話題379 私のなんでもベスト3(2)


有楽町スバル座で鑑賞した思い出の映画ベスト3。

1.ダウンタウン物語〔1976年〕公開初日に早起きして劇場に並び、初回舞台挨拶を観にいった。主演のジョディ・フォスターを生で目撃した。どこかに書いたかもしれないが、当時わたしは中学2年の14歳でジョディも同い歳。可愛かったっすよー。この映画はローティーンの子役たちだけが出演するギャング恋愛ミュージカル映画で、大好きを通り越して一時はこの映画の作品世界に耽溺するほどであった。ポール・ウィリアムスの作る曲が名曲揃いでよかったわ。

2.ビートルズ大会〔1975年〕「レット・イット・ビー」「ヘルプ!4人はアイドル」「ビートルズがやってくる ヤァ!ヤァ!ヤァ!」の3本立て。ビートルズ解散5年後だったが、この頃関連書籍が出たり全てのレコードが再発されたりと、第2次ブームといってよいほどの盛況だった。当時の傾向としてメンバーのアップになると「ジョージ!」とか「ポール!」とか女性ファンが絶叫するのね。これは面白かったです。劇場は入れ替えなしなのですべて2回ずつ鑑賞しました。

3.カメレオンマン〔1984年〕ウディ・アレン監督・主演のモキュメンタリー風コメディ映画。ウディ・アレンの中で好きな作品。変幻自在に変身することができる男の記録映画風に構成されていて、モノクロームのニュース映像を模したショットなど多用して虚構の中の「さもありなん」な感じを上手に出していた。

というわけで、本年10月に閉館となると聞き、思い出の有楽町スバル座について書いてみました。たしか藤村俊二のお父さんが社長だったんじゃなかったかな。 19/4/2(波照間エロマンガ島)

大きな映画館がなくなるの寂しいよね。近年シネコンで小さいところなんて、本当にスクリーン小さくて「家のテレビとさほど変わらない...」(実際はそこそこあるんだけど、イメージとして)というところもあるもんね。 19/4/2(石川浩司)

今年はあまり食べなかったおでん。私の好きな具材ベスト3は
糸こんにゃく
たまご
昆布
いままで友達とおでんペスト3を出し合いっこしても、誰ともかぶったことの無いベスト3です。 19/4/2(美月)

玉子は俺も入るかも。あとちくわぶと餅巾着かなあ。 19/4/2(石川浩司)

好きなボクシング漫画ベスト3
1「はじめの一歩」。最近やたら病気っぽいとか、試合が長いとか気になりますが、今でも連載してますし、いろいろな個性的な選手がいて楽しい。必殺技も普通のボクシングの技ですし、その中でも間柴のフリッカー・ジャブがお気に入りです。
2「あしたのジョー」。中でも「2」が好き。最後のホセ・メンドーサーとの戦いに感動しないやつは男じゃないわっ! 倒されても倒されても立ち上がるジョー。ラスト近くのジョーの目がアップになるコマは鳥肌ものです。
3「リングにかけろ」。最終試合直前の、竜児が春夏秋冬とランニングしているシーンがいいですわー。長い間の努力ですね。「同じ時代を生きていたことに感謝」というセリフもかっこいい。

というわけでここまで書いたら止まらなくなっちまったので、好きな野球漫画ベスト3
1「タッチ」。マネして毎朝ランニングを始めました。和也の準決勝戦もいいし、達也の三年の須見工との決勝戦もいいっ!
2「巨人の星」。精神論漫画ですが、大きなコマでどんどん飛ばしまくる最近のマンガとは大違いです。「幸福は肉体の健康によろしい、だが、精神力を発達させるもは心の悲しみである」とか「死ぬときはどぶの中でも前のめりに死んでいきたい」とか名台詞に感化されました。
3「ジャストミート」。甲子園決勝を見たいがために最終巻だけ買いました。名台詞はボールを取ろうとした捕手に「よけいなことするんじゃねーよ」。
次点「ストッパー毒島」。あの10.19「ロッテvs近鉄」をモチーフにしているので読まないわけにはいきません。

まだまだいくぞー! その他好きだったスポーツ漫画ベスト3
1「スラムダンク」。もう説明不要ですね。シュート、例のごとくマネしましたが決まんない決まんない(笑)。私は海南との戦いが一番好きです。海南大付属vs湘北の17巻。「負けてない !! 牧にだって負けてないぞ !! オレは間違ってはいなかった」というセリフがカッコイイ。あまりの感動ぶりに年下の女の子に「17巻」を貸したら「これだけ貸されても分からない」と言われた(笑)。そりゃそうですね。
2「キャプテン翼」。よく言われているように、小学生編と中学生編のみ読めばいいです。元サッカー部の私はもっとサッカーを続けていれば良かったなあと思わせる作品でした。日向君がいいですね。「俺はまた翼に負けるのか・・・」とか。
3「スプリンター」。元中学陸上部の私としては読まないといけない本。最終巻(なぜか最終巻が多い)のジャック・スペンサーとの対決が見たいために最終巻のみ買った。
次点「ブレイクショット」(スポーツなのか?)。その次「YAWARA」、試合を見ている視聴者の台詞のみのシーンが見開きであるのですがそこが文句なくいい。
・・・と一人で盛り上がっているわいわいでした。 19/4/2(わいわい)

スポーツ関連ということで「嗚呼! 花の応援団」が大好きだったなあ。クェーックエーッ。 19/4/2(石川浩司)

19/4/2の石川さん。どおくまん先生のスポーツ物といえば「怪人ヒイロ」が大好きでした。現代文明から隔絶された忍者の隠れ里から都会に出てきた、驚異的身体能力をもつ主人公ヒイロが陸上競技選手になって、次々と世界新記録を打ち立てていくというストレス発散系漫画。ヒイロはとんでもない破天荒な性格かつ、無類の女好きで「花の応援団」の青田赤道の延長戦上にあるキャラクター設定がされています。笑えます。 19/4/19(波照間エロマンガ島)

あ、読んだ記憶がある。あの絵柄、苦手な人は読めないだろーな。 19/4/19(石川浩司)

わたしの小津安二郎監督作品ベスト3。

1.早春〔1956年〕

東京・蒲田に住んでいる、仲良しグループのごちゃごちゃした人間模様を描いた作品。それまで父と娘、母と娘など、家族の絆をテーマにしてきた戦後の小津作品としては異色の映画となっている。主人公の池辺良と不倫する岸恵子のあだ名が「金魚」といい、その由来が「煮ても焼いても食えない女」という設定からして、当時の進歩的な女性の人物像を描いていて感心した。見ようによっては1980〜90年代のトレンディードラマのように見えなくもない。

2.秋日和〔1960年〕

原節子の亡き夫の親友役で出ている佐分利信。その娘役の桑野みゆきの、内面から湧き出る若さ、圧倒的ニンフェット的魅力にとても惹かれた。桑野みゆきのフィルモグラフィーとしては大島渚監督「青春残酷物語」と「日本の夜と霧」に連続主演したあとにこの作品に出演しているので、キャラクターのギャップに心底驚愕したのだ。このことは映画史的事件ではないかとさえ、認識している。

3.麦秋〔1951年〕

原節子と親友の淡島千景が結婚について語り合うシーン。千景「幸せなんて何さ!単なる楽しい予想じゃないの」。これにシビレタ。

この映画にクレジットはされていないが小津の師匠格の白樺派の作家、里見?〔さとみ・とん〕の1925年の作「縁談窶(えんだんやつれ)」に出てくる以下の科白を引用していると思しい。

「いゝよ、わかつているよ。・・・ところでさ、西洋の諺に、・・・小父さんだつて、かう見えて、洋書の一冊や二冊は読んでいるんだからね、そのつもりでお聞きよ、ハツピイネス・イズ・ハツピイ・エキスペクテイシヨン、―幸福とは、楽しき予想なり、かね、さう云つた意味のことがあつたつけが、全くその通りだね。嫁入り前の人を捕へて云ふのは少し残酷かもしれないけれど、お前さんなんぞ、せめては今のうちに、うんとその『楽しき予想』をやつとくこつたね。どうもさう、いつもくよくよしてちやア仕様がないぢアないか」

映画で聞いた「幸福とは楽しき予想なり」というフレーズは、なんとなく昭和二十年代のユーモアのセンスを感じたものだった。 19/5/12(波照間エロマンガ島)

予想をずーっと続けてればいいのかも!? 19/5/12(石川浩司)

ベスト3でなくベスト10なんですが、ネパールへ持っていって良かったものベスト10。
1・濡れテッシュ・・・とにかくお世話になりました。小さいことは言わずに100枚入りの円柱のを持っていくべし。
2・トイレットペーパー・・・トレッキングやカトマンドゥの街でも売っています。だいたい1ロール70〜100円くらい。芯を抜きましょう。
3・ポカリスエット・・・トレッキング中や下痢になった時ものすごい効果を生み出します。だいたい一リットルなので向こうのミネラルウォーターと同じ量です。
4・紐と洗濯ばさみ・・・エベレストと街道の宿で洗濯したときに部屋の中に干せます。
5・ソーラー式の充電器・・・今の流行りです。リュックサックの後ろに付けます。それをバッテリーにためてスマホやデジカメに充電します。いちいちお金払っていたら大変ですもんね。
6・日本のコイン・・・特に五円玉。穴が空いているコインは世界的に珍しいです。しかも金色だし。五円ならプレゼントしても、ね。
7・日焼け止め・・・男子でも必須です。
8・サンダル・・・スリッパではなくサンダルです。宿についてから外や食堂やレストランやトイレへ行くのにハイカットの山靴ではきついです。
9・ヘッドライト・・・そんなに使いませんでしたが停電時や、夜トイレに行くときは重宝します。山小屋は夜は電気ストップということもありますし。電池は地元で買えるので重い思いは避けましょう。
10・日本の薬・・・ネパールの病気はネパールの薬でしか治らないという説と、日本人はやっぱ勝って知る日本の薬がいいという説があります。酔い止めなんかはマストです。私は使いませんでしたが高山病予防の薬は、現地(ルクラとかナムチェ)でも買えます。正露丸はあっという間になくなった・・・。あと絆創膏が結構使えますよ。 次点・シール・・・日本では名刺を壁にはりますが向こうでは名前や登山隊、グループのシールを窓などに貼る文化があります。

次回は「持っていってもあまり使わなかったものベスト10」に続きます。 19/6/15(わいわい)

トイレットペーパーは俺も常に携帯。紙の無いところ意外と多いんだよね。どこの国でも。 19/6/15(石川浩司)

スポーツ観戦していて実況がこのフレーズを言うと、おおっと思わせるセリフべスト5

1 ラグビー「注目のファーストスクラムです」
2 野球「ピッチャーのモーションと同時に、塁上全てのランナーがスタートを切ります」
3 相撲「ここで、時間です」
4 箱根駅伝「最初の3kmを8分50秒で入ってますね」
5 サッカー「変わった××は、少し下がってボランチの位置へ入ってますね」
6 ラグビー「ここで、ノーサイド!」。※ノーサイドより「ここで」が重要。
7 スピードスケート「内側と外側が入れ替わります」
8 カーリング 「相手に一点取らせる作戦ですね」
9 スキージャンプ「伸びできた!伸びてきた!!伸びてきた!!!」
10 箱根駅伝「ここで無念の繰り上げです」 19/7/2(わいわい)

野球中継でおおっと思わせるセリフ。
「逆転なるか、の場面ですが放送終了時間が来てしまいました。みなさんさようなら」。 19/7/2(石川浩司)

私の好きな海外テレビまんが

1 幽霊城のドボチョン一家

ドヒャドヒャバッキーン!

名古屋弁で話すドラキュラなども名キャラクターもさることながら
歌が素晴らしい!!
CDにはテレビサイズしか入ってないのが残念!

  2 宇宙忍者ゴームズ

ムッシュムラムラーっ(ダチョウ倶楽部ではないよ)

今や日本で大人気のマーベル作品も昔は面白おかしく そしてかっこよく吹き替えられていた。悪の大幹部が名古屋弁で喋り、あのトニー谷も出演、時代ですね。
トンデモ展開の部分がクローズアップされますが、今見ても楽しめる名作です

3 スーパースリー

ラーリホー!(ドラクエの呪文じゃないよ)

ボヨヨンのコイル スイスイのフリー バラバラのマイトという愉快なヒーローのお手本みたいな作品。これも今でも時々見ます。

今思えば あの頃のアニメの名フレーズ
は覚えやすく気持ちいいものが多いですね 19/7/2(本当に何歳なんだ? ズミ天)

懐かしいなあ。同世代、いやもしかしたら、年上? 19/7/2(石川浩司)

ラグビーを見ていて、このセリフを言うと通だな、と思われそうなものベスト10
1・余ってる!
2・ダイレクト
3・(バックスは)揃ってる
4・モールを作りたい
5・おおっDG!
6・ゲインラインを突破した
7・(ボールを)早く出せっ
8・止めろ〜
9・おーせ、おーせ
10・アドバンテージ!
次点・あー取られた(若しくは「おっ、取った」)
ラグビーを知らない人は、なんのこっちゃなんでしょうね(笑)。 19/7/19(わいわい)

すんません、なんのこっちゃだ〜。「キレテル、キレテル」(ボディビルダー)なら...。 19/7/19(石川浩司)

ニューヨークのセントラルパークが舞台になった映画、ベスト3

1.ジェニーの肖像〔1949年、ウィリアム・ディターレ監督、モノクローム〕

1940年代のセントラルパークを舞台にした、売れない画家と謎の少女との純愛を描いた作品。少女役のジェニファー・ジョーンズのソフトフォーカスで「紗をかけた」ようなアップショットが神秘性を増しミステリアスな劇とあいまって効果をあげていた。大学生時代に鑑賞したが30年くらい経った今でも記憶の中で生きている。ウィリアム・ディターレ監督は第2次世界大戦前にドイツからハリウッドに渡ってきた映画監督だが、同じ亡命作家のフリッツ・ラングがドイツでは芸術映画を撮ってきたのにハリウッドではB級西部劇など撮らされたのに対し、ディターレはデビッド・セルズニックのスタジオでメロドラマを撮れて幸せだったのではないかと友人と語り合った青臭い芸術学徒だったころの想い出がよみがえる。


2.マリアンの友だち〔1964年、ジョージ・ロイ・ヒル監督、テクニカラー〕

ヒッピーなどカウンターカルチャーが世の中に現れる前、アメリカがベトナム戦争に参戦する直前のぎりぎり「古きよき時代」のニューヨークをテクニカラーで映像に収めたこの映画は、わたしの記憶の宝箱に入っている小品です。公立小学校のスクールバスの黄色いボディーとか秋のセントラルパークの紅葉の色とか1960年代の女性の衣服の原色とか、テクニカラーに定着されたさまざまな「色」が印象に残っています。こまっしゃくれた女の子2人組がピーター・セラーズ扮するプレイボーイのピアニストをきりきりまいさせるというコメディー映画なのですが、監督のジョージ・ロイ・ヒルはまだキャリア的に未熟で、演出意図がじゅうぶんには表現しきれてないこともなぜか許せてしまいました。


3.ダイハード3〔1995年、ジョン・マクティアナン監督〕

前代未聞のセントラルパークでのカーチェイスに度肝を抜かれたシリーズ三作目。ニューヨークと言うと猛暑の夏、歩道の消火栓を開放して水遊びする子どもたちの図がすぐに目に浮かびますが、この映画ではその消火栓を使ったギャグ的アクションシーンがあって爆笑します。

あと次点として、2016年公開の「ハリー・ポッター」のスピンオフシリーズの新作「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」に1920年代のニューヨークという設定でセントラルパークが出てきて、エドワード・ホッパーの絵画作品のように都会の中の自然がうまく描かれていたような気がします。 19/7/19(波照間エロマンガ島)

ニューヨークではないけど、先日「新宿スワン」という映画を観たら歌舞伎町が舞台でそこを疾走するシーンとかが多く、あんなにいつも人の多い街で、エキストラも入れて一体どんな時間帯で撮ったのだろう?と思って調べてみたら、なんと浜松の商店街を全部歌舞伎町の看板にすり替えてのロケだと分かった。いやあ、よくぞ再現した! 19/7/19(石川浩司)

東京都港区南青山の通称・骨董通りで購入した記憶に残る買物 ベスト3〔記憶による〕

1.嶋田洋書で買った、Tiffany Table setting 〔写真集〕。

学生時代から社会人にかけて、西麻布から六本木方面へ用があるときはたいてい渋谷駅や表参道駅から歩いて移動しました。青山通りと六本木通りを結ぶ通称・骨董通りはよく歩いた道路です。1980〜90年代頃はまだ沿線は静かな佇まいで高級ブティックや美術工芸品店もありましたが、それほど目立っていない印象でした。
その中で嶋田洋書は、青山通りが骨董通りの折れる角に位置し、よくモード系の写真集や画集などを購入しました。ここで行く度に立ち読みしていたのが、ティファニーのテーブルセッティングの写真集で、値段は10000円以上もしました。世界中の有名ホテルの一流レストランのテーブルや調度品、テーブルクロス、食器、シルバー、グラスなどが、最高の照明と最高の写真技術をもって撮影された写真集です。ある日思い切って購入したのですが、本書を手に持って家に帰るまでのドキドキ感は忘れられなかった。一生モノの買物として船便で海を渡り、現在はタイのアパートの書棚に飾られてます。なお嶋田洋書は2015年秋、50年の歴史にピリオドを打ち閉店になりました。

2.パイドパイパーハウスで買った、ヴァン・ダイク・パークス「ソング・サイクル」〔アナログレコード〕。

パイドパイパーハウスは骨董通りの真ん中あたりにあった輸入盤主体のレコード店。1975年開店で1989年閉店というから、ちょうど私が界隈に出没していた時期とほぼ重なります。散歩するときはたいてい嶋田洋書とパイドパイパーハウスには寄っていた記憶があります。ここで買ったレコードで覚えているのは、ムーンライダーズの「マニア・マニエラ」〔1982年〕。最初CDとカセットのみの販売でのちにレコード発売されましたが当時はまったく注目されず、幻のレコードだった記憶があります。パイドパイパーハウスの店先でよく目立つ赤いジャケットを見つけ購入、ソビエトなど社会主義国にロックがあったら、というようなコンセプトを持ち、聴くと大好きな作品となりました。ローランドTR−808リズムボックスにバスドラやスネアドラムを手動で同期させたりしてテクノポップのフレーバーを残したロックであった音像の印象があります。
あとはヴァン・ダイク・パークスのデビューアルバムの「ソング・サイクル」〔1968年〕。これは初め聴いたときは難解すぎてよくわかりませんでした。ポップスのレコードなのに理解不能というのが最高にキテレツな印象だったのですが、聴いているうちにとつぜん好きになりました。ビーチ・ボーイズの発売中止になった幻のアルバム「スマイル」は、ヴァン・ダイク・パークスの協力のもと製作が進められたのはロック史的に有名ですが、ブライアン・ウィルソンがドラッグ使用での情緒不安定から廃人のようになりお蔵入りしてしまった作品にどういう共同作業が行なわれたのかを想像しつつ、このレコードを高校時代はよく聴いていました。

3.ジョン・クローラのブティックで買った、コーデュロイ・スーツ。

クローラはイギリスのファッションデザイナーで1980年代後半、社会人になりたてのわたしはよくこの店でスーツやシャツを購入しました。1980年代後半はもう青山へは自動車を運転して来ることがほとんどになっていました。自宅からは青山通りか六本木通り、駒沢通りのどれかを通って骨董通りにやってきて、近くにあったコム・デ・ギャルソンのショップアトリエなどによく足を運びました。

そんな、東京都港区南青山5丁目の骨董通りで買った想い出の買物、ベスト3でした。 19/7/30(波照間エロマンガ島)

ううっ、オシャレだ。中央線からほぼ出なかった俺の二十代とは随分違う...。 19/7/30(石川浩司)

ネパールへ持って行ったけどあまり使わなかったもの。

1電池 大量に日本から持って行ったら全く使わずじまい。しゃくなのでそのまま持ち帰ってきた。単四20個くらい持って行ったなあ。そもそもカトマンドゥでも売っているし、トレッキングの町々でも見かけます。電池を使ったのはヘッドライトだけだった。他のものは全て太陽光発電からのバッテリー充電だった。

2アイゼン プレモンスーン時期だったので全く使用せず。地元のガイドが、BCに行くとき残雪があるかもしれないからと無料で貸してくれましたが、全く使用しませんでした。もちろん雪が残っている時期は必要ですよ。ゴーキョピークあたりを縦走する人は、氷河を横断するので必需です。

3寝袋 テント泊の人は必需ですが、私は現地で借りたものの一度も開けずじまいでそのままツアー会社へ返してしまいました。宿では言えば毛布貸してくれるし、ゴラクシェプではかなり凄いダウンジャケットを着たままベットの上で横になっていましたし。そんなに重量はないものの場所を取ってしまった。まあシェルパさんが持ってくれたんですけどね。トレッカーやシェルパーはほぼ携帯し、バックに括りつけたりしてみんな持って言ってました

4マスク カトマンドゥ市内は舗装されていないので砂と排気ガスが。トレッキング中は砂と役の乾いた糞が・・・。ブログなどでは大絶賛されていまして、ぜひ持っていくべきもののトップでしたが、私は見事なまで使いませんでした。こういものには強いんですね。日本でもほぼマスクしないし。

5宿でもらったクッキー 朝の三時ごろ出発だったのでお弁当を作ってもらったら、パンとバナナとまあおかずと・・・まあいろいろなものを貰いましたが、20個くらいのクッキーがビニールでコーティングされているものを二つ・・・。さすがに一袋はホテルへ置いておきましたが・・・美味しかったんですけどね。持って行った分は結構粉になってしまった。

6傘 まあ傘さして登山するわけにはいきませんから。カトマンドゥやナムチェで使うかなーと思ってわざと骨の折れている折り畳み傘を持って行って現地の人へあげるか捨ててこようかなと思ったけど一度も使わずそのまま持って帰って来てしまった。カトマンドゥでも普通に売っていました。

7スパッツ 女性のズボンではなく、登山靴とトレッキングパンツの間に付ける装具です。登山では砂地やガレ場を歩くことが多いので、砂が入らないように装着します。登山靴って砂や小石が入ると大変なんですよ・・・。持って行ったけど使わずじまいでした。 19/7/30(わいわい)

こういう現地情報はとても役に立つね。そういう専門のサイトにも是非投稿を。 19/7/30(石川浩司)

夏は帰省や旅行でいろいろなお土産をいただくシーズンですね。
私が好きなお土産ベスト3は
1.赤福
あんこの具合がたまらなく好き。
2.ゆかり
名古屋のえび煎餅。海老が濃厚で美味しいです。
3.泰作さん
高知土産のお菓子。会社の同僚が帰省する度に買ってきてくれるので嬉しい。 19/8/16(美月)

あ〜ゆかりはうまいよねっ! おつまみにも最高だね。 19/8/16(石川浩司)

ここへ来て三年が経ちました。石川さんを見て意外だったことベスト10。
1・歴史が苦手。旅好きで雑学が好きな人は得てして歴史好きが多いんですけど。
2・たま再結成の意思がない。
3・混雑、ブーム、流行り物、メジャーな所、人込み、人気の観光地、人と同じことが嫌いなこと。石川さんの社交性から意外でした。
4・楽譜が読めない書けない。プロは全て読めるものだと思っていました。
5・スポーツが嫌い・でも小中と部活をやっていたこと。
6・思った以上にライブが多く、かつ他の仕事も精力的にこなされていること。
7・校正の鬼と言われていること。ざっくばらんで小さい事は気にしないおおざっぱな性格かと思っていました。
8・石川さんが意外とリア充だったこと。
9・障害者や放送禁止用語の唄、歌詞が多かったこと。
10・初めてお会いした時、私のHNを憶えていてくれたこと。今はもう顔は忘れていらっしゃるでしょうけど(笑)。別日、石川さんの本職であるライブ後に、ここのHPの投稿の質問をしてもしっかりと答えてくれたこと。 19/9/1(わいわい)

わ〜全部にいろいろ理由を説明したいのだが、今週忙しくてただいま満員電車に乗りながらこれを書いているので長文が書けない〜。
今度「これはなんで?」とファイブクエスチョンで質問してくだされ〜。 19/9/1(石川浩司)

京急北品川駅周辺を舞台にしたフィクション、あるいはわたくしの同一地点上にある記憶の事柄、ベスト3

1.落語・古今亭志ん朝「居残り佐平次」

最後のシーンで佐平次が品川宿をあとにし八ツ山橋へ向かう坂の「斜面」が、志ん朝の語り口から唐突に映像として現れだしてくる。これは本当にすごい話芸だと感動した。つい最近同じく志ん朝の「品川心中」も改めて聴いたのだけれども、映画「幕末太陽傳」 19/9/12(1957)を想起しながら夢見心地で江戸の世にタイムスリップしてみることのできる最高の落語体験也。

2.映画「シン・ゴジラ」〔2016年〕

ゴジラ第二形態から第三形態にメタモルフォゼする瞬間、北品川駅付近にあった京浜急行車両をゴジラは蹴散らし、赤い車両は京急と併走する国道15号線の道路にまで吹き飛ばされてしまう。近くの品川神社の参道の階段に避難していた人々はそれを見て衝撃で声を失う。

3.広末涼子の母校、品川女子学院中等部・高等部

北品川駅下車すぐのところに立地する1929年創立の私立の女子中高一貫校。1959年頃、わたしの母は大学在学中この学校で教育実習を行なったと幼い頃聞いたことがある。わたくしの少年時代は「品川中学、品川高校」という名称だったが、確か山口百恵と桜田淳子が品川中学出身で高校は別の私立に進学したということを覚えています。 19/9/12(波照間エロマンガ島)

中三トリオってアイドル御用達の堀越じゃなかったっけ。ただの思い込みかな。
ちなみに俺の祖母(俺が生まれて数ヶ月で亡くなったので俺の記憶には無し)は堀越の教員だったらしいす〜。 19/9/12(石川浩司)

19/9/12の石川さん。山口百恵は品川中学から日出女子学園に進学し、桜田淳子は同じく品川中学から国本女子高等学校に進学しました。当時月刊明星で制服姿の桜田淳子が掲載されていたのですが、「おさげ」髪をしていました。現在はどうかわかりませんが「おさげ」にしなければならない校則があったと書いてありました。そんな花の中3トリオで石川さんが「勃起した」ほうの2人の進路について、でした。 19/9/17(波照間エロマンガ島)

でも森昌子も勃起はしないけど、決して嫌いじゃなかったな。
今年引退だそうだけど、結果的に芸能活動も一番長かったしね。 19/9/17(石川浩司)


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