話題378 映画のラストシーン(2)


波照間エロマンガ島です。
わたしが大学時代浴びるように映画を観まくっていた頃、自分の身に起こったプチシンクロ体験を思い出したのでここに投稿します。

ここに2本の映画があります。先に観たのは『気狂いピエロ』〔1965年 ジャン=リュック・ゴダール監督作品〕。ゴダールのフィルモグラフィーの頂点に立つ作品で、公開当時フランス政府給費留学生としてパリにいた映画評論家の山田宏一さんは、フランスの若者がいかにこの映画に熱狂したかを同時代的視点で語っていたのを読んだ記憶があります。世界中の映画ファンに圧倒的な影響を与えたこの映画は1984年にリバイバル公開され、わたしは新宿の映画館に観に行ったのでした。

そして、その少し後に観たのが『ゴーストバスターズ』〔1984年 アイヴァン・ライトマン監督作品〕。4人の科学者がお化け退治のチームを作りニューヨークに出没したお化けをやっつけるというSFコメディー映画。ずいぶんと笑わせてもらいました。この映画のラストシーン、お化け退治をした面々が洋々と引き上げていくショットにエンドタイトルのテロップがかぶさっていきます。その中のある人名にわたしは目が釘付けとなってしまいました。
https://www.youtube.com/watch?v=HDNprwEzB-k 

Director of Photography  Laszlo Kovacs A.S.C.

あれ、どこかで見聞きしたことのある名前だ! はて、誰だっけ?
当時はインターネットのない時代ですから、このラズロ・コヴァックスが何者なのかすぐには判らず、図書館へ行って映画史の本をあれこれ調べてみました。すると彼はハンガリー出身の撮影監督で、1957年のハンガリー動乱によりアメリカに亡命、1969年アメリカン・ニュー・シネマの代表的作品「イージー・ライダー」の撮影監督として有名になり、以後ハリウッドで数々の作品の撮影を手がけた、とありました。
しかし、わたしがその名前を聞いたのは、ハリウッドの撮影監督としての「ラズロ・コヴァックス」ではなかったのです。

それからほどなくして、わたしがその名前を聞いた映画を思い出しました。それが「気狂いピエロ」でした。この映画の中に主人公のジャン・ポール・ベルモンドが「ラズロ・コヴァックス」のことを言及するシーンがあったのです。
https://www.youtube.com/watch?v=S1WY84Lk_iE 

日本語字幕を読んだのでこの名前を記憶していたのでしょう。ところが驚くべきことにラズロ・コヴァックスが映画業界に入るのは1967年で、「気狂いピエロ」製作時には映画業界に籍をおいてなかったようなのです。のちにこの名前は実在のものではなく架空の名前であったことがわかり、ゴダールの長編劇映画第1作の「勝手にしやがれ」とクロード・シャブロルの「二重の鍵」に同じ登場人物の名前が出てきて「気狂いピエロ」はそこから引用したらしいということがわかってきました。

しかしながらこの2本の映画をそう離れていない時に鑑賞して、この「ラズロ・コヴァックス」を意識したことは、わたしのプチシンクロ体験としてそれから35年経った現在でも記憶に残っているのが面白いな、と思うしだいであります。 19/1/31(波照間エロマンガ島)

そんなのよく見つけたなー。
最近は俺も邦画とかはスタッフに知り合いの名前を見つけることも多いのでじっくり見るけどね。 19/1/31(石川浩司)

スターウォーズ「最後のジェダイ」と「ローグワン」を見ましたよ。古い映画なのでネタばらししちゃいますが、「ローグワン」は全滅、「最後のジェダイ」はルークが消滅しました(たぶん)。「最後のジェダイ」はみんなが言うほどつまらなくありませんでした。突っ込みどころはたくさんあったけど、ああそんな表現かーと思えば楽しめたし。
「最後のジェダイ」は興行的には成功しています。でも昨年のサイドストーリーと言うかスピンオフの「ハン・ソロ」は壊滅に近い興行成績でした。スターウォーズに繋がる話なんだけど、むむむどうしよう。 19/2/26(わいわい)

ううう、一度もスターウォーズ観たことない。
何故か観ようという気持ちにもならないのは自分でもわからない。SFが嫌いというわけじゃないのだが。 19/2/26(石川浩司)

ジョニーデップ主演の「フロム・ヘル」切り裂きジャックを題材にした映画で物凄く好きな映画なのですが、ラストは主人公がアヘン中毒で死んでしまうのです。しかも恋人と落ち合う予定があったのに。もともと泣ける映画(感動ではなく悲劇系で)が苦手で、絶対にこの映画見たら泣くよね、と思う映画は観ないようにしているのですが、このバッドエンドは予測してなかったので「えええ〜」っと力が抜ける思いがしたと同時にめちゃくちゃどんよりとした気持ちになりました。でもそのどんよりを味わいたい時があるのも事実で、そういう時はレンタルしてきて観ちゃいます。 19/4/2(美月)

ハッピーエンドより悲劇的な終わり方の映画の方が多い気がするな。 19/4/2(石川浩司)

数日前、久々にスタンリー・キューブリックの「フルメタル・ジャケット」を鑑賞しました。前回同様ずっしりとした重い感動がありました。そうだ、以前観たときは映画後半の市街戦シーンの舞台となったベトナムのフエを訪れる前だったので、フエを訪れる前と訪れた後で映画の印象が変わっていることが意外でした。このシーンは撮影所に巨大なオープンセットを建てて撮影したらしいのですが、リアリティーありすぎでした。空爆と市街戦による戦闘が激しすぎて町が廃墟のようになっているんです。「俺の行ったフエは50年前こんなんだったのかー」と言葉にならなかったですね。ラストシーンは生き残ったアメリカ軍兵士たちが夜の闇の中で歌いながら行軍しエンドタイトルに入る流れも印象に残りました。

くだらない豆知識2題。
(1)映画の中盤にベトナム人娼婦がアメリカ兵に客引きするシーンがあって「Me love you long time!」と文法的に間違った英語で誘惑するのですが、1990年代この台詞からインスパイアされたとおぼしい「Me love you long time」というアジア系女優が出演するハードコアポルノビデオがシリーズ化されました。

(2)映画前半、海兵隊訓練キャンプで下士官から猛烈にしごかれ発狂してしまい、その下士官を射殺し自らも命を絶つ新兵役として出演していたヴィンセント・ドノフリオは「怪優」と言ってもいいくらいの変態役者で、この役以外にも「メン・イン・ブラック」で虫型エイリアンに内臓を食われてしまう農夫役とか、「エド・ウッド」でのオーソン・ウェルズ役とか、「ジュラシック・ワールド」で恐竜ビジネスで一儲けしようとするも恐竜に惨殺されてしまう悪徳商人とか、映画で記憶に残る役柄ばかり演じているんです。わたしは脇役俳優としてはこのヴィンセント・ドノフリオとスティーブ・ブシェミが大好きです。 19/4/2(波照間エロマンガ島)

本人もそういう役、好きなんだろうね〜。 19/4/2(石川浩司)

1984年製作「ソナチネ」〔カナダ〕ミシュリーヌ・ランクト監督。思春期の少女たちの繊細な心もようを描いた小品。22歳の頃公開時に映画館で観たのですが、この映画のラストシーンは心が震えるほど感動した記憶があります。そして後年製作された某ドラマがこの映画のラストをパクッたのを観たときには激しく憤りを覚えました。そしてその怒りはまだ冷めやらないです。そんな映画を思い出しました。 19/5/12(波照間エロマンガ島)

へー、どんなラストだったのだろう。ネタバレになっちゃうから書けないか。 19/5/12(石川浩司)

ラストシーンが印象に残っている映画として、テレビで一度だけ観た成島東一郎監督作品「青幻記 遠い日の母は美しく」を想起しました。奄美群島の沖永良部島の青い海と白いサンゴ礁の美しい風景を撮影監督出身の成島が丁寧に撮影し、叙情的で亡き母への思慕の記憶を時間を超越するかのような世界を構築していました。ラストシーンは結末をすべて描くのではなく、これから起こるであろう悲劇的結末を観客に想像させ映画が終わっていく構成になっていて、胸が締め付けられるような感動を覚えました。この映画には原作があるとのことで手に入れてみたいな、と不図思いました。谷崎の「母を恋うる記」やプルーストの「失われた時を求めて」などと同趣の感興を惹起せしめる作品として比較して考えることができるかもしれないかもと想像しました。 19/5/22(波照間エロマンガ島)

結末を観客に想像させるエンディング好きだな。「オーメン」で最後に振り返った子供が不気味に笑うシーンとか。
あのシーンを自然に撮影する為、スタッフがカメラの近くでみんなでベロベロバーとか変顔して笑わせた、という裏話も面白かったな。 19/5/22(石川浩司)

今回は全てタイ航空を使用しました。機内で見た映画は、ローグワン、スターウォーズ7、そしてボヘミアン・ラプソディです。全て吹替。ボヘミアンは二回見ちゃいました。
細かいところが分からなかったので、あとで字幕で見直さないと。
ラストでは、フレディがライブエイドの直前にエイズの告白をしましたが、あれ史実ではもっと後なんですよね。
クィーンの再結成がライブエイドみたいな演出になってましたがあれももっと前から。
クィーンの演奏で、寄付金の電話が鳴りやまなかったのは良かったです。 19/5/22(わいわい)

ライブエイドのシーンのピアノの上の紙コップの置き方とか、ディテールを再現してるのがグッと来たなあ。 19/5/22(石川浩司)

波照間エロマンガ島です。
2019年現在、世界の映画シリーズの中でもっとも興業収入を得ているのが「マーベル・シネマティック・ユニバース」〔以下、MCUと表記〕の作品群。この映画シリーズの成功によりタイ人の鑑賞習慣に変化が生じたのですが、今回はその話をいたしましょう。

以前にもどこかで書きましたが、タイのほとんどの観客は映画館で映画を観るとき、エンディングタイトルになると即座に席を立ち帰ってしまいます。ところが、このMCUはエンディングタイトルの途中に必ず次回作の予告が数分間だけ映し出されて、観衆に「次はどうなるのだろう」と期待をもたせる設定になっているのです。なので、タイ人といえどもエンディングタイトルロールが始まっても席を立たない習慣がこのシリーズのヒットによって根付いてきたわけです。面白いですねー。 19/5/31(波照間エロマンガ島)

俺も「アイアンマン」観たよん。
これでジャッキー・チェンも救われる!? 19/5/31(石川浩司)

幼いころから映画は大好きで56歳の現在に至るまでたくさんの作品を観ていますが、自分は映画評論家でも映画レポーターでも映画研究者でもなんでもないので、観た端から忘れています。しかしこのトピック「映画のラストシーン」というお題を与えられてから、普段は意識することのない記憶の底辺にある映画のラストシーンを想い出そうと脳内をシャッフルするようになりました。

スティーヴン・スピルバーグ監督、トム・クルーズ主演のSFサスペンス映画「マイノリティ・リポート」〔2002年 ドリームワークス製作〕という映画があって、筋立てはおぼろになっていますが、ラストシーンの空中後退移動ショットはゆったりまったりとした印象に残っています。2000年代だとこれはドローンで撮影したのではなくヘリコプターで撮ったのか、などと頭の中で想像を膨らませるのも楽しいです。ここ数年でドローンを使った撮影技術が長足の進歩を遂げ、人びとの中にはドローンは当たり前の存在として認識されるようになっていますが、今から17〜8年前はそうではなかったことを意識して映画を考古学的に検証するのもこれから始められるのではないかと推察します。 19/7/2(波照間エロマンガ島)

今はCGでなんでもできるからこそ、それが無かった時代の特撮やアクションがより魅力的に感じられることも多いよね。 19/7/2(石川浩司)

「素晴らしき哉、我が人生(1946)」を見ました。映画学の世界では一度は取り上げられる作品です。
失敗したり成功しながらそこそこの人生を送っている主人公(住宅公社経営)が、クリスマスの夜に会社の部下が大金をなくしてしまいます。
これに失望した主人公は自殺しようとします。そこへ天使のおじさんが舞い降りてきて、
「もし君がいなかったらどんな世界になったか見てみよう」と、もしの世界を見せます。
軍功で表彰された弟は幼いころ死んでおり、妻もまだ独身。行きつけのカフェは全く違う暴力的な店になっており、街も風俗街になり、タウンも敵の名前が付けられ、自分のタウンは墓地になっています。
これを見て主人公は元の世界へ戻り、なんて今は素晴らしい世界なんだと、感激します。
失ったお金は今までお世話になった町の人々が寄付してくれるというものでした。
自殺する人に一度見てもらいたい映画です。 19/7/2(わいわい)

この映画は観てないが、希望が湧くような気がするね。
「今」に幸福を見出せない人は、未来にも見出せない。幸せはやって来るものじゃなくて、自分で作り出すものだから。 19/7/2(石川浩司)

最近「小さな恋のメロディ」(英、1971)見ましたよー。ラスト、トロッコに乗りながら草の生えている廃線跡をどこまでも進む二人。よかったなー。小学生の淡い恋ですね。
ビージーズのBGMが有名で、英国より日本の方が評価も観客動員もよかった一作です。

ついで「勝手にしやがれ」(仏、1951)を。ヌーベルバーグの代表的作品ですね。日本では沢田研二(作詞・阿久悠)で有名ですね。 19/7/19(わいわい)

どっちも観た・・・いや観てない?記憶がウガガガ。 19/7/19(石川浩司)

1965年製作「飛べ!フェニックス」ロバート・アルドリッチ監督。おそらく小学3年生ころTBSの月曜ロードショーで初めて観た記憶がある。サハラ砂漠上空を飛行中、アクシデントで不時着した小型飛行機を生存者たちが力を合わせて再び飛行できるように改良し、砂漠からの脱出を計るという小学生にでも理解できる単純かつ骨太の娯楽作品。主人公のジェームス・スチュワートは若き日の2枚目の面影はいっさいなく、二重あごででぶっちょの老いぼれ役立たずな老パイロット役だがタフガイだったのが印象的だ。

映画の最後で再び飛び立った飛行機はわずかに飛んだだけで近くにオアシスを発見し着陸するのだが、何日間も水分補給なしで生存ぎりぎりで生き残った登場人物たちが「キャッハー、水だー!!!」とオアシスに走り飛び込んでいくのに対し、そこにいる人びとは「なんだこいつらは、バカじゃないの」という表情であぜんとして眺めている姿との対比が最高にカタルシスをもたらし爽快な気分になった。

ジェームス・スチュワートはとにかく「アメリカの良心」といっていいほどたくさんのハリウッドマスターピースに「善人」として出演しているわけだが、わたしとしてはアルフレッド・ヒッチコックのキャリアのピークの1950年代に組んだ「裏窓」、「知りすぎていた男」、「めまい」の3本がとりわけ好きですね。もちろん「スミス都に行く」も「フィラデルフィア物語」も「素晴らしき哉、人生!」も「翼よ!あれが巴里の灯だ」も「グレン・ミラー物語」もいいですが。 19/7/19(波照間エロマンガ島)

ううっ、外人で顔が分かるのジャック・ニコルソンだけ...。 19/7/19(石川浩司)

このごろは最近観た映画ではなく遠い昔に観た映画のことを想い出してみて、あいまいになった記憶のなかの映像を自分なりに文章で再現してみることをよく試みています。この作業がなかなか面白い。映画ってどういうふうに頭の中に記憶しているのかとか、どういうふうに自分の血肉になっているかとか、とてもあいまいで個人的な世界があると確信するんです。だれしも記憶している世界は違うし言語感覚も違うから、2人の人が同じ映画のラストシーンを言葉にしても同じにはならないでしょう。

映画のラストシーンというお題でいうと、先日「マイノリティ・リポート」のラストの空撮シーンのことを思い出していたら、つづいて連想したのが「豚と軍艦」〔1961年日活、今村昌平監督〕という日本映画。ラストシーンでは空撮かクレーンショットかは記憶の中では混沌としてわからなくなっているんだけど、国鉄横須賀駅を俯瞰で撮ってる絵があったんですよ。1961年ころの横須賀駅の駅前。人でごったがえしている。最後生き残った主人公の吉村実子がどこかへ旅立つというようなラストだったのかな。
するとすると横須賀駅は階段を昇り降りすることなく改札を入って段差なしにプラットホームに行けてそれで上り下り両方の横須賀線に乗れたなぁとか、電車の中から横須賀の米軍の軍港が見えるロケーションだったなぁとか、そんな映画とは無関係な記憶がいろいろ連想されて想い出したりもするんです。そういうのが面白いと思って。 19/7/19(波照間エロマンガ島)

俺はYouTubeとかで時々昔のニュース映像を観る。
内容よりも街の風景とかを観る為に。 19/7/19(石川浩司)

「勝手にしやがれ」〔1959年 ジャン=リュック・ゴダール監督作品〕といえば、ほぼ無断でこの映画をパクッていると思われる「紅の流れ星」〔1967年 日活・舛田利雄監督作品〕という日活のアクション映画が好きでした。ラストシーンはほぼまったく同じで、主役の渡哲也は銃で撃たれ自分で帽子をずらして顔を覆い死にますが、ここなどジャン=ポール・ベルモンドが自分の手でまぶたを閉ざして死ぬシーンとそっくりです。

ブログに書き起こしたこの映画で好きな科白。男・渡哲也、女・松尾嘉代。

ところは神戸。高台の洋館、港の見えるサンデッキ。夏、昼下がり。

「五郎、好きよ」
「暑いなあ、ウィスキーあんだろ」
「ねえ、愛してる?」
「水割り作ってくれや」
「愛してるの?」
「コーラでもいいんだ。喉が渇いたよ」
「愛してくれてないの?」
「コーラの栓抜いてくれよ」
「好きな人ができたんでしょ」
「氷のかちわりでいいからくれや」
「嫌いになったの?」
「飽きたのさ。この神戸って街も、ダチにも、女にもさ」
「やっぱり嫌いになったのね」
「違うなあ、飽きたんだ。朝が来れば日は昇る。日が沈めば夜になる。今日がそうなら明日もそうだ。あさってだっておんなじだろう。それがやりきれない。どうにかならねえかなあと思う。どうにもならない」

こういう気障っぽい嘘くさい科白を渡哲也が言うと、アウトローの虚無感が出て映画の感興がすごくかっこよくなるんです。大好きな映画でした。

http://rive-gauche.jugem.jp/?eid=124#kurenai     19/7/30(波照間エロマンガ島)

でも「嫌いになったんじゃない、すべてに飽きた」ってちょっと分かるなあ。いいシナリオだね。 19/7/30(石川浩司)

その『小さな恋のメロディ』ですが子供たちがぱっとクモの子を散らして去る時「最後のやーつ、ホーモ!」というセリフがありましたわ。今じゃできないー。
『勝手にしやがれ』はやたらポストスタンドで買った新聞を読みながら、タバコをモクモクと人前でふかしていた映画でした。 19/7/30(わいわい)

これから表現もどんどん規制されていくんだろうね。アダルトものの「18禁」みたいに、差別的表現が含まれてることを事前に知らせることによって、広がりのある表現が阻止されない方法が確立すればいいのに。ヘイトはまた別で。 19/7/30(石川浩司)

波照間エロマンガ島です、こんにちは。
2006年2月6日、スティーヴン・スピルバーグ監督作品『ミュンヘン』を映画館で鑑賞しました。
1972年のミュンヘンオリンピック期間中にパレスチナゲリラが選手村を襲い、イスラエル選手を人質にとって籠城し、警官隊との銃撃戦の末にゲリラ・人質・警察官合わせて15名もの死者を出した「黒い9月事件」を題材にしています。事件当時わたしは10歳の小学4年生でしたが、ニュースで人質をとり立て篭もった選手村のテレビ映像を鮮明に記憶しています。

映画ではこの事件の模様に加え、その後イスラエルの諜報機関モサドが暗殺部隊を結成し、テロ実行犯の黒幕を世界中に追いつめるというフィクション部分を描いていました。スリルとサスペンスに満ちた展開で衝撃を受けました。

〔以下、映画鑑賞直後に記したメモ〕
見終わって30分、じわじわとボディーブローのように効いてきました。この鑑賞後感は言葉になりにくいです。心揺さ振られていることだけは確かです。

これは近い過去に起きた現実の出来事に取材しているけれど、サスペンススリラー映画として大傑作だということですね。銃火器は映画と相性が本当によいと、黒澤清が北野武を論じたときに語っていましたが、映画の中に銃が小道具として持ち込まれた瞬間に映画の容貌が変化し、全篇に異様な緊張感が張り巡らされ映画特有の何かが付け加えられ劇が引き締まる、みたいなことを実感しました。 西部劇をわれわれが愛するのは、撃ち合いがあるから、出演者がガンベルトをしているから、という説です。 もちろん私は現実世界での暴力や殺人、テロリズムを肯定する立場をとりません。 

まず撮影が素晴らしいと思いました。 
1972年を描くということは、1972年のファッションや自動車などを登場させればいいというものではなく、光線やフィルムの質感、照明など、映画の技術面でも「1972年的なもの」の再現がなされなければならず、それはものすごく成功していました。映画の歴史としては、1970年代の初めにテクニカラー社の染色転写プリントの現像方式が終焉を迎え、イーストマン・コダック社の「イーストマンカラー」(ケミカル現像)がハリウッドメジャーに採用され、映画の色彩が変化する過渡期にあたります。その感じがすごくよく出ていました。

あと途中出てくる暗殺シーンに自分がかつて読んだ本のシーンを引用している箇所を発見しました。サヴィンコフ「テロリスト群像」に出てくる、セルゲイ大公暗殺シーンで夫人と子供がその近くにいてテロリストが爆弾を投げるのを躊躇したエピソードを、スピルバーグは使っていることに気がつきました。〔メモ、ここまで〕

そう、映画の色彩が変化した1970年代前半の「イーストマンカラー」風の色彩をこの映画はうまく表現していました。それ以前の1960年代後半まで「総天然色」と言われハリウッドで隆盛を誇った「テクニカラー」の極彩色の映像とは断絶した、くぐもった映像が映画の暗いムードとぴったりと合致していました。

映画のラストシーンに曇り空のニューヨークを主人公が歩くロングショットがあるのですが、遠景には2001年9月11日の同時多発テロにとって倒壊した世界貿易センタービルがCGによって合成されたことに、世界中で賛否両論の議論が沸き起こりました。スピルバーグが1972年の「黒い9月事件」と2001年の「同時多発テロ事件」を関連づけているのではないかということで。しかし、初めてこの映画を鑑賞した2006年から13年経ち今もう一度この映画を観ていると、きっと違う感想が起こってくるのかもしれないとも思います。そんな、映画「ミュンヘン」のラストシーンについて、でした。 19/8/16(波照間エロマンガ島)

考察がすごいね。是非もっとメジャーな場所でもいろんな評論書けたらいいね。 19/8/16(石川浩司)

「コンタクト」〔1997年〕。地球外知的生命体との「コンタクト」を描いたこの作品。いろいろな事件があり、そして主人公のジョディ・フォスターは元のニューメキシコにある天文台の施設に戻り研究生活を再開する。空を見上げるジョディ、そしてエンドタイトル、この映画製作前に逝去した原作者のカール・セーガンへの献辞につながっていく。何度この映画を観てもこの瞬間に魅了された。背後では実際には鳴いてないが虫の音が聞こえるような余韻があった。 19/9/12(波照間エロマンガ島)

死と宇宙って繋がっている気がするものね。
死んだら別の星で生まれ変わるということもあるんじゃないかと。 19/9/12(石川浩司)

中学2年のときにロードショー公開で観た映画「ウィークエンド」〔1976年、ゴダールの同名の映画に非ず〕。いわゆる「レイプリベンジ物」というのでしょうか。
ブレンダ・バッカロ演じるモデル風のセクシー美女がスポーツカーを運転し彼氏と一緒に郊外をぶっ飛ばしている。とそこにイケテない糞チンピラ4人組が登場し、二人をからかおうとするもそれをものともせずに振り切る。到着した湖のほとりの別荘にさっきのチンピラが追ってきて彼氏を惨殺、そのままセクシー美女を拉致しレイプ〔未遂?〕。そのあとこの美女がひとりでこのチンピラどもをあらゆる手段で復讐殺害するという、ストレス発散系映画。詳しい内容は忘れましたが映画が始まり、これから映画で起こることは中学2年の少年でも簡単に想像でき、しかもはたしてそれがその通り起こり、そこから美女の復讐で全員殺すというエンディングまで一気に疾走していく映画でした。映画を観終わったあとの衝撃感はすごかったです。

一箇所だけ気になったのが、ラストシーンで主人公がチンピラどもを全員殺して別荘をあとにするときに、フラッシュバックのようにチンピラのリーダー格の男のストップモーションショットが挿入されていたこと。もしかしたら、この男には特別な恋愛感情をもっていた、つまり「和姦」だったんじゃねぇのか、と一瞬思わせるショットがインサートされていて、14歳のわたしは妙に変な気分になったことを思い出しました。あと、チンピラたちが別荘にやってきたときにそのひとりが「ぷっぷっぷー」と音の出る放屁をしたんですね。そのとき「外人でも屁をこくんだ」と感心したことを覚えてます。それはわたくしが初めて外人が屁をこくところを見た聞いた瞬間だったのかもしれません。

しかしながら当時「リップスティック」とか「わらの犬」とか、同趣の映画が何本もあり40年以上経ち自分の記憶の中でストーリーが混ざり合っていることも事実です。でも思い出そうとすればまだまだ印象的なラストシーンはありそうだと思いました。そんな想い出の映画のラストシーンでした。 19/9/17(波照間エロマンガ島)

思った通りになる快感ってあるよね〜。 19/9/17(石川浩司)


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