話題378 映画のラストシーン



思い出の映画のエンディングについて語ろうではないですか。
私が選ぶ我が人生最高のエンディングは「ローマの休日」ですね。王女様と新聞記者の24時間だけの恋。本当に日本人が好きな一本です。
ラストシーン、共同記者会見の後握手をし、退席の直前にグレゴリー・ペックが「さあお互いの人生を歩こう」と頷きます。アン王女も「はい。歩きましょう」とかすかに頷きます。そして宮殿の奥へ去っていきます。?もう何度繰り返し見たでしょうか。そして誰もいなくなった会見場を一人で眺めるグレゴリー・ペック。もう最高ですっ!
みなさんの思い出深い映画のラストシ ーンを教えて下さいませんか。 16/8/27(わいわい)





***レス(発言は古い順に並んでます)***


俺のベストは「田園に死す」かな。
青森の古い民家で年老いた母親と主人公が訥々と喋っていると突然壁が崩れ落ちる。
するとそこは新宿のど真ん中。
CGなども無い時代だったからおそらく新宿の真ん中に突貫でセットを組んだんだろうなあ。
あれは本当に驚いた! 16/8/27(石川浩司)

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のラストシーン。
ドク「道路だと? これから行く所にそんなものは要らん・・・道路なぞ」
からの、宙に浮き飛行モードに可変するデロリアン 16/9/8(タイムマシン)!
映画史に残る名シーンなのは間違いないですね。
投稿のためにこのシーンを観直したら、やっぱり鳥肌が立っちゃいました 16/9/8(笑)。
ちなみにその行った場所・・・時代とは、昨年の2015年10月21日 16/9/8(30年後の未来)でした。 16/9/8(デクノボー)

空見ても風船ぐらいしか浮かんでないね。
あ、かすかにドローンがあるか。 16/9/8(石川浩司)

映画にはCGも3Dもいらないですよね。
「ローマの休日」と甲乙付けがたいのは、名画「カサブランカ」ですね。
特にラストシーンは奇跡の台詞の連続で「君とはパリの時の思い出があるさ」「君の瞳に乾杯」「俺たちの友情の始まりだな」などなど。
「君の瞳に乾杯」って映画を見る前は男性が女性を口説くときの台詞と思っていましたが、実際は別れの時の言葉なんですね。んー、こんなかっこいい中年になりたいっ。 16/9/8(わいわい)

昔の映画は今のようにCGや映像で見せる技術が無かった代わりに脚本の言葉がより練られてた気がする。
たけし映画の「バカヤローまだ始まってもいねーよ」みたいにこだわったセリフ、重要だよね。 16/9/8(石川浩司)

塚本晋也監督の『鉄男』のラストシーンが印象的でした。主人公とその敵が、互いを理解しあった末に巨大な男根と化し、「やりまくるぞぉ!」と叫び街を疾走します。 16/9/24(北瓜)

女性が主人公だったらバキュームのように全てを飲み込みそう・・・。 16/9/24(石川浩司)

  映画「卒業」。花嫁さんを教会から奪ってバスに飛び乗るという余りにも旅立つ有名なラストシーン。最後列で二人は笑い合うも徐々に落ち着きを無くしやがて俯きキョロキョロしだします。これは実は、監督が内緒でわざとカットを出さず長々とカメラを回し続けた結果だそうです。二人を不安にさせるシーンを取ることで「この先二人は決して幸せな人生になるとは限らない」ということをメッセージとして残したのだそうです。すごいなあ。
 この映画、純粋な恋愛小説と思われがちですが、主人公 16/9/24(ダスティ・ホフマン)は、幼馴染の女の子の母親と不倫関係は結ぶし、その父親には警察に訴えられるし、本人は大学卒業後無職だし、幼馴染を追いかけまわして大学でずっと張り込んでいるし、彼女の下宿先までストーカーするし、すごい人です。 16/9/24(わいわい)

実はホラー映画だった!? 16/9/24(石川浩司)

2015年の「ターミネーター:新起動/ジェニシス」のラストシーン。それまでのシリーズ4作品は、「戦いはまだまだ続く」みたいな終わり方でハッピーエンドとは言い難いものでした。
それがこんどはシュワちゃんのターミネーターが生きていた、 16/9/24(ちょっとネタバレか)という設定には驚きました。20年近くターミネーターシリーズを応援してきましたが、今回のハッピーエンドには本当に感動しました! 16/9/24(Sankaku)

ところがさらに新作では「・・・というハッピーエンドの夢を見ていた」から始まりそう。 16/9/24(石川浩司)

続いて紹介するのは映画「第三の男」 16/11/7(1949年)のラストシーン。女の人が街並木の間をただまっすぐ前を向いて向こうから歩いてくる。車に寄りかかりながら女を待っている男。その前を無表情で通り過ぎる女。そして終幕。
必ず映画のラストシーンに選ばれる名画です。
皆さん、エンディングだけでもいいので一度ぜひご覧ください。すごいラストですよ。 16/11/7(わいわい)

エンディングだけでも名作、ってスゴいねー。 16/11/7(石川浩司)

チャップリン「街の灯」のラストシーンがすごく印象的でした。
表情がなんともいえないです。
ビクトル・エリセ監督の「ミツバチのささやき」の夢の中のようなラストもすごく好きです。
ラストシーンが良い映画は大体いい映画のような気がします。 16/11/7(0)

それは言えるかもね。最後にグッとくるかは肝要かもね。 16/11/7(石川浩司)

えっ、映画っていちばん最近見たのが「たまの映画」でほかはぼうずに付き合ってアニメを見た以外この10年で全然ない・・・。
じゃぁじゃぁ、そのたまの映画のエンディングはどうだったか、っていうと知久さんの曲に合わせてエンドロールが流れ、3人は今も変わらずマイペースでやってるよ。安心してね。と言われてるような、たまはなくなっちゃってちょっぴりさみしいけどでもしみじみ幸せになるような気持になりました。しかもその映画館ではエンディングのあと今泉監督とともに石川さんご本人が登場され大感動、はじめて生で見た石川さんのトークのおもしろさと「オンリー・ユー」の声量のすごさを感じて映画でもらった幸せが倍増したのを憶えています。まだぼうずも生まれてない、投稿もはじめてない頃の話ですね。 16/11/7(オポムチャン)

あの映画は「ファン向きこのバンド良かったでしょう映画」じゃなかったところが気に入ってる。
まぁ次回は名シーン珍シーンばかりの映画も面白いかもしれないが。
って「たまの映画2」は無いな・・・。(石川浩司)

今回紹介するのは「ニュー・シネマ・パラダイス」です。新しい映画だったので当初毛嫌いしていました。
ラスト仕事は順調だけど、独身で生活に疲れた監督。
試写室で流れたのは、女性のキスシーンばかり編集されたフィルム。このフィルムはある人からプレゼントされたものです。
監督は最初は「なんだこれ」という表情から「目に涙をため」そして笑顔になりリラックスしながら見る。なんと素晴らしい表情の変化でしょうか。
イタリアで、映画が唯一の娯楽だった時代、教会主催の映写会で、キスシーンがあると不謹慎ということですべてフィルムを切られたのです。
その切られ破棄されたフィルムを、監督の師匠というべき映写室の人が 持っていてくれたんですね。
このシーンは主題曲「Cinema Paradiso」と相まって、最高のラストシーンにあげる人も多いです。
監督の「映画っていいものだな」とか「もう一度映画で頑張ってみようかな」というメッセージが込められているようです。
ラストシーンだけyoutubeにありますのでぜひ皆様ご覧ください。 16/11/19(わいわい)

俺もこの映画は映画館で二度観に行った数少ない映画。良かったね。 16/11/19(石川浩司)

ニューシネマ・パラダイスいいですよね〜。
私の邦画NO1は、薬師丸ひろ子さんの「Wの悲劇」です。マツコ・デラックスさんも確か邦画NO1と何かの番組で言われていました。 夏樹静子さんの原作「Wの悲劇」という推理小説を舞台化する劇団の話で、いわゆる劇中劇になります。
20歳になったらこんな大人になりたいなあ・・・とつくづく思いました。また劇団、役者の世界に入りたいなあと思いました。芝居をする夢はまだかなっていませんが。
Wの悲劇は、セリフをほとんど覚えてしまったくらい大好きな映画です。
そのラストシーン。
借りる予定だったアパートの前で、彼氏(彼ではないのですが)と別れる薬師丸ひろ子。彼氏役は世良公則 さん。
あるスキャンダルがばれて、薬師丸さんは劇団を辞めざるえなくなります。「だけど芝居は止めないと思う」と薬師丸さんは言います。
「あなたは自分を見つめているもう一人の自分が嫌で役者辞めたんでしょう。私はもう一人が厄介だけど付き合っていくわ」
「もう一人の自分が泣いちゃいけないって。ここは笑った方がいいって。。。」
そして薬師丸さんがスカート両端を持って足を下げる女子独特の挨拶をし、世良さんが拍手をする一人だけのカーテンコールで映画は終わります。
音楽は久石譲さん。
あーこの文書いていたらまた見たくなっちまったぜ。 16/12/3(わいわい)

あ〜、確かに評価高いみたいね。まだ観てなーい。 16/12/3(石川浩司)

古いですが、黒沢明「生きる」のラストシーンです。
主人公は死をもって役所のやる気を起こした、と思ったら、これまでと何も変わっていない・・・。

何十年たっても、お役所は変わらないのかもしれませんね。 16/12/3(猪熊猛)

インディージョーンズでもやっと見つけた宝物が最後博物館の倉庫にただ仕舞われただけ、というシーンが被るねぇ。 16/12/3(石川浩司)

初めて投稿させていただきます。私が選びたいのはフランク・ダラボン『ショーシャンクの空に』です。
最後のティム・ロビンスとモーガン・フリーマンが、長年離れ離れだった時間を経て再会するところを敢えてロングショットで撮ったところが良いんです。ベタベタせずに絶妙な距離感で。
海も綺麗でした。「希望」の持つ意味を考えさせられます。 16/12/3(踊る猫)

俺は映画を観てる時ついつい内容よりも風景に引きつかれてしまうことがあるな。 16/12/3(石川浩司)

アラン・ドロンの「太陽がいっぱい」。海岸で、デッキチェアーで寝ながら「太陽がまぶしすぎる」。そして警察に呼ばれるアランドロン。本当に切ないラストシーンです。因みに、人を刺した理由が「太陽がまぶしかったから」はカミュの「異邦人」です。  16/12/10(わいわい)

そして「もっと光を」はゲーテ。・・・関係ないか(笑)。  16/12/10(石川浩司)

1970年の映画「ひまわり」。多分オープニングでは最高の一作です。
ひまわりのテーマ(Love theme from SUNFLOWER )が流れる中、ただひたすらに果てしなく広がるひまわり畑が映されます。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm9004389
内容は、戦争で引き裂かれた二人。お互い好きなのに家庭を既に持ってしまい、結婚できないという恋愛映画の王道を貫いている作品です。
このひまわり畑の下に、戦争で死んだ人の骨が眠っているという訳です。
そしてエンディングも同じひまわり畑のシーンで終わります。
でも結婚するとしたら、ソフィア・ローレンでなくやっぱロシアっ娘ですよねえ〜笑。 16/12/16(わいわい)

「野のなななのか」もオープニング延々パスカルズの演奏シーンす。
もうレンタルショップとかにも出てると思うので皆さん観てみてねー。 16/12/16(石川浩司)

『俺たちに明日はない』(1967)。原題:Bonnie and Clyde。実際に会ったギャングの話を映画化にしたもの。
ラストは、車中で、周りの警察や憲兵から銃で80発とも100発ともいわれる銃弾を浴びカップルが即死します。コッポラは『ゴッドファーザー』のソニーの殺害シーンは、この映画を参照して制作したと言われています。
『俺たちに明日はない』はアメリカンニューシネマを代表する一作です。
次回は『明日に向かって撃て』のお話です笑。 16/12/19(わいわい)

100発とか銃弾を浴びたら風通しがいいだろうな。
マグリットの絵のように・・・。 16/12/19(石川浩司)

『明日に向って撃て!』(1969)、原題は「Butch Cassidy and the Sundance Kid」(プッチとキッド)。前回の「俺たちに明日はない」もそうですが、原題のままでいいのに。
こちらもアメリカンニューシネマの一角を担う名作中の名作です。
ギャング団として列車から大金をせしめるも、徐々に仲間は捕まったり撃たれたりして、南米ボリビアへ着くころには2人に。その2人(ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード)も地元憲兵と警察隊に追い詰められます。そして怪我をして小屋に逃げ込み、包囲されます。
そこからの台詞が秀逸です。
「次はどこへ逃げる?」
「オーストラリアはどうだ?」
「そこは銀行はあるか?」
「ある。英語も通じるぜ」
「女はどうだ?」
「より取り見取りだ」
「そうか、じゃあオーストラリアへ行くか?」
と拳銃を持ち小屋を飛び出すところで画面は止まり、憲兵隊の「ファイアー」の掛け声と鉄砲の一斉射撃の音でジ・エンドとなります。
映画のジャケットは、その2人が拳銃を持ち飛び出していくシーンです。
いやあ名作だなあ。 16/12/26(わいわい)

ところが憲兵隊をことごとく撃ち倒し無事オーストラリアに到着して優雅に暮らしてるだけの続編が出たら・・・。 16/12/26(石川浩司)

ある愛の詩(1970)
フランシスレイの切ない音楽と、Love means never having to say,You are sorry(愛とは決して後悔しないものです) という最後の台詞が有名です。
身分違いの大学生同士の恋。しかし彼女が白血病で死んでしまいます。
結婚を認めてくれなかった自分の父親に、上記の一言を言って、デートで訪れたことのある野外スケート場で一人たたずむ主人公、という感動シーンで終わります。 16/12/31(わいわい)

有名A級映画ってほとんど観てない・・・。
他のところにも書いたけどスターウォーズもタイタニックもアナと雪の女王も観たことないんす〜。
変なB級映画の方がどうしても好きなんだよねー。
あ、でも今度多分「この世界の片隅に」は観に行く。「君の名は。」は観に行かないと思う。 16/12/31(石川浩司)

ただ私のお気に入りのすべてがベストという訳ではないんですよね。
「ゴットファーザー」「ロッキー」「国民の創世」「風と共に去りぬ」なんて、最後はああよかったなー程度でした。

そんな中、「M」という映画史を語る上で外せない映画があります。「M」といっても、プリンセスプリンセスでも、浜崎あゆみでもありません。
1931年公開のサイレント映画です(字幕が出るやつ)。
ある町で幼女が次々殺される連続殺人事件が起きます。犯人が捕まりません。
ある日、盲目の老人が事件が起きたとき偶然聞いた口笛を耳にします。口笛を吹いていたのは幼女をさらった風船売りでした。とっさに盲目の老人はペンで「M」と手に書き、その風船売りの犯人の背中にベタンとなすり付けます。この「M」がタイトルとなっています。
いろいろあって犯人は民衆につかまります。そして地下人民法廷が開かれます。しかし、犯人は精神障害者だったのです。子供を殺された母親たちの顔、顔、顔。弁護士は付くものの地下人民法廷は裁判の後犯人にリンチを加えようとします。そこに国の司法の手が入ります。そして精神障害者だから無罪(減刑?)との判決のシーンで映画は終わります。人民法廷とは何か。精神障害者は無罪でいいのか。
「M」は映画史の中で必ず取り上げられる作品ですが、同時に「法学」や「社会福祉」の分野でも非常に重い作品だと思います。 17/1/13(わいわい)

映画じゃなくてもその問題、本当に難しいね。どこで線引きするのか。 17/1/13(石川浩司)

楽しいエンディングエピソードを2つ。

その1
シェーン(米1953)という開拓時代の西部劇を扱った名作があり、主人公が馬に乗って去るラストの「シェーン! カムバーック!」というシーンが有名な作品があります。
しかしこのエンディングをよく見るとはるか彼方に、バスが映っているんですねえ(笑)。しかもオープニングには、遠方にクルマが映ってしまってます(笑)。
現在では、CGの技術でどちらも削除されているみたいですが、旧版のビデオを見るとなかなか楽しいですぞ。

その2
この映画は他にも面白い話が合って、映画ファンの間では「シェーンは死んでいるのではないか?」と言う説があります。
理由は「直前の街の乱闘シーンで相手に銃で撃たれている(これはスローモーションで確認すると確かに白煙があがっています)」「最後の子供の『シェーンカムバーック』の叫び声に全く反応していない」「馬に乗っている主人公の片腕がだらりと垂れている」「十字架の見える墓地に向かって馬が進んでする」などあり、検証している文献すらあります。
面白いですね。 17/1/30(わいわい)

へー、それはどちらも面白いね。
後者の方は「アビー・ロード」のジャケットでのポール死亡説を彷彿とさせるね。
もっともあそこでポールが死んでてもその後の第二ポールの活躍だけでもすごいが。 17/1/30(石川浩司)

「市民ケーン」〔1941年 オーソン・ウェルズ監督、日本公開1966年〕のラストシーン。
残務整理で遺産管理人のスタッフたちが新聞王ケーンの遺品の整理をしている。あるものが焼却炉で燃やされる…。「The End」。

1943年、陸軍報道部映画班所属の軍属としてシンガポールに駐屯していた映画監督の小津安二郎は、この映画をひそかに入手して鑑賞し、こう言っています。「チャップリンが62点ぐらいだとすると此奴は85点ぐらいなんだ」と。映画評論家の蓮實重彦に言わせると、これは小津が世界映画史で最も早くオースン・ウェルズの偉大さを評価した映画作家であることを意味しているそうです。オールタイム世界映画ベストテンを募ると、必ず1位か2位に入る映画史上に残る名作。26歳でこの映画を作ったオーソン・ウェルズは天才以外の何者でもないとわたしは思います。 17/1/30(波照間エロマンガ島)

昔の人は早生だったのかな。今26歳で大映画の映画監督というのがそもそもいないよね。 17/1/30(石川浩司)

2006年8月28日、浅草演芸ホールに「禁演落語」を聞きに行きました。第二次世界大戦中、廓噺(くるわばなし)や酒、色事に関するものなど53のネタを「時局がら不適切」と自主規制し、浅草・本法寺の境内に「はなし塚」を建て葬り上演を禁止した噺を紹介し、当時の世相を解説しようという企画でした。もちろん現代は言論自由の世の中ですから、禁演落語というものは存在しません。
日本近現代史を研究する大学の先生の講演に続き、三笑亭夢太朗「目薬」▽三遊亭遊三「お見立て」▽春風亭小柳枝「蛙(かわず)茶番」の3席が舞台にかけられました。

わたしは三遊亭遊三師匠の「お見立て」に強い印象をもちました。どうしてもある映画のことを想起せずにはいられなかったからです。
その映画とは「幕末太陽傳」〔1957年日活 川島雄三監督〕。幕末の東海道品川宿を舞台に、落語「居残り左平次」「品川心中」「三枚起請」「お見立て」などのモチーフを随所に散りばめた喜劇映画です。

この映画のラストエピソードが「お見立て」から材を得て脚色してあります。
杢兵衛大盡〔市村俊幸〕という田舎成金が、娼妓こはる〔南田洋子〕に会いにきたが、こはるは杢兵衛を徹底的に嫌っていて、左平次〔フランキー堺〕になんとか追い返してくれと頼む。杢兵衛に詰め寄られた左平次は、苦しまぎれにこはるが死んだと嘘をつき、成り行き上、こはるの墓に連れて行くことになってしまう。ここで左平次は「お見立て」のサゲを杢兵衛に言い放ったあと、横浜のヘボン先生のもとへと走り出す。黛敏郎の軽快なチャールストンのテーマ音楽がかかり「終」のマークが。

最高にシビレル大好きなラストシーンです。10代の頃から何度となく鑑賞し、思い出しただけでうるうるしてきます。個人的には今まで鑑賞した日本映画でもっともカタルシスを得たラストシーンでした。1944年松竹で監督デビューした川島雄三は、溝口、小津、黒澤、成瀬など当時の日本映画の巨匠何するものぞ、とけしてA級の監督になることなく、軽妙な喜劇映画を撮り続けました。そして1963年、45歳の若さでこの世を去りました。

川島組のスタッフ・キャストからは、今村昌平、小沢昭一、三橋達也、フランキー堺、桂小金治、藤本義一、芦川いづみ〔川島が発掘してデビューさせた〕、若尾文子ら俊秀が輩出したことも最後に書き添えておきます。 17/1/30(波照間エロマンガ島)

最後の人名だけでも今も名前が残っている人たちばかり。
機会があったら観よう。(って、こればかりな気もするが・・・) 17/1/30(石川浩司)

スターウォーズ旧作の3ラストシーンはアナキン、ヨーダ、オビワンの三人でしたが、新版では若いアナキン、ヨーダ、オビワン、そしてクワイガンとメイスまで出てきています。特に、アナキン(ダースベイダー)が老人から若いくなったのには、かなり衝撃でした。ファンの間でも物議を醸しだしました。スターウォーズシリーズは特にそうなのですが、特別篇やDVD版が出るたびに、CGで新しいシーンを追加したり変更したりするのは、いかがなものかと。。。 17/2/24(わいわい)

まあ今やデジタル編集で何でも出来るからね。
ついついやりたくなってしまうのは映画の編集と隣の奥さん。 17/2/24(石川浩司)

「ニューヨークの恋人たち They All Laughed 」〔1981年 ピーター・ボグダノヴィッチ監督 オードリー・ヘップバーン、ベン・ギャザラ主演〕
日本では劇場未公開ですがビデオは出ています。
ニューヨークの探偵ジョンとその相棒のもとに、富豪の人妻と美しい若妻の素性調査の依頼が入る。さっそく調査に乗り出す彼らだが、やがて、彼女たちに惚れ込んでしまい……。監督は「おかしなおかしな大追跡」のピーター・ボグダノヴィッチ。
ラストシーンの主演二人のベッドシーンは驚愕しました! 〔ひとつのベッドに入ってお互い見つめあっているだけだけど…〕でも映画の流れから言うとサービスショットみたいで、けしてオードリーの神話性をぶち壊しているわけではなく、ハートウォーミングな展開だったので「ほっこり」させてくれましたよ。大好きな映画です。
オードリー・ヘップバーンは端役時代から始まり、「ローマの休日」での大ブレイクと前期の「麗しのサブリナ」「昼下がりの情事」「パリの恋人」など超名作群、そして「いつも二人で」前後から遺作の「オールウェイズ」までの後期と、すべての時代の作品が大好きですー。

〔追補・2014年6月13日の日記よりばっすい〕
YouTubeでピーター・ボグダノヴィッチ監督のインタビューを観ていたら、日本未公開の「They All Laughed」の話題になった。インタビュアーは「これはタランティーノが大好きな映画なんだよ」と言っていて私を驚かせた。私もこの映画にはひとかどならない思い入れがある好きな映画だったので。ベン・ギャザラとオードリー・ヘップバーンの熟年ベッドシーンもさることながら、設定やプロットが妄想するのにちょうどよいスケール感をもっている。人の頭の中で生きるのにちょうどよい温度湿度をもっているというべきか。
ニューヨークを舞台にした映画としては本作とジョージ・ロイ・ヒル監督の「The World Of Henry Orient(マリアンの友だち 1964年)」が小品ながら味わい深くてわたしの心の宝物の戸棚に入っている映画である。〔どちらもあまり知られていないマイナー映画だが〕

追記、ボグダノヴィッチはオーソン・ウェルズの評伝で有名ですが、ハワード・ホークスの助監督もしていたので「おかしなおかしな大追跡」や本作のようにコメディータッチの作品も撮れたというわけですね。 17/3/6(波照間エロマンガ島)

映画の数だけラストシーンはあるんだものねえ。
ただパスカルズが出た「野のなななのか」にはラストシーンが無い稀有な例。 17/3/6(石川浩司)

櫻の園(1990)。ダメダメに終わった2008年版ではなく、つみきみほ、白鳥康代、宮澤美保、中島ひろ子版の方です。
とある女子高では入学式で演劇部がチェーホフの「桜の園」を演じることが長い伝統となっていました。ある年の入学式、演劇部の集合から、板付開演までの数時間を描いた大傑作です。
出てくる役者はほとんどが女子高生。男子は3人くらいしか出てきません。
幕が上がり、舞台が始まる。そのあと演劇部の部室に桜が舞い降りる。そして、
ショパンのノクターン(たぶん^^;)で終わります。
https://www.youtube.com/watch?v=yyjnadKkCoY

この映画に感動してわざわざ東京までパンフレットを買ったり、中古ビデオ店でビデオを買ったりしたなあ。
もし生まれ変われるとしたら女子高に入りたいと思った作品です。 17/3/6(わいわい)

今だったらパンフレットやビデオはネットで買えちゃうから東京に行くこともなかったのかもね。
何かの為に小旅行をするって楽しかったよね。ワクワク感とともに。 17/3/6(石川浩司)

溝口健二の遺作となった『赤線地帯』(一九五六年大映)のラストシーン。
それまで置屋の下働きだったしず子(川上康子)が初めて店に出るも、柱の影に隠れるようにしょんぼり立っている。そして消え入るようなささやき声で「ちょっとお兄さん、遊んでかない?」と流し目で客を惹こうと手招きしている。黛敏郎のミュージックソウ〔のこぎりをバイオリンの弓で弾く〕を使った現代音楽風映画音楽がバックに流れる =エンドマーク=
自分の中では溝口の作品の中でもっとも衝撃を受けたシーンのひとつ。どうして溝口はこれほど業の深い因果の苛烈さを描くことができたのか驚愕しました。そして、川上康子演じるしず子がまだ10代のロリータとしか見えないんです、これが。
出演は京マチ子、若尾文子、小暮実千代、町田博子、川上康子、三益愛子、進藤英太郎ほか。 17/3/27(波照間エロマンガ島)

観たことはないが想像できる。この手の映画俺も好き。赤線跡とか見つけると未だになんだか嬉しくなる。
現実は大変だったろうが独特の粋があったよね。 17/3/27(石川浩司)

カリガリ博士(独、1920)。
最初はカリカリ博士なんだかガリガリ博士なのか分からなかった。
映画学上で必ず出てくる作品です。
私も大学の映画論で初めて知ったのですが、もし取ってなかったら見なかった映画だろうなあ。
カリガリ博士というタイトルも素晴らしいです。
ストーリーは、精神病患者の博士の殺人事件の話ですが、ラスト影面白いです。あえて書きませんが、『アルジャーノンに花束を』がヒントです。 17/3/27(わいわい)

あれ、俺観てるんだけどなー。どんなんだっけかなー。 17/3/27(石川浩司)

ベトナム戦争を扱った映画「ジェイコブス・ラダー」のラストが衝撃的で印象に残っています。

※ネタバレ注意

アメリカに戻ったベトナム帰還兵が、悪夢をきっかけに戦場で起きた事を思い出していくストーリーです。
ベトナム戦争の長期化によって、多くのアメリカ兵が鬱状態になり戦意を喪失していきました。
そこでアメリカ政府と軍は、戦意高揚を目的に兵士に対して強力な麻薬を投与したのです。
その結果、アメリカ兵たちは猛烈な殺人欲求に駆られ仲間同士で殺し合いを始めてしまいました。
当時の事件を思い出した主人公は政府と軍を告発すべく奔走するのですが、ここまでの出来事は全てその強力な麻薬 によって見せられていた幻覚だったのでした。
アメリカに戻るどころか、そこにはベトナムの戦場で錯乱した仲間に刺され死ぬ間際の主人公の姿がありました。 17/3/27(テングザル)

狂気の現場にはあるゆる常識が打ち負ける。 17/3/27(石川浩司)

話題379とWりますが、「逆襲のシャア」のラスト。地球に落ちてくる隕石を敵味方のモビルスーツが落下を阻止しようと下から押し返すシーンがあるのですが、ネットでは「下から押し返さずに、後ろから逆に落ちていく方向へ押して落下力や地球の引力を利用して外へはじき出せはいいんじゃないか、という意見があるのですが、たしかにそうなんですよねえ 17/4/3(笑)。でもそれじゃ映画になりませんから・・・。
「ルパンVS複製人間」では、マモーの巨大な脳が、無音のまま太陽に吸い込まれていくシーンが子供ながらに怖かった。直前の炎に焼かれるマモーもトラウマです。 17/4/3(わいわい)

無音、って怖いよね。
特に映画とかはずっとBGM的に何か音楽が鳴っているものも多いからね。
ちなみに俺の出た「野のなななのか」は上映中音楽が鳴り止むことが一瞬もない。
もちろんそういう演出なんだろうが。 17/4/3(石川浩司)

「北北西に進路を取れ」〔1959年アルフレッド・ヒッチコック監督、ケーリー・グラント、エヴァ・マリー・セイント主演〕

1940年にイギリスからハリウッドに映画製作の拠点を移したアルフレッド・ヒッチコックは、1950年代半ばからヒット作を連発し、娯楽映画の巨匠として大衆的な人気を博するようになりました。「北北西に進路を取れ」はその時期のピークに位置する作品で、事件に巻き込まれた主人公が冒険につぐ冒険でピンチをくぐりぬけるというサスペンスアクションのスタイルは、後年の同趣の映画にずいぶんと影響を与えています。

わたくし波照間エロマンガ島は、この映画は子供の頃から親しんでいて大好きな作品でした。特に1983年頃再プリントして劇場再公開されたときには映画館に何回も足を運び、大画面でヒッチコックの映像魔術を堪能しました。

この映画のラストシーンは以下のような感じです。

映画は、主人公とヒロインがキスをし、トンネルに突入する列車のシーンにカット替わりして終わる。これについてヒッチコックは、列車は男根の隠喩であり、自身の映画で最もわいせつなシーンだと語っている〔ヒッチコック=トリュフォー『映画術』〕。

このラスト数分間でのシーンとシーンのジャンプ、つまり時間と空間のたたみこむかのような省略技法は過激なんて言葉では言い表せないくらいすごくて、ぜひ一度みなさんに見て欲しいのです。わたしがいちばん衝撃を受けたのは、シーンを言葉で説明するのがばかばかしくなる、言葉の無力さというか荒唐無稽な映像的イメージの飛躍の数々。つまり映像だけで物語が完璧に叙述されているということ。こういう「映画のラストシーン」というテーマでは、何を書いたらいいのか困ってしまう映画の代表的作品なのですね〔苦笑〕。

一時期、この映画について考えたことがありました。

〔2009年当時のメモ断片をばっすい〕
大学生の頃、この映画のことばかり考えていた時期があった。 

熟考の結果、この映画は「骨組みだけの映画」なのではないか、と結論づけた。世界でもっとも過激な劇映画のひとつではないか、と。 
主にスクリーンプロセスを使った特殊撮影の場面を多用することにより、映画時間を推進・牽引させている装置はシナリオ〔ドラマ〕だけにあるわけではないことを観客に意識させながらも、その疾走している装置に観客を圧倒的な手練手管で引き寄せてしまう手さばきの心地よさで、気がつくと「The End」のマークまでたどり着いてしまっている。しかし振り返ると、今までどんな映画を観ていたのか一向に説明できない。歴代大統領の顔を彫刻したモニュメントの崖から落ちそうになったとか、平原で飛行機に機銃掃射されて逃げ回ったとか、国連と思しき施設の人ごみの中で自身濡れ衣の殺人事件に巻き込まれるとか、次から次へと目まぐるしく場面転換していく中で、観客は否応なしに主人公のケーリー・グラントに感情移入させられてしまう。が、そこには観客を納得させるようなその主人公の人物設定はほとんど与えられていないのだ。巻き込まれることで映画が始まり、セックスの暗喩を示すトンネルに入るところで映画が終わる。そしてその疾走する時間の中だけで、人物の関係性や事件を説明しきっているのである。まるでむき出しの鉄骨の骨組みのようにシーンが並列してただ置かれているような映画。。。無駄な脂肪のような要素は一切存在しない。 
この映画が公開されて今年で50年経つが、時代の垢に全くまみれず、新しさを保ち続けていることは驚異的であると改めて思った。 〔ばっすいここまで〕

あと「骨組み」のようにむきだしの鉄骨のようだと感じたもうひとつの要因として、この映画はシーンとシーンの接合部分がオーバーラップでつながっていることがあげられます。長くなってしまったので、これについてはまたどこかで書こうと思います。
http://rive-gauche.jugem.jp/?eid=87#hitchcock 17/4/3(波照間エロマンガ島) 

映画評論家として是非もっとメジャーな場所での活躍も期待します! 17/4/3(石川浩司)

でもすべての映画のEDが印象に残っているわけではないんですよね。「ゴッドファーザー」「ゴッドファーザー2」「風と共に去りぬ」なんかは本編の方が凄い印象に残っています。
「誰が為に鐘はなる」(米国、1943)。イングリッドバーグマンとゲーリークーパーという凄い組み合わせ。「キスをするとき鼻がぶつからないのかなって心配だったの」というセリフが有名です。別にカマトトぶっているわけではなく、彼女のスペインでの出来事を思うと凄い重みのある一言なんです。
ラストは怪我をしたゲーリークーパーが、ゲリラの追手の一味からイングリッドバーグマン一行を逃がそうと機関銃をぶっ放すシーンで終わります。 17/4/16(わいわい)

この前観た「この世界の片隅に」でエンドロールの最後に主人公がバイバイと手を振るのが良かったな。
何故それが良いのかはネタバレになるので書きまへん。 17/4/16(石川浩司)

ロリータ(1962)。大学の授業で二つの文化を対比させなさいというもの。私は前述した「卒業」と「ロリータ」の比較をしました。
「卒業」は幼馴染女の子に対するストーカー映画(笑)。「ロリータ」は大学教授が下宿の先の娘を好きになってしまい、ストーカーのような追っかけまわしていたら妊娠していたというもの。
思い出は、ラストシーンというより、映画を借りるのが恥ずかしかった。「卒業」はともかく「ロリータ」のDVDを借りて、レポートを書いてその表紙が「卒業」と「ロリータ」の比較(笑)。 17/4/22(わいわい)

確かにロリータ借りづらい。
店員さんになんか不審者のように見られそうだもんね。 17/4/22(石川浩司)

「ノッティングヒルの恋人」〔1999年 ロジャー・ミッシェル監督、ジュリア・ロバーツ、ヒュー・グラント主演〕。

劇場公開時に2日連続で映画館に足を運びました。それくらい胸がきゅんとなった恋愛映画でした。
私は映画鑑賞は断然「映画館派」で、公開初日に劇場にはせ参じることを中学生くらいから現在にいたるまでモットーとしています。誰よりも早く話題の映画を見に行き、そのあと映画好きの友人とおしゃべりするのが趣味なのです。その趣味は大人になって社会人になった現在もSNSを通じて続けています。
また、気に入った映画はまわりの友人に勧めまくるというはた迷惑な性癖ももってまして、私のまわりではこの「ノッティングヒルの恋人」を観に行った友人が何人もいます。

有名な映画でその内容はすでに人口に膾炙しているので詳述はしませんが、一言で書くと「映画スターと一般庶民の恋」。世界的映画スターのジュリア・ロバーツとロンドン・ノッティングヒルのしょぼい書店店主のヒュー・グラントが、紆余曲折あって結ばれるまでのラブストーリー。

まぁ観ていれば誰でも気がつきますが、このトピックの言いだしっぺのわいわいさんが最初に紹介した「ローマの休日」に設定が非常に似ているんですね。そしてラストシーンは記者会見なんですよ! ここでのやりとり(最後の台詞)とそれに合わせて流れる主題歌のエルビス・コステロの「She」の絶妙なタイミングったら最高のカタルシスを得られること間違いなしです。思い出すだけでうるうるきちゃう。そしてハッピーエンディングのエンドタイトルロールへ。以来、何度となく繰り返し鑑賞している大好きな映画であります。 17/4/30(波照間エロマンガ島)

そんなに言われると観たくなっちゃうね!
タイトルだけ知ってる映画がたくさん・・・。 17/4/30(石川浩司)

先日、追憶(1973)を見ました。遠方から映し、途中で画像が止まったままクレジットが流れるというなかなかのエンディングでした。
「君の名は。」は見ないうちに終わっちゃいました。 17/5/9(わいわい)

まあ、テレビですぐにやるんじゃないかな? 17/5/9(石川浩司)

日本人は「ハッピーエンドではないけど、バッドエンドではない」というのが好みなのかもしれません。
お互いが愛し合っているけど一緒に慣れないというやつです。
古くは「カサブランカ」「ローマの休日」「慕情」「ひまわり」などで、最近では「マジソン郡の橋」「ニューシネマパラダイス」などです。「ひまわり」なんて当時女性が泣きながら映画館から出てきたなんて書かれていますし。
多くが相手は結婚していて許されない恋という関係です。
「ロッキー」も、チャンピオンにはなれなかったのでバッドエンドではないですが、勝利に近いものを得、恋人と結ばれることからこの項に入るかもしれませぬ。

あとは、愛し合っているけど事情があって結ばれず死んでしまうというもの。
「ロミオとジュリエット」「ウエストサイド物語」「誰が為に鐘は鳴る」「ある愛の詩」「タイタニック」なんかかな。 17/6/9(わいわい)

俺の出た映画もだいたいそんな感じが多いかも・・・。 17/6/9(石川浩司)

タイムトラベルと陰謀論をモチーフににしたSFサスペンス映画「12モンキーズ」〔1995年  テリー・ギリアム監督〕。ウイルスによって人類の99%が死滅し、残りの1%の人類がそれを避け地下に移住した未来の地球。彼らはタイムトラベルの技術を手に入れ、過去に戻りウイルスの世界的拡散を水際で食い止めようとする内容だった記憶があります。主演はブルース・ウィリス。印象的だったのは、映画の最後の最後に出てくる、ウイルスを奪還しようと未来から来た高齢の女性科学者。旅客機の中でウイルスの入ったケースをもった真犯人に話しかける隣席の女性として登場します。この女性は映画前半の未来のシーンでは科学者として登場しているので、彼女が未来の人類ということは観客にはわかっているわけです。そしてこの女性の登場に観客はほっとさせられます。ウイルス拡散は防いで人類滅亡は免れるのではないかという希望をもって、この場面は一種の「出落ち」的効果をあげていました。

わたしは古い映画でこのラストシーンに似ている作品を想起しました。「天国は待ってくれる」〔1943年 エルンスト・ルビッチ監督〕。詳細は省きますが、映画のラストシーンの「落ち」として「12モンキーズ」の老女性科学者と同じあり方で妙齢の女性が登場するのです。映画の「落ち」に観客は大爆笑します。
ふたつのシーンの共通性はわたしが感じただけで、テリー・ギリアムははたしてルビッチのこの映画からアイディアを持ってきたのかは定かではありません。が、「女性の容貌」という記号をコメディー的に使っている点では同じスピリットを感じました。 17/6/25(波照間エロマンガ島)

まあ考えやすいアイデアではあるかもしれないけど、効果的だよね。 17/6/25(石川浩司)

「あの胸にもう一度」〔1968年イギリス・フランス合作〕。ミック・ジャガーの恋人だったマリアンヌ・フェイスフル主演のオートバイ映画。モンキー・パンチ原作の漫画、アニメーション作品「ルパン三世」の峰不二子がレザージャケットを着てオートバイで疾走するタイトルショットがありましたが、そのオリジナルとなったのがこの作品です。ラストシーンは言えませんが衝撃的でした。テレビ東京「昼のロードショー」で初めて見ました。 17/8/1(波照間エロマンガ島)

あ、オリジナルあったんだね。知らなかった。 17/8/1(石川浩司)

アニメだと余韻のあるエンディングが少ないのはなんででしょう。ルパン三世の「カリオストロの城」は名場面ではあるけど余韻があるとは言えない。「サマーウォーズ」突然おわっちゃうし。 17/9/30(わいわい)

確かに言われてみれば唐突に終わるもの多いかも。
一回エンディングがあった後おまけにひと笑いというのが定番だからかな。
「この世界の片隅に」のスタッフロールのところのバイバイの手は泣けた。 17/9/30(石川浩司)

男はバカなので映画か終わっても自分が主人公になったつもりで映画館を出てきます。
女子は泣きながら出てきても「甘いもの食べにいこっかー」とすぐに気持ちを入れ替えます。
男は例えばゴットファーザーを見れば自分が敵に狙われていると勘違いし、左右をきょろきょろ見渡しながら街を歩いていきます。群馬にはマフィアはいないというのに。
スターウォーズを見た時にゃ帝国軍を倒すために自分がフォースを使える気がして進んでいきます。埼玉にはジェダイはいません。
男ってバカですねえ(笑)。 17/10/19(わいわい)

よくこの言葉は聞くけど俺はなったことないなー。
基本が女子・・・いや、おばさんなのかもしれない(笑)。 17/10/19(石川浩司)

男は失恋してもいつまでもうじうじして昔の恋が別れられない。女性はすぐに次の恋へ切り替えられるといいます(うーむ)。 17/11/4(わいわい)

まあ女性的傾向、男性的傾向というのはあるんだろうけれど全員がそれに当てはまるわけじゃないからねー。
だから人は面白い。 17/11/4(石川浩司)

17/10/19のわいわいさん、石川さん。

わたしが映画を観終わったあと、自分が主人公になったつもりで映画館を出てきたピカイチな作品といえば 「ションベンライダー」〔1983年 東宝 相米慎二監督〕です。やたら気分が昂揚し、文字通り「肩で風切る」ように街を歩きましたねー。永瀬正敏と河合美智子(二人はこの作品がデビュー作)、それに坂上忍演じる、中学生3人組が力をあわせて悪人〔ヤクザ〕をやっつけるという内容なのですが、やたらと爽快だった。横浜から熱海、名古屋、関西へと場面が移動するロードムービーでもあり、雨や風が皮膚に感じるような映画でした。20歳の大学生の頃の体験でした。 17/11/4(波照間エロマンガ島)

映画館から出て来る人がみんな肩をいからせてたら面白いね。
キョンシー映画で全員ピョンピョン跳ねながら出てきたりして。 17/11/4(石川浩司)

あとは映画が終わったら、スタッフロールを全部最後まで見ていくかどうかという問題が・・・(^^;) 17/11/17(わいわい)

映画によっては最後におまけ映像が流れるものもあるしね。
最近では「この世界の片隅に」のスタッフロールの最後が秀逸だった。 17/11/17(石川浩司)

後味が悪かったので覚えているのが「ミスト」です。
いろいろな決断が後々救えなくなる展開に見終わったあと「えぇぇぇ」ってなりました。
ドラマのリメイク版がネットフリックスで始まったので楽しみに見ています!
石川さんの後味が悪くて記憶に残った映画ってありますか? 17/11/17(kyuuri)

ダンサー・イン・ザ・ダークかな。
ビョークが好きで観に行ったのだが本当に病苦だった・・・。 17/11/17(石川浩司)

王様を一周したときの話に戻ります。
石川さん「そのまま二週目に行くのじゃあ〜」というコメントかと思っていましたが違いました(笑)。 17/11/28(わいわい)

それも考えたけどやはり本当に興味ある話題に熱のあるコメントの方が面白いので。
これからもいろんな文章雑談、しまっしょい! 17/11/28(石川浩司)

以前どこかに書いたかもしれませんが、タイの映画館では映画のエンドタイトルはほとんど誰も観ません。ラストシーンが終わり音楽と黒味画面の文字だけのスタッフロールが始まるとその瞬間、観客は立ち上がって館内から家路につきます。日本ではいつも館内が明るくなるまで席に座ってスクリーンを食い入るように見つめていたわたしは、タイと日本の映画鑑賞習慣の違いに最初びっくりしました。

実はわたしは日本での映画鑑賞体験で、一度だけ失敗した経験があります。『スネーク・アイズ』〔1998年 ブライアン・デ・パルマ監督 ニコラス・ケイジ主演〕という映画を観たときのこと。
映画本編が終わり、エンディングタイトルが始まるや、わたしはふだんは明るくなるまで席に座ってタイトル画面を見ているのに、なぜかその日に限って席を立って帰ってしまったのですね。し・か・し!!

エンディングタイトルが終わったあと、映画は大どんでん返しを観客に指し示して終了するのでした。それを観るのと観ないとでは、映画の印象はまったく変わってしまうという映画作家の仕掛けた罠にわたしはまんまとはまり、「負け」てしまったのですね! そのトリックを知ったのは帰宅してからでした。「やられたー」と地団駄踏みました。

クラシックムービーを観ると「The End」とあってすぐに映画は終わりますが、いつの頃からか映画に関わったスタッフが全員紹介されるしきたりができていきました。そのきっかけになったのは1977年の『スター・ウォーズ』の1作目と言われています。当時画期的な特殊撮影に関わった全スタッフを称えるためジョージ・ルーカスは、ジョン・ウィリアムス作曲の有名なテーマ曲に乗せてえんえんと全スタッフ紹介していきました。その慣例はやがてハリウッドの映画業界に就業する各技術部門のユニオン〔組合員〕の権利として、当たり前のように表記されるようになりました。

映画のラストシーンはエンディングタイトルとセットになっていますが、以前別のトピックで紹介したアルフレッド・ヒッチコックの『北北西に進路を取れ』〔1959年〕のラストシーンは、主人公が乗った特急列車がトンネルに入るカットでバーナード・ハーマンの音楽とぴったり同期するように「The End」と終わります。映画史上に残る「にやにやする」白眉なラストシーンだと思いますが、ユニオンが強くなった現代ではありえないでしょうね。そういう面白さを過去の映画からは楽しむことができます。 17/11/28(波照間エロマンガ島)

そうかー。ユニオンのおかげでああ変化したのかー。
余韻を楽しめる時もあれば「ダラダラ長いな」と思うこともあるなあ。 17/11/28(石川浩司)

昔は一日中何回も映画を見ることが出来ましたよねー。しかも同時上映まであって。
エンドロールが終わると、ややして再び映画が始まり、一度見た映画のオープニングまで見て、退館したりしましたなあ。 17/12/4(わいわい)

昔は入れ替えじゃなかったから途中から観て一周して「あ、観たところまで来た」と言って帰っていくことも多かったね。 17/12/4(石川浩司)

17/10/19(わいわい)さんへのレス
「スター・ウォーズ」を観た後は、自動ドアの前で手を横に振りジェダイの騎士のように"フォース"を使って開ける真似をしてしまいますよね。
それと傘を持っていたら"ライトセーバー"の設定で「ヴォンヴォン、カシャーッ」と口で言いながら振り回してしまいますよね。 17/12/4(テングザル)

「オーメン」を観た後は後ろを振り返ってニヤリと不気味に笑いたいよね。
(実際はスタッフが無言で変な顔して男の子を笑わせたそうな)。 17/12/4(石川浩司)

席も自由に移動できましたしね。しみじみ。 17/12/12(わいわい)

今なんて人気映画以外はガラガラも多いから席移動くらい自由にさせてほしいよね。 17/12/12(石川浩司)

スタンリー・キューブリック監督のハリウッド進出第1作『現生に体を晴れ』〔1956年〕。フィルムノワール風犯罪映画で現金強奪の完全犯罪を目論んだ主人公が、ちょっとした計画の綻びで頓挫し破滅していくという内容で、学生時代に観て大好きな映画でした。
7〜8年前だったか日本に一時帰国した際、西荻窪にあった今は亡き「ザ・ロック食堂」というバー&レストランで食事していると、店のスクリーンにこの映画がかかっていることに気づきました。「わー、なつかしいーー!!」興奮状態のわたしは店長のN氏と語り合ったことを覚えています。ラストシーンがとても印象的なんですね。物語は完全に描ききったわけではなく、「万事休す」と終末を確信させるところで入る「The End 」のタイトルが最高にスタイリッシュでカッコよかった。キューブリックはなんだかんだほとんど観ていて大好きな映画作家です。 17/12/19(波照間エロマンガ島)

キューブリックは割と観ている方だけどこれは観てないな。
ネットで無料であがってないかな・・・(笑)。 17/12/19(石川浩司)

テングザルさんへ。ロッキーを見た日にゃみんな階段を駆け上がったものです(笑)。

昔は同時上映もたくさんあったのに現在では子供向けのアニメを除きほぼ絶滅しました。悲しいなー。 17/12/19(わいわい)

昔は名画座の3本立てやオールナイトのナントカ特集もよく観に行った。
妻との初デートは大島渚の名作映画特集だったな。 17/12/19(石川浩司)

17/12/19(石川浩司)さんへのレス
それなんですけど、前から気になっている事がありまして、あの〜
1987年5月16日(土)に文芸地下で大島渚監督の「夏の妹」と「無理心中・日本の夏」を観られた時は"理香さん"と呼ばれていたのが、その19日後の6月4日(木)には"理香"と呼び捨てに。
その間に何があったのかな〜?と、何をしたのかな〜?と(ムフフ)。
若かりしお二人の甘い想像はさて置き、
スティーブン・スピルバーグ監督は作品のテレビ放映を許可する条件として、エンドロールをカットしないよう求めています。
そのためテレビ局では時間の都合もあり、到底読めない凄いスピードでエンドロールを早送り放送しています。
やっぱりアレかな〜? 17/12/26(テングザル )

間違えて本編をスピードアップしてたら愉快だね。 17/12/26(石川浩司)

そういや街角の映画ポスターを全く見なくなりましたな。いやいや映画だけでなくピンク映画やプロレスのポスターも・・・。プロレスは試合会場やスポーツ店前に貼られている程度になったしまった。 17/12/26(わいわい)

ライブも今やネット用のフライヤーはあっても実物はなかったりするしね。
街にいろんな物が貼られてる混沌も好きだったんだけど、時代なんだろうなぁ。 17/12/26(石川浩司)

『羊たちの沈黙』〔1991年 ジョナサン・デミ監督〕のラストシーン。
人で溢れるアフリカのある町を撮った長まわしの固定ショットがラストショットになっており、そこにタイトルロールがかぶさってきます。その寸前の登場人物たちの行動からこれから起こるであろうあることが示唆されるような形で映画が終わっていて、かなり後味の悪い映画のエンディングとなっています。これがとても余韻にあふれていてサスペンスホラー映画として大好きでした。なおこの映画でアンソニー・ホプキンスとジョディ・フォスターはアカデミー賞主演男優賞、主演女優賞を受賞しています。 17/12/31(波照間エロマンガ島)

ホラー、サスペンス系はそういう次に起こる悲劇を予感させる終わり方多いよねー。 17/12/31(石川浩司)

やっと「君の名は。」見ましたよ。テレビで。
男女の体が入れ替わるという古今東西からあるネタで、古くは平安後期に成立した『とりかばえや物語』から見られる話です。
映画は、男女が入れ替わる青春恋愛物語かと思っていたら、隕石が落ちる惨劇回避のストーリーだったんですね。
飛騨、過去に戻る、同じ世界を繰り返す、惨劇(災害)の回避、舞台が神社・・・というところからまるで「ひぐらしのなく頃に」みたいでした。
最後の最後に「君の名前は?」で終わります。 18/2/17(わいわい)

いや、CMの後にその続きがあったよ。
「・・・貞子」と言ってテレビから首がニューッ。
嘘です。 18/2/17(石川浩司)

本のラストシーンの話題振ります。
―――と思ったのですが、「映画」を外して、話題378「ラストシーン&エンディング」としたほうがいいですかね。そうすればドラマや映画、ゲームも含まれますし。ほかの人も投稿しやすいかなー。
「映画」と付けたほうが話が限定するので、逆に投稿しやすいということもありえますが。

んでもって、司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』最終巻。竜馬は京都の近江屋で暗殺されるというのは知っているはずなのに、再読するたび、
「もしかすると今回は殺されないのかもしれない・・・」
とページを隠しながら読む私。
やっぱ中岡慎太郎と共に殺されちゃうのですが(笑)、こういう本の読まれ方って素敵ですよね。 18/3/17(わいわい)

坂本龍馬、教科書から消えちゃうらしいね。
「ちゃんと調べてみたら、歴史上それほどの重要人物ではない」とのことで。
司馬遼太郎の作ったフィクションの部分も多いからねー。 18/3/17(石川浩司)

1956年製作、今井正監督の『真昼の暗黒』。これは当時審理中だった冤罪事件の「八海事件」に材をとっています。
単独犯だった犯人が罪を軽くすることを目的に、知り合い4人を共犯者に仕立てたノンフィクションが原作で、警察のずさんな捜査を告発した社会派映画として大ヒットしました。この映画の公開時は控訴棄却の有罪判決が下されて最高裁に上告した時期で、監督の今井正や脚本家の橋本忍らの強いモチベーションにて映画は製作されました。これは当時の法曹界、政界をまきこみ大変な賛否両論を巻き起こしたといいます。そのため大手メジャー5社の映画会社ではなく独立プロダクションで製作されているのですが、それにも関わらずキネマ旬報の日本映画1956年度ベストテン第1位をはじめ、その都市の映画賞を総なめにしました。

映画のラストシーン、ゴジラ映画でお馴染みの伊福部昭作曲の重厚な音楽がバックに流れる中、拘置所に面会に来た被告の母親に対し被告役の草薙 幸二郎が「まだ、最高裁判所があるんだー!!!」とゲージごしに泣き叫ぶシーンには、ずいぶんと衝撃を受けました。実際二審で死刑判決を受けた主人公は最高裁で逆転無罪を勝ち取りました。冤罪は本当に恐ろしいです。人が人を裁くということについて、この映画を含めいろいろな映画を観て直面し考えています。 18/3/17(波照間エロマンガ島)

「それでも僕はやってない」も冤罪映画だったね。 18/3/17(石川浩司)

マキノ雅弘監督の『次郎長三国志』シリーズは、1952年から54年にかけて9作品製作された、清水次郎長を中心とする次郎長一家の群像を描く大衆時代劇映画です。原作は村上元三で同時期「オール読物」誌上に連載されました。しかし物語の根幹をなすほとんどのエピソードは、当時大人気を誇った浪曲師の二代目広沢虎造の「次郎長」物から材を得ています。このシリーズは大ヒットを記録、東宝争議以来低迷していた東宝の久々のメガヒット作品となり、社員にボーナスが支給されたといいます。

この9作品、清水港を縄張りにして売り出し、やがては海道一の大親分として評判になる次郎長の半生を描いていますが、特徴的なのは1本の長さが70分足らずで、現代から見ても非常に短い上映時間となっていることです。これは興行上の理由で、2本ずつ製作しそれを数週間のインターバルしか置かずに公開するスタイルをとっていたので、今で言うテレビドラマの前後編の続きものような感興をもっていました。ちなみに第1作の「次郎長三國志 次郎長賣出す」は1952年12月4日公開、第2作目の「次郎長三国志 次郎長初旅」は1953年1月9日公開となっていて、わずか1ヶ月のあいだに続編の公開となったので必然的に映画ファンの期待を高め動員をアップさせる結果になりました。

さて、この70分足らずの上映時間は虎造の浪曲のリズムとも合っていました。わたしは広沢虎造の浪曲も非常に好きで今も愛聴しているのですが、敵との対決を描くとき、浪曲の中でチャンバラシーンそのものを描くのは無理があるので、そこにいたるまでの描写をくどいほど細部にわたって表現し、いよいよ!! というときに「♪ちょうど時間となりましたー」と一節うなり一席が終わる、このカタルシスが浪曲の魅力なんですよ。マキノ雅弘はこのカタルシスに限りなく似た効果を映画に持ち込んでいます。つまり、すべてを映画で描かずに省略法を使って物語を語る。観客に想像させる余地を残して映画を撮影したということなのです。なので、各作品ともに劇の途中でいきなりそれまでの物語の展開がぶった切られるかのように「終」のエンドタイトルが出たりするんですね。これが異常に気持ちがよかった記憶があります。「映画のラストシーン」というとこの映画のことを思い出しました。大学生の頃にオールナイト上映で観たきりですが、最近はDVDも発売されているようでいつかまた観てみたい作品です。 18/3/27(波照間エロマンガ島)

ああ〜、そういう手法ってテレビドラマでも多用されてるよね。
突然何かが起きて「えっ、どうなるの?」というところで「つづく」に。 18/3/27(石川浩司)

宮崎駿のルパン三世「カリオストロの城」。ラストの銭形のとっつあんの「やつ(ルパン)はとんでもないものをを盗んでいきました。---あなたの心です」というセリフが有名ですが、私はその後のじいさんの台詞「なんと気持ちのいい連中だろう」の台詞が好きです。とっつあんがウィンクしたり警察官たちがクラリスたちへ手を振る。そしてまたルパンと銭形のカーチェイスが行われ、港町へとクルマは走っていく。そしてエンドを迎えます。 18/3/27(わいわい)

トムとジェリーもそうだけどバランスのいい好敵手、ってことだよね。 18/3/27(石川浩司)

18/3/17(石川浩司)さんへのレス
周防正行(すおまさゆき)監督作品「それでもボクはやってない」は、全ての人が一度は観ておいた方がいい作品ですね。
安倍政権が続けば国策捜査・国策裁判も増えるでしょうし、冤罪が他人事ではなくなる日も近いような気がします。
この映画は「話題63 痴漢(2)」の投稿文(17/6/9)にも影響を与えた作品の一つでもあります。 18/3/27(テングザル)

痴漢に限らず誰かの圧力によって冤罪・・・結構多いんだろうなあ。
本当に怖いっす。 18/3/27(石川浩司)

「ロックストック&トゥースモーキングバレルズ」のラストが印象的です。
主人公たち4人が悪巧みしてお金持ちを強盗して、実はヤバい薬の売人やギャングがお金持ちに絡んでて大変なことになりそうなんですが、売人はギャングを、ギャングは売人を主人公たちだと思って殺し合い、なんとなく主人公たちは大丈夫だったというあらすじです。
そしてラストは運命のいたずらでまたもや主人公たちは貧乏になるのかな?というところで終わりです。全体的にまぬけな雰囲気を挟んでくる映画でした。
登場人物が多すぎて今映っているのが主人公なのかギャングなのか分かんないや、と思いながら見てたので石川さんはこの映画苦手かもしれないです。
私も人の顔を覚えるの苦手なので、同じ感じになるのではないでしょうか。 18/4/12(マジョライト)

あ〜、ただでさえ分からないのに外人となるともうお手上げ。ホールドアップじゃ。 18/4/12(石川浩司)

無料チケットがあったので今週DVDで『アメリカン・グラフティ 18/4/19(米1973年)』を見ましたよー。監督はジョージ・ルーカス。製作はフランシス・コッポラ。まだブレイクしていないハリソン・フォードが端役で出てています。
1962年のハイスクールを卒業した四人の学生の一日の物語です。一人は遠距離恋愛になるので恋人と揉め、一人は眼鏡をかけたオタクっぽい少年が華麗なモデルっぽい子と必死にデートをし、一人は13歳のティーンエイジャーに付きまとわれ、一人は街で見かけた一目ぼれした女の子をラジオDJを使って探すというものです。
卒業ダンスパーティや、真面目なのに不良になりたくて不良になったり、街を出ることを辞めたり、カーレース 18/4/19(チキンレース)をおこなったりもします。たった一日(一夜)の話ですが、こういう映画を見ていると昔に戻って卒業式の一日とかやり直したくなるから不思議です。
米国はこの後泥沼のベトナム戦争へ突入します。その前の古き良きアメリカを、クルマ、音楽、女性を使い青春群像を描ききった傑作でした。
エンディングはその後の4人を紹介して終わります。この「その後」は書かなくてもいいんじゃないかという意見もあったようですが、ベトナム戦争がいかに不毛な戦いだったかが分かります。 18/4/19(わいわい)

観てないんだけどそうか、エンディングはなんとなく分かるな。 18/4/19(石川浩司)

先日タイのケーブルテレビでサバイバルアクションホラー映画の『バイオ・ハザード』〔2002年 ポール・W・S・アンダーソン監督〕の1作目がオンエアされていて、久々に視聴しました。日本の同名のゲーム作品が原作で、ハリウッド作品としては低予算映画としてそのB級映画の手作り感がいい線いってました。細菌生物兵器を研究開発しているアンブレラ社の研究所で「バイオ・ハザード」〔汚染生物漏洩〕が起き、研究所の研究者が皆死んでしまいゾンビ化した状態になった。そこでここを封鎖し特殊部隊が汚染物質の除去に向かうという物語なのですが、クリーチャーとのもろもろの死闘のあとに主人公ミラ・ジョボビッチがアンブレラ社の兵士に捕らえられ、麻酔睡眠をかけられ長い睡眠から目覚め、無人の医療施設から外に出てみると、街はめちゃくちゃに破壊されゴーストタウンになっており人の気配はまったくない。立てかけられた新聞の切り抜きには「The Dead Walk」という表紙でゾンビが人間を襲い街は滅んだことがわかるところで、黒味のエンドタイトルになります。ラストシーンはそれ以前のシーンから想像の範囲内の結末であるものの、観客に次回作はどうなるのか期待を抱かせて映画は終わります。

実はこのラストシーンに非常に似た印象をもつ映画をこのとき想起しました。『皆殺しの天使』〔1962年メキシコ ルイス・ブニュエル監督〕。
上流階級の男女がお屋敷でホームパーティーをしているといつのまにか一晩明け、パーティーの参加者はだれも部屋から外に出られなくなってしまい彼らの阿鼻叫喚の地獄絵図を描く鬼才ブニュエルならではのシュルレアリスティックな映画です。映画が結末を迎えるとき、屋敷の外にカメラがパンします。そこには普通の朝の大都市の風景が映っているのですが、SEで銃声が間断なく聞こえたりなぜか羊の群れが画面を横切ったりして、どこかそれが「非日常」の時空間を表現していて『バイオハザード』のラストシーンのアポカリプス〔世界滅亡の序章〕のような印象を受けたのです。わたしは「メキシコで革命が起こった瞬間」を想起しました。なにも説明のないラストショットは不条理映画を締めくくるコー ダとしては不気味さを演出していてカタルシスを得ることに成功していると思いました。 18/4/19(波照間エロマンガ島)

そうそう、語りすぎないで観る者にイメージだけ残すのっていろいろ想像できて恐怖感を増すよね〜。 18/4/19(石川浩司)


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