話題74 これだけは許せない(3)

2ヶ月毎のカレンダー。11月と12月は絶対クリスマスとか雪景色のイラストや写真になってる。11月気分をもう少し出してもいいんじゃないかな~?と思う11月生まれの私。 19/11/14(もちっこ)

11月は秋も深まって、昔より好きな月になった。 19/11/14(石川浩司)

例えばお店などで、あと1歩で完璧になれるところが、致命的な欠点を抱えていて勝利を逃すという例をよく見てきました。
品揃えなどは東京の進んでいるお店よりもいいかもしれないのに、店主や店員が態度がとても悪い、という例は少なからず見てきました。

とっても安っぽいお粗末な心意気を感じたので、そういうお店には行かないようにしました。
ただ嫌な気持ちにさせられてしまいます。 20/2/4(Sankaku)

お店やっててそういう態度の人って、意味がわからないよね。
自分で自分の首絞めていて不平不満言う人、いるよね。 20/2/4(石川浩司)

小・中学校の時は、だれがだれを好きだという事を冷かしたり、大いにこき下ろすことがあったのは、どなたにも経験があるかと思います。
そんな奴らが高校にも上がると、急にしかめっ面になって本気で恋愛しています、という面になった時、なんだこいつらは、と思いました。

なんとなく思うのは、そういうやつらは若いうちにしかハジけられない、大人になったら何もかもがダメになっていく、という事を示しているのではないかと思います。
そういう意味では、人生ずっと自由を目指して生きていられることは、ある種の勝利ではないかと思う所です。 図らずも投げやりな気持ちになってしまった事もありましたが、意識の上では、私は自分の人生が駄目だと思ったことは一度もありません。 20/2/4(Sankaku)

まぁみんなに流されるようなことしている人は大人になったら社会に流されるだけよ。フロ~フロ~。
独自の道を本人が気づくと気づかざるにかかわらず進んでこそ、ひとりの人間という気がするのだけど。 20/2/4(石川浩司)

19/11/2、20/2/4の追記

私が職業訓練をしていたころは、他者への気遣い、心地よい仕事の仕方、視野を広く、意識を高く持つなど、仕事の基礎や基本を徹底して教え込まれた感じがします。
その視点から見ると、仕事の本番とも言える立場に置かれている社会人たちが、この精神に及んでいないところを少なからず見てきました。

資本主義社会の経済の自由競争という厳しい立場に置かれながら、どうしてこんなにも舐めた根性で、不足した心構えで働いているのかが不思議です。
客であるこちらは、お金を払います。こっちもお金を払ってまでわざわざ不快な思いをしたくはないので、そういう所に行くのはやめさせていただきます。
厳しい環境に置かれながらも楽しく仕事をこなす、そんな人には自然とお金を落とせてしまいます。
そういう所をこれからさらに見つけてゆけるようにしたいものです。 20/2/24(Sankaku)

不愛想は性格でしかたのないところもあるが、そういう人は客接待の仕事は向いてないということなんだよね。別の仕事を探した方がいいのにね。 20/2/24(石川浩司)

確か「バットマン」の宿敵だった「ジョーカー」の映画のお知らせパネルが近所のTSUTAYAにあります。〈2020年2月3日(月)現在〉 その宣伝コピーはこんな感じの言葉でした。
『本当の悪は、笑いの中にある』

大いに心当たりのある言葉でした。
私が中学生の頃、運動部(特に野球部)の調子に乗った男子たちは笑い顔で人を罵り合っていたものです。
満面の笑顔で「こいつバカだ、うぜー」などと言われてしまうと、こっちも返す言葉がなくなります。
「話題4 人殺し 19/2/15」に投稿いたしましたが、こういうやつらこそ、ちんこ(生殖器)を切り取ってやったらよかったのではないかと、今になって思います。

なぜこんなにも最低への道を突っ走っているのか不思議なくらいでした。
こんな奴らが一端に結婚しガキを作っているのかと思うと、今でも正気を失う位に怒りにかられることがあります。

「悪い奴ほどよく笑う」

お笑いタレントの志村けんさんは「人が笑っているのはいい。笑っている人を見て、『あいつ笑ってるよ、バカヤロー』と思うことはないでしょう」と仰っていました。
日本のお笑いの創成期を担ってきた志村さんの発言に下手に異を唱えるつもりはありません。
しかし、人を嘲って自己チューと吊し上げ、自分たちの些末的な楽しみしか追い求めない、自分勝手な人達の笑い顔を見ると本当にそうなのか、はなはだ疑問です。 20/2/24(Sankaku)

笑い顔でも心からの笑顔と皮肉の笑顔とか種類もあるしね。 20/2/24(石川浩司)

横入り、すごく許せません。
一度元気な老婆5人に横入りされたときは、さすがに切れてやろうかと思いましたが、グっと堪えました。
ふと後ろを見たら、杖をついたヨボヨボのおじいさんが長蛇の列の一番後ろに並んでました。
・・・、順番を譲ろうかと思いました 20/3/8(ズミ天)

そのヨボヨボさんを肩車しなされ。 20/3/8(石川浩司)

目の前で夫婦喧嘩をされること。これ結構見てる方もストレス溜まるんですよ。 小さい時に一回親に殴りかかって止めようとしたことがありましたが全く効果無しで、ああ、これが大人か...と思いました。 20/3/16(ナタデンココ)

大人も子供も同じ人間だからねー。ただ年月が経っただけで。 20/3/16(石川浩司)

コロナウイルスに感染した人がライブハウスに行っただけで、ライブハウスを悪く言う一部のメディア。
そして40代、50代の人がでわざわざ遠くのライブハウスに行ったのが考えられないみたいなコメントしてたのがムカつく。
若い時に遠出のライブがなかなか出来なくて、今ようやく遠征できる楽しみを持った者としては当たり前の事なんですけどー! 20/3/16(もちっこ)

まあ大阪で広がったライブハウスは、単にライブハウスを会場として借りた婚活パーティだったようだね。なので本来のライブは行われてなかった模様。マスメディアはそこまでちゃんと報道しろや~。 20/3/16(石川浩司)

ちょっと悪い言葉を使ってしまいますが、お許しください。高校時代のキチガイ教師共が許せません。学内で要職にある教員Aは、生徒に何度も恫喝を加えてきました。一般社会なら、パワハラとして訴えられても文句は言えないような感じです。教育は大事ですが、教育だから何をやっても良いわけではないでしょう。一般社会で禁じられていることが、どうして学校なら問題にもされないのか。
 で、不満を持った僕は、このことを当時の担任Bに相談し、Aが教員たるにふさわしくないので、何かしらの処分をするよう要求しました。すると「でもA先生は立派な先生だよ」と言い、僕の要求を一笑に付しました(「何でこんなこと言ってくるの?馬鹿じゃない?」という感じ)。その後もBは、怒って不登校状態になった僕に対し、「なんで学校に来ないの?自分勝手じゃない?」と言い(「いや、お前が何もしないせいだろうか」と思った。だいたい、ろくでもない教員を罰することは、生徒のため、学校のためになるのだが)、「学校を休むと先生方に迷惑なんだけど、自分がどんなに多くの人を困らせているか考えて」と言い(そっくり返したい。「あなたの冷淡な対応で僕がどれだけ苛立ったか考えて」と)、挙句の果てに、つい2,3日前「合格おめでとう。頑張って」と言ってきました(今までさんざんこっちの要求を無視してきて、今になって「頑張れ」とは)。本当にろくでもない教員だと思うのですが、どうでしょう。 20/3/31(未成年)

「でもしか教師」の典型かな。「他に能力もないし教師にでもなるか〜」「教師にしかなれない〜」の。
教師が全員そうだというわけではもちろんないが、しょーもない教師は俺もたくさん見てきた。ま、そういう輩は無視して自分に合った人を見つけていこう。 20/3/31(石川浩司)

  最近のトイレ事情。まだ用も足してないのに、いきなり水が流れてびっくりする。 20/4/18(もちっこ)

俺、立ち上がって尻を拭くタイプなのでいつも「ああぁっ」とまだなのに無駄水が流れちゃう。二度手間。 20/4/18(石川浩司)

例の騒ぎで閉まってしまった我が大学の付属図書館。だいたい、学生にとって図書館は生命線です。水道が止まったら生活に困るように、図書館が閉まったら勉強も研究も壊滅します。高い本を買って家で読みなさい、ということでしょうか?貧乏学生に?たしかに大学としては「自粛」のポーズだけでも示さないといけないでしょう。でも、いつも図書館にそんなに人はいません。国会の方がはるかに人口密度は高いですから(僕がよく籠っている書庫なんて、1フロアに1,2人しかいません)。そんなところを閉鎖しても、向学心に溢れた学生が困るだけでしょうが。何とかしてくれないと困ります。 20/5/2(未成年)

政府はとにかく内容よりも見せかけの「やってるふり」ばかりだもんねー。
日本は遅れてる。後退国。 20/5/2(石川浩司)

レジで行列ができてイライラするのはわかったから、店員に八つ当たりしないでくれ と思います。悲しくなります。 20/5/11(ズミ天)

そういう人はそこだけじゃなく、あらゆるところでトラブル起こしてる。
そんな人ひとりのおかげで街の印象が変わることもあるよね。 20/5/11(石川浩司)

またしても図書館ネタです。大学のレポート作成のため、戦前の雑誌を参照しないといけなくなりました。所蔵確認をしてみると、県の図書館が持っていました。行って見よう、コピーを取ろう、と考えていると、「雑誌は貸出禁止。コロナ対策のため、閲覧席の使用不可、コピー機使用も禁止。閉架書庫の書籍は閲覧禁止」ということでした。つまり、行っても見ることすらできないとの由。このままではレポートが完成できず、単位取得に支障が出てしまいます。しかも見たい本が貴重なものなので、「じゃあ別の図書館で探しましょう」というわけにもいきません。困っています。嗚呼。 20/6/13(未成年)

まあ今は本当に地球規模の特殊な時期だからねー。俺も58年生きてきてこんなこと初めてだもの。理由を説明すれば教授も分かってくれるんじゃないかなあ。 20/6/13(石川浩司)

続・最近のトイレ事情。
20/4/18 用も足してないのに水が流れると投稿しましたが、今日は個室に入る前に流れました。まるで私自身が汚物と反応されている様。 20/6/19(もちっこ)

顔にうんこ付けてなかった? 20/6/19(石川浩司)

またまた図書館の話で恐縮です。この前地元の図書館に行った時、おじいさんが職員の人と大声で話していました。どうやらおじいさんが何かの設備を利用しようとしたものの、コロナで使えないと言われて怒っているようです。「あの部屋は貸してるのに、こっちはダメなのか」「そんなこと言ってると、図書館に人来なくなるよ?本離れだよ?」と。たしかに気持ちはすっごくよく分かるけど、何の権限も無い(たぶん)司書の人に言ってもねえ。 20/6/26(未成年)

そうそう。国の対応が良くないと言ってクレームを職員に入れる人もいるけど、職員は何もできない。むしろ上からと市民の間の板挟み。
それが良くないと思ったら結局選挙に行って上の人を変えるしかないんだよね。 20/6/26(石川浩司)

マイクロソフトが許せません。アップグレードとか更新とか言ってますけど、更新するたびに使いづらくなっている気がします。デザインとかフォントとかもあんまりです。あと、日本支社もあるんだから、変な日本語訳の説明をいちいち出さないでください。 20/6/26(未成年)

システムが変わるとこっちも覚え直さなきゃいけないしね。ようやく使い慣れて来た頃に。
たぶん上から「常に目新しいことを」とか言われて変えなくていいところまで変えちゃうケースもあると思う。もっとドッシリかまえて欲しいところもあるよね。 20/6/26(石川浩司)

そっか~。顔にうんこ付いてたから個室入る前に流れたのね~。納得~っ…て、んなわけあるかーい!{笑}
そんなノリツッコミは置いといて。
センサーが敏感過ぎる洗浄はびっくりするし、水の無駄遣いにもなるので腹立たしくなる時もありますが、最近の日本のトイレは世界一綺麗だと思ってもいますよ。 20/6/26(もちっこ)

最近はタイとかでも空港とかショッピングセンターはウオッシュレットになってきたね。あっという間に世界中でそれが標準になるかもね。 20/6/26(石川浩司)

許せない、というより人生や人間って得たいが知れないと思った出来事。

父親の兄〈伯父さん〉の奥さんが画家をやっています。そこそこ名の知れた方らしく、テレビにも出たことがあるそうです。
人当たりもよく優しい人なのですが、この人がとんでもない性格なのです。

団地に住んでいるのですが、ペットを飼ってはいけない住居なのに、猫を20匹近く、また犬を3匹ほど飼っていました。
捨てられた猫がかわいそうとのことで、どんどん拾ってきてしまうそうです。
旦那さんである伯父さんが、夜に管理人の目を盗んで犬の散歩をしているとのことですが、管理人にも目をつけられているそうです。

父親もおばさんの展覧会を手伝いに行ったことがありますが、「アイツ〈おばさん〉は、自分は座っていれば絵のほうが勝手に飛んで行って壁に張り付いてくれると思っている」と冗談ながらに文句を言っていました。

いずれも父方の家族の人間ですが、これらのことを見ると、人間っておかしくなっていくしかないのかな、と子供ながらに思いました。
石川さんやたま、ニヒル牛作家の方たちのように、より豊かな才覚を持ち、社会生活もきちんと営んでいる人たちの存在は、私にとっては救いでした。

改めて私も少しは遠くに来れたかな、と思う次第です。 20/8/11(Sankaku)

まあ表現者はどこか世間とのズレはあることは多いかもね。そうじゃないと見えてこないものや、一般的ではない価値観がある人も多いのかもしれないね。 20/8/11(石川浩司)

19/9/17の続き
中学生の時に読んだ本に書いてあったのですが、義務教育など無くしてしまえ、という意見がありました。
その時、その意見は極論として書かれていましたが、今のこのご時世、そして私自身の体験から、もうその意見は決して極論ではありません。

何も考えない、社会に従事する人間を大量生産するだけの学校教育。
ほかの話題にも書いてきたように、私も学校教育に人生をつぶされた身なので、もう社会がどうなろうと関係ない所まで行きたいと考えています。 20/11/19(Sankaku)

義務教育の形が学校だけじゃなくていいよね。今後はネットを使って「学校もどき」のものでも教えられることあるんじゃないかな。特に学習の部分では下手な先生にまどろっこしく教わるなら、全国で一番うまい教え方の先生に教えてもらう方がいい。
もちろん学習以外でも、学校という場だからこそ必要なこと(ある種の社会性とか)はあるから、それは補う方法を考えてだけどね。 20/11/19(石川浩司)

この話題の中で、特に未成年さんが主張されていましたでしょうか。
「学校の行事をやりたくない者もいるのに、そういう想像できない輩がたくさんいる」
私も心たりがあるので一つの記憶を振り返ってみたいと思います。

高校2年の時に、クラスのリーダーを気取っている小男がいました。
自分が一生懸命やっていることは、ほかの人も一生懸命やるべきだ、ともいう感じの器量の小さな男でした。
ある時、文化祭か体育祭の時のクラスの会合で、私はうんざりして疲れ果て、ほとんど机に突っ伏して寝ていました。
すると、そんな私に怒ったのか、その男が私の後ろの席に座り私の椅子を蹴ってきました。
私も切れて反撃しましたが、ちょっとしたけんかになり、その男は「〈私の頭を〉バットで砕きてー」などとほざきながら、教室を出ていきました。

またその男が機嫌の良かった時のことですが、クラスの合唱祭で、その男は、クラスの人数分CDからテープに音源を焼いて、一生懸命アピールをしてクラスの者たちにテープを配りました。
未成年さんが言われてように、自分が一生懸命になっていても、それをやりたくない人たちもいる、ということが想像できない、いい典型でした。

結論を言うと、気のいい男を気取ったサルみたいにキーキーうるさいだけのバカでした。
つくづく学校というのは、世の中の理不尽さを知る所なのだ、ということ見せつけられた出来事の一つです。  2021/3/26(Sankaku)

大人になってもそういう人いて、困惑すること時々ある。しかも本人は良かれと思って親切心でやっているから本当に困る。特に新興宗教の人たちとか...。  2021/3/26(石川浩司)

散々匿名で他者の悪口を書いておきながら、いざ自分が悪口を書かれると〈被害者アピールするための自作自演だが〉「私はこういうのを見過ごせない性格なんです」と平気でほざく、あまりにも愚劣な行為。
これだけは絶対に許せません!ていうか、何なの?馬鹿なの?恥ずかしくないの? 2021/5/15(テングザル)

そういう人もいるのか。いろいろだね。 2021/5/15(石川浩司)

21/5/15のテングザルさん、もう、無視すればいいんじゃないでしょうか。

無駄に閲覧/投稿歴が長いためか、なんとなぁく誰の誰に対する何かは察することは出来ますが、その人に対して各コーナーでの投稿で反撃することはもはや泥仕合の様相を呈しており、間接的な罵詈雑言の掛け合いは見ていて心が痛みます。

私の尊敬する投稿者のある方はこう仰いました、「反応をすればする程相手は喜ぶので、一番の対処法は無視」と。
また他の方は、「このHPを見る時にはその人の投稿は頭がオートスキップする機能が付いた」などとも。

投稿を拝読した限りではその相手は本当に度し難い存在ですが、そんな行為をする者は皆おなじ眼でその人のことを見ています。口〈投稿〉には出さないだけで。
ですので、今まで受けて来たことの悔しさ、悲しさは心に秘めつつ〈何故か私まで腹は立ちますし許せませんが〉、もう今後なにを書いて来ても相手にしない方向で心を楽になさってはいかがでしょう。

事情も知らないくせにとんだ場違い発言、ご容赦下さいませ。私はテングザルさんのウィットに富んだ投稿が大好きです。これからも、楽しみにしてますね♪  2021/5/25(オポムチャン)

俺もここの投稿はレス義務があるから書くけど、他のツイッターやFBなどのSNSでは、時々くるつっかかってくるコメントは、無視一択。
反応は相手の喧嘩にまんまとのるということだからねー。 2021/5/25(石川浩司)

許せない、というより、ホントにヤッちまった感のある、1人の男性の話です。

その男性はMさんとしておきましょう。
10年以上前、私とMさんは仮面ライダーのフィギュアを集めていることで意気投合し、フィギュアを交換するなどの交流が始まりました。
一番のサプライズは、2012年ごろ「HDM創絶」というトレーディングフィギュアの、仮面ライダークウガをいただいた事。
「最高に好きな特撮キャラクター」「最高に好きなフィギュアシリーズ」「最高の出来」、そして「最高の出会いから生まれたこと」など、私にとって最高の要素が3重にも4重にもあります。 これは、私自身が本命とし、私が自分で買うべきフィギュアでした。
それをプレゼントしてくれたのは、まさしく感動という他ありません。

私も、2019年ごろに焼き肉の食べ放題をご馳走し、このMさんとの仲は、これで完結しました。

最近のMさんは、著しく調子を悪くし、2021年11月現在、先輩の男性Sさんの家に入り浸っているそうです
それ以前にも、Sさんから世話してもらい、喧嘩別れをして一時は交流が途絶えていました。
散々Sさんの悪口を言って別れたそうですが、今現在、もはや自殺寸前という所まで追い詰められているらしく、またSさんのお宅に出入りしているようです。

追い詰められているのは仕方の無い事なのかもしれませんが、正直な話、Mさんにプライドは無いのかと思ってしまいます。
Mさんは学習障害であり、このような、字のたくさんある本やホームページが読めないそうです。 また、よくない人物と付き合い、金をたかられているそうですが、そんなことにも懲りずにそういう悪い人と付き合っている事にも、Sさんはご立腹です。
さらに致命的なのは、もともと頭が良くないなどに加えて「毎日が勉強」「日々、自分を見直す」などの哲学や人生訓などもなく、結果的に欲望に流されてばかりいます。
世話をしているSさんもMさんのそのような悪い立ち振る舞いを批判されています。

結論を言えば、Mさんの人生ですから私は関知する必要もありません。
しかし、楽しみを共有してきた人がいなくなるということも悲しいことです。
運命というものも、すぐにどうこう出来るものではありませんが、決して変えられないものではありません。

「知らない事は罪、知ろうとしない事はもっと深い罪〈船瀬俊介〉」
人生を豊かにする方法は無限にありますが、自分だけの小さな世界しか関知せず、その広大な世界の可能性を閉じてしまうのは、とても残念な事です。  2021/12/14(Sankaku)

それは病気なんだよね、おそらく。変えたいと思っても変えられるものと変えられないものがある。
寂しいけど、それもひとつの事実なんだよね。 2021/12/14(石川浩司)

挨拶をしない人。気づかなかった、聞こえなかった場合はしょうがないですけど、あえて無視する人。私は嫌いな人でも挨拶だけはするようにしています。人としてそれだけは欠かしてはいけないかな、と。 2022/5/7(ひーちょけり)

ミュージシャンはステージでは暴れん坊のイメージの人でも、意外と挨拶はみんなきちんとするなー。 2022/5/7(石川浩司)

もはや許せない、というより、「日本の世も末」と思った出来事

ここ何年か、食堂やレストランで、特に高齢者や年配者に、非常にみっともない食べ方や食べ物の残し方をする人が増えてきているように思います。
この前、近所の食堂に行ったとき、テーブル席に3人の年配者と老人が座っていました。
どうやら食事が終わったようなのですが、お膳や食器を見たとき、「あれ、まだ食べている途中なのかな」と思うほど、キャベツの千切りや汁ものが残っていました。
ひと昔ふた昔前で、しかも子供だったら大人から叱られそうなくらい、みっともない残し方でした。

そういうものは個人の勝手、という理屈もいい加減どこまで通るのでしょうか。
日本は食料を大量に無駄遣いしているという話も、もう立派に表面化しています。
「なんで食べることはこんなにおざなりになってんの⁉ ホントにイケてない発想だよ」とは1日1食を実践する、歌手のGackt さんの言葉です。
食べなければいけないと言う思い込み、そして食料の供給の面でも徐々に危機的な状況が迫りつつあるのに、食べてゆく事に何の疑問も考えも情報も持たず、食料の無駄遣いを垂れ流す。更には食事の退廃による不健康の持て余し。
戦後の食事の急激な欧米化により、日本人の病気〈贅沢病〉の増加、精神や頭脳や体力の劣化はもはや疑い様がありません。〈発達障害の増加もこれが原因と言われています〉
食べる事を何も検証せず、食べる力すらも衰えてゆく。食べられる事に感謝して存分に楽しむという気概が面白いくらいに見られません。
『愚劣滑稽』もここまで来ると、却って見事なものです。
「なんて豊かなニッポンになってしまったのだろう。タダれている!!」

ここまで書きつつも、私はもう、これらの事を批判したり目くじらを立てる気概は持ち合わせていません。
なるべく邪魔はしないでもらって、自由と楽しみを極めて生きてゆきたいと思っているだけです。
「断食や不食の効果は50、60代になってから」とは繰り返し自戒しておりますが、果たして私がその年齢になる頃には、世間は、そして日本人はどうなっているのか。
意地悪いかもしれませんが、非常に楽しみなところです。  2022/6/26(Sankaku)

本当にマナーが悪いのかもしれないけど、もしかしたら単純に「食べられない」のかもしれないよ。
うちの妻はご存知の方もいるだろうけど、ぶっちゃけ肥満体型です。
しかし、外食だとラーメン一杯が完食できません。定食を頼む時は「ご飯は半分にしてください」と頼むけど、それでも全部は食べられません。
年取ると、若い時の量は食べられないので、そういう可能性もあるんだけどね。 2022/6/26(石川浩司)

許せない、と言うより非常にもったいないと思った出来事。

朝日新聞の4コマ漫画「ののちゃん」でのあるシーンです。
家族で自動車で出かけて、帰りにレストランに入ったシーンでした。 お父さんのセリフ「さっさと食って帰りたい、みんな同じメニューにしよう」

このセリフが私にとってはあり得ません。
外食という、少なくとも私にとっては安くはないお金を使う楽しみを、見事にフイにしているような感じです。
もう本当に食べる事の楽しみや感謝を、無駄遣いしてしまっているような感じがします。

ありふれた日常を題材にしている漫画であり、こういう事柄も世間的には珍しくないものかと思われます。
しかし、逆に言えばそれは食事への感謝を忘れている行為であり、それこそ日本人がたるんでいく要因であると思われます。
主に、ジャーナリストの船瀬俊介 先生の御本の読者にとって、特に1日1食の断食の実践者にとっては、食べられる事は本当に有り難い事であり、そして人生を大切にする行為に繋がります。

食料・飲食価格が値上げする昨今、どこかでしっぺ返しが来てしまうのではないでしょうか。
やはり、食べるという行為を早めに改めなければ、日本人も苦しいと言うか、窮屈な事態が来てしまう様に思います。  2022/7/15(Sankaku)

友人数人とどこかの食堂行ったら、「作るのめんどくさいから、同じメニューにして」と言われたことあったな...。 2022/7/15(石川浩司)

許せないというより、これこそヤッちまった感のある人のエピソードです。

仕事先の建物のすぐ近くに有名スーパーがあり、そこにはレジ打ちの店員で、スターと言うか名人といえる方が2人いらっしゃいました。
1人は妙齢の若い女性。品物の受け取り方から違う抜群の感じの良さで、また美人でもあり、こうやって覚えているくらいだから、本当に印象深い人だったと思います。美人で仕事もしっかりしていると本当に惚れます!!〈笑〉
もう1人は初老の白髪の男性。仕事や所作の中で明らかに「間」というものを意識されている様子が窺え、とても感じがよく、この人の存在も明らかに印象がありました。

男性の方は今でも夜間のパートに入っていらっしゃるようですが、若い女性の方は最近は見かけなくなりました。
その代わりに、最近はそのスーパーで違和感を感じる人も見かけるようになりました。
ある中年のパッとしない女性。一見すると清楚な感じがしなくもない人ですが、喋り方や語調をちょっとよく観察してみると、ただオドオドしている臆病なだけの感じもします。何かしらのミスも誘発しそうな感じで、やはりちょっとこういう人には近づきたくないと思ってしまう所です。

もうひとつ。
最近になって町はずれの公民館の中にある図書館によく通っていますが、そこでも違和感のある人を見つけてしまいました。
ちなみに言うと、その図書館ではインターネット用のパソコンを貸し出していて、例えば20回行った内、18回の確率で、他の人が使っている事なくスムーズに借りる事が出来ます。
ある日、私がパソコンを借りようと思って挨拶もそこそこに司書員の方の前に立ったのですが、私がまだ何も言っていないのにその人はいきなり、「っっ、かしこまりました&%$’(?パソコンですか?」と訳の分からない言葉を発し、混乱されてしまったような感じでした。それこそこちらは何もしていないのに、いきなり謝り始めた感じにも似ています。
「調子でもお悪いのですか?」とでも声を掛けてやれば良かったと思いますが、私も何だこりゃ、と思ってちょっと引いてしまいました。

普通ってそんな難しいモノなのかな、ちょっともの寂しい感じもしました。
改めて、良い人の存在というものは本当に尊いものであると感じます。 本当に自分のフィールドを広く持っていないと、ちょっと危ないのかもしれない感じもしてしまう所です。  2022/8/4(Sankaku)

まぁ、世の中いろんな人がいるから面白いんだよね。その日の体調や機嫌などによって印象が大きく変わることもあるしね。なるべく優しく見てあげたいね。 2022/8/4(石川浩司)

最近になって分かった事ではありますが、私が通っていた合気道教室の老人師範は今から思えば、威厳がある風を装っていましたが、かなり訳の分からないインチキ臭い人でした。 もう会の名前も言う気もありませんが、演武会で「真剣白羽取り」というものを披露した事があり、これはもうイカさまというか、完全にお芝居でした。
一見臨場感があるように見えて、よく見るとその老人が受けられるように剣が振られているのです。老衰もいいところで、はっきり言って中間管理職に当たる人たちの方が、面白いことを教えてくれました。

話変わって15年以上前、NHKの特集番組で取り上げていられた、ある山寺の高僧について。
この人も偉い人であったようですが、車椅子を押してもらって生活しているようでした。
老人が車椅子で生活するという事は悪い意味でありふれた事であり、面白くもおかしくもありません。
ジャッキー・チェンの映画に出てきたような、老人になっても若者に引けを取らない拳法の立ち回りが出来る人、はっきり言ってこういう人からの方が教えを乞いたい所です。

許せない、を通り越してこの日本社会には呆れてしまいます。もう、健全に長寿を全うする、という発想は消えかけているのでしょう。
明るい話題に転ずるにしても、健康長寿の秘訣は食事の良質化、と唱える本もあります。
自然な生き方に徹すれば、人間は120歳くらいまでは生きられる、という説に挑戦してみたいものです。  2022/11/11(Sankaku)

うちの親父は会話はできるが、もう電車には乗れない。そんなもうすぐ94歳。 2022/11/11(石川浩司)

許せない、を通り越して、もはやどうでもいいこと。

悪く言えば、「食事」という生活の大切なイベントをロクに検証することもなく、垂れ流しで毎日を生きている愚民どもは、私がどうこう言わなくても、その内手痛いしっぺ返しが来る事でしょう。その時に私を巻き込むことなく、潔く、くたばってくれれば何も言うこともありません。
糖尿病や血管の詰まる病気、高肥満などの生活習慣病が激増する昨今、いい加減に本当の健康を追求しなければ、日本人の行く末などたかが知れています。【知らない事は罪、知ろうとしない事はもっと深い罪】

良い言い方をするのならば、「食事」は良いやり方をすれば、人生を楽しくする実に大切な手段です。半日断食や1日1食の感覚、節度や節制の感覚、そして真の健康を獲得すれば、そこには自由の大地が広がっていました。
もし、 石川さんのおっしゃる「グータラな生き方」に、半日断食の感覚、そして出来る事なら1日1食の感覚をプラスできるのならば、その快楽度は格段に増すことでしょう。実際私自身はそうして生きています。「出来るだけラクに生きる」という視点から見ても、断食はとても有効なポイントになりました。

船瀬俊介 先生の御本を読む限りでは、もはや断食をやらない手はない!!と言う程、断食には利点があります。
経済苦境の時代を乗り切るためにも1日1食は実に有効です。
忙しいこの日本の社会を渡っていくためにも、ひとりでも多くの人が真の健康と自由に目覚められるよう、ここにお祈り申し上げる次第です。

2018年に1日1食を始めてから今年で4年。私の周りで断食をやっている人は1人もいませんでした。
私もそろそろ断食や不食をやっている人のコミュニティーに行った方が良いのでは、と思った事も何度かあります。
悲しいことや嫌なことは無かったものの、やはり自分の道は自分で切り開くしかない様です。
無理はもう出来ないし、する気もないですが、自分の人生を楽しく出来るようにこれからも生活に邁進してゆきたいと思います。  2022/11/11(Sankaku)

うーん、なんかちょっと断食を盲信し過ぎて新興宗教みたいに洗脳されてると感じるのは俺だけかな?
まあ、いいのはなんとなくわかるけどね。 2022/11/11(石川浩司)

私が高校1,2年生の頃の、図書室の司書の先生〈女性〉は、頭がよくて話も面白い、そして仕事に置いても非常にキチンとされていた方でした。教師たちも訳の分からない輩が増えてきた高校生活の中で、こういう人の存在はとても貴重でした。 

しかし確か3年生に上がったころに、司書の先生も変わり、やはり女性で訳の分からない先生が司書をやることになってしまいました。
ある日、当時私がよく読んでいた、朝日新聞社の「AERA」という週刊誌を読もうと思い、本のラックになかったので、その先生に問い合わせた所、なぜかその先生は私に恐縮してしまったらしく、「○○さま〈私の苗字〉」とまでに私を呼ぶようになり、今考えると、本当にドン引きもいい所でした。
今となっては腹立たしいと言うより、私の周りにはもうこういうダメな人しかいないのかと言う所が、ひどく哀しかったです。

普通の仕事をする、という普通の観念すらも無くした人が、シビアな社会の中にいるという事が、もう訳が分からないです。
普通に生きることの大切さを教えられないで何が教育なのか、もう怒りを通り越して呆れすらも感じません。  2022/12/4(Sankaku)

普通の仕事はできなくても、特殊な仕事には他の人が真似できないような特技を持ってる人もいるけどね。
特に創作関係の仕事をしている人なんて「この人、普通の仕事したらダメダメなんだろうなあ」という人も多い。自分に合った仕事に就ければいいね。 2022/12/4(石川浩司)

許せない、というより一種の笑い話です。

2011年頃、私の父方の祖父が体の具合を著しく悪くし、草津の老人介護施設に入所させることになりました。
その施設の担当者の男性は「私たちが実践しているプログラムで、○○さん〈祖父の苗字〉は必ず良くなります!!!!」と、自信満々に語っていました。
1ヵ月後、その草津の施設に家族で足を運びましたが、その担当者は「・・・○○さんがあんなに頑固で何もやらない人だとは思わなかった・・・」と、ガックシ肩を落としていました。要するに祖父はその持ち前の偏屈とも言える頑固さで、全ての運動や回復プログラムの実践を拒否、言ってみれば、ボケてゆくことを選択したのでした。

訳のわからない人には何かしらの報復があるとわかり、私自身も大いに救われた気分です。
戦争や混乱もなく、平和といわれる社会の中でも深刻な問題は存在します。
祖父は東京大学の出身者で戦争時代にも良い役職についていた、と聞いた事がありますが、自由になった平和の世の中で、何を選択していけば最良の人生を送れるのか、と言う事をまるで考えなかった、情けないまでの人生の敗北者です。
これらの愚かな人を見てきた中で私自身は、極力私たちを巻き込まないで欲しい、と考えるだけであって、もう怒りは感じない所です。  2022/12/23(Sankaku)

うちの親父も94歳。やはり東大出だけど、今はボーッと日がなテレビをうとうとしながら見ている日々。 2022/12/23(石川浩司)

私の学生時代の同級生は、大半が最低な人たちばかりでした。
いつも、人のことをこき下ろしてヘラヘラうるさく笑っている割には、こっちが反抗すると、「俺たちにも悩みや葛藤があるんだ」みたいな神妙な面持ちになるのが訳が分かりませんでした。

【まぁみんなに流されるようなことしている人は大人になったら社会に流されるだけよ。フロ~フロ~。】〈20/2/4の石川さんのレス〉

自分の不安や葛藤を人をこき下ろすことで紛らわしていた、かなり最低な人種だったのかもしれません。
もう、怒りを通り越して、ある種の素晴らしいモノを見せつけられたと解釈すべきなのかもしれません‼
まあ彼らのおかげで、私も社会の敗北者になり病気持ちになってしまいました。
学校や社会に対しては、もう極力関わりたくない、と思う所です。  2023/1/7(Sankaku)

「反面教師」という言葉があるからね。「ああいうことはしないようにしよう」と教えてくれたサンプルと思えばいいさっ! 2023/1/7(石川浩司)

2004年にある本に出会った時、私もその本の通りにしようとして、大いにおかしくなりました。
父方のばあさんは「わたしの○○○〈私の名前〉をこんなにしてしまって、その本を書いた人に文句を言いに行こうと思った!!」などとほざいていました。

あんなに醜い人〈容姿というより心根や根性が〉のモノになるというのが、私も生まれた所を間違えたと云うか、人生の大いなる反省点です。 私のお産の時に、母親に特殊な健康食を無理して食べさせ、健康な体に生まれて来たというのは成功したのかもしれませんが、その後私自身が我や想いが強くなるという事をまるで考慮せず、得体の知れない退廃した姿を見せつけてきた、という事。もう怒りも感じません。
自己満足と勢いだけで良いことをやったつもりでいたのでしょう。「撒いた種から咲いた花は刈らねばならぬ」ということを見事にフイにした子育てだったと思います。今から考えてみれば、このばあさんはなんだか良くない人である、と感じたのは幼稚園に上がる前ぐらいからだったかもしれません。

更には私の父親と母親も、一番肝心な所で見事なまでに不甲斐ない様相を私に見せつけてくれました。
これは一種の自慢話だったと解釈できますが、例えば食事でいい感じに酒がまわってきた時とでも言いましょうか。
特に父親は「俺は、コレコレこういう所〈シチュエーション〉では絶対負けない!!!」などと節々に語っていた記憶があります。
しかし、他の話題にも書いたように、高校3年の時に私が学校を不登校になった時は、大いに怯んでうろたえ、先述の言葉が真っ赤な噓だった事は、彼自身が証明したことです。

私もこれらの不甲斐ない様相を大いに見せつけられ、「物事をやる前からあまり大きな事は言わない方が良い」「実際に物事をやる現場にならなければ、分からない事はたくさんある」と言う事を学びました。
私自身も「断食を知らない、見向きもしない人は、いずれ病気になり生き方も退廃的になって行く事だろう」と言う事も書いてきたかもしれません。しかし私自身まるっきり物を食べない日には、神経症のような症状が出るようになり、ある種の地獄への道が見えるようになっています。

今の通い先、そしてたまの音楽や石川さんのこのホームページに出会わなければ私も危なかった、とは私もよく語っているところです。
歴史に「もしも」は無い、とは言われていますが、もし母方の祖父母についていたら、考える事もあります。
ただ私も父方の祖父母の大いに悪い影響で、人生は年を重ねる毎に悪くなって行くしかない、という要素が根深くあったので、〈それが本格的に解除されてきたのは2013年頃からでした〉あまり効果はなかったかもしれません。  2023/1/7(Sankaku)

「絶対に負けない」というのを口癖にする人はたいてい敗者。何故なら世の中で「絶対」なんてほぼ無いから。
敢えて言えば「人は絶対にいつか死ぬ」くらいかな。 2023/1/7(石川浩司)

横入り。これは嫌です。
しかも注意したら「年寄を敬え!」とのこと
蹴りたい気持ちをグッと抑えました。 2023/1/23(ズミ天)

「年寄りを敬え」は、若い人が言うのならともかく、本人が言っちゃダメダメ。 2023/1/23(石川浩司)

私の父方の祖父母はそこそこ金持ちだったらしく、世界旅行や豪華客船の船旅に何回か行った事があります。

しかし、とくに祖母の方はなんだかセコイ生き方というか、良い意味での金持ちらしさというのはほとんどありませんでした。
何というか私と付き合っていた晩年は、ほとんど外に出る事も、また食事も宅配にしてしまってほとんど働く事が無くなってしまいました。

ボケたと言うよりは、根性や信念など、人として大切なものがハナから無かったという感じです。
悪い意味で豊かな環境に中てられた、という感じもよくします。

祖父母も含め、今まで出会ってきた人たちの中で、金持ちでも貧乏くさい、という人は何人かいました。
豊かになるとはどういうことなのか、お金を持つことも含めどのような人生を目指すべきなのかは、反面教師として彼らから学びたい所です。  2023/2/3(Sankaku)

俺は1990年ごろの一瞬を除けばそもそも金持ちではないけど「貧乏症」は絶対あるんだよねー。
安いだけで嬉しくなっちゃう貧乏症。だって、ステージ衣装が下着のミュージシャンなんて、考えてみれば他にいないもんね...。 2023/2/3(石川浩司)

しかし新コーナー「むかつく!」ができて以来この話題に投稿するのもなんだかなぁ、長文に仕立ててあっちに投稿しょうかなぁ、と投稿する契機が損なわれていたのですが、むかつくというわけではないが許せない、という感情を抱いた出来事を探せば出てくるかしら、と脳味噌をサーチしたらばアレですね、チャットバーの「誰々は投稿を控えろ!」、っていうやつですね。そちらは何方様でいらっしゃいますか? と申し上げたい所存で御座います。2013~2015年あたりのキチガイ投稿時代の私がやられてたらビビって一発で投稿やめてたでしょうけどね〈泣笑〉。厭なら見なけりゃいいし、同じ人が沢山載るのがイヤならばご自身も対抗してバカスカ投稿しちゃえばいいんですよ。ね。 2023/2/25(オポムチャン)

そーなんだよ。おそらく投稿してない人。たまにアクセス数見ると、投稿者の10倍以上いるから、9割は投稿などせずにただ閲覧してる人。嫌味だけ匿名で書くかわいそうな人は、無視、無視。 2023/2/25(石川浩司)

オポムチャンさん、ご心配をおかけしております。
でも私は元気です。
逆に「もっと投稿しろ!」と読み替えて受け取っております。
なのでみなさん、お気になさらず。 2023/3/24(ズミ天)

そうそう。人の目の上のタンコブになるぐらいじゃなきゃ、突き抜けられない。批判のない人は、ただ批判に値しないだけのこと。 2023/3/24(石川浩司)

「許せない」は大袈裟ですが、その店のルールや店員の態度が面倒臭いラーメン屋なんかの話題を見ると、絶対に行きたくないって思います。でもそういったお店って通ぶった〔失礼〕常連さんが通い続けるから商売が成り立って「ウチはこのやり方だ、文句があるなら来るな」ってなるのかな~と思います。知らないで入っちゃって嫌な思いをした人がいるのでは?...とかいらぬ世話ですかね~。
実はこういうお店などの話を聞くと、以前安い床屋の人に、何度か上から横柄な言動をされた事を思い出して嫌~な気持ちになるんです。いやん。 2023/5/13(ひももん)

「素人お断りの店」とかね。客がプロなら、逆にてめーが金払えや。 2023/5/13(石川浩司)

最近は自転車も多様化して、いろいろな形の乗り物が登場してきました。

電気動力のついた半分バイクのような乗り物が逆走をしていた時は、流石にすかさず交番に連絡し相談しました。
しかし、上司の男性によれば、そういう新しい乗り物を取り締まる法律はなく、取り締まる権限はない、と言われました。
自転車だって法律的には逆走は許されていないのに、もっと危ない動力付きの乗り物を取り締まれない、という事は納得できません。

心無い、というか、実質的に危ないことを取り締まれないというのは、かなり深刻で問題ではないでしょうか。
ちょっとこればかりは、上司のご意見も大いに反感を覚えました。  2023/7/13(Sankaku)

法律って変更が難しいんだよね。そして法律を追い越して新しいものが生まれるので追いつかないということは乗り物に限らずいろいろあるみたいね。マイナンバーカードの様々な紐付けの、準備が万全じゃないのに強引に進めていってトラブル多発なんかも、その一例だよね。 2023/7/13(石川浩司)

2022/6/26のレスより

石川さんのコメントを読んで、やはり物事は一筋縄ではいかないな、と思いました。
ただ、やはり食糧を無下にする、無駄遣いするということは、何かしらの天罰やしっぺ返しが来てしまうようにも思います。

それこそ、ライトな断食〈半日断食や1日断食など。できれば1日1食〉を定着させ、内臓や体の機能に余裕を持たせ、そのうえで感謝して楽しく食事をする。私自身も「不食」に挫折し、改めて1日1食に落ち着いて、食事だけではなく、生活そのものの楽しさを味わっています。

食料を無駄にする。大半の人は悪意はなく、本当に食べられないだけかもしれませんが、それでもやはり気がかりです。
食料をはじめ、あらゆる物の物価が上がる昨今、垂れ流しの豊かさをどこかで改めなければ、良くない状況が待ち構えている気がしてしまいます。  2023/9/11(Sankaku)

俺も食べ物無駄にするのは大嫌い。食べ物はなんか特別な気がするな。 2023/9/11(石川浩司)

私の好きな歌 ガメラマーチ
それが新作だとなんともしっとりとしたアレンジに…
ガメラマーチはちびっこが元気に歌ってこそなのになぁと 思ってしまいました 2023/11/10(ズミ天)

時代はどんどん変わっていき、記憶が遠ざかっていく...。 2023/11/10(石川浩司)

「話題18 恐いもの 2021/9/24〈Sankaku〉」の投稿より
この話題に投稿したSや、そしてこの話題とは別にOという男性は人生を勘違いした大変痛々しい人物であると同時に、私Sankakuの辿るべきひとつの姿だったのではないかと思うところです。

Sという男は、小難しい事を常日頃から考え、それ自体が障害になっている事に気づかない、気持ちの悪い人になってしまっています。
これは冗談ではなく、本当に社会や日常生活から距離を取り、禅寺などで自分を根本から見つめ直さなければ、直る兆しはないのではないでしょうか。
私が注目するのは、この男性はお腹も出ている普通のおじさんになってしまっている事。むろん体形が良ければ病気も良くなる、という簡単な理屈ではありませんが、現代社会の毒に中てられた状態で、飛び抜けた事をしようにも、限界があるように思います。

そしてもう一人、Oという男。この男性の生き方も大層に変なところがあります。
端的にまとめると、この人も単に目移りしているだけの事を、感性豊か、と勘違いしている様です。
まだやらなくてもいい仕事を変な義務感でやろうとして、それを注意する私のことを「俺のやることを否定しやがって」と訳の分からない怒り方をしたこともあります。
先輩の男性・SさんがこのOの家を訪問したことがありましたが、Oは家事をまるで手伝わず親にやらせて、自分は王様の様だったそうです。
要するにこの男は、自分が怠け者で傲慢であることを、外では人に悟られないように、一生懸命のふりをしていただけのようです。

Sさんから聞いたのですが、この2人は実家がそこそこお金や財産を持ち合わせているようです。
私の父方のじいさんも財産は持ち合わせているようで、そこらへんは同じにおいを感じました。
私も人には言えない情けない経歴を持ち合わせている所もあるのですが、何とか自立した昨今、この2人とは差をつけられたか、と思う所です。

自分は社会や地球上のどういう所に存在するのか、そしてそれを知って何をすればいいのかを、卑しくもそれらを常日頃から考えて来たつもりではありますが、何事も答えを求めれば辿り着く事もあるようです。私も豊かな家庭に生まれたという点では、この2人の男性と同じかもしれませんが、その豊かさに甘んじなかったのが〈甘んじた所もありますが〉今の自分を形成しているのではないか、と思うところです。  2023/11/18(Sankaku)

まあ、自分にいい影響を与えないと認識した人からはなるべく距離も時間も取った方がいいと思う。それが人生においてお得だと思うな。 2023/11/18(石川浩司)


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