話題364 歌うことについて
歌についての話題をお聞きしたいと思います。他の人が歌っているのを聞いたり、自分がカラオケなどで歌って気付いたり思った事、または人間なぜ歌うのか、といったちょっと深いものから身近な話題まで何でも結構です。エピソードをお待ちしています! 13/11/12(Sankaku)
***レス(発言は古い順に並んでます)***
歌か。
俺子供の頃そもそも歌うたうなんて全然好きじゃなかった。
それが今はそれを職業にしてる。
不思議なものだね〜。 13/11/12(石川浩司)
なーんでこんなに楽しい行為なのでしょう? まぁ私の場合声質が粗悪なので周りの人はいい迷惑なんですが。
言葉を旋律に乗せるだけのことなのに、ただ喋るだけであるのとただメロディを奏でるだけであるのとは感じ方に大きな差がありますよね。なんかこう、単独で言葉や旋律を聴くよりも軽やかに、心にメッセージが放り込まれてくるようなイメージがあります。不思議ですね、素敵ですね。 13/11/26(オポムチャン)
コミカルなミュージカル好き。
喋ってたと思ったらいきなり歌いだすやつ。
あの微笑ましさって何だろうね。
インド映画にも多いね。 13/11/26(石川浩司)
音楽を聴いて高揚して踊りだすなんて原始人か、と言われたですけど、そういう原始的になっちゃいたい気持ちが歌うとかだったりです。私は聞くのも好きだし歌うのも好きです。 13/12/10(ことり)
そうそうとても原初的なことなんだよね。
歌も踊りも。もっと言えば美術や演劇も。
昔はそれらが渾然一体となっていた。
今は細分化されて進化してるけど、最初は同じひとつのものだったんだよね。
俺は何かそういう混沌としたジャンル不明な活動をしていきたい。 13/12/10(石川浩司)
よくカラオケで人の歌にハーモニーを付けます。すっごく嫌がる人とすっごく喜ぶ人にバッサリ分かれます。音程には少しだけ自信がありますがなにぶん声質が野太いので、繊細なハモりには適していないんですよねー。
私自身は誰かにハモってもらえる機会が少ないので、逆にハモられるのが苦手です。 13/12/27(オポムチャン)
ハモり苦手なんだよね〜、実は。
すぐメインの人に引きずられちゃう。
常に人に合わせる生き方してきたからかな? 13/12/27(石川浩司)
10代後半から20代前半くらいまで、当時流行っていたカラオケの練習として、毎日1〜2時間自分の部屋でラジカセに合わせて歌ってました。他にしないといけないことはたくさんあるのに、われながら時間の無駄だわと思いつつ、やめられなかったです。今は全然しないですけど、ちょっと歌いたいときなどにまあまあ歌えるようになったのは良かったと思います。石川さんの歌だけは全くさまにならないですけど・・・。 14/4/12(ぴよまる)
俺の歌は俺の物真似もしないと成り立たない曲も多いからね(笑)。
まずはランニングから! 14/4/12(石川浩司)
ぼうずにたまや童謡・コーラス各種を歌ってやっていると、2歳半にしてはなかなか上手に音程がとれるようになってきました。我が子と声を合わせてメロディを口ずさむなんて、とても幸せです。今は石川さんの「魚」をたどたどしいながらも実に楽しそうに歌います。 14/5/10(オポムチャン)
「魚」とはまた通なところを!
英才教育ですな。奇妙な人間になる為の・・・。 14/5/10(石川浩司)
日本に住んでいたとき、声楽の先生について声楽を習っていました。週に一度、クラシックの名曲をピアノ伴奏で大きな声で歌うのはストレス発散になって最高に心地よい時間でした。今タイに住んでいてそういう時間がもてないので悲しいです。タイの声楽の先生を探そうかな、とか思う今日このごろ・・・。 14/5/31(波照間エロマンガ島)
おおっ、そんなことまでやってたのか!
今度是非美声と俺のダミ声とでコーラスしてみましょ。 14/5/31(石川浩司)
わりとどこでも歌います。部屋で大声で歌いすぎて妹に目覚まし時計を分投げられたこともあるほど思ってみたら 塾でも歌って先生にぶん殴られたり 鼻歌歌ってたら友人に「いい加減にしやがれ!」と首を絞められたり歌うの とめられないみたいです・・・ 14/8/2(ズミ天)
狂った歌うロボット人間!なんかカッコイイ! 14/8/2(石川浩司)
この手のショックの定番かもしれませんが、自分の声を録音して聞いてみると毎回愕然とします。歌いながら自分に聞こえる声と、他人に聞こえている声のギャップに戦慄すらおぼえます!
僕自身歌を歌う立場でありながら、そうして録音する機会が少なかったのですが、手頃な録音機材を入手し自分の声を聴いて、戒められるような感じです。歌手なら誰でも通る関門なのかもしれません。 14/8/28(Sankaku)
でも最近の子供は動画などで自分の声も小さな時から第三者的に聴く機会も多いから、俺たちの世代とはちょっと違うのかもね。 14/8/28(石川浩司)
歌うことが好きなので、歌えなくなったら死にます(笑)
不思議ですね。遥か昔から民俗音楽はあったのでしょうし、言葉に音階をつけて歌を歌うって誰が考えたのかなー、って思います。
「歌」って旋律が乗って初めて「歌」になると実感するのは、時々、テレビで「歌詞を朗読し、その曲を当てる」というクイズがあるんですが、歌詞を聞いただけではすぐに曲名が思い出せない、ということです。
つまり歌詞が旋律に乗った状態で聴いているから、それが当たり前になっていて、曲だけだったら曲名がわかるけど、歌詞だけでは曲名がわからないんですよね。
あ・・・でも「たま」 の歌は、きっと歌詞だけでもわかりますねww 14/8/31(ハーブティー)
単純に誰にでも出来て楽しいから人が声を出してコミュニケーション取り始めた原始時代からあるんだろうね〜。
でも歌の無い音楽も楽しいよ。
インストのパスカルズやってても凄く楽しい! 14/8/31(石川浩司)
歌う事は嫌いではないですが、カラオケに行って歌う事はなくなりました。
歌詞覚えられません。
みんなが歌ってるん聴いてる方が楽しい。
時々一人で絶叫系歌いたくなる事はありますが! 14/9/28(西大路)
目が見えない人には画面に歌詞が出ても意味ないから丸暗記しなくちゃならないもんねえ。
ちなみに俺は「さよなら人類」の歌詞、ソラでは全部は言えません。
覚えようとしない限り歌詞が自然と入って来ることがほとんど無いんす。これも一種の病気だな。 14/9/28(石川浩司)
私自身、声質がくぐもって野太いせいで歌は決してうまくありません。が、なぜかカラオケではよく喜ばれます。歌い回しのオリジナリティが皆無ないしはまったく自信がない私は人様の歌声をとにかく真似することからやってみよう、といろんな歌手の皆さんの歌い方を技術も伴わないままながらも真似してきたので、今では多芸とも呼ばれるような様々なへんな歌い方を修得しました。プロが聞いたらキレてタコ殴りにされそうなレベルですけどそんな機会もまずないので、一緒にいる人達をどれだけ喜ばせられるか? を第一にいつも歌う歌を決めています。 15/4/19(オポムチャン)
うん、動機付けとしてはそれが一番正解。
俺もたま時代は「メンバーに受けるか?」が曲作りの最大の課題だったもん。 15/4/19(石川浩司)
年度末に仲間内での自分のライブをやりましたが、ちょっと仲がビミョーな人が来てくれて、その人に無条件で感謝の気持ちがわきました。自分の一番好きな世界観を聞いてくれる人にはほんとに気持ちが変わってしまうことを感じた瞬間でした。お客さんが少なかったのでなおさらです(笑)。
滝本さんの新曲(歌うっていいな)の意味を感じた瞬間でした。 15/4/19(Sankaku)
二度目、三度目でも来てくれる人が本当に自分の歌に興味を持ってくれた人。
応援してるよ! 15/4/19(石川浩司)
もともと脇役思考なのか、自分のヴォーカルにハーモニーを付けてもらうよりは、人のメインヴォーカルに如何にハーモニーを付けるか考える、の方が楽しいです。
単純にメインの上下3度ないしは4度ずらして歌うだけじゃ綺麗にはハモりませんし、乗っける音次第で曲の和音をおもしろくして印象付けることも出来ますからね。ハモりは奥が深く、楽しいです。同じ言葉を重ねるだけでなく、石川さんのようにインパクトある合いの手をぶっ込むのもハモり手の醍醐味ですね。あんまりやり過ぎると曲のバランスを損なうので自重も大事ですが(笑)。いつか石川さんの「夜の牛たちのダンスを見たかい」に勝手にハモリを重ねるのが夢です。 15/7/18(オポムチャン)
出前ライブで、すぐに出来るよ(笑)。 15/7/18(石川浩司)
15/7/18のオポムチャンのコメントを読み思い出したこと。大学生の頃、友人がもっていたオープンリールの多重録音できるテープデッキでよく遊んでいたことがあり、ビーチボーイズの曲を一人多重唱したりしてました。しかしいかんせん、歌が下手すぎるのとファルセットボーカルができないのですぐに飽きてやめてしまいましたが。ハモるのは私も好きでキマるとエクスタシーになりますよね。 15/7/31(波照間エロマンガ島)
うん、俺も苦手なんだけど(笑)うまくいくと気持ちいい〜! 15/7/31(石川浩司)
はーい、出前ライヴで「夜の牛〜」にハモりを付けるという夢を早速叶えましたが技術が未熟でめっちゃ微妙な結果になり落ち込みました(笑)。
百戦錬磨の石川さんは音程が確かで、それなりに自身のあった私は大きい声を出すと音程が下がってしまうという欠点が露呈、プロとアマの覚悟の差が出たなあ、とより石川さんを尊敬する結果となりました。生意気な真似して失礼いたしました。
さて歌声に関しては声変わりがほとんどない女性の方が安定が早いといわれ、男性の場合は安定するのには30代半ばまでかかる、と合唱部時代に声の先生に教えていただきました。30代もそろそろ終わる私ですが、たしかに高い声も低い声も最近出しやすくなってきた気がします。音程の正確さはともかく(笑)。惜しむらくはもっと自分だけじゃなくって人様が聴いても気持ちの良い声になりたいなぁ。練習練習。 15/8/31(オポムチャン)
俺は逆に大声じゃないとメッチャ音域が狭くなる。
なので家では近所迷惑で思いっきり歌えず、キーが合うかどうかはライブ本番で初めてわかる・・・。
もっとも多少高い低いがあってもギターで押さえられるコードが決まってるので強引にでもそのキーで歌わなければならないのだが(笑)。 15/8/31(石川浩司)
声質が悪い割にある程度の音域まで広く出せるので、合唱などでは人数によってバスとテノールを行ったり来たりするのですが、高い音に関してはリラックスして「余裕余裕」と思ってたら意外とスッと出るものですね。「はわわわわ高いとこや出せるかな出るかな」と怖気づいたら絶対に上手く出ないので、ハイトーンはある種の開き直りが必要であると思います。逆に低音は意識的に頭から胸に響かせるポイントを替えないとよく出ないので不思議。もしかして低いのも意識を取っ払えば「ネムイ」みたいな超低音が出るのかしら。石川さんの低音は凄い。 15/9/26(オポムチャン)
「野のなななのか」も実は結構低い。いつもギリギリ。でも風邪ひいてもこれは歌えるかも(笑)。 15/9/26(石川浩司)
存じ上げております(笑)。「おしまい」と同じ音程の低音、ひっくいレの音が「野のなななのか」でも歌われていますね。たぶん石川さん以外で歌える方は日本人ではそういないでしょう、ゴスペラーズとかラッツ&スターのベースヴォーカルの人とかでないと(笑)。むしろ石川さんならオクターブ上げても充分歌えるはずですが、キーが上がっちゃったら曲のしずかな雰囲気と合わなくなっちゃいそうですよねぇ・・・。低くってしんどい時はカポタストで3〜5くらいキーを上げても充分歌いやすい音域になると思いますよ。あっ5つ上げたらちょうどパスカルズ版とおなじキーですね。 15/10/9(オポムチャン)
あっ、パスカルズ版は5つも上なのか・・・今知った。 15/10/9(石川浩司)
ふと思いついたのですが、石川さんと森三中の黒沢かずこさんとで「出鱈目基地外歌謡セッション」をやってほしいな、と思いました。けっこう凄いものができるような気がします。実現不可能ではないと思うので、どなたかぜひ企画してください。 15/10/9(波照間エロマンガ島)
まあ向こうはプロダクション在籍だからねー。
もちろん黒沢さんは好きなので企画してくれる人がいればノルね。 15/10/9(石川浩司)
先日思いがけず人前で思い切り滝本晃司さんの歌を歌いました。女ですが少し声が低いのです。決して上手ではありませんでしたが、その音域が出せるのはイイねと誉めて頂けたのでちょっと嬉しかったです。 16/3/19(ジェレ美)
大丈夫。Gさんも決して上手じゃないから(笑)。 16/3/19(石川浩司)
ジェレっさんナイスヴォーカルでした! んで今回の九州たま会で思ったのは、私はメインヴォーカルをやるよりもハモりに徹する方が楽しい性格だということです。ハーモニーを付けたり茶々を入れるほうが俄然たのしい根っからの脇役気質。まぁ他のアーティストの曲でもそうですが、とりわけ「たま」の曲に関してはメインよりもサブのほうがやってて快感度が高いですね! 皆さんもアレンジは大変ながらも愉しんで曲を作られたのでしょうね。歌えば歌うほどよく練られて気持ちのいいコーラス達。脇役最高です。 16/3/28(オポムチャン)
俺も掛け声(邪魔とも言う)が最高に好き! 16/3/28(石川浩司)
呼吸が浅くなり息苦しいので医師に診てもらったところ、心肺機能が低下しており普段からの深呼吸を勧められました。
なので10年ほど前に習っていた声楽レッスンの腹式呼吸の発声練習を再開しました。鼻から息を吸い込んで声の続くかぎり息を吐き出してみるのです。すると昔とった杵柄とでも言うのでしょうか、息苦しさが少しずつ解消されていきました。発声練習だけでも1日5分くらいやるだけで軽い運動と同じ効果をもつことが明らかになりました。これからも続けていこうと思います。 16/7/22(波照間エロマンガ島)
そのままやってたらオペラ歌えるようになるかも!? 16/7/22(石川浩司)
16/7/22の石川さん。オペラのアリアを発表会で歌ったこともあります。タイで声楽の先生についてまた趣味を復活させたいなぁ…。 17/3/27(波照間エロマンガ島)
おおっ、そんな特技が!
今度どこかでデュエットしますか。 17/3/27(石川浩司)
先日社員旅行のバスの中でカラオケタイムのこと。とつぜんタイのポップスで好きな曲が流れてきたので「歌いマース!」と最前列まで飛んでいって熱唱しました。そこそこウケたので「6時から男」のスチャラカ社員の面目は立ちましたとさ。 17/9/8(波照間エロマンガ島@バンコク)
すっかりタイ語も流暢になったという証だね。 17/9/8(石川浩司)
最初にクラスみんなの前で歌ったのは小五の時石川さゆり「津軽海峡冬景色」でした笑。
修学旅行でバスの中で歌ったのは寺尾聡「ルビーの指輪」。
教育実習で何か歌ってくと言うので最終日前日に大学校歌。二日目に「大学応援歌」を歌いました。生徒はたぶん全く歌を知らないと思われるのにみんなこぶしを突き上げたり盛り上がったり乗りに乗ってくれてうれしかった。先生が苦笑していた。 17/10/12(わいわい)
おっ、俺もどうしてもカラオケを歌わなくちゃいけない時は「津軽海峡冬景色」歌う〜。
石川さゆりさんのラジオにゲストで出たことあるけど感じのいい人だったな。 17/10/12(石川浩司)
ブランキー・ジェット・シティーの浅井健一さんの歌を聞いていたころに、弟が母親に「あの人 17/10/19(浅井さん)は音痴ではないのか」と母親に訴えたことがあります。しかし母親も吉田拓郎をオンタイムで聴いていた世代だったので、そういう歌い方にも理解がありました。
ちなみに僕自身は忌野清志郎さんを聞いてから、単なる上手いだけの歌い方にはなびかなくなりました。本当に心に残る、気持ちひいては魂のある歌い方。清志郎さんも下手な歌い方だと思われたことはあるようですが、それでも日本の音楽史に燦然と残るソウルは人の心にしっかりと残ると思います。 17/10/19(Sankaku)
明らかに音痴なアイドルの歌が一生残る場合もあるしね。
歌のうまい・へたは歌にとってはひとつの基準でしかない。 17/10/19(石川浩司)
先日タイ人オネエサンが席について一緒におしゃべりしてくれるバンコクの日本人カラオケ屋に行ったときのこと。「タイの曲ある?」と訊くと「あります、YouTube になりますけど」と言われ、何曲かタイ語の曲を歌いました。気もちE!!
日本にいるときは「カラオケ同好会城南支部会」という会を開いていましたが〔メンバーが品川区、目黒区、世田谷区、渋谷区など城南エリア在住の人が多かった遊びの会です〕、バンコクでも同趣の会を作ろうかな、と思うほど盛り上がりました。歌うのって気持ちいいですねー。 17/11/28(波照間エロマンガ島)
歌って金もらうともっと気持ちいいよ! 17/11/28(石川浩司)
先日書店で立ち読みした本です。昭和の音楽をクロニクル的に研究した本で、1989年だったか1990年だった、こんな紹介されていました。
「ロックブーム。誰でも楽器を手に取りバンドを作った。音楽学校を作るとどこも満員。イカ天は素人バンドを全てさらって行ってしまった。ブームが過ぎると、なんだったのだろう。イカ天で今でも歌うことができる曲はたまの「さよなら人類」だけだ」
こんな内容でした。 18/11/10(わいわい)
たまはいわゆる「バンドやろうぜ!」ブームで作ったバンドじゃなかったからね。結成はその時点で既に5年、それぞれのソロとしてはもっと前からライブハウスで地道に歌ってたからね。
流行嫌いで流行など関係なく自分たちの好きな音楽だけをトコトンしてたのに、いっときだけでも自分たち自身が流行になってしまったという珍しい例なのかもね。 18/11/10(石川浩司)
わたしはたまに一人カラオケへ行きます。
カラオケなんてどうせ誰も聞いていません。
一人で歌うことによってストレス発散になります。
新曲の練習にもなります。 19/1/24(着の身着のまま木の実ナナ)
行ったことないなあ。だって歌って金もらえないんだもん 19/1/24(笑)。 19/1/24(石川浩司)
上手な歌い方とはどういうものなのでしょうか。
例えば誰もが知っている、技術とスター性を持ち合わせた代表格は美空ひばりだと思います。
「花の中3トリオ」と呼ばれた3人の中で、一番の実力派は森昌子だといわれていますが、正直どんな声をしていたのか、今でもあまりわかりません。
しかし山口百恵は技術的にはそれほど上手くはないと聞きますが、どんな声をしていたか、抜群に印象深いです。
同年代のアイドルスター、沢田研二の声もやはりとても心地よく聞こえます。
石川さんはご自分の歌を聞かれたとき、「叫んでばかりだな・・・」と思われるそうですが、ある投稿者がポイントを使って石川さんとカラオケに行かれた時、石川さんの歌は上手いと思われたとありました。(石川さん以外の歌を歌われたとありました)
サンプラザ中野くんさんが尊敬するロック歌手・忌野清志郎さんも、中野さんは最初は下手だと思われたそうです。しかし80年代後半、清志郎さんのバンド、RCサクセションがほかのバンドと共演したとき、清志郎さんの声が一番通っていて良かったとありました。やはり専業ミュージシャンは一定の技術を持ち合わせているように思います。
歌がうまくても最初は売れなかったという人の話もよく聞きます。逆に上手な歌い方とはかけ離れている人でも、一部カリスマ的な人気の方はいらっしゃいます。小林幸子も上手いにもかかわらず売れなかった時期があったそうですが、心が腐らずに積極的に活動する姿勢が評価されてきたといいます。やはり歌は心なのでしょうか、ちょっと陳腐な結論になってしまいました。 19/2/15(Sankaku)
よく多くの人の琴線に触れる声かどうかかもね。
カラオケの点数のいい人がみんな歌手として成功するかというと、そんなこともないしね。
人間性やコネクションなど、いろんな要素が入り混じって商業的には成功するかどうか決まるのかもね。 19/2/15(石川浩司)
最近買ったアルバムがあんまりさびしい曲ばかり収録されていたので、引きずられて泣きたくなるような気分が抜けなくなってしまいました。
ところが、ある日歩いているときにふとその曲を口ずさんだら、さびしい気持ちがすうっと消えていきました。
大袈裟ですが、錯覚かもしれませんが、歌を聴くのではなくて歌うことの意味がわかったような気がしました。 19/9/26(ANA)
落ち込んでる時は無理して楽しい音楽を聴くより、思いっきり悲しい曲を聴いたり歌ったりする方が返って発散になるという話を聞いたことがあるなー。 19/9/26(石川浩司)
9/26の石川さんも書かれていますが、私は落ち込んでいる時はさらに落ち込めるような歌を聴きます。落ちるところまで落ちたら上がるしかないので。 19/10/8(美月)
感情と違う音楽を聴いても、気分が復活する時もたまにはあるけど、だいたい気持ちと乖離して入ってこないからね。 19/10/8(石川浩司)
昔は人前で歌うのが大嫌いな私でした。
しかし、中学生の頃にカラオケに目覚め、学生時代はヒトカラ含めよく行っていました。
友人らのときはアニソン 一人のときは懐メロ中心に歌っていました。
目覚めって意外なところにあるものですね 20/2/24(ズミ天)
俺も小学生の時は遠足のバスの中でマイクがまわってきても一切恥ずかしくて歌えず。
「こんなにシャイじゃまともな大人になれん」と親が先生に呼び出しをくらった。 20/2/24(石川浩司)
カラオケで歌うと、音痴だなあ・・・と思います。
でも自分の歌を歌うと、そこまで気にならないのが不思議です。 20/11/19(ズミ天)
自分の歌はどう歌っても「これがオリジナルじゃい!」で通る。それが強み。 20/11/19(石川浩司)
私は忌野清志郎さんに出会ってから、ただ上手いだけの歌にはなびかなくなり、また、たまという超実力派のミュージシャンに出会ってからは歌とは何か、ひいては人生とは何かを考えるようになりました。
上司の男性から「SION」という、福山雅治さんが慕っているというミュージシャンを教わりました。
CDを聴いたところ、歌唱力はちょっと落第ではないかと思いましたが、歌詞や歌の内容は一発でとても優れていると思いました。
また、私の歌仲間でNさんという男性がいらっしゃいます。やはりこの人も歌唱力は難あり。しかしこの方の代表曲は本当に心やひいては遠い願いがこもっています。歌唱力や演奏技術は別のYさんという方のほうが圧倒的にありますが、私はNさんの代表曲の方を強く推します。
清志郎さんやそれこそたまから、音楽の、ひいては芸能の可能性を見せられた気がします。
そんな広く壮大な世界から自分の夢中になれるものを見つけられたことは、やはりとても感銘を受け、そして勇気になりました。 20/11/19(Sankaku)
歌唱力は音楽のひとつの魅力に過ぎない。それ以外のところにも例えば歌詞との融合、ダンスとの融合とかで総合的に輝く音楽というものがある。
例えばロックの名曲と言えば外せないのがジョン・レノンの「イマジン」だけど、歌詞が無かったら後世に残ることもない凡庸な曲になってたかもしれない。それが平和を代表して代々歌い続かれるのはメロディより圧倒的に歌詞の力が大きい。
マイケル・ジャクソンのダンス然り。
音楽を歌唱力や技術だけで見るのは浅はか。もちろんそれも大事だけども、それがすべてではないことが分かってない音楽教師とかもいるので注意だね。 20/11/19(石川浩司)
最近になってカラオケで「MONEY〈浜田省吾〉」という歌を歌っています。
私自身は特に浜田さんの事は好きではないのですが、いざ歌ってみるととても夢中になれる楽曲です。
一部の歌詞を私が独自に変えて歌っています。
2015年にライブハウスに出演したとき、私自身を含め5・6組の出演者がいました。
私の好みの人はいませんでしたが、それぞれが自分の音楽に信念を持っていらっしゃり、そこら辺は決して悪い感じではありませんでした。
ただ、世の中に広くアピールできる楽曲と、自分が好きなものだけを歌い、ある意味自己満足とは言い過ぎかもしれませんが、そういう感じの曲の差があるように感じました。
私がシンガーソングライターとして一つの至上目的としている事は、ある意味「MONEY」のような楽曲を作り続ける事。
もちろんアップチューンを作り続けるという訳ではありません。
この楽曲のように夢中になれる曲を作り続ける事。
それは出来る、可能性はあるという事を示してくれたのが、まさしくたまであり、また私にとっては滝本晃司さんでした。
井上陽水さん、忌野清志郎さんも、ある意味商売に乗っかった所があり、あまり心に残らない曲もありました。
自由に音楽活動ができること、また自由に生きられるところから何が出来うるのか、私のこれからの研究課題かもしれません。 20/11/19(Sankaku)
がんばってそういう曲を作って聴かせておくれ!
商売に乗っかったから駄目というのは一概に言えないと思うけど。
意図的に断る場合ももちろんあるけれど、たいていは商売に乗りたくても乗せてもらえないことがほとんどだから。
本当に強いものは、少々商売に乗っかったからって壊れない。 20/11/19(石川浩司)
私もこの年齢になっていろんなミュージシャンに影響を受けてきました。
たま、滝本晃司さん、大谷氏さん、斉藤哲也さんなど。
いろんな音楽を聴いてきたけれど、やはり自身がシンガーソングライターの創作者になってからは、私独自の表現世界を追求したい、したい世界があるということに気づかされました。
私の人生の躍進が始まった年・2013年に出来た楽曲「となり町 その2」「幻の河辺」というものから、よりそういう傾向が顕著になった気がします。
2009年2月に創作を始めた当初は滝本さんの「雨の日の午後」という楽曲を目指していました。2009年に滝本さんのライブに初めて行って、本当に最初に聞いた曲です。
〈命を使う〉という歌詞が強烈に印象に残り、どのような曲調だったのかも憶えていないまま、至上目標にしていました。
1,2曲、らしい楽曲はできたのですがそれ以来は鳴かず飛ばず。
ある時、イベントでホルモン鉄道の楽曲を歌おうと思い、石川さんの「テンツクテンテン」を歌っていたところ、コードが2つだけで進行するこの楽曲にインスピレーションを受け、あっという間に私のオリジナルのポップな曲が出来上がってしまいました。
アルペジオ演奏の「雨の日の午後」を目指していたのになぜこんなポップな曲が出来たのか、今でも不思議です。
ただ考えられる事としては、私も忌野清志郎さんやホフディランさんの様なアップテンポな曲にも多大に影響を受けてきたので、そういう曲を作りたい、という気持ちはどこかにあったのかもしれません。
いい曲は出来るときにはこんなにもスムーズに出来るものかと大いに感銘を受け、またこの楽曲は私一番の自信作・代表曲になりました。
たまとは違う路線を行きつつも結果的には同じところに着地する、そんな楽曲が私の理想です。
やはり自分の楽曲をきちんと作れているか、ちゃんと納得できるものかは、ステージのパフォーマンスに影響するようです。
納得できるものを作れていない人は、ステージで歌えないのでは、という場面も見てきました。
最初は人の真似から入るのかもしれないけれど、慣れていくのに従って自分の世界を追求できるようになる。
自分の感覚で歌えるものはステージパフォーマンスの感触が違います。 21/1/15(Sankaku)
歌はその人の人間からも出るからねー。 21/1/15(石川浩司)
石川さんも「メロディーやコードを間違えないようにする」と仰っていましたが、歌を心地よく聞かせるには、そういう単純なことが非常に大切だという事が分かってきました。
私自身も自分がギターで歌を歌っている音源を聴く機会が増えましたが、やはり演奏の間違いというものは心地よくありません。
「ここで間違えなければ、これはいい演奏だったのに・・・」と思うことも増えてきました。 2021/9/12(Sankaku)
なるべく注意してるけど、それでも単純ミスは起きて、そちらの方に気を取られると今度は気持ちが入らなくなりづらくなることもある。バランスが大事なんだよね。 2021/9/12(石川浩司)
2010年5月、再結成したプラスチックスのライブを観るために日本への3泊4日の弾丸帰省を強行しました。プラスチックスはテクノポップブームの1980年前後に話題になったポップバンドで、活動期間がわずか3年弱という幻のバンドでもありました。わたしは当時高校生でしたが、熱狂的にはまりこみ、都内で行われたGIGはかなりの回数参戦しました。そんなプラスチックスの30年ぶりの再結成、外国に住むわたしでしたが、いてもたってもいられなくなって、一時帰国したしだいです。
代官山ユニットで行われたライブで「歌うことについて」気になったことがあったので、このトピックに投稿します。アンコールでプラスチックスはグループサウンズのザ・ダイナマイツの「トンネル天国」〔1967年〕を演奏したのですが、中西俊夫のボーカルがフラット気味で音程をはずしていたことが気になりました。歌おうとしている音程に対して、微妙に音程が外れて下の音を発声する状態だったのです。ほかの曲ではまったく気にならなかったのですが、なぜかこの「トンネル天国」だけは音程を外していました。なぜかはわかりませんが、残念な印象をもってしまったことは事実です。
石川さんは歌を歌う時音程がフラットしてしまう現象について、何か思うことはありますか。 2021/12/4(波照間エロマンガ島)
俺もたまにライブ録音とか聞くと「しまった、フラットしてる」と思うこともある。
いくつか楽器があって、その楽器同士の周波数が微妙に違うなどのことも関係してるかも。 2021/12/4(石川浩司)
2013年以降、たまのメンバーやニヒル牛関係者のミュージシャンのライブによく行くようになりました。
そこから、いろんなミュージシャンの作品〈CDアルバムやDVDなど〉にも出会い、この頃は音楽鑑賞の点でも躍進の時期でした。
そんな、いろんなミュージシャンの作品やライブを楽しむことにも、一つの区切りが来たようです。
それは、あかねさんの「Snow2014」というDVDの映像作品を見た時だったでしょうか。
何かしら、最果ての世界を歌っているように感じ、好きなアーティストや他人の歌を見つけ当てて楽しむ、という事への終わりを宣告されたように思いました。
もちろん決して嫌な感じではなく、私の音楽鑑賞へのステップアップも示唆されたように思います。
私も1人のシンガーソングライターとして、そこから2015~2020年の間に、私が本来作りたかった楽曲を何曲か作ることに成功しました。
他の人から何と言われるかは分かりませんが、自分では結構気に入って、いざ歌うと結構集中できます。
ちょっと話は変わりますが、世間で求められる音楽とは〈特にカラオケなどで〉、モチベーションや気分の上がる物であるような気がします。
何かしら楽しい曲、激しい曲、アップテンポな曲、そして恋愛の曲を聴かれる事が世間の主流であるような気がします。
これは多分、石川さんが仰っていた事だと思いますが、「人はいつも必ずしも楽しいことや恋愛のことは考えていないだろう」という言葉があり、私も大いにこの言葉には共感しています。
それこそ井上陽水さんや忌野清志郎さん、そして泉谷しげるさんから始まり、暗かったり、静かだったり、また心の奥深くに迫る作品に触れてきたので、私も必然的にそういう嗜好の作品を志す様になりました。
2013年、花見の席で私はギターで3曲歌いました。1曲目だけ静かな曲を歌い、あとは明るくて楽しい曲を演奏しました。
やはり1曲目は聴いてくれる人の印象には残らない様子でした。
もちろん花見という楽しい席なので、楽しい曲の方が求められていて、そういうことを考慮することも必要なのかもしれませんが、その1曲目の楽曲は、私がやりたかったことを最初に叶えられたものだったので、あまり分かってもらえなかったのは正直残念でした。
その曲も人前ではあまりやらないので、いきなりそういう物をやられても、聞き手の人たちは困るのかもしれません。
しかしこれらのことを考慮しても、やはり明るい曲しか聴かないというのも、感性が貧しくなってしまうように思います。
単なるドラマチックなものではなく、本当に心に迫る楽曲を聞くこと。
私も、本当にアーティストと呼べる人たちの楽曲を聞いてきて、そういう感性が育ってきたのかもしれません。
また、そういう心に迫る楽曲を作るアーティストが、たまにロマンスやファンタジーの作品を作ると、素晴らしいまでに良い作品ができる、ということもありました。
印象が地味な楽曲は、割と内容が豊かという例も多くあるように思います。
これは私の持論ですが、聞いた後に気持ちよくなれる楽曲。
音楽でも、食べ物でも、遊びでも、後味の良いものが割と生き物の心に求められているように思います。
暗い、明るいに囚われず、聞いてよかった、やってよかった、と思えるものほど大切のような気がします。 2021/12/14(Sankaku)
そうそう、その時はピンと来なくても、後からジワジワ来るものもあるしね。
メジャーなレコード会社に所属しているアーティストは「今はこういうのが流行ってるから、こういう感じの曲を作って」と言われることも多いらしいからね。
長い目でみたら、やっぱり「自分の音楽」をしている人が残るね。もっともそれで食えるかどうかは、別問題だけど。 2021/12/14(石川浩司)
2021/12/14の石川さんのレスより
「そうそう、その時はピンと来なくても、後からジワジワ来るものもあるしね。」
滝本晃司さんの楽曲もまさにそんな感じだったと思います。
最初に滝本さんの楽曲を聴いたときは退屈さを感じるとのこと。
例えば、音楽を忘れて外に出て、林とか青い空、夕焼け空などを見ているときに、不意に心の中に流れてくる〈「暑い夏」「むし」など〉のが滝本さんの音楽だったと思います。
気持ちよく、またタイミングが良く、脳内リピートされてくるのが滝本さんの音楽だと思います。 2022/1/29(Sankaku)
Gさんの曲はそういうところあるよね。一聴、派手さがないからね。じっくり聴くと変態的なコード進行に気づく。 2022/1/29(石川浩司)
5クエスチョンで質問しようと思いましたが長そうなのでこっちにします、石川さんはかつてYHに多く泊まられたそうですが、その時のミーティングでこのような歌を唄った思い出はありませんか。
『旅の終わり』
C Dm F Am C F G G7
夢のような旅だった 遠い北の国の
C Dm F Am C F G G7
ボクは旅の喜びと 旅のつらさを知った
C Dm F Am C F G G7
北の国の少女たちと すごした夢のせつな
C Dm F Am C F G G7
今日は君も他の街へ ボクも他の街へ
C Am Em Am F
こんなつらい旅なんか もうイヤだ
G7 C G7
旅を終わろう 汽車に乗ろう
なんでも昭和のYHを代表する曲で、当時の旅人はみなこの歌を唄って旅に出たそうです。私もYHに宿泊するまでは全く知りませんでした。 2022/4/2(わいわい)
うーん知らないなあ。一人で泊まった時はミーティングなるべく逃げてたからなあ(笑)。
協調性が無いんす。 2022/4/2(石川浩司)
桃というより、礼文島民宿連の歌なのですが、この歌も好きです。
【忘れないで】
忘れないで 忘れないで この島のことを
めぐり会えた 旅人たちの 子供のような目を
野山を飾る花よりも 美しいものがある
それは花に囲まれた 飾らない君の笑顔
忘れないで 忘れないで 忘れないでおくれ
忘れないで 忘れないで この島のことを
旅立つ船が見えなくなるまでちぎれるほど、手を振ろう
最果ての海の色より 澄んだものがある
それは船のデッキの上で手を振る君の涙
忘れないで 忘れないで 忘れないでおくれ
どこかの街でまた会おう 便りを書いておくれ
君のことは忘れないよ さよなら旅の友達
忘れないで 忘れないで 忘れないでおくれ 2022/6/26(繰り返し 2022/6/26(わいわい)
ちなみに俺の義兄で、今度の俺の誕生日ライブにも出演してくれる佐藤幸雄さん率いるすきすきスウィッチの最初のアルバムのタイトルが「忘れてもいいよ」でした。正反対(笑)。
あと老人ホームに入った義母は、もう娘のこともほとんどわかりません。忘れるのは人間としてはしょうがないことなのかもね。 2022/6/26(石川浩司)
2009年2月、ギターやピアノで歌の創作を始めました。
始めた当初は、滝本晃司さんの言葉遣いや曲調を自分なりに再現することで、頭がいっぱいでした。
そんな滝本さんの真似をしている中でも、滝本さんが使わないブルースハープ〈ハーモニカ〉を私は使うなど、自然と滝本さんとは違う自分の形も模索していたようです。
最初は「雨の日の午後」という曲を目指していましたが、石川さんの楽曲から刺激されてあっという間に出来上がった楽曲から、私の創作活動は波に乗りました。その楽曲には、ハーモ二カの演奏がベストマッチでした!!
ここ最近で、才能の姿見や中身という物も、創作活動を通じてより明確に感じるようになりました。
石川さんも仰っていましたが、まずは10年、取り組んでみる事。
やはりここ最近は、芸術ごとの新たな姿と言う物を自分なりに感じるようになりました。 2022/6/26(Sankaku)
是非活発なライブ活動を望みます。ライブをして人前で歌ってみると「ここはこう変えた方がわかりやすいな、歌いやすいな」とかが分かることも多いので。自分の部屋でひとりで歌ってる時と違う感じに変化していくことも多いんだよねー。 2022/6/26(石川浩司)
先日訪れた伊藤園グループのホテルで久しぶりに無料貸し切りカラオケへ行った。二年半ぶりくらいに校歌を唄ったら涙ぐみ上手く歌えなかった。そうかあれからもう二年半になるのか───。競技場・野球場などでは何度も校歌は聞いているけど、観客は歌うことは禁止。
そののち応援歌も歌い、寅さんの「男はつらいよ」の本人出演バージョンと通常バージョンを唄っちゃった。 2022/7/15(わいわい)
今はライブハウスでも「お客さんも一緒にコーラスする定番曲」とかも歌唱禁止だからね。代わりに歌詞に合わせて、拍手でリズム取ったりして、協調感を作ってるね。 2022/7/15(石川浩司)
優しさ色の恋、拾い集めて、帰り来ぬ人に贈りましょう
野道に香る桜草。愛に微笑む、風の中~
そっと見つめて、巡りあう
追っても、追っても、届かぬ幻…
黄昏色の恋、拾い集めて、帰り来ぬ人に贈りましょう
水面を飛びゆく、しらさぎ、大空はばたき、去る影~
心ひそかに、捜し求める
時の狭間に埋もれゆく、幻…
「1981年桃岩荘今年の歌」です。ヘルパーたちが毎年一曲ずつ制作し代々歌い継がれていくのですね。朝、YH前見送り時毎日唄う歌で今年の歌の中では最高傑作と言われています。 2022/8/27(わいわい)
一応作詞家も本業のひとつとしてる俺には、ちょっと商業的な歌詞だなと思ってしまう部分もあるけど(「優しさ色の恋」「黄昏色の恋」などのイメージ言葉)、だからこそ一般的には歌われるのかもしれないなー。う〜む。 2022/8/27(石川浩司)
歌うことが精神安定につながってます。
そして作詞作曲をすることで頭の体操にもなります。
なので石川さんみたいにライフワークとして歌っていけたらいいな
と思います。 2022/12/23(ズミ天)
そうそう「それで食う」とかを考えると大変だけど、ライフワークとして気軽に創作した方が結果的に満足するものができると思うよ。 2022/12/23(石川浩司)
自分で作った歌は、どうしても自画自賛になってしまいます。
これでいいのかな、と、これでいいのだ、という気持ちが交錯し本当に複雑です。
やはり、自分のやりたい事と、聞き手が求めてるものは違う、ということも感じます。
作品の完成度がとびきり良いものでないとなかなか世に出しづらいです。 2023/11/2(Sankaku)
「聞き手」といっても聞き手もいっぱいいて、みんな趣味が違うからね。結局自分が満足するものを作るしかないんだよね。 2023/11/2(石川浩司)
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