話題332 ビートルズ



不世出のロックグループ、ビートルズについて皆さんと自由にお話できればと思い、話題を立ち上げました。
メンバーはジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターの4人。1962年にレコードデビューし1970年に解散。以後40年経ちますが、いまだに彼らの音楽は世界中で愛され聴かれています。 また、ファッションや髪型、発言など、音楽以外の部分でも世界に影響を与え、若者文化を牽引してきました。
竹中労さんはたまを「現代のビートルズだ」と評したのは有名なエピソードですね。
たまのカバーした「Girl」も大好きです。
ではでは、お願いいたします。 10/12/31(波照間エロマンガ島)


***レス(発言は古い順に並んでます)***


おぉ、いいねえ!
俺もこれでも音楽はビートルズから入ったからね。
その前は歌謡曲にすらほとんど興味がなかったのに、目覚めた。
そして未だに聴いている。

ちなみにカバーした「Girl」は、テレビ番組から「ビートルズの曲を何か一曲カバーして歌ってください」という注文があって、大急ぎで作ったもの。
なので元々は自分たちの意思じゃなかったんだよね。
そしてビートルズは原曲歌詞通りのもの以外は基本的に許可がおりないので、それが公式に音源化することはなかった。 10/12/31(石川浩司)

ビートルズまあまあ好きです。まあまあ出来るやつらやと思います。まあ俺と比べたらそんなに凄くないけど。嘘です、ごめんなさい。好きなアルバムはリボルバーとラバーソウルです。シーセッドシーセッドのあの声の伸び方が好きです。好きな名言はそこの安い席の人は手拍子をそこの高い席の人は宝石を鳴らして下さい。です!
最近ジョン・レノンの便器が126万円で落札されてましたね…あとガチャピンとムックはポールとジョンにしか見えません。 11/1/13(金やん)

ガチャピンとムックのポールとジョン説はよく言われるね。
一応公式には違うということになってるけど、本当に何のインスパイアーもないのかどーかは分からないよね。 11/1/13(石川浩司)

初期のロックンロールの懐かしい感じも好きですが、中期のサイケデリックな感じが大好きです。マジカルミステリーツアーのDVDまで持ってます。字幕ないので何言ってるかわかりませんが。 11/1/13(可南)

俺も同意見。初期のロックの楽しさから入って、サイケデリックの意味深なところへと。
サイケデリック方面がなかったら、これほど伝説的にはならなかったろうな。
せいぜいモンキーズとかと比べられる程度のバンドで終わっていたかもしれないな。 11/1/13(石川浩司)

たまのようにわかりやすくないので、この声がポール、こっちの声がジョン…とどれが誰の声か聞き分けられるようになったときは嬉しかったです。因みに私はジョージが好きです。(可南)

ジョージの声は繊細だよね。
迫力はないけど、胸にせまる物がある。 11/1/24(石川浩司)

「マジカル・ミステリー・ツアー」の「フール・オン・ザ・ヒル」のレコーディングセッションをビデオアーチストのナムジュン・パイクが見学したときのエピソードを聞いたことがあります。元々フルクサスという芸術家集団でオノ・ヨーコさんと知り合いだったという関係でEMIスタジオに行ったらしいのですが、レコーディングではポールがリーダーシップをとり偏執的に何度も何度もダビングを繰り返している様を見て、パイクさんは「これだけ予算をつぎ込んで妥協を一切しないでレコードを製作するのだから世界一の人気を保っているのも当然だ」と感心するのと同時に、ポールのあまりの完壁主義に呆れてしまったそうです。
PA設備が完全に整備されていずファンの黄色い声援に演奏がかき消されるだけでストレスの貯まる演奏旅行を1966年にすべて止めると宣言して、レコード製作のみを唯一の音楽活動にしていたこの時期のポールは、絶好調だったのかもしれないですね。 11/1/24(波照間エロマンガ島)

後期はポールの独壇場だもんね。
「サージェント〜」とか「アビイ・ロード」のB面とかね。
レコード専念バンドというのも今考えると凄いよなー。
アイドルロックバンドからそういう風になるのが特に。
そんなバンド他に当時いた?

あと、フルクサスは俺も興味あるな。
若かりし頃はオノ・ヨーコは俺の大好きな赤瀬川原平さんあたりとも繋がりあったしね。 11/1/24(石川浩司)

Sgt.Pepper'sの最後に犬にしか聞こえない周波数の音が入ってますが、耳鳴りみたいな感じでそれが聞こえる私は犬なのでしょうか…!? 11/2/13(可南)

俺も聞こえるけど、犬にはもっと聞こえるんじゃないだろうか。ちゃんと音楽になってるとか。 11/2/13(石川浩司)

そうか、やっぱりそういうことなのですね。犬にはどんなふうに聞こえるのでしょうか。犬がちょっと羨ましい。
今はホワイトアルバムにはまってます。Why Don't We Do It In The Road?の次にI Willというポールのギャップがなんとも面白いと思いました。 11/2/21(可南)

「Why Don't We Do It In The Road?」は道ばたでやっちゃえ!という意味だっけ。パンクだよね。
そしてI Willの次にJuriaの連続バラードもいいよね。 11/2/21(石川浩司)

アナログ盤「アビー・ロード」のA面最後の「I Want You 〜 She's So Heavy」。ブルース調の曲が後半、ホワイトノイズがじょじょにフェイドインされ、延々ひとつのフレーズがリフレインし演奏が最高に盛り上がるところで唐突に録音レベルが0になり、切れるようにして終わるエンディングが大好きでした。針がレコードから上がってレコードが停止するまでの余韻までが音楽の一部みたいに感じました。この手法は画期的だったのではないかと思います。
CDやiTunes時代の今日では、この曲の次にすぐにB面1曲目の「Here Comes The Sun」がつながるので、この感興を味わうことができず残念です。 11/2/24(波照間エロマンガ島)

俺は中学生の時、レコード屋に取り替えに行ったよ。
「すみません、このレコード、音が最後まで入ってないんすが・・・」 11/2/24(石川浩司)

前にNHKでビートルズのソロ特集をやっていて、それのジョンの特集に関してです。ヨーコとのアルバム「Two Virgins」のジャケットにモザイク、というかぼかしがかかってました。ジョンとヨーコの全裸の写真ですが、ビートルズアンソロジー等のDVDや本では修正はされていません。そのままなら芸術作品として捉えられるでしょうが、修正が施されることにより、逆にいやらしいものに見えてきますね。(可南)

そうなんだよね。
最近はテレビなどで、スポンサーと違う飲み物とかが出ると全部ぼかしが入るので、何かとてつもなくヤラシイものがそこにあるんじゃないかと思ってしまふ。 11/2/28(石川浩司)

実は私は西洋人で仮性包茎のおちんちんを見たのはジョン・レノンが初めてだったと思います。それはそれは衝撃を受けました。もしかしたら史上もっとも有名な「仮性」人なのではないでしょうか。 11/3/8(波照間エロマンガ島)

仮性とは限らない。
写真だけだったら真性の可能性もある。 11/3/8(石川浩司)

写真だけだったらどちらとも言えますね。ジョンはジュリアンとショーンの二児の父親なので、それで性行為は可能と判断し、仮性と思ったわけでした。(ビートルズファンの皆さん、とんでもない書き込みをして御免なさい)  11/3/14(波照間エロマンガ島)

え、真性でも子供は作れるよん。 11/3/14(石川浩司)

ちんちんに食いついて何もビートルズと関係なくて申し訳ないですが、マリーアントワネットの夫・ルイ16世は真性包茎故に性的不能に陥り何年も子供をもうけることが出来なかったからオーストリアとフランスとの国をあげての説得で包茎手術を受けさせてやっと子供を授かることができたそうですよ!
ややこしい真性だとそういうこともあるのかもです。 11/4/7(ことり)

そうか、真性にもいろいろあるのだね〜。 11/4/7(石川浩司)

ジョン・レノンの「ダブルファンタジー」が好きです。「(JUST LIKE)STARTING OVER」「WOMAN」「BEAUUTIFUL BOY (DARLING BOY)」はシングルカットされて有名ですが、オノ・ヨーコの曲が過激でハマります。「KISS KISS KISS」でオノ・ヨーコが日本語で「抱いて」と語るくだりは、エロくて、もうイッちゃいます。 11/4/7(ファンカデリック徳田)

オノ・ヨーコなら彼女の2枚組CD「無限の大宇宙」の中の「キャットマン」という曲もエロいよ〜。
高校の音楽の授業でかけた。 11/4/7(石川浩司)

ことりさん、歴史の勉強にもなりました。ありがとうございました。数年前ソフィア・コッポラ監督の「マリー・アントワネット」を観てルイ16世と王妃のことは身近に感じていたので一層リアルに感じられました。  11/4/13(波照間エロマンガ島)

歴史も勉強出来る素敵なホームページ! 11/4/13(石川浩司)

「ダブルファンタジー」、大学の図書館でよく聴きました。
「kisskisskiss」を聴いたときは「あれ!?私、英語が自然に理解できるようになった!?」と錯覚を起こしました。しかしふと冷静になったら日本語だと気付きました。 11/4/24(可南)

あれ、ひとりでスタジオのマイクに向かって叫んだんだろうなあ。
エンジニアの人の苦笑が思い浮かびます。 11/4/24(石川浩司)

ところで、皆さんがもしバンドを組んでいたとして、ビートルズの曲をカバーするとしたら何の曲を演奏したいですか?
わたしはもし機会があったらホワイトアルバムの「レボリューション9」を生演奏したいなぁ。できるだけ忠実に音像を再現するとしたら何人編成のバンドになるのだろ。 11/4/24(波照間エロマンガ島)

ビートルズのあらゆる曲は完全コピーされているらしい。
もちろん「レボリューション9」も。何人編成でやったかは知らないが。
YouTubeでスタジオミュージシャンたちのアビー・ロードB面完全コピーの映像を観たけど、すんごく忠実に再現していて一見の価値あり! 11/4/24(石川浩司)

イエローサブマリン音頭ってなんですか? 11/5/29(黄色いさんた)

wikipediaで調べれば詳しいことはもっと出てくるけど、とりあえず演歌歌手・金沢明子の大胆アレンジのカバー曲だね。 11/5/29(石川浩司)

お父さんにビートルズのレコードと写真集をたっくさんもらって 今、自分の部屋はビートルズだらけでっす  11/6/10(黄色いさんた)

いいんじゃな〜い。
俺もメンバーそれぞれに好きだな。 11/6/10(石川浩司)

幸せです!
そんで今日マッシュルームヘアーにしました 11/6/18(黄色いさんた)

おおっ、マッシュルームに!
それは見てみたい。 11/6/18(石川浩司)

コピーするならブラックバードを弾けるようになりたいですー今練習中なんですが。
アルペジオで唄うって出来るきがしませんが。
目つぶって眉間にしわ寄せてがんばります。 11/6/18(金やん)

あの曲はギターを始めた人が一度はコピーに挑戦する曲だよね。
知久君もよく弾いてたなー。 11/6/18(石川浩司)

映画イエロー・サブマリンのルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズの部分だけリピートしている。
なんだかあれを見ているととても疲れがとれていく・・・、ウヘヘ 11/6/25(ズミ天)

サイケな映画だったよね〜。 11/6/25(石川浩司)

学生時代にバンドでゲットバックをやったんですが、間奏部分のキーボードを弾いたときはなかなか気持ちよかったです。 11/6/25(可南)

あそこの部分はビートルズのメンバーが弾いているわけではないよね。
ビリー・プレストンだっけかな。 11/6/25(石川浩司)

そうです、ビリー・プレストンですね。ゲットバックといえば、大学生の頃、原宿にあったビートルズ専門店「ゲットバック」によく行きました。店内にいるだけでなんだか楽しかったです。 11/6/30(可南)

調べたらあの曲だけは正式にはビートルズのみのクレジットではなく「ビートルズとビリー・プレストン」名義だそうだね。 11/6/30(石川浩司)

小学校5年生のときにビートルズにはまった私は、音楽を聴くだけでは飽き足らず、写真集などからジョン、ポール、ジョージ、リンゴのそれぞれの似顔絵をノートに描く少年でした。1966年頃まではマネージャーのブライアン・エプスタインの厳しい管理の下、マッシュルームカットにスーツという非常に身奇麗な格好をした写真が多いですが、1967年の「サージェント・ペパーズ」以降は全員が髭を生やし、髪型も自由にアレンジし、ミリタリーやサイケデリックなファッションで着飾った写真が多く残っています。丸眼鏡をしたジョンは、前期とは同じ人物には見えないくらい変化があって、4人の中ではいちばん描いたかな。映画「レット・イット・ビー」ではジョンは長髪髭なしでポールは髭面なのに、そのあと最後のレコーディングアルバムとなった「アビー・ロード」のジャケット写真ではポールは髭を剃り、ジョンが髭を生やしている・・・、そういう変化がとても面白かったですね。  11/7/29(波照間エロマンガ島)

ビートルズはマネージメントやプロデューサーがいなかったら、あそこまで成功しなかったろうなあ。
たまもパスカルズもセルフプロデュースだからそら売れないよなあ。
人の言うこと聞くの嫌いだし(笑)。 11/7/29(石川浩司)

そういえばライ・クーダーのインタビューを読んだときに、あからさまにビートルズを否定する言葉を述べていたのを思い出しました。1947年生まれのライ・クーダーは1960年代からロック業界にいてビートルズの同業者だったわけですが、ビートルズはいろいろな音楽をただもってきては換骨奪胎しているだけ、となかなか手厳しい評価をくだしていました。それは自分の音楽のほうが優れているというミュージシャンとしての自負心の表れとも思えるのですが、同時代でビートルズを否定したミュージシャンのエピソードもどなたかご存知であればお聞きしたいと思います。  11/7/29(波照間エロマンガ島)

確かに批判しづらいのかもね。
でもライ・クーダーの方がビートルズメンバーより年下なんだね。
なんか爺さん、というイメージなのだけれど。 11/7/29(石川浩司)

職場の営業職のおじさんがビートルズファンだと発覚しました。左利きなのを活かしてポールの真似してベースを弾いていたそうです。その人、痔で2ヶ月休んでちょっとカッコワルイ印象があったのですが、そのイメージは払拭されて格好良く見えてくるから不思議です。 11/8/7(可南)

ま、でも俺たちの世代で音楽好きなら、半分はビートルズファンだからなあ。
相当捻くれてる音楽が好きな俺でさえ面白いと思うほどだからね。 11/8/7(石川浩司)

01. H -elp!
02. A -Hard Day's Night
03. P -lease Please Me
04. P -enny Lane
05. Y -ellow Submarine

06. B -aby's in Black
07. I -Want to Hold Your Hand
08. R -ain
09. T -icket to Ride
10. H -ey Jude
11. D -on't Let Me Down
12. A -ll You Need Is Love
13. Y -esterday

14. T -hings We Said Today
15. O -b-La-Di,Ob-La-Da

16. M -ichelle
17. Y -es It Is

18. S -trawberry Fields Forever
19. W -e can Work It Out
20. E -very Little Thing
21. E -ight Days a Week
22. T -o Know Her Is to Love Her

というカセットを作り、好きな娘の誕生日にプレゼントした・・・。 11/8/7(ラヴ・ミー・ドゥ)

こういうの作りたい気持ち、分かる。夢中で作ってひとりでニヤニヤして。
そして知ってる。
受け取った方はたいがい一度も聴かないことも・・・。 11/8/7(石川浩司)

いいですねー、そういうカセットもらったら私だったら嬉しいです。たまの曲でそういうのをやっても面白いかもしれませんね。 11/8/25(可南)

相手が本当にその音楽に興味あったら、嬉しいプレゼントかもね〜。 11/8/25(石川浩司)

11/8/7のラヴ・ミー・ドゥさんの選曲テープ、いいですね。でも石川さんの仰るように、往々にしてこういうものをもらった場合、一度も聴かないということもあると思います。
22曲目の「To Know Her Is to Love Her」、不覚にも知らなかったので検索してみると、未公開公式録音盤「ザ・ビートルズ・ライヴ!! アット・ザ・BBC」に収録されているんですね。勉強になりました。  11/8/30(波照間エロマンガ島)

未発表曲とか結構あるんだよね、ライブバンドだったからね。
マニアはたまらないよね〜。 11/8/30(石川浩司)

ロンドンオリンピックの時にビートルズが再結成するって聞いたんですが、どうなんですかね?ジョンとジョージは代わりに息子が出るそうです。ショーンは知ってますが、ジョージの息子ってわからないです…。 11/9/8(可南)

それ確か頓挫したらしい。
ポールは出るかもだけど。 11/9/8(石川浩司)

わたしもラブ・ミー・ドゥさんと同じくカセットテープでビートルズ特集を作ったことがあります。
たくさん作ったのですが中でも覚えているのは曲の長さが短い順に並べていくというもの。「ハー・マジェスティー」(0:20)、「マギー・メイ」(0:36)、「ディッグ・イット」(0:47)、「ワイルド・ハニー・パイ」(0:51)・・・と続けていきました。
アーチストで好みのテープを編集して作ったのは後にも先にもビートルズだけでした。 11/9/28(波照間エロマンガ島)

そういえば初期の頃の曲なんて2分ない曲も多かったよね。
今は歌謡曲でもそんなに短いの滅多にない。
なのでアルバムでも全部で30分程度の作品も多かったよね。 11/9/28(石川浩司)

初期のロックンロールスタイルが好きです。シンプルながらも、心に響いてきます。ビートルズは聞き続けていくと次第に中期や後期の良さを知りたくなるという話を聞きましたが、どうなのでしょうか?   11/9/30(GOGOSHIDENKAI)

まぁ俺もどれも好きなんだけどね。初期も後期も。
初期はストレートに楽しい。
でも後期の方がアレンジが深いのでひとつひとつの実験的な音を聴いて「こんな演奏してるのか〜」という楽しみはあるね。   11/9/30(石川浩司)

2002年にポール・マッカートニーが来日したときに東京ドームに公演を観に行きました。ロックの歴史を創り、数え切れないほど多くのミュージシャンに影響を及ぼしたその本人が目の前で歌っているという事実だけで感無量でした。
意外だったのはギタリストでもあるポールは曲によってベースをギターに持ち替えて演奏していたということ。ビートルズ時代もポールがキーボードを弾くときはジョンやジョージがベースを弾いていましたが、楽器を持ち替えることなぞ雑作もないことなんですね。多くのロックバンドは公演中同じ楽器をもって最初から最後まで演奏しますが、ポールはそんな固定観念もたやすく振り払い、21世紀を過ぎてなお先鋭的であると感心しました。また機会があれば観たいなー。やっぱりライブは最高です。 11/10/25(波照間エロマンガ島)

俺もたま時代はパーカッション以外にリコーダー、オルガン、ギター、鍵盤ハーモニカ等々使ってたなぁ。
人数に限りのあるバンドでは曲を最大限に活かす為にはそういうことが必要な場合もあるんだよね。
つまり「曲」と「演奏」どっちの方がより重要かでバンドによって編成が変わるのかもね。
他に頻繁に楽器持ち替えるバンドってあるかな? 
そういえばハシケンもギター、ピアノ、ベース、ウクレレ、三線と多彩に操ってたな。
11/10/25(石川浩司)

曲ごとに楽器を持ち替える例として、近藤等則&IMAというバンドのステージでRECK〔フリクション〕がギターを弾いたりベースを弾いたりしていました。あとYMOの「CUE」という曲で坂本龍一がステージでドラムスを叩いていたのは覚えています。 11/11/12(波照間エロマンガ島)

ギターとベースは時々いるよね。基本は同じだからね。
そういえば平沢進がドラム叩いているのもYouTubeで観たことあるな。 11/11/12(石川浩司)

昔NHK教育(現Eテレ)でやっていた「むしまるQ」で「SHE LOVES YOU」のパロディーソングが放送されていた。タイトルは「チョー(E)](ちょーかっこいー と読む)
コード進行やメロディはそっくりなのだが、細かいところが違っているのです。映像はビートルズのアルバム「HELP!」などのパロディ、演奏している虫もメンバーに似せているのもツボ。幼稚園のときにボケーっと観てたのが、最近になってダダはまりしてしまった一曲であります。 ちなみにむしまるQでは知久さんも歌うたってました(ニッポンのたぬきという曲)。 11/11/26(ズミ天)

ラットルズとかじゃないよね。日本のバンドかな? 11/11/26(石川浩司)

今年はビートルズメジャーデビュー50周年!改めてビートルズの良さを見直す機会です。先日行った居酒屋のBGMもビートルズ、時代や世代に関係なく愛されているんだなと思いました。  12/2/21(GOGOSHIDENKAI)

ビートルズ解散以降の各メンバーのソロも優れたもの多いよ。
是非そっちまで手を伸ばしてくれ。
特に4人の中では地味な存在だったジョージのソロのクオリティの高さには驚くべきものがある。
やっぱり天才集団だったんだなー。 12/2/21(石川浩司)

ここ何日がBlack birdがずっと頭の中を飛んでます。ぶらーくばあーど 12/2/26(Sabina)

シンプルで派手さはないけど、いい曲だよねー。 12/2/26(石川浩司)

石川さんからぜひお勧めのアルバムなどあれば一つお願いします。 12/2/26(GOGOSHIDENKAI)

むしろお薦めじゃない方が少ないからな〜。
ただ日本人は有名曲が入っているのとジャケットが有名なのでまず最初に「レット・イット・ビー」に手を出す人が多いが、俺は総合的にはあのアルバムはイマイチかな。 12/2/26(石川浩司)

やはり私もソロではジョージが好きです。ジョンもいいですが、ジョージの方が魅力的!ポールのソロはあまり興味が持てませんでした…。ジョージのソロってハズレがほとんどない気がします。 12/2/29(可南)

でも一般的にはやはりビートルズ=ジョン、ポールなんだろな。 12/2/29(石川浩司)

大学生のときゼミの特別授業で、現代音楽の作曲家で、オノ・ヨーコさんの元旦那でもある、一柳慧〔いちやなぎ・とし〕さんが講義に来たのですが、講義を聴きながら「オノ・ヨーコとセックスしたこともあり、ジョン・レノンとも『穴兄弟』である男が今、こんな近くにいるんだなー」と妙な感慨にとらわれていたことを突如として思い出しました。ちなみに一柳さんの話は20歳そこそこの私にとっては、難しすぎてほとんど理解することはできませんでした(苦笑)。  12/4/7(波照間エロマンガ島)

オノ・ヨーコのあそこをペロペロ舐めた人か・・・とね。分かる。
俺は舐めるの遠慮しときます〜。 12/4/7(石川浩司)

映画「レット・イット・ビー」の最後に登場する、ロンドンのアップルビル屋上でのゲリラライブの映像は、今もって大好きなシーンです。無許可で行なわれたライブで、警官が演奏を止めさせるまで、45分間ほど行なわれました。
いきなりビルの屋上からビートルズのライブ演奏の轟音が聞こえてきて、野次馬が集まってきて付近が騒然としてくる様子をドキュメントで撮影しています。今思うと、これが撮影されたのが1969年1月30日なので、このときに20歳すぎでインタビューに答えていたビートルズファンのOLたちも、皆60歳以上になっていることでしょう。また、50歳くらいの英国紳士は、ひょっとすると今90歳代になっているかもしれません。・・・映画はこのように時間を切り取る芸術でもあるので、私はとても興味深く思います。  12/5/24(波照間エロマンガ島)

ドキュメントは俺も好き。
でもあのシーン以外は、ビートルズの面々、決していい雰囲気じゃないんだよな・・・。
解散もむべなるかな。 12/5/24(石川浩司)

映画「HELP」の中で、ジョン・レノンのことを他のメンバーが「ジョニー」と呼ぶ音声が映画に収録されているのを聴いて、とても不思議な気持ちになったことを覚えています。 「ジョニー・レノン」、なんかしっくりこないですね〔笑〕。日本の芸能人で言うなら、「雷門ケン坊」みたいなものですか。あ、ネタが古すぎますね?・・・失礼いたしましたー。  12/7/14(波照間エロマンガ島)

ジョニー・ロットンもジョン・ライドンに。
あれ?逆だったか? 12/7/14(石川浩司)

2010年6月に行われたポール・マッカートニーのライブ映像を観たのですが、68歳のポールはさすがにくたびれていて、声もかすれ、とても残念なパフォーマンスに感じました。もちろんロック音楽の改革者としての偉大な業績は尊敬はしていますが、1960〜70年代に作られた楽曲が老残に朽ちている感興はたまらなく寂しいものがありました。ロックは若者の音楽だったんだなぁ、とあらためて実感しました。私は悲しい気持ちを払拭するために、そのあと、1966年6月のビートルズ日本公演の動画を見て、心を慰めました。ビートルズのハーモニーはライブでも発揮されていて今でもいいな、と思います。 12/7/14(波照間エロマンガ島)

あ、たぶん同じ映像見て俺もそう思った。
頑張ってやってるのは分かるんだけど微妙な気分に。
俺も自分の活動をどう変えるか、どう変えないかは少し考えなくちゃな、と思った。 12/7/14(石川浩司)

結局、ロンドンオリンピックの開会式はポールのソロでしたね。「The End」で登場したとこがよかったですね。今回のオリンピックではその他にも開会式や閉会式でビートルズの曲が流れることが多かった気がします。 12/8/21(可南)

どこかの大学にビートルズ学科が出来るほどだものね。
まだ生きているメンバーもいるのに完全に歴史を作ったからね。 12/8/21(石川浩司)

12/4/7のレス、というか補足ですが、読売新聞の「時代の証言者」というコラムで、一柳慧〔いちやなぎ・とし〕さんが自分の半生を振り返る連載をしていますので、興味のある方は図書館などで読んでみてください。オノ・ヨーコさんとの出会いとか、フルクサスの話とか出てきます。 12/8/31(波照間エロマンガ島)

本になったら読んでみたいね。 12/8/31(石川浩司)

相変わらず暇なときは動画サイトでビートルズの動画を観ています。最近気がついたのは、ポールはスタンドマイクがステージの上手側にあろうと下手側にあろうと、自由に移動して歌っているということです。おそらく、左利き用のベースやギターを使用しているので、ジョンやジョージとステージ上で楽器がぶつかることも少なかったのではないかと推測します。これが右利きのギター、ベースのみのメンバーのバンドだと、ステージ上でお互い動きにくく、同じマイクを使うしかなかったのではないか、と。一つのスタンドマイクを前にして、ポールとジョージでコーラスする図は、とてもフォトジェニックです。 12/9/28(波照間エロマンガ島)

そうそう。なので俺もホルモン鉄道とかでは下手に立つことが多い。
ギターのネックが無い分、場所が広く取れて動きやすくなるから。 12/9/28(石川浩司)

1974〜5年頃は、すでに解散していたのに日本ではビートルズブームがあり、関連書籍が多く出版されていました。その中で影響を受けたのが立風書房から刊行された「ビートルズ事典」。この本は、ビートルズが使っていた楽器から、レコーディングデータ、年表、彼らが住んでいた家まで詳細に紹介してあり、ビートルズのレコードを聴きながら妄想するには十分なファンブックでした。
その本の中に、ビートルズと関連のある人名辞典コーナーのページがありました。ビリー・プレストンの項目を見ると、「ビートルズのレコーディングセッションに本格的に参加した、最初で最後の、キーボードプレイヤー」という表現があったのですが、これを私は、「最初で最後の」という部分を、「世界で唯一の」という意味に読み間違えてしまったことを思い出しました。「世界でキーボードプレイヤーはビリー・プレストンしかいないんだ、すげぇなぁ」と勘違いしてしまった中学1年の私がいました。まだ、キーボードプレイヤーという言い方がそれほど浸透してなかったので、意味がわからなかったのかもしれません。ピアノやオルガンなど鍵盤楽器の総称をキーボードと呼ぶことを知ったのは、それから程なくして、でした。  13/3/31(波照間エロマンガ島)

俺も持ってた!
凄く大事にしてたのに友達に借りパクされた。
今はいろいろ出てるけど、あの時点では最強のビートルズ本だったよね。
読み潰したなぁ。 13/3/31(石川浩司)

たまの「そのろく」って、なんかビートルズの通称「ホワイトアルバム」みたいな雰囲気があると思うのですが、本人にズバリ聴いてしまうのもなんなんですが、意識した部分というのはありますか? 13/6/4(波照間エロマンガ島)

いやいや全然無い。そうかな?
あれは「言葉の問題でメジャーで出せなかった作品を中心にアルバムにする」というコンセプトで初めて自分達のレーベルを立ち上げ、インディーズで発表した作品。
ちなみにこの作品以降全てのたまのエンジニアは小俣君です。実質的に第五のメンバーす。 13/6/4(石川浩司)

最近、Revolverが大好きです。Rubber SoulとRevolverは、メンバー四人の楽曲バランスが最高に丁度いいアルバムだと思っています。
ちなみにRevolverで好きな曲は全曲です。 13/6/4(ラット)

中期だね。
ビートルズは気分によって、初期・中期・後期と聴きたい時が違う。
まるで3つのバンドを聴いてるみたいに。 13/6/4(石川浩司)

ビートルズは私にとってロックの入り口であり、最終地点ですって誰か言ってました笑 13/7/29(名前梨)

「卵焼きに始まり卵焼きに終わる」みたいなもんすな。
気持ちは分かる。 13/7/29(石川浩司)

ジョン・レノンは、1976年頃から1980年頃まで、愛息ショーンの養育のためハウス・ハズバンドとしていっさいの音楽活動を休止していました。その頃は日本にお忍びで何度も来日し、多くの日本人と接する機会を持ったといいます。私の高校時代の友人W君もその一人。早々に推薦入学で進学が決まり、ホテルでベルボーイのアルバイトをしている時に、ジョンとヨーコ、3歳くらいのショーンに会ったと言います。大スターなのにとてもフランクで優しく接してくれたと印象を話してくれました。
それから10数年後、成長したショーンは、ロックミュージシャンとしてプロモーションで来日しました。そこで応対したのが、当時某レコード会社で働いていた私の弟。ショーンと握手をしたと自慢していました。身近なところにジョン・レノンゆかりの人と接したことがある人がいるのがとてもうれしいです。 13/9/11(波照間エロマンガ島)

いいな〜。ビートルズと接点ってもう半分は鬼籍だから多分一生ないんだろうなぁ。 13/9/11(石川浩司)

  2013年11月に来日したポール・マッカートニーの公演を観覧した方がもしいれば感想をお聞きしたいですー。わたしは2002年のライブは観ましたが、今回は海外に住んでいるため、観ることはかないませんでした。 13/12/27(波照間エロマンガ島)

俺も聞きたい〜。
でも今回、撮影がOKだったらしく動画も結構あがってるね。 13/12/27(石川浩司)

ジョンとポールの曲は好対照をなしている曲が多いと思います。
  Across The UniverseとLet It Be Come TogetherとGet Back
   Don't Let Me DownとOh! Darling Strawberry Fields ForeverとPenny Laneなど。  14/1/15(わさび茶漬け)

陰と陽というか、あるよね。
バンドやっていると役割分担みたいなものも無意識に出るしね。 14/1/15(石川浩司)

  ジョンが今でも生きていたらハゲになっていると思います。
1980年の写真を見ると結構前髪が危ない感じなので。
スキンヘッドのジョンレノンというのもかっこいいと思いますが。 14/1/23(buddyholly)

そういえば他のメンバーも明らかなハゲはいないよね。
まあどんな高価なカツラでも買えるからな・・・。 14/1/23(石川浩司)

2013年11月に来日したと思ったら、半年も経たないうちに、また来日したんですね、ポール。しかも、残念なことに病に倒れ、全公演キャンセル。好くなってまたきてほしいものであります。 14/5/31(波照間エロマンガ島)

  えっ、また来たの!?
という感じだったよね。半年だもんね。
公演キャンセルとかだと文句が多いのが普通だろうけど、今回は流石に体調を気遣ってた人の方が圧倒的に多かったよね。
まぁ無理せず本人も楽しんで活動してくれたら良いよね。 14/5/31(石川浩司)

最近、ストロベリーフィールズフォーエバーというのは、
  大麻を使用して充血した目から見えてくる幻覚のことをイチゴ畑に例えていて、
禁断症状なんか起こらずにずっとこのままでいたいという歌なのかなと思っています。  14/7/24(わさび茶漬け)

あの頃はビートルズの面々もいろんなドラッグやってたからね〜。
ただストロベリーフィールズというのは実在のリバプールの地名。
ジョンが子供の頃よく遊んでいた場所だったっけかな。 14/7/24(石川浩司)

  ビートルズの1968年の作品、通称「ホワイトアルバム」で、わたしがいちばん好きな曲が「The Continuing Story of Bungalow Bill」。何十年と聴き続けてつい最近知った事実があります。いつものようにトリヴィアネタですが、この曲の前の曲「Wild Honey Pie」とこの曲のつなぎのところに、スパニッシュギターのソロが入るのですが、これは長らく前曲のアウトロだと思っていたのですが、実は、この曲のイントロだったという事実!というのは、このスパニッシュギターは実際に録音されたものではなく、この曲に使われているアナログサンプリング楽器、メロトロンのサンプル音源だというのです!驚きました! まぁ、聴いたことがない人にはどうでもよい話ですが、わたくし的にはけっこうイムパクトを受けたネタです。このメロトロンを演奏しているのが、後に数々のブリティッシュグループをプロデュースするクリス・トーマスというのもよく知られた話です。クリス・トーマスがビートルズのレコーディングセッションに参加初めての日にレコーディングした曲だったんじゃないかな。 14/8/25(波照間エロマンガ島)

俺もその話を最近聞いて驚いた。
あれ、ただの機械のサンプリング音だったんかい!と。
「こんなにうまくギター弾ける人いたかな?」と思ってたもんなー。
ちなみにヨーコもガンガンに歌ってるよね。
ビートルズの楽曲で楽器はともかくボーカルでメンバー以外がこんなに歌ってるのってこの歌ぐらいじゃない? 14/8/25(石川浩司)

ビートルズのメンバーを寿司に例えると、ジョンとポールがマグロで、ジョージがサーモンで、リンゴが玉子ですね。  14/9/28(わさび茶漬け)

ううっ、リンゴの立場がが悲しい・・・。
♪リンゴかなしーやー かなしやリンゴ〜 14/9/28(石川浩司)

SNSでジョン・レノンが水色のストラトキャスターを持っている写真がまわってきたのを見て、衝撃を受けました!ジョンはエピフォンとかリッケンバッカーのギターを弾いているイメージがあったのでストラトキャスターは意外でした。ビートルズも中期となると、より違ったギターの音色を求めていたようですね。ちなみにこのストラトは、「ラバーソウル」収録の「Nowhere Man」のギターソロで使われているそうです。ジョージとジョンでユニゾンでギターソロを弾いている有名なパートです! まだまだビートルズには発見がありますねー。 14/11/29(波照間エロマンガ島)

実はギターのメーカーに関心が無い。
この間も佐藤幸雄さんと二人会の時「その石川君のギターはどこの?」と聞かれ全く知らないことに気づいた(笑)。
クロサワ楽器のギグパッカーというオリジナルギターでした〜。 14/11/29(石川浩司)

今日12月8日はジョン・レノンが射殺されて34年経った命日。あの日〔1980年〕は高校3年生で、最後の期末試験最終日だったような。帰宅してテレビをつけると、ニュース速報でジョンが撃たれたという字幕を見た記憶があります。人が亡くなって景色が変化したのは初めてだったか、それくらい衝撃を受けました。あれから34年経ち、今改めて思うのは時間の不思議さ。ジョンの命日に生まれた人がもう34歳になっているという事実。これってなんなのでしょうねー。あらためて思います。1980年以降に生まれた人は、もうたぶん世界の人口の半分以上を占めているんじゃないかな?そういうことを考えたりする今日2014年12月8日のわたしでした。 14/12/9(波照間エロマンガ島)

  俺も蕎麦屋で飯食ってたらテレビのニュースで観て激しく動揺した。
高校時代は自分で「ジョン・レノン語録」とかを作るほどはまってたからなあ。
40歳での死。俺はもうジョンより13歳も年上になっちゃったよ。 14/12/9(石川浩司)

故・大滝詠一の伝説のラジオ番組「Go Go Niagara」のリバプール特集を聴いていたところ、ビートルズは何かかるのかなと思っていると、なんとイギリスデビュー前、1961年に西ドイツのハンブルグでレコーディングしたインストゥルメンタル曲「クライ・フォー・ア・シャドー」をかけたんです!渋すぎる。っていうか大滝さん、かなりヒネくれてますね、有名な曲ぜったいかけないんだもの〔笑〕。そのへんは日本一のシュミシュミ音楽ファンの面目躍如たるものがあります。 15/2/19(波照間エロマンガ島)

それは俺も聴いたことないな。流石! 15/2/19(石川浩司)

ビートルズ以降、ロックとポップスの境界線がほとんどなくなったような気がします。
70年代以降、ロックバンドがメロディアスな曲をやることを拒絶したり、メディア露出を「商業主義」と批判したりそこまで突っ張らなければロックンローラーとしてのアイデンティティを保つのが難しくなったのかなと思ってしまいました。 15/2/24(しゃま)

本当はジャンルに捕われてることこそ全然ロックじゃない気がしてしまうなあ。 15/2/24(石川浩司)

映画「HELP  4人はアイドル」は後半、バハマ諸島のナッソーで物語が展開していきますが、バハマロケが行なわれたちょうど同じ時期に、「007 サンダーボール作戦」も近い場所でロケが行なわれていて、ビートルズのメンバーとショーン・コネリーが親交を結んだという有名なエピソードがあります。1965年当時のバハマの空気が異なる2本の映画に定着されていることに私はとても興味を持ちます。

時代は下って1970年代後半から80年代にかけて、ナッソーにあるコンパスポイントスタジオというレコーディングスタジオで、アイランドレコードのクリスブラックウェルという男が多くのロックミュージシャンを巻き込んでレコーディングをしたというロック史的事実があります。私が好きなエピソードは、プラスチックスが3枚目のレコーディングをこのスタジオでしたときのこと。ちょうど同じ時期、エリック・クラプトンもここでレコーディングをしていたのですが、プラスチックスの佐久間正英さんは、クラプトンのスタジオにあったハモンドオルガンB−3を勝手に自分のスタジオに運んで、「Peace」のレコーディングのオルガンソロに使ってしまったというエピソードがあります。あ、これはビートルズネタというよりも、プラスチックスネタですね。お粗末様でしたー。 マァチャングは高校時代のマイフェイバリッとミュージシャンでした。 物故されて残念です。合掌。  15/2/26(波照間エロマンガ島)

たまもイギリスのオックスフォード近辺のスタジオでレコーディングしたが、カルチャークラブなんかも録音してたらしい。詳しい話は聞いてないが。  15/2/26(石川浩司)

毎日通勤で利用しているBTSスカイトレインがバンコクの高級ファッションビルのそばを通り過ぎるのですが、ふと、ステラ・マッカートニーのブランドショップがあることに気がつきました。ポールの次女として生まれファッションデザイナーになったことは知られていますが、もう親の七光りなどまったく関係なく、自分の実力だけでトップデザイナーに上り詰めたのですね。・・・ビートルズを取り巻く血脈は息絶えることなく、21世紀となった今日も身近に目にすることができること自体驚きであります。 15/3/13(波照間エロマンガ島)

次に活躍してるのはリンゴの息子かな?
今はザ・フーのドラマーだよね。 15/3/13(石川浩司)

14/7/24の石川さんへ。

「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」。プレイボーイ誌のジョンのインタビューによると、確か何年かのスランプを脱したジョンが、この曲をビートルズのレコーディングセッションに持ち込んだら、曲の出来の良さにポールが嫉妬して、意図的にレコーディングセッションの雰囲気をダレさせて、それで逆回転とかSEとか変拍子とか多様してぐちゃぐちゃな実験音楽風ロックにアレンジしてしまった、ということを言ってました。ジョンの私怨もあるのでしょうけど、半分当たっているのではないかと思いました。でも、それでも発表以来50年近く経っても曲の印象はまったく古びていない、時代を超えた名曲となっているのは面白いです。 15/3/24(波照間エロマンガ島)

先日ネットで何かのあちらの雑誌だか有名人だかが選ぶ「ビートルズの名曲100」でストロベリー・フィールズ・フォーエバーは見事一位を獲得してたな。
イエスタディやレットイットビーほど一般には有名じゃないけど真骨頂の一曲だよね。 15/3/24(石川浩司)

ビートルズはアジアでは日本とフィリピンの2か国だけしか公演を行わなかったと長らく認識していたのですが、最近1964年香港でコンサートを行ったという記述にぶつかり、自分が記憶違いをしていたことに気がつきました。そして、そのときは、ロンドン、チューリッヒ、ベイルート、カラチ、カルカッタ、バンコク経由で香港に来たとのことです。1964年当時はまだ旅客機の航続距離が短かったので、通称南回りの航路で、各地に給油で立ち寄ったのですね。なんと、バンコクの空港でタラップを降りるメンバーの写真も見てしまいました!
香港で公演を行なったあと、ビートルズはそこからオーストラリアに向かいます。1960年代の世界って今よりももっと不 便で外国へ行くのにも時間がかかったんですね。私が初海外の1986年もアラスカのアンカレッジ経由で、成田からアテネまで24時間かかりましたもの。 15/8/7(波照間エロマンガ島)

そうそう、俺は初海外が1988年のやはり香港だった。新婚旅行。
昔はヨーロッパとか今の倍もかかったんだよね。そこは進歩して良かったな。
でもアンカレッジのうどん屋の話など旅行記とかで読むとそれはそれで印象に残る海外だったんだろうから、不便は記憶宝物的にはお得という考え方も出来るよね。 15/8/7(石川浩司)

15/8/7の石川さん。1986年初めてのヨーロッパ旅行のときは、ヨーロッパ各地の歴史的建造物や美術館など印象に残るものはたくさんありましたが、その中でも給油に立ち寄ったアンカレッジからヨーロッパに向けて離陸したときに飛行機の窓から見えたアラスカの大河と大自然が忘れられないんです。今は意志をもって行こうとしなければアンカレッジなんてなかなか行けませんが、いつか旅行したい気持ちもあります。そういえば、アンカレッジにはお父さんが日航のパイロットだった劇団ひとりが幼少の頃住んでいたそうですね。  15/8/14(波照間エロマンガ島)

うん、昔はアラスカがもっとポピュラーだったんだよね。
今はオーロラ見学でわざわざ行くくらいかな? 15/8/14(石川浩司)

映画「ビートルズがやってくる ヤァ!ヤァ!ヤァ!」あたりでよく垣間見られる、インタビュアーの質問に対してビートルズのメンバーが不真面目に応対したり、終始ふざけた態度を示したりしているのって、どういうことなのか最近よく考えています。既成の価値観に対するアンチテーゼ、怒れる若者像が現れているのかな、なんて思ったり。
ああいう態度って、ロックンローラーが世の中に対して斜に構えて、優等生ではなく不良なんだと、悪ぶるポーズをとっているのか、あるいは、はなからそういう人となりなのか。 おそらくは前者なんだろうとは思いますが、その露悪的な映像を50年くらい経った現在見ると、不思議に思えるんです。特にジョンはくだんの映画の 中で、ふざけて、おどけて、しかめっ面をして、一人で与太冗句をとばし、周囲に微妙な空気を作り出しています。映画ではなくスチール写真で残っている姿は、誤解を恐れずに言うと、ロックミュージシャンというよりも、お笑い芸人のようにも見えるんですね。あれは何なんだろう、と。
まだまだビートルズについては、語れる言葉がたくさん出てくるような気がします。  15/8/22(波照間エロマンガ島)

ジョンは基本的に皮肉屋だしね。もちろんジョークも好きなんだろうが。
ちなみにデビュー時一番「カッコイイ」と言われたのはリンゴらしいね。 15/8/22(石川浩司)

15/8/14の追記。ビートルズが来日したとき、地球の裏側のロンドンから直行便でやってきたイメージがありましたが、実は1966年当時の旅客機の航続距離の関係で給油地のアンカレッジからやってきたのでした。しかも、そのときは台風の通過と重なり、気象条件を勘案し、10時間近く到着時間が遅れ、深夜3時すぎに羽田空港に着陸、JALの客室乗務員が着ていた法被をねだって貰い、その法被を着てビートルズのメンバーはタラップを降りてきました。フジテレビ系「スター千一夜」ではその模様が中継され、BGMには「ミスター・ムーンライト」が流れていたといいます。音楽評論家の渋谷陽一さんがそのときの思い出をライナーノーツに書いていました。 15/8/28(波照間エロマンガ島)

そうそう。メンバーも実は相当疲れての到着だったんだろうね。
でもまあ20代だからなぁ。法被はいい感じだったね。 15/8/28(石川浩司)

15/8/22の追記。1972年にレコードデビューした日本のロックバンド、チューリップは、ビートルズからの影響を受けたことが楽曲からモロにわかる人気バンドでした。リーダーの財津和夫のポール・マッカートニーへの心酔ぶりは有名でしたね。私も一時期よく聴いてました。

そのチューリップが、1975年頃イギリスのロンドンに行き、2階建てバスを借りて「マジカル・ミステリー・ツアー」のような30分くらいの劇映画を撮ったことを思い出しました。どこかのフィルムコンサートで見た記憶あり。これが当時中学生だった私にとっては正視できない酷い出来でした。特に腹が立ったのが劇中チューリップのメンバーがへらへらふざけてジョークやくだらない言葉遊びばかり言っていたこと。あれは「ヤァ!ヤァ!ヤァ!」や「Help!」でのビートルズメンバーのおどけぶりやおふざけを思いっきりコピーしたのがわかり、白けてしまいました。で、まったく様になっていなかったのです。自分のキャラクターにないものに無理矢理演じているようで不快でした。ビートルズに影響を受けたのはわかりますが、その悪い例として記憶されてしまい残念でした。 15/9/26(波照間エロマンガ島)

プロならカバーはいいけどコピーは駄目。
リスペクトされたオマージュはニヤリと出来るけどパクリはカッコ悪いよね。 15/9/26(石川浩司)

最近リンゴ・スターが、ホワイトアルバムの登録番号1番のレコードやら、ビートルズ時代使用していたドラムセットやら、オークションに出して高額で売却していますが、何かあって生活が苦しくなったのか、と心配しています。まあレコードやドラムなど物質はあの世には持って行くことはできないので、身軽にしているのかもしれませんが・・・。 15/12/12(波照間エロマンガ島)

ジョンからもらったギターとかね。
あれだけの人でもお金が無くなることがあるのかと俺も思ってる。 15/12/12(石川浩司)

ジョン・レノンの言葉として「ポール・マッカートニーは俺が発見した。他の奴にはとやかく言わせない」というのがあり、ジョンのポールへの愛情を感じる大好きな言葉です。1956年6月15日、リバプールのセント・ピータース教会で共通の友人アイヴァン・ボーンによって二人は出会います。ちょっと古いフレーズですが「そのとき歴史が動いた」のでしょう。 16/2/14(波照間エロマンガ島)

確かに発見され磨かれたから今のポールがあるのかもしれないね。 16/2/14(石川浩司)

2016年3月8日、ビートルズのレコーディングプロデューサーだったジョージ・マーティンが亡くなりました。享年90歳〔1926年生まれ〕。ビートルズ作品にクラシックや映画音楽などのエッセンスを与えたのは間違いなく彼の功績だと思います。ジョンの作品「イン・マイ・ライフ」の間奏に出てくる、バロック音楽のような格調高いピアノソロはジョージ・マーティンの演奏と言われていますが、あの何十秒かの短い間奏で曲の印象がこれほど良くなるものか、とずっと感嘆しています。昨今ビートルズと一緒に仕事した人が次々と鬼籍に入ってますが、ビートルズの音楽は今後も聴かれ続けるでしょうね。 16/3/19(波照間エロマンガ島)

もしかしたら彼がいなかったらビートルズは一介のロックンロールバンドで終わってたかもね。
たまはぶっちゃけそういう人には恵まれなかったなあ。
もっとも自分のしたいことしかしないワガママだったからプロデューサーを拒否してセルフプロデュースしてたとこが大きいんだけどね。 16/3/19(石川浩司)

A day in the life って60年代の曲なんですね・・・。
時代感覚が狂います。 16/6/12(イーダ健二)

あれはベーシックがジョン、真ん中の部分がポールのふたつの曲をミックスしたものだよね。
ポップなのに実験性や荘厳さもあって俺も大好きな一曲。 16/6/12(石川浩司)

以前ラジオでサザンオールスターズの桑田佳祐がアルバム「アビー・ロード」収録の「ビコーズ」を「札幌のイメージがある」と語っていて、感心したことがあります。なるほどあの曲のジョン、ポール、ジョージの三声のハーモニーは札幌の教会で歌われる賛美歌のような感興を感じたものです。天気はどんよりとした曇りで。 16/6/19(波照間エロマンガ島)

そういわれるとそう聴こえて来る不思議さよ。 16/6/19(石川浩司)

16/6/12の石川さん。1986年に初めてロンドンに行ったとき、ダブルデッカーと呼ばれる2階建てバスの2階に乗ったのですが、そのときに脳内で「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」が再生されましたー。確かミドルのポールのパートでそういうくだりがあるんですね。「2階建てバスの2階に乗ってタバコをふかす」うんぬんかんぬん。ちなみに1967年当時は喫煙OKだったらしいですがその後禁煙になったらしいです。  16/7/7(波照間エロマンガ島)

もうあと10年もしたらタバコも薬物扱いされる予感・・・。 16/7/7(石川浩司)

ポールの自宅のある住所がセント・ジョンズ・ウッドという地名で、EMIのアビーロードスタジオに程近い場所にあるそうです。ソロ1作目の「マッカートニー」はこの自宅に8トラックのテープレコーダーとミキサーを持ち込んですべての楽器をポールが演奏する形で録音されました。1986年初めてロンドンを訪れたときに界隈を散歩しました。 16/7/22(波照間エロマンガ島)

とにかく器用だよねー。音楽的に苦手なことってあったのかな? 16/7/22(石川浩司)

ポール・マッカートニー&ウイングス名義「バンド・オン・ザ・ラン」のレコーディング直前、ドラムスとギターが脱退したので、このアルバムはほとんどすべての楽器をポールが演奏していて、しかも「バンド・サウンド」を現出していますね。そもそも演奏というのは「いっせいのせ」で演奏を始め、リズムが走ったりモタったり、奏でる楽器の音色のそれぞれの粒立ちが異なったり、かなりメンバー間の偶然の要素に左右されると思うのですが、それを多重録音において成し遂げてしまう、ポールの天才っぷりがここにはあると思います。
わたしがビートルズを聴き始めた1973年当初、メンバー4人ともソロでアルバムをリリースしそれぞれがベストセラーになっていたので懐かしいです。たまもそういうことがあったら面白いのになあ、と妄想したこともあります。 16/7/28(波照間エロマンガ島)

俺もビートルズ本体がヒットソングを出してた時期は間に合わず各自のソロが次々ヒットを出していたのを興奮して聴いていたくちですな。
元たまメンバーは商業的な人がいないからねぇ〜。 16/7/28(石川浩司)

つい数日前に知ったトリヴィアですが、映画「レット・イット・ビー」やそれ以前の何本かのプロモーションフィルムを監督したマイケル・リンゼイ・ホッグがオーソン・ウェルズの息子だったという事実。どうやら1985年のウェルズの死後数年経ってからそういう疑いがあったのでDNA鑑定して確定したそうです。私がビートルズのトリヴィアに熱中していたのはジョンが亡くなる1980年よりも前までなので、この事案は今まで知らず本当にびっくりしました。

「レット・イット・ビー」は前半の映画撮影所のトゥイッケンハム・スタジオでのリハーサル部分と、 アップルスタジオとルーフトップコンサートライブなどの後半部分と分かれていますが、 ビートルズの人間関係が極端に悪化した時期であり、ある意味で悲壮なドキュメンタリーになっています。 ジョンはリハーサルにヨーコを連れてきていてミーティングにも同席させていて、残りの3人は嫌だったろうなー。 これをたまに置き換えてみると…、おっとアホな想像は止めておきましょう〔笑い〕。 16/8/11(波照間エロマンガ島)

あの映画ビートルズの面々の中で試写も含め一度も観てないメンバーもいるんじゃないかな。ジョンあたり。
ポールは観てるな。 16/8/11(石川浩司)

16/8/11の波照間エロマンガ島さん。たまファンとして見逃せませんね。〔笑い〕 などで止めて逃げずにどうぞ波照間エロマンガ島さんが想像する続きをお書きになってみてください。 私はビートルズとたまは色んな面において置き換えられ得るものではないと考えます。 脱退も解散も喧嘩別れでは無いんでしょうし、元たまメンバー内の人間関係は良好なんじゃないかなぁ。昔も今も。 1ファンとしての私個人の想像です。 16/9/8(ジェレ美)

良好すよ。
まぁ実質柳ちゃんとは最近連絡は取ってないけどケンカとかしてるわけじゃないからね。 16/9/8(石川浩司)

ジェレ美さん、拙コメントへのレスありがとうございました。誤解を与えてしまったようで弁明します。私が書きたかったのは、たま解散の真相についての「想像」ではなく、たまのさまざまなレコーディングセッションにおいて、メンバー間でどんなやりとりがあってアルバムを創造していったのかな、という「想像」でした。でもわたしの書いたものを読むと、たまメンバー間の人間関係、仲たがいとかそういうことについて、私が想像しているものを書かずに止めているようにも読めますね。いえ、そんなことは何も考えてないです。誤解させてしまいすみませんでした。

ちなみに、わたしは妄想するのが好きで「もしも・・・という世界があったら」ということをけっこう妄想してばかりいるんです。ビートルズの「レット・イット・ビー」にはビートルズメンバーの当時の配偶者の人が画面の後方に映っていますが、彼ら同士の人間関係がどんなだったのか妄想していると、時の経つのが忘れてしまうほど楽しいんです。同時にたまのメンバーをよくビートルズのような世界的スーパーグループだったらどんなだったろう、と妄想してしまうことがあります。それらはあまりに突飛なイメージなのでここには恥ずかしくて書きませんが、そういうふだん思っているイメージがふとしたはずみでここに言葉についてしまったのかもしれません。とそんなわけでありました。 16/9/24(波照間エロマンガ島)

たま企画室は一時期奥さんたちが事務作業などで実質まわしてた時代もあったなー。 16/9/24(石川浩司)

波照間エロマンガ島さん、大変失礼いたしました。ちょうど、たまのことをよく知らないと言う人に限って茶化すようなことを適当に言われる場面が続いていた折で、随分と尖っていたようです。今読み返してみると大変大人気無い物言いをしておりました。申し訳ありませんでした。
よく考えてみれば石川さんのファンやたまのファンの方達も沢山閲覧しているこのサイトで、長く投稿を続けておられる波照間エロマンガ島さんがそんな文を書かれるわけありませんよね…
本当に失礼をいたしました。
妄想は私もよくします。1人で歩いている時などは、ほぼそれに終始しています。あり得ないことやなんかも頭の中ではどんどん話が進んでいって、不思議なものだなぁと思います◎ 16/11/7(ジェレ美)

妄想なかったら俺に仕事無し〜! 16/11/7(石川浩司)

わたしは最近聴き始めたばかりで、どうも石川さんや皆様に比べて耳がお子様なようで…恥ずかしながら一番好きなアルバムは「ウィズ・ザ・ビートルズ」なんです。
はやく後期の「アビイ・ロード」にビビッと来たい…!と思っている今日この頃です。 16/11/19(ひのこ)

俺も最初は「プリーズ・プリーズ・ミー」(ファースト)が一番好きだったよ。
だんだん分かるよ。ゆっくり聴き込んでいきなせえ。 16/11/19(石川浩司)

1966年までのビートルズのステージセットには2本のスタンドマイクが立っていて、片方がリードボーカル、もう片方がバックコーラスがマイクを使うという体裁になっていました。ご存知のようにビートルズはメンバー全員がリードボーカルを務めるので、バックコーラスは1本のマイクに対し2人がコーラスを歌っていることが多かったです。で、いつも疑問に思っていたのは2人の距離が近すぎて口臭は気にならなかったのかということでした。この場合もっともリードボーカル曲の少ないジョージ・ハリスンは、ポールともジョンともバックコーラスでマイクを共用しなければならないわけで、もしかしたら口臭の被害者だったのかもしれないな、と邪推してました。
私が好きな1本のマイク使用で2人バックコーラスの映像は、映画「Help!4人はアイドル」の「恋のアドバイス 」("You're Going To Lose That Girl")の演奏シーンです。すいません、口臭はなかったかもしれないですね、下司のかんぐりでした。 16/12/3(波照間エロマンガ島)

イベントなどでは使い回しだから時々すごいニオイのするマイクあるね。 16/12/3(石川浩司)

16/11/19のひのこさん。わたしも「ウィズ・ザ・ビートルズ」大好きです! このアルバムがイギリス本国でリリースされたのは1963年ですが、日本で発売されたのがなんと1976年で、解散から6年経ってからだったのです。それまで1966年の来日記念にこのアルバムの曲順を換えてリリースした「ステレオ! これがビートルズ Vol.2」が長らく「ウィズ・ザ・ビートルズ」の代替版的存在だったのでした。わたしは1973年に「アビー・ロード」を皮切りにビートルズのアルバムを買いそろえていった口なのですが、晴れて1976年に本物の「ウィズ・ザ・ビートルズ」を買って聴いたときには興奮しましたー。A面1曲目の「イット・ウォント・ビー・ロング」の躍動感はもの凄くて、一時期はこの曲だけを聴くためだけにターンテーブルに針を落としていました。こんな名曲がシングルカットされずにアルバムにまわされたというところにビートルズの偉大さが垣間見れます。当時は45回転のシングル盤レコードがメインの時代でしたから。  16/12/10(波照間エロマンガ島)

アルバム以外にも4曲入りシングルとかいろんな形で発売されてたよね。  16/12/10(石川浩司)

1969年9月13日、カナダのトロントで行われた「ロックンロール・リバイバル」というライブフェスにジョン・レノンがプラスチック・オノ・バンド名義で出演したライブの映像を最近よく観ています。これは「Live Peace In Tronto」という題名でライブアルバムになってます。メンバーにエリック・クラプトンがギターで参加しているのですが、不思議なことにオーラがぜんぜんなくて、誰だかわからないのがすごい面白いんです。当時、ヤードバーズやクリームで第一線に立っていたはずなんですけどもね。
当時はまだ正式にビートルズは解散をしていませんが、ジョンはもう当たり前のように個人活動を始めていました。
1969年は1月に映画「レット・イット・ビー」のセッションがあって、初夏にレコーディングしたアルバム「アビー・ロード」を製作発売、秋にはこのトロントのライブがあり、ビートルズは目まぐるしく「変転」しています。あ、ジョンとヨーコはこの年結婚して、「ベッドイン」というイベントを3月と6月に行なっていますね。ダブルベッドにパジャマ姿で記者会見し、平和について語るというアートパフォーマンスでした。今となって思うと石川さんが数年前まで行なっていた「天使」イベントを彷彿とさせますね、違うかww。 16/12/26(波照間エロマンガ島)

まぁパフォーマンス系はヨーコの影響強いんだろうね。
ほんの7、8年前まではただのロックンロール野郎だったのにね。 16/12/26(石川浩司)

2016年12月27日現在、生存しているビートルズメンバーは、リンゴ・スター〔1940年7月7日生まれ〕とポール・マッカートニー〔1942年6月18日生まれ〕で、それぞれ76歳と74歳の年齢です。
わたしはかねがね1960年代に活躍したロック世代のミュージシャンでだれが最初に「老衰」で死ぬのか注目していて、1939年生まれのジンジャー・ベイカー〔元クリーム〕か、1936年生まれのビル・ワイマン〔元ローリング・ストーンズ〕かのどちらかと思っているのですが、あと3年もすれば1940年代生まれのロック世代がぞくぞく80歳代になってしまうんですよね。1970年代にロックを聴き始めたときには2010年代、このような形でロックミュージックが成り立ち、続いていくことなど想像すらしませんでした。ミック・ジャガーは73歳で父親になり、1ダースもいる子供たちの養育費を稼ぐためにいまだにローリング・ストーンズのステージに立っているなんてね。そういえば、1939年生まれ77歳の千葉真一さんも25歳の恋人がいるって、どんだけ性豪なんだよ、って呆れてしまいます。まぁ幸せならいいんでしょうけど。 16/12/31(波照間エロマンガ島)

ほんとにねえ。ロックミュージシャンは40くらいでみんな引退するものと思ってた。
ビートルズの解散間際の「レット・イット・ビー」の有名な4人の髭のジャケット。あれ全員20代なんだものなぁ。老成してるよなぁ。 16/12/31(石川浩司)

16/11/7(ジェレ美)さんへのレス
同じく「リハーサルに恋人を連れてきていてミーティングにも同席させていた"たま"のメンバーは誰だと、それを嫌がった残りの"たま"のメンバー3人は誰だと想像したんですか?」と思ってしまいました。
逆にそう思わなかった人はいないんじゃないですか? 17/1/13(テングザル)

確かにそう読めるかも。
まぁ事務仕事などを手伝ってくれたことはあるけどライブやレコーディングに入って来るような人は流石にいなかったね。そこはメンバーだけの聖域。 17/1/13(石川浩司)

わたしが初めて好きになったビートルズの楽曲は「マックスウェルズ・シルバー・ハンマー」という曲です。1969年ビートルズとして最後にレコーディングされたアルバム「アビー・ロード」に収録されています。日本語に訳すと「マックスウェルの銀色のトンカチ」というタイトルになりますが、1973年のわたしはこの、ある医学生がトンカチでガールフレンドを撲殺するというブラックユーモアあふれる歌詞に嵌ってしまいました。途中ポールは歌いながら笑ってしまう失敗のテイクが採用されていることに衝撃を受けました。うまく歌わなくてもいいんだ、と。あとWikipediaではポールが弾いていると記述してますが、私は長らくジョージが弾いていると思っていたmoogシンセサイザーの上昇音下降音のリフは素敵だと思います。この曲は、映画「レット・イット・ビー」のセッションでリハ演奏が記録されていて、すでにレコーディングの準備は始まっていたようです。 17/1/30(波照間エロマンガ島)

俺もこの曲大好き!
楽しい曲調なのに映画の中の録音シーンでは微妙な空気が流れていたが。
ハンマーを叩いてるのはミュージシャンかな?スタッフぽい感じの人だったけど。 17/1/30(石川浩司)

  17/1/30の石川さん。映画「レット・イット・ビー」でハンマーを叩いているのは、ビートルズのロード・マネージャーのマルコム・エヴァンスですね。1962年にブライアン・エプスタインに雇われて以来ビートルズが解散するまで、楽器のセッティングからメンバーの送迎等、ありとあやゆる雑事をこなしていました。映画「HELP!4人はアイドル」ではアルプスの湖でメンバーがカーリングをしていると爆弾が爆発、穴の開いた氷の中から登場、「ドーバー海峡はどっちですか」というギャグをかますスイマーの役で出演、印象に残っています。 17/2/24(波照間エロマンガ島)

おおっ、そうだったんだね!
彼は一体今何してるんだろう。
未だに往時の栄光が忘れられずに時々ハンマー叩いてたりして。 17/2/24(石川浩司)

17/2/24の石川さん。マルコム・エヴァンスはビートルズが解散して数年後の1976年に警官に射殺されるという悲しい結末を迎えます。時代の変化についていけなかった不器用な男というイメージを私はもっています。
マルコムの遺品の中には後世価値が出てオークションに高額で落札されたものも少なくなく、その中にはビートルズ直筆の歌詞原稿が含まれています。これはマルコムは「職務」として保管していた、つまりそれらの所有権はビートルズのメンバーにあると元ビートルズのメンバーは主張しており、マルコムの遺族と法廷闘争が行なわれているとのことです。 17/3/6(波照間エロマンガ島)

ああ、そうだったのか・・・プチショック。
確かに不器用そうな感じがしてたが警官に射殺とは・・・。 17/3/6(石川浩司)

The Beatles のスペルを The Beetles と勘違いし高説たれてる"ニワカ"の人を見ました。謙虚な人なら許せたのですが、人望がなかったのか誰も指摘する人はいませんでした。憐れをさそいました。 17/3/27(のり平のちゃっきり金太)

そういうのって一番恥ずかしくて見てられないよね。
ジジイになると薀蓄垂れガチになるから俺も気をつけようっと。 17/3/27(石川浩司)

16/12/10の波照間エロマンガ島さん
レスポンスをありがとうございます。
波照間さんもウィズ・ザ・ビートルズがお好きとのことで、なんだか心強い気分になりました 17/4/3(笑)ありがとうございます。

ところで最近図書館で「ビートルズ全訳詩集」なるものを借りました。
すべての曲の歌詞と和訳が載っているもので、ファーストアルバムから始まり後期への流れが読めるのですが、最初は「君の恋人になりたい」のようにアイドルチックなものが目立つのに、段々歌詞にも変化がみられて面白いなと思いました。ビートルズをもっと知りたいですね〜。 17/4/3(ひのこ)

ラバーソウル、リボルバーあたりの中期がその変革の時期でサージェントやホワイトアルバムで花が開いた感じだよね。
実質上のラストアルバム「アビーロード」は見事というしかない。
初期の「プリーズ・プリーズ・ミー」とはもう別のバンドと言ってもいいが初期も後期もどっちも楽しめるのが素晴らしい。 17/4/3(石川浩司)

1973年ころビートルズが好きになり、ビートルズ図鑑を買ってまず調べたのは、自分の生まれた日にビートルズは何をしていたのか、ということでした。私が生まれた1962年10月はビートルズがEMI系列のパーロフォンレコードから「ラブ・ミー・ドゥ」で英国デビューしています〔1962年10月5日〕。

ちなみに石川さんが生まれた1961年7月3日は、ビートルズはドイツのハンブルグ公演からリバプールに戻ってきた日にあたります。このハンブルグ公演で1960年に加入したべースギターのスチュワート・サトクリフが脱退したとあります。スチュワートの代わりにいつからポール・マッカートニーがベースをステージで弾き始めたかについてはよく分かりませんが、7月中に出演したリバプールのキャバーンクラブのスナップ写真を見ると、ポールはすでにへフナーのバイオリンベースを持っているので、この前後からベースギターを担当したと推測されます。 17/6/9(波照間エロマンガ島)

それまではギターが3人だったのかね? 17/6/9(石川浩司)

17/6/9の石川さん。
はい。ポールもギターだったので、ジョン、ポール、ジョージの3人ギターでした。 17/6/25(波照間エロマンガ島)

当時はキーボードが常駐のバンドなんてほとんどいなかったしなあ。
やはりバンドと言えばギターか。 17/6/25(石川浩司)

嫌いではないですが好きでもないです。あー凄いんだなーくらいしか分かりません。英語なので歌詞の意味も分からないし(笑)。たまとビートルズだったら、間違いなくたまのが好きです。 17/9/8(わいわい)

洋楽は全般的にダメかな?そういう人も多いよね。 17/9/8(石川浩司)

「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」のジャケット写真には、ビートルズが影響を受けた東西の有名人の肖像が飾られています、ジャケットの右側最後列のボブ・ディランのすぐ左隣に、ロスアンゼルスにあるワッツ・タワーを生涯をかけて建設したサイモン・ロディアが写っています。
ロディアはイタリアからアメリカに渡ってきた移民で、1921年のある日とつぜんロスアンゼルスのワッツ地区にある自分の土地に鉄とセメントで塔を建て始め、生涯にわたって独力で建設しました。建築の教育は受けてなかったといいます。アウトサイダーアートの作品といえるでしょう。わたしは1988年にこのワッツタワーを観に行きました。かなり大きな建造物で少し離れないと全体像がつかめないほどで感心しました。 17/12/4(波照間エロマンガ島)

わぁ、それは見に行きたい。
どのメンバーが推薦したんだろうね。 17/12/4(石川浩司)

井上陽水さん、忌野清志郎さんら幅広い年代の人たちがビートルズのファンなので、その人たちの音楽を聞いていたころはビートルズの音楽もちらほら聞きました。
陽水さんが「ヒアゼアアンドエブリウェア」をラジオで歌われたのはサプライズでした。RCサクセション 17/12/4(清志郎さん)が「ヘルプ」を日本語で歌われたのも衝撃でした。 17/12/4(Sankaku)

但しビートルズの歌は日本語ではCDに出来ない。
ビートルズが厳しく著作権的にオリジナルの歌詞以外を認めてないから。
まぁライブで歌うのはいいんだけど作品としては作れない。
なのでたまが「Girl」をカバーして勝手に歌ったのも決してCDにはならない。 17/12/4(石川浩司)

17/12/4の石川さんのコメント。RCサクセションの「ヘルプ」は『コブラの悩み』と言うライブCD 17/12/12(COVERSの直後のもの)に入っていたものですが、大丈夫だったんでしょうか。石川さんは何か知っていらっしゃいますか。 17/12/12(Sankaku)

あ、そうなんだ。じゃあ清志郎さんだけ特別措置かも。
ジョン・レノンの「イマジン」もヨーコさんと個人的繋がりがあって特例で日本語歌詞を許可してもらったらしいから。 17/12/12(石川浩司)

矢沢永吉の初期の作品『恋の列車はリバプール発』〔1975年〕に「つっぱりジョンも 気取り屋ポールも」というくだりがあり、テディボーイ時代のビートルズがそこにいるような映像を想起したものでした。

この曲の作詞を担当した相澤行夫は、ジョンをつっぱり、ポールと気取り屋、と表現しましたが、永ちゃんのボーカルも雰囲気をつかんでいて最高だと思います。1975年当時は不良少年のことを「つっぱり」と言っていましたが、2017年現在は死語かな? なんてことを思う今日この頃。 17/12/19(波照間エロマンガ島)

そういえば最近聞かない言葉のような気がするね。
つっぱり棒とかなら売ってるけど・・・。 17/12/19(石川浩司)

小学校での掃除の時間は必ずビートルズが放送から流れていました。
 「Hey Jude」「Let it be」「OB-LA-DI,OB-LA-DA」などメジャーな曲ばかりですが、
 小学生には「ヘイ柔道」としか聞こえず、何の歌かさっぱりわかってませんでした。。。
 ちなみに、Let it beは・・・やめときます。 18/4/12(よこよこ)

今は教科書にもビートルズ載ってるんだよね。
俺たちのちょっと前には「不良音楽」として聴くのをやめるように言っていた先生もいたのに。
文化はどんどん変わるね。 18/4/12(石川浩司)

波照間エロマンガ島@タイランド在住です。
2018年4月10日から16日まで約1週間、タイは旧正月休暇だったのですが、旅先でずっとビートルズのライブやアルバムを動画サイトで視聴し続けました。
いろいろなことが脳裏に浮かびました。たとえば、ポールにとってジョンはどういう存在だったのか。初期のステージではジョンがワンマイクを独占し、リードボーカルもステージの半分以上を占めていました。ポールは「兄貴」としてジョンを見ていたのではないかと思いました。「兄貴」として気を使ったからこそ、演奏旅行を終える1966年までステージではジョン中心のステージングが行なわれたのではないかと類推しました。ポールはジョンを立てて自分は2番目のシンガーで前面に出なくてもいいとその地位に甘んじていたのではないか、と。

それが中期の「ラバー・ソウル」以降あたりからポールの作曲センスが開花し、名曲を次々とレコーディングするようになると、反対にジョンはスランプに陥り、だんだんレコーディングではポールが音楽的主導権を担うようになってきたことが類推されます。遠慮呵責なくほかのメンバーを痛罵するポールの姿を想像し、ビートルズを聴き始めた小学校高学年頃によく考えていたグループ内の後期の人間関係について考えてみました。

事実、通称「ホワイトアルバム」のレコーディング中にリンゴが嫌気をさしてレコーディングをスポイルした記録が残っていますしね。映画「レット・イット・ビー」で、リンゴがジョージにのちの「アビー・ロード」所収の「オクトパス・ガーデン」の原曲モチーフをピアノを弾いて聞かせるシーンがあるのですが、そこにポールがやってくると「なにやってんの?」と鼻であしらい、リンゴは曲を弾くのを止めたのが印象に残っています。ポールは年上のリンゴは音楽的には低く見ていたことが伺えます。

でもソロ時代になってからのポール、もちろんたくさんアルバムを買って聴きましたが、ジョン、ジョージ、リンゴといっしょに作業していたときと較べると、なんか物足りないんです。全曲リードボーカルはツライかなぁ、と。ビートルズについては思い入れが強く、各メンバーのソロが別ものとして聴けないんですね。同じ4人組グループを組んでいた石川さんは、解散後のたまのメンバーの曲の音源を聴くことはありますか?  18/4/19(波照間エロマンガ島)

解散後のソロのライブは分からないがレコードやCDの音源に関してはジョージを一番評価している。
大ヒットする曲は多くはなかったかもしれないが佳曲ばかりでいわゆる駄作がない。他のメンバーにはアルバム中に何曲かは「この曲ってどうかな?」があったから。
もちろんポールはヒット曲を連発し、ジョンは(ヨーコがいるからこそだが)「イマジン」という後世に影響を与える名曲も残してるから一概にいけないというよりはベクトルの違いなんだろうけどね。
あと解散後のたまのメンバーの曲の音源を聴くことはあまりないが、何かと一緒にやってるので新曲はたいてい聴いてる。 18/4/19(石川浩司)

18/4/19の石川さん。わたしもジョージのソロ時代作品好きです。1987年にリリースした「クラウド・ナイン」はELOのジェフ・リンと組んだアルバムで、シングルカットされたビートルズ後期のサイケデリック・ロック時代を彷彿とした「When We Was Fab」など繰り返し聴きましたねー。ジョージの作るコード進行は優しい気持ちになりますです。中学に入学したとき初めての昼休みの校内放送で「ダーク・ホース」からシングルカットした「Ding Dong」がかかっていたのを覚えています。 18/4/26(波照間エロマンガ島)

俺が一番好きなのは「リヴィング・イン・ザ・マテリアルワールド」かな。
ジョージの不思議なクセになるメロディが詰まってる。
でも他のどのアルバムも駄作や捨て曲が無い。素晴らしいミュージシャンだが、ビートルズがなかったら世に出てなかったかもね。良かった〜。 18/4/26(石川浩司)

ポール・マッカートニーは2010年、ポピュラー音楽で世界の文化に大きな影響を与えた優れた作曲家・演奏家に贈られるガーシュイン賞を受賞しました。で、ホワイトハウスの音楽堂みたいな小ホールでオバマ大統領やペロシ下院議長などアメリカ政界のVIPを前にして記念ライブを行なったのですが、その映像を動画サイトでぐうぜん見つけました。

ポールをはじめたくさんのアーチストが次から次へと出てきて、ビートルズ時代やソロ時代のポールの歌を歌い演奏したのですが、シビレましたねー。その中でいちばん興奮したのがスティービー・ワンダーが歌った「We Can Work It Out〔恋を抱きしめよう〕」。スティービーがクラヴィネットを弾きながら歌う姿はグルーヴ感いっぱいで最高でした。興味のある方は検索してご覧くださいませ。ビートルズがアメリカ上陸した1964年は、同時にデトロイトから登場した白人受けするモータウンレコードのソウルミュージックが流行していて、スティービー・ワンダーはダイアナ・ロスとシュプリームスなどと並び、そちらの雄だったのですね。当時のライバル同士の共演は心躍りました。 18/4/30(波照間エロマンガ島)

スティービー・ワンダーのキー・オブ・ライフも好きだったなぁ。 18/4/30(石川浩司)

スティービー・ワンダーといえば、さきごろ鬼籍に入った西城秀樹さんがスティービーのアルバム「シークレット・ライフ」所収の「愛の園」という曲をカバーしてシングル発売したことがありました。〔1980年〕 そのオリジナル版にはバックコーラスに児童合唱団が参加しているのですが、その中に当時ロスアンゼルスに住んでいてのちに日本に帰国しタレント・歌手・女優になる、西田ひかるさんが含まれていました。西田さんは2018年現在45歳〔1972年生まれ〕。アイドルも当然加齢するわけですね。 18/6/3(波照間エロマンガ島)

元SMAPもTOKIOもみんな40代のアイドルだもんね。
昔では考えられなかったことだよなあ。 18/6/3(石川浩司)

そういえば、先日18/7/23更新の「私のまわりのおバカさん」の「わが社のジョージ」を書いて思い出したのですが、ジョージ・ハリソンは1943年に生まれていますが、時の英国国王ジョージ6世にあやかって命名されたんですってね。 そのジョージ6世の父君のジョージ5世は「GEORGE V」と表記するのですが、これと同じ名前の駅がフランスのパリ地下鉄にあったのを10数年前に発見したのです。でもフランスなので英語読みはせず「ジョルジュ・サンク」と読むことをガイドブックを見て知り、「音の響きがかっこいいな」と感心したことを思い出しました。 18/7/24(波照間エロマンガ島)

マイケルとミッシェルみたいなもんだね。 18/7/24(石川浩司)


「王様の耳はロボの耳」のトップに戻る