石ヤンのテキトー日記00年5月
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5月24日
事務所へ。スタジオ移転の打ち合わせ等。もう10年近くも使っているので私物もたくさんあり、誰のものかよーわからん物や、昔の舞台セットでの大道具など、捨てるにはもったいないけど、次の場所までわざわざ運ぶのもなー、というのも多く、難航。6月中にファンクラブ限定で「たま企画室残り物バザー」を開く予定なので、そこでうまく処分が出来ればいいがなー。
5月23日
ニヒル牛へ。このお店を作ったひとつの原因は、例えば音楽なら、ホールコンサートは難しい素人やセミプロでも、ライブハウスという活動の場所があるのに、美術関係の人には、ホールにあたる美術館、そして小ホールにあたる画廊はあっても、ライブハウスにあたる発表の場所がないよなー、と思ったからだ。そしてアートは、もっと気軽にふうわりと身近にあっていいもんだと思ったからだ。
そして「ホール」にはある種のポピュラリティが必要だが、芸術は、よーは誰かの琴線に触れるか触れないかだけがすべてなんだから、万人受けかどーか、ということは全く関係のないことだ。個人の琴線がすべてなんだから999人にとってクズでも、ひとりにとって宝物なら、やっぱりそれはその人にとって宝物なのだ。みんな、ニヒル牛で自分だけの宝物を見つけてくれよ。
たまのCDも、インディーズ物が多いので、いつでもどこでも買える、というものではない。なのでニヒル牛では、常時CD・ビデオ・メンバーのオリジナルTシャツなどは揃えていくつもりだ。また、事務所にたまたま残っていた、もう絶版で本屋さんでも手に入らない「たまの月経散歩」なども、在庫がある限り販売していく予定だ。
でもとにかく、たかだか7坪の小さな店だが、真剣に見始めたら、1時間はかかるぞ。150個の箱が、全部それぞれに自己主張してるからなー。俺は結構楽しい店だと我ながら思うんだがなー。くだらなさの極致もあれば、キュートな物もあり、大人の渋い物もある。6/1オープンなので、それ以降、気軽に覗きに来てね。本音はもちろん何か買って欲しいけど、見るだけでも充分面白いと思うのでヒヤカシも大歓迎。是非とも流通に乗っていない「ここだけにある物」を堪能してくだせえなー。
そーいや、俺も新たにひとつ売り物を考えた。そもそも俺の本業はなんだったか、という初心に帰ってみての企画だ。その俺の新しい出し物とは・・・「生声糸電話童謡リサイタル」だっ!!
つまり、これは俺が店員をしている時だけの販売物なのだが、まず客には特製の糸電話を買ってもらう。そして買ってくれた人には、俺が生声でその人たったひとりにだけ聞こえる、童謡ミニリサイタル(3分間ぐらい)を開くのだ。糸をピーンと張ってな。たったひとりの耳元だけでのリサイタル。どうだっ、我ながら馬鹿馬鹿しくも素晴らしい企画だろう。ちなみに料金はその特製糸電話付きで1000円だ。なんせ俺は言っておくが元「紅白」出場歌手だからな。それくらいは取るさ。ぜひ俺が店員をやっている日(毎月、上旬の平日が可能性高し)に来て、糸電話を買ってくれいっ!!
5月22日
南青山マンダラにてたまライブ。きのうに引き続きサポートは、頭の大きさが子牛ほどもあり、なおかつスカート姿も素敵なライオン・メリィさんだ。さて俺は「南風」という曲の間奏で、やおら新聞紙を取り出して舞台前方に出、俺の「トンガリ頭」でその広げた新聞紙をひと突き、フランシスコ・ザビエルのように首に新聞紙をフリルのように付け、華麗に舞い、踊る・・・はずだったのだが、新聞紙全然破れず。むむむっ、俺は、新聞紙すら破れないほど非力だったのか!? 俺の頭は真冬の海綿体か? というより、確かに俺はトンガリ頭として一部では有名だが、それは別に鋭利な刃物、というわけではないので、むしろ髪の油でツルッとすべって、新聞紙が悲しく横滑りしていくだけだった。なんどもなんどもガシガシ客の前でやり続けたというのに・・・まぁ、俺が曲の途中でフランシスコ・ザビエルになろうがなるまいが、それでも地球はまわり続けるさっ、安心しなっ!
本日は元ポックス・ボックスという強烈お馬鹿バンドのNHKの濱田さん、パイオニアの担当だった野秋さん、着ぐるみパフォーマーのパニャグルミンさん、作家の嶽本野ばらさん、パスカルズのロケット・マツさん、そしてネパールでお世話になったアヤコさんも一時帰国していて、楽屋も大忙し。そのまましばらくマンダラで飲んで、阿佐ヶ谷「8039」に河岸を代え、朝まで。もちろんカルーアミルク、そしてソバ茶という最近のヘルシー指向の俺なのさ。
5月21日
大阪より約1時間電車に乗った河内長野というところの「市民祭り」でたまが演奏。「南風」の間奏でおもちゃのピストルを持ってステージ前に出、かぶりつきで見ている子供たちを撃ちまくったりと、雲ひとつない青空の下で気持ちのいい野外ライブ。
ライブが終わってから楽屋の窓から、次の出演者であるサンバカーニバルのお姉さんたちの際どいヘソ出し尻出し衣装に、メンバー全員が窓から雁首揃えてニヤニヤしながら見とれる。しかしその姿をファンの人や河内長野の一般市民の方々にモロに目撃されていて、ちょっと格好悪し。でもしょーがねー。たまだって、露出度の高い衣装を目の前に差し出されれば、釘付けになってしまう、いたって平凡な人間さ。平凡すぎる人間さ。その平凡さを見たければ、何度でも俺たちの前に際どい衣装で通りすぎるが良い。ヘソ出し尻出しでうろつくが良い。何度でも、あぁ何度でも釘付けになるぜ、ベイビー!
この河内長野周辺は、実はライブの回数が異様に多い。大阪の北とか東ではほとんどやったことがないのに、この南東の河内長野周辺は今回だけでなく、何度も呼ばれた大阪芸大とか、名前忘れちゃったけどナントカ女子大とか、よくライブで呼ばれている。そして、その中心には何度来ても思わず目を見張ってしまう物凄いシンボルがある。それは・・・「PLタワー」だ。桑田や清原が出たPL学園のPL教団のタワー。大阪のタワーといえば「通天閣」が有名だが、この「PLタワー」を見た人は、確実にその100倍はギョッとすること受け合いだ。というか、建築物の奇妙さにおいては、もしかしたら日本一の「無視できない建造物」ではないのか? ガウディをさらにデフォルメしたような「ラピュタの城」のようなグニャグニャな巨大建造物。この建造物が目立ち度では群を抜いているのに意外と知られていないし、ガイドブックでもまず触れられることがないのは、ひとえに「新興宗教」の建造物だからだ。鹿児島にある「ムー大陸博物館」もそうだが、施設の巨大さの割に、「新興宗教」の建造物は一切観光案内から排除されているのが現実だ。でも凄いもんはやっぱり凄いからねー。大阪の人は暗黙の了解で知っているだろうが、大阪以外の人は、大阪に来てすごい物が見たかったら、何をおいてもまずここに直行するべきだと思う。本当に「エッ!?」と誰もがドキリとする巨大建造物だぞ。
5月20日
新幹線で大阪へ。十三にある「パステルホール」というところでしょぼたまのライブ。ここはいつも大阪でソロとかをやらせてもらっている名物「巨乳大好き甲高声マスター」岸田君がやっている「レッドライオン」のとなりにあるホール。ということで行ってみたら、ここが100%・・・否、106%ぐらいのばりばりの結婚披露宴会場。例えそこで老婆が100人バク転しようが、白塗りの男たちが金粉にまみれながらクネクネ前衛舞踏をしようが、もう言い逃れのしようがないほど完璧な結婚披露宴会場。
ということで、ライブ中のMCはついつい仲人気分で、
「知久君とGさんがホモ婚式をあげる為、かくもにぎにぎしくお集まり下さいまして・・・」
という設定で馬鹿馬鹿しい司会をいつのまにか俺の口が勝手に喋っていた。それによると(それによると、と言っても自分の口が喋っているのだが・・・)ふたりはバンド結成以来、お互いに惹かれあっていた。しかしそこには大きな障害があった。俺はいたってノーマルな正常性欲者なので関係なかったが、もうひとりのメンバー・柳原もホモで、恋の三角関係になり、その結果5年前にソロ活動をするという名目で、恋に破れてバンドを去ってしまった。その後もいろんな紆余曲折があったが、本日めでたく新郎と新郎がこうして皆の前にその晴れがましい姿をお見せすることができた・・・。
俺は実は一度だけ本当の仲人をしたことがある。しかも平安神宮という最も古式ゆかしいところで。なのでその時を思い出し、ついつい嘘のスピーチにも興が乗りまくってしまった。乗りすぎてふたりが本当にホモカップルに見え、我ながらウゲゲと気持ち悪くなった。
打ち上げ後、飲み屋で茶漬けとかを食ってお腹を満たしたのにもかかわらず、「別腹」が甘いものを極度に欲し、俺を近くのファミリーマートに「クリームたっぷり入りチョコパン」を買いに走らせた。そしてホテルの部屋でひとり夜中にモシャモシャかぶりつかせた。くそーっ、別腹の野郎めぇ。
5月19日
リハーサルから帰って、家で頭を剃る。今回は何故か2ヶ月近くも剃ってなかったので、最早坊主頭じゃなくて、ただの「髪の毛が中途半端に短い、寝癖のついた中年の小汚いオッサン」になってたからな。風呂場で妻にバリカンでバッサリやってもらい気持ちよし、「丸坊主の、すっきりさわやかフレッシュキトキト青年」にと早変わり。
自分で触っても、坊主頭というのはジョリジョリしててとても気持ちがいいぞ。みんなももっと坊主頭にすれば良いのに。髪の乱れもないし、シャンプー使用量も少なくてすむし、洗髪しても5秒で乾くし、涼しいし、タイとかに旅行に行くと坊さんと間違われて頭を下げられ席を譲られるし、頭の上に竹で編んだ大きな籠とかを載っけてホイホイ歩き易くなるし、失恋しても髪の毛を切る必要性もないから日本海行きの切符も買わなくてよいし、髪の毛が電車のドアに挟まってそのまま電車が走り出してズルズル引きずられて「ウッギャー」とか叫んで運転手があわてて止めたものの、ホームから転落して大怪我することもないし。
な、どこを取ってもいい事ずくめだろ。それなのに何故坊主が世の中にまだまだ少ないのだ。まったくもって世界の七不思議だな。
5月18日
ニヒル牛で作業をしていると、パスカルズのバンドマスターであるロケット・マツさんが店を見に来た。と、何も言わずにいきなり木箱の中に頭を突っ込み始めた。あまりの異常行動にスタッフはみんな一瞬ギョッとしながらも、マツさんに聞いた。
「な、なにやってるんですか!?」
「イヤァ、ちょっとね・・・僕、『オシャレボックス』作ろうと思って」
「オ、『オシャレボックス』!?」
「うん。一回100円でこの箱に頭突っ込んでもらうの。そうすると中のスポンジに金ラメがしみこませてあって、頭を引き抜くと、頭が金ラメに飾られてる、っていう『オシャレボックス』。いいでしょ」
「はぁ・・・」
その他にも、箱の中のディスプレイで金魚を飼いたいという人や、シーモンキーを飼いたいという人もいる。神社を作っておみくじを引かせようという人もいる。一体どんな店になるんじゃーい!!
でもそんなトッピョーシのない人も確かにいるけれど、渋い「根付け」とかちゃんとした革製品やブラウスなど、大人の物を置く人もいる。20万円の「歩くオルゴール」という本格アート作品を出す人もいる。なので、ムチャクチャ好きも渋好みも、両方楽しめると思うぞ。
ちなみにライブ会場や通販でしかほとんど買えない「たま」のCDやビデオ、Tシャツなども常設販売するので、たまのファンもぜひぜひ覗きにくるべし。CD試聴コーナーも作るぞ。
尚、現在150ある箱のうち、85%近くが予約で埋まってきたので、作品を置きたい人は急ぐべし。半年契約の人が多いと思われる(半年だと、5ヶ月分に料金が割引になる)ので、へたするとキャンセル待ちが11月ぐらいまでかかるかもしれないからなー。あさって20日からは毎日2時~8時の間はスタッフがいるので、直接店に来てしまうのも手かもな。尚、オープンは6/1だぞ。よろしくな。
5月17日
リハーサルにスタジオに行くと、知久君がもみ上げを含め全部ひげ面。どうやら東南アジアに先月行ってから剃ってないらしく、イメチェンを計ってる最中らしい。まぁ、もう頭も昔の原爆きのこヘッドではないし、別のところを伸ばそう、ということか。
今まで「ヒゲのある暮らし」という曲をやる時はみんな黒いガムテープで顔に付けヒゲして演奏するのが定番だったが、もう知久君にはその必要もない、ということか・・・。しかし、本当にいいのか? ヒゲ知久よ。ありなのか? ヒゲ知久よ。ツノゼミの新種をカンボジアで発見したから、学者としての威厳を醸し出そうというのか? ヒゲ知久よ。それともどんどんアゴヒゲも伸ばしていって、いつかこっそり顔の上下を逆さにして、新しい顔になってみんなをあっと言わせたいというのか? ヒゲ知久よ。確かにそうしたらさすがの俺も「あっ!!」と言うだけじゃなく、ゴロンゴロンとその場で三回転ぐらい床を小便撒き散らかしながら転がってしまうぐらいビックリするだろうな、ヒゲ知久よ。なんか汚い話になったな、ヒゲ知久よ。うーむ、いずれにしてもファンの間にザワザワと波紋を呼ぶかもな、ヒゲ知久よ。
5月16日
今日は、みなに俺の知られざる秘密を教えよう。知られざる、というか、正確には俺もさっきまでそんなことすっかり忘れていた、というかやっと気づいた、というのが本当なのだけど。
俺は、俺は、俺は、実は、乳酸菌飲料が大好きなんだあぁぁぁぁ!! あの独特な、ベトベトした、酸味のある、幼稚な、馬鹿っぽい味がだいっ好きなんだあぁぁぁぁ!! うっおぉぉぉぉぉぉ!! はぁ、はぁ。言っちまったぜ、とうとう。子供の頃はそりゃあヤクルトとかよく飲んだものさ。でもいつしか大人になるに従って、何故か疎遠になってしまったのさ。その理由のひとつに「子供っぽい飲み物」という社会認識みたいなものがある、というのは事実だろう。だって大人になってどこかの会社に打ち合わせとかにいったって、出てくるのはたいていコーヒーか日本茶。まれにジュースやビールが出ることがあっても、乳酸菌飲料を出されてクイクイやったことは、俺の経験上、なかった。なのでプライベートでもついつい手を伸ばすことが少なくなってしまったのだ。その「幼稚性」からパッケージのデザインも大の大人が手を出すのには少々恥ずかしい物であることも多かったしな。
しかしきのう買い物をしている時、ひょんなことから「マミー」の氷菓アイス12本入り300円のところお買い得価格248円で買ってしまったのさ。20代の頃はライオンさんやウサちゃんのついた「マミー」なんて買うのは恥ずかしかったが、今ならかえって「子供にみやげでも買ってってやるかぁ」なんて振りも出来るお年頃だからな。まぁそんな振りをしなくたってスーパーの店員がそんなことまで見ていないのは百も承知だが。まぁそれはともかくとして、買っちまったんだ、何気なくな。そして家に帰って一本食っちまったんだ。さり気なくな。そしたら、もう一本食っちまったんだ。なんとなくな。そしたら、もう一本食っちまったんだ。今度はマジでな。「うっ、んまいじゃ~~~ん!!」と心の中で横にいる妻に気づかれないように叫んで、さらにまた一本、こっそり後ろ手に隠しながら自分の部屋に持ってかえっちまったんだ。
あれだね。乳酸菌というのは、一種の麻薬だね。食っても食っても口の中が一段落すると、あの独特な、ベトベトした、酸味のある、幼稚な、馬鹿っぽい味が欲しくなって喉が鳴るね。あぁ俺は好きさ。というか、もしかしたら、最近ちょっと体調がすぐれなかったこともあって、酒も抜いてるし、なんとなく油っぽい食べ物も前より控えてるせいか、味覚が変わってきているのかもしれない。より善玉菌を求めて、体が欲っしているのかもしれない。あぁ、このままでは俺は未曾有の健康体に? 健康体はいいけど、唄う歌とかもだんだん「みんなで、ほら明日に向かって、手をとりあって、駆け出していこ~う!!」なんて健康ソングになっちまったら・・・その時はみんな、ごめんな。
5月15日
お出かけしよーと思ったら雨が降ってきたので、雨に負けて家の中でさらに作品づくり。今日はペイントペンシルケース。
ところで、雨が降るとみんなおしっこ近くならない? 俺はすごい頻尿になるぞ。1時間に一回ぐらい行ってるぞ。そんなに水分取ってないのに出しても出しても出るのは、空気中の水分をいつのまにか体が吸っているとでもいうのか? それとも雨の音が尿意を心地よく刺激するのか? どちらにしてもIQ低そうな、馬鹿な体だな。そういえば「水中、それは苦しい」というカッコイイ名前のバンドのCDに「頻尿の人」という曲が入っていたな。あれは名曲だったなー。みんな知らないだろう。やーい、やーい。
5月14日
アロマ奥さんと一緒に、ちょっと町はずれをウロウロしていたら、いつのまにか米軍基地関係の施設の横に出てしまい、向こう側に行きたいのに全然いけなくてぐるっと回らなくちゃならなくて、サイクリングのようになる。
そういえば、昔は俺、サイクル野郎だったんだよなー。中学・高校と。佐渡ヶ島を一周したり、群馬から四国までひとりで自転車こいだりしたものさー。荘司としおの「サイクル野郎」という漫画に感化されてなー。なんせ自転車はいいぞー。走るのに金はかからないし、交通法規なんて歩行者と同じ扱いだからほとんど関係ないから、自由にどこでも行き放題だし、スピードも景色を眺めるのにはちょうどいい速度だしな。ただ、「サイクリング」となると頭で考えてるようなのほほんさはなくなって、マラソンに近い物があるんだよなー、実際は。だからもうおそらく「サイクリング」は出来ないけど、やっぱ自転車に乗るのは、それだけで好きなんだよなー、アロマ奥さん。これからもいろんなところに行こうな、アロマ奥さん。
家に帰ってニヒル牛用の作品づくり。今日は直筆イラストノートを作った。
5月13日
夕方から「ニヒル牛」へ。今日の職業は木工作業員と、店のプロデューサーだ。途中ちょっと抜け出して吉祥寺で100円ショップめぐり。帽子が100円で売っていたので、「こりゃいい」と買う。帽子を被っていると町の中での「あ、『たま』のランニングが歩いてるじゃん!」「着いたーっ! 着いたーっ!」とニヤニヤされながら叫ばれる率が半分以下になるので、常に着用しているのだ。変装目的だから別にサングラスでもいいはずなんだが、サングラスで坊主頭だとちょっと怖い人か、もしくは目の不自由な人に見られて、かえってジロジロ見られてしまいそうなので、常に帽子なのだ。
デビュー以来だからかれこれ10年近く帽子人生を送っているので、帽子を被らずに町に出ると、裸で歩いているような錯覚に陥り、顔がポーッと赤くなってしまう。しかしまさか100円で買えるとは。まぁはっきり安物見え見えだが、変装目的だけなので、なんでもかまやしないのだ。わっはっはー、俺の頭の上は100円さーっ!
5月12日
昼は愛車(自転車)「アロマ奥さん」に乗って、町を一回り。なぜ「アロマ奥さん」なのかというと、鍵の暗証番号が「093」だからだ。そしてメーカー名もないバッタ物だが、商品名かなんかわからないが「アロマ」と書いてあるので「アロマ奥さん」にしているのだ。「あれまぁ! 奥さん!」みたいでなかなかいいだろ? というのは実は受け売りで、チチ松村さんの著書「ゴミを宝に!」を読んでいたら、チチ松村さんがやっぱり自分の自転車の鍵の暗証番号が「5623」でミヤタの自転車だったので「宮田五郎兄さん」と名付けているのが面白かったから、俺もパクッたのだ。
そんな「アロマ奥さん」で町を徘徊しながら、作品の素材探し等をして、夜は作品作り。CDケースにペイントしたり、皿にペイントしたりの作業を続ける。先週まで木工作業員だったのだが、今週はまるで絵描きのようだ。しかも今日放送の「たけしの誰でもピカソ」では美術審査員であり、そして来週になったら、またライブが3連チャンであるのでミュージシャンになり、6月に入ったら「ニヒル牛」の店員もやる。時々は原稿を書いているので著述業もある。まったく「住所不定」ならぬ、「職業不定」だな。まぁ、「ニヒル牛」にも作品を置いてくれるという加藤賢崇さんの職業の数(俳優・声優・漫画家・著述業・ミュージシャン・DJ・etc)には及ばないが・・・。
5月11日
一日、部屋でCDかけて、時にのってくると少しクネクネ踊りながら、「ニヒル牛」の為の作品づくり。プラスチックの皿にマジックでペイントして、わけわかんない物くくりつけてしょーもない作品にする。楽しい。こんなことずっとやってる人生もいいなー。食えりゃあ、だけどなー。
ところで突然だが、千昌夫がホクロを取ったという記事を雑誌で見た。人の見分けが異常に苦手な俺には、その「千昌夫」と書かれた人はただのそこらにいるジイサンにしか見えなかった。千昌夫よ、本当に良かったのか、それで。
いいや、よくない。
なぜならそのホクロこそ、千昌夫の本体だったのだから。俺も実は人には言っていないが、1年ぐらい前から、尻に突然イボが出来た。触ると、プルルンとしたなんとも言えぬ感触だ。確かに尻はすっきりとした、ツルンとした尻の方がいい尻な気はする。まっさらな、でこぼこのない虹のような曲線を持った尻こそ、最上の逸品と言えるかもしれない。が、もしかしたら、この尻のイボこそ、俺の本体なのかもしれない。だから誇りを持って尻のイボとともに生きていこうと、今確かに俺は思っている。
考えてみれば、哲学的な大変難しい話で恐縮だが、人の本体は一体どこなんだろう。髪の毛や爪は平然と切って行くけれど、そもそもちょっと前までそれも含めて自分だったはずなのに、切ってしまえばただのゴミ。じゃあ、それが指だったら。腕だったら。どこまで切ったら、自分じゃなくなってしまうのか。そこまで切ったら死んじゃうとか、そういう事じゃなくてゆうなら、何が自分なのか。脳味噌か。心臓か。でも、それだけポンと落ちていたとしても、それは全然その人じゃない。うーむ、わからん。わからんぞぉ。ということは逆説的に考えれば、尻のイボこそ俺かもしれないのだ。だから大事にせねばいけないのだ。不要に思える物ほど、実は一番大切な物だったりするのは、経験が教えてくれたのだ。
とにかく、千昌夫よ、お前は終わった。この後、もしもうまく成功したとしても、それは千昌夫とは全然別の人だ。何故なら、どー考えてもあのホクロあってこそ、千昌夫は千昌夫という人そのものだったのだから・・・。何を言っているのか、よくわからんか。・・・大丈夫、俺もだ。
5月10日
昼、ビデオで映画「僕のバラ色の人生」を見る。性同一性障害の男の子の話だが、さすがフランス映画、カメラワークや色使いのセンスがさり気ないけどとてもいい。傑作。
最近、また友部(正人)さんのCDをよく聴いている。今まで俺のベスト・アルバムは「6月の雨の夜、チルチルミチルは」だったが、近頃は「ライオンのいる場所」がお気に入り。言葉を際だたせながらも絶妙なバックの演奏で、でもクレジットを見てみると、ロケット・マツ、梅津和時、横澤龍太郎などで、要はパスカルズなどで今現在自分が一緒にやっているミュージシャン達。客観的に聴いていると、「こんなすごい連中と、何で俺が一緒に出来るんだ?」とちょっと不思議。だって俺キャリアだけは知らない間に経っているけど、8ビートだって未だにまともに叩けないぞ。ただ好き勝手に叩く以外、何も出来ないのにだぞ。なんてすげえ奴らにいつのまにか囲まれちまってるんだ、と本当に不思議に思う。
しかしそれは当の友部さんにしてもそうだ。なんて凄い人なんだ。音楽にもいろいろあって、ただ音楽として心地よい物もあるが「言葉」をより深く心に浸透させる為の音楽、というものもあって、その代表が友部さんだろう。友部さんの声は、決して美声ではない。むしろ、悪声の部類に入るかもしれない。しかしそれがかえって言葉にひっかかりを持たせる事になり、結果的に詩人としての、最も優れた表現になっているのだ。やっぱりミュージシャンも、声質も含めて自分の資質というものを(意識しているしていないに関わらず)見極めなければ駄目なんだろうなぁ。そして友部さん自身には曲のアレンジ力といものはおそらく(失礼だが)ほとんどないだろうが、才能ある者のところには自然と才能ある者が集まって、ちゃんとしたアルバムが出来上がっている。素晴らしいことだなー。うーむ。
5月9日
夜、「ニヒル牛」へ。箱が全部入り、その箱ひとつひとつに電球をつける作業。意外なことに、箱を並べてみると、昔の学校の下駄箱のところにタイムスリップしてしまったようだ。しかも少しカラフルな下駄箱なので、ある種サイケな夢を見ているような空間でもある。でもまたこれからこの箱ひとつひとつに作品が入っていくとイメージも変わるかもしれない。楽しみだ。
5月8日
昼過ぎ、家のチャイムがピンポンと鳴る。たまたま家には俺だけだったので、普段は居留守を使ってまず出ないのだけど(だって、たいがいめんどくさ~い新聞屋の勧誘や、なんでかニガテ~な町内会や、「自分たちだけで勝手にやってくださいな~」の宗教団体とかで、出てもいいことな~んもないもん)、チャイムの鳴らし方が異様な気がして、出る。
「はい」
すると立っていたのは、ガタイのいい背広を着た中年の親父が、ふたり。
(ははあん、政治家関係だな。うちの前にタテカンたてさせてくれ、なんていうやつだな)
「どちら様ですか・・・」
「お宅にリエさんっていますか・・・」
「はぁっ、リカならいますが、何か?」
「こういう者です」
そういって、手元にチラッと見せてくれたのは、まごうことなき刑事ドラマそのままの警察手帳。
「ほおっ!? それ、本物ですか。もっとよく見せてくださいよっ。ま、いいから、いいから。あっ、中も見ちゃおうっと。何が書いてあるのかな? あっ、拳銃の撃ち方だ。ヤッホ~イ、撃っちゃうぞ。バーン、バーン」
などと童心に帰れるはずもなく、思わずそれまでかったるそうに応対していたのが、背筋がピーンと茹であがった海老のように音を立てて伸びた。
「はいっ!?」
「東村山の殺人事件のことでちょっと・・・」
「あっ、わかります、わかります。」
実は数日前に東村山のファミコンショップで店長が何者かに撲殺(痛そう!!)されたのだが、そのファミコンショップに5,6年前妻がバイトをしていたのだ。もちろんその店長とも妻は顔見知りで、それはショックだったが、「家にも事情聴取に来たりしてね・・・」なんて言っていたら、本当に来てしまったのだ。
結局その時妻はおらず、夕方また刑事さんが来て、妻が2時間近くも事情聴取を受けたのだが、(まぁ、もちろん犯人と疑われたわけではないよ、念のため)未解決な事件でもあり、残念ながらその内容はここで詳しくは述べられない。が、とにかく初めての本物の刑事に、本物の事情聴取。家庭内で行われる取り調べに、ちょっぴりコーフン。妻に聞くと、やっぱりドラマと同じく、刑事はのらりくらりと話しながらも、さり気ない中に眼光がキラリと光っていたそうだ。
しかし、殺された店長には悪いが、妻がそのままバイトを続けていなくて、本当に良かったよなー。犯人よ、どーせ捕まるぞ。早く出た方が良いぞ。
5月7日
どこにも行かないゴールデンウィークは、せめて気分だけでもさらなるリゾート気分になろうと、女性誌の「クレア」というのを妻に買ってきてもらい、ふたりで眺める。俺達の大好きな「ベトナム・タイ・バリ特集」なのだ。「あっ、このビーチいいじゃんっ!」「うんっ!」「この町も素敵だね!」「そうだなっ!」空想の中でこの町にいったら面白いんじゃないか、このホテルに泊まったらゴージャスじゃないか、しかもこんな値段でっ!! というのがなによりも好きな夫婦なのだ。旅の楽しさの半分は実は計画段階にあるので、これでも充分「旅」の一環なのだ。ふたりでゴロゴロ布団の上を「ひゃっほー」と言って転がりながら(ふたりともおデブなので、本当に回転していく)、思いを彼の地に馳せるのは、お金のかからない結構楽しい娯楽なのだ。ひゃっほー。たーのしーーーっ。馬鹿夫婦と言われてもかまわないぜーっ。
5月6日
ゴールデンウイークまっただなか。外は混んでいる。なので、家の中の布団の中のあったかリゾートビーチでひと泳ぎ。オレンヂジュースも冷えてるぞ。
「ふふふ。ここ以上に快適な場所なんて、あるもんか」
遠くに旅行に行ってやっと自宅に帰ってきた時のほっとしたリラックスの瞬間、ってある意味、極上でしょ。だから、(本当はどこにも行ってないけど)行った気になって、(本当はどこにも行ってないけど)帰ってきた気になりゃ、ここが天国。幸せの青い鳥は家の中にいたんだなー。あっはっははははー。って、俺もまだジジイじゃねーんだから、もうちょっと外に出なきゃな、と思っても、実は最近腰が重くてのう。人ごみを考えただけで、気持ちがシュルシュルシュルーッと萎えてしまうんじゃ。やっぱりジジイかのう。
5月5日
今日は、たまデビュー10周年の記念すべき日。さぁ、シャンパン抜いてお祝いだっ!!! であえ、であえっ!!! な~んてことは全然なく、メンバーとも会わなかったし、じっみ~な一日。そもそも確かに10年前の今日がデビューなんだけど、それは最初のシングルが発売された、というだけで、その日何をしていたかも覚えてないしなー。どっか地方で公演してたよーな気がするが、よーわからん。デビューする前にすでにテレビCMとかも出てたし、「さぁ、今日からメジャーデビューだゼ!!」なんて意気込みも何もなかったからなー。それを言うならやっぱり「イカ天」に出た最初の日の方がよっぽどデビューという感じだったな。なんせ出演してひと晩寝て起きてみたら、いきなり町を歩いているだけで「きのう、見ました!!」「あっ、『たま』の人!!」「ウッギャアァァァァァァ!!!!」って、まさにシンデレラ状態で、一夜にして周りが一変しちまったからなー。こっちは5年前から同じことやってる、ちゅうのに。まさに「どーなっちまったんだいっ、これはっ!?」ってな感じ。人は生きていると、いろんなことがあるんだなー、と思ったもんさー。
5月4日
名作と言われる映画「地下鉄のザジ」ビデオで見る。コメディというより、ほとんどギャグムービー。面白かった。
バナナがむしょーに食べたくって、何本も食べる。バナナって、「剥くのが簡単」さで言えば、食べ物の王様だよなー。なんであんなに食べやすく生まれついてしまったのだろーか。あと、ピスタチオも、なんであんなに割れやすく割れ目がついているの? 「早く僕を食べておくれよ。ふふふふふ」というマゾ的な食べ物なのかなー。
5月3日
映画「俺たちは天使じゃない」ビデオで見る。でもそれよりライブのバスジャック事件の方がより迫力。所詮、他人事と思ってるからテレビでのうのうと見られるんで、関係者だったら、胃が痛いだろーなー。あんなに長い間の中継は。刃物も見えてるし。もしも目の前でそんな事件がおきていたら、俺は人の血を見るだけでクラクラと貧血状態になってしまうので、その場で真っ先に倒れてしまうんだろーな。なのできっと救助隊員には一生なれないな。なる気は逆立ちしたってないけど。そんなこと思ってたら、突然庭先にヒョウが降ってきて、ひょーっとなる。
5月2日
ということで、現在「ニヒル牛」のスタッフは以下のとーり。
プロデューサー・俺。
オーナー・R君&クニちゃん。
空間プロデューサー・くす美。
製作・島田篤志&菱沼健。
製作助手・白江亜古&カブラギ。
それぞれの人物については、俺の著書「すごろく旅行日和」に書いてあるから、買って読むといいぞ。といっても、7坪のごくごく小さい店なんだけどねー。ゼロから、というより作りつけの棚を外したり、床や壁の全面塗装からやり直しているので、マイナスからの出発。しかも、店のコンセプト「シロートの手にアートを返してちょうだい!」どうりに、一切業者を頼まずに素人だけでやっているので、まぁちょっと大がかりなお店ごっこの楽しさ。でも、箱を150個以上作るのは、思っていた以上に大変な作業だった。プロの手にかかれば、チョチョイのチョイなんだろーけどなー。尚、6/1の開店を目指して、現在の申込者は100人を少し越えたところ。ポストカードの人が圧倒的に多いのはしょうがないのか? ま、それもいいけどもっとトンデモナイ物置く人、いないかなー。
5月1日
現在、武蔵村山にある「たま企画室」の事務所兼スタジオを諸々の理由により、この夏引っ越しをすることに。八王子の物件をメンバーみなで見にいく。なかなか愉快な物件が見つかった。詳細は今はまだ明かせないので、後日。夜、西荻窪「ニヒル牛」に行き、床の失敗したニスを剥がす作業をヘラで地道にやる。シャリシャリ音がするー。
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