石ヤンのテキトー日記01年6月(1)

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6月30日(土)

 芝居稽古。今回の芝居は一部でSFXが使われることがわかる。「芝居でSFX?」それは見てのお楽しみじゃーい。

 本日を持って、たま企画室からマネージャーの溝端さんとスタッフのマニが辞め、10年前、現場マネージャーをやっていた渡瀬さんがマネージャーに復帰、スタッフに3年前まで事務員だった上杉さんが復帰することになった。新体制で、メンバーもその有限会社の取締役として、がんばらにゃーな。たよりない取締役の会社だけど、鶏口と為るも牛後となる勿れじゃーい。

 村松友視「七人のトーゴー」読む。プロレス小説。

6月29日(金)

 芝居稽古。いつも芝居の時は神主さんに来てもらって「お払い」をするのが常らしいのだが(前回の「薔薇と大砲」の時もやった)、今回はやらないとのこと。プロデューサーからその説明。なんでも、会場の青山円形劇場にはすでに「いい霊」が住み着いているらしく、除霊してしまうと、かえってそれを追い払ってしまうので、よくないことが起こることがあるそうだ。「いい霊」よ、しっかり長丁場の公演、頼んだぞっ!
 帰宅してから、すごろく旅行原稿書き。

 渡辺淳一「長崎ロシア遊女館」読む。医学の夜明けの短編集。

6月28日(木)

 朝日新聞取材。後、芝居稽古。稽古場で、中嶋さんがいつも椅子の上に「体育座り」しているので、俺もやってみようとしたら、前の机をゴゴゴーッと押してしまい、腹が出ていて出来なかったのが、プチ寂しかった。

 景山民夫「遠い海から来たCOO」読む。ジュブナイル・ファンタジーかと思ったら、ゴルゴ13や大薮春彦ばりのスパイ小説だった。

6月27日(水)

 芝居稽古。稽古は途中40分間ぐらいの夕食休憩を入れて、10時間ぐらいビッチリ。芝居自体は俺は好きだが、拘束時間の長さと、多少なりとも団体行動をしなければならないのが、はっきりいってちょっと苦手。でもたまにゃあ、こらえんと、しょうがないかー。

 ナイロン100゜Cの村岡さんが、たまのメンバーの台本ファイルとかに、メンバーが見ていないすきに、こっそりイチゴのシールを貼りつける「イチゴ大作戦」を敢行。教室で先生に見つからないようにこっそりいたづらをしあった昔日を思いださせて、ちょっと懐かしい。

 中島らも「獏の食べのこし」読む。

6月26日(火)

 芝居稽古。本番10日前、ようやく台本完成。しかしこの芝居が7月21日に終わって、8月末にはまた次の芝居の幕が開くという。ということは、通常稽古には1ヶ月はかかるから、全く休みなしでまた台本を書き上げて、演出もする、ということか。おーい、ケラさん、死ぬなよ~。

 中島らも「今夜、すべてのバーで」読む。

6月25日(月)

 稽古場で産経新聞取材。後、南青山マンダラでたまの月例会ライブ。この日のライブはハッキリいって、上手くいかなかった。もちろん手を抜いているわけではなく、というかむしろ、普段より余計に頑張ったくらいなのだが、空回りは一回始まると、カラカラと止まらないものだ。なんとなく、ライブ特有のノリのないまま終わってしまった。どーも、体が「芝居モード」になっていて、咄嗟にミュージシャンに戻れなかったよーな、変な感じ。天からの嫌がらせか、マイクにゴキブリもはさまったしな。ま、こういう日もあるさ。しぼまないでガンバロー。

 川端康成「花のワルツ」読む。

6月24日(日)

 明日のライブの為の、たまのリハーサル。ライオンメリィさんと。

 佐々木聖「多摩川なまず旅」読む。

6月23日(土)

 芝居稽古。帰宅後、すごろく旅行原稿書き。原稿書かなくちゃー、と思いながら、ハッと気づくとプロック崩しとか汗みどろになって「ウオーッ」とかやっている。仕事をするのと同じパソコンで、ゲームが簡単にダウンロード出来ちゃう時代というのも、考えものだよなーっ。

 立原正秋「ながい午後」読む。

6月22日(金)

 芝居稽古。駅から来る時、ホームで知久君、途中の煙草の自動販売機の前でGさんと逢ってしまい、3人で雁首揃えて入っていく。不思議なことに、他の役者さんにはまず会わないのに、メンバーとはしょっちゅう会うんだよなー、何故だ!? 俺たちは「仲良し子よしの3人組」かっ!? なんか、嫌だな・・・。

 アツヒロ君に、
「ジャニーズの人は、太っちゃいけないから、甘いものとか食べないの?」
 と馬鹿な質問をしてみる。と、
「そんなことないっすよー。管理も、昔は厳しかったらしいけど、今は全然自由ですよー」
 とのお答え。そうなのか。フムフム。って、俺は女性週刊誌の記者かーっ。そういえば、差し入れのおにぎりも、アツヒロ君は6個ぐらいペロリッと食べていたからなー。若いなーっ。

 夜は自宅でストップウォッチでR君と「目をつぶって10秒をピッタリ当てましょうごっこ」をして遊んで燃える。夜の営みもしないで、そんなことばかりやってる馬鹿夫婦。ま、そんな夫婦さ、俺たちは。

 小林信彦「紳士同盟ふたたび」読む。

6月21日(木)

 芝居稽古。中嶋さんが、手作りのおいなりさんを、全員に差し入れしてくれた。しかも古代米を使って、見た目も整然とすごくきれい。さすが、子育てのエッセイを出したおかあさんだけあるな。エライなーっ。

 終了後、メンバーで熊本料理屋で、からしレンコンとか食いながら打ち合わせ。熊本料理屋なのに、カナダの山のポスターは、意味わからんな。熊本なら、天下の、世界一のカルデラ、阿蘇山を貼りんしゃいっ!! 余計なお世話かもしれんがなっ。

 長野まゆみ「夜間飛行」読む。

6月20日(水)

 芝居稽古。アツヒロ君(元・光GENJI)と
「『紅白』以来の共演だね」
 とか話していたら、中嶋朋子さんが
「凄い会話しているわねぇ」
 と笑っていたが、あんただって、『北の国から』の螢ちゃんじゃないか!
 俺は「姿はおっさん、心はおばさん」のミーハー人間なので、有名人には、一般の人と同じよーに興味があるんだよねー。やっぱりついつい色眼鏡で見てしまうしなー。「ジャニーズの人かー」とか。だんだん親しくなるにつれてお互いの正体も分ってきて、「なんだ、みんな、普通の人と変わらないジャン」になるのは分っていても、とりあえずは、興味津々、女性週刊誌魂。

 スタッフの女の子が
「石川さん、冷たいお茶、飲みますか?」
 と聞くので、
「いただきます」
 といって、ひとくち飲むと、納豆の味。でも、最近はお茶もいろいろあるので、
「んっ・・・!?」
 と思うが、もうひと口。でもやっぱり完全に納豆の味。納豆茶なんてあるのか!? と思い、隣の知久君に、
「これ、変じゃない?」
 と聞くと、
「完全に、腐敗してるじゃないっ!!」
 の声。そーかー納豆茶じゃないのかー。で、スタッフの子に、
「あの、これ、腐ってるみたいですよ・・・」
 と言うと、
「えっ!? 麦茶って、いつまでも、もつんじゃないんですかっ!? これ稽古初日(1ヶ月近く前)からずっと冷蔵庫で冷やしてあったんですけど・・・。」
 ・・・グッ、グエーッ!!

 景山民夫「転がる石のように」読む。

6月19日(火)

 芝居稽古。だいたいお昼から、夜の9時、10時頃まで。20年以上ぶりに定期券というものを買う。どれだけ同じ場所に通うことがなかった日々だったか、わかるな。今回の俺の人生は、まともな社会人にはならなかった人生だったということを、如実に物語っているな。

 崎山克彦「何もなくて豊かな島」読む。定年後に、フィリピンの島をひとつ買って、住み着いてしまったおっさんの本。男のロマンだなぁ。

6月18日(月)

 スタジオにてレコーディング。帰りの電車で、乗り換えの時、ひとつだけ席があいているのがみえたので、脱兎のごとくそこに座ると、隣には島田さん。前にR君とクニちゃん。

 見川鯛山「山医者のうた」読む。

6月17日(日)

 スタジオにてレコーディング。暑いので、晩飯がてら、メンバーで一杯いくことに。近所の「小太郎」という居酒屋にて焼き鳥でビール。カウンターだけの狭い店だったのだが、ここで不思議だったのが、店の貼紙。「アサヒスーパードライ おすすめ! ナナ」とか「ドアに寄りかからないでね byマキ」とか書いてあるのだが、厨房にいるのはむさいおっさんがふたり。女の子がパートにくるような感じの店でもない・・・ということは、このオッサンが、ナナちゃん、マキちゃんなのか!? 親父、無理があるぞい・・・。

 作業待ちの時間、久しぶりに斉藤君、Gさんと事務所で麻雀。ひとり負け。クソ~。自宅に帰ってから、すごろく旅行原稿書き、シコシコ。

 椎名誠「続・岳物語」読む。

6月16日(土)

 とある企業の展覧会に、ニヒル牛のお店ごと参加してほしいとの打診で、打合わせ。後、八王子のスタジオで8月に出すマキシシングルのレコーディング。

 古本屋に行くと、とある出版社の本が新刊で投げ売りに。倒産したのだろうか。6000円以上するアラーキーの写真集が200円。思わず衝動買い。

 椎名誠「岳物語」読む。

6月15日(金)

 「害虫」の試写会。築地にて。しかし公開は来年2月頃だとのこと。映画というものは、完成から公開まで随分時間のかかるものなんだなー、と実感。自分の出ているシーンは、でかいスクリーンだと不思議な感じ。久しぶりに塩田監督、宮崎あおいちゃんらとも会う。
 後、青山で芝居稽古に。

 森瑶子「女ざかり」読む。

6月14日(木)

 ぴあ、演劇欄で取材。後、稽古。新人君達に笛を教えなければならないのだが、笛は俺も、毎回ピョ~といってしまわないかと、ビクビクで吹いてるほど苦手なので、ひと苦労。あぁ、そんなに「先生!」ってな目で俺を見ないでくれ~、と冷汗。

 帰り、飯でも食っていこうかとひとりで西武新宿駅前あたりにいたら、いきなり女の人が俺の後ろにガシッと回ってきて、
「助けて!」
 と、俺の背中に貼り付く。と、むこうからチンピラ風の男がやってきて、
「なんだ、オメーは!」
 どうやら痴話喧嘩に巻き込まれてしまったようだが「なんだ、オメーは!」と言われても、
「えー、わたくし、バンドをやっているもので。通称、『たまのランニングの人』・・・御存知ないでしょうか?」
 などと答えるわけにもいかない。というか、なんで俺が自己紹介せにゃならんのじゃいっ!
 かってに女の人が俺の後ろに隠れているだけで、なーんも事情もわからんわい。ってことで、
「まぁまぁ」
 とか言って舌打ちしている男をなだめ、女の子には
「仲良くしなよ」
 とか言って、ようやく落ち着いたように見えた。
 ところがそれから2,3分後、俺が近くのマクドナルドで注文をしようとレジに並んでいると、なんとまたさっきの女の人が走りこんできて、俺の後ろに隠れた。おいおいおい。と、思ったら、また例の男が。これじゃ同じ展開じゃーっ。と、今度は男は店内の植木とかをなぎ倒し、わめき声をあげ、本格的戦闘体制。まわりも騒然となった。こりゃマジでやばい。暴力に巻き込まれるのは、痛いからイヤダヨー。チンピラっぽいなりだけど、まさかチャカ(拳銃)は持ってないだろーな。ビクビクビク。マクドナルドの若い店員達も、怯えるばかりで何もしない。そこで俺は落ち着き払って(本当は落ち着いた振りをしてただけだが・・・)
「警察に電話しなさい!」
 と店員に指示。あわてて警察に電話する店員。
 と、怒り狂っていた男だが、
「チッ!」
 と舌打ちして、行ってしまった。
 結局それでなんとか事態は収拾した。
 しかし、俺はそんなに頼りがいがあったと見えたのかい、ベイビー!?
 それとも、ただ単に腹がでかいから、隠れやすかったというのでは。・・・まさかな。

 清水義範「イエスタディ」読む。

  6月13日(水)

 芝居稽古。「たま通信」取材。後、早く終わったので、西荻のニヒル牛へ。R君、マニと「ムーハン」でごはん食べてたら、チャーハンのへりに残ったご飯をうまくすくえないマニが「もう、いいやっ!」と言ったので、あきらめるのかと思ったら、いきなり手づかみで猛然と食べ始めた。しかも恋の話しなどしながら、にこにこと・・・。こんな野生児・マニも今月いっぱいで我が社を退社するので、せめても奢ってやる。

 桜井亜美「トゥモロウズ・ソング」読む。

6月12日(火)

 産経新聞のニヒル牛の取材を受ける。これはその後掲載紙を見たら、1ページの半分以上の紙面を使った大きな扱いだった。どうやらニヒル牛が「ありそうでない店」だったことを改めて感じた。駄菓子屋風アート雑貨店。まだ遊びに来ていない人は、ともかく一度どうぞ!

 後、芝居稽古。今日はおもにたまのメンバーだけ別室で、劇中に使われる曲のアレンジがためなど行う。

 ニヒル牛に田村信さんから箱を借りたい旨、連絡がある。田村信さんといえば、学生時代「できんボーイ」とか、かなりはまって読んでたからなー。チモモーッ。嬉しいな~。

 チチ松村「顔面採集帳」読む。

6月11日(月)

 舞台「室温」稽古、本格的に始まる。俺は老人役。3つしか年の違わない知久君は、子供役。なんでじゃいーっ! ってことで、映画に引き続きまた髭を伸ばすことに。一応「ホラー」と銘打っているが、そこはケラさんの作品。ナンセンスが随所にちりばめられること、必至。

 世界の車窓研究会編「鉄道の旅を楽しむ本ーアジア大陸編」読む。

6月10日(日)

 フロムエー連載の、「すごろく旅行記」の取材。一日小田急線に乗る。パンク少女の家に遊びにいったりして、面白かった。

 宮尾登美子「成城のとんかつやさん」読む。

6月9日(土)

 今日からびっちり芝居の稽古じゃー、と思ったら演出のケラさんの体調が優れず本日はお休みに。ケラさんには悪いが、帰国して1日余裕が出来て、ほの嬉しい。漫画喫茶に行って明日のすごろく旅行のクジを考えたり、たまっていたメールに返事など書く。古本屋で、つげ義春の文庫本が30円で売られている。同じ本を単行本では持っているのだが、「30円なんて可哀相・・・」と買ってしまう。

 椎名誠「土星を見る人」読む。

6月8日(金)

 成田より帰国。まずは「餃子の満州」で冷やし中華と餃子で日本を感じる。後、図書館行ってバリのガイドブックを返し、漫画喫茶で週刊誌読んで、日本の現状を憂う。

 小林信彦「超人探偵」読む。

6月7日(木)

 朝から、コレクションの缶ジュース買いにスーパーめぐり。10年前来た時には、ほとんどスーパーなんてなかったのに、いまじゃショッピングセンターだらけなので、興はそがれるが、コレクターには都合良し。しかしだんだんデザインも垢抜けてしまって、センスの悪い奇抜な缶がいまひとつないのが、ちょっと残念だった。あぁ、またバッグが重くなるーっ。

 午後、ふと、部屋から柵の向こうに見えるとなりのホテルのプールを覗いてみたら、黒人の女の人が、トップレスでチェアーに寝そべっている! すぐに近くにいた滝本隊員、溝端隊員に「緊急事態発生。緊急事態発生。全員集合!!」と小声で召集をかけるや、皆、忍び足で現場に急行し、竹で編んだ家具の隙間から、6つの目でその素晴らしきオッパイを極秘偵察する。
 でもなんかちょっとツヤツヤと健康的すぎて、陰微な感じがないなー、とか思っていたら、急にこちらを振り返られ、あわてて「やべえ、やべえ」とゴキブリのように「ンススス」と匍匐退却する。
 そんな淡いプチ思い出を自分へのおみやげに、夜、バリのデンパサール空港から帰途に着く。

 青木雄二「人生道」読む。

6月6日(水)

 プール入って、マッサージしにいって、飯食って、寝て、おしまい。他にはほとんどなにもしない。リゾートの、基本だね。

 ホテルの図書コーナーにあった、ビートたけし「たけしくん、ハイ!」読む。

6月5日(火)

 朝、豪雨。雨は部屋には入ってこないが、さすがに吹き抜けの部屋なので、雷なども鳴ると、すごい迫力。これぞ南国という気分。寝ぼけ眼の中、大いなる篠つく雨の音に我が身をおいて、その水にシュワシュワと流される幻想を楽しんだ。

 昼は和食の店に。ホテルのあるのはスミニャックという町外れの地域だが、徒歩で行ける範囲に3軒も和食の店があるのは、さすが日本人御用達のバリ島、といったところか。しかしはっと気づくと、寿司とカツ丼を同時にオーダーしている自分がいた。やはり日本食に少し飢えていたのかもしれない。「うぉりゃー!!」と残さずむさぼりつき、太鼓腹にますます磨きをキュッキュッかけた。いっとくが、俺の太鼓腹は本当に太鼓腹だぞ。触っても、ピーンと皮が固く張られていて、いわゆるタプタプ腹とは一銭を画しているからな! これは本当だぞ。・・・といってもいきなり触るなよ! もしも「どーしてもそんな太鼓腹を触ってみたい。触れなければ死んでしまう!」という人のみ特別に触らせてあげるから、その時は事前に俺に許可を取るよーに。

 夜はケチャというバリの伝統芸能を観に、ウブドへ。実は俺は20年ほど前、このケチャというのをやっていたことがあるのだ。といってもバリ島ではなく、日本でだ。当時、1年間程だけ「芸能山城組」という異色合唱団の団員をやっていて、そこでこのケチャも習得、何回かの公演もこなした。さて、今回はその本物を初めて目にするわけで、俺も期待が高まった。
 しかも今日は満月の夜だけ行われるという特別なケチャ。会場の広場に集まり、その時を待つ。と、割れ門を背に、突如の松明の乱舞。どうやら今夜の演目は、猿同士の戦い、ということらしい。裸火が飛び交い、なかなかの迫力。子供も参加している。驚いたのは「客いじり」があったことだ。ひとりの猿の役の人がさり気なく客席の開いている席に座って隠れたり、それをおいかけてきたもうひとりの猿の役の人が「クワーッ」と脅していたと思ったら、突然客に果物をプレゼントしたり。ほどよいラフで臨機応変、しかし決めるところはバシッと決める。これぞ芸能の原点。さらに、芝居と音楽と、美術的な要素が渾然一体になっている。形は違うが、俺のやりたい事にある種とても近いものだった。終わったあと、無気味な猿のメイクをしていた主役のおっさんが、自転車でメイクのまま「やれやれ、終わった終わった」とヒョロリ~と帰っていく姿も良かった。

 夜中は、日本からなぜかやって来た栗コーダーカルテットの川口君達と合流。と、ホテルのオーナー、ドラムさんが「イイトコツレテキマッセ。オー、オンナノヒトハダメネ。オトコダケネ」ということで、着いたのは、サヌールのバー。どーやら、横に女の子がついて、気に入った子がいれば、本来テイクアウト出来るような店らしい。が、もちろん俺たちはホモなので、テイクアウトの線はない。・・・って、ホモは嘘だが、風俗は苦手な情けないフニャチン男たちばかりだ。しかし店自体陰微な感じは全然なく、カラッと庭のテラスでその元気な女の子達と一緒にビールを飲んだ。しかし、彼女たちも俺達程度の英語しか喋れないので、なかなか何を話していいかわからない。そこで、ひとりひとり見た印象でニックネームをつけてもらうことにした。まず、俺はなんと「ハンサム」・・・別に皮肉っぽい感じではなく、まじで言ってるんですよー、みなさん。もう一度太字で書いちゃお。俺はバリでは「ハンサム」ですからね~。俺、バリに住もうかな~。
 そしてPAのオマちゃんは「スモール・ボディ」ということはずばり、チ・・・いやぁ、南国の人はストレートだなぁ。俺のハンサムみたいに。マネージャーの溝端さんは、口髭があるせいか「シャチョー」川口君はさらに顎髭もあるので「ジーザス」そして、最後はGさん。俺がハンサムならGさんは一体!?「・・・ブラック・スイーツ!」黒くて甘い・・・。これはハンサムより勝ちなのか? 負けなのか? というか、どーいう意味なんじゃいっ!! 最後まで、謎だった。
 ちなみにこの手の店だし、ビールの他にアラックという地酒なども飲んだので、ある程度取られると覚悟していた。バリ初日のカラオケがひとり2000円取られたしな。で、おそるおそる聞くと、なんとひとり200円! うーむ。女の子が横について、俺なんか肩まで揉んでもらって、このお値段。ウホッ! やっぱ、バリは楽園っすな。

 清水義範「ナウの水びたし」読む。

6月4日(月)

 みんなはプールで遊んだり、夜は螢を見にドライブに行ったけど、俺だけすべてパスして、ひたすら昼寝と読書。竹の椅子にフカフカの座布団が敷き詰められた、とっておきの休憩室を占領。ふにくりふにくらー。
 さて、本当はレコーディングの予定もあったのだが、ファンサービスをしてほっとひと息ついたら、とてもそんな体力が残っていないことに気づき、せめてオマちゃんにSEで使えるような町の音を録音しといてもらうように頼む。

 昼飯はパタン(スマトラ島)料理の弁当をテイクアウト。これがバナナの葉に包まれた、肉、卵、野菜などが米と一緒にグチャグチャに混ざっていて、激ウマ。スプーンもついているが、手でこねくりまわして食べる方がさらに趣きがある。約150円也。庭に設えた風通しの良い東屋のようなところで、むさぼり食う。

 ネパールの国王一家残殺の情報を知る。これは俺達にとっても全く無関係な話しではない。去年、俺達はネパールで公演をしたわけだが、そこには共演もし、主催もしてくれた「ナマステ・バンド」という日本とネパールの合同バンドの存在があった。しかるに、このバンドのギタリストが、それから数カ月後、交通事故で死亡したのだ。その事故の加害者が誰あろう、今回の事件で何故か助かって新国王になった人の息子なのだ。しかも当時から交通事故揉み消しも計ろうとして民衆に弾圧も受けていた本人が、現国王の息子なのだ。真相は闇の中だが、きなくささがプンプンする事件であることは確かだ。

 桜井亜美「ヴァージン・エクササイズ」読む。

6月3日(日)

 昼間はファンの人らと、マッサージや買い物に出かける。マッサージ1時間終わって出てきたら、時間差で今から入った人もいる、という話しを聞き、すかさずマッサージの「おかわりっ!!」。ちなみに1時間は約500円だ。1000円(100000ルピア)払って2時間たっぷり揉まれて、これぞ極楽なり~。昼飯をゆっくり食べ、再びスーパーへ。俺は恒例の缶ジュースコレクションの他、ベビースターのバリ風味や、誰かにいやがらせしようとドリアン飴など買う。

 夜、ファンの人らと空港でお別れをしてから、料金的には5分の1くらいのホテルにお引っ越し。ここはガイドブック等にも一切載っていない隠れ家的なホテルで、メンバー、スタッフで一軒家を貸しきり状態。俺は二階の部屋だったのだが、二階には3つのベッドが置かれていて、はっきりとした部屋の区切りはないものの、大きな竹の置物でそれぞれ仕切られていて、そこに蚊屋を吊ったキングサイズのベッドが広々とおかれていてとても気持ち良い。開放的な作りで壁もなく、といっても、もちろん雨はしのげるように工夫されているので、天然の涼しい風がヒューヒュー通り抜けて気持ち良い。基本定員5名に対して、オーナーひとり、ボーイさんが3人もいるので、ケアも行き届いており、とても清潔でのんびり過ごせそうだ。

 晩飯はオーナーに連れられて近くの「ゴア2001」という音楽ガンガンの店に行き、みんなでビール飲みながらユラユラ揺れる。と、オーナーが店の人に言って、何かCDを買っている。レストランでCD?と思ったら、なんとこのお店で今かかっているいわゆる「ゴアMIX・DJ」のCD-ROMをその場で作って売っているのだった。もちろん違法なんだろうが、そこはそれ、南国なのでマイペンライ(気にするな)って、それはタイ語か・・・。

 群ようこ「本棚から猫じゃらし」読む。

 夜中の夢。このホテルの裏の路地を歩いていると、日本の昔のおもちゃばかり扱っている店の看板が出ている。「うわぁ」と思ってウキウキと、とても嬉しくなる。

6月2日(土)

 昼間は、ツアーに参加してくれた人のプレゼント作り。プレゼントはメンバー3人がそれぞれ別の物を送ろう、という事を事前に決めておいた。俺は現地でみつけるチープおみやげセット、Gさんは海辺の小石に絵を描く、知久君はファンの人が帰宅してからしばらくしてから届くエア・メールと。
 で、俺はおみやげなので、早速スーパーマーケットにリュックを背負って買い出しにいく。結局、おひとり様づつに、『バリ風洗濯ばさみ16ケ入りセット・石鹸・プラスチックの型抜き12ケセット・バリコーヒー・忍者の絵の描いてある手裏剣型スナック菓子・しょうがのお菓子・ピザ型グミ・チリソースの小袋18ケ詰め・「また遊ぼうね」と直筆で書いた絵はがき・そして限定5名様だけ、俺がこの旅の間に読んだ文庫本』というラインナップ。ちなみに・・・お金はひとり200円ぐらいしかかかってないが、とにかく、背中にリュック、両手にパンパンのビニール袋。それをヒーコラ運んで部屋で1時間かかって仕分けして、ビニール袋に入れる。でもただ入れるだけじゃオシャレじゃないので、庭に生えていた葉っぱを引き抜いて袋の上にちょこんとつけて、我ながらちょっとオシャレになったとぞい、と思っていたら、夜、それを渡す時にはすっかりその葉っぱがしおれていて、しょぼくれていた。くそおっ、アイデア倒れだ。バッタリ。

 ともかく夕方からはフェアウエル・パーティ。ホテルの中庭で宝探しをしたり、ディナーの時にイントロ当てクイズをやったり、質問コーナーに答えたり、もちろん1時間あまりの、リクエスト・ライブもやった。現地のウェイターさん達に受けがよかったのが、面白かった。

 さて、夜10時を過ぎ「旅行会社が受け持つ正規のアトラクション」はここまで。しかしもちろん最後の夜、お楽しみはこれからだ。それからプライベート・ビーチに出て、砂浜の上で、メンバーがそれぞれ弾き語りのライブをリクエストに答えてポロロンポロロンと生声でやる。知久君が頭につけるライトを持ってきたので、それでスポットライトとする。俺もGさんの曲にリードギターをつけたりと、普段のライブではなかなか出来ないラフな感じでやる。
 さらに小雨が降って来たので、プールサイドの屋根のあるところに移動して、そこでもまったりとしながら昔の曲など歌う。結局、おひらきになったのは夜中2時をまわっていた。近くにいた犬も、一緒に移動してきて、クターッとしながら、聞き惚れていた。夜中の南国の海の音と音楽。空にはムーンと星々。ファンの人も満足してくれたんじゃないかと思う。

 色川武大「引越貧乏」読む。

6月1日(金)

 バリ3日目。ウブドという山間の絵画の町に観光バスでみなで出かける。町に入る入り口のところで、友達の松本秋則さんの野外個展がちょうど開かれているので見に行く。松本さんは俺の20年近い古い知り合いで、音の出るオブジェを作り続けていて、最近は海外でも多くの個展を開いていて、今回もその一貫だ。着いてみると、竹で出来た5~7mぐらいの祭りに使いそうな塔のような形で、オブジェが100m四方ぐらいの田んぼの中に数十本も立っていて、なかなかに壮観だ。中に笛が仕込んであり、風が吹くとそのあたり一面が笛の音で覆われる仕組みらしい。しかし残念ながら、今日は無風。仕方ないので、その前でしょぼたまで「326」を生演奏。犬のウォーンウォーンという遠吠えも、いいSEだ。

 ウブドの町は、10年前に来た時と比べてやはり観光地化の波はそうとうにヒュルリとふき荒れていた。去年のネパールもそうだが、小奇麗な商店が増え、さらに車やバイクの排気ガスも増えていて、どこも「観光ブーム」が来ると一変してしまうことを思い知った。「素朴なのが味」だったのだが、その一番大事な部分が雲散霧消してしまい、ちょっと悲しくて涙ポロリだなー。  アジアなら、まだあまり人が訪れていないミャンマーやラオスあたりに、早く行った方がいいかもしれないなー。といっても、どこの国でもあくまで変化の激しいのは「観光地」だけなので、その隣の町まで行けば、案外懐かしい風景が残っていたりもするのだろーが。

 夕食は、子豚の丸焼きというものを初めて食べた。味は普通の豚肉だったが、皿に盛られた黒焦げの子豚の顔が、丸焼けなのにこっちを笑顔で見ていて、やっぱりちょっと怖い。

 夜中は今日もホテルのプールでファンの人々と騒ぐ。ボールや浮き輪も用意して、ウキャウキャ遊ぶ。俺はお得意の、絶対に溺死しているようにしかみえない「溺れ泳ぎ」を披露する。尚、「溺れ泳ぎ」は正確にはちっとも前に進まないで、顔面をつけて水に漂っているだけなので「泳ぎ」ではないのだが・・・。

 そういえば、プールにいく前に、とある女の子が、
「あたし生理なんだけど、タンポン初めて使うんだー。うまく入るかなーっ!!」
 と俺に聞く。・・・そんなこと、俺が知るかーっ!!

 森瑶子「プライベート・タイム」読む。


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