ママとパパには内緒だよ4



第四回 奇跡の再会



本日の取材は北千住にて。こうたろうくんのお父さんがやっている居酒屋の「虎や」さんをちょっと早く開けてもらいそこでお話することに。
実は北千住は僕の思い出の土地。
19歳で東京に出て来てまずギターの弾き語りで歌えるところを探していたところ、北千住の「甚六屋」というお店が新人募集をしていた。月に何度かの指定された日に行けば誰でも数曲歌え、お客さんの反応がいいとライブにブッキングされるという言わばオーディションを兼ねたライブだったのだ。
僕も毎回通いそこで元たまのメンバーである知久君などとも出会うことになる。
なので甚六屋に通っていなければたまも結成されることが無かったかもしれない、まさに僕の人生を大きく変えた店でもあるのだ。
もっとも甚六屋は今から30年も前に閉店してしまったのでそのお店の位置さえ町が変貌してしまった現在となってはハッキリ分からないぐらいなのだが。それだけの時が経ったのだ。
そんな郷愁も抱えながら今回の取材が始まった。

僕と杏さんに囲まれて小学校一年生のこうたろうくんは緊張していた。
「今日は午前中は学校だったの?」
「・・・・・うん」
「何の授業だったの?」
「・・・・・国語と算数と図工」
「すぐ下に弟がいるんだね。弟とはケンカとかする?」
「・・・・・時々」
「何が原因なの?」
「・・・・・おもちゃのとりっこ」
「何のおもちゃで遊ぶの?」
「・・・・・ポケモン」
その間こうたろうくんの視線はずっと僕らじゃなくて天井の方をキョロキョロみていて、質問をして時間をかけて返事はしてくれるもののなかなか会話としては続かない。
僕と杏さんは内心ちょっと焦ってた。だいたい今までのパターンだと興味のある引っ掛かる質問をするとそれを皮切りに喋り出してくれる場合が多いのだが、その糸口がなかなか掴めない。
もっとも自分を思い起こしてみれば6歳ぐらいでいきなりその日に会った知らないオッサンとお姉さんに質問攻めにされても、そりゃあ簡単に心は開かないわな。
「好きな食べ物は何?」
「・・・・・・・マンゴー」
「うわっ、スゴいなあ。高級な果物だね。オジサンたちが子どもの頃は見たこともなかったよ!」
「・・・・・」
「じゃ、じゃあ嫌いな食べ物は?」
「・・・・・・・パクチー」
「あっ、あれは大人でも食べられない人多いからね。苦いもんね!」
「・・・・・」

と、そこに弟のりゅうじろうくん登場。はしゃぎながらお店に元気に入って来た。
こりゃあ渡りに舟と今度はりゅうじろうくんに質問してみるもやはり「・・・・・」といきなり固まってしまい返事が無い。
さてさて困った。そこで「ふたりでしりとりしてくれる?」と頼む。
リス→スイカ→柿→キツネ→ネコとこれは照れながらも順調に答えてくれる。
途中マグロとかタコとか居酒屋のメニューから想起されたような言葉が出てくるのも流石。
ただ遂にここでこうたろうくんもりゅうじろうくんも限界を迎えたようだった。どちらかが答えを考えてる間は片方は我慢出来ずに僕らから離れ店内をうろうろし始めた。
結果「こういうのもある意味子どもらしいよね」ということで取材の終了宣言。
と、途端に今までの表情が一変しこうたろうくんとりゅうじろうくんはふたりで大騒ぎしながら外に出て追いかけっこを始めた。「待ちやがれ〜!」
そこにはまるで授業時間の先生の前から開放されたふたりの本来の笑顔が輝いていた。
「相当緊張させちゃったんだなぁ。ごめんね」
と思いながらでも正直どうやって原稿を書こうかと戸惑ってしまったのも事実だ。

そのうちお父さんである居酒屋「虎や」の大将も帰って来たので飲ん兵衛の僕と杏さんはそのままお店で飲むことに。
お父さんは陽気で冗談好きな人で会話も弾む、弾む。自慢だという鯖も旨い、旨い。
「これがお父さんの取材ならいくらでも書くことあったな〜」と思っているうちに件の甚六屋の話に。
「10代の頃は僕も北千住に通ってましてね。まぁそれが僕の音楽生活の始めみたいなもんで、そこで知り合った人と『たま』も作ったのでこの町に通ってなければバンドも無かったし、今の僕もいませんでしたよ〜」
と、その時お父さんの顔が動いた。
「甚六屋?」
「えっ、知ってるんですか?もう30年も前に無くなった店なんですけど」
「知ってるというか、僕も行ったことは無いんだけど・・・」
そう言いながらお店の隅をゴソゴソ始めた。
「これ?」
「!」
なんとそこにはあの甚六屋さんの看板が!
「えっ、えっ、どういうことですか!?」
「いやあこの店の常連さんで甚六屋さんに出てたミュージシャンの人たちがいて、お店が無くなる時にこの看板を貰い受けてここに置いていっちゃったんだよ」
「!」
「良かったら持っていかない?うちにあるより思い入れのある人が持っていた方がいいからさ」
なんという奇跡!30年前の看板が残っているだけでも奇跡なのにそれを貰ってくれという。
もちろん有り難く頂戴することに。

こんな不思議な出会いもある。
もしかしたら今から30年後、このお店のカウンターの向こう側ですっかり大人になったこうたろうくんがこんなことを言ってるかもしれない。

「へいっ、今日も鯖がおいしいよっ!
 ・・・息子ですか? 奴は知らない人にだけは人見知りでやして。さっきまでそこにいたんだけどなぁ。どっかに駆けていっちまいやしたよっ!」


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