ザ・レポート(54)


今まで石川がかかわってきた全ての活動、つまり「ソロ」「パスカルズ」「ホルモン鉄道」等のライブ、CD、ビデオ、またテレビ、ラジオなどのマスメディア、演劇、書籍、ニヒル牛、コレクション、すごろく旅行、このホームページ、その他とにかく俺がかかわってきたありとあらゆる表現活動の感想、評論、思い出等を募集します。
 既にどこかに発表したものの再録も自分で書いたものであれば0Kです。批判やお叱りももちろん構いません。他の人のプライバシーの侵害や、特殊なケースを除き、基本的に全て採用します。何についてのいつのもののコメントかをなるべく分かりやすくして、メールにて題名「レポート」でお願いします。投稿ひとつ10ポイントです。裏話等や本人のそれに対する意見や感想なども付けていくつもりなので、気軽に応募して下さいな〜っ。
 例えば俺本人も知らない「こんなとこに載っていた」情報及びその感想とか「すごろく旅行を実際やってみた思い出」など俺にインスパイアされたものでもOKですよ〜ん。



石川浩司生誕祭2024



ようやく人生初の石川さんのライブに行きました。
ちなみに行くことになった大きなきっかけが、どこのページか忘れて文章もうろ覚えですが「コロナ禍以降毎年同世代の友人が亡くなってしまった」旨の発言をしてて、それを見た私は早い内に石川さんに会わないときっと後悔してしまうという思いを抱いてしまい、そこからインフォメーションを見て距離的にも時間的にも行けそうなライブを探していました。
すると、石川さんの生誕祭が土曜日に開催されると知り、これならば翌日仕事休みだからいけるかもしれないと考え、まだ詳細も分からないうちから応募することを決意し、その後募集開始されたら早速応募、チケットを取りました。
ライブ会場はかつてたまの月例会が開催されていたMANDA-LA2。 初めて行くライブハウスがたまと深い関係のあるところだなんてワクワクするなぁと思っていました。

ライブハウスに着きお金を支払い、アップルジュースを注文。
中に入ろうとした時受付の人が吉田君と私の後ろにいた髪の長い男性の人に話しかけたことで、えっまさか私のすぐ後ろにアナーキー吉田さんがいる!?と心の中で驚きました。
開演時間ギリギリのところで到着したので既に前は人がいっぱい埋め尽くされており、後ろの立ち見席で場所を確保。だけども十分出演者が見える距離だなと感じました。

1組目は野獣のリリアン。
10人近くいる大所帯バンドっぷり、明らかな着ぐるみキャラが1体、不思議な音を奏でる蛍光灯付きギターと何もかも未知の遭遇といった感じで脳がキャパオーバーしかけましたが、初っ端からの曲でもうテンション爆上。
しばらくするとまゆたんと内田俊輔さんが合流、すると内田さんがハイチュウを客席に投げてるではないですか。
取れるものなら取りたかったけどやはり、明らかに私のいる場所までは届かなかったので断念。
ここだけの話、内田さんの顔が良かったのでずっと彼の顔を見てたのは内緒。
「まちあわせ」を大胆にアレンジした楽曲を披露してましたが、最初のフレーズだったり「ハムカツ」だったりと原曲のフレーズをきちんと流用してあると感じました。
そして石川さんの登場に私は一層興奮しました。まさか石川さんを生で見れるだなんて、あの白いランニングシャツを生で見れるだなんて、そして演奏を見れるだなんてと色々想いを巡らせながら演奏を見ていきました。

2番目ののっぺらは2曲目が一番ハマりました。
歌詞もさることながら歌い方も琴線に触れました。ボーカルの子は恐らく私と同じ年くらいの女性なのに、力強くパワフルに歌い上げていくのを見て私には無いものを持ってると感じとにかく感銘を受けました。

3番目のROLLYさんは私が以前から知っててテレビでも何回も見たこともある人だったので、彼の演奏を間近で見れたことに衝撃を受けました。
うろ覚えですが石川さんが「ROLLY目当てで来た人が多いんじゃないか」という旨を発言してたような気がします。
もしかしたらROLLYさん目当てで来たお客さんもいたかも知れませんが私は飽くまで石川さんを目的に応募。ゲスト発表時にROLLYさんの名前があった事にとにかく驚いた、ただそれだけでしたね。
個人的に凄いなと感じたのはROLLYさんが自身の還暦のことを話したり還暦の歌を歌ってたりしたのですけど、ROLLYさんが全然還暦過ぎたように見えないこと。お世辞ではなく、正直まだまだ若々しく見えました。
あと石川さんとのトークーコーナーで氏神一番さんの話が出されて、「あいつ俺のコーナーパクリやがって、まあデビュー曲も別のとこからパクってたけど」旨の話をしてた時は思わず笑ってしまいました。

そして4番目は待ちに待った石川さんの番。1曲目からアナーキー吉田さんのコラボでしたが、石川さんが歌ってる時に吉田さんがお客さんに笛を配布して自分の指示で鳴らす姿を見て面白いことを思いつくなと感じました。
2曲目の時に吉田さんがシンバルを鳴らそうとするけど、上手くいかない時に石川さんが「アナーキー吉田君は完全に間違ってる」と歌った時は笑ってしまいました。
その後突然ダンボールの曲を2曲ほど歌ってましたが、サウンドといい歌詞といい、石川さんが歌いながら靴を動かしたりと謎の中毒性がありました。
あとどのタイミングかちょっと忘れましたが吉田さんもドライアイスで鈴?を置いて音を鳴らしていたのも特徴的だなと思いました。
その後のトークで「今年は開催できなかった可能性がある。去年病院で入院し、退院した時に2分の1の確率で死んでたかもしれないとお医者さんに告げられた」という旨を話してた時に、心の中がドキッとしました。もしあの入院の時に石川さんが亡くなっていたら、私が石川さんのホームページに書き込みすることは無かっただろうしもっと石川さんやたまにのめり込むことは無かった。そして今回の生誕祭に行くこともなかった。それを思えば生きる方の確率を引いて本当に良かったと。

そして最後は出演者皆で「東京パピー」を歌い終了。
生誕祭が終わり私は早速石川さんにご挨拶+ゆずのジュースのプレゼントに行きました。
石川さんは気さくな方で余程忙しくなければファンとの会話を楽しんでくれるというのを事前に知っていましたが、それでも緊張しました。
ですが、直接会いお話すると次第に緊張感が和らぎ自然な感じで話すことができました。
そして石川さんに先程のプレゼントを渡し握手したところでそのままライブハウスを後にしました。
とても楽しかったのでまた行ってみたいと改めて思いました。(ラメール・ローラ)


(本人より)初めてのライブハウス、そして初めてのライブ、楽しんでくれて良かった〜。ずっと立って観てくれてたのかな、長丁場だったけど足は大丈夫だったかな。
ホールと違ってライブハウスもライブもそれぞれ個性があって、場所や出演者によっていろんな魅力がある。俺も他のユニット、例えばパスカルズやホルモン鉄道などによって、自分の立ち位置やステージングも大きく変わるからそれも出来たら観にきてほしいな。今後も宜しく〜!

「たま」という船に乗っていた らんちう編





5月22日にいよいよ発売された、本書。早速購入し、読ませてもらいました。
イカ天でらんちうを発表した直後からお話が始まり、たまが解散するまでの軌跡が克明に描かれています。
前巻でもそうだったように、原作で石川さんが語っていたあれこれのエピソードが、絵によって具体化していくのは、嬉しさを感じました。そして、あらゆる歌唱シーン。時に見開きで、時に1ページ丸々使っての描写に、バンド・たまの空気感が十二分に伝わりました。
また、藤子A先生チックな絵のタッチは今回も楽しく、その上でいろんな漫画のオマージュと思しきカットも数多くあります。特に、藤子F先生の短編漫画の扉絵を模したと思しきカットには、思わず「おっ?」となりました。
いろいろなエピソードを楽しませてもらいましたが、本書では柳原さんが脱退する「たまのお歳暮'95」、そしてたまが解散する「たまの最期!!」が大きな見どころだと思います。
前者は連載中にも読ませてもらいましたが、このライブで柳原さんがおっしゃった、「またどっかで(3人と)お会い出来ればなと思います」のセリフ。観客の目の前で本当に実現すればなあ、と願わずにはいられませんでした。
そして、後者。連載に先駆け、最終回こと「たまの最期!!」ラストライブでのお話も読ませてもらいました。
もう……なんというか、叶うならこの場にリアルで参加したかったですね。これまでの作中でずっとそうだったように、いつも通り楽しそうなライブでもあり、それでいてどこか寂しくも感じ。
せめて、手元にあるラストライブのDVDを改めてじっくり楽しもうと思いました。
そしてそして、最後の最後。原作で石川さんが「船」から降りた後のあの表現が、漫画版ではどのようになっているのか。とても気になっていましたが、そこで活用されたのが、石川さんのあの曲……。恐れ入りました。
全編通して、読み応えのあるお話をすっかり堪能させてもらいました。「たまの歴史全部入り!」のキャッチフレーズは、まさしくその通りでした。
原作を克明に書き残してくれた石川さん、そしてそんな原作を忠実に、時にギャグシーンを交え、より一層分かりやすく漫画化してくださった原田先生に、ただただ感謝です。(たちつ亭と〜助)
(本人より)そして実は編集の平田さんという人も細かい指示を出してくれて(このコマは1ページまるまる使おうとか)、原田高夕己先生と3人でメールで細かいやりとりを頻繁にして作り上げた。ファンクラブの会報なども参考にしたので、僕の著書よりさらに詳しく掘り下げられてるところもあるんだよねー。


石川浩司のお宝コレクション 懐かしの空き缶大図鑑





遅ればせながら、空き缶大図鑑を購入し拝読しましたので、その感想文でございます。
まずなんと言っても、紹介されている缶ドリンクの膨大さ! 見たことないものばかりが勢揃いし、ページをめくるたびに「なんじゃこりゃ!」と言いたくなるようなものばかり。
味の想像がつかないモノ、ローカルモノ、版権モノ等々。
中には、「やや、これひょっとして自分がかつて差し入れしたものかも?」な缶も紹介されていて、思わずニヤリとしました。
数多の缶ドリンクが紹介されている中に、石川さんのエッセイ文も添えられています。レトロな缶を紹介する章では、缶ドリンクの紹介もさることながら、石川さんのエッセイ文もしみじみとさせられました。端的に言えば、「いじめてくれて、ありがとう」の文章です。
そして巻末には、缶ドリンクコレクター御三方による座談会が収録されています。その中に、「最近の缶ドリンクは、あからさまにコレクターに買わせようとしているところに悔しさがある」という、石川さんの発言も。
コレクターとしては嬉しいけれど悩みどころでもあるんだろうな、と思いました。せめて引き続き、東北限定の缶ドリンクを差し入れすることで、悔しさを晴らす一助にしてもらえれば、と思いました。

ちなみに本書で紹介された中で、僕が飲んでみたいのは「ジェットストリーム」「活性牛乳」で、飲みたくないのは「冬虫夏草」「アスパラガスジュース」でした。(たちつ亭と〜助)
(本人より)そうそう、たちつ亭と〜助はじめ、お客さんから差し入れでもらった地方ものなどもあるんだよね。頻繁に行く関西地方ならともかく、東北とか四国とかはなかなかソロで行く機会が無いので、そこの地元ローカルものをプレゼントされると「ヒャッホー!」なんだよね。だからみんなの協力もあってこの本はできているのだ。サンキュー!


2024年5月6日 石川浩司大復活祭 代々木バーバラ





ゴールデンウィーク最終日に、東京へ遊びに行く。我ながらなかなか思い切ったことをしたと思います。
しかし、それだけの魅力が「石川浩司大復活祭」にはありました。何しろ、大復活祭。復活を遂げた石川さんが、あらゆる方に絡み、あらゆるユニットで演奏・歌唱する。開場から終演まで、実に5時間超。
この事前情報だけでも、見応えは間違いないだろうと判断し、今回の参加に至りました。実は、代々木バーバラに行くのも今回が初めてだったりします。

①北村早樹子
ピアノの弾き語りに透き通る高音の声。それでいて、どこか危うさを感じる歌詞。抽象的ですが、触るとすぐに壊れてしまいそうなガラス細工と向き合っているような、そんな気持ちにさせられる世界観でした。
石川さんとコラボした「マイハッピーお葬式」は、明るいお葬式の歌。自分が死んだ時もこうあって欲しいと思っちゃう、そんな一曲でした。

②ホルモン鉄道
実に10年以上ぶりのホルモン鉄道。おじさん2人が、舞台上で物理的にも精神的にも大暴れする、自由奔放さは相変わらず。
それを目の当たりにできただけでも、うれしく楽しかったです。
お馴染みの「キチガイスラッガー」に加え、「カイボーするなら」「夜の牛たちのダンスを見たかい」といった、ホルモン鉄道では初めて接する楽曲も新鮮に感じました。
そして、「大晦日」。Mont. Barbaraのみなさんをコーラスに呼んでのしみじみとした、それでいてまた前を向ける一曲でした。

③デリシャスウィートス
手品あり、ダンスあり、歌ありの、ちょっと色っぽいお姉さん達。聞けば、チェンマイで知り合ったのだとか。
どこかの温泉街の夜に紛れ込んだような、懐かしくも妖しいひとときでした。そしてそんな中で石川さんが混ざり、妖しさが倍増していました。

④Mont. Barbara
初めて観ましたが、実にポップなひとときでした。どこまでも前向きに日々を彩る楽曲たちが魅力でした。
石川さん作詞の「世界が終わる前に」でうんうんと頷き、「真夜中のドライブ」でどこか遠くの街外れにぽつんといるようなどこか清々しい気持ちにさせられました。

⑤トークショー
ケラさん、まゆたんさん、石川さんというナゴムだった皆様によるトーク。なかなか盛り沢山な内容でした。

⑥まゆたん with 近藤研二
「青い靴」や「スカボローフェアー」のカバーを独特の高音で歌い上げるまゆたんさんに、近藤さんのギター演奏が華を添えます。
「デキソコナイの行進」でのお三方のセッションも、しみじみいい感じでした。
そして、このセッションを聴いてるうちに、「あれ、この3人でユニット結成もアリなんじゃ……?」と思っちゃいました。

⑦小川美潮
パーカッション+歌という、前代未聞のセッション。「せ、成立するの!?」と余計な心配をしましたが……成立しちゃうんですね。石川さんの演奏力と小川さんの歌唱力が光る15分間でした。

⑧石川浩司
大トリは、復活を祝われている男こと、石川浩司。
新曲「とてとて」で不思議な世界を垣間見、大谷さんが乱入してきて歌詞が大幅に変わった「夏のお皿はよく割れる」で、大いに笑わせてもらいました。
そしてここから先は、じんわり体に染み渡る曲達の大行進。
「玄関」「ソフトムリーク」「遠足」「野のなななのか」「オンリ・ユー」そして「ラザニア」。歌詞を吟味し、あれこれ自分の身の回りと照らし合わせているうちに、知らず知らず熱いものが込み上げてきました。

⑨そしてアンコール!
と、熱いものが込み上げてる中でアンコールが始まります。そこで歌われたのは、今回登場した皆さんをコーラス隊に率いての「どっこいしょどっこいしょ」!
ここで、込み上げた熱いものが一気に引っ込んでいきました。だって、明らかに困惑しているコーラス隊の皆さん、ルールを無視して笛を吹き始める大谷さん、そしてそんな皆さんに容赦無くツッコミをいれやり直しを強要する石川さん……。
今回、一番腹を抱えて笑ったのはこのアンコールかもしれません。

以上で、5時間超のライブは無事終了。終わってみればあっという間でした。次回は生誕祭ライブに参加させてもらいます。楽しみにしていますね!(たちつ亭と〜助)
(本人より)いや〜楽しかった&疲れた(笑)。でもこんなイベントを企画してくれて感謝。最初はホルモン鉄道とMont.Barbaraぐらいの予定だったんだけど、いつの間にか出演者がドンドン増え、こんなに大きなイベントに。主催者の高須さんとは知り合ってまだ半年ぐらいだけど、ありがとー!


千倉ARTマルシェ『遠足』



石川さんがこれまで何度かライブで披露されてきた『遠足』という曲。せっかくタイトルを命名させて頂きながら、私はこの曲を聴いた事がありませんでしたが、遂に先日、千倉ARTマルシェでの石川さんのライブの中で、生で!...ではなくライブの動画をYouTubeに上げてくださった方が何人かいらっしゃったので〔偉そうに言える事ではありませんが..〕やっと聴くことができました。
初日はアナーキー吉田さんと一緒に、二日目は石川さんおひとりで歌われていました。
最初に聴いた初日の『遠足』は、最後までしんみりと浸らせて頂く曲かと思いきや、パンクの吉田さんとプログレも血肉になっている石川さんの共演だけあって、中盤から一筋縄ではいかないインプロヴァイズ〔シンバルの散歩...?〕を挟んで後半へ突入する、という展開を堪能させて頂きました。
また、吉田さんの紹介の時の「みんな、暴力とか大丈夫ですか?」など石川さんのトークも流石でございます。
そして二日目、冒頭のマイクチェック?で、知久さんの「うどんスープ」のCMソングを歌い軽く笑いを取ってスタート。『遠足』はなんとソロコーナーの締めの曲...!おひとりでの演奏の分初日よりもじっくりと聴き入ることができました。
「♪君がいなくなっちゃったなら ボクも消滅しちゃうのです」と切々と歌う石川さんが、如何ともし難い人生の私に言ってくださっていると勝手に思い込んで、深夜の1時半頃にパソコンの前でひとりでニタニタしながら悶えていました笑。
そして私は、「♪あーあーおうちに帰りたいな」という印象的なメロディのフレーズをすぐに覚えて、頭の中でずっとリフレインさせながら眠りについたのであります。以上です。(ひももん)

(寸評)入院すると、リフレインの部分はリアルです(笑)。

石川浩司大復活祭



久々の代々木バーバラ 

ハナは北村早樹子さん
あのイカズゴケのメンバーさんだったとは!?
通りでエロティックな歌があったわけだ
ピアノの旋律とちょっとアブノーマルな歌詞がベストマッチしてました

2番手はホルモン鉄道
毎度毎度のアタックNo.1の出だしちょい聞こえがあったのは御愛嬌
そしてキチガイスラッガーも登場!!
そういえばいつからグラサンしなくなったのだろうか?

ここからは記憶が曖昧なので 順番前後してたらごめんなさい

モンバーバラ 
相変わらずポップ あおいさん明るいなぁ
そして最後は私の好きなさらば地球も
よかったなぁ

デリシャスウィートス
昭和感満載のバラエティショー 
マジックや石川さんのお面を使ったパフォーマンス 笑ってしまいました

ケラ マユタン 石川浩司のトークショー
ケラさんの「毎日蕎麦食ってるよね?」の話はちょっと笑ってしまった
他にもいろんなここにはかけない話が満載

マユタンと近藤研二のセッション
青い靴からスタート ギター一本で再現するのはかっこよかったです
デキソコナイの行進のセッションもよかったです

この辺でタバコ吸ってたらいつのまにか小川美潮さんのステージが始まって急いで戻る

小川美潮さんのアカペラに石川さんのパーカッションのセッション これが素晴らしかった
最近小川美潮さんの歌よく聴いてるので心安らぐ
ステージ終了後 物販席にいらっしゃった小川さんが 私に「(CD)買ってく?」とかわいくおっしゃられたので 元々買う予定ではいましたが購入させていただきました

そして石川さんソロ
感動ソングから サマーソング(大谷氏乱入あり)まで幅広く
やっぱり落ち着くなぁ
そしてアンコールのどっこいしょどっこいしょ(実は勝手に予想しててあたって嬉しかった)
大谷氏が笛を吹いたり 石川さんと一緒に歌ったりしてやり直しになりながらもなんとか完遂!

終演後 小川美潮さん 北村早樹子 マサ子さん1/2 (MONKEYWAXSのLPも欲しかったーーー!)のCDを買って帰宅

いやー 行ってよかった
また企画してほしい!!(ズミ天)

(本人より)これは主催してくれた高須さんに感謝だね! 満席ではあったけど、これだけの豪華なメンツ、ライブハウスのホール代金とギャラ払ったら多分赤字...。それでも俺の復活祝いをしてくれたのは嬉しかった。美潮さんとのデュオはレアだし、近藤さんとも久しぶりの再会など嬉しいこと多かったな!

10年間



2013年から私の人生は目に見えて楽しくなっていった。自分の能力や調子が見る見るうちに上がっていくのを感じていた。
同じ年に自分の躍進の象徴として聴き始めた大谷氏さんのあるCDアルバム。そして、2014年にるりさん(アズキイヌレコード)の「妄想ルーム」。本当に世界が広がっていってどこまでも行ける気がしていた。

2014年8月からは1人暮らしを始め、生活初日にいった東京・昭島の映画館。夏の夜、11時過ぎに家路について道中を楽しんだのもいい思い出だ。自転車で本当にどこまでも行ける気がしていたあの日あの時、自分は遠くまで行って本当に何かをつかめたのだろうか。
本当に「山」といえる東京・奥多摩、独特のファンタジーを感じた町田市、東京都心のミステリーの山手道り、本当にあんな長い距離をよく走れたものだ。

いろんな所や形態でライブイベントをされた石川さんも、忘れがたい思い出として残っている。
2014年3月ごろ、東京・新小岩の図書館でのソロライブ。足立区の実家に帰省し自転車をこいで行った。
新生活の楽しみの予告とも取れるイベントだった。帰り道の荒川の河川敷を走ったのも非常に爽やかだった。
大きかったのは「地下生活者の夜 第200話」(2015年) 新潟県で開催され、高速バスで遠征。自分1人で旅行の手配をしたのは初めてだったので、ちょっと緊張した。音楽はもちろん、食事やライブ後の余興も何もかもが楽しかった。

覚えている限り、特段困ったことはなく、無事平穏に過ぎた10年間。
私自身、最近は体力の低下も見られるようにもなったが、その分、思い出が美しく心に映る。
本当にたまのメンバーやニヒル牛作家のアーティストのイベントは、自分とお水が合うと感じた事も何度かあった。
音楽の他にも、フィギュア収集、自転車、そして人生の裏技の探求などライフワークにしている事もあるが、音楽の影響ももちろん大きい。
投稿への文章を打ちながら、ネットカフェで独りきりでも、どこかとつながっている確かな感触を与えてくれる石川さんのこのホームページ。
いつ終止符が打たれても悔いの無いよう、私自身も生き方を充実させてゆきたい(Sankaku)

(本人より)少しでも俺の活動で人生が楽しくなったのなら、こんな嬉しいことはない。まあ、こちとら好きなことをただただやり続けてるだけなんだけどね。でもありがたい〜。

たまのCD-R作成



2002年ごろ、父親が当時の最新機種のパソコン・i Macを購入し、そのパソコンはCD‐Rが作成できるものでした。
同じ年に、私はバンド「たま」と出会い、その音楽の面白さの虜になりました。
その頃は私の音楽の聴き方も、独自のやり方を追求するようになり、いろんな楽曲をただアルバムの曲順通り聴く事からさらに飛躍したいと考えていました。たまの音楽はそれがやりやすかったと思います

当時の私は頭があまり良くなく、何を考えているのか分からない所もあったと思います。
CD-Rの作り方にもそれが出ていて、最初は好きな楽曲を最後に持ってくる事にこだわりすぎたり、ハスっぱなフィーリングだけで曲順を決めてしまって、後で恥ずかしい思いも随分しました。
そんな中でも、6~8枚近く、たまのCDアルバムを作ることに成功!!それらのものは流石に失敗を経て、紙に曲順を書いてから検討した記憶があります。

これらの取り組みは、後年、YouTubeやニコニコ動画の音源をCD-Rに焼く時に、役に立ちました。
特に顕著に成功したのは、バンド「echo-U-nite」のライブ音源。このバンドの事をロクに知らないのによく出来た物だと、今でも感心します。(自画自賛だともいわれそうですが・・・) 
とりあえず、CD‐Rに焼いておきたいという音源もありましたが、いろいろなレア音源、それも「大切にしたい」と思えるものを一通り入手しました。

今でも感じるのが、やはりたまの音楽の不思議な面白さです。いろいろな楽しみ方ができる。先述のように、私はCDの曲順をバラバラにすることで、たまの音楽の面白さを追求しました。
僭越を承知で言わせていただくと、私のライバルや目標はたまだけで良いと思っています。自分も音楽を志す傍ら、どのような活動を追求していくのか。たまの音楽に追いつけるよう、私も精進したいところです。 (Sankaku)

(本人より)何が面白いか、何が心に響くのかは人によって個々違うけど、それが俺たちの音楽だったのはやはり嬉しいねえ。4人が集まったことからいろんな化学反応が起きて、それが拡散されていく。まだまだ世の中、面白いことはたくさんあるぞーい!

たまのマキシシングル「学習」



このCDは、CDショップにも一部インディーズのCD(たまも含む)が置いてあった頃に買いました。本当に何かしら豊かな時代だったと思います。

たまのCDを聴いてきた自分としては、このCDは会心の作品だったと思います。本当に明るくて爽やかなフィーリングです。
滝本さんと石川さんの楽曲は事実上ソロワーク。明るく楽しい様相で、今までに見たことのないお2人という感じもします。

滝本さんの「水筒」は、ニコニコ動画に[たま]で演奏されたテイクがあり、これもとてもさわやかな様相でした。また滝本さんのソロライブでは、ギター1本の弾き語り。素朴だけれど味わい深いものでした。
石川さんの「ラッタッタ」は2013年のエコーユナイトのライブでライオン・メリィさんが打ち込みサウンドの上からピアノで生演奏してくれて、迫力がありサプライズでした‼
たまのCDとしてはめずらしく、カラオケのトラックも入ったCDですが、表題曲「学習」のコーラスをされている石川さん声が好きです。(笑)
そしてこのCDの最後のトラックに入っている変な音。奇妙だったけれど面白味も感じられます。

何かしら、特別楽しい感じがするCD。本当に出会えてよかったと思います。
この様な楽しい様相の方たちのライブ行けた事は、本当に人生の楽しみでした。
これからは自分もこういう楽しみを作っていけるように努めてゆきたいと思います。 (Sankaku)

(本人より)この頃から知久君がチープなデジタルサウンドに目覚め始めたんだよね。その機械を持ってきた斎藤哲也くんのおかげでもある。このあたりでまた「たま」の世界がひとつ広がったのかもしれないね。

パスカルズ 凪のお暇演奏



パスカルズ見に行こうと思ったけど急遽入った仕事のおかげで断念したのでそのフラストレーションを晴らすかのごとく、YouTubeでパスカルズの演奏を見ることにしました。
ちなみにパスカルズの演奏を見るのは初めてだったのでどのようなものなのか気になりつつタイトル名を見ていったら、「凪のお暇メインテーマ」と書かれたものを発見し、このドラマ見たことないけどどんな楽曲なんだろうという好奇心から見てみることにしました。
イントロの時点で、ああなんて繊細なんだ!なんて優しい気持ちになれる曲なんだと確信し、右端で大きく動き笛を鳴らす石川さんを見て、相変わらず石川さんぶれねぇなあと思いながら見ていきました。
するとイントロが終わり曲が本格的に始まったところで大きな衝撃を受けました。この曲どこかで聴いたことあると。
曲を聴き終わった後どこで聴いたのか頭の中を張り巡らせましたが、女芸人が異国の地で歩く光景が出た瞬間にすぐ思い出しました。これ、イッテQで流れてたやつだ!と。あの番組を見てた時から、この曲和やかな感じがしていいなと思ってましたがそれがパスカルズの物だったと知り、それだけで全くの関係者ではないにも関わらず誇らしい気分になりました。
さて、話を演奏の方に戻すとして途中ヒヤヒヤしたところがありそれは石川さんがパンパンになった音のなる風船を持ってさらに息を吹いていた所です。破裂音が大の苦手な私は途中で割ってしまわないかめちゃくちゃヒヤヒヤしてましたが、その風船が石川さんの手から離れ音を鳴らしながら登っていく光景を見てほっとしたと同時に、そもそもこの道何十年以上のプロだから流石にそんな失敗するわけないじゃないかと自分に言い聞かせました。ただ、もしあの演奏の場にお客さんとして私が参加していたら多分破裂音怖さに耳を防いだと思います。(ラメール・ローラ)


(本人より)イッテQで流れてたんだね〜。インストだからいろんな番組で使われることが多いらしく、毎日のように「今日、〇〇という番組でパスカルズ流れてました!」という報告などを聞く。
ちなみに数日前からCMでも流れてるこの曲かな。



ライブはまたまた「映像ではわからなかった圧倒的に包まれるものがある!」という感想をよく聞くので是非一度お越しあれ!

映画「日日芸術」初日舞台挨拶



2024年4月12日(土)、やっと訪れた春らしい陽気の中、妻と2人でJR新宿駅東南口階段降りてすぐの新宿K's cinemaでの映画「日日芸術」(にちにちげいじゅつ)初日舞台挨拶(伊勢朋矢監督と主演の富田望生さん)に行ってきました。映画「日日芸術」は、2023年春にNHKで放送された「富田望生の日日是芸術」(とみたみうのにちにちこれあーと)の拡大映画版作品で、私は「日日是芸術」を観る機会がなかったので、今回事前情報なしの全くの初見でした。結論から言えば、目から鱗が落ちるどころか、目ん玉自体がポロリと落ちるような衝撃を覚えました。
この映画は、プロデューサーの牧野望さんによると元々は2017年にNHK Eテレで始まったETV特集「人知れず表現する者たち」を端緒としており(2023年3月のパート4まで放送されている)、その延長線上で2020年1月に同じくNHK Eテレで現在は毎週日曜日の朝放送の「no art,no life」という作家さんを紹介する5分間番組が始まり(これまで100名以上の作家さんが登場されている)、そのスピンオフ的特番として2023年春に「富田望生の日日是芸術」が放送された、という流れで、それらの番組のディレクターもされていたのが今回監督をされた伊勢朋矢監督との事です(パスカルズの映画「PascaLs〜しあわせのようなもの〜」を撮られた伊勢真一監督の息子さんです)。
生来の遅筆故、レポート書けていないライブが山積みなのですが、時系列を無視して今日観た「日日芸術」のレポートを先に書こうと思います。
この映画は富田望生さんが「女優富田望生さん」役として、喫茶店でマネージャーから「日日芸術」の台本を渡されるシーンから始まります。観客に劇中劇を意識させる作りになっています。そして「女優富田望生さん」は、おもむろに台本を開くのですが、その1ページ目にはただ「やっぱ自分の踊り方で踊ればいいんだよ」との一文(「じゃがたら」の江戸アケミさんの有名な言葉)が記載されているのみです。およそ台本らしからぬ体裁になっています。「女優富田望生さん」は怪訝に思いマネージャーに視線を送りますが、マネージャーはスマホの操作に夢中で取り合ってくれそうにありません。そこで仕方なく「女優富田望生さん」は渡された台本を読み進めます。およそ台本らしくない台本を。
そうして、マネージャーとの打ち合わせの帰り道、台本にあったト書を文字通りブツブツと口にしていると「女優富田望生さん」は、見慣れない不思議な佇まいの喫茶店の存在に気付きます。「あれ?こんなところに喫茶店あったっけ?」と恐る恐るドアを開けてみます。お店の名前は「物豆奇」(ものずき)。東京・西荻窪に実在するアンティークな不思議な佇まいのレトロな喫茶店ですが、映画の中では物語を司る不思議な空間に生まれ変わっています。「女優富田望生さん」がドアを開けると、そこには無数のメガネが天井から吊り下がっている、摩訶不思議な異世界的空間が広がっていました(実際の「物豆奇」にはメガネはぶら下がっていません)。「女優富田望生さん」が「メガネだあ」と不思議そうに眺めていると、そこに店主役の写真家・齋藤陽道(さいとうはるみち)さんが現れ、「女優富田望生さん」にセロハンテープで作られた紙のメガネを渡し、手話で「かけてみるように」と促します(齋藤さんは都立石神井ろう学校卒業のアーティストです)。「女優富田望生さん」は店主役の齋藤陽道さんに言われるまま、恐る恐るメガネをかけてみると・・・
というのがこの映画のオープニングです。ドキドキするようなオープニングですね。そして「女優富田望生さん」がメガネをかけた刹那、そこには全くのアートな異世界が広がっていました。天空には竜のような見た事もない超巨大な生物「双頭ドロー・ウーゲ」(福井誠さん作品)が異形を横たえています。そのインパクトは絶大です。「女優富田望生さん」がメガネを外すと「双頭ドロー・ウーゲ」は見えなくなります。しかし再びメガネをかけると、「双頭ドロー・ウーゲ」はしっかりその超巨大な身体をビルの間からのぞかせているのです。こうして「女優富田望生さん」は異世界への扉となるメガネを通して旅立っていくように物語は案内され、天空の超巨大「双頭ドロー・ウーゲ」の下、パスカルズご一行が楽器を弾きながら行進していくというビジュアルインパクト絶大のオープニングが始まります。ここから、映画全編を通して、パスカルズの素晴らしい楽曲が流れて映画の世界を形作っていきます。伊勢朋矢監督が「これはある意味音楽映画」と舞台挨拶で仰られていましたが、その通りこれはパスカルズの音楽映画という一面も兼ね備えていると言えるでしょう。何と言っても随所にパスカルズのメンバーが降臨してきて、「女優富田望生さん」並びに観ている私達を芸術の世界にいざなうのですから。
「女優富田望生さん」はここでメガネを通して不思議なオブジェに変容した不思議な東京タワー(木村全彦さん作品)に歩みを進め、不思議なエレベーターガールに案内され、エレベーターの先の異世界へと飛び込んでいくのです。と言いたいところですが、普通の映画なら。ここまで、観客には「女優富田望生さん」は異世界に飛び込んだ異世界譚として物語は提示されているように見えます。
しかし。しかしなのです。ここから先、「女優富田望生さん」はある段階までずっとメガネをかけているのですが、そこで展開するのは異世界ではなく、現実世界を生きる「アール・ブリュット」作家の方々の世界なのです。これは何を意味するのでしょうか?「アール・ブリュット」とは映画チラシに「フランスの画家ジャン・デュビュッフェによって1945年に提唱された芸術の概念。『生の芸術』の意味で、既存の美術や流行などに左右されず、衝動のままに表現した芸術をいう。英語では『アウトサイダーアート』とも呼ばれる。ちなみに本作で使用しているアート作品はすべて本物である」と記載されてあります。すなわちこの映画「日日芸術」の「芸術」とは「アール・ブリュット」「アウトサイダーアート」の事なのです。この後、「女優富田望生さん」は、落ち葉を使って折り紙のように動物を作る渡邊義紘さん、音符を使ってひたすら鳥の絵を描くミルカさん、本作で重要な役割を果たすメガネをひたすら何万個も作り続ける高丸誠さん、毎朝自分の顔をコンビニのコピー機でコピーを取る井口直人さん、筑波山の麓で有機農業してパフォーマンスする自然生クラブ(じねんじょくらぶ)の皆さん、ひたすら黒のボールペンの細かい円で落ち葉を表現していく杉本たまえさん、最初と最後が全て一本の線で繋がっていて、まるで迷路のように空間を模っていく曽良貞義さん、そして自分の家の壁という壁全てに作品を描いてしまった小林伸一さん、と「アール・ブリュット」の芸術作品世界に邂逅していきます(他にも尾澤佑貴さんの不思議な自動車「スバル360」、「女優富田望生さん」のマネージャーがこの顔になってしまった青木尊さんの不思議な顔「ウララちゃん」、富田さんが「地球」と名付けた井村ももかさんのボタンのオブジェ「水色の玉」、まるで縄文時代の土偶を想起させるような澤田真一さんのトゲトゲのオブジェ「無題」など沢山の作品が映画を彩ります)。
しかし、これは物語を考える上でものすごく重要な事なのですが、そこは異世界ではありません。徹底的に皆が生きとし生ける現実世界なのです。だからこそ、この映画はドキュメンタリー映画としての要素が色濃くあります。異世界が見える不思議なメガネをかけて旅している「女優富田望生さん」のはずなのに、その旅で出会うもの全て、徹底的な現実世界です。その徹底的な現実世界で日々生み出される「芸術」に、「女優富田望生さん」は邂逅していくのです(富田望生さんが舞台挨拶で仰られていましたが、だからこそ劇中で富田望生さん本人と役としての「女優富田望生さん」との間に揺らぎが生じていきます。チラシにもあるように「どこまでがドラマで、どこからがドキュメンタリーなのか?」という揺らぎです)。そう言えば「女優富田望生さん」がかけている不思議なメガネにはレンズが入っていません。ある意味、ただのフレームなのです。ただのフレームなので、そのフレームを通して見える世界もまた、眼球と地続きの、変わらぬ現実世界なのです。これはつまり、こういう事なのではないでしょうか?この映画が不思議なメガネを通して提示している世界とは、一見異世界であるように見えて、その実、私達が普段見えていない、いや見ようとしていない現実の「芸術」世界である、という事なのではないか、という事です。この逡巡の中で富田望生さんは「世界はひとつじゃない ああそのまま ばらばらのまま 世界はひとつになれない そのままどこかにいこう 気が合うと見せかけて 重なりあっているだけ 本物はあなた わたしは偽物」と星野源さんの「ばらばら」を口ずさんでいます。これはこの作品のテーマである「あなたの目に世界はどう見えていますか?」という問いかけに対する逡巡です。それは自由でバラバラな芸術の世界だったのでした。
ここで翻って「アール・ブリュット」「アウトサイダーアート」の意味に触れてみますと、この映画のプロデューサー牧野望さんによると「正規の芸術教育を受けていない、市井の人たちによる創作や表現」との事です。この「正規の芸術教育」というのが大問題です。「正規の芸術教育」では、落ち葉を使って折り紙は折りません、音符を使ってひたすら鳥の絵を描きません、フレームだけのメガネを何万個も作りません、毎朝コンビニで自分の顔をコピーしません、筑波山の麓で有機農業してパフォーマンスしません、黒のボールペンでグルグルしながらひたすら葉っぱの絵を描きません、一本の細い線で迷路のようにひたすら空間を埋めていったりしません、そして自分の居住空間の壁という壁、物という物に絵を描いていったりしません。教育とは何でしょう?教育とは「あれしなさい」「これしなさい」「あれしてはいけません」「これしてはいけません」というルールにはめ込んでいく作業でもあるように思います。それは他人と暮らす「社会」を生きていく上で、必要になってくるルールと言えましょう。特に現代はどんどん複雑な社会となっており、そんな複雑な社会を生きていく上では、教育は必要不可欠なものになっているのかも知れません。
しかし、こと「芸術」に関して、「あれしなさい」「これしなさい」「あれしてはいけません」「これしてはいけません」というルールは必要不可欠なものなのでしょうか。ここで冒頭の「女優富田望生さん」に提示された台本の1ページ目の「やっぱ自分の踊り方で踊ればいいんだよ」という「じゃがたら」の江戸アケミさんの言葉が思い起こされてくるのです(これは元「じゃがたら」メンバーのOtoさんによると「いかにそのひとらしく生きることができるかというメッセージ」との事です)。およそ複雑な現代社会に於いて「自分の踊り方で踊ればいい」を実践出来るシチュエーションがどれほどあるでしょうか。私達は自分達が思う以上に無意識のうちに「あれしなさい」「これしなさい」「あれしてはいけません」「これしてはいけません」という枠に雁字搦めになっていて、本来なら見えるはずの超巨大な「双頭ドロー・ウーゲ」も見えなくなっているのかも知れません。これは富田望生さんが舞台挨拶で仰られていましたが、いつの間にか「直感力」が無くなっている、という事なんだと思います。自分の直感的にこうだ!を表現するに至る前に「あれしなさい」「これしなさい」「あれしてはいけません」「これしてはいけません」に引っかかり、自分の直感は不発に終わります。自分の直感で自由にバラバラに「踊りたいように踊る」という事が出来なくなっているのです。
つまるところ、この映画は「芸術」とは本来「あれしなさい」「これしなさい」「あれしてはいけません」「これしてはいけません」的なものではなく、自由でバラバラに「自分が踊りたいように踊る」ものであり(これはまさに石川さんが映画パンフレットで「筑波山麓でのロケは平和そのものだったなあ。誰に指示されるでもなく、演奏者も踊り手も個人個人自由に自己表現して、でもそれが結果的にひとつの大きな輪になってどんどんドンドン広がっていく」と語られたそのもので、この映画のクライマックスシーンでもあります)、その事を富田望生さんが「女優富田望生さん」役として出演して多くの「アール・ブリュット」作家と触れ合っていく中で、気付いて成長していく、という富田望生さん成長物語ロードムービーでもあるのです(実際、2020年に東京藝術大学大学美術館で開催された特別展「あるがままのアート〜人知れず表現し続ける者たち」で「アール・ブリュット」作品に触れた東京藝術大学OBの方は「芸術教育を受けた自分達が作る作品って何なんだろう?」と自問自答してしまったそうです)。
であるならば、ここで言う「アール・ブリュット」が「アウトサイダーアート」という言い方をするならば、「インサイダーアート」とは一体何なんでしょうか。この映画が私達に圧倒的な現実として訴えかけてくるのは、非教育的な「アウトサイダーアート」こそが、根源的な芸術そのものを私達に感じさせてくる、という事です。それは私達が幼少時には皆、持っていたはずの感覚であり、それが大人になるにつれて、いつの間にか消えてしまっているもの、見えなくなってしまっているもの、という事なんだと思うのです(幼少時には何も考えずに描きたいから描く、歌いたいから歌う、踊りたいから踊る、という事が出来ていたのです。そこに「意味」なんて必要ありませんでした。内なる「直感力」で自由でバラバラに「自分の踊り方で踊ればいい」が出来ていたのです)。プロデューサーの牧野望さんも指摘されていますが、この「アール・ブリュット」という芸術分野で障害を持った作家さんが多く活躍されている、というのは極めて象徴的な事だと言えるでしょう。
富田望生さんが劇中で「女優富田望生さん」役としてかけていたあのメガネは、異世界ではなく現実世界しか見えないが、しかしまた、その現実世界そのものを、私達が実は見えていない、という構造を露わにしている舞台装置でもあった、という事でしょう。だからこそ、物語の終盤で「女優富田望生さん」はメガネを外しても、世界がそれまでとは違って観えたのです。そしてその変化は、「女優富田望生さん」を演じた富田望生さん本人にも起こっていたのでした(この時の様子を伊勢朋矢監督は舞台挨拶で「富田さんの目がキラキラしていた」と表現されていました)。だからこそ富田望生さんはこの作品を「宝物だ」と力説されたのだと思います。富田望生さんの人生そのものにも大きく影響を与えた素晴らしい映画と言えるのではないでしょうか。その集大成として、最後に富田望生さん自ら真っ白なキャンバスに作品を描くシーンがありますが、「自分が踊りたいように踊る」感じでキャンバスに描き続けた富田さんは体感では創作時間が1時間くらいに感じたそうですが、実際は3時間を超えており、撮影スタッフの皆さんが水を流す音がマイクに入らないようにとトイレを我慢するのが大変そうだった、という撮影秘話を舞台挨拶で話してくれました。その創作の過程で富田望生さんが着ていた真っ白なガウンは絵の具でカラフルに彩られ、そのカラフルなガウンを着て、映画のラストシーンで富田望さんはパスカルズのメンバーや皆さんと共に「自分の踊り方で踊る」事が出来たのでした(これは富田望生さんが女優として、これからどう生きていくかという事に関わる根源的な問題だったのです)。
ちなみに芸術の「芸」の字は元は「くさぎる」と読み、草を刈り取る意味との事です。それに対し、旧字の「藝」の字は「植える」という意味で、ある意味正反対の言葉です。この映画において、この字をそれぞれ当てはめるならば、「芸」の字の「芸術」は草を刈り取るように整備し、教育された既存の芸術体系「インサイダーアート」を指すと言えるかも知れません。それに対し「藝」の字の「藝術」は、まさにこの映画で取り上げられた「アール・ブリュット」「アウトサイダーアート」、「やっぱ自分の踊り方で踊ればいいんだよ」を体現している「藝術」と言えるのではないでしょうか。その「藝術」は既存の「芸術」のように刈り取られ、整備されたものではない、自由でバラバラなものです。しかしながら、その世界は、私達が忘れてしまっていた根源的な「何か」を思い出させてくれ、私達の心に「何か」を植えていってくれる、私達の心に「何か」を育んでいってくれる、そんな素敵な世界なんだと思います。そして、ここが非常に重要な事ですが、その「藝術」の世界を「藝術」の集団たるパスカルズが楽曲で彩っている、という事であり、この作品で「藝術」とパスカルズの音楽は奇跡の邂逅を成し遂げている、という事です。劇中では永畑風人さん、ロケット・マツさん、坂本弘道さん、知久寿焼さんが「藝術」の世界への扉を開く道先案内人の役割を果たされます。まるでこちらの世界とあちらの世界の狭間を生きるこの世ならざるものの存在であるかのように(個人的にロケット・マツさんがどうやって姿を消したのか気になります)。そしてパスカルズのメンバーみんなが楽器を奏でるトンネルを富田望生さんが通るシーンは、本当にこちらの世界とあちらの世界を繋ぐトンネルのように見えるのです。さらに筑波でロケット・マツさん、原さとしさん、堀口紗与さん、石川浩司さんが自然生クラブの方々とコラボされるシーンは私達をゾクゾクさせてくれますし、何と言ってもパスカルズメンバーと皆さんが歌って踊る大団円シーンは圧巻の大迫力です。必見の感動シーンですね。
ただのアーティスト紹介ドキュメンタリー映画にとどまらない、この世界の根源的な「何か」を全編パスカルズの楽曲で彩りながら私達に示してくれる、「日日芸術」はそんな素晴らしい映画です。新宿K's cinemaでは4月13日(土)から4月26日(金)まで、毎回伊勢朋矢監督とパスカルズ他出演者の皆さんが舞台挨拶して下さいます。映画で取り上げられた作家さん達の作品もロビーに展示されており、実際に自分の目で観る事が出来ます。内容盛りだくさんのパンフレットも販売されています。その後、5月11日(土)から5月17日(金)まで横浜シネマ・ジャック&ベティで、5月16日(木)から5月28日(火)まで東京・田端のシネマ・チュプキ・タバタで公開との事です。是非、皆さんに一度は見ていただきたい、素晴らしい映画です。私ごときの拙いレポートではとてもではないが表現し切れない、素晴らしい世界が広がっています。
この映画を見終わった後、空を見上げた時「双頭ドロー・ウーゲ」は見えているでしょうか。(りんりん)


(本人より)僕もそもそもこういう類に昔から親和性が高いというのは偶然じゃあないよなあ。大量生産されてない素人の個人的アートが置けるニヒル牛を作った大きなきっかけは、スイスのローザンヌでその名もズバリの「アール・ブリュット」という美術館を見て、どんな高名な美術家の作品より「感情の圧」の衝撃を受けたことだし、「日本のアウトサイダーアート」というDVDのナレーションなんかもさせてもらってる。
パスカルズもどこか「デキソコナイの行進」のようで、そのデキソコナイの部分が人間の最も面白い部分だと思ってる。デキソコナイが無かったら、地球はなんてつまらないんだろう。無理してデキソコナイを作るのは違うが、大丈夫、人間全部何らかのデキソコナイで、ただそれに、そしてその魅力に気づいてない人がたまにいるだけなんだから。我々デキソコナイたちは、その存在だけでブラボーなのだっ!

「たま」の本



この度「たま」の本を図書館で読むことができました。
たまを緩く推し初めた頃、この本地元の図書館に置いてないかなと地元図書館のホームページで検索かけたらヒットしたものの、後日図書館に行ったら既に貸し出されていたのでさらに数週間後リベンジして、無事読むことができました。
最初のモノクロ写真を見て、知久さん髪が普通だ!石川さん長髪でスリムだ!と興奮してましたね。
早速本編となる文章を読んでいきましたが、竹中先生難しい言葉使ってるなーと思いつつも最後までスラスラ読めていきました。
やはりたまメンバーの返答を見るのが楽しいというところもあったかもしれません。
そして「さよなら人類」は50万以上売れると書かれてあったのを見て、たまという船に乗っていたに書かれてあったことと一緒だ!と興奮、というか先にたまという船に乗っていたを見たからこそ、このエピソード知ってる!という感じで最初から最後まで楽しく読むことができました。(ラメール・ローラ)


(本人より)竹中さんは「反骨のルポライター」の異名を持って、芸能界とか政界に鋭く斬り込む論客として有名だったね。その竹中さんが癌に犯され余命を知りつつ最後に書いた(実際遺作になった)のが僕らの本だとは悲しいけれど有り難かった。それほどまでに当時素人上がりだった僕らを認めてくれるなんてね。
竹中さんの没年は63歳。あと2ヶ月ちょっとで僕もその歳になる...。

おかやんの思い出

2014年、2015年頃、私は日曜日に西荻窪のニヒル牛に遊びに行くことが多く、ニヒル牛2〈2015年末に閉店〉で店番をされていたRさんのお母様〈おかやん〉とよくお話をさせていただいておりました。

特段、変わった事や特別な事柄は無かったのですが、おかやんに話の相手をしていただき、私も楽しませていただきました。おかやんもそのご年齢の割には頭も良く達者な方。私の職場の上司に似通った所があり、一度その人たちと会ってみたらどうかと思い、私の職場の喫茶店をお教えしました。一度だけ、おかやんはその喫茶店に来てくれた様ですが、あいにくその時の私は仕事で外に出かけておりました。所長とは話が合ったらしく、おかやんを所長が道案内にして差し上げたそうです。

いつの頃からか、おかやんもニヒル牛の店番に上がることは少なくなり、2023年年末にこの世を旅立たれたとのこと。

優しくて頭も良かったおかやん。「もしもその日が来たら・・・」の言葉通り、私も覚悟を決めていた所はありました。
2016年の改装後のニヒル牛でRさんとおかやんの2ショットを写真に撮れたことがありました。Rさんは写真の意味が分からなかった様子でしたが、おかやんは私の意図をすぐに分かってくれたみたいでした。

おかやん様、また生まれ変わって出会えることがあれば、お話のお相手をよろしくお願いします。【2024年1月12日〈金〉かしこ】 (Sankaku)


(本人より)おかやんは本当に作家さんやお客さんに愛されていた。地方からの方など「東京のお母さん」的に思ってた人も大勢いたろうな。とても優しく、でも時に厳しく作品の置き方などを指示することも。作家さんやお客さんにこっそりお菓子とかを「ほら、これ食べな!」と配っていたことなども、亡くなってからいろんな方からの思い出で知った。最高に素敵な義母でした。



映画 窓ぎわのトットちゃん



封切られて1ヶ月ほど経過した1月8日。ようやく、窓ぎわのトットちゃんの映画を観にいくことができました。
実を言うと、トットちゃんに触れるのはこれが初めてだったりします。学校の図書室などで何度か接する機会はあったと思うのですが、なんとなく読まないまま今まで過ごしてきたのです。
そのため、ストーリーにちゃんとついていけるかが少し心配でもありました。
しかし、結論から言えばその心配は杞憂で、あっという間にトットちゃんの世界に引き込まれていきました。

「映画の冒頭から石川さんの声が聞けるらしい」という話は聞いていたので、まずはそこをチェック。著者でありトットちゃんご本人でもある黒柳徹子さんのナレーションを経て聞こえてきたのは……。
「自由が丘〜 自由が丘〜」
おお、確かに石川さんの声! あまりの駅員っぽさにスルーしかけたけど、これは間違いなく石川さん!
その後、トットちゃんに話しかけられ、相手をする駅員さん。後々にも何度か登場しましたが、トットちゃんにとって節目となる日にはいつも必ず、あの駅員さんが登場していたように思いました。

トモエ学園での日々の描写については、もう素晴らしいの一言。
曲がりなりにも人と関わる仕事をしている身からすると、あれほど自分らしく自由に過ごすことができる空間って、築き上げるのも維持するのも、本当に大変なことだと思うのです。先生方のご苦労が伝わる様子も端々に感じ取れました。そんな中で生徒たちが伸び伸びと育っていく様は、じんわりと感動を覚えました。
それだけに後半、少しずつ自由じゃなくなっていく様を観るのは心苦しかったですが。
ともあれ、トットちゃんこと黒柳さんが過ごした幼少期を映像を通して追体験できたことは、とても意義があることだと思いました。
遠くないうちに、今度こそ原作の本も読んでみようと思います。

なお、「劇中に4たまらしき4人が登場するらしい」という噂があったのを終盤に差し掛かる頃で思い出し、慌てて探してみたところ、知久さんと柳原さんと石川さんらしき人物はなんとか見つけ出せました。が、Gさんらしき人物はとうとう分からずじまいでした。(たちつ亭と〜助)


(本人より)なんかいい役をやらせてもらったな〜と思った。そんなにセリフは多くないけど重要な役。作画総監督の金子志津枝さんがたまファンで良かったなー。昭和の懐かしい物もいっぱい出てきて懐かしく、季節の風景が素晴らしく描かれていてストーリー以外にも見どころ多かったね。

ニヒル牛

こんにちは。今回初めて石川さんのホームページに投稿させていただきます。今、ニヒル牛からうちにかえってすぐこの投稿を書いています。初めてニヒル牛をお訪ねしてあるさんとお話する機会がありその際「ホームページ見てます」とお伝えしたところ、「投稿もしてよ」と言ってくださったので『ザ・レポート』に書こうという決断に至りました。ニヒル牛作家の方々の箱の中で不思議な世界観を醸す作品が所狭しと並べられていて、どの方向を見ても作品ばかりであらゆるところから物の力を食らって目眩がしそうでした。そのうちのいくつかの作品を石川さんのCD「鉄塔の墓場」と一緒に家にお迎えした訳ですが、その日から一週間経たないうちに石川さんのホームページを覗いている友達を伴って再来店するほどハマってしまいました。店員さんに構われなくて、程よく狭い店内の雰囲気がステキでした。一回目にニヒル牛にお邪魔したときに手に入れた「鉄塔の墓場」のDVD で石川さんが演奏していた場所に立ってみたらなんだか感慨深く思えました。『ラザニア』を聴いたら、自分の悩んでいることを全て許されたような気持ちになって、石川さんが「天才」と呼ばれていることに納得がいきました。ニヒル牛の存在を知ったのは最近ですが、色んな人によってちょっとずつ作られている濃い空間だなあと感じました。あるさんの気さくな人柄にもとても惹かれたので、もっと通いたいです。初投稿失礼しました。(寿甘)


(本人より)おおっ、ニヒル牛を気に入ってくれて嬉しい。奥のスペースでは数週間で企画展示も変わるので是非。ちなみに2024年1月は作品がお得に買えるバーゲンと福袋、人気作家の山中奈緒子(「鉄塔の墓場」のジャケット画の作者)の絵画の展示などしてるよん。いつかライブにも来てねー!

12月10日 石川浩司とザ・ツリーポットで遊びましょ 大久保・ひかりのうま

石川浩司、入院——。
この衝撃的なニュースは、東北地方に住むとある田舎者の耳にもバッチリ届きました。そして報せを耳にした田舎者は、真っ先にこう思いました。
「しまった! これはひょっとすると、この先ライブに参加する機会を永遠に逃したかも……?」

田舎者が初めて石川さんと対面したのが、しょぼたま瞬間的復活ライブ。もう15年も前の出来事になります。そこで初めて対面し、ご挨拶させてもらったのも、懐かしい思い出です。
それから数年間、田舎者は何度か他のライブにもこっそり参加し、楽しませてもらっていました。
ところが、ここ最近はとんとご無沙汰となっていたのです。それは、田舎者がいつの間にか学生から社会人になっていたこと、多方面に興味が赴いていたこと、ここ数年でよく分からない感染症が流行ったせいであっぷあっぷしていたことなど、いろいろな要因が重なったこともあるでしょう。
とにかくかつてほどの熱量を失い、「そのうちに」と思っていた時期が、田舎者——即ち僕には確かにありました。

そこへ冒頭の報せ。そしてそれを聞き激しく後悔したのも、冒頭の通り。
ひょっとすると、この先石川さんと会うことが叶わないかもしれない。退院された後も今後の症状次第でどうなることか。いや大変なことになった。どうにかして過去に戻れないものか……。とにかく悔いました。
とはいえ、その後の石川さんの回復度合いについては、このサイトの各所に記された通り。救急救命室から一般病棟へ、そして一般病棟から退院された後、わりとすぐにライブにも復帰され、さらにその後各種数値が正常値に落ち着いた報告を聞いて、心底安堵しました。
良かった。まだライブに参加できる。まだ縁があった。本当に良かった。とにかくホッとしました。

さてホッとしたところで着目したのが、石川さんが入院後より繰り返し発言されている、「また会おう!」という言葉。
「『また』とは、果たしていつなのか?」
少し考えましたが、これはすぐに答えが出ました。「今」だと。
過去を悔いても仕方ないし、未来は誰にも分からない。となると、「今」行けるライブに行って会うことこそが、また会うことに違いない。よし、会いに行こう。
こうして、直近のライブスケジュールと自分の予定とを照らし合わせ、一番タイミングがちょうど良かった、大久保・ひかりのうまのライブへの参加を決断したのでした。前置きが長くてすみません。

当日。
ひかりのうまに到着したのは、開場時間の少し前でした。列に接続しているうちに時間となり、次々と受付を済ませた観客が会場内に入っていきます。
僕もその流れに乗っかりながら、少しずつ少しずつ会場内へと入っていきました。
すると。徐々に明らかとなる会場内に見覚えのある坊主頭が。
……石川さん!?
なんと石川さんとザ・ツリーポットのお二人、お店のカウンター席で待機し談笑されていたのです。
少し驚いたものの、そういえばこれまでにも開演前にバッタリ、ということはあったような。それにこれは、開演前に挨拶するチャンスでもある。そうなると、取り急ぎ席を確保の上、挨拶に向かわなければ。
そう思い直しドリンクを受け取っていたところ。なんと石川さん自ら、こちらの方につかつかと歩いてくるではありませんか!
そして僕の肩をポンと叩き、
「久しぶりだね!」
と声をかけてくださったのでした。
お、覚えててくれたんだ……。

なにしろ、僕が最後に石川さんの勇姿を目の当たりにしたのが、宮城県七ヶ浜町で行われたパスカルスライブ。今から5年ほど前のことです。
そしてこの時だって、石川さんにろくに挨拶することもできないまま、会場を後にしていました。即ち、石川さんと実際に顔を合わせ話をするのは、実に十数年ぶりとなります。
顔を忘れられてても仕方ないよなあ、と思っていたところで、この対応。本当に本当に、感激しました。そして、止まっていたような気がする十数年の時が、ようやく動き出したような、そんな感覚を覚えたのでした。
石川さんに席を案内され、座ったすぐ隣には、初対面のりんりんさんが。初めましての挨拶をさせていただき、初対面とは思えないほどあれこれ色々とお話が盛り上がったところで、開演時間となりました。

まずは、ザ・ツリーポットのお二人から。
結論から言うと、このお二人はとてつもない才能を持っている! と強く思わされました。
担当が決まった上でそれぞれギター・ピアノを饒舌に弾くことは序の口として、曲中にコロコロと楽器を持ちかえ演奏する表現力(覚えてる限りだと、ピアニカや鉄琴、大正琴、リコーダーなどを演奏されていました)、セリフやMCを挟みながらも正確にリズムを刻みつつ演奏するテクニック、ハーモニーの綺麗さ、練りに練られている歌の世界観、と、目を見張る凄まじさに満ち溢れていました。
途中お二人でカバーしたたまの「電柱」も、完全にこのユニットで再度料理し直し、自分たちのものにしているように思いました。
初めて拝見拝聴しましたが、実に素晴らしかったです。ひょっとすると将来、この方々の楽曲やパーソナリティーが世間を賑わすことがあるかも……? まるで、たまが世間に認知された時のように。

休憩を挟み、いよいよ石川さんが登場!
最初に演奏した「マトリョーシカ」。これを聴いて、僕は驚かされました。それはズバリ、
「石川さん、本当に病気した!?」
ってことになります。
普段不器用を公言している方とは思えないほど、テンポよく疾走感に満ちたギターのカッティング。なんだったら、僕が一所懸命通っていた十数年前よりも、さらに進化している感じすらしました。
ここまで格好良くジャカジャカと早弾きをされてしまっては、「どこが不器用なんすか!?」と、問い詰めたくなっても、仕方ないですよね? 仕方ない、ってことにさせてください。それほどに、格好いい幕開けでした。

その後、突然段ボール+石川浩司の音源のカラオケで「ワカラナイ」や「準備体操」を全身を使って歌ったり、「ハゲアタマ」の3番の出だし「中耳炎」の「チュ」でちょうど正面にいた僕に向かってチューの顔をしてきたりと、様々な歌・パフォーマンスが続きます。イシマツから生まれたとされる「手」も、かなりの好みでした。
そんな楽しいソロコーナーが続いた中で演奏された、しんみりした新曲こと「遠足」は、かなり沁みました。
前々から、僕が死について漠然と思っていたことを、歌にしてくれた。そんな気がしました。その上で、あの曲調。
以前、この曲のタイトルを募集された時に僕も応募しましたが、僕が提案したタイトルではとてもカバーしきれないような奥深さを、いざ曲を聴いてみた時に感じた次第です。
この詞、そしてメロディーには「遠足」が一番しっくりくる。そう確信し、名付け親であるひももんさんの素晴らしいセンスにも、拍手を送りたくなったのでした。

石川さんのソロコーナーが終わり、再び休憩を挟んだところで、いよいよ2組のセッションコーナーです。観客全員が驚くほどの石川さんの大声から始まりました。
まずは「緑の小鳥」という、ザ・ツリーポットの曲から。石川さんはひたすら風船を膨らまし飛ばしたり(1個割っていましたが)、おもちゃを鳴らしたり、スティックを両手にお店の太鼓から何から叩いて回ったり。
この曲の間奏で、3人でしりとりをするところがあったのですが、その中で「牛小屋」から石川さんが「柳原陽一郎」と繋いでいたのは、思わずニヤリとさせられました。
その次、これまたザ・ツリーポット歌唱によるたまカバー「夕暮れ時のさびしさに」もお見事。知久さんのイメージを引きずりすぎないザ・ツリーポットの表現力に、これまた圧倒されました。その一方で、石川さんのあの馴染み深いコーラスも、健在でした。
続く石川さんボーカルの「家族」から、とうとう最後の一曲。ザ・ツリーポットの曲である「すてきなあなたに」が始まりました。
「大好きな人を思い浮かべながら聴いてくださいね!」のMCから始まったこの曲は、確かに誰かと一緒にいたくなる気分を掻き立てる、楽しい一曲でした。
するとこの間奏で、石川さんが何やらゴソゴソと。取り出したのは、手紙。後で聞いたところによると、ここで誰かに宛てた手紙を読んでほしい、と指示があったんだそうですね。
この手紙の宛先が、ひかりのうまの店主でもあるマルタさんだったのです(実はこの時、初めて店主がマルタさんであることを知って大いにビビっていました)。
その手紙の内容としては、かいつまんで書くと「長いこと付き合いがあるマルタさんと今なお付き合いが続いており、さらにこうやってライブを開催できている。これが本当の幸せの形ではないでしょうか」といったところ。
思わず、そうだよなあと頷いていました。ましてつい先日まで、体調を崩していた石川さん。この手紙の内容はかなりの実感がこもっているように思えました。
その幸せに同居させてもらったことにまた幸せを感じつつ、ライブは無事終了したのでした。

今回のライブについての感想を端的に表すと、石川さんがソロコーナーの最後に歌っていた、「ピンクの象」の一節を拝借することになります。
この歌は亡くなった山下由さんや三木黄太さんを想っての歌だと、MCで話されていました。僕も歌詞の内容から非常に納得しましたが、その上で、

  時は決して戻らない
    あの日あの時何してた……

この詞こそまさしくここ何年かの自分のことだと、勝手ながら重ね合わせていました。何しろ、危うく冒頭の後悔が現実になるところでしたから。
とはいえ、かようにパワフルなパフォーマンスを披露できるほどに回復し、今回僕もライブに参加できたという事実。時が決して戻らない以上、やはりお会いするべきは、後回しにした未来ではなく「今」だったんだな、と強く実感したのでした。
今後、どれほどの頻度になるかは分かりませんが、なるべくたくさんの「今」を見つけ、再び石川さんの活動の隅っこに参加させていただければと思っています。
ということで、石川さん。またお会いしましょう。死なない人はどこにもいないと分かっちゃいますが、どうか、なるべく死なないようにお気をつけて。(たちつ亭と〜助)


(本人より)遠路はるばるありがとー。東北の缶ジュースいろいろありがとー。投稿再開ありがとー。お互い生きててありがとー!