石ヤンのテキトー日記00年11月(1)

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11月22日(水)

 スタジオにてMIX、リハーサル。

 ライオン・メリィさんは俺より年上だが、いつまでも髪はふさふさだし、お肌も感性も若い。
「メリィさん、若さの秘けつは!?」
 と聞くと、
「顔を洗いすぎないこと。洗いすぎると、油分まで全部落ちてしまうので、老化が早い」
 との御返事だ。みんな、オイルは大事だぞ。まぁ、昔から油っこい健康に悪そうな物ばかりむさぼり食ってきて、「オイルタンク」と異名を取る俺は大丈夫だろーが。そして、「垢」だってある程度は、意味があってついていることも知っとかないとな。

 加藤華織・豊岡由香の「アイスランド何処ドコ紀行」読む。アイスランドとグリーンランドは、実は政治的な取り引きの関係上、名前とイメージが逆なのだ。確かにどちらも寒いことには変わりないが、アイスランドは火山もあり、人の住める国であり、グリーンランドは不毛の氷土だ。しかしバナナまで栽培されているとは、初めて知ったなーっ。

11月21日(火)

 スタジオにてMIX。

 原一男・疾走プロダクション編「ドキュメント・ゆきゆきて神軍」読む。ドキュメントの映画を撮る、ということのむずかしさが、あらためてわかる好著。しかし奥崎謙三(天皇にパチンコ玉を撃った人)がドキュメントでありながら、結構自分は演技をしているつもりなのがおかしかった・・・。遠くで見ている分にはいいが、近い存在になったら、やっぱりちょっと困る人だろうなぁー。

11月20日(月)

 スタジオにてMIX、打ち合わせ等。

 江川晴の「老人病棟」読む。そういえば、俺の友達の父親が亡くなる寸前、友達に向かって、
「俺の女はどこだ!?」
 と聞いてきて、ドキリとしたことがあると言っていた。たぶん少しボケが入っていたのだろうが、今まで父親、母親としか認識していなかった関係が「俺の女」という言葉で、全く新鮮な感じで受け止められたという。確かに母親は父親にとっては「俺の女」だろうが・・・。むむむ。

11月19日(日)

 スタジオにて突然段ボール、おにんこのみなさんとリハーサル。後、西荻・ニヒル牛へ。すっかり店もクリスマスの装いになっている。くす美さん・島田さん・オカヤン(義母)が中心になって、楽しく飾り付けしているようだ。
 パスカルズのリハーサルを覗いたあと、帰宅、すごろく旅行原稿書き。

 赤瀬川原平「ライカ同盟」読む。
『とにかくときどき冗談を服用することで何とか生活をつないでいるような状態であるが、一方、宗教には冗談がない。はたから見て滑稽で冗談じゃないかと見えることも、信仰の本人たちにとっては冗談などではなく、とても真剣なことなのである。そうすると私にはムリだ。私は冗談によって救われているわけで、それは宗教よりも良く効く薬なのだ。』

11月18日(土)

 朝、柳ちゃんの夢を見る。たま脱退後、一度も会っていない柳ちゃんだが、夢の中に出て来る回数は、メンバーだった頃より増えている。最初は、「やっぱり、戻ってきたよ」というものが多かったけど、さすがにこの頃は「久しぶりに一緒にセッションして、お客を驚かせようぜ」というものに変わっている。さぁ、現実にはこの後、共演したり、ましてやメンバー復帰はあるのだろーか!? それは、神のみぞ知ることだな。

 スタジオにてMIX作業。最近、俺とGさんの間で流行っているのが「デミタスコーヒー」。スタジオの近くの自動販売機で買えるのだが、何故かここ数カ月ほど、一回のボタンで2個出て来るのだ。商店の目の前だったりしたら悪いと思って返したり、おやじに注意したりするのだが、なにもない道っぱたにある自動販売機なのでどーしよーもない。今夜も2本、いただきでーす。これについてはGさんのさらにおかしい体験談もあるのだが、Gさんがファンクラブの会報に書くというので「石川さん、俺のネタなんだから、先に(この日記とかで)書いたりするなよ!」と言われているのでここでは書けませーん。興味ある人は、ファンクラブに入ってしまうが良い!! そしてそのもっと愉快な話を読んでしまうが良い!!

 丘真也の「在日ニッポン人の冒険」読む。「在日ニッポン人」というの、いいよな。

11月17日(金)

 朝、FM大阪にてラジオを一本収録してから、地下街で辛い「インディアンカレー」を食べてから、京都の南に向かう。今回は車がないので、電車での移動なのだが、「しょぼたま」と言えどもパーカッションセットはそれなりに重く、マネージャーとふたりでエッチラオッチラ鞄をかついでいく。

 同志社大学京田辺キャンパスの講堂にて、しょぼたまライブ。「溶解論」等の著作もある、遠藤徹先生が呼んでくださった、「ポピュラーミュージックの実際」の授業がらみのライブ。といっても、こちらのやる事はいつもと変わらずのお馬鹿なステージ。学生さんよ、「ポピュラーミュージックの(ちょっと特殊な)一例」として勉強してってくださいなー。何の役に立つかは、知らんけどねーっ。

 帰りの新幹線は混んでいて、名古屋まで座れず。楽屋に余っていたサンドイッチをビールで流し込み、ほっとひと息つく。

 伴田良輔「独身者の贈り物」読む。「ペットファスナー」「夜這いウェア」「玉かくし」など性具のパロディ・カタログ。馬鹿馬鹿しくて、よろしい。

11月16日(木)

 新幹線で大阪へ。
 ライブハウスの隣の鄙びた食堂に、メンバーで入り、全員でカレーライスをたのむ。と、昔懐かしい「カレー南蛮のカレー」だった。テーブルの上には金魚鉢があり、その中の金魚がフンをお尻からずっとたなびかせているのを鑑賞しながらカレーライスを食べた。「金魚のフンみたいにくっついて」は言葉では知っていたが、こんなにまじまじと本体から離れずにくっついているのを見たのは、実は生まれて始めて。ちょうどカレーライスを食べ終えた頃、自然にフンは水中に落ちていった。

 「レインドッグス」という初めてのライブハウスでしょぼたまライブ。二階席もあって、なかなかやりやすい小屋。

 近くの居酒屋で打ち上げをし、レインドッグスに戻ってまた飲み、さらにホテルの部屋でも飲む。知久君に「徒歩旅行」(背中の上を歩いてもらうマッサージ)してもらう。

 宮元啓一「日本奇僧伝」読む。日本の変わった僧を紹介したものだが、行基は牛や馬にも説法するし、行叡は数百歳も生きているし、陽勝という人に至っては、『身体に血肉なく、妙な骨組を持ち、尋常でない毛に覆われていた。そして、身体から両の翼が生え、まるで麒麟や鳳凰のように大空を駆けていた』って、それはもう僧でもなんでもない、ただの化け物じゃーっ!!

11月15日(水)

 アルバムのMIX作業。休憩時間に、俺がセールで100円(!)で買って来た「カステラ」のビデオ見る。デビュー前後に何度か共演したことのあるバンドで、歌詞がなかなか面白いぞ。ちなみに現在、ボーカルだった大木君は「トモフスキー」名義で活動している。

 勝谷誠彦の「旅。ときどき戦争」読む。西原(理恵子)さんの漫画では「カツピー」と呼ばれてからかわれていた人。もーちょっと肩の力を抜いて書けばいいのになー、と思う。

 ビデオで東陽一の映画「絵の中のぼくの村」見る。絵本作家の田島征三・征彦のふたごの兄弟の、子供の頃の風景。田島征三さんは、まだ「たま」がアマチュアだった頃、ライブを見にきてくれて、打ち上げの時にぽんと1万円置いていってくれた人。その頃の打ち上げのひとり頭の相場は1500円前後だったので、「さすが大人~!」と妙に感心したものだった。

11月14日(火)

 アルバムのMIX作業。MIXはトラック・ダウンともいい、要するに、録ってきた音をまとめる作業。どの楽器をステレオ上のどの位置に配置するか。音量や音質は。エフェクターはかけるのか。フェイド・アウトかカットアウトか。いらない音は除去するのか。また例えば、ある音を聞かせる為にその音量を上げると、相対的に、他の音が聴こえづらくなったりするので、いろんなバランスを取っていく結構細かな作業。エンジニアのオマちゃんを中心に、メンバーであれやこれや言って作っていくので、一曲で一日ぐらいかかってしまう。でも大音量で聞いていると、ついつい眠くなってしまうのは何故?

 平山三郎の「実録阿房列車先生」読む。これは俺が内田百聞の「阿房列車」シリーズが好きだ、ということを知って、ニヒル牛作家の子が貸してくれたもので、現在は絶版物ということで、感謝。「阿房列車」で、内田百聞といつも旅を共にする通称「ヒマラヤ山系君」から見た内田百聞。

11月13日(月)

 一日、フロム・エーに連載中の「すごろく旅行記」の取材旅行。今回は、中央線。最初に出たトンデモナイクジが、一日を支配したような感じだった。また馬鹿馬鹿しいことたっぷりやってるので、詳しくは、雑誌を読んでくりや~。

 先程亡くなった真鍋博のイラストを集めた「真鍋博のプラネタリウム」読む。そういえば、その挿画を使っていた星新一も亡くなったんだっけ。中・高時代はむさぼるようによく読んでいたものだが。久しぶりに懐かしい雰囲気に浸った。

11月12日(日)

 NHKの某番組の為のレコーディング。ちなみに番組名は担当者の方に「まだ時期尚早なので、インターネットの日記には書かないで下さい」と言われたので自粛。2月頃、子供番組で流れるものだけど、知久君が作曲して、たまは演奏だけでの参加です。興味ある人はその頃、探してみてくださいなー。なかなかかわいい曲ですぞ。

 夏目房之介編の「トイレの穴」読む。遠藤周作のビローな話しはおかしすぎて、思わず吹き出したぞ。

11月11日(土)

 図書館へ。「図書館祭り」という、しょっぼーい催し物をやっている。「廃棄本・ご自由にお持ち下さい」があったので、限度の10册まで目一杯もらう。しかし数日前に読んだ「境界線の旅」も含まれていたのが、逆にちょっと淋しかった。俺は図書館も「もぅ、いらねーや!」という本をありがたく借りていたのだな。この図書館には、俺の「すごろく旅行のすすめ」も置いてあったが、廃棄処分になったら、やっぱりちょっと悲しいな。捨てるなら、俺が見てないところでこっそり捨ててね。T市立図書館様。

 R君、カブラギと近くのお気に入りのラーメン屋「一期一会」に。ラーメンが出て来て、カブラギは「旨い!」と言ったかと思ったら器にガバッとやおら顔をうずめ、1分後には「替え玉!」・・・早すぎる、ちゅうねん!

 岡友幸の「ぼくのアジア地図」読む。アジアがどうしても好きなのは、そこに子供の頃のあの遠くなりにけりの「昭和」の景色の一端があるからなのも、要因のひとつだろーなー。
 夜は、すごろく旅行の原稿書き。

11月10日(金)

 ニヒル牛へ。カブラギがいる。「へへっ、これ見てよ!」というと、古そうな牛乳瓶を差し出す。水道検針中に、地中にキラリと光るような者があったので掘りかえしてみると、なんと46年前の牛乳瓶だったという。しかもさして汚れてもいず、割れてもいない完品。早速「牛乳瓶コレクター」の島田さんに連絡。「えっ! 嘘っ! くっ、下さい!」ということで、一般の人にはただのごみも、コレクターにとってはまさにお宝の一品。

 上石神井駅前の「岩虎」でいつものようにピータン、腸詰め、軟骨炒め、セロリの漬け物、アサリなどR君・カブラギ、マネージャーの溝端さんと4人でむさぼりつく。そして、蟹も頼もうとしたら、カウンターに座っていた50年配の中年の夫婦らしき人に、「ここは海老の方が旨いよ」と言われたりしたので、「じゃあ海老を!」などと言って、わずかな交流を持ったりしたものの、その後別に一緒に話すでもなく、ただの常連客と思っていた。ところが、その中年夫婦が店を出ようとした時、突然、その奥さんがR君に向かって言葉を発した。
「あのあたし、石川さんの奥さんのファンなんです! それだけ言いたくて・・・」
 と言うや、風のように去っていった。
 俺たちは唖然とした。俺の正体すらばれていないと思ったのに。それに、俺のファンだというのならまぁ納得もいくが、R君のファンとは・・・。
 言っておくが、R君は水道検針員と、ニヒル牛のオーナーと、主婦をやっているだけだ。テレビに出てるわけでもなけりゃ、もちろんCDを発売しているわけでもない。一体、何のファンなのだ!? 俺達は、いつまでも頭の上からクエスチョンが取れなかった。

 もちろんこの4人が揃ったのは理由がある。「早く、パイを!」と言ってももちろん色っぽい話でもおいしい話でもない。自宅で久しぶりのマージャン大会。負けがこんできたカブラギが小さな声で「もう二度と・・・」と顔を変な形に歪めながらぶつぶつ独り言を言っていたのが、ちょっぴり怖かった。

 吉村昭の「海も暮れきる」読む。尾崎放哉の死までの壮絶な病床記。中に出て来た句で、俺がなぜか一番心惹かれたのは、まだ病状がさほど悪くなっていない時に作った、次の句だ。

  海が真っ青な昼の床屋に入る

11月9日(木)

 リハーサル。そして「オリコン・ウイークリー・ザ・一番」の取材。
 ファンクラブ向けのインフォメーション電話を入れ替えようと、知久君とやるが、マイクが壊れてたり、情報の日にちが間違えてたり、マイクの電源が入ってなかったり、録音機のスイッチを違うところを押していたりと、5,6回も録り直し、あまりの自分たちの馬鹿さかげんに、最後はゲラゲラ笑ってしまった。「・・・く、狂ってる!」が最近のメンバーの中での流行り言葉だ。

 「福田繁雄のトリックアート・トリップ」読む。この手の「騙し絵」的な物は、子供の頃から好きだった。でも昨今、余りにも各地に「トリックアート美術館」が出来て、ちょっぴり興醒め。トリックは、さり気なく仕掛けてくれなきゃあ。「さあ、トリックですよー、面白いでしょー」と言われると、ひねくれ者の俺としては、興味はかなりそがれちまうなー。

11月8日(水)

 吉田戦車さんが「最も好きな映画」と言っていた「ジャイアント・ピーチ」をビデオにて見る。実写部分と人形劇のまぜこぜで、特に人形劇の部分は、邦画では絶対まねできないだろーなー、という作りだった。かわいらしさと無気味さのコントラストがなかなかグー。

 平林規好の「看板物語」読む。看板をモチーフに、いろんな職業を取材したドキュメント記。万年筆屋、八百屋、金物屋、ローソク屋、ジャズハウス、自転車屋、煙草屋、銭湯・・・。世の中、いろんな商売があるよなー。俺はいつも太鼓に「マダムソース」の前掛けを付けているけど、ソースは売ってないからなー。看板に偽りありか?

11月7日(火)

 実家から野菜が送られてくる。うちの両親は一応定年退職しているので、夫婦で家庭菜園作りに凝っているのだ。まぁそれ以外にも父親は太極拳を習っていたり、母親は習字教室を開いていたり、山登りや海外旅行と、それなりに老後をエンジョイしているようだ。なかでも野菜作りは、自分の家の庭だけでは飽き足らず、近所の畑も借りて、せっせと毎年収穫をしているのだ。おかげでうちも、それを送ったりしてもらってその余録にありつけているというわけだ。豚汁をR君に作ってもらって食べる。旨い。年とともに、「野菜」のしみじみとしたおいしさがわかってくる。若い時は、「とにかく肉じゃーい!」だったけどな・・・。

 先週までお世話になっていた矢川澄子さんの「わたしの気まぐれAtoZ」を再読する。イラストも俺の大好きな佐々木マキさんだ。

11月6日(月)

 伝言板に書いてあったので、漫画喫茶で「日経エンタティメント」を立ち読み。と、釈由美子さんが、俺のファンで、NHKホールのライブには、ランニング姿で来ていたとの事。あの胸でランニング・・・と思って一瞬ドキドキしたが、よく考えてみれば10年近く前なんだから、まだ小学生かせいぜい中学生か。しかし当時でも知久君似や柳ちゃん似の格好をしていた人は沢山いたが、ランニング姿の女子はかなり少なかったはず。その勇気が、現在の売れっ子タレントの地位を築きあげたんだろーね~。今後も、アイドルを目指す人の第一歩は、まずは俺のランニング姿からだな。決まりだな。
 ちなみに俺はしっかりミーハーの部分も持っているナイス・ガイなので、釈さん、万一これを読んだら、気軽にメールをくれよなっ! 今流行りだという「メル友」というのもいいなー。

 中島らもの「白いメリーさん」読む。「白髪急行」という短編が面白かった。

11月5日(日)

 岡村ゆかりの「ベトナムで赤ちゃん産んで愉快に暮らす」読む。南国のこの国では、小学校でも教室の後ろに二段ベッドがあり、お昼寝をするそうだ。ってなのを読んでいたら、俺も疲れがたまっていたのか、お昼寝してしまう。かわいい寝顔でな。(すやすや)あぁ、布団の中は、青い鳥がいっぱいだ。バッサバッサだ。

 夜は、すごろく旅行の原稿書き。

11月4日(土)

 昼、そば処「ふじおか」で新そばを3枚もたいらげて、余は満腹じゃっ。ここは昔から矢川さんの家に遊びに来る度に寄っていたうま~いうま~い蕎麦屋だが、最近はガイドブックでも多数紹介されてしまったらしく、初日にも来たけれど売り切れ仕舞いで、しゅんとしたが、帰郷のこの日、なんとか秘密の予約を取って入れてもらう。わーい。新そばのこの季節、現在は毎日、開店時に並んだ人だけがようやくありつけるという盛況ぶり。でも、並ぶ価値あり。・・・なんて宣伝したら、また俺たちが入りづらくなるか。俺達の行かない頃を見計らって、行っておくれっ!

 今回のレコーディングは、「きゃべつ」でイギリス・オックスフォード郊外の「マナースタジオ」以来の合宿レコーディング。「ろけっと」の時も沖縄に滞在して録ったが、その時はひとりひとりホテル泊まりだったので、あまり合宿感はなかったので、久しぶりのキョードー生活。
 毎夜、その日録れた音を聞きながら暖かい部屋でチーズやらパテやら、ちょっぴり洋風な物をつまみながら、ビールをみんなで浴びていたのもなんとなく、マナースタジオを彷佛とさせたしな。ってなことで快適な合宿も終わり。矢川さん、どーもありがとー。「上海」漬けになって一日が終わってしまうので「これじゃいけないわ」ということでゴミ箱に捨てるも、何故か次の日には復活させてしまって同じ牌を延々消している自分に呆れて、ついにはパソコンを片付けてしまったというので、この日記は見てないだろうけど、ありがとーございましたーっ。

 帰りは、機材車、いつもオマちゃんが運転しているので通称「小俣号」というバンで、八王子のスタジオに荷物を降ろす関係上、諏訪を抜けて中央高速で全員で帰る。
 ちなみに車内BGMは、ほぶらきん、ハイポジ、原マスミ、うつお、ラジオバンド、フィル・マンザネラ等。やっぱり俺たち、メジャーの音楽には、イマイチ惹かれないんだよなー。いや、別にメジャーが全部嫌いだ! とかいうほどツッパッテももちろんいないんだけど、いつのまにか聞いているのはこういう音楽なんだよなー。マイナーは根が深いからなー。ちょっとやそっとじゃ抜けないんだよなーっ。ズブズブズブーッ。

 8日ぶりに帰ってきたので、まずは取る物もとりあえず、「ボク、ツカレチャッタヨーン」と、妻に甘える。夫婦なら、当然だな。それからたまっていたメールやホームページの掲示板のチェック。

 坂根厳夫の「境界線の旅」読む。昔、大好きだった「遊びの博物誌」の著者。科学と芸術の狭間のパフォーマンスを紹介。と言っても、大きな鉄の棒を立てて稲妻を呼び寄せる豪快なアート、排気孔に音具を取り付けて、何の案内もなく道の下から変な音が聞こえてくるどっきり風アート、巨大な鏡を砂漠に並べて、衛星ランドッサからしか見えないアート等、「馬鹿」を真剣にアートしている人は、よいぞよいぞ。

11月3日(金)

 レコーディングも順調に進んでいるので、今日の昼間はオフ。俺はひとりで散歩に出かけた。秋の山道を、どこに行くあてもなくポクポクひとりで歩くなんて、何年振りだろーか。
 遠くの山まで、一面の紅葉。赤・黄・緑とその中間色の熱烈競演バンザーイ。最近出来たという高速道路がなけれぱもっと良いのになー。ということで、頭の中で、高速道路をかき消して眺めてみる。う~ん、絶景なりー。
 すすきの穂が風にシャアシャアなびいている。前回のたまのライブで、すすきをわざわざ花屋で買って舞台の小道具としたが、それが馬鹿らしくなるほど、どこまでもどこまでも黄金色のすすきの林。
 うち捨てられた壊れた自動車の中には、段ボールやゴミが死んでいる。
 腐った太い大根が畑の横に重なって、無言だけれども何か喋りたそうにしている。
 ちょっと怪しいぞ、何を作っているんだの解脱教の工場。解脱したなら、何も生産するな。

 車の通れない草むらの道をかきわけて進んで行くと、突然、林の中にでっかく「たま」と書かれた石碑が目の前に。一瞬、異次元にまぎれ込んで、自分のバンドの墓を見たような気がしてドキリとする。あぁ、俺たちは実はバンドごと死んで、ここに埋められていたのか・・・しかしよく見てみると、木立に隠れていた文字が見え、実際は「みたま」と書かれた石碑だった。どうやらこの山林を開墾した時に、犠牲になった人たちを弔っている石碑のようだった。しかし何の案内版もなく、こんな誰も通らない小さな草むらの道にはそぐわないほど、大きな石碑。まるで鬼がかついできたような。

 一本道で、自転車に荷物をくくりつけている農夫とすれ違う。何か挨拶した方がいいのかドキドキするが、ちょうど向こうを向いている時だったので、脇を無言で通り過ぎる。
 途中でガタガタと、追いこされる。もう二度と会う事のないだろう、幻の農夫。
 舗装道路に出る。背中に金色の星印をつけたようなカメムシがとぼとぼ歩いているのが、キラリと光ったその光沢でわかる。俺に何の意味があってその存在を知らせたのか、メッセージは読み取れない。
「山寺や 雪の底なる 鐘の声」の一茶の句のある寺の前をスケボーの青年達があっという間に通り過ぎていく。

 黒姫の町中に入る。
 駅前のバスが昭和時代の色合いのバスで「野尻湖」行きだ。客は誰も乗っていないのに、運転手だけが制帽を被って今にも走りだしそうにハンドルを握っている。何の為だ!
 つぶれているように見えた散髪屋は、しかしよく見てみるとかすかに薄暗い店内に、床屋の親父がじっとたたずんでいる。彼は窓の外の方を向いているが、どんなものも見てやしないのを、俺は知っている。
 黒光りした木造の古い旅館には、大きな柱時計だけがそれを包んでいる。
 JA(農協)の前では"ビビッド祭り"の準備。テントが張られている。"ビビッド"の意味はその名をつけた人以外、誰もわかっていない。
 小学校の校庭では、揃いのユニホームを着た少年たちが野球の練習をしている。監督だか近所の親父だかわからないが、おっさんがひとり「セカンド、セカンド!」と大声をあげている。その声はその校庭からは決して出る事はない。閉じられた大声。

 駅前にただ一軒ある喫茶店に入り、矢川さんの書庫から無断拝借してきた野上弥生子の「海神丸」を読む。大正時代に遭難した難破船のドキュメントを素材にした小説だが、面白かったのは文庫版の「ふろく」として、その難破船を救助した船の乗組員が小説を発表してから50年も経ってから作者の元に連絡があり、当時の様子を語っているところで、作者自身の驚きも現れていて面白かった。

 駅から矢川さんの家までは約30分。駅前ではまだ明るかったのに、山は夕方を通り越していきなり夜になる。暗い夜道を落ち葉をふみながらシャクシャク歩いていると、この一歩ずつが二度と戻れない思い出になっていくのが、よくわかる。人間は、たった1秒前にすら、誰も、誰ひとりも戻れない。

 夜、矢川さんが、
「満天の星よ」
 というので、玄関から外に出て首を上に向けると、まさに星だらけ。しかし、その星だらけの星も、見えているのは太陽のように自ら光っている星だけだ。ということは、そのまわりには地球や月のような星がさらにびっしり虫の卵のようにつまっていることになり、ゾッとして家にそそくさと駈け戻る。
 宇宙人がいるなんて、あたりまえすぎるほどあたりまえのことじゃないか。そんなたくさんの宇宙人がこの空の上でいろんな暮らしをしている事を想うと、わけもなく怖くなるのは、子供の頃からだ。
 やっぱり電車に乗ったり、お茶碗にご飯をよそったりしているのだろうか?
 想像も出来ない体の色で。

11月2日(木)

 ここのところずっと雨。雨の音がよく聞こえる部屋なので、ついつい「石川さん、いいかげん、起きなよっ!!」の知久君やGさんの声がかかるまで、眠りこけてしまう。これは、高校時代、「雨の日と風の日は学校を休む」をモットーにその頃からグータラ暮らしをしていた俺の癖でもあるな。

 高校時代は、所謂不良ではなかったが、そんなグータラな性格な為に、欠席日数は多かった。普通は登校拒否というと、学校でイジメラレルからとか、そんな理由が多いと思うのだが、俺の場合は、ただ、「かったるくて、眠かったから」が理由だからなー。でも眠い理由のひとつは睡眠不足で、何故睡眠不足だったかというと、その頃黄金時代でもあったラジオの深夜放送にはまっていた、というのがある。野沢那知、白石冬美、小島一慶、中山千夏、若き日の愛川欽也・・・でも深夜放送は学校では教えてくれなかったいろんな事を教えてくれた。アングラな音楽もすべてここで教わった。今のラジオがどんなことになっているかは、最近聞いてないのでよくわからないが、学校で教えてくれることで社会に出て役立つことなんて、ほんのわずかなことだ、というのは覚えておいた方がいいかもしれないな。「学校がすべて」なんて思っていると、とんでもないお目玉くらうぞ。学校と社会は全く違うからなー。そんなことがひとつの少年犯罪のツボかもしれないなー。

 この山の家は、この季節、カメムシの来襲が激しい。家のいたるところ、カメムシが這っている。しかしカメムシはなかなかお馬鹿さんな虫なので、すぐに捕まる。だいたいチョコチョコ歩いているところに、箸を置くと、そのままなんの疑いもなく、その箸の上にチョコチョコ乗って来るので、そのままその箸を、クレゾールかなんかが入った瓶の中にポイッと入れて御陀仏に。御存知の通り、カメムシはつぶしたりすると強烈なウンコ臭を発するので、この方法が一番いいのだ。優しく捕まえ、残酷に殺す。そのうち捕まえるのがひとつの娯楽になってきて、殺戮者の気持ちがちょっとわかってしまう、秋の日である。

 多田道太郎他の「立ち話風哲学問答」読む。エヴァンゲリオン、村上春樹、しりあがり寿などを題材にその深層に迫る対談集。

11月1日(水)

 相変わらず、黒姫高原の矢川澄子邸にて、昼間はずっと合宿レコーディング。
 夜、俺が図書館で借りてきた古い映画「類猿人ターザン」をみなでビデオで見る。トーキー黎明期の作品で、ジャングルの部族の前で女優が喋るシーンがあるのだが、どう見ても現地ロケではなく、ドキュメントのアフリカの映像をスクリーンに映しだして、その前で、さもその人たちと同じところにいるかのように演技しているのだが、その仕掛けが結構見え見えで(影がうつっていないとか)、酔っぱらって見ていたので、みんなゲラゲラ笑ってしまい、シリアスな恋愛冒険譚が、ただのお笑い映画になってしまった。いったん人はおかしくなってしまうと、山からアァァァーッと落ちていく人も、やけに色白のターザンも、ワニにムシャムシャ食べられる人も、小人を使って「ピグミー」を装っている人たちも、象の奇妙な合成音の鳴き声も、すべてが笑いの種になってしまう。最後、ヒロインが「お父様、わたしはこのジャングルでターザンと一緒に暮らします。お元気で!」というのも唐突すぎて、全員ズッコケた。

 浅井建爾の「日本地理がわかる事典」読む。どーも雑学が好きでねー。せいぜい知っていても、先日のファンクラブツアーのバスの中でクイズ大会をした時、
「『日本三景』とはどこでしょう?」
 と聞かれて、鼻息荒くフンガーッと手をあげて、
「松島、安芸の宮島、天の橋立!!」
 と小学生の知識自慢みたいに大声で答えて、かえってまわりの「はいはい、よく出来ましたね」という失笑を買うぐらいしか役立たない知識なので、知ってても得をすることは皆無に近いのだが・・・好きなんだからしょーがねーんだよー。何の役にも立たない知識を知ることがー。「温泉」の定義、わかる? あと一級河川と二級河川の違いは? 知らないでしょう。ふふふふふ。今度こっそり、教えてあげるね。


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