ネパールの笛吹き

今から2年ほど前の話。俺達は「たま」というバンドでネパールのミュージックフェスティバルに出ることになった。会場は首都カトマンドゥ、リゾート地ポカラはわかるのだけど、「ジャパ」という町でも演奏をしよう、と主催者にいわれた。「ジャパ・・・どこじゃそりゃ!?」と「地球の歩き方」という一番小さな町まで出ているガイドブックで見てみたが、その地名すら地図に載ってない。どうやらインド国境の町らしい、ということだけしかわからなかった。

 さて、カトマンドゥから小さなプロペラ機に乗って約1時間半、ようやくジャパという町へと降り立った。荷物はそこいらへんの草っ原にポーンと投げ捨てられていた。ジープで小一時間、町に着き、ライブの会場はどこか、と聞くと「そこの大きな木を曲がったところ」というおおらかな返事。行ってみると、だだっ拾い草原に明日のコンサートの為の会場を設営中。と、ステージはすべて竹(!)で組んでいた。触ってみると、若干グラグラ揺れるような気も。多少の不安を残しながらも、下見を終えた。さて、まだ陽は高い。「明日の為、ここいらで、いっちょデモンストレーションといきますか!」メンバーは町の真ん中に、アコースティック楽器を持ってスタンバイした。いわゆるストリート・ライブだ。ちなみに、そこからわずかの距離にも、ストリート・パフォーマンスをやっている人はいた。「ヘビ使い」だったが・・・。

 さて、街頭で演奏を始めると、どんどん「何事か」と人が集まってきた。俺達のまわりに何重にも人垣が出来、一見、ライブは成功したように見えた。人が集まったことに気をよくしながら、演奏中、彼らの顔をニコニコしながら見た。・・・瞬間、ゾッとした。誰も笑ったり、おだやかな顔をしていないのだ。ただ、俺達を、じぃっと凝視しているだけなのだ。曲が終わり「ダ、ダンニャバード!(ありがとう)」と愛想をふりまく俺達。しかし、拍手も歓声も一切なく、ただみんな腕組みしながらこちらを睨みつけている。「こっ、これはやばい・・・なんらかの理由で、彼らを怒らせたのかもしれない」俺達はあたふたと楽器を片づけると、ホテルにと足早に戻っていった。と、ここで不思議なことがおこった。なんと、俺達のあとを、町の人々がぞろぞろとついて来たのだ。まるでハーメルンの笛吹のように。
「・・・?」
 と、どうやらその理由がおぼろげながらわかってきた。つまり、彼らはストリートライブというものに生まれて初めて遭遇し、しかも演奏が終わったら拍手喝采をするという、こちら側の「常識」を全く知らなかったのだった。ただ、興味だけは持ったので、終わってもまだ何かするんじゃないかと、後をついて来ているのだった。そんなカルチャーショックを受けながらも、次の日はコンサート本番。さすがに今度は路上ではないので、曲が終わると、慣れないながらも拍手などもあり、俺達も楽しんでライブをした。が、ただひとつ困ったことがあった。会場の床も弾力性のある竹で出来ていた為、激しくステージの上で踊ったりすると、マイクスタンドとかが、どんどんあらぬ方向に勝手にひとりでに動いていってしまうのだ。特に俺はパーカッションを叩きながら歌っているので、両手がふさがっている為、それを引き戻すことも出来ない。歌いながらも「あぁ、マイクが去っていく・・・」と涙した。

 尚、このライブの模様は地元でテレビ中継していたおかげで、コンサートが終わって町を散歩していると「テレビに出ていた人じゃないか! まぁ、うちでお茶でも飲んでいけ」と歓待され、気持ちよく町を去った。
 そんな町だけど、現在はゲリラが暗躍する場所として、外国人はほとんど立入禁止状態とか。またいつか平和になって、もう一度あの大きな木を曲がった所でライブがしたいな、とふと懐かしい感情とともに思うのだ。
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