたりということをせずに上向きにドバーッと吐いたのでしょう。
なんと、タクシーの天井までゲロが付いていました。
こっちも、相手は障碍者ですから怒るわけにもいきません。吐いた当人は、悪びれもせずにきょとんとしています。
お母さんらしき人が恐縮がって1500円くらいの乗車でしたが、1万円置いていきました。
その日は会社に戻ってせっせとゲロを洗い流しましたが、しばらく臭いは残りました。(冥王星タクシー)

(寸評)俺もタクシーに乗ったら「いやあお客さん、参っちゃったよ」と。
「さっき乗せたお客さんが小便もらしちゃってね。あ、もうきれいに拭いたから大丈夫だけどね」
しかしその時俺は2万円という長距離で乗っていた。
最初は何でもなかったが、徐々にシートに含まれた水分が染みだし・・・。
降りる頃にはGパン、びしょびしょ。
でも小心者の俺は、何も言えずに静かにタクシーを降りたのであった。 5ポイント。

初めてのア○トニオ猪○

東京でタクシー運転手をやってると結構有名人を乗せます。
なかでも一番印象に残ったのは、ア○トニオ猪○さんです。
白のスーツに真っ赤なネクタイ。
そう、あのア○トニオ猪○さんです。マネージャーらしき方と二人でご乗車。
二人なのに、猪○さんは後部座席をデーンと独り占め。
マネージャーらしき方は、元格闘関係の方なのか、結構大柄なひとなのに、ちんまりと助手席に。
さすが、世界のア○トニオ猪○さん!!
わずかワンメーターのご乗車でしたが、すんごい存在感で、強烈なオーラを放っていました。(冥王星タクシー)

(寸評)アゴは車内に収まりきった? 5ポイント。

初めて力士3人ご乗車

タクシーにお相撲さん3人を乗せたことがあります。運転手の自分も90kgクラスなので、重い、重い!!
合計400kg以上はあったんじゃないでしょうか。80kgの太目の人を5人乗せたのと同じ。
六本木にある寄席坂というちょっと急な坂をのぼっていきました。
アクセルを目いっぱい踏んでものろのろとしか動かない。
この時はわが愛車が「重いよー!」と悲鳴を上げているようでした。(冥王星タクシー)

(寸評)重さに耐えられずに坂の途中で逆走したら・・・怖いよ~! 5ポイント。

初めてのLost baggage

  数年前にドイツに旅行したときの話。
イギリスのヒースロー空港経由での往復だったんですが、成田に着いて自分のスーツケースを待っていたけど一向に出てこない。
直行便よりも経由便の方がこういうトラブルが多いと聞きますが、こんなことは初めてだったのでちょっと焦りました。
私のスーツケースと一緒に乗せるはずだった他の荷物から危険物が見つかったからチェックのためにロンドンで足止めを食らってるのが原因でした。
でも、成田から広島まで重くてパンパンのスーツケースを持って帰る手間が省けたので私にとってはラッキーでした! 
ただ、大事なものもたくさん入ってたので、スーツケースが無事に返ってくるのかすごく心配だったのも確かです。。
しかもイギリスの航空会社だったため、問い合わせの電話をしても全部英語で何言ってるかさっぱり分かりませんでした・・・。 (ねこ)

(寸評)初めてのLost baggageを初めてのロスト・ヴァージンと読んでしまって、二度目のロスト・ヴァージンはないわーい!と読み違えてしまった。
それはともかく俺も成田で出て来なくて送ってもらったことあったよ。
俺も同じくイギリスの航空会社だったけど、成田の航空会社の受付で手続きしたから日本語で大丈夫だったけど・・・? 5ポイント。

初めてのスポーツジム

去年生まれて初めて同じ職場の人に誘われてスポーツジムに行きました。
そもそもストイックさの欠片もなく、極度の面倒くさがり屋の私がジムなんて向いているはずもないのですが、タダのチケットがあるからと誘われるままに行ってみました。
まず、ひたすら腹筋したりストレッチしたりルームランナーで走っているストイックの塊みたいな人たちを見るなり「ここ、私の来るとこじゃなかった」と痛感しました。とりあえず見よう見まねでルームランナーに乗ってみるも、ちっとも楽しくない・・・。
そしてその後同じ職場のミス・ストイックさんはジム初体験の私をエアロビのクラスに連れて行き、他の数人の会員とともに全面鏡張りの部屋でゲイの匂いプンプンの若いマッチョのインストラクターの恥ずかしいばかりの笑顔と掛け声に合わせ、一緒に踊りました・・・。もう、あの恥ずかしさったら!!!!30分のクラスだったんですが、永遠のように感じました・・・。
更にその後格闘技(キックボクシングみたいな)動きを取り入れたダンスのクラスに連れていかれ、またしても全面鏡張りの部屋で、インストラクターのお兄さんと30人近い会員が向き合って、音楽に合わせて踊ります・・・。が、急にそんなダンスについて行けるわけもなく呆然とする私・・・。
周りは全員ノリノリで「はーっ!!!!」とか大声で叫んでるおっさんも居るし、もう恥ずかしさと置いてけぼり感でいっぱいでした。本気で恥ずかしかったです。
やっぱり自分のキャラクターに合わないことはするもんじゃないなと強く思いました。ちなみに、その後私がジムに行くことは二度とありませんでした・・・。(ねこ)

(寸評)俺もそういうの恥ずかしくてまともには絶対出来ない。
冗談にしないと居ても立ってもいられない。
そういう感じの人は多分俺と一番対極にいる人かもしれないな。
いや・・・真面目ないい人たちが多いとは思うんだけどね。その真面目さが・・・。 6ポイント。

初めての金縛り

中学3年の時です。
その日、部屋の模様替えをしていました。
一通り片付け終わり、部屋の壁にレコードを飾ろうかなと思い、コンチネンタルキッズやINUなどのレコードを飾りました。
その中で一つ、「YBO2/ドグラマグラ」のピクチャー盤も飾りました。
外人の女性が舌を出した顔のアップのピクチャー盤です。
その日の夜、ふと目を覚ましました。

すると部屋の中の空気が重い。
明らかに異様な空気が、部屋の中を支配していました。
「なんか変だな~」と思いつつ、気のせいかと思い、また寝ました。

しばらくして目が覚めると、また部屋の中は嫌な空気。
ちょっと怖くなってきたので、電気を付けに起きようとしました。

しかし、体が動かない。

目は開いてるのに体は何も動かない。

初めての金縛りに恐怖で冷や汗が出ました。
部屋の空気はますます重くなってきて、無理矢理腕や足を動かして金縛りを解こうとしたりしました。
しばらくして急に体が動くようになり、すぐに電気を付けました。
明るくなった部屋は、まだそれでも空気が重い。
カーテンの隙間や、押し入れなどに目をやっても異常はありません。

部屋を見回していると、壁に飾った「YBO2/ドグラマグラ」の女の人と目が合いました。

すると明らかに、そこから嫌な空気が渦巻いて、部屋の中に充満している。
しばらくそのレコードと睨めっこしていました。

しかし、一向に状況は変わらず、僕は意を決してそのレコードを壁から外しました。
すると今まで悪かった部屋の空気は、ガラッと変わって普段と変わらないいつもの空気に戻りました。
それからそのレコードは押し入れに封印しています。
しかし「YBO2/ドグラマグラ」は今でもかなり好きな作品で、確かに不気味な曲ですが、何か呼び寄せてしまったんですかね。 (ラグドール)

(寸評)そういえばボーカルの北村昌士さんは早くに亡くなったね・・・。
呼ばれても、行くなよ。 6ポイント。

 

初めてのSMパブ

初めてSMパブに行った時の話。
こういう形式の店はたしか広島に一軒だけと聞きました。
最初はその店の常連だった職場の先輩(男)に連れられて行ったんですが、初めてのSMバーにドキドキわくわくしていました。
店は普通のパブで女の子のスタッフが各テーブルに一人付いて接客をしてくれて女性のお客さんは3000円で飲み放題だったと思います。
お店の女の子は可愛い子が多く、普通の飲み屋と変わらない感じで話しながら飲んでいました。
しかしショータイムが始まったとたん、ステージでは店のオーナーのおじさんがスタッフの女の子たちを緊縛し、天井から吊るしてクルクルまわしたりお客さんの中から我こそは!という人がステージに行き吊るされた女の子に鞭を打ったりろうそくを垂らしたりM字開脚で椅子に縛り付けられた女の子をローターで責めたりと、なかなか刺激的でした。
このお店ではSM嗜好のカップルが来店して彼氏(というかご主人様?)が彼女(M女)をステージ上で潮を吹かせたりと、かなり過激なプレイも行われたりするらしく私が行った時もお客さんはいっぱいでした。
何度か上司や先輩と行きましたが(しかも女は私一人(笑)、嬉しそうに目の色変えて女の子にローターを当てている上司どもの姿を携帯のカメラで撮影し、保存して、こっそり奴らの弱みを握っています(笑)
逆に男性のお客さんが縛られることもあります。
結構楽しくて何回かその店に行きました。ちなみに私もローターで女の子を責めましたが妙に興奮しました(笑)  (ねこ)

(寸評)おおっ、それは刺激的だね!
実は責められたこともあるんじゃないのー?
ってねこはSなのか。いや「ねこ」は「たち」に対するMの隠語か。どっちなんだ!? 7ポイント。

初めての脂肪吸引

一昨年の初夏、長年コンプレックスだった二の腕の太さを解消する為に脂肪吸引しました!

二の腕+付け根+肩周りで両腕合計1400cc 吸い出した脂肪が溜まっている容器を見せてもらいますと上に浮いてるつぶつぶオレンジジュースみたいな脂肪と下にストロベリーリキュールみたいな麻酔と血液の2層でとっても美味しそうな感じですw

先生曰く、『全く運動していないのが解る吸い易い脂肪』だそうです。。。
『コレからはしっかり筋トレして下さいね』と言われました。
もっと太くなるとか思って腕の筋トレはしてなかったのだけど、そのせいで益々タップルンとした二の腕になっちゃったみたいです↓↓

全身麻酔で眠っている間に吸われていたのですが途中で目が覚めて、脇と二の腕の境目を強くツネられたような痛みに「ィデデデデッ」と声を出しましたら先生に「サービスですから♪」と、言われたのに対して「ありがとうございます♪」と言って再び意識が無くなった記憶がありますw

腕を横に広げると下に垂れなくなって今は満足していますが右腕をひねると明らかに吸われ過ぎたような凹みが・・・:(;゙゚'ω゚'):
しかし、左腕-7cm、右腕-8cmの結果に大満足です♪

術後は痛くて腕が上がらず、自分で顔や髪が洗えず美容院で2日に1回洗髪してもらったり(毎日はお金が続かないので;)均す為のマッサージが苦痛でしたが、今度は太腿もやりたい欲に駆られてますw (はにばに)

(寸評)へー脂肪吸引かぁ。俺もお腹はへっこませたいけど、脂肪吸引はなんか怖いなあ。
何か後で後遺症出る気がして。
まああと、ほっぺもやって欲しいけどね。きっと俺の顔、ニヒルになるでぇ~。 7ポイント。

初めての納豆

関東地方の皆さんは信じられないかもしれませんが、納豆を初めて食べたのが1984年の学校給食でした。
教室の誰もが初めて見る食べ物で、どうやって食べていいのかもわかりませんでした。給食のおばさんですら、醤油をつけるという発想がなかったほどです。
その悪臭を放ち全く味のしないヌルヌルとした蒸された大豆を、吐きそうになりながら一粒一粒黙々と食べ続けました。
『残さず食べる、食べ終わるまで昼休みは無し』という担任のモットーは頑なに守られ、気が付けば昼休みも終わり5時間目まで納豆の時間と化していました。
今は大好きですが、関東の皆さんもダシ・醤油抜きで食べることが出来ますか?(デクノボー)

(寸評)食べることは出来るけど、やっぱり何かつけたいね。
最近は醤油だけじゃなくキムチと合わせるとかカレーに入れるとかもあるねー。
関西の人には初めは地獄だったの、よく分かる(笑)。6ポイント。

初めての川の字

若かりし頃の思い出ですがホテルのツインに男一人女二人で泊まった事があります。
立派なホテルだったのでベッドはかなり大きかったのですが、なぜかベッド二つを動かしてくっつけて三人で川の字になって寝ようということになり、私が真ん中で寝ることになりました。
そして電気を消して話をしているうちに、隣に寝ている男友達がちょっかいを出してきました。それでも普通に話をしていたのですが、胸を触られる、尻をまさぐられる、どんどんエスカレートしていき、最終的には後ろから挿入されました・・・声を殺してましたが息遣いがおかしくなったりしてたので隣で寝ていた女友達にもきっとバレていたと思います(笑)
でも!!やっぱりこういうハラハラドキドキのシチュエーションって興奮します!
今までで一番印象に残ってるセックスです(笑) (匿名希望)

(寸評)このコーナーは女性週刊誌の体験投稿コーナーか!
・・・今後もどんどんこの手の投稿すんごく待ってま~す!(笑)。7ポイント。

はじめて他人のチンチンをしごく

男子だが、ホモではない自分は、人のチンチンをしごくことは、まずないですが、一度だけ人のチンチンをしごいて射精させたことがあります。そのときの話をしましょう。
20歳くらいの頃、ヨーロッパをバックパッカーで一人旅したことがあります。
パリのカフェで一人で珈琲を飲んでいたら、いかにもパリっ子という感じの小柄なハンチング帽子をかぶったフランス人が話しかけてきました。
20代後半から30代くらいの兄ちゃんでしょうか。176センチの僕よりも小柄でした。
「お前は珈琲が好きなのか?よかったら俺のうちで珈琲を飲まないか?」みたいな感じで話しかけてきました。
自分はフランス語はできないんですが、何日も滞在していると自然にその国の言葉はなんとなく少しずつ分かってくるものです。あとは、カタコト英語と身振り手ぶりです。
無警戒にも、自分はその男について行きました。
その男の家に行って珈琲を飲ませてもらい「お前は日本からきたのか。そうかそうか」みたいな感じで雑談した後、兄ちゃんはやおら、ズボンを脱いで下半身を丸出しにしました。
僕に「俺のちんこをしごけ」と身振りで言うのです。どうやら兄ちゃんはホモの方だったようです。
自分は「やばいな」とも思いましたが、逆上させるとまずいかなと思い、「チンコをしごくぐらいなら、まあいいか」と自分に言い聞かせ、兄ちゃんのちんこをしごきました。
兄ちゃんは途中で「口でやってくれ」とか「お前も脱げ」みたいなことを言うのですが、さすがにそれは拒否しました。
兄ちゃんは「ボーギャルソン」とかなんとか言ってましたが自分は別に美少年ではありません。東洋人の若い男が珍しかったのでしょう。
無事兄ちゃんを射精させて、兄ちゃんの家を出て、旅を続けました。
余談ですが、よく外人のチンコはでかいと言われますが、その兄ちゃんのモノはそんなでもなく日本人と同じくらいでした。(ファンカデリック徳田)

(寸評)俺もその状況に陥ったらしごくだろーなー。
「強制的にやらされてるんだ」と思いながら自分のどこかに隠れていたホモ心が刺激されていたりして。
ふふっ、いい思い出になったねっ! 8ポイント。

はじめての銃刀法違反

数年前に銃刀法違反で警察にとっつかまったことがあります。交通違反以外で警察にとっつかまったのは初めてです。そのときの顛末をお話しましょう。
自分はタクシー運転手なんですが、その日は出番で、空車でタクシー乗り場に並んでいました。
友人から携帯電話がかかってきて、携帯で話しながら、車でノロノロと動いていました。
すると、そこに自転車のおまわりが現れて、窓をコンコンたたきました。
自分は心の中で「やばい。」と思いました。携帯電話をかけながらの運転は、交通違反で免許が1点の減点になります。そのとき、自分はたまたま免許の違反点数がたまっていて、免停寸前だったのです。
ここは平謝りにあやまるしかない。
自分「すいません。もう点数がないんで勘弁してくんないでしょうか」
おまわりは新人とベテランの二人組みでした。
新人おまわりは、先輩おまわりに「どうしましょう」と聞きます。
先輩おまわり「荷物検査をしてみろ」
おまわりが私の荷物を検査したら、果物ナイフが出てきました。
おまわり「これは何で持ってるんだ」
自分「それは、リンゴを剥いたり夏みかんを切ったりするときに使いますが」
おまわり「今日食べたのか」
自分「いや、今日は食べてないです」
おまわり「一番最近食べたのはいつだ」
自分「一週間くらい前ですかね。毎日食べているわけではないから」
おまわり「今日食べるために持ってきたわけではないのなら、銃刀法違反になる。署に来い。」
もう最悪です。
私は、おまわりに先導されて警察署に連れていかれ、指十本指紋をとられて、何か調書をとられて果物ナイフは没収。検察に書類を送ると言っていたから、いわゆる書類送検かな。初めての前科になったようです。
その晩はタクシーの仕事は打ち切りになってしまいました。
その果物ナイフは12センチくらいあって、刃渡り何センチ以上だかの刃物は持っているだけで罪になるんだそうです。
なんか法律そのものがおかしいような気がするんですがね。皆さんもご注意ください。
ちなみに、運転中の携帯電話の件は、うやむやになってしましました。(ファンカデリック徳田)

(寸評)点数引かれなくて怪我の功名かー。
それにしてもそういうのが別件逮捕とかだったら嫌だね。
今も、例えば反原発とかで運動している人はそういう別件逮捕多そう。
いくらでも理由付けなんてこじつけられるからね。注意、注意。 6ポイント。

はじめての25メートル完泳

子供の頃からカナヅチで、泳げるようになったのは、25歳からです。社会人になってから泳げるようになった人は、あんまりいないんじゃないでしょうか。
大学を出るまで、自分はガリガリに痩せた体型だったんですが、就職して一人暮らしを始めて数年、飲んだくれて不規則な暮らしをしていたら、あっというまに太って、176cmで59kgだった体重が80kgになってしまいました。
少し運動でもして痩せなきゃいかんなと思って市民プールに行ってみました。大学1年の体育の授業以来6年ぶりです。
久しぶりにプールに入ってみると、なんと、うれしいことに体が浮くのです。皮下脂肪の威力は絶大です。
これは、泳げるかもしれないと思い、適当に自己流の平泳ぎみたいなことをやったら、ちゃんと前に進む。
すぐに慣れて、簡単に平泳ぎで25メートル泳ぐことができました。
デブになってよかったことは、それだけです。
今も平泳ぎしかできないんですが、毎週軽く1000メートルは泳ぎます。よっぽどのことがない限り溺れない自信はありますよ。(ファンカデリック徳田)

(寸評)おぉ、これも怪我の功名。あんた、ついてるねっ! 6ポイント。

初めてのカラオケ

いまだにカラオケはあまり行かないのですが、初体験も周りよりだいぶ遅く、初めて行ったのは中学のころ。しかも家族で(笑)
じいちゃんは演歌、母はX JAPAN(バラード)、祖母と父は傍観…と。シュール!
そんななか姉が「一緒に歌おう」と選曲したのが『あっけにとられた時のうた』だったから大興奮!
姉妹揃ってノリノリで歌い始めたのですが…3番に差し掛かったところでビックリ。
だって見たことない歌詞が出てきたんですから。”日暮れ前には姉さんが♪”って…
今でこそ完璧に歌えるものの、なんせ当時はちびまる子ちゃんのEDでしか知らなかったため、本来の3番を知らずわたしが3番だと思っていたのは実は4番だったわけです。
それまでのテンションはどこへ行ったやら…!しどろもどろでかなり無様に歌詞を追う二人。
それでもどうにかこうにか3番をやり過ごすと、再びノリノリで4番を歌い上げたのでした。
最近カラオケでこの曲を歌ったときにふと思い出したエピソードでした。
当然3番もノリノリで歌って、ものすごく気持ち良かったです。 (えみし)

(寸評)テレビは放映時間の関係で例えばピッタリ2分とかにしなければいけないからね。本来の楽曲そのままじゃそんなに正確にいくわけではないから1番分を抜かしたり、間奏を短くしたりしてるんだよね。
ライブじゃテレビで流れない部分の3番に毎回微妙に即興部分を入れたりしてやってたなぁ。
もうやることもおそらくない曲だろうけどね。懐かしい。 5ポイント。

初めてのコックピット

これはかなり貴重で、今では絶対あり得ない話。私は高校生の頃から映画などの影響で海外にすごく興味があり、イギリスにホームステイしに行かせてもらいました。
もちろん初めての海外、あらゆる事が初体験だらけで、空港に行ったのも飛行機に乗るのも初めて。
いまだに空港は大好きで、これからどこかとおくに行くっていうワクワク感がたまりません!広島空港からシンガポール経由で行ったのですが、シンガポール航空のスチュワーデスさんは美人が多いし制服も素敵でした。
そして私がビール呑んだりゲームしながら長時間のフライトを過ごして居ると男性の客室乗務員が私の席のところで足を止めてニッコリ微笑んできた。
私もニッコリ微笑み返す。
すると彼は私に手招きをする。
え!?なんだ?!と思いながら彼に近づくと英語で何やらコソコソ話してくる。どうやら、コックピットの中を見たいかい?と言っている。私はもちろん、イエス アイ ドゥ!!と答え彼に付いて行った。
アメリカの9・11テロ以来飛行機は持ち込み禁止物も増え、搭乗前の検査も厳しくなった今ではとうてい考えられませんが(というか、16年前の当時でもかなり稀な事だと思う…)とにかく私はコックピットに入れてもらい、操縦している機長と副操縦士に会いました!
そして私をコックピットに案内してくれた客室乗務員の彼が機長と副操縦士と3ショットの写真を撮ってくれました。今でもその写真は大事にアルバムに貼ってあります。
今思うと、これって航空会社にバレたらヤバいんじゃない!?と思ってしまうけど、フライト中のコックピットに入り、記念撮影したのは後にも先にもこの時だけです。貴重な初体験でしたっ!!(ねこ)

(寸評)昔はたまにコックピットにお客さんを入れるサービスをやっていたらしいね。
でもその基準はよく分からない。
もしかして、ねこってすんごおおおおおく可愛いのかな!
会える日を楽しみにしてるよん♪ 6ポイント。

初めてのテレクラ

小学校六年生の頃に友人内でテレクラに電話するのが流行っていて、学校終わると公衆電話か誰かの家の電話を使って、テレクラに電話して遊んでました(笑)当時は今みたいに携帯電話も普及してなかったから公衆電話もたくさんあって、その電話ボックスの中には必ずテレクラのチラシが貼りまくってありました。
ある日テレクラで話が盛り上がった男性と会おうという話になり、まちあわせしました。
友達四人程と一緒にまちあわせ場所の前のビルの階段の所から見下ろしてると、それらしき男性が1人でやって来てキョロキョロと周りを見回している。
自分たちが小学生だということは隠していたが、明らかに声や話し方が子供なのでバレてたと思うんだけど、それでも1人でまちあわせ場所に来た男はすごい。というか怖い…。結局なんか変なことされたら怖いよね!って話になり、その後男が立ち去るまで上からずっと見てましたが、テレクラのドキドキ感は癖になり、しばらくやってました(笑)(ねこ)

(寸評)そんな遊びをやっていたのだね。
きっとその友達のうち何人かはその後、本当にテレクラをやったとみた!
そういえば最近はテレクラとかあまり聞かない気がするけど、そういうのやってた人は今はどんな女性ゲット方法を使っているのだろう? 7ポイント。

初めての一目惚れ

一目惚れと言っても、人間じゃなくて猫なんですが…。

5年前のある日、当時の彼女と買い物をしていました。
デパートで買い物していて、ふと入ったデパート内のペットショップ。
そこに1匹の猫がいました。
子猫とゆうには大きな体、ふてぶてしく仰向けになって寝ている姿、店員さんに頼んで抱っこさせてもらうと、腕の中でもうとうと。
その可愛さに迷う事なく「この子下さい」と言っていました。

その猫はラグドールと言う種類。当時はあまり聞き慣れない種類で売れ残っていたらしく、生後半年でした。

中型~大型の猫で、生後半年ですでに普通の猫程の大きさがありました。

帰宅して、名前を「ネコ」と命名(彼女はその名前に大反対)。

今は5歳になり、体重も8キロ。

親バカですが、その可愛さは留まるところを知りません(笑)

元々大の猫好きですが、ここまで惚れた猫は初めてです。 (HNラグドール)

(寸評)ハンドルネームはそこからきていたのか。
てっきりラブドール、つまりダッチワイフのことと思ってた・・・。 5ポイント。

初めての目からレーザー

目からレーザー光線をビーッと出し・・・たわけではありません。その逆です。小さい頃からひどい乱視で、ものすごい眩しがり屋でした。集合写真も目を瞑ったものしかない程です。それが3年前、目を開けることすら出来ないくらいに異常な眩しさと沁みる痛さ感じ、やむなく眼科の受診へと行くことになりました。診察の結果、他の人よりも硝子体(眼球内部の成分)が純粋透明なせいで網膜が必要以上にダメージを負い、それをカバーするように新生毛細血管が勝手に発生しているとのことでした。このまま放って置くと網膜の下で出血、網膜はく離を起こし失明の危険性があると・・・。
 翌日、初めての入院。2日間の経過観察の後、これまた初めての手術。そこでレーザーの登場です。新生毛細血管を焼き潰してしまおうというのです。現在の眼科手術は進歩しているおかげで、この程度なら眼球を切り開くことなく手術できるのです。まず眼に点眼薬のような麻酔を垂らします。そして眼底検査をする機械に似た台に腰を掛けると前のプレートにあごを載せ、絶対に逃げられないように頭をマジックテープできつく固定されました。そして瞼にモリアーティ教授のような大きなレンズをはめられ、部屋の電気が消える・・・。真っ暗な中、眩しい光とともに赤いレーザー光線が真っ直ぐに自分の眼の中に入って来ました。ジュッ。麻酔が効いている箇所なのか、さほど痛みは感じません・・・が次の瞬間。チクーッ、チクーッ、チクーッ・・・痛いっ。まさに眼球を針で刺されるとはこのことかっ。麻酔にはムラがあります。効かない所は効かないのです。その後、300刺し。激痛に耐え続けました。手術が終わった後は、太陽を直に見たときと同じようにしばらく物が見えません。今のは右目だけの話・・・。そして後日、左目の番が・・・。痛ーーーいっ・・・。(デクノボー)

(寸評)ギャーッ「アンダルシアの犬」かっ!ワンワンワンッ! 6ポイント。

初めての避難

先日の大地震のときのお話です。
私はいつものように職場で椅子に座って、パソコンに向かっていました。すると誰かが「あれ?揺れてる…?」と言い、揺れに気づきました。私の職場はおんぼろ高層ビルの10階です。その数日前の震度3の揺れでも、かなり横揺れが激しく、乗り物酔いのような感覚に襲われました。なので、「あぁ、どうせまたあんな感じでしょ」と高を括っていたら、揺れは治まるどころかどんどん大きくなっていきました。流石にこれはまずいぞ、と身に危険を感じました。壁もぎしぎし鳴っていたし、机の引き出しは開いたり閉まったりを繰り返します。みんな「やばい、やばいぞー」なんてうろたえてました。私もドアを開けて出口を確保しておかねば、と思いドアを開けたのですが、その外側の防火扉が閉まっていて意味がありませんでした。まともに立つこともできずに、中腰でよろよろとどこかにつかまっている状態でした。暫くすると放送が入り、外へ避難をするように言われました。当然エレベーターもストップしているので、非常用階段を使って1階までぞろぞろと降りて行きました。階段には崩れた壁が粉々になって落ちていて、やっぱりこのビルは危ない!と思いました。
ビル内の人は全員外へ避難。外はビルの谷間なので寒い寒い。外に出ても信号機やらいろいろぐらぐら揺れていました。避難解除が出るまでビル内には戻れず、でも寒いので近くのホテルのロビーに入ったりしていました。結局2時間くらい待たされ、避難解除の放送が入りました。…といってもエレベーターは復旧しておらず、10階まで階段で昇って行きました。こりゃあしんどい。太もも痛い。動悸息切れ。
職場に戻り、仕事はもうせず(もう定時になる頃なので)、帰る準備をしました。更衣室は3階なので、また階段で降りました。そしてまた戻ってこい、というので10階まで階段で昇りました。苦しかったです。
因みに、みんな家族と連絡を取り、「食器が落ちて割れた」とかいろんな被害があったようで、私の家はどうだろうと思って母に聞いたら「玉葱が飛んで落ちた」だけだったそうです。棚やらいろんな所に、ものを突っ込みすぎているので飛んだり落ちたりしなかったんだなー、とだらしない自分たちに感謝しました。(可南)


(寸評)まだましだったよねー。
俺もひとりで自宅にいたが幸いにも俺も家も無傷だった。
天井にディスプレイしていた空き缶がひとつ落ちたくらいかな。
でもそれ以来、テレビやツイッターはつけっ放しに近い。
日本にいた人全体の精神的ショックは、見えづらいけど今後注意すべきポイントだと思う。 6ポイント。

初めての車で帰宅

さて、帰る準備をしましたが交通機関はすべて運転見合わせです。帰れません。そのうち動くだろう、と思いましたがJRはいち早くその日はもう運転しないと発表。私は私鉄でしたが、どこも一緒だろうなーと思いました。なんとなくみんな職場に残っていると、会社の営業用の車で帰るということになりました。数台あるので、家の方向別に何人かに分かれて乗せていってもらうことになりました。ラッキー♪なんて思いましたが、渋滞もすごいんだろうなーと思いました。でも帰れるだけましだと思い、ありがたく車に乗せていただきました。
意外とすいすい進みました。停電地域で信号も真っ暗で、人間が信号の代わりをしている場所などはプチ渋滞で、結局2時間以上かかりましたが、それでも私は早く帰れた方だと思いました。ペットのカメとネコも無事でよかったです。でも今回の地震は本当に怖かったです。神奈川県でこんなだったのだから、東北地方は本当に大変なんだろうと思います。これを書いてる今も余震は続いているし、救助を待ってる人もいるし、連絡取れない人もいるでしょうし、心配です。(可南)


(寸評)うちの妻は30キロ以上の距離を自転車で帰ろうとしてた・・・。
本当に被害にあわれた人にはかける言葉もない。
自分のやるべきことをまずはやるのが先決だと思ってる。 5ポイント。

初めての入院

2011年3月現在、顔面骨折で入院しています。
今年の2月から、鳶職をやっているんですが、5階建てのビルの屋上から資材が落下し、下にいた僕を直撃。
結果、顔面を6針縫う怪我と、顔面左側の顎、頬骨、眼底を骨折。
顔の右半分は怪我もないのに、左側だけグチャグチャになっちゃいました(笑)
しかし初めての入院がこんなハードな怪我だとわ…。
喋れないし、飯食えないし、左目開かないしで大変です(笑) (ラグドール)


(寸評)顔グチャグチャかぁ。
俺も顔をペロリッと剥いて手術した時は、顔グチャグチャだったなぁ。
長い人生、一度は誰しも顔グチャグチャになるもんさっ。
岩手の方にグチャグチャ馬コというものもあるように。
グチャグチャを楽しめるのも生きてるからこそ。生きてて良かったな! 6ポイント。

初めての大人になってから父親にしてもらったおんぶ

わたしの初めて体験は大人になってから父親にしてもらったおんぶです。
3年前のある日仕事中に重いパン生地をヨイショと持ちあげたら腰に痛みが走ったんです。これがギックリ腰ってやつか。。と思いながらも仕事をこなし、帰る頃になってみると前かがみになれないし階段上がるのに足が上がらない、自転車のペダルもうまく漕げないといった感じでした。
そして翌日、ちょうど仕事が休みだったのですが朝起きてトイレに行こうにもあまりの激痛に体が動かせない!とおりあえず匍匐前進でトイレに行き、父親に頼んで病院へ連れて行ってもらいました。
待ち時間の間もソファに座って待っていましたが患者がおおく私は予約なしの新患だったためかなり待たされました。
ずっと同じ体制で座ってたため、名前を呼ばれて診察室に入ろうと立ち上がろうとしてもあまりの痛さに微塵も体が動かず車いすを用意してもらい、そのままレントゲン室へ。結果、椎間板ヘルニアで、見事に椎間板が飛び出しておりました。
それから痛みを抑えるために仙骨ブロック注射というやつをやったんですが、尾てい骨のあたりに注射するのでお尻を出してお腹の下にクッションみたいなのを入れられてお尻が高くなるような体勢で恥ずかしながら注射を打たれました。
この注射自体も痛いのですがヘルニアの痛みに比べたらなんのその。
しかし大変な思いをして打ったこの注射が効かず・・・。
注射液が漏れていたらしいのです。
で、診察を終えて帰り際駐車場まで車いすで行き、車に乗り込もうにも立ち上がれず父親におんぶしてもらうはめに。
しかし体重45キロしかない父は私をおぶった瞬間よろめき、結局おんぶは出来ませんでした(笑) (ねこ)

(寸評)うちの親父ももう俺をおぶれないだろうなあ。
体重半分くらいだし、82歳だし・・・。 6ポイント。

初めてのお尻預け

もうひとつ
耳の中にできた腫瘍を取る手術のため入院した私。
初めての全身麻酔にうっとり。。。呼吸器みたいなの付けられて数かぞえているうちに遠のく意識。 耳は二回手術したけど全身麻酔の快感は癖になりそうでした。
そして手術後麻酔が切れ、夜になって耳というか、手術したとこ全部が痛くて我慢できずナースコール。痛み止めをくださいと言って看護師さんが戻ってくるのを待ってたら持ってきたのは錠剤じゃなく座薬。
今思えば手術後しばらくは口もほとんど開けられなかったから座薬で当然だと思うんですが、座薬を持ってきてくれた看護師さんは同い年(当時私23歳)もしくは年下?と思うくらい若くてそして可愛い男子!!
いや、さすがに彼に座薬入れてもらうのは恥ずかしー!!と思ったけど痛みに負けて気付いたら彼にお尻を預けてました・・・。 (ねこ)

(寸評)いくら看護士さんとはいえ、そしてその時は冷静に仕事としてやったとはいえ、自宅に帰ったら網膜に焼き付けた残像で君は完全にオカズにされたと思いまふ。
オカズましておめでとうございます! 7ポイント。

                        

初めてのピアス

初めてのピアス、それは高校一年の春でした。
友人に針で穴をあけてもらいました。普通に耳たぶに一個。
でもなんか大人になったような気がして(勘違いですが)すごく嬉しかったのを覚えています。
それから一年後の夏休みに一か月ほどイギリスに行ったのですが、そこで可愛いピアスがいっぱい売ってる店を見つけ、つたない英語で「ピアスの穴開けてほしい」と店員にお願いして左右の軟骨に五個穴を開けてもらいました。
しかし軟骨に穴を開けるっちゅーのは思ってたよりずっと激痛で頭まで痛くなるような痛みでした!
あの痛みは未だに体に刻みこまれてます。
当時は(16年前)まだ軟骨にピアスってのは今ほどメジャーじゃなかったから学校で隠すのがたいへんでした。
しかも私は地味な高校生だったのでちょっと不良っぽい目立つグループの女子たちから「そんなとこにピアスしてるの!?」と驚かれたりもしてました。
当時全盛だったルーズソックスなんて一度も履いたことなかったし化粧もしたことない、そんな私が両耳に8個のピアスというそのギャップに一人満悦でした(笑)
それから耳の穴の入口の出っぱった軟骨(分かりにくいかな?)に自らの手でピアスを開け、またある時は急に思い立ち、へそにも自分で針を使って一度に3つ穴を開けました。へそピアスは穴開けるのに結構力が要るからちゃんとした専門の男の人に開けてもらうほうがいいと後から聞きましたが。
自分で穴開けたもんだから3つのへそピアスのうち一個は体が異物をはじきだそうとする力に負けたのか、数か月で皮膚ごとブチっとちぎれてしまい、今や傷が残るのみです。今はバランス悪く2個並んでます(笑)
ピアス、一時期ハマってました。今じゃ付けるのさえめんどくさいですが。
マゾなのかしらん。
いや、でも人に叩かれたり痛い事されるのは嫌いだし。よく分からんけど 
初めてのピアスの思ひ出です。(ねこ)

(寸評)ピアス俺もしてみよっかな。
坊主頭の先端にくくり付けてハンガーの代わりにどこでもぶら下がれるっ! 7ポイント。


           トップに戻る