話題357 ヒーロー



実在、または架空の人物を含めて自分が憧れている人や物事について投稿してみませんか。ヒロインでもかまいません。僕のヒーローは「戦士クウガ」(仮面ライダークウガ)です。詳細は追々 12/9/28(Sankaku)



***レス(発言は古い順に並んでます)***


ええと、マルクスブラザーズのハーポ? 12/9/28(石川浩司)

自分自身の中であまりヒーローとして意識する人や物事ってないですね。無理矢理こじつけると、学生時代に勉強したマルセル・デュシャンくらいかな。また、思い出したら投稿します。 12/10/13(波照間エロマンガ島)

高校時代は赤瀬川原平は俺のヒーローだったかも。
ノートに絵を貼ってたな〜。 12/10/13(石川浩司)

嶋大輔ですね。今、太っちゃってるけど。超獣戦隊ライブマンのレッドファルコン!当時3歳の私は夢中でした。そして今も嶋大輔をテレビで見るとつい見入ってしまいますね。 12/10/22(可南)

昔のヒーロー、ヒロインってやっぱり容姿はどうしても変わっちゃうよね。
ある麻雀大会で前に座ったお婆さんがアンヌ隊員だと気づいたのは人に教えてもらってからだった。 12/10/22(石川浩司)

子供の頃はとにかくナウシカに憧れてナウシカの髪型にしたりしていました。
今の現実的なヒーローはやはり夫かな??ぐうたらで社会性に乏しい私では絶対に稼げぬお金をなんと真面目に会社で勤めて稼いでくる!
間違いなく我が家のヒーロー!!鳥の餌もカメの餌も安心して買える!! 12/11/12(ことり)

俺にもそのヒーローひとつくらさい。
なんなら給料だけでもいいれす。 12/11/12(石川浩司)

『戦士クウガ』 2005年頃、とある中古屋でDVDを発見。「最近オダギリジョーこんな笑い方しないな」と思って手に取ったのが始まりでした。総集編のDVDでしたが、オンタイムでちょっと観ていた事もあり、進めていくうちにどんどんハマっていきました。
魅力を語り始めるとキリが無いのですが、まず内容がもの凄く良質。ちょっと説教臭かったり、または嘘っぽかったりするウルトラマンシリーズに比べ、徹底的にリアリティを追及した作品です(まあ仮面ライダー特有の不文律もありますが)。エンターテイメントとしてもとても充実していますが、あくまでテーマに殉じているために最終回は異色の展開に。子供に向けたメッセージとしてもとてもフレッシュで、いくつもの名台詞があります。「〇〇さん、生きてますか!?生きてるならそれを楽しくした方が良いと思うけどなあ」「だからこそ本当にしたいんじゃない!ほんとは綺麗事が一番良いんだもん!!これ(暴力)でしかやり取りできないなんて悲しすぎるから・・・」
主題歌の「英雄はただ一人でいい」という台詞は伊達じゃないです!仮面ライダーのテーマとしても新境地を拓いたとの評価もありますが、難しい事は分かりません。また劇中では『仮面ライダー』という呼称は使われていません。そんなところも変に古びてなくて愛着が持てます。

主役のオダギリジョーを今でも応援できるのはやっぱりこれ有っての事です。『ウルトラマンメビウス』の五十嵐隼士くんは任侠ヘルパーやルーキーズをやった後、またメビウスをやってくれた事に感激したけれど、オダジョーはもう無理かなぁ。ちょっと期待している・・・12/12/12(Sankaku)

うむむ、元祖仮面ライダーさえわずかにしか見てない世代・・・。12/12/12(石川浩司)

子供の頃に憧れていたヒーローは「仮面ライダー?(エックス)」でした。
ストーリーやアクションなどは覚えていませんが、「ドクロ」のようなマスクと「作業着」のような変身スーツは覚えています(笑)。
最近のヒーローはヒーローし過ぎて、殺戮マシーンとして生まれた哀愁がありませんね。 13/9/11(デクノボー)

仮面ライダーはオリジナルのを一寸観てただけだなあ。
でもあれ「仮面」という段階じゃないよね。と突っ込んでみる。 13/9/11(石川浩司)

私が富士山での2トップだと思っている登山の猛者の70歳のふたりの殿方はかなりなヒーローです。
55km山を縦走とかなんかは軽々やってしまうし、登山スピードも下山スピードも爆速、豪雨の中、マイナールートの登山道が沢状態で腰まで浸かる深さで水がドワーーっと流れているような中へも、土砂降りの中意味も無く防水スプレー吹いて大丈夫大丈夫とガンガン登って行ってしまったり(普通の人なら遭難するレベルです)とんでもなく、でもお二人とも陽気で気さくで、私の70歳感を完全に塗り替えてきたおふたりです。
そんなおふたりや他の登山の先輩殿方たちに囲まれて下山後駐車場の地面に座ってお湯を沸かしながら登山中のうんこの話とかくだらない話をするのが面白くて私ももっとついて行ける体力つけないとなぁと思います。 13/9/27(ことり)

ちうねんでぶの俺はもう六合目にも行けないかも・・・。
早くエスカレーターで富士山登りたい。
柔らかい椅子付きの。 13/9/27(石川浩司)

仮面ライダーやウルトラマンは私のヒーローですが、中でも「仮面ライダーシン」は、敵の脊髄を引っこ抜くという荒業が幼稚園の頃の私には斬新なヒーローでした 14/8/7(ズミ天)

「脊髄取ったら歩けへ〜ん」になるの? 14/8/7(石川浩司)

初期の仮面ライダーシリーズは、川崎市から多摩市にかけての多摩丘陵のニュータウンの造成地でロケを行っていましたが、切りたった断崖の土の色は、例外なく関東ローム層の赤土でした。あの赤土の造成地での、バイクの疾走シーン、ライダーとショッカーとのアクションシーンなどは、近くに住んでいたので、自分の原体験のひとつだなー、と今となってはしみじみ思います。本郷猛が出入りしていた城南大学の生化学研究所は長沢浄水場という施設でロケが行われ、そこは「ウルトラマン」でバルタン星人が出現した研究所の設定でロケも行われていて、その周辺の生田の丘の上は、戦前から日本軍の施設がいろいろあったところなのですね。たしか大日本帝国軍の毒ガス研究所とか。そういう施設が戦後、アメリカ軍に接収され返還されたあと、大学や企業の施設になった流れなどを知ると、案外「仮面ライダー」の映像も、日本の裏歴史とクロスしている部分があるような気がします。 15/3/19(波照間エロマンガ島)

そうだよねえ。「それらしい」ロケ地を探せば曰く付きの場所もあるだろうからねえ。
誰かそういういろんなテレビや映画のロケ地をグーグルマップに表示させてくれる人って現れないかな。 15/3/19(石川浩司)

話題357のレス 15/3/19の追記。生田の近くには向ヶ丘遊園という遊園地があり、幼少期はよく遊びに行きました。入り口に大階段があって、そこを仮面ライダーはバイクで下から駆け上がるシーンはよく覚えています。2002年に閉園されて、敷地の一部が、藤子・F・不二雄ミュージアムになっているとのことです。 15/6/19(波照間エロマンガ島)

俺も遊園地では向ヶ丘遊園が一番馴染みがあるな。
物心ついて最初に行ったのかもしれない。 15/6/19(石川浩司)

各放送局で「2歳児が倒れたタンスの下敷きになった双子の兄弟を救出するシーン」を放送していました。
一人が果敢にタンスを持ち上げ、その隙にタンスの下敷きになったもう一人が這い出す救出動画です。
ところがこの世界中の人々が絶賛したという動画、テレビ局が前後をカットし編集したものでした。
元になった動画を見てみると、タンスが倒れた後しばらく下敷きになった兄弟に気付かないもう一人が映っていました。おまけにその倒れたタンスによじ登ってより負荷を掛ける始末。
その後やっと挟まれた兄弟に気付きタンスを持ち上げ、もう一人も這い出すことが出来たのでした。
そして最後、倒れたタンスは引き出しが急に閉まらない作りで、子どもが這い出 してからゆっくりと完全に床に着いていました。
編集後の動画はヒーローのようでしたけど、編集前の動画はかなりおまぬけなものでした。 17/1/13(テングザル)

こういうのを「やらせ」というのか「編集」というのか・・・。
編集の仕方次第で悪が善にも、その逆も簡単に演出できる世の中だもんなあ。 17/1/13(石川浩司)

仮面ライダーとウルトラマン、私はウルトラマン派でした。今ならwikiとかでいろいろ調べちゃうんだろうなー。ま、ウルトラマンでも、ウルトラQからウルトラマンレオまでの旧世代派ですが 17/9/30(笑) 17/9/30(わいわい)

俺が一番熱心に見てたのはウルトラQ。
仮面ライダーが流行りだした頃にはヒーローもの友達より早く卒業しちゃったなぁ。 17/9/30(石川浩司)

幼少期のヒーロー、思い出しました。1968〜1973年まで土曜9時にTBSテレビでOAされていたアクションドラマ「キイハンター」。
これに出演していた千葉真一さんにドはまりしましたね。視聴習慣としては「8時だヨ!全員集合」が終わって、そのまま「キイハンター」を観るという流れでした。自分にとっては幼稚園から小学5年くらいにあたります。このスパイアクションドラマを見て、世の中のこと、劇映画のこと、男女のこと、アクション映画のこと、その他もろもろを自然に学んだような気がします。
とにかく千葉真一のアクションにシビレまくりました。監督の深作欣二、佐藤純弥をはじめとする東映東京撮影所チームのスタントアクションには本当に心奪われましたねー。なんとなく覚えているのはすれ違うロープウェイからロープウェイに飛び移るシーン〔これは「荒鷲の要塞」と記憶がダブるのです間違いかもしれないですが〕とか、あと爆薬を使ったカーアクションシーンとか、詳しくはほとんど忘れてしまいましたが、ほかのエージェント出演回と比較にならない興奮と感動をもたらしてくれました。レギュラーは、丹波哲郎、川口浩、野際陽子、千葉真一、谷隼人、大川栄子、仲谷昇、中丸忠雄、宮内洋で、その回に2、3人この中からフィーチャーされて出演する形式になっていました。海外に輸出され、ブルース・リーやジャッキー・チェンにも影響を与えたといいます。ソフトがあったら死ぬまでにまた観てみたいなー。 18/6/17(波照間エロマンガ島)

実は観たことないんだよねー。もちろん人気番組だということは知ってたが、我が家は一日一時間しかテレビを見てはいけないというルールがあったので(NHKニュースは除く)、「8時だヨ!全員集合」を見たら、その日はもうおしまい。 18/6/17(石川浩司)

最近は、各都道府県でご当地ヒーローが登場して、ローカルで放送されてますね。
グッズも色々出ていて、カレーや缶ドリンクなどもあるから、石川さんのコレクションも大変ですね。 18/11/10(邑楽)

地方の「そこにしかないもの」があるのは嬉しい。
ほとんどの物は全国どこでも同じになっていく世の中だからね〜。 18/11/10(石川浩司)

近所のSEIYUの4階のおもちゃ売り場があり、そこにウルトラマンの製品のコーナーがあります。
棚の上部にウルトラマンのパネル写真がありますが、その写真のメンバーがウルトラマンの定番イメージかと思いました。
ウルトラの父、母、そして初代マン、セブン、タロウ、ゾフィー、ジャック、エースのウルトラ六兄弟。全員がマントを着ていて、また最近の写真撮影の技術も上がってかっこよく撮れていました。

SEIYUはトイザらスより品揃えがよかったです。そのパネル写真もカッコよかったので欲しくなってしまいました。 18/12/3(Sankaku)

「売ってください」と聞いてみたら? 18/12/3(石川浩司)

「帰ってきたウルトラマン」のことを本編では「ウルトラマン」としか出演者は呼んでなかった。それをあとから「ウルトラマンジャック」とかつけるのは絶対に許せないネーミングセンスだった。中年になった現在ではどうでもいいことなんですけれど。ウルトラマンエースやウルトラマンタロウが放映されていた時分は小学館の学習雑誌では「新マン」とか書かれていて、そっちもなんだかなぁ、と思っていた。 18/12/29(カルーアミルク)

まあいちいち「あっ、帰ってきたウルトラマンだっ!」というのもおかしいっちゃあおかしいからね(笑)。 18/12/29(石川浩司)

私のヒーローは野茂英雄投手でした。
かっこよかったなあ。 19/1/24(着の身着のまま木の実ナナ)

功績はすごいよね。 19/1/24(石川浩司)

平成ウルトラマンの3部作に「ティガ」「ダイナ」「ガイア」があります。「ティガ」「ダイナ」は全部を録画できなかったので「ガイア」は全部録画するつもりでいました。
主役のウルトラマンガイアに加え「ウルトラマンアグル」というもう一人の青いウルトラマンも登場するとのことで、期待が高まっていました。

でも、ガイアは全体的には駄作だったと思います。序盤、中盤はやたらと小難しい設定で、盛り上がってきた中で二人のウルトラマンが戦い合うといういかにもな展開。そしてアグルが味方になってからは、最後の敵を力を合わせて倒すというお約束でした。(登場人物の「ウルトラマン同士が戦って何になるの!!」というセリフは脚本などの設定の甘さも含めてその通りでした)

しかしウルトラマンアグルはとてもかっこよかったという思い出もあります。シリーズ前半、人類の安全を顧みないアグルの戦い方は、ある種ピカレスクな魅力を存分に発揮していました。また、アグルのテーマ音楽はYoutubeにもありますがやはり今聞いてもとてもかっこいいです。

ある種僕が大人になるまでの過程になるときに見た作品で思い出にも残っていますが、それでもお金を出してまで見る気はやはりしません。私のヒーローは、オダギリジョーさんの演じた「仮面ライダークウガ」です。貧乏な時でも買いたくなり、買ってしまった、これこそ本当の思い出ではないでしょうか。 19/4/2(Sankaku) 

俺が子どもの頃に始まったウルトラマンがこんなに続くなんて誰も予想してなかったなー。 19/4/2(石川浩司)

最近になって「小説 仮面ライダークウガ」を読破しました。

テレビ番組のクウガ(2000年)が終わって13年後の世界を描いたもので、新たなる怪人が世の中に紛れ込んで恐るべき犯罪を企み、戦士クウガが帰還するという話です。
テレビ番組に関わった脚本家が執筆されていて、人物の描写も演じていた役者さんを思い出させるような所が嬉しかったです。

やはりウルトラマンよりも遥かに、僕たちのこの生の世界を意識している様子がうかがえました。
もし、この世界に本当に怪人やライダーがいたとしたら、という感じが生生しく描かれていました。
この世界にも、ヒットしている物事の裏には何か恐るべき陰謀があるとしたら、という感じが描かれていて怖かったです。 19/5/31(Sankaku)

それは見たことがないが、俺の友達が産まれてきた子供に「クウガ」(本当は漢字ね)という名前をつけた途端、「仮面ライダークウガ」が始まったらしく「真似じゃないっ! うちの息子の方が先だ!」と弁解してたなあ。 19/5/31(石川浩司)

15/3/19の追記。先ごろ日本に一時帰国した際、テレビで宮崎駿監督作品「風立ちぬ」を放映していて初めて鑑賞しました。その中で非常に印象的だったのが主人公が乗った電車の行き先のプレートが「登戸〔のぼりと〕」となっていたこと! これはネットでも話題になっていたみたいで、この「登戸」とは現在の小田急線向ヶ丘遊園駅の戦前時の駅名「稲田登戸」とのことです。2015年3月にも書きましたが、この登戸、生田界隈には戦前、日本陸軍の毒ガスや風船爆弾を作る研究所があったエリアなので、宮崎駿がこの地名を描いたことに興味をもちました。映画では主人公と結婚するヒロインの実家が登戸にある設定のようですが。

また登戸といえば、つい最近2019年5月28日の午前7時40分ころ、登戸駅近くで痛ましい無差別殺傷事件が起こったのも記憶に新しいです。 19/6/15(波照間エロマンガ島)

多摩川を渡ると登戸だよね。「神奈川県に入ったな」という小田急線の目安。 19/6/15(石川浩司)

19/6/15の石川さん。

そういえば三島由紀夫の「美しい星」というSF小説作品のなかに、主人公が多摩川の狛江市側の河原から川向こうの登戸を見やるシーンがあったことを思い出しました。この作品が発表された1962年当時は登戸の町は「三業地」と呼ばれた旧青線街の趣きがまだ残っていて、ラブホテルや連れ込み旅館などのあるその風景の情緒を三島が書いてあったような。同じく東横線の新丸子駅界隈も昭和30~40年代は三業地の風情が残っていました。そういえば新丸子にあった「New 丸子劇場」というストリップ劇場は1980年代初頭まではたしかに存在したように記憶しています。 19/11/2(波照間エロマンガ島)

そういう懐かしき風俗の風景って、減ったよねー。
みんなビルに入っちゃって趣が無くなった。 19/11/2(石川浩司)

小学生の頃、母親のいろんな友人のお宅にお邪魔することがよくあり、その中で友人の子供さんから、ウルトラマンの図鑑を見せてもらったことがあります。本編のウルトラマンのドラマが見れていなかった分、そういうものは楽しみでした。

初代ウルトラマンからウルトラマン80〈エイティ〉までの怪獣たちは独特の雰囲気を醸し出していました。登場怪獣たちをまとめて見れてしまうのは、怪獣図鑑ならでは。
その中でも特に妖しかったのは、「ウルトラマン80」に出てくる[妄想ウルトラセブン]という怪人。子供の怨霊がウルトラセブンの人形に取り付いて巨大化したという設定です。
本物のウルトラセブンと寸分違わぬ姿見で、そんな怪人がウルトラマン80と戦うことに、妖しいトキメキを感じました。

ウルトラセブンは全ウルトラマンの中でも偽物の数が一番多いです。
ウルトラ戦士の偽物のキャラクターは、フィギュア界でも人気が高いものです。 20/2/4(Sankaku)

偽物が人気が高いのって、なんか面白い現象だねー。 20/2/4(石川浩司)

悪のウルトラマン 私も好きです。
特に好きなのは「ウルトラマンゼアス2」に登場したウルトラマンシャドー。
黒と黄色のカラーリングと釣り上がった赤い目
拳にはメリケンナックル、一回こっきりなのが惜しい位かっこいい!!
しかもロボット!!そして格闘技アクションもしびれる!!

ちなみに操っているのはあの神田うのさん。
悪女役が、ドハマリしてます。 20/2/24(ズミ天)

ああ、悪女似合いそう。悪のウルトラマンはセンズリなんかもするのかな? 20/2/24(石川浩司)

12/10/13の石川さん。
赤瀬川原平さんの名前を知ったのは、1972年創刊した赤塚不二夫責任編集のまんが雑誌「まんがNo.1」にて。名前がよく似ているので、はじめ赤塚さんの変名ではないかと小学4年生のわたしが勘違いしたのが始まりでした。当時赤塚不二夫は、少年マガジン連載中の「天才バカボン」にてある週から突如として「山田一郎」というペンネームを使いだし、わたしは衝撃を受けたので、変名を使うのも考えられうると思ったのです。

その後、高校生くらいになって現代美術に興味を持ち出した頃、美術手帖のバックナンバーを古書店に捜し求めてみると、1960年代から70年代にかけて雑誌内にて「櫻画報」「資本主義リアリズム講座」というコーナーを赤瀬川さんが担当していて「まんがNo.1」で行なっていたグラフィック的手法でページを作っていて、これには激しく影響を受けました。そこからどんどん赤瀬川さんの活動履歴を求めて源流をさかのぼっていきました。現代美術が犯罪として裁かれることになった「千円札事件」。高松次郎、中西夏之と組んだ「ハイ・レッド・センター」。そして彼らの芸術の出発点となった無審査出品制の展覧会「読売アンデパンダン展」にたどりつき、日本の戦後美術の原初を知るにいたりました。たまたまその後通学することになる大学には赤瀬川さんの人脈に近い芸術家や美術評論家が多数在籍していて、まだ世の中に認知されていない表現の最前線にいろいろな刺激を受けて、その後のわたしの人となりが形成されていったことは間違いありません。

1982年大学1年のときに、クラスメートたちと赤瀬川さんの講演を聴きに行ったことがあります。そのときは赤瀬川さんが教えていた美学校の考現学教室にて「トマソン」という言葉が発明される直前の時期で、赤瀬川さんに多くの時間を割いて世の中にある無用の長物を撮った写真をスライドで見せられ、「これらは超芸術といいます」と赤瀬川さんが宣言していたのは鮮明に記憶に残っています。

*「超芸術トマソン」とは赤瀬川原平らの発見による芸術上の概念。不動産に付属し、まるで展示するかのように美しく保存されている無用の長物。存在がまるで芸術のようでありながら、その役にたたなさ・非実用において芸術よりももっと芸術らしい物を「超芸術」と呼び、その中でも不動産に属するものをトマソンと呼ぶ。その中には、かつては役に立っていたものもあるし、そもそも作った意図が分からないものもある。 超芸術を超芸術だと思って作る者〔作家〕はなく、ただ鑑賞する者だけが存在する。 トマソンの語源は、プロ野球・読売巨人軍元選手のゲーリー・トマソンに由来する。

この「超芸術トマソンは鑑賞する者だけが存在する」という考えは、芸術の観衆論として先鋭的な意味を持つことであり、1960年代から日本でも発言者が現われた「キッチュ」という考えとも平行して考えられると思いますが、それはまた別の機会に書こうと存じます。 20/5/24(波照間エロマンガ島)

俺の初めての著書の「イラスト図鑑インスタントラーメン」のあとがきで赤瀬川さんの名前を出していたので、赤瀬川さんにお会いした時に震えながら手渡した思い出。
忙しい人ただから読んではくれてないと思うけど、自己満足。 20/5/24(石川浩司)

2020年現在、ディアゴスティーニの「仮面ライダー DVDコレクション」が発売されており、昭和ライダーのコンプリートに向けて、続刊が出ています。

今現在(2020年6月)は「仮面ライダーV3」の章で、仮面ライダー最大のヒット作といわれているV3はなんだか見ていて楽しいです。
V3・風見志郎 役の俳優・宮内洋さんはV3の主役が決まるや、オープンリールのビデオデッキを買い「仮面ライダー」を録画して研究。
変身前の風見志郎がより多くの戦いをこなすシーンを増やして、V3に変身した時の爽快感を増す演出をしました。
「ヒーロー番組とは教育番組である」という信念の基、V3のほかにも「秘密戦隊ゴレンジャー」「怪傑ズバット」の特撮ドラマにも出演。
特撮ヒーローの伝説として語り継がれている俳優さんです。

「ヒーロー番組とは教育番組である」
当時中学生いぐらいだった私は、この言葉に何の感銘も受けませんでした。「ヒーローは教育番組、普通そういうものなんじゃないの?」という感じでした。
しかし大人になった今、この言葉の意味をかみしめています。何かと下世話な物の見方で生きるようになってくる大人にはいい刺激になります。芸能界の最前線にもあまりいない、かっこいい俳優さんが、命懸けで悪と戦う、強い心の在り方を示す、その意味でも大人になって忘れてゆくものを存分に映し出しています。
V3が放送していた当時〈1970年代〉は、特撮番組の乱立していた時期、多い時は1週間に10本くらい、特撮ドラマを放送していたそうです。
その中で今日まで残っている仮面ライダーシリーズは、今の時代に何を投げかけるのか。先ほどの「ヒーロー番組とは教育番組である」の信念もまんざらではないように思えてきます。
特撮番組は数あれど、V3が今日まで語り継がれるのは、そんな並々ならぬ信念のたまものといわれています。

いまでこそ、ウルトラマンや仮面ライダーも大人まで見るような時代になりましたが、当時は「ジャリ番」と呼ばれていたそうです。
確かにそう呼ばれても仕方ないな、と思うところもありますが、そんな時期から類稀なる信念で子供たちにメッセージを投げかけたライダーはやはり日本の子供番組の伝説になるべくしてなったのかもしれません。 20/6/26(Sankaku)

先日テレビのクイズ番組に出演したけど、隣には元祖・モモレンジャーの女性がいたよん。 20/6/26(石川浩司)


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