テキトー日記02年6月(2)
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6月21日(金)
田無へカメラ散歩。でも、「田無市」っていう地名もなくなっちまったんだよなー。「西東京市」って、なんなんだよー。西だか東だかどっちなんじゃーい! センスのかけらもねーしな。
市町村合併や町名変更すると、せっかくの味のある地名がどんどん消えていくんだよなー。造成地なんかでもミョーにメルヘンチックな名前で「ふれ愛こぼれる里」とか「夢の見える丘」とか、しょーもないキティちゃん感覚だぜ。
い、いや、別にキティちゃんは悪くないぞ。あっ、泣くなよ、キティちゃん。おじさんが飴買ってあげるからね。よしよし、キティちゃん。キティちゃんはいい子だっ、いい子だっ!
でもまぁ、それもまた時間が経てば「2000年前後に流行った名前」ということで懐かしさも沸くんだろうけどな・・・。時代ってえもんは。でも、どーも昔を知っていると、慣れなくていけねえや。な、八っあんや。
しかしこの町は猫が多かった。いっそ「猫東京市」とかにすれば面白かったのに。なんか、怪しくて良くない!?
夜は友達来て、マージャン。昔の俺は、人のチョンボを鋭い鷹の目でキラリと見逃さずに、
「ほほお、それでロンですか。おめでとう。・・・じゃ、フリテンですから、満貫払ってもらいましょうかい!」
「えっ!? あっ!! ウギャアーッ!!」
の声を聞くのが何より悪意溢るる楽しみだったのに、最近、全然人のチョンボに気づかなくなってしもーた。ポンしてるのに、リーチをかけてるアホリーチを見ても、まるで枯山水のようにしか、見えませんわ。
鹿おどしがコーンと鳴りますわ。ま、またひとつ、老人力がついた、ちゅうことでな。フォッフォッフォッ。
原田宗典「はたらく青年」読む。
6月22日(土)
西武柳沢にカメラ散歩。この町には、半年前位にもR君とやっぱり町散歩したことがあるのだけど、なーんかイメージが違う。結局「旅」なんてえのは、その時ひとりで行ったかふたりで行ったか大勢で行ったか、季節や天候はどーだったか、自分の体調や気分がどーだかとかの色んな要素で、見えるもんも感じ方も全然違うんだよなー。
だからよく人に「あそこいいよ~」とか勧められて行っても、行くと、
「はぁ・・・これか・・・」
というよーなこともよくあるしなー。ま、だから旅は面白いんだが。
江國香織「こうばしい日々」読む。
6月23日(日)
夕方、成田より台湾へ。台湾は4度目だけど、ひとりでの海外旅行はまだ二度目。浩ちゃんは強いんだ。な、泣くもんかっ!
空港からバスに乗り、台北に着いたのはもう夜12時近く。とーぜんホテルの予約なんかしてないので、飛び込み、ザッバーン。
「ハ、ハブ・ユー・ガット・ア・シングルルーム?」
ガイドブックに載っていた、ドミトリー以外で一番安い、いわゆるビジネスホテルに行ってみると、幸い部屋があり、ホッ。しかし1泊シングル1250元(1元は4円強。つまり5000円強)と、物価は日本並だニャ~。
ホテルに入る前に、一応コンビニエンスに寄っていったのだが(ちなみにコンビニエンスとマクドナルドは、日本よりも多いくらいにあふれかえってる)、缶ジュースが80~120円、おにぎりはちょっと安くて70円位、サンドイッチは160円ぐらい。また、ジュースやスナック菓子などは、7割は日本物。一応台湾語に直してあるのもあるが、そのまま「輸入品」として売られているものも多い。また、日本の大手100円ショップ「ダイソー」も進出していたが、これも「50元(200円強)ショップ」で、製品は同じなのに、日本の倍の値段だったもんなー。輸入品とはいえ。
ちなみに缶ドリンクコレクターとして言わせてもらうと、以前はほとんどなかった缶コーヒーが凄く増えていた。その分、地方色豊かないろんなフルーツのジュースは減っている気がした。ま、まだ「アスパラガスジュース」は健在だったが・・・。また、日本同様、ペットボトルの占める割合も多くなっていたことを、報告しておこう。
台湾のテレビはだいたい衛星なので、チャンネルがやたら多くて、80チャンネルぐらいある。日本語の「世界ウルルン滞在記」を見ながら、眠りにつく。
田辺聖子「乗り換えの多い旅」読む。
(学校の厳しい校則について)『圧えつければ噴出力はいびつに高まるのは知れたこと。反抗する力もなく、立場の弱い生徒たちを強制するのこそ、「いじめ」そのものではないか。学校の管理化システムが「いじめ」を生む元凶なのだ。無力な少年少女たちは反抗しつつも、学校が押し込む鋳型に填め込まれずにはいられないのだろう』
6月24日(月)
朝から気温は30度。まるきり真夏のカンカン娘。
本当は地元の屋台みたいなところで朝飯を、と思ってたが、そういう普通の食堂には冷房等なく、暑すぎてとても食べる気力がわかないニャ~。しかしマクドナルドやケンタッキーフライドチキンというのもなんだしなー、と思ったら「牛乳大王」という地元ファーストフードの店があったので、そこに「フヒェ~」と飛び込む。
ツナクロワッサン、パパイヤミルク、牛乳プリンというセットでブランチ。115元。500円位也。
それから「台湾の原宿」西門町へ。ドラえもん、ちびまる子ちゃん、キティちゃん、ピカチュウ、その他日本ではさほどキャラクターになっているとは思えない「COO」というジュースのキャラクターも、人形とかになってUFOキャッチャーとかに入ってたなー。
CDショップでは、V6、KINKI KIDS、TOKIOなどのジャニーズ系のポスターが前面に張り出されていた。浜崎あゆみとかも人気があるようだった。
後、漢方薬街の渋い迪化街などをアヤシク写真を撮りつつうろつきまわり、モノレールに乗って新北投温泉というところに。「滝乃湯」という古い公衆浴場へ。ここはまだ台湾が日本だった頃からあった浴場らしく、おそらくここで湯に浸かってから戦場に赴いた若者も多かったんだろーなー、と思うと、感慨もひとしお。おっさんと老人ばかりだったが、隙をみて、こっそり写真撮る。ドキドキ。
ところで、老人がひとり、風呂場の床の上に仰向けに寝ころんで長いこと休んでいるのだが、当然チンチンは丸見え。しかし、そのチンチンが・・・長~いっ! もちろん勃起をしているわけでもないのに、寝ころんだ姿勢で、玉袋と同じ位置まで垂れ下がっている!
これは普通では考えられない。もしやこの老人、さり気なく毎日ここに来て、みなの仰天するさまを見て、ひとり(ホッホッホッ)と悦に浸っているのでは!?
まぁ、それがその老人の生き甲斐なら仕方ないか。せいぜい長生きして、皆にその長いチンチンをほおれほれほれと、見せつけてやってくれや~。
そーいえば、その温泉の近くの公園の案内板に「防空壕遊技厠所」という表示があったが、どーいう意味なんだろー。「防空壕」「遊技」「厠所」の3つの一見関係なさそうな言葉の合体とは? 危険を回避する為にズダダダッと穴の中に潜り込み、そこでやおらヒャーヒャー遊びまくってから、小便ジョージョーする場所ということか? うーむ、シュールだ。
それから士林夜市をまわって、屋台などひやかした後、ふと「そーだ、忘れていたけど、司令官としては、あれをやらねば!」ということで、「二二八和平公園」という伝統のある公園に行き、悪の指令を実行する。人がけっこう多くて、ビビリションでした~。
晩飯はセブンイレブンで買った「國民弁当」40元、170円とこれは安い。内容は、ご飯の上に、豚肉、ソーセージ、ゆで卵半個、こぶ巻、大根のおしんこ、ザーサイ、しょうが。なんか「自分が生まれる前の懐かしさ」みたいな弁当だった。
ホテルで風呂に入ると、いきなり足の指をピーンとつる。ウギーと言ってる間もなく、今度はふくらはぎの筋肉がグワンと動いてこれまたつって、ひとりで風呂場で白目をむいてゴロゴロと悶絶。そーいえば、今日は外に10時間くらい居て、そのうち休んでたのは合計1時間くらいで、あとはずうっと歩きまわっていたもんなー。
普通、成人男子は1時間で4kmぐらい歩くから、9時間×4kmで36km。これは、中央線の線路の上を歩いたら、新宿から、中野、荻窪、三鷹、国分寺、立川を過ぎてだいたい八王子までの距離に相当する。そりゃ、足もつるわなーっ。
でも、よく考えたらマラソン選手って、もっと走ってるのか。・・・馬鹿だなーっ。
米山公啓「午前3時の医者ものがたり」読む。
6月25日(火)
台北から台中に列車で移動。2時間強。朝飯は、駅でコーンの入ったおにぎりと、おいなりさんを買って車内で食べる。質素じゃのー。
ホテルを決めてから、駅裏の「十二号倉庫」という若者の芸術村みたいなところを見学。
路地裏に行って、洗濯物を見学。
町に出て、廃墟になったビルを見学。
そして中山公園というところで、よぼよぼ歩く老人を見学。
その公園で、犬でも狸でもない生物をペットに歩いていたおっさんがいたけど、あれはなんだったんだろー? ・・・謎だ。
髪の毛がだいぶ伸びていたので、記念にもなるしと、安い美容院へ。
「オール・セイム・ショート・カット」
とか頭全体を差しながら言って、
「OK!」
とか答えてくれたのに、鏡を見たら、角刈りの上に、さらに左右に短いウサちゃんの耳みたいな盛り上がりがある。
「ノー! ノー! オール、セイム!」
とか言ったが、結局ウサちゃん耳は切ってくれたが、角刈りは直らない。
どうやら台湾に「丸刈り」というものはそもそも存在しないようなのだ。そういえば、町でも丸刈りにしている人は見たことがなかった。
もしくは、俺の頭は先が尖った「トンガリ頭」なのだが、俺はそれを自分の「売り」のひとつだと思っていたが、美容師のおねーさんは、
「あらあら、こんなに頭の先がトンガっちゃって。このトンガリをなんとか隠さなくちゃ! かわいそうに・・・」
といらぬ心配をかけてくれたのかもしれないが。とにかく、「丸刈り」をそのまま訳して、
「サークル・カット」
なんて言ったら、勘違いされてカッパのように頭のてっぺんだけ丸く刈られてしまったら、さすがに日本に帰ってから、
「『たまのランニング』も、とうとうそこまでイロモノになったのね」
と言われるだろーからな。
ま、角刈りならたまには日本男子らしいから、今月は「角刈り浩ちゃん」で、いいっか~。
ふー。でもやっぱり言葉がわからなかったり、文化が違うと、難しいなー。ま、でもそれが旅の面白いところなんだけど。
「飛騨高山ラーメン」(ギャルでいっぱい!)で遅い昼飯食べて、ホテルに戻ると、フロントから日本語の喋れるおばちゃんから電話。
「パパイヤやマンゴーあるから、食べにこない?」
俺は実はあまりフルーツは好きじゃないし、その時腹も減ってなかったので、
「あ、・・・眠いからいいです」
とか言って断ったが、後でふと考えてみたが、あれは果物のことではなかったのではなかったろーか。
中年男がひとりでホテルに泊まっている。わざわざ日本から来て・・・と言えば!
「パパイヤ・・・オッ、オッパパイヤ!! そしてマ、マ、マ、マンゴーーーーーーーー!!」
真偽のほどは定かではなかったが、
「野暮な客ね!」
と思われたかもしれないな。ま、いいけどさ・・・クーニャンかぁ・・・。ふーっ。
東海林さだお「行くぞ!冷麺探検隊」読む。
6月26日(水)
台中からバスに乗って1時間半、山の中の埔里という町へ。
バスのおっさんは、途中、俺しか客がいないのに、何事かベラベラ喋り続けている。俺に向かって喋っているのかも不明な「ひとり喋りは怖いよおっさん」で、ちょっとびびった。
さらに、途中2回もバス停と関係ない草むらでバスを止めて、俺にニヤリと笑いかけながら、立ちションジョージョーしていた。
そう、彼は「頻尿ジョージョーおっさん」でもあったのだ。
さてここは、何年か前の「台湾大地震」で一番被害が多かったところだが、町にはもうその痕跡は残っていなかった。
町の真ん中にある小さな公園では、おっさん達が昼間からたむろして、野外麻雀や囲碁に興じている、のんびりした田舎町だった。
有名な酒蔵があり、博物館も併設していたので見学。日本時代のポスター等あって、面白かった。
で、他は昔の器だとかまじめな展示物ばかりだったのだが、唐突にウイスキーかなんかの瓶を使った、意味不明なオブジェがあって、わけわかんなくて面白かった。
夜は台中に戻って、
「やっぱり地元の物を食べねば!」
とデパートの地下のフードコーナーみたいなところで、「饂飩(うどん)・餃子セット」というのがあったので、
「これだ!」
と頼んだら、何故か出てきたのは、水餃子と茹で餃子のセットだった・・・。
阿川佐和子「ときどき起きてうたた寝し」読む。
6月27日(木)
午後、台湾より帰国。結局、観光地には行かず、路地裏ばかり彷徨い歩いていたので、町では一回も日本人には会わなかったなー。
買った、もしくはかっぱらった、みやげもの。
缶ドリンク約30缶(ほとんどは現地で飲んでしまったので、空き缶)。ガラナ系のもの多し。
普通のプリン10個分ぐらいの、漫画に出てきそうな、馬鹿でかい巨大プリン。
柄のかわいい「野球」や「博士」のデザインのインスタントラーメン約10袋。
拾った古新聞。飛行機内の吐瀉物袋。ホテルの石鹸とひげ剃り。
普通の豆腐。普通の胡麻油。普通のラー油。ピータン。どら焼き。口笛糖。
普通のと思ったら、砂糖入りだった気持ちの悪いマヨネーズ。
成田に着くと、もう7月も目前だというのに、たまたま4月下旬並の気温とか。
電車の中、Tシャツに半ズボンの異様な風体は、俺ただひとりだった・・・。
小沢昭一・宮越太郎「旅ゆけば小沢昭一的こころ」読む。
6月28日(金)
BUBKAの取材で、大田区の京浜急行の梅屋敷へ。住宅街を昼間から屋台で練り歩くおでん屋がいい味だしていた。詳しくは次号のBUBKAで! って、まだ原稿書いてないけんども。
阿部譲二・新美敬子「猫のいいぶん、猫のみかた」読む。
6月29日(土)
雨。事務所で事務仕事。たま企画室に来るメールの7割が、わけのわからない韓国のダイレクトメール。何故なら、韓国にも「地球レコード」というレコード会社があるらしく、それと勘違いして送ってくるようなのだが、当然韓国語なのでさっぱり表示もされないので、ガシュガシュ「delete」連打するばかりなり。
でも中には、明らかな鼻血ドバドバブーッのエロもののメールもあり。(画像付きメールが多い)
一体、韓国の「地球レコード」はどんなCDを出してるんじゃーい!!
「中桐雅夫詩集」読む。
『これは十二円の卵、オムレツにするか、なまのまま飲むかは諸君の自由だが、まず割ることが大切だ、さぁ、未来へ向かって、この完成した形を割れ!』
6月30日(日)
東伏見をカメラ散歩。カラス除けの擬態カラスが多く、いちいち名前がつけてあって、面白い。
あと、異様に自転車のサドルにみな、スーパーの袋をかけている。もちろん他の町でも見たことはあるが、ここはやけに多い気がする。
「あら、お宅、サドル剥きだしザァーマスの?」
「いえいえ、新しいスーパーのに付け替えるところだったんザァーマスわよ。サドルには、やっぱりスーパーの袋が一番ザァーマスわね。おほほほほほほ。」
てなもんか。
松尾スズキ「ぬるーい地獄の歩き方」読む。
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