話題290 天才について



どういう人物を天才だと思いますか。天才にまつわる面白いエピソードがあるか、教えてもらえませんか。自分を天才だと思ったことはありますか。天才とバカは紙一重ですね。誰を見て「天才だ!」と思ったことはありますか。 08/6/4(ショーン・ベンデル)

***レス(発言は古い順に並んでます)***


天才はいっぱいいるなー。元たまのメンバーでも、ニヒル牛の作家でも。
自分を天才だと思ったことは正直あります。というか「今、俺ちょっと天才的?」とライブ中とかにそういう気持ちになった瞬間がある、というのが正確かな。
ま、ただの気分なんだけどね。表現者はそういう自己暗示もかけないとやってられないということかな。気持ち弱いので(笑)。
そして確かに紙一重だと思う。天才も別の角度から見ればバカだと思うし。
だからバカは逆に馬鹿にしない。普通の人よりよほど自分には分からないだけで天才的な物を持っている可能性があると思うので。単純に脳のバランスが標準とズレてるだけだと思うので。
凄みのあるアウトサイダーアートなども、そのいい例かな。 08/6/4(石川浩司)

天才のやることは、見る人に予備知識が有る無いに関わらず、見る人を引きつける。
「なんだか分からないけど凄い!」と思わせる鮮やかさがある。
その感覚は時に恐怖に似ているので、天才の側に行く時には緊張する。

同じようなことを普通の人が真似をしようとしても、到底同じには出来ない。見る人にもその薄っぺらさが見えてしまい、その人の心を捉えることは無く、かえって遠ざける。  08/6/12(ゆうこ)

それ、あるね〜。一所懸命模倣している、その気持ちは分かるんだけど、なんか痛々しいというか。
ある程度やったら、まぁ天才かどうかということはともかく「他人に何らかの感情の変化を与えてるかどうか」は知るべきかもね。 08/6/12(石川浩司)

基本的に天才というのはいなくて
それぞれの努力の末に天才と呼ばれる人間になるのだと 考えているのですが
たまは天才だと思いますね。
あとあたしも天才だと思う。 08/6/12(りあちゃん)

「天才りあちゃん金魚を食べる」っていう本なかったっけ? 08/6/12(石川浩司)

子供時代は「天才」とは、「勉強ができる奴」という考えがありましたが、この年齢になって、この見方が変わってきました。最近は「トークや人づきあいがうまい人」という定義が適切かもしれません。それで、処世術も良し悪しが決まる訳ですから。
やっぱ自分はまだそういうのに不器用な方かも。なのでテレビを見てて、「島田紳助って、天才だな…」と思ってます。 08/6/21(Hi-)

確かにそれもあるね。コミュニケーションの天才、という範疇かもしれないけどね。 08/6/21(石川浩司)

自分の向こう見ず加減は天才だと思います。
面白そう、やってみたいことには絶対飛びつき、それに付随する苦労のことは、飛びついてる時点では一切考えられません。
楽しい、ああ、でも自分の首が絞まっていく〜〜という一生を送りそう。 08/6/21(桃玉)

楽しむ為の苦労は基本的には苦労じゃないよね。もちろん例外はあるけどね。
遊ぶ為にはルールを覚えなければ楽しめなくて、その覚える作業を苦労と捉えるかどうかみたいなものだね。 08/6/21(石川浩司)

「天才えりちゃん金魚を食べる」の本を書いた子は宮崎の子なんですが、あの後話題にのぼらないところを見ると今は普通の子になっちゃったのかなーって思います。
最近趣味でピアノを弾き始めたんですが、まだ小学校に入るか入らないくらいの子が難曲を弾きこなしてるのを見ると、「こりゃ天才だ!!」と思わずにはいられません。ああいう子たちって、どうやって覚えてるのだろう。
私は自分を天才だなんて一度も思ったことはないですが「天災だ!」とは何度か言われたことがあります(笑) 08/6/21(梅桃ひよ子)

天才子供は大成しない、ともよく言われるよね。
単に成長が人より早かったり、または驕って自分に溺れてしまうことが多いからかなー。 08/6/21(石川浩司)

自分のことは「天才的」だな、と思うことは多々あります。ヤバイ、こんなに電卓を早く打てるなんて天才的だな!とかこんなに美味しくご飯が作れたなんて天才的だな!とか、ゴミが埋まってるか地面に乗っただけで分かるなんて天才的だな!とか日々日常天才的です。
しかし、すべてが実に中途半端なのであくまで「的」の範囲までしか自画自賛の世界でもいけませぬ。
他人に思う天才だなって思うのはやっぱりちょっとかけ離れた世界を見せられるとうおお!!!ってひれ伏してしまいます。 08/6/21(ことり)

誰もやってない分野でがんばると日本一とかになり易くて、手軽に天才扱いされまーす。 08/6/21(石川浩司)

今劇団で、人間から虐待を受けた吃音びっこの猫の役を稽古してるんですが、 「りあいいよー」って褒められました。あたし天才かもしれないと思った。 08/6/30(りあちゃん)

はまり役なのかもね。その役を極めてくださいなっ! 08/6/30(石川浩司)

家の母は、大の「天才」好き。
借りてくる映画は天才の生涯とか、天才が主人公のものがほとんど。一般人が主人公の地味な映画は即行で寝てしまいます。
そんな母の職業は小学生の塾の先生。どうやってもできるようにならない子とかも教える、天才とは無縁の地道な作業。本人も地道な性格だし。だから余計に「天才」に魅力を感じるのかな。 08/8/28 (ぴよまる)

ま、滅多にいないから「天才」なんでしょうなぁ〜。 08/8/28 (石川浩司)

「天才」っていったら石川さんでしょ。
それかバカボン。 08/12/13(うろたえ太郎)

天才はバカボンじゃなくてバカボンのパパなのだ〜。
バカボンはもちろんバカボンドのことだと赤塚不二夫も言ってたな。 08/12/13〔石川浩司〕

最近、自分の才能のなさにへこんでます。
なにやってもだめ。花開かない。
もっと積極的にアート活動に参加したいんだけどな。。。09/1/22(りあちゃん)

続けることしかないね。俺がデビューしたのだって、初めてライブハウスのオーディションに受かって人前で歌ってお金もらうようになってから、10年かかったんだから。 09/1/22(石川浩司)

友達で、勉強はからっきしなんですけど、ゲームが凄く上手いやつがいます。
オンラインゲームで数百万人とかいる中の1000位くらいだったり
テトリスとか凄く上手かったり。
ハマったものはとことんやるみたいです。
オンラインゲームで英語を使う人がいるからと今まで全く勉強しなかった男が英語をかなり真剣に勉強し始めましたからね(笑) 10/1/19(shotu)

そういう人が自分に合った仕事を見つけると、大成功することがある。
トコトンはスペシャリストを育てるからね。
大学行くよりも出世の可能性は高いかもね。  10/1/19(石川浩司)

前回帰国したとき高校同期の悪友3人と飲んだのですが、そのときに私とは面識のない彼ら3人と付属小学校で同級生だったある天才の話題になりました。W君というその天才は、共通一次試験(今のセンター試験)を全国1位の成績で通過し、東大文科?類から法学部に進学し現在東大の先生をしているという人なのですが、天才というのは一度教科書などで読んだものはその瞬間にデータをすべて脳にインストールし、アウトプットも自在にできてしまうという、事務処理能力に秀でた人だとの結論に達していました。
脳科学者の茂木健一郎さんも講演会でW君のことを「天才」と評していたそうです。 10/5/31(波照間エロマンガ島)

でも嫌なことも延々脳にインプットされたままだとしたら、幸せかどうかは微妙だね。 10/5/31(石川浩司)

昨日、夜中にとある天才とであいました。
2ゴウセンをたまをききながら車で走ってると左手になんか落ちている。 よくみると靴。
そして300メートル進むと今度は白いシャツが落ちている…
まじかと思いドキドキしながら進むと…今度は薄れたジーパンが落ちている!
そして更に更に進むと…
居ました。
全裸の大男が!
ボーッと立っているじゃありませんか!
くしくもBGMは冥王星。
俺はまじで最初はムキエビに剥かれた石川さんか?と思いました。スイマセン…見た時はすでに単車の警察官が一人横に居てパトカーを待っているようでした。でもそれをみた俺は別にギャーとも思わず単純にかっこいいなあ羨ましいなあとすら思いました。
だって昨日の秋の風は例えるなら金色の風でした。
全裸になっていつも隠れてるところにもこの金色の風を浴びせたいと思うのはすごく動物的で共感出来ました。
秋風にチンポしみるという言葉もありますしね。
でも私にはお店もあり妻もあり喫茶らんこうにはまだみぬ妖精もいるのでそれはできない…。
逆にそうならないように気をつけなきゃなあと思いました。それに比べ石川さんは奇天烈な水着を着たり。万人の前でチンコを出したり出来る。本当素晴らしい仕事ですね。でも町で指を指されるのはかなりストレスですよね。10/10/7(金やん)

ちょっと待て!
俺は万人の前でチンコを出さないぞっ!
まぁ万人じゃなくてマン○の前なら・・・。
って、俺中学生かっ! 10/10/7(石川浩司)

自分の適性や物事の要領を得て訓練すれば、才能って意外な程簡単に身に付きます。ただ本当に大きく評価される天才はきちんと社会の常識や自分のスタンスを身につけている人。ただ能力に特化しそれを欠落させた人にはやっぱり魅力を感じません。

「強くなりたければ強い人について教えを乞え」と言われた事がありますが、僕自身『才能がある=正しい』という哀しいくらいに単純な考え方でした(泣)。馬鹿と天才は紙一重、などといわれますが、才能も下手に持つものではありません。自分の人生や未来をきちんと切り開かなければ才能も単なるお荷物です。 14/6/12(Sankaku)

天才はその優れている部分だけ、見える見えざるにかかわらず劣っているところもあるよね。
なので社会的には如何に自覚してそれをうまくコントロールする作業が大切なのかもね。
本当の天才=異常者は多分その制御が出来ない。
それでもほとんどの場合周りの人以外は正直あまり制御が出来るか出来ないかは関係ないし、その作品や発明が与える後の影響にはやはりそういう天才が必要なのだろうね。 14/6/12(石川浩司)

自分で天才かもと思った事はないですね。
  バカと言われた事は多数ですが(泣)言われすぎてなれたかも(笑)
でも周りの天才と思う人。努力も惜しまない!  14/11/18(西大路)

俺が唯一あると思ってるのは継続力だけ。
一度好きになると、やめない。 14/11/18(石川浩司)

その継続力が一番大事なんでしょうね!  14/11/29(西大路)

そう思う。というか俺には少なくともそれしかない。
・・・あっ、俺、天才じゃ無かった(笑)。 14/11/29(石川浩司)

天才で努力家、それに周囲への気配りも忘れない石川さん、しっかり見習って行きたいと思います。あー俺見えへんわ(笑)  14/12/4(西大路)

しかも二枚目でスリムで・・・。
見えない人には言いたい放題! (笑) 14/12/4(石川浩司)

まあ、力士と比べたら石川さんはスリムでしょう(笑)  14/12/9(西大路)

先日亡くなったオペラ歌手の中島さんは俺の倍以上の体重だった・・・。 14/12/9(石川浩司)

中島さんの死は本当に早すぎますよね。
  でもやはり、プロ野球などの開幕戦直前の国歌斉唱の時、ラジオ中継担当アナウンサーは、「大きな体の中島さん」としっかり伝えてましたね!  14/12/12(西大路)

あっ、大きかったんだ。それは知らなかった。 14/12/12(石川浩司)

織田信長は天才と言われていましたね。
あとはエジソンとか、アインシュタインとか。みな子供のころは「いたたたた・・・」的な個性的なおバカな幼少時代でした。 17/6/25(わいわい)

今だったらその才能を開花する前にナントカ障害と認定されて研究とかが出来る状態以前に芽が摘まれてしまうかもしれないね。 17/6/25(石川浩司)

私自身も何かの天才でありたいという願望はありました。前にも書きましたが「才能=正しい」という考え方でした。

音楽の才能は一角に持ち合わせていたようです。それなりのものが何曲か出来、人前にも恥じらうことなく発表できました。(もちろん石川さんら大先輩には及びもつきませんが)。

しかし僕の場合は何か余計なことを考えていたらしく、天性に与えられた才能に疑問を持っていました。本当に大切で誰もが平等にもちうる能力はなんなのか。探求を重ねた結果、ひとつの結論がでました。
どんな才能でも使うことなく持て余していれば何にもなりません。本当に自分の人生を切り開いてゆける才能。自分の次のステージ、未来を切り開いてゆける才能こそ、誰もが平等に与えられたものではないかと思うようになりました。そのためには何をすればいいのか、私自身も発展途上です。自分に与えられた能力を生かし切ることこそ、自分に次のやることを見つける鍵だと、何かの講義で聞いたことがあります。 17/10/19(Sankaku)

それに気づくこととその具体策を考えて始めることね。
なかなかそこにたどり着けない人は多いかもね。 17/10/19(石川浩司)

天才とバカは紙一重とよく言われます。ということは、たまは、バ・・・いやなんでもない。 18/9/17(わいわい)

モチロンソウヨ。 18/9/17(石川浩司)

結局、「天才か否か」ということは「自分の能力のゆがみを最大限に生かせるか」ということに尽きるのではないか?と思いました。僕は集中力が全然なくて困っているのですが、これを生かせたら僕でも天才となれるのではないか?と妄想しています。どう生かすのか全く不明ですが。 19/1/7(未成年)

そうそう。それを見つけられるかどうかは大きい。
誰でも何かしら歪んでるんだから、その特徴たる部分を自分で見つけて伸ばせるかどうかが大事。
人によってはせっかくプラスにもなる自分の特徴のマイナス面ばかの見て落ち込む人もいるしね。
俺は手先が不器用で笑われたけど、よく見たら「あ、みんな笑顔になってる」と気づいてそれを表現に転化させた。 19/1/7(石川浩司)

19/1/7(未成年)さんのご意見に異を唱えるような発言かもしれませんが、私自身は天才とは何かという事を知っている事より、実際に才能がありそれを使いこなせている事の方が重要でした。

若いころはひねくれていて難しいことをやりたがっていた、と振り返られる方もいらっしゃいますが、年を重ねるにつれてその才能の使い方も、より簡素で分かりやすくしていく方がいるように感じます。
石川さんもお酒が入って気分のいい時にメモした歌詞などを、後でシラフになって読み返すという作業をされているようですが、僕も自転車で出かけたときの感じたことを繰り返し心に復唱していって、やがて形にする、という分かりやすいやり方になってきました。

本当に才能を持ち合わせている者こそ、正しく自分の人生の試練を見極めるべきなのかもしれません。才能の追求の果ての頂に立てたときこそ、自分は天才だ、と言えるのかもしれません。 19/3/12(Sankaku)

俺も他の人が普通にできることができないので、せめてできる部分を少しがんばってるに過ぎない。それがなかったら、本当に無能者なので。
まぁ、たとえ無能者でも人間としての価値は消えないけどね。 19/3/12(石川浩司)

大人になってある程度いろんなことを知ってくると、「これってもしかして才能ある人の考え方なのでは」と思い当たることがいくつかあると思います。

私自身も何かの天才でありたい、という願望があったことは以前の投稿で述べましたが、特に学校時代、私が育ってきた環境は才能を育てるにはひどく劣悪でした。
しかしその劣悪な環境によって私自身は自立についてよく考えるようになったと思います。後年、今お世話になっている方たちや、石川さんたちたまのメンバーのような、才覚や心ある人たちに出会ったときにとても吸収が早かったように思います。私もとてもいい環境で育ったなと今になって思います(皮肉だバカヤロ)。

石川さんたち、才能ある人たちに出会ってからは、より才能をどのように育ててゆくのか、そしてそれをすることでどのような人生を歩んでゆくのかを、突き詰めて考えるようになりました。
ご自分の最大の欠点である不器用さをコミュニケーションの道具に転じて利点にされてしまった石川さんのお話を聞くと、自分の才能もまだまだだと思わされます。

以前も述べましたが、自分の人生を切り開いてゆく才能。子供の頃から世間にアンテナを張る人こそこれを持ち合わせるようです。私も欲深い人間なので、自分は誰にも負けないくらいの生きてゆく才能がある、とどこかで確信しているように思います。 20/3/16(Sankaku)

いい環境なんて滅多にないかも。自分で考えるしかないんだよね。 20/3/16(石川浩司)

歩きながら、または自転車に乗りながらスマホやケータイを見ている人は、交通法規的にも論外です。
第一バランス感覚にも支障が出るのではないでしょうか。
ある意味対向者に注意することを放棄する行為で、失礼なうえに大変危険です。
1ヵ月に1回位は蹴っ飛ばしてやりたくなる奴に出会います。

私も歌を作る創作者だからなのか、なるたけいろんな景色を見るようにしています。
何気ない散歩をしている時の道を歌ってくれていたような、たまの音楽の影響は多大なるものです。
私も自宅からちょっと離れた所で素材を拾ってそれを形にしたことは何度かありました。
空模様を見ながら、今日の空はどの町に似合うか、ということはよく感じ入っています。

創作者ゆえの何気ない景色から素材を集める、という志向はちょっと特殊だとしても、常に移り変わる景色を楽しまないというのは自分の人生の楽しみを放棄する行為だと思います。
第一歩きながらスマホをいじる事で出来ることなんてたかが知れているのではないでしょうか。
これまでのこの話題の中の投稿で「私には才能がある」と言っているように感じられる箇所もあるかもしれませんが、考えてみれば当たり前のことをやっているにすぎません。

狭い範囲でも自分の住んでいる街とは違う世界を見ること。それはひいては自分の人生を大切に生きることに繋がります。
スマホやケータイはどんどん心の貧しい人を作っているような気がしてなりません。 20/5/11(Sankaku)

確かにどんどん現実から離れてバーチャルの世界に自分の存在を認識させてる人が多くなってるよね。
一体未来はどーなるのだろう。 20/5/11(石川浩司)

近所の書店に「凡人が天才を殺す〈ダメにする〉」という感じの本がありました。
私にも大いに心当たりがあります。

不食の弁護士・秋山佳胤〈アキヤマヨシタネ〉 先生のお子様〈次男〉も小学校に最初の1ヵ月通って登校を止めました。
最近は学校側も不登校児に理解を示しているようです。
奥様〈母親〉は人生を棒に振るのか、と心配されましたが、お父様である秋山先生がしたことは、子供にやりたいようにさせただけ。
子供にとって何がベストなのかを考えたそうです。

その点、私の両親は悲しいくらいに凡人でした。
小学校の頃、私が勉強をやりたがっていないのに、とてもつまらない問題集をやらせようとしたり、高校3年の頃に私が不登校になった時も父親は大いにうろたえました。
両親、特に父親はいつもは偉そうなことを言っているのに、そのギャップは大いに馬鹿げたところでありました。

【いい環境なんて滅多にないかも。自分で考えるしかないんだよね。】 20/3/16の石川さんのお言葉より

私もこの年〈36歳〉になって、何とか独り暮らしを支えるだけの最低限の能力は持ち合わせるに至りました。
理解ある人たちに囲まれ何とかやっております。
秋山先生の考え方が普通なのか、私の両親みたいなダメな人たちのほうが一般的なのか。
子供にとってはたまったものではありませんが、やはり生きてゆくための最低限の能力というものは、多くの人たちに考えていただきたいところです。 20/10/4(Sankaku)

一般的ということはあんまり考えなくていいと思うよ。よっぽど他人に迷惑をかけることでなければ。自分でいろいろ考えて行動し、失敗し、見直し、の連続で高まっていく能力も多い。 20/10/4(石川浩司)

中学校の頃にお世話になった塾の国語の先生がものすごく頭がよく天才だと思いました。
その先生は一回見たことはすぐ覚えてしまうそうです。だから学生の頃からノートをとったことがないそうです。
なぜそんなものすごい天才の先生がこんな小さな塾で先生をやっているのかは今思えば謎ですが。  2021/3/26(よこよこ) 

だいたい天才はあることにはズバ抜けているけど、普通の人ができることが出来なかったりすることも多いんだよね。  2021/3/26(石川浩司)

20/10/4のレスより
全国の小学生自体にどういう傾向があるのかは分かりませんが、私の小学生時代の同級生は中途半端な劣等児の集まりでした。
例えば帰りのホームルームなどで、静かにしていればさっさと終わって帰れるものを、ダラダラと喋っていて先公を怒らせるというのは日常茶飯事でした。こっちもさっさと終わらせたいのにいい迷惑でした。

こんな低劣な教育現場に通うしかないと言う選択肢しか提示できず、学校を不登校になったらもう人生は終わり、という社会こそがもう終わっています。「子供には無限の可能性がある」などと教育者はほざいていますが、学校に来ないだけでそれを潰されるのはたまったものではありません。
更には、私が入学した高等学校は、馬鹿でも頭が良いわけでもない中途半端高校でしたが、ちょっと勉強が出来ない位で、生徒も教師も投げやりな態度になるという所が、訳が分かりませんでした。
学校という物は、事実上子供を育てる所ではなく、ふるいに掛ける所です。

「みんなと足並み揃えて軍人作るのが主目的なんじゃなかろうか」【話題19 制服反対 18/4/30の石川さんのレスより】

上記の石川さんのお言葉と、私の先輩の男性とも見解が一致していて驚いたことがあります。
「今の学校っていうのは、有事の際に軍隊的に従う人材を作るのが主なんだよ」〈先輩の男性〉

もう今の学校教育は、時代を駆ける天才を作る所とはかけ離れているように思います。
いざ、才覚を上手く育てるのも、大変で難しい事ではありますが、そういう意味でも、もう世の中は退廃への道に向かっているのではないでしょうか。  2022/11/11(Sankaku)

元々日本の教育が個を育てるというより、従順な機械の歯車を作るものなのかもしれないね。 2022/11/11(石川浩司)

伊集院光さんはやっぱり落語家仕込みの話芸で天才だと思います。
2023/08/21深夜の生放送で怖い話の作り方 という話題で20分ほどお話されてました
例題として出された話も普遍的な話をパーツ交換で怖くするという
日常の中も視点やシチュエーションを変えれば怖くなるのだなと 実感しました。 2023/8/29(ズミ天)

視点、そして編集の重要さを教えてくれたよね。ありがたい。 2023/8/29(石川浩司)


王様の耳はロボの耳トップに戻る
石川浩司のひとりでアッハッハーに戻る