話題150 暴力


このページは以前「「暴力」について」というタイトルでしたが2016/6/1より今回のタイトルに変更になりました。 引き続き投稿よろしくお願い致しま〜す!
わたしは以前「ほんとうに分かり合えて、助け合えるとてもいいパートナーになれるかもしれない。つきあってしまおうか...」、というすれすれのところまでいった異性の友人がいました。ですが、ふとした話題で、彼が以前つきあっていた恋人に暴力を振るっていたこと、さらにはそのことについてあまり罪悪感を持っていなかったことを知り、怖くなって距離を置いてしまいました。
わたしは今まで親や目上の人に叱られるような場合にも物理的な暴力を伴ったものは受けたことがなく、きょうだいも女のみなのでとっくみあいのきょうだいゲンカなどの経験もありません。そして基本的に「ただでさえ男の人のほうが身体も大きく力も強いんだから、男の人はこわい」、という意識があります。なので、その話を聞いた直後からはほんとうに申し訳ないくらいにその人に対して距離をおいてしまいました。未だにその「暴力」という点以外は彼のことは好きだし、親密に話をしたり笑いあいたいと思うこともあるので、「こわい」と「気になる」の葛藤、そして罪悪感の中で少しつらいです。
しかし仲のよい同姓の友達は「暴力は、理性でどうにかできるというものではなく、『癖』。だからカッとなって手を上げてしまう人はそれを治すことは難しいだろう。あなたは彼と深い関係になる前に彼の癖がわかって距離を置くことができたのだから、よかったのでは?」と言います。
ただ、彼はまったく関係を切ってしまえるところにいる人ではないし、わたし自身もそのつもりはないので、なるべく自然な感じで時間をかけて、また以前の距離をわきまえた良い間柄にもどれればいいと思っています。
みなさんの周りには「言葉の暴力」とかではなく、具体的な、物理的な「暴力」はどのくらいありますか。そしてそれはやはり「癖」的なもので、振るわなくなるようになるのは難しいものだと思われますか。「暴力」をどう思われますか。わたしは、もはや今回の彼とはいわゆる恋愛関係に進むのはだめだろうな、とは思っていますが、これからのことを考えていくにあたって「暴力」について知りたいです。 04/1/12 りぼんちゃん


***レス(発言は古い順に並んでます)***


 うーむ、そうだなー「癖」というか、例えば俺なんかの場合、時代的にもそういう教育も受けてきたからね。だから「暴力がとにかく嫌い」ということを明言すれば、減らすことは出来ると思う。ただ完全になくすことは難しいかも。人によって個人差はあると思うけど。

 例えば、俺の子供の頃は「男がけんかぐらいしなくてどうする!」というのが親にも先生にも常識としてあった。
 実際、小学生ぐらいの時はビンタ、とっくみあいなんて日常茶飯事だったし。
 男兄弟だったのでもちろん兄弟げんかはいつもとっくみあい。親にも思いっきりゲンコでぶっ飛ぶほど殴られたりもした。
 でもそれがフツーだったな、社会的にも。
 ただ、これ一概に「悪い」と思えない点もあって、「人の痛みを知る」や「このぐらいのことをしたら、人はこのぐらいの怪我をする」というのもわかって、逆に「抑制」も覚えていくのだ。
 最近の子供とかは小さいうちから「とにかく暴力は駄目」の教育を受けているから、カッとなった時手加減がわからず相手を殺してしまったりする。だから子供の頃の多少の喧嘩は俺は必要悪だと思ってる。
 俺は小学校高学年の時親に殴られてこっちも殴り返したら、親の前歯が折れちゃって、そこから「あぁもう俺の力は親より強くなっちゃったんだ・・・」という息子としては逆にちょっと寂しい気持ちにもなり、それを境に親に暴力をふるうのは「もう駄目なんだな」と自分で学んだ。こういうのって体験しなければわからないことだと思う。言葉で教えられても。
 だけども、そういう現場を見慣れていない人が「暴力は怖い」というのも確かにわかる。
 だから最初に書いたように「とにかく暴力が嫌い」を強く言うしかないかな。相手が本当に思ってくれてるなら、自分の意志で抑制出来るだけは抑制すると思うよ。 04/1/12(石川浩司)

あれだ、話題の「ドメスティックバイオレンス」みたいなやつですね。
男兄弟や男社会で揉まれて、暴力が日常的になってる人なら別ですけど、女の子はなかなかそういうことはないですね。
男同士、女同士の殴り合いならOKだと思います。ただ、男と女は明らかに力の差があるので、女に暴力を振るうような男は最低です。
好きな人だから殴られても平気、私は耐えるわ!私がいないとこの人がだめ!というのなら止めません。ただ、それは「共依存」といって病んだ関係なのであんましオススメしませんが。暴力癖は治りませんよ。間違いない。04/1/19(たにし係長)

私は柔道をやっていたのですが、数年前父親と喧嘩をして、取っ組み合いになったときに見事に父親を投げてしまったことがあって(背負い投げ・一本勝ち)・・と石川さんと似たような経験があります。
でも暴力は全てが全て悪いとは思わないけど
男が女に、というのは全く論外なのでは??
勿論、育った環境で自分より弱いもの(物理的に男は女より強い、という意味)には暴力を振るってはいけないことを理解していくのだと思うけど。04/1/19(さっちゃん)

うーん、あまりはなしたくないけど、実はうちの父は暴力派でした。母はよく痛めつけられてましたが、そういう男の人ははっきりいって深入りするまでは外面がいいのが特徴だと思います。もう簡単に別れられなくなってから暴力が始まるんじゃないでしょうか。わたしはそういうのを見て育ったので、自分の配偶者にはそれを話したし、女に手をあげるのは弱い最低男だと思うし、暴力を振るった時点で別れるよといいました。つかまったら泥沼ですよ。たぶん直らないと思うし。04/1/19(匿名希望)

俺の通う高校では喧嘩は滅多にありません。
皆同じレベル、ちょっと不良な子達が集まってる高校です。
もし喧嘩したら相打ち。
それを皆が無意識に意識して、やがて暴力が無くなったんだと思います。
中学と違い、自分と同類の友が集まりやすい『高校』で、皆暴力を捨てていくのではないでしょうか。
確実ではないけれども。04/1/19(勾丞)

女に手をあげる男は最低ですね。
わたしももし付き合っている人が暴力をふるってきたら絶対にすっぱり別れます。びくびくして付き合うのは嫌ですもんね。
でもそういえば、自分はよく彼氏をバシバシ叩いてますね。
桃鉄でボンビーつけられたときとか。 04/3/1(ぽんつく)

私の男友達も以前、彼女に暴力を振るってしまいました。
その時は殴りたくなるくらいのことを彼女がしてしまったから。
その後も男友達は彼女のことを殴ることがあったようです。
「暴力を振るえば言うことをきく」…そう思い始めたのです。

彼氏が我を忘れて暴力をふるうくらいのひどいことをしないこと、これが彼女としてできることです。
しかし、そうではなく、お話のように「癖」だったとしたら(罪悪感を感じていなければ)別れたほうがいいでしょう。
君のためなら死ねる…まではいかなくても、「君のためならこれくらいできるよ」と言って自分の指を切り落とした男性(普通の人です)がいて、周囲は「そんな変な人と別れなさい!」と止めたのですが彼女のほうは「私のために自分を傷つけることができるなんて…すごい愛!」と思ってしまいその男性と結婚しました。
ところが案の定、彼女は男性から目をくりぬかれてしまいました。
こんな事件が以前あったようですがみなさんは知っていますか?  04/3/1(るつ)

彼女がくだらない事を言った時、おでこを叩く突っ込みは暴力ではないですよね?ドキドキ。04/5/4(ペロ)

学生時代の友人が付き合っていた男性は日常的に暴力を振るう人でした。当時学校の寮にいたのですが、彼の家に入りびたりでその子のしばらく顔を見ていませんでした。3ヶ月ぶりに帰って来た時、私はちょうどお風呂に入っていて、「私も入らせてー」と浴室に入ってきた彼女を見て唖然としました。体中痣だらけで顔も別人のように腫れ上がっていました。みんなから「そんな男とは別れろ」とさんざん言われたにも拘らず卒業までずっと付き合っていたようです。そして7、8年前にその寮にいた友達と会った時、その子からの写真つき年賀状を見せられ、話を聞くと結婚して子供にも恵まれているそうですが、矢張りダンナも暴力を振るう人、とのことです。どうしてもそういう人を選んでしまうのか、暴力を振るうことが愛情表現だと思っている男性から好かれてしまうのか、はたまた彼女は男性が暴力を振るいたくなるタイプなのか。うーん、彼女は一生そうなのかなぁ。04/5/10(のん)

多分「暴力を振るってもそれに勝るその彼女にしかわからない魅力」が相手にあるのかもね。それか真性Mかどちらかだろーね。04/5/10(石川浩司)

目をくりぬかれた話、恐ろしいです。
でもなんで目くりぬいたんですか? 04/5/24(勾丞)

おいしそうだったから・・・。04/5/24(石川浩司)

私は「暴力」は絶対にダメだと思っています。
子供のしつけの為に手を上げることや、いわゆる「愛のムチ」は暴力ではないと認識しています。
私も両親に手を上げられて育ちました。
学校のクラブ活動(バレー部)では、先生の手や足が出るのはもちろんのこと、竹刀でたたかれたり、いすや灰皿が飛んできたこともありました。今だったら大問題ですね。
もちろん、先生は加減をし、私たちに怪我をさせないようにしていたことは言うまでもありません。(当たり前ですね。)
他の部員もその親たちもみんな理解していました。一度としてクレームはありませんでした。
私たちにとってこれは暴力ではありませんでした。

私は身近に「暴力」のない環境で今まで過ごしてきました。
でも、1・2年前、夫が夫の兄に殴られ、蹴られて帰ってきました。
仕事のことで話をしていたときに、短気な義兄は、自分の思い通りにならないことにカッとなって夫に手を上げたようです。
幸い、病院に行かなければならないほどの怪我はしませんでいたが、これが他人だったら間違いなく警察に届けています。
暴力は絶対に許せません。暴力を振るう人も他にどんないい面があったとしても絶対に好きにはなれないと思います。
ましてや親が子供に、男性が女性にと弱い立場のものに暴力を振るうなんてもってのほかです!  04/6/14(冷凍みかん)

躾の為に子供に手をあげるのと、自分の感情からくる暴力の境目がはたから見るとわかりづらいから難しいのかもね。でも子供同士の度を越えない喧嘩は「加減を覚える」ということでは必要だと思う。だけどそれで事故が起きることもあるからこれまた難しい・・・。04/6/14(石川浩司)

毎年夏になると必ず出ますね、パチンコ等に夢中になって灼熱の車中に子供を放置して死なせてしまう親……。あれも一種の暴力だと思います。ニュースで一度は耳にしたことがあるはずなのに。きっと、想像力が貧困なのでしょうね。 04/7/13(のん)

そうか。確かにそれも暴力のひとつだね。「未必の故意」というやつだね。04/7/13(石川浩司)

暴力反対は単なる「服従」を意味する合い言葉ですね。大衆が暴力反対を口にすることで得するのは上の立場にいる人達ですから。すべての社会問題もそこを発端にしてると思う。
そういう強度な社会的抑圧がどういう風に生まれたかを真剣に考えるべきだと思う。強い人間に対する暴力はご法度。弱い人間に対する暴力はOKという構図が消えない限りもっと日本は悪くなるでしょう。勝てる勝負しか出来ない日本人はみな近い将来中国に出稼ぎに行くようになるでしょう。 04/10/18正

暴力受けてました。
「力では逆らえないと思っていい気になりやがって、絶対自分が殴られたら怖くなって黙るに違いないからこんどやられたら物でボコボコいったろう」とか思ったこともあるんだけど実際その場に立つと怖くなって結局何も出来ずに「ごめんなさい」を連発するだけでした。
ああいう人は人を殴る事に対して罪の意識は全くないみたいです。
どうして悪いと思えないのか訊いてみたいけど怖くて訊けるわけありません(汗   04/10/26(匿名希望)

罪の意識はないんだろうね。単純に「弱いものを叩く」快感というものはでも誰にでもあるんだろうし……。意外と難しい問題かもね。 04/10/26(石川浩司)

中学時代の部活の顧問がすごい殴る先生で、たぶん私は女子の中で1.2位を争うぐらい殴られたと思う。殴るって言っても、ほっぺの平手打ちだが。
でも、今の時代はそんなこと許されないことになったんだろうな。
ある程度の躾としては必要だとは思うが。だから、大して嫌な思い出としては残ってないんだよね〜。04/12/20(さっちゃん)

こういうのって程度や相手との信頼関係とかがかかわってくるケースバイケースの事なので、一律に文書で禁止するしかないのはわかっていても、難しいよね。 04/12/20(石川浩司)

暴力は受けた覚えはないなぁ。言葉の暴力はしょっちゅう受けてますが・・・。05/1/17(ペロ)

昔にあった儀礼だからとか伝統、慣例だからとかからくるわけのわからぬ暴力っぽいのは勘弁ですね。
学校とかでの、体罰も暴力となる線引きは当事者の信頼関係の軽重でどっちにでもなる感じがします。05/4/13(kyuuri)

セクハラもそうだよね。個人の信頼関係とかがあるから線引きが一筋縄では難しい。 05/4/13(石川浩司)

コミュニケーションとセクハラは本当に線引きが難しいですね。05/4/18(ペロ)

せんずりなら簡単なのにな。 05/4/18(石川浩司)

素朴な疑問。マスタの年齢でも独りで(;゜∀゜)=3ハァハァする事あるんですか?05/7/4(ペロ)

「40のマスカキ」という歌を誰か高名な人が歌ってたな。あれが真実じゃろうて。 05/7/4(石川浩司)

来年は四捨五入すると「50のマスカキ」ですな。05/7/11(ペロ)

死ぬ前までカイちゃる! 05/7/11(石川浩司)

趣向ってやっぱり変わってきますか?
服着てなきゃいやとか。
さいきん着○ロとかいいなとひそかに思ってます。05/7/11(kyuuri)

服着てなきゃいや! でも昔からそうだった! 05/7/11(石川浩司)

小学校のとき、太ももを先生に平手で殴られたことがあります。06/12/18(あきびん)

俺が子供の頃は悪い事すれば親も教師もビンタなんて当たり前だったけど「暴力」と思ったことはなかったな。でも今はなんか違うんだろーな。06/12/18(石川浩司)

よく顔の形が変わるくらい殴られたりしてましたが、やっぱり暴力はよくないと思います。
する方も、される方も。
暴力を認めてしまったら、ふるう方は自分を正当化し始めるのと思うので…。
理不尽な暴力は勿論のこと、理由のある暴力も(それが正論であればあるほど)、よくないのではないかと、僕は思います。 07/10/4 (うきうき)

なるほど。俺は子供の教育の為には暴力というか「お尻ペシン」ぐらいは必要と思うが。口だけじゃいくら言ってもそうそう子供はわからないからな。それから「痛み」ということを知る為にも最低限のものは必要と思うのだが・・・。境界線が難しいねぇ。 07/10/4(石川浩司)

う〜ん…、僕も「お尻ペンペン」はありだと思うし、むしろやってもらいたいくらいなんですが…、説明するのが難しいですね…。
例えば、親が子どもに対して「しつけ」と言っていても、死んだら「虐待」だと思うんですが…。そこにはハッキリと境界線があるような気がします。
限度の分からない、「最低限」ですまない人間が多い、ということですかね。 07/10/19 (うきうき)

そう、その「限度が分からない」が問題。
パラドックスのようなんだけど「子供の時にちゃんとケンカをしていない」ということだと俺は思うんだよね。
ちゃんとケンカをしていれば「どのくらいのことをやれば、どのくらいの怪我をする、痛みがある、これ以上やったらシャレにならない」ということが分かる。それを覚えずに大人になった親が、限度を知らずに殺してしまったりすることも多い気がする。 07/10/19(石川浩司)

男女差別はよくないというけれど、やっぱり男は女子供より力が強い。
暴力で相手をコントロールしようというのは、絶対にあってはならないこと。
たとえ相手が悪くても、絶対にだめ。(りあちゃん)

コントロールされそうになったら、逃げなさい。 07/11/1(石川浩司)

やっぱり私、暴力いやだなー。痛いし。あと残るし。 07/11/10(あきびん)

女の人は特にそうだよね。顔に傷でもついたら一生の心の傷にもなる。男はそこら辺ちょっと無頓着な生き物かもしれないな。
俺とかも男兄弟だったから、子供の時は殴り合いの喧嘩とか普通だったしな。親父とか先生にもよく殴られたから、ある程度までの暴力(?)は日常のことだったからね。男は殴られでもしないと本当には反省しない生き物だしね。 07/11/10(石川浩司)

意外と身近な問題ですよねぇ。
以前つき合っていた彼とわかれた理由はDVでした。
他の男に笑顔で接するのが嫌だといわれ仕事もさせてもらえず相手も無職。
少しでも気にくわないことがあると殴るし
無視すれば死んでやるとの脅し。
ほんっっっとわかれてよかった。ていうか逃げられて良かった。
暴力を振るうくせは死んでも治りません。07/11/28(八千代)

ふたりとも無職でご飯は? こぶしがご飯代わり?07/11/28(石川浩司)

DVな男の人とそれと一緒にい続ける女の人ってのは、もう愛とかなんとかではなく「共依存」でしかないので、そこに陥りやすい人だと繰り返しそういう人に惹かれてしまう傾向があって難しいですよね・・・・。
って言っている自分も丸っきりそうな、私に依存して自分の思い通りにならないと殴る・私は必要とされることにアイデンティティを見出して殴られても離れられない、みたいのに陥っていましたが、やっぱりそこに気がつくまでに何年もかかってしまいました。
共依存っていうカラクリが理解できたら魔法のように解けるんですけどね。なので、陥る前に気がついているのならお付き合いしないで避けるのが賢明です。DV気質な人はそれはそれでとても心が弱くって危うくって、可哀相な人なんだろうなぁ。 07/12/31(ことり)

共依存、あるんだよね。気持ちでは別れなくちゃと思っても離れられないケース。あとはその人がそういう人かどうかというのが、若いとまだなかなか見抜けない場合も多いよね。年齢を重ねて分かることっていうのも。 07/12/31(石川浩司)

共依存、私もそう思います。
ウチの両親がDVで5年前に離婚したのですが、別居したのはもう13年も前のこと、さらに遡れば暴力が始まったのはそれよりもうんと前のことなのに、私が父親に「出ていけ!!」って怒鳴らなければずっと暴力生活は続いていたし、別居したあとでも、母が自立してないことと末の弟がまだ小さいという理由で8年も先延ばしにしていました。 煮え切らない母にずーっとイライライライラしていた私ですが、ダメ男にはまっていく友達とかを見ていたり、そういうサイトとかで共依存などについて勉強するに至り「そういうことだったのか」と多少理解はできるようになりました。
父親がいた頃は弟が殺されかけたり、別居した後は母と何かにつけてもめたりと散々な時代を送ってきましたが、私が結婚する頃には母との関係も落ち着きました。
ただ、父親に標的にされ生命の危機に瀕した弟はその後精神状態が崩壊したのか借金を重ね、挙げ句の果てには出稼ぎに行くと言い残したまま音信不通になりもう6年近く経ちます。連絡も取れず、私が結婚したことも知りません。
昔はDVも社会的認知性に乏しく、タダの前世紀の家父長制の延長くらいにしか思われていませんでしたが、家庭崩壊や生命の危機に瀕した家族が多くなり事件化するに及んで、社会的にも認められてきました。
恋は盲目と申しますが、この盲目が命を失うことにもなりかねませんから、特に女性の方々には、溺れたい気持ちをグッとこらえて、一歩引いた気持ちで相手を観察した上で選んで頂きたいと思います。
DVをする癖も、DVによってつけられた傷も、一生治りませんから。  08/1/25(梅桃ひよ子)

確かにそれは辛かったろうね。発作的に一度だけ切れた、というのと常習性のDVは全く違うものだからね。
ひとつ見極める方法としては「同性の友人がいるか」「それはどんな感じの友人か」で結構その人が分かるところもあると思うね。 08/1/25(石川浩司)

随分昔のことですが、駅のホームで母親らしい女性が自分の子供らしい子供に跳び蹴りをしているのを目撃したことがあります。
 数歩下がり助走をつけて文字通り跳んで蹴ってました。みんな唖然としていたと思います。駅員が止めに入りましたが。あれはびっくりしましたね。08/2/12(鈴べる)

助走付けたら、そりゃもう教育じゃないね。狂ってる。 08/2/12(石川浩司)

その飛び蹴りの母が何か叫んでたかが気になりますね。どういう状況でそこまでやる必要があるかですが。
テレビでの暴力表現は微妙なところです。個人的には見てるとスカッと感じる一方で、現実では凄惨たる事件を誘発してるかもしれないので。もし、なぜ自分のような20歳以上の世代はそのようなのを見ても問題がなくて、子供は見たらダメなのか、年下の世代から質問されたら答えに詰まりそうです。それはすなわち、「暴力」自体をどう見てるかという問いかけでもあるのでしょうし。
どう答えるかで、相手が誤った解釈をする可能性もあり、直接的でなくても間違った教育をしたことにもなりかねませんから。 08/4/17(Hi-)

某宗教は格闘技(相撲・柔道なども含む)をすべて否定しているね。それも極端だよなー。 08/4/17(石川浩司)

つきあっていた人に路上で両足を引っ張られ、引きずられたことがありました。後にも先にもはじめての暴力体験です。Gパンのお尻の辺りがぼろぼろになりました。 08/10/26(鈴べる)

ひきずりごっこじゃなくて ?
道でやるとちょっと目立つね。 08/10/26(石川浩司)

このトピックにも言葉の暴力ではなくて暴力についてと書いてあるのを見ていて、暴力を受けた人やどちらも受けてない人にとって言葉の暴力はやはり軽く受け取られることが多いのかなと思いました。私は身近な人の言葉の暴力に結構苦しんだ経験があり、それを人に話したことはありませんが、その人との関係が周りから見ても分かるくらいに決定的に悪くなった時に周囲からは暴力がなかったならいいじゃないみたいなことを言われそれにも結構傷つきました。 09/4/24(Sabina)

ペンは剣よりも強し。場合によっては殴っても死なない人が、他人からの悪気のない一言で死んでしまうこともある。  09/4/24(石川浩司)

職場の先輩が同棲していた彼氏はとんでもない暴れん坊です。よく喧嘩をしたそうですが、すぐに手が出る足が出る。先輩は足におっきな痣をつくったり、おでこに絆創膏を貼ったり。包丁で穴の空けられた鞄を持ってたり。でも一番びっくりしたのは先輩が家出から帰ってきたら相手がマンションの入口にいて、だまったまま先輩が着てる服をビリビリに引き裂いてしまったということです。そんな漫画のようなことが本当にあるのか!と思いました。先輩は辛うじて残ったスカートを胸までたくし上げて友人の家に逃げたようです。そんな最低な暴れん坊でも優しいときもあるし好きだ、なんて先輩はいつまで馬鹿女でいるのかと思っていたら先日無事に別れたようです。「おめでとうございます!」と言ってあげました。 10/10/7(可南)

そこまで暴力ふるわれても「好き」の方が上回ってたんだろうね、その時期。
でも若いうちはもし容姿等がほぼ同じだったら、絶対ワルの方が相対的にモテルと言う事実はあるからね。
これは昔からほとんど変わらないと思う。
逆に「あの人はあんなにいい人なのに、相手が現れないわね」も同義。
いい人には「いい」というだけでスリル的な魅力がないのかもね。  10/10/7(石川浩司)

>ワルの方が相対的にモテル
これ不思議ですよねー。不思議だー。なんでだー。 10/10/16(Sabina)

何もしないで大人しくしてる人より「何かするかも」という緊張感のある人が、魅力にと転化されてるのかもね。  10/10/16(石川浩司)

こちらで映画を見ていると、モザイクが入るシーンがよくありますね。ただ、ぼかされているのがナイフの刃の部分とか、刺された体の部分とか、火箸とか。他に、首を絞めるシーンも、手元がぼかされていました。
でも、その一方で、銃とかはそのままです。同じ「人を殺傷する凶器」でも、直接的じゃないし、むしろ「銃を撃つのはかっこいい」というイメージがあるから、ぼかしを入れたらかえって変になるのは分かるけど、抗議する人とか、いないのかな? 10/12/2(Hi-)

火箸!?  10/12/2(石川浩司)

私の職場には犬と猿くらい仲の悪いおじさん(といっても二人とも60代)がいます。この前、職場の飲み会で一人がちょっかいを出し、殴り合い蹴り合いの喧嘩になりかけましたが、周りの人が抱え込んで必死で止めてました。年とってるのに元気だなぁと思いました。 11/6/18(可南)

老人の殴り合いの喧嘩は悲しくなるからあまり見たくないなあ。 11/6/18(石川浩司)

なんだかTVや漫画でも暴力表現を避ける傾向が強まってきましたね。空が映って「バキッ」「ぐわぁ!」と音だけとか。たしかに今は殴る教育がされないので、人に暴行を加えるシーンに現実味がなくなり、真似してやって大事故になったりするのでしょうかね。
私は親兄弟教師に殴られ続けこんな卑屈・偏屈・鬱屈した三屈王になりましたが、その経験が人生において全くの無駄だった、というわけでもありません。とはいえ昨今の風潮からも「拳で解決」はおすすめはできないので、せめて親として人を殴ればどれだけ痛いか、を実際に殴ることなしに教え込めないか、日々模索中です。あとは理不尽な暴力に対する護身の術、とかもね。 15/3/13(元合気道部・オポムチャン)

となると武道とかかなぁ。暴力ではないけど痛みを知れて教育的なものとなると。
いずれにしろ痛みを知ることは重要だと思うね。
どのくらいでどのくらいの痛みを与えるのか受けるのかは。 15/3/13(石川浩司)

  「るろうに剣心」という漫画でもよくヒロインが主人公をボコボコに殴っていましたが、2・3年前にリメークされた時には、作者も最近の風潮を汲んでそういう描写を自粛していました。

ちょっと話変わって、以前2ちゃんねるの流れをくんだ画像サイトをよく閲覧していたことがあります。「氏ね」「逝ってよし」など嫌な言葉もよく横行してしていたと記憶しています。
それから何年かして自分が歌を作って歌うようになったとき、自分の歌は常に人にバカにされている、という錯覚にハマったことがありました。やはりあのような汚い言葉に少なからず影響されてきたことは否めなかったと思います。

暴力が悪い、良いという議論以前に簡単な話、自分がしているように相手や周りからもそういう仕打ちを受けるように自然と思ってしまうのだと思います。僕自身それに気づいて心の中で考えることさえ悪いことを思い浮かべないようにしていったら、周りの人のぼくに対する反応も目に見えて変わってゆきました。

誰も見ていないから、どうせ咎める者もいないからと、汚い言葉に堕落し続ける彼らの行く末は空恐ろしい感じさえする今日この頃です。 15/9/10(Sankaku)

とても良いとこに気づいたね。
そういうことなんだよね。 15/9/10(石川浩司)

1990年頃の日本の女性ロックスターのプロモーションビデオを見ていたら、中指立てるポーズを何回かくりかえして行なっていて、非常に暴力的な印象とともにショックを受けました。2015年の現代ではテレビなどの媒体では当然放送できないでしょうし、物議をかもす大事件になっていたと思いますが、当時においてはあまり気にもとめられなかったということだと思います。時代の感覚の変化を感じた瞬間でした。 15/9/17(波照間エロマンガ島)

そういえば最近は見かけないか。
パンクの人たちみんなやってたよね。
中指立て同様、ピースサインとかも「昔はやってたね」という時代が来るんだろうなあ。
もう「シェー」する若者いないもんな(笑)。 15/9/17(石川浩司)

ネット上で「あいつのことを殴りたい」と書いている人を見ましたが、それだけでまわりの人を威嚇している暴力行為だとわからないのでしょうか。そういう手合いにだけはなりたくないものです。 16/8/11(東京砲兵工廠)

チャゲ&飛鳥の「♪殴りにいこうか〜」という歌もそうかも? 16/8/11(石川浩司)

慶應大学の校訓は「ペンは剣より強し」です。そのため学章がペンをデザインしています。 16/12/19(わいわい)

今はペン(ネットの匿名文章等も含む)の暴力が強すぎると思う。
よほどのことじゃないと暴力では死なないが他人の言葉によって自ら三途の川を渡ってしまう人の方が多い気がする。 16/12/19(石川浩司)

最近なんでもかんでも暴力はいけないという風潮です。
ネット上ではめちゃめちゃに叩かれます。
先月、大学の硬式野球部出身で九州のある県の公立高校の野球部監督をされている方とお話をさせていただく機会がありました。
とても面白い人で体育会にありがちなさっぱりとしたあっけらかんとしてそれでいて一本気の性格の人です。
当時の野球部は暴力指導は当たり前だったそうです。
殴る蹴られる。試合に負けると「野球の神様ごめんなさい」とグランドで土下座するような熱血監督でした。
朝までマウントに座らされて、明け方になると監督も目の前に座っていたとか・・・。
でも愛のある暴力なんですよね。
なので学生からは「オヤジ」「オヤジ」と慕われ卒業してからもOBが子供を連れて会い訪れたそうです。
体育会はこういうところでもあるのです。PL学園もしかりだと思います。卒業したOBはあのしごきかあったからこそ今の自分があったといいます。
「それでは高校で暴力は・・・」と聞いたら、
「今はためだめ」と笑って首を振っていました。
なんでもかんでも問題にするのはどうかと思います。 18/1/27(わいわい)

子供同士の喧嘩など「力の加減」を学ぶメリットもあったとは思うのだが・・・。
でも西欧では親が子供のお尻ペンペンだけでも逮捕されるらしいね。 18/1/27(石川浩司)


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