第九話 おーすけの青春

僕の名前は相上往介。そうがみいくすけと読む。
だけど誰も僕のことを本名では呼ばない。
「あいうえおーすけ」と呼ぶのだ。
確かにそう読めないこともない。
でも、小さな時は普通に「いくすけ君」とか「いくちゃん」とか呼ばれていたのだ。 それが小学2年の時、初めて漢字の得意な友達に、
「あれ、いくちゃんの名前って、あいうえおーすけって読めるじゃん」
と気づかれたのだ。 でも、それだけだったらそんなに広まらなかったかもしれない。
ところがちょうどその頃、ある事件が起きたのだ。
当時、自宅に風呂がなくて、僕は銭湯通いだったのだ。
といっても銭湯は自宅のすぐ裏にあったので便利だった。
でもそれが仇となったのだ。
ある日、風呂からあがって着替えようとしたら、自分の服がなかったのだ。
実は、いじめっ子が僕の服を隠して影からニヤニヤ僕がどうするのか様子を見ていたらしいのだ。
僕はちょっとしたパニックになったが、なに、家はすぐ裏だ。
外に人影がないのを確認すると、僕は家まで素っ裸で帰る決心をして、えいやっとそのまま駆け出した。
その瞬間をそのいじめっ子にしかと見られていたのだ。

そして次の日、いじめっ子はその様子を教室でみんなにばらし、尚且つ歌まで作っていたのだ。

「♪あいうえおーすけ フルちんちん~
 ♪あいうえおーすけ フルちんちん~」

この曲はクラスの中で大ヒットしてしまった。
以来、僕はあいうえおーすけ、通称おーすけと呼ばれるようになってしまったのだ。

名前の由来は少々格好悪いが、そんな僕もハタチになった。東北の地方都市で大学生をやっている。
相変わらずおーすけと呼ばれているが、その由来を知る者はそんなに多くはない。
まぁ、名前のことはもう別にいい。
もっかの僕の悩みはただひとつ。
友人たちがどんどん卒業していくなか、未だ僕は童貞ということなのだ。

もちろん、僕だって何も行動を起こさなかったわけではない。ただ、行動を起こしてしまったために、及び腰になっているところがあるのだ。

大学に入学してすぐに、藤本由利亜という女の子と知り合った。授業で隣り合った席になったのがそもそものきっかけだったのだが、同じ県の出身だということを知るや否や、話がどんどん盛り上がっていったのだった。
日を重ねていくうちに、僕はいつの間にか藤本に恋心を抱いていた。そして、何とかして告白しようと思い立ったのだ。そしてあわよくば、童貞を捨ててしまおうと、企てていた。
入学していくばくか経過した、ある日。僕は彼女の携帯電話に、
「話したいことがあるので、今日の授業が終わったら体育館の裏に来てくれないかな?」
と送った。
放課後。僕は緊張しながら、藤本を待った。いつもよりちょっと格好いい感じの服を着て、彼女を待った。
待ち始めて30分くらい経ったころだろうか。藤本が、満面の笑みで手を振りながらこちらへ駆け寄ってくるのが目に入った。
「おーすけ君、遅れてごめん! 話ってなあに?」
藤本にそう尋ねられて、僕の緊張はピークに達した。胸の鼓動が速くなるのを、よく感じていた。
「あ、ごめん。は、話っていうのは、あの、その…実は…、ふじもとのこと……」
言葉に詰まりながらも、なんとか重要課題を口に出そうとした、まさにその時。
「おめぇ、俺の連れに何手出してんだよぉ!!」
という、叫び声が横から聞こえた。驚いて振り向くと、金髪にピアス、ダボダボの服という風貌の、いかにもチャラチャラした大柄の男が僕を睨んでいた。
「く、くーちゃん!?」
と、おびえた様子で叫んだのは藤本。その瞬間、僕はこの「くーちゃん」と呼ばれたチャラチャラ大柄男と藤本が既に恋仲にあるのだな、ということを理解した。理解した途端、顔から血の気が引くのがよく分かった。
「ち、ちがうんです、僕はただ、藤本、さんに、聞きたいことがあっただけで、あの、その…」
必死で「くーちゃん」に弁明を試みるが、彼は聞く耳を持たず、鬼のような形相で僕に詰め寄ってくる。さらに必死で弁明するも、やはり聞く耳を持たず…。

それから先のことはよく覚えていない。なんとなく覚えているのは、全身に走る痛みと、すっかりボロボロになった服。そして、そんな状態でアパートの一室で泣きながら横たわっていたことくらいだろうか。
この一件があってから、僕は告白というものにトラウマを感じ、童貞を捨てられずにいるのだ。(たちつ亭と~助)


さて、話はちょっとそれるが僕は「たんま」というバンドが好きだった。活躍していたのはだいぶ昔だしもう解散してしまっているし、何よりアングラな感じなバンドなので、ひと世代前の人たちからは「あぁ、あのバンドね」と言われることはあっても、同世代の友達にたんまの話をしてもキョトンとされるばかりだった。
そのたんまの元メンバーのホームページにチャットのコーナーがあるのを知ったのは、つい一年ほど前だった。その元メンバーの人も余程暇なのか顔を出すこともあり、そのうちそこの常連の所謂「たんまファン」の人たちともネットを通じて知り合った。
そのうち、僕も休みの時など東京などに出かけて行き、ネットの友達からリアルな友達になった人もいた。
世代も性別もバラバラだが「たんまファン」という共通項があるのと、僕がその中でも一番若い方だということもあって、みんなすぐに打ち解けて、まるで古くからの親友のように僕に接してくれた。

そんな中に、やたら僕にふざけてちょっかいを出してくるひとりの女の子がいた。

「おらおらおら~
おーすけって童貞なんだろ?」
元たんまのメンバーのチャットに現れる女子連は猥談を好むらしく、僕もチャットではさんざんいじられた挙句、童貞って事はとっくにばれてしまっている。
で、この女の子、ま、僕よりは年上だけどまだまだ女の子と言っていいだろうこの彼女は遠いS岡からわざわざ新幹線でやってきたという。
見た目はおっとり清楚なお嬢様。といったところ、お互いに自己紹介しあったときは、まさかこんな風貌からあんな猥談がとびだしてくるとは思いもしなかった。
嘘だろう!と、目を疑ったものだったがその疑いも彼女の発する言葉からすぐに解けた。
彼女、チャットで話しているとき以上に口が悪いのだ。
「おーすけ~!!おらおら おふって言わせてやろうか?
言え!
おふって言え!」
と、僕は彼女にせめられるがままになっていた。
それもこれも彼女が僕の脇をいたずらっぽくつんつんしてきたときに、ついついおふっと、快感のため息がでてしまったからだ。
それを面白がっておふって言えって!

「おおお、おふっ。」

ううう、我慢すればするほど出てしまうこのため息、なんだか情けなくなってきたが悪い気はしない。
でもそのとき彼女の顔に驚愕の表情が走った。
「ななな、なんですか?」 (ますちゃん)

「おーすけ・・・白目剥いてるよ。しかもベロも出てるっ。なんか怖いよっ!」
するとまわりにいた他の友達たちも口々に言った。
「見た見た! おーすけ君今、完全に白目になってたよ。ベロ出してたよ!
 ツンツンされただけでそんなに気持ちいいの!?」
「い、いや、僕は・・・」
まさか自分がおふっという度に白目を剥いてベロ出しているなんて意識は全くなかったので、僕は気が動転した。
「こんなんじゃ、本当に童貞喪失したら失神しちゃうんじゃないの?」
そんな馬鹿なっ!
そんな恥ずかしいことが起きるはずないっ!
僕だって音楽の趣味はともかく、あとは極々平凡な男だと自負しているんだ。
童貞喪失して失神したなんて人の話は聞いたこともない。
その時、強く決心した。
「くそぉ、みんなにあれこれ言われる前に僕のチェリーを誰かにくれてやるっ!」

そうと決まったら、ぐずぐずしていられない。僕は学業をそっちのけで、どのようにしたら童貞を捨てられるかを考えることにした。もちろん、授業中もだ。
ある授業中のことだ。僕はその授業でも、どのようしたら童貞を捨てられるかを考え続けていた。周りに喪失の手伝い引き受けてくれる人はいないだろうし、といって水商売のオネエサンに捧げるのも気が引ける。選り好みをしているヒマは無いということは重々承知だが、それでもなるべく良いように良いようにと考えてしまうところが、僕の煮え切らなさを物語っている。それでも、僕は考え続けた。あまりに考えすぎていたから、
「おい、相上。このテキストのここから読んでみろ」
という教授の声も、その時の僕にはまるで届かなかった。当たり前だ。授業より重要なことを考えていたのだから。
授業とは別のことを考えている僕に、隣に座っていた友人も見かねて、
「おーすけ、呼ばれてるぞ」
と、肩をポンとたたいた。まさにその時だった。

「おふっ!」

シンと静まり返った教室に響く、僕の素っ頓狂なため息。当然、周囲の視線が一斉に僕の方に向く。隣の友人は、ツチノコと遭遇したかのような表情で僕を見る。
「お、おーすけ…。なんだ、今の声は…。あと、い、今の顔はなんなんだよ…」
顔? もしかして…。
「な、なあ、その顔ってもしかして、白目をむいてベロを出していなかったか!?」
「ああ、そのとおりだけど…。何か、あったのかよ…」
どういうことなんだ。脇をツンツン突かれたり、くすぐられたりしてこんな声が出るというのは、もう知っている。しかし、今は肩を軽く叩かれただけだ。別に、肩を軽く叩かれただけで快感を覚えるような体質ではないと思う。それでは、これは一体…? 僕の体に、何か奇妙な変化が起きているのだろうか…?
僕のそんな心配とは逆に、ワッと盛り上がる周囲の奴ら。
「なんだなんだ、おーすけ肩を叩かれると今の声を出すのか?」
「どうもそうらしいぞ。それだけじゃなくて、変な表情にもなるんだってよ!」
「へえ~、面白そうだからちょっと叩いてみるか!」
一斉に僕に伸びてくる、無数の手。
「お、おい、やめろよ! お前らふざけるな…、おふっ、おふっ、おふっっっ!」
「うわ~、白目になってベロ出してるよ! なんだこれ!」
もはや授業どころではなくなっていた。(たちつ亭と~助)

「これって、チョー受けねえ!? 確かに最初見た時はギョッとするんだけど、最高の一発芸じゃん。これ、いけるよ!」
そう言ったのは、落語研究会の浮田だった。
「そうだ、今度お笑いコンテストの地区予選があるんだけど、俺と組まねえかっ!? これなら俺がうまく突っ込めばもしかしたら爆笑取れるぞっ!」
えっ、俺がお笑い?
もちろんお笑いを見るのは昔から好きだったが、まさか自分がやるなんてことは、思ってもいなかった。
「い、いや僕はそんなに人前に出るような性格でもないし・・・」
そう言った途端、浮田の悪魔の囁きが聞こえた。
「お笑いは女にもてるぞ」

うっ。

完全拒否するつもりだった自分の気持ちが大きく揺らぐのを感じた。
と同時に頭ではまだ何も考えてないのに、口が勝手に動いていた。
「や、やってみようかな・・」

数日後、浮田が持ってきた応募用紙を見て、僕はぶったまげた。
「ちょ・・・、『お笑いウルトラグランプリ』って・・・。」

『お笑いウルトラグランプリ』は、プロ・アマを問わず、お笑い芸人を目指す人なら誰でも出場できる。もちろん漫才、コント、落語、物まねなどのジャンルも問わない。
地区予選で全国大会進出2組を選出する。全国大会でさらに決勝進出4組が選ばれる。決勝は年末にTVで全国放送される。過去の優勝者はいずれもバラエティー番組などで華々しい活躍をしている。

「敷居、高すぎるよ。」
「おーすけの例の芸なら、絶対受けるよ。あ、そうだ。ついでだから、芸名を『あいうえおーすけ』にしなよ。芸名だけでも笑えるぜ。」
これじゃ女にモテるどころか逆に嘲笑されそうだ。
「心配するなよ。俺が台本書くからさ。俺に任せろよ。
そうだ!俺も芸名決めよっと。『かきくけこう太』にき~めた。」
あいうえお~すけとかきくけこう太かよ・・・。僕はすっかり不安になった。
「よ~し、地区予選に向けて、台本書かなくちゃな。台本できたら連絡するからな。」

アパートに帰り、TVをつけた。芸能ニュースの時間か・・・。
「え~、人気漫才コンビのギャートルズが記者会見で、『お笑いウルトラグランプリ』出場を宣言しました。」
「人気、実力ともに若手ナンバー1ですからねえ。彼らなら優勝候補の筆頭に挙げても誰も文句は言わんでしょう。」
「ホンジャマイカーズ、落語の真言亭勝太郎もついこの前出場宣言しましたね。」
「そうですね。今回は今までにない高いレベルのでの争いになると思いますよ。」
「ちなみにギャートルズと真言亭勝太郎は東北地区予選からのスタートですね。」
地区予選玉砕決定じゃん。女にモテるとそそのかされた僕がバカだった。
あのときはそう思った。しかし、まさか・・・あの地区予選で奇跡が起ころうとは・・・。(ちちぼう)

グループ名はちょいとベタだが「さしすせソーヘイ」にした。つまり、
「あいうえおーすけで~す!」
「かきくけこう太です」
「ふたりあわせて、さしすせソーヘイで~~~す」
ということだ。コンビ名はとんねるズ、ダウンタウン、さまぁ~ずなどを見ても分かる通りあまり凝らない方がいいのだ。そしてこの順番で名乗ると、みんなコンビ名だけでなく、個人名も一発で覚えてくれるのだ。
とにかく基本的には僕はほとんど喋らず、相方に何を言われても最終的には「おふっ」という風に僕が喘ぎ声と白目剥き出しベロニュ~の表情を作るというオチは思った以上の爆笑を生み、キモかわいいと言われ、東北地区の予選決勝戦ではなんと前評判の高かった真言亭勝太郎を抜き、惜しくもギャートルズには及ばなかったものの第二位で全国大会に出場をすることがアレヨアレヨという間に決まってしまった。

コンビ名の通称「ソーヘイ」とおーすけの「おふっ」は、もはや東北ローカルのテレビにも取り上げられ、お笑いに興味のある者なら地方限定とはいえ、知らぬ存在はないという感じにまでなっていったのだった。

『お笑いウルトラグランプリ』全国大会が放送されるや否や「さしすせソーヘイ」の名前は一気に全国区に達した。
結果はなんと、優勝こそ逃したもののギャートルズ、ホンジャマイカーズに続いての第三位、奇跡は再び起こったのだ。順番にも恵まれ、おーすけ達は一回戦で大爆笑を起こし 決勝進出を決めたのだった。
そしてなにより東北ローカル局から突如として現れたこの新人に世間は黙っていなかった。ソーヘイのもとには雑誌やテレビのインタビュー、お笑い番組の出演依頼が山のように舞い込んできた、おーすけは一躍東北のアイドルとなり、子供達はおーすけの「おふっ」を真似した。トントン拍子とはまさにこの事だった........ただ一つ未だに童貞だという事を除いては......
そんなおーすけのもとに上京の話がやってきたのも自然な流れだった、一躍時の人となったおーすけにとって、東京行きは人生を変える、いや 童貞を捨てるには絶好のチャンスだった。浮田も東京行きに迷いはなかった。
ふたり揃って大学に休学届けを提出し、親を説得し、浮田の方は早々と下北沢にアパートを見つけ新幹線で東京に向かった。

その一週間後僕も東京行きの新幹線に乗ろうとしていた。
駅のホームからたんまファンの口の悪いお姉さんに電話をかけた。
お姉さんは最後に「あたしがおーすけの童貞すててやればよかったよ、そしたら私がおーすけの中の一生の思い出に残るだろう」と、言った。
「おおおお おっ  おふっ。!」
「ハハハハ!」

..........電話を切り、座席に付き。出発までの少しの間 おーすけは目を閉じた。(Naughty Sato)

さて、僕は自分が芸能人になったと確信するのにそんなに日にちはかからなかった。
どこに行っても声をかけられるのももちろんそうなのだが、なんとバリバリのアイドルであるスザンネから声をかけられたのだ。
今まではテレビで見るしかない存在、その人と共演するだけでも驚きなのに、あろうことか向こうから声をかけてきたのだ。
「おーすけ君の『おふっ』私もついついネタでやっちゃいま~す」
しかも奇跡はさらに続いた。
「最初は面白い人だな~としか思ってなかったんだけど、最近やたらおーすけ君のことが気になっちゃって。・・・これ、あたしのメールアドレス!」
そういって、なんとケータイメールの番号をゲットしてしまったのだ。
僕ももちろんスザンネさんのことは以前からかわいいな~と思っていたので、2、3日躊躇したものの、メールをしてみた。
するとあろうことか「今度、良かったらお食事行きませんか?」という返信がきた。
千載一遇、こんなことはもう人生で二度あるか分からない。
僕はもちろんデートの約束を取り付けた。

彼女が指定してきたのは西麻布のちょっとおしゃれなレストラン。
西麻布も、おしゃれなレストランも初めての僕は緊張したが、その日はめいっぱいオシャレして出かけた。マヌケなことに蝶ネクタイまで付けて。
東北から出てきた田舎者の僕を、彼女はトークで華麗にリードしてくれた。
僕はもう何が現実か分からないまま、ふわふわとして会話した。ワインでほろ酔いになった僕がナイフやフォークをドンガラガッシャーンと落としても、彼女はけらけら笑って、かえって場の雰囲気をよくしてくれた。
ほんとうにテレビそのまんまにかわいい子だな、と思った。
と、突然彼女が僕に聞いてきた。
「おーすけ君って、童貞?」
あまりの言葉にワインを口からブッシャーと吹き出してしまった。
「あ、図星だなっ!」
彼女が優しく微笑んでくれた。
僕は狼狽を悟られまいとしたが隠しきれず、妙に大きな声で、
「は、はいっ!童貞っす!」
と椅子から立ち上がり、直立して叫んでしまった。
すると彼女が急にアンニュイな雰囲気を漂わせてきた。
本来にぎやかな彼女がちょっと伏目がちになっただけで、急に大人の女の人にと豹変したのが分かった。
そして彼女は言った。
「・・・これから家に来る?」
あまりの言葉に僕は再度ワインを口からブッシャーと吹き出してしまった。
「はっ、はいっ!」
またもや直立不動になって言ってしまった。
僕の頭の中には、さまざまなことが去来した。

(と、と、ということはもしかしてもしかしてがあるかも!? いや待てそんな馬鹿な、そんな馬鹿なだよあはははは。相手は今一番売れっ子のスザンネだぞ。落ち着けおーすけ、落ち着くんだおーすけ。い、いや、駄目だ。落ち着けるはずがないじゃないか。こんな状態で男が落ち着けるはずないじゃないか。あはははあはははオーイオイ(泣)。 ・・・そんなことより現実を考えるんだ。万に一つのことを考えるんだ。部屋に行くということは、部屋部屋部屋、ヘヤー!? ち、違う。何を考えているんだ僕は。部屋に行くということは、あ、あのムードが出ればキスなんてえことも? えっ、えっ、 スザンネちゃんとキス!? 唇と唇が重なるという噂高き!? あっ、スザンネちゃん、駄目だ舌なんて入れて来たら。舌なんて入れて来たらネチョネチョグチュグチュああ気持ちいい。気持ちいいよスザンネちゃん。ああああ、そんなに胸を僕の体に押し付けて来たら駄目だ。まずい、手が、手が当たるよスザンネちゃんの胸に。ちょ、ちょっとだけ手を動かしてみようかな。いいよなあ動かしても。ああああああああああああああ柔らかい。柔らかいよスザンネちゃんの胸が僕がもみしだく手で。ああ、何故今倒置法を? そ、そんなことはどうでもいい。こっこっこっ、コケコッコー!・・・じゃない、こっこっこっこれはなだれ込むということですよ。いってしまうということですよ。突っ走るってことですよ。あ、あ、あ、ということはスキンが。スキンが必要。スキンヘッドは不必要。あ、なんでここで井出らっきょが出てくるんだ。すごいスピードで100メートルを駆け抜けるんだ。違う違う違うスキンですよ。コンドームですよ。今度産む。今は産まないコンドウム。ななな何を言っているのだ。コンドーム持ってますよ。ずっとサイフの中に後生大事に。だから大丈夫。ノープロブレム。ややややっと僕にも童貞喪失の日が。やったぞやったばんじゃ~い苦節二十年僕は生きてきました。そしてとうとう大人の階段を今一歩二歩三歩とあがっていきます。ありがとう父さんありがとう母さんありがとう全ての生きとし生けるもの! )

頭の中では相当喋っていたつもりだが、実際には「おふっ」と言いながらいつも以上の物凄い白目を剥き、ベロを出しているだけだった。
「どうしたの、おーすけ君。もしかして気分悪いの? だったらすぐに行こうか!」
数分後僕とスザンネちゃんはタクシーの車内の人となり、さらに数十分後には瀟洒な彼女のマンションの入り口にと到着していた。
「ちょっと部屋片付けてくるから、5分だけ待って!」
僕は「おおっ」とちょっと男らしく答え、そっとサイフの中のコンドームを指で確認した。
「いいよー、こっちから入ってー」
スザンネちゃんの声が聞こえた。
僕はニヤついた顔を隠すことも出来なかった。
無言で小走りになっていた。ああ、スザンネちゃんとこれから僕は・・・。

と、その時だった。
突然、天地がひっくり返った。
体が変な形に折れ曲がるのを感じた。
と、ほぼ同時にあたりがすごい光に包まれた。
たくさんのライトそしてカメラ。
大勢の人たちの哄笑。
「バ~カ、おーすけそこで何をしてるんだよ!」
聞き覚えのある声。
そして僕は瞬時に何が起きているか気づいた。
「ロンドンハットのいたずらメール、大成功!」
そこにはお笑いコンビ、ロンドンハットのアツジさんがいた。
そう、俺はドッキリに引っかかったのだ。マンションの前に掘られた巨大な落とし穴に落とされたのだ。
「ははは・・・」
僕は笑うしかなかった。
アツジさんが穴の中の僕に話しかけてきた。
「おーすけ、お前スザンネと出来ると思ったんだろ。あれは全部俺の指示。芸人界によーこそ。俺からのお祝いの洗礼だよっ!」
そして横にいたゲストの俳優が決定的なことを言った。
「全部隠しカメラで見てたよ。直立不動になっての『は、はいっ!童貞っす!』は最高だったな。
おーすけ、お前まだ本当に童貞だったのかよっ!」
巻き起こる大爆笑。
そして僕の童貞は遂に全国に知られるようになってしまったのだ。

それからの僕と来たら、テレビやラジオにて出ても相方や共演者に、
「そうは言ってもお前は童貞!」
「おふっ」
「童貞風情が何を言う!」
「おふっ」
「ちょっと触っちゃおうかな、童貞くん!」
「お、おふっ」
と、すっかり童貞キャラのイジラレ役としてますます売れっ子になっていった。(じょろじょろん)

ある日のことだ。僕は某テレビ局のディレクターに呼ばれた。しかも相方なしのピンでだ。
「おーすけ君、最近童貞キャラでブレイクしたね~!」
「おふっ」
「そこで今、ひとつのプロジェクトが立ち上がってるんだ。君をさらにスターにする、ね。」
「お、おふっ!?」
話しを聞いてみると、今人気絶好調の若手俳優のおぐり順がやはり童貞らしいので、なんとふたりで「チェリーズ」というペアユニットを組み、歌を出してみないか、というものだった。
「え、おぐりさんも童貞なんですか!? あんなイケメンなのに!?」
「うん、本人はそうだと言っているんだ。来週発売の女性誌のインタビューで告白するらしい。それで彼もおーすけ君には同士として並々ならぬ興味を示していてね。実はもう曲も出来ている。」
そう言うや彼は歌いだした。
「♪チェリチェリ チェリーペアー
 ♪チェリチェリ チェリーペアー」
「そ、それって聞いたことあるっす。確か昔女子プロレスラーが歌っていた ♪ビューティビューティビューティペアー、とかいう歌じゃないですか!?」
「そうだ。その年でよく知ってるね。あれの替え歌、というかカバーだ。当たればでかいぞっ!」
遂に俺は歌手にまでなってしまうのか。芸能界というところはなんと恐ろしいとこなんだっ!

「すみません、すごくいいお話なんですが、少し考えさせてください。こう太にも相談しなくてはならないので・・・」
と言っておーすけはスタジオを後にした。
おーすけは昨日の笑っていいテレビに出演した帰りの車中のことを思い出していた・・・・・・・・・・・

「おーすけ今日は緊張したけど、森もんたさんの司会はすごく勉強になったな」
「ああ、僕たちももっと腕を上げていずれ冠番組をもちたいよね」
「もてるさ、おーすけといっしょなら」
「でもその前に女性にももてたい・・・」
「大丈夫だってそっちのほうのチャンスもきっと来る」
と言ってこう太はポンとおーすけの背中を叩いた。
「でも時々思うんだ今のおーすけいや俺たちっておーすけの童貞あっての人気じゃないのかって童貞じゃなくなったらって思うと不安になることがあるんだ」
「何言ってんだ、こう太そん時は新生おーすけを見せてやる」
と言ってこう太の背中をぽんと叩いた。
実は僕もこう太と同じことをよく考えていたけど口には出さなかった。
数分後車はこう太のマンションの前に着いた。
「じゃあな、おーすけお疲れ」
と言って車を降りた。
車が走り出すと後ろのほうから声がした。
「おーすけーーーー!これからもずっと一緒にお笑いやっていこうなーーー・・・」
手を振るこう太の姿があった。
僕はああと心に誓った・・・・・・・・・・・・・・・・・

チェリーズのことをこう太には言い出せずに3日が過ぎた朝、この話を持ち出したデェレクターのAから個人的に話があるからすぐに「お昼ギュウ」という定食屋に来てくれと電話が入った。
店に入ると「おーすけくん待っておった」とにこにこしながらAは言った。
「なんですか急用って」
「忙しい時にすまない。前に番組内で好きなミュージシャン「たんま」の石川りょうじさんの話で盛り上がったことがあったね」
「ええ」
と言った所、突然「すまないちょっとトイレに~」
といってAは席を立ってしまった。
 その時だった。遠くのほうからズシンズシンと音とともに店内に巨大な男が姿を現した。
店内にいた数名の客からは「でかい・・・」とぼそぼそ聞こえたがそれもそのはず坊主頭で髭面、身長2メートル、体重100キロはあるかと思われる巨体が入ってきたのだからそんな声が聞こえるのも無理はなかった。

なんか危ない感じの人だなと僕は思った。
『こっちに来ないで頼む』
と心の中で念じてると、
なんとその男がこっちにやってくるではないか。
大男が僕の目の前のソファーに腰を下ろすとソファーが大きな声ため息を漏らした。
ん待てよこの顔・・・
髭だらけで最初はよくわからなかったけど石川さん!?たんまの石川さんだ!!!!!
一体これは???
緊張と興奮のあまりつい「おふっ」となりそうなのをこらえて急いで立ち上がり挨拶をした「チャチャチャチャチャットにはよく・・・」と言いかけたところ 石川さんは突然「30分寝る」といいだしてその場に寝袋を敷いてゴーゴーと声をあげ眠ってしまった。
僕を含め店内にいた皆が、あっけにとられていたが数分後には何もなかった、いや何も見なかったかのようなそぶりで皆、食事を再スタートさせた。 その間にAはトイレから戻ってきて事情を話してくれた。
「すまない驚かせて私は昔たんまとよく仕事をしていて石川とはそれ以来の付き合いなんだ。
君がずいぶん迷っているようなので昨日地球の裏側から彼を呼び寄せてきたんだ」
きっかり30分たったところで石川さんは突然目を見開いて、
「君をぷろでゅーすさせてくれー!!!
条件は3つある。
君をぷろでゅーすさせてくれー!!!」
と言いながら石川さんは3本指を前に出して、
「1つチェリーズに加入する新たな女性ボーカルの募集
2・・・
と言いかけたところで
僕は、
「ちょっちょっとたんまーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
と石川さんの言葉を大声でさえぎった。
その瞬間店内は静まり返り、
「お腹はギュウ♪お昼はギュウ♪お客はいっぱいギュウギュウギュウ♪」
と、この店のテーマソングと思われる曲がノー天気にかかっていた。(波乗りJ)

すると石川に代わってAが喋りだした。
「まぁまぁ、石川君は昔からこういう人だから」
と苦笑しながら、
「もしかして、ピンになるのが問題? こう太のことを考えている?」
僕は図星を衝かれて思わずコクッとうなずいてしまった。
と、「それなら心配ご無用」と彼は言った。
「実はこう太にも別の話が来ている。というのは、彼が主にネタを書いて来ただろ?」
主に、というかほぼ全てと言っていい。なにせ元々おーすけは彼にそそのかされて芸人になったのだから。ネタは彼が考え、僕はただ「おふっ」と言ってただけだ。その「おふっ」をある意味お笑いになると発見したのも彼だし、僕は天然ボケで突っ走ってきただけなのだ。
「それで彼には本を書かないか、というオファーがいくつかの出版社から来ている。最近、お笑いの人が自伝やら小説やらでベストセラーを出している例を君もいくつかは知っているだろう?」
僕はこくりとうなづいた。
「実はこう太君にもおーすけのこのプロジェクトの話は秘密だが、している。
・・・彼は快諾してくれたよ。
おーすけに来たまたとないチャンスだと、むしろ喜んでくれてたよ。」
僕は涙が出そうになった。こう太の奴・・・!
「それにこれは言わば企画ユニットだ。ヒットしなければ一曲で解散だって、お笑いなら許してもらえる。コンビだって解散するわけじゃない。今だって、いろんなコンビの片割れがピンで活躍しても、コンビ自体は存続していることは多いだろう?
例えばブランクブラゴンの塚田だって「全裸の大将」っていうドラマに出てるし・・・。」

その時だった。
人の話をろくに聞かずにうつらうつらしていた、たんまの石川が、
「うおおおおお~いっ!」
と泣き叫びはじめた。
「ど、どしたんすかっ!?」
と言うと、Aは苦笑しながら手を横に振った。
「気にしないで、おーすけ君。
 石川は『全裸の大将』の話が自分に来ると勘違いしていたんだ。
芦屋貫太郎が亡くなった直後から、
次は俺かなぁ、えへへへ。俺、『全裸でキャキャキャ』という歌もうたってるしなぁ。えへへへへへへ」
なんて勘違いしていたんだよ。気にすることはない。」
「うおおお~い、おいおい」
と大きな体を揺すりながら大声で赤ん坊のように泣きじゃくる石川を見て、
(俺ってこんな人に憧れてた時代もあったんだ・・・)
と、気持ちが覚めて行くのを感じた。

「さ、そうと決まったら早速打ち合わせをしよう。童貞ペアのチェリーズだ、と言っているのに『女の子を入れよう』なんてわけの分からないことを言っている石川のことは無視して」
「はいっ!」
でもやっぱり僕の一時の気の迷い、若気の至りだとは言え、尊敬していた石川さんの方を大丈夫かなとちらっと見た。
すると、泣いていたカラス、いや石川はもう喜色満面でニッコニコしながにディレクターに与えられたあんみつ(大)を頬張っていた。口に生クリームをたっぷり付けながら。
「・・・駄目だ、こりゃ。」
僕はとりあえず石川の方をなるべく見ないようにして、Aの後についていった。

「こちらが、おぐり順君」
僕は六本木のホテルのバーの片隅でAに彼を紹介された。
「お、おふっ。よくテレビで拝見してますっ!」
若干年上で、子役からやってきているので芸能界では大先輩のおぐりさんに僕はペコペコした。
「いやあ、この間のドッキリは、笑わせてもらいましたよ」
おぐりさんは、テレビや映画そのものの、爽やかな笑顔で答えた。
「で、決心はつきました? 僕とのペアユニット?」
「お、おふっ!・・・い、いや、おすっ。がんばります!」
「そう、それは良かった。」 おぐりは、スコッチウイスキーのオンザロックをことりと置いた。
と、Aが口をはさんだ。
「ここだけの話、まぁぶっちゃけて言うと、二枚目とその・・・芸人さんの凸凹コンビなわけだね。それがコントラストとして面白く出ればいいと思うんだ。ふたりとも、ある種、今が旬な人だからね!」
Aの口ぶりには若干商売根性が見え隠れしていたが、なに、それは彼だけじゃない。僕らが注目されはじめた途端、手のひらを返したようにワッと人が押し寄せて来たのだから。むしろ具体的な提案を持ってきただけAはましだと思わなければならない。
何故なら群がってきた人のほとんどは、ただ僕たちを祭上げ、そのおこぼれを頂戴しようという卑しい輩ばっかりだったのだから。
おぐりさんは「よろしく」と言って手を差し出してきた。
僕も慌てて汗ばんでいた手をぬぐって、握手をした。
ちょっとぎこちなく笑顔も返した。

しかし、ちょっと変だ。
いつまで経ってもおぐりさんは僕の手を離さないのだ。
「おーすけ君は本当に童貞だよね?」
僕はおぐりさんに手を握られながら、
「は、はい。あのドッキリの通りです」
と言った。
「聞いていると思うけど、僕もそうなんだよ」
そして彼はさらに手を強く握り締め、僕の耳元で囁いた。
「僕も童貞さ。お・ん・な・はね・・・」

そのあと、僕らはホテルの1室へ移動した。
「あ、俺、バーに忘れ物したみたいだ。ちょっと行ってくるわ。」
部屋には、僕とおぐり順の2人だけになった。
「おーすけ君、ホントに僕とユニット組む気あるの?組む気があるなら 体で示してよ。」
え?何言っているの?この人?
「さあ、服を脱いで。僕と一緒に愛し合おうよ。」
「おふおふおふっつ、僕はそんな趣味ないです・・・おふっおふっおふっ」
いつのまにか上半身は裸にされてしまった。おぐり順のやつ、男が趣味だったのかよ!
あの時、何かおかしいと思ったら・・・。
「いやあ、おーすけ君って、いい体してるね。」
あああああ、僕は女じゃなく、男に童貞ささげるのかよ・・・。
おぐり順も、上半身裸になり、手には・・・ムチが握られていた。
「さあ、これを受けてみろ。そして『かいか~ん』と言え!」
バシッ
おふっ
『かいか~ん』が言えず、口から出てくるのは『おふっ』だけだった。
バシッ
おふっ
バシッ
おふっ

おぐり順・・・変態だよ、こいつ・・・。

バシッ
おふっ

突然、僕の頭がムチでない何かで叩かれた。振り返るとそこには、ハリセンを持った世界の南野こと南野きよしがいた。
「ばかやろう!何やってるんだよ、おまえは!」
Aと石川も部屋に入ってきた。しかも2人ともお腹を抱えて笑いながら。
Aが笑いながら僕に言った。
「『爆笑ウルトラクイズ』の人間性チェッククイズなんだよ、実は。
あははははは、今までの話は全部ウソ。ごめんよ。」
石川もおぐり順も仕掛人だったのだ。またもや僕は引っかかったのだった。

僕はホテルの広間へ連れて行かれた。何とそこにはモニターがあって、 僕とおぐり順の絡みが全部写されていたのだ。広間にいた大勢の芸人から歓声があがった。
「おーすけ、面白いもの見せてもらったよ。ヒューヒュー。」
「最高だね、これは。」
モニターのそばにはアシスタント役の坂本マナがいた。
「それにしても、おぐり順君のあの演技には驚きましたね、殿。もう、ホントにオカマ・・・い、いや・・・。」
「マナ、おまえ、何言っているんだよ、このやろう。」
南野きよしは坂本マナの頭を持っていたハリセンで小突いた。
広間はあっという間に爆笑に包まれた。
坂本マナが石川の方にマイクを向けて、
「いやあ、石川さん、よく出演OKしましたよね。」
石川は照れながら言った。
「うははははは、ここんとこ、ちょっと退屈していたから。おかげで楽しかったよ。ありがとう、おーすけ君。」
僕と石川は握手した。石川の手は大きくて温かかった。

1週間後、『爆笑ウルトラクイズ』が放映され、僕の人間性チェッククイズも ばっちりノーカットで放映された。僕の人間性チェッククイズは動画サイト 『よーつぶ』にも取り上げられ、アクセス数は1000万を超え、『よーつぶ』史上アクセス数最高記録を塗り替えた。

その後、僕は南野きよしに「大事な話があるからオイラの事務所に来い。」 と呼び出された。
「おまえ、なかなかいいリアクションしてるぞ、このやろう。」
お笑いのみならず、作家、映画監督とマルチに活躍する南野きよしから褒められ、僕はうれしくなった。
「おまえ、あのギャグでこれからも続けるつもりか?芸能界はそんなに甘くないぞ。一発芸で売れた芸人なんてのは、大抵は1年もしないうちにポシャるからな。ほら、去年、小島タカオっていただろ?パンツ一丁で踊っていたやつ。今見かけないだろ?」
確かに・・・去年は小島タカオ一色という感じだったのが、今では名前すら聞かない。
「芸能界で生き残りたいなら、一発芸に頼っちゃダメだ。」
巨匠、南野きよしの言葉だけに重みがある。
「近々映画を撮るんだが、おまえ、役者やってみないか?主演でさ。」
映画出演??しかも、世界の巨匠、南野きよしの映画!!
「あのリアクションを見て、オイラ、おまえのこと役者としても使えそうだと 思ったんだ。役はまだ決まっていないんだが、どうだ?」
芸人から役者に転向して生き残ったやつも芸能界では結構いる。昨年の『お笑いウルトラグランプリ』の優勝者、松本カンパチも一発屋と言われていたのが、映画出演で役者の才能を見いだされて、今では専ら役者業が中心って感じだもんな。役者としても箔がつけば、女にもモテるぞ、きっと。 でも、まてよ?
「まさか、これ人間性チェッククイズの続き・・・。」
「そんなわけねえだろ、このやろう。そうそう、おまえの相方に脚本書いてもらうことにしてるんだよ。」
ソーヘイが主演と脚本で、しかも、監督は世界の南野きよし。
あまりの話のでかさに、僕は少しだけ怖さを感じていた。

アパートに帰り、寝ようとしていたとき、携帯電話が鳴った。こう太からだ。
「おーすけ、聞いてよ。南野きよしから映画の脚本頼まれちゃったよ。」
あの話は本当だったのか!
「実はさ、僕、南野きよしから映画に主演しないかと言われたんだ。」
「え、え、ええええ~!マジかよ。俺が脚本でおまえが主演!?」

南野きよしの事務所で映画撮影の打ち合わせがあり、僕とこう太は一緒に向かった。
南野きよしとマネージャーが出迎えてくれた。
「よっ!脚本はできたかい?」
「と、殿、これです。」
「ここでは殿と呼ばなくていいよ。」
こう太の脚本を見た南野きよしは
「あははははは、これは面白い。傑作だよ。いい映画が撮れるぞ。そうそう、おーすけ、おまえの役はな・・・・だ。おまえにぴったりだよ。」(ちちぼう)

「えっ、すいません、よく聞こえなかったんですが、僕の役は何ですって?」
「おまえの役はおまえ自身だっつうのっ!つまりセミドキュメンタリーだっつうのっ!なにせこんな短期間で世間に認知された奴もめずらしいだろ? しかもほとんど『おふっ』の一言だけで。この野郎っ!」

確かに言われてみればそうだ。自分でも目まぐるしいほどの日々を送っている。ちょっと前まではお笑い芸人になることさえ考えていなかったのに。
これは確かに傍目に見ても奇異な人生なのかもしれない。
でも、あまりにも出来すぎた話だ。とんとん拍子過ぎる。
二度あることは三度ある。今度もドッキリの可能性を僕はまだ自分の中で否定しきれないでいた。

と、そこにドアをノックする音。
事務所にいたスタッフの顔色が変わる。
「あっ、先生、どうもこんな汚いところまでご足労いただきまして!」
と、なんとあの南野きよしまでもがペコペコしている。
見ると、なんと日本俳優界の最重鎮と言っても過言ではない、森髭久弥がそこにいた。
そしてしばらく南野きよしと話した後、僕の姿を見つけると、
「おぉ、君がおーすけ君という若者だね。今回の主役か。がんばりたまえよ。わしもケチな老人役でちょいと出させてもらうんだがね」
と声をかけてきた。
僕は恐縮して「ど、どうも・・・」と口ごもることしか出来なかった。
ここで本当に今回の映画撮影がドッキリではないことを確信した。
何故なら森髭はバラエティ番組どころか、通常のテレビにだって滅多に出ることのない、それこそ映画スターだからだ。
ひと通り挨拶などがすんで、森髭はお付の人と共に帰っていった。
事務所全体から緊張の解けたほっとした空気が感じられた。
やはり森髭はオーラからして、全く違った。

落ち着いたところで僕は南野きよしに改めて聞いた。
「で、映画のタイトルはなんですか?」
「タイトルぅ? 『童貞という船に乗っていた』だ。ばかやろうっ!」
童貞という船? どんな船だそれは。随分イカ臭そうだ。
しかし、ああ、ここでもやっぱり童貞か・・・。

「おっ、お前今ちょっと不満そうな顔したな、この野郎。でも冷静に考えてみろ。最近はヒキコモリとかオタクとか、もっと年を取っても童貞の奴は表に出ないだけでいっぱいいるっつうの!
そういう奴らの共感を引き出せば大成功だ、っつうの!」

確かにそうかもしれない。
何も世界中で僕だけが童貞なわけじゃないだろうし。
「まぁ近日中に記者会見やるけど、今日は顔合わせってことで、俺がお前に奢ってやるっつうの!」
その言葉に僕はたちまち反応してしまった。

「お、おふっ、おふっ!」

なんと天下の南野きよしが奢ってくれるとは。
僕はちょっと売れっ子になったと言っても、まだそれに見合うほどの給料はもらっていなかった。さすがに学生の頃のようにインスタントラーメンばかり、ということはなかったが、お店に入る気後れもあり、高級料理とはほぼ無縁だった。
寿司だろうか、焼肉だろうか。はたまたふぐちりとかか?
俺は腹が鳴るのを感じた。
「ほんじゃ、くりだすかっ!」
南野きよしがコートを羽織った。
「な、何を食わせていただけるんですか!?」
僕は咄嗟に聞いてしまった。すると、南野きよしは顔色を変えずにこう言った。
「演技に味とコクの出るものだっつうの!」
演技に味? コク?
一体何を食えば演技に味とコクが出るというのだろう。
するとスタッフのひとりが、
「おーすけは勘が悪いなぁ」
とにやにやしながらつぶやいた。
そして南野きよしはニヤリと笑ってこう言った。

「女を食わせてやるっつうの!ソープを奢ってやる、っつうの!若手の芸人にはおいらはまず人生経験を積んでもらう為にも女を奢ってやる、っつうの!」

僕は思わず咳き込んだ。
「お、おふっ、おふっ、おふっ、おふっ!」

店内は紫色一色で、妙なムードを醸し出していた
と、そこへ一人の女性がやってきて
「きよしちゃ~んいつもごひいきにありがとね」と言った
ここの店のオーナーだと南野は紹介してくれた
「おーすけ、お前さっきからなに震えてんんだくっくっくっ ここは俺のなじみの店だ俺に恥かかせるなよ!」
するとオーナーが
「あらかわいいこね」と言って僕を指でなぞった。
「おふっ、ややっやっぱり僕帰ります」
「だいじょうぶ、ここにはベテランの人が、いるからその人はどうかな?」
と女性は言うとちょっと待ってねと言葉を残して店の奥へ行ってしまった。
数分後戻ってくる女性は南野に耳打ちしてほほ笑んだ南野はそれで決まりと言いまだためらっている僕にお前、男じゃないのか?と言って睨みつけた。
僕はこのような店でどんなことが行われる店なのか正直よくわからなかった
うぶと言えばそれまでだけどただ女性と喋ったりお茶したりするだけなのではなさそうだという動物的直観とでも言うのかわからないが、そんなものが働いたので僕は帰るというつもりだった
でも、僕は南野の男じゃないのかの問いについ答えてしまった!
「おふっ!いや,おっす(♂)であります!」
「じゃあ303の部屋ね」
と言葉を残して女性と南野は奥の部屋に行ってしまった。
言われた部屋の扉の前に立ちここで何が行われているか僕は調査する義務がある
と独り言をぶつぶつ言い意を呈して
「おーすけはいりまーす」と言って部屋に入った
けど部屋にはだれもいなく少しほっとした。
30分くらいたっても誰も来なくて僕は部屋のテーブルの上に置かれているお茶とせんべいを食べた。
すべてたいらげ帰ろうかと思い腰を上げた
「なんだ結局誰もいなかったじゃん。」
と言って入ってきた扉に向かうと突然生暖かい息のようなものが顔のほおにに当たりぬるりと来たのを感じた
振り向くと何か得体のしれない生き物がそこにいた
僕は驚き「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!」
と言うと
「うるさいね~」
人?ロビーよりライトのおちたこの部屋で僕は人らしき声を確認した。
「いい、い一体全体いつから???」
と訪ねると
「無礼な子だね!さっきからいたよ」
すでに80歳は超えていると思われるばあさんがそこにいた。
そのばあさんは突然
「昔とったーきねずかああああぁあああああああ~♪と歌いだして
舌を出してベロベロとべろを左右にものすごい速さで、動かしながら昆虫のような顔を少々、うつむかせ眼だけはこちらをギロリと睨み両手を肩のところくらいまで上げ何かを奏でている、のか如く指をいやらしく動かしてこっちの様子をうかがっている
あわてて扉に向かおうとするとものすごい速さで回りこまれた。
僕が「チェンジ!!!」と言うと
「童貞やろーが調子に乗るんじゃないよ!」
といいだし、ふーんと鼻息を荒げた
その後砂埃でも立てるがごとく片足を数回後ろに蹴りあげる行為をしていきり立ってるんだぞと言わんばかりの行為を繰り返した。ばばあとの間合いは約3メートル
「さあどっからせめようかね~」
と言うとものすごいいきおいで僕にせまってきた
紙一重で僕はよけ「たんまたんま!」と言った。けどそんな言葉には耳を傾けるはずもなく何度も何度も同じことが続いた。
途中これは夢なのではないかと思い超原始的?行為とでも言うべきかこんなことで目覚めた奴など見たことないのだけれども、僕は自分のほっぺをつねらずにはいられなかった。
すると
「なんのプレイだね?最近の若者の性教育はなっとらんーーーーーーーーー!」と言い突進してきた。
またまた紙一重でよける僕。
ここで僕は気がついた。これはドッキリだ!
「ウホッホー」とさっきまでとは違う叫びと乱舞するばあさんが目の前にいた
「何だ?」
と思うと後ろ後ろと指でやっている
振り向くと壁に追いつめられていた!!!
でもこれが、ドッキリだとわかった以上怖いことはない
すべてが南野さんの陰毛いや陰謀だとわかったとたん僕は冷静になった。
はずだった・・・・・・・
ここは南野さんの顔を立ててもう少しのっておくかと思った瞬間目の前のばあさんが、ゆっくりゆくりっと迫ってきた。
「ほーらベロベロバアさんだよーこわくないよ~」
とまるで赤子をあやすかのようにこっちに迫ってきた
「腹を決めな!!!!!!!!」
と言うとばあさんは僕に飛びかかってきた。
ドッキリだとわかっていてもこれはちょっと何をされるかわからぬ
思わず「助けてくれー」と叫んだ瞬間

警察だ!!!!!!!!
と言って数名の警官がどーっと押し寄せてきて僕らを囲んだ
その後ろにはカメラがちらりと、確認できた。
やっぱり、ドッキリだったんだ
僕はほっとして、若手俳優らしき警官に、「今回もやられちゃったよ、」と言って警官の肩をぽんと叩いた
「何言っているんだ貴様、公務執行妨害だ」
と言って手を後ろに回され警察署に連行されてしまった。
今回は手が込んでるな~とりあえずもう少しのかっとくかと思い「へへ―すみません、おふっおふっ」とやって見せた
その後役者警察官の方にこってりと絞られたけどずいぶん気迫のこもったいい役者さんだなあと思いもう少し付き合った
5時間くらいたったところででももういいだろうと思い
僕はカメラに気がつきましたよ。さっきからガサいれガサいれって言ってるけどドッキリだってわかっているんですよ~
南野さーんもうでてきていいですよーん。と言うと
「何を言っているんだ、あのカメラは報道番組で警察の密着取材をしているだけなんだもうやつらは帰ったんだよ!」と言う言葉で僕は我に返った。

その後警察署で一泊して家に帰った。。
その後も奇妙奇天烈、な珍事件が僕を襲った
が、これが全て、こう太の脚本南野監督の演出で行われていたのを知ったのは映画公開日だった。 (波乗りJ)

「いやあ、警察は予定外だっつうの!」
南野監督はニヤニヤしながら言った。
「さすがの俺もあそこが張られていて警察が踏み込んだ時は冷や汗かいたぜっ!だけどおーすけが行為に及んでいなかったので厳重注意だけで済んで良かったぜ。おいら、そこはお前に感謝だな」
「はぁ」
「しかも裏からちょちょいと手をまわしたらあの映像も使わせてくれるようになってさ。怪我の功名とはこのことだっつうの!」
「はぁ」
「ちょっと前から『電気少年』だの『めちゃ抜け!』だの所謂ドキュメント・バラエティが受けてたけど、これはその一種の集大成映画だっつうの!」
「はぁ」
「で、今日映画公開日だけど事前宣伝は全くと言っていいほどしてなかったろ? それもおいらの作戦だっつうの!なんせ警察介入まで入ってると流石にそういうスキャンダラスな方面ばかりが強調されちゃってさ。まぁそれはそれでいいんだけど、おいらはいきなり公開してその反応がみたかったっつうの!」
「はぁ」
「はぁ、ばかりで感想はないのか、っつうの!」
「お、おふっ」

と、南野の携帯が鳴った。
「どれどれ、公開初日の感想かな」
南野はおーすけの前で電話に出ると、にわかに顔色が変わり、大声を出した。
「なっ、何だとっ!?」

突然、南野はテレビのリモコンに手を取りスイッチを入れた。
映画館上空からの映像が目に飛び込んできた。
「緊急番組ってかいてある・・・ これはいったい、南野さんどういうことですか?」と訪ねたが、南野は画面にくぎずけになっており僕の話は聞いていない様子だった。
画面の中からアナウンサーの緊迫した声、がした。
『男は起爆装置らしき物を持って映画館にたてこんだ模様。
映画「童貞という船に乗った」を見たとたん突然奇声を発し、南野を呼べー童貞をバカにするなと言っている模様。

えっと・・・
また情報が入ってきました。
会場に映画を見にきた多くの客は今のところ無事の模様。
映画館半径3キロメートルの住人は皆非難をした模様・・・・・・』
「南野さんこれはいったい・・・」
と南野のほうを向くと南野は頭をかきむしっていた。
テレビからは模様模様の声だけが次々と耳に入り、なぜか責任を感じたおーすけは説得に行ってくるといって南野たちを押しのけスタジオをでて行った。
現場の近くにいくと警官や報道陣野次馬でごった返していた。
それに、3キロ付近は警官の警戒が厳しく、それ以上は近づくことさえ不可能だった。
とそこへ一人の警官に声をかけられた。
あの時の若手俳優と勘違いしたあの警官だった。
「こっちに来てくれ」と言われわけもわからず僕は若手警官と人気のない建物の路地に行った。
すると警官は、
「ここならいいだろう、さあ服を脱げ」
何を言ってるんだこいつって顔で見返すと、
「今回の事件は童貞の男だ、きっと君も来ると思った、中に入るつもりなんだろう?服を交換しよう そうすれば中にもぐりこめる」
「そそーゆうことか・・・あ・・え・・でも・いいのかい、こんなことをしたら君は・・・」
「この事件を止められるのは君だけだあとは野となれ山となれとりあえず早く着替えよう」
と言って僕らは服を着替えた。
その後、廃墟のようになった町の中を通り抜け僕は映画館にうまく潜り込んだ。
犯人らしき男はスクリーンのあるステージの上にあがり、
「南野~さっさっとこい!童貞をバカにしやがって おれの前に来る勇気もないのか何が童貞と言う船だ!笑わせるなー!」
と言って興奮していた。
とその時だった。
「笑わせるなだって?!笑わせるよ!」と言って一人の警官がステージの前に上がってきた。
「なななんだてめぇー」
これが見えねえのかと言って起爆装置を見せつけた。
「これが見えねえかだと?そっちこそこれが見えねえとは言わせねえぞー」
といい、
「おふっおふっおふっおふおふっおふっおふっおふっおふっおふおふっおふっおふっおふっおふおふっおふおふっおふっおふっおふっおふおふっおふと」
とおーすけは尋常じゃないほど踊りだした。
すると静寂の海のようだった会場からは笑の波が起こりそれにつられてか犯人の口も緩みだした。
「やめやめぷぷぷぷー」
「やめてほしかったら起爆装置を渡せ、お客さんをはなせ!」
「うるせ・・・るな・・・ぷぷぷ。。それをやめ・・・」
今だ☆と思い僕は服を脱ぎ素っ裸になってあの歌を歌った。
♪あいうえおーすけフルちんちん~
♪あいうえおーすけフルちんちん~
といって腰を振りだすと、会場からは笑いのビッグウエーブが起きついには「まいったーやめてくれ~」と言って男はステージの上で笑いだした。
その後男は逮捕。
連行される男にまってくれと僕は言った。
「男たちは初めは皆、童貞と言う名の船に乗っていたんだ。船を降りた途端ほとんどのものはそれを忘れ自惚れ、大切な何かを船におきわすれて・・・」
と自分でも意味のわからないことを数分喋った。
何か言わずにはいられなかったんだ・・・・
すると男は、
「ごめんなさい二度としないよ君、説明はよくわかんないけどあの間抜けっぷりな姿に比べたら僕のなやみなんて童貞・・・じゃなかった、どおってことないよ」
と言った。
するとこんどは拍手の波が起こった。
素っ裸のおーすけと男は、握手をした。
童貞と言う名の船は再び碇をあげた。
出港だ! (波乗りJ)

おーすけはこの活躍で警視総監賞を受賞した。
また、このハプニング事件を契機に映画は大ヒットした。
そして海外にも「DOOTEI」というタイトルで公開され、特に欧米で爆発的に受け入れられた。
そしておーすけ自身も「DOOTEI BOY」という名前で一躍世界に知られるようになったのだ。
「DOOTEIは決して恥ずかしいことじゃない。無垢な、そして真の愛を求める戦士なのだ!」
有名コピーライター・日度井重里が書いたコピーがさらにそれを煽った。
テレビ、ラジオでも引っ張りだこになり、おーすけは一躍「時の人」になった。
そして遂には「THE DOOTEI」という純情な少年ばかりを載せた雑誌なども創刊された。創刊号の表紙はもちろんおーすけである。
世は空前のDOOTEIブームに沸き立った。

しかし、そんな状態を苦々しく思っている男がひとりいた。

それは、誰あろう、あの松本カンパチであった。
人気お笑い芸人で今回が初監督となる松田ヒトシの映画『すごいよ日本人』に主演し、しかも作品は海外でのウケもよく、カンヌでの評価も南野監督より松田監督の方が上だったというのに、あの事件のおかげで、僕の映画がヒットしてしまったものだから、僕より先に役者デビューし、役者としても評価された松本カンパチにしては、この状況が面白くなかったんだろう。
そんな中、ワイドショーのインタビューで松本カンパチがこんな発言をした。
「あいうえおーすけっていう芸人は役者として評価されたんじゃなくて、あのキャラが面白いってだけ。それを南野監督がうまく料理したに過ぎないでしょ?」
言われてみれば、松本カンパチの言う事は当たっている。

この状況を苦々しく思う者がもう1人いた。
プレイボーイ路線の芸人、磯野秋刀魚であった。このところのDOOTEIブームで、彼の需要がいたるところで減ってしまったのだ。
「童貞野郎がこんなに幅をきかせあがって、ワシ、商売あがったりや!」

そんな彼らに目をつけたのが、あの大手芸能事務所好元興行だった。
DOOTEIブームを逆手に取り、松本カンパチと磯野秋刀魚のユニット『反童貞同盟』を立ち上げ、大々的に売り出してきたのだ。
そして、ついにお笑いスペシャル番組『東西ウルトラ寄席』でソーヘイと反童貞同盟が激突することになったのだ。(ちちぼう)

「ほしたら何か、童貞の方が偉いんか。子供の方が偉いんかいっ!」
生放送の『東西ウルトラ寄席』が特別番組を名乗り、僕は緊急出演という形でスタジオに呼ばれた。
そして弁のたつ秋刀魚が早速口火を切ったのだ。
「い、いや、そういうわけではないですけど・・・」
僕の歯切れは悪かった。何故なら僕自身は別に童貞が自慢だったわけではなく、流れで偶然「童貞の代表」に祭り上げられてしまっただけのことなのだから。
「だいたい童貞、ちゅうのは女にもてへんから童貞なわけやろ。つまり人間的魅力がない、っちゅうことやな」
僕はちょっとカチンときた。何もそこまで言われる筋合いはない。
「そうですかね、秋刀魚さん。例えば偉大な小説家や芸術家でも、生涯童貞を貫き通したという人もいるみたいですし」
秋刀魚は笑いながら、
「アホ。それは特殊な例やろ。基本的に度胸がないから女のひとつも抱けんのや」
「は、はぁ・・・」
と、ちょっとうなだれかけた時、カメラの裏でディレクターが大きなカンペをおーすけの方に振った。
「もっと、怒って!切れて!」
僕も最近は少しはテレビに出ている人間だ。このディレクターからのカンペが如何に番組演出上大切なものかは分かっていた。特になんだかんだ言っても新人芸人の僕に、それは絶対的な命令だった。
「お、おふっ!そういう秋刀魚さんはどんだけ人間的に偉いというんですか。だいたい、秋刀魚さん、バツイチですよね。ということは女性に捨てられたということですよね。人間的に魅力がなかったということですよね。お、おふっ!」
「な、なんやとぅ!」
その時、自分がちょっと言いすぎたことに気が付いた。バツイチのことは余計だった。
しかしちらりとディレクターの方を見ると、さらに新しいカンペが出ていた。
「その調子で、もっと切れて!」
僕は迷ったが、ええいままよと腹を決めた。
「そ、それに、童貞を捨てたからって人間的に大きくなったなんて軽々しく考える方が、人としての器が小さいと思います。お、おふっ!」
やばい。秋刀魚の顔色が変わった。
「お、お前、若造の癖に俺の器が小さいってか!じゃあ、お前が自分の器がでかいという証拠を見せられるんか。見せられないやろ。この童貞野郎がっ!」
と、僕の中で何かのスイッチがポンと押された。
「ぼ、僕の器は小さくないっ!こっ、これを見ろ!」
そういうや僕はすっくと立ち上がり、一気に自分のズボンとパンツを降ろした。

「おっ、おふーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

「ば、馬鹿、これは生放送やでっ!」
秋刀魚の叫び声と、おーすけのブツが全国のお茶の間のテレビ画面いっぱいに大写しになるのは、ほとんど同時だった。

当然だが僕は謹慎処分になった。
あれほど露骨に公然猥褻罪を行使したのだから、それは仕方がない。
しかし、スポーツ新聞や週刊誌の記事はそれとはちょっと方向が違った。
もちろん生放送の露出ハプニングの事は取り上げられているのだが、もっとも多い見出しはこうだった。

「でかい!」        (マンダレー)

僕は今まで実はシャイなところもあったので、テレビでブツを出す以前に、親兄弟や友達の前でもそれを見せることはなかった。
そのシャイの裏返しで悪い言葉で言えば「キレル」、良い言葉で言えば「突発的に度胸がつく」みたいなところがあり、例の騒動を起こしてしまったということも言えるかもしれない。
なので、自分のブツの大きさが人と比べてどうかなどとはあまり考えたことがなかったが、どうやら記事を読むと相当平均よりデカイらしいのだ。
記事によると「画面より計測したところ、平常時で20cm超えのおーすけ」はかなりデカイ部類に入るそうだ。さらに突っ込んだ記事では「平常時があの大きさなら、勃起時は30cmを超えるだろう。これは日本人では極めて稀である」と書いてあったものもあった。

そうか、僕のはデカイのか。

自分でも初めて知った事実であった。
さて、世間では公然猥褻罪は犯したけれど、概ね僕の好感度は下がっていなかった。むしろ男らしかったと評されることもあった。また「ハプニング芸人」として箔をつけたと言えたのかもしれない。
なので、思ったより早く謹慎が解かれそうになったある日のことである。
事務所経由でひとりの人物から連絡があった。

某下着メーカーの広報部長と名乗るその人物は、男性用下着のモデルにおーすけクンを是非との話だった。
嬉しい申し出だったけど、僕は不安だった。
確かにあの珍事件以来笑いのネタにされることはあっても、社会的にあまりイメージが良くないと思っていた。
「でもそんなの関係なーい!君の男らしさがわが社のイメージにぴったり」
と言ってくれて、
「あの出来事は多くの男性ファンの心をキャッチしたんだよ。もちろん私を含めてね」
そしてもうひとつ、彼は凄いことを言ったのだ。
「このコマーシャルは男女共演!
君も知っているかもしれないが、わが社のコマーシャルで共演するものは、 必ずお付き合いするとゆう伝説があるんじゃ」(波乗りJ)

「え、えっ、それで共演女優とは一体誰なんですか!?」 思わず咳き込みながら聞いてしまった。
「うん、今回はこれから売り込む新人女優なんだけどね。カワイイ子じゃよ。どうかね?」
僕は思わず、
「おっ、OKっす、おふっ!」
と叫びそうになったが、ちょっと冷静になれ、と自分を抑えた。
「そうですか、新人女優ですか。」
すると、部長は思い出した、という顔をして、
「そういえば彼女、おーすけ君とは知り合いのようなことを言っておったな。まぁ、ただのファンの戯言なのかもしれないがね。この子なんだがね」
そう言って、彼は一葉の写真を取り出した。

「おっ、おふっ!?」

そこには紛れもないあの大学時代の僕の憧れ、藤本由利亜が写っていた。

「おーそうか、そーか本当にお知り合いだったのか。どうだ、今夜あたり藤本と3人で打ち合わせを兼ねて食事でも」
と言ったので僕は受け入れた。
謹慎中は時間の速度が遅く感じられた。
なんだか別の次元に迷い込んだかのような気分だと思いながら約束の時間を待った。
時間になり、約束の店に向かう途中、部長からメールが入り携帯を覗きこむと、
「急用ができた。今夜は藤本をよろしく、おーすけくん」
とのこと・・・
『部長~!』
藤本はすでに席に着いていた。
顔もろくに見ないで僕は藤本に会釈をして席に着いた。
あの時の出来事以来僕は藤本とは口をきいていない・・・。
何度か携帯に電話があったがすぐに番号を変え、逃げるようにしてこの世界に入った・・・。
気まずい食事の中、藤本の口が、開いた。
「あの・・・」
「おふっ?」
「あの・・時はごめんない・・くーちゃんが、あんなことして・・」
僕は食事の手を休め藤本の顔を今日初めてちゃんと見た。
藤本はしゃべり続けた。
結局、くーちゃんとは別れたという。
理由は藤本に好きな人ができたらしい・・・
僕が、げんなりして、誰だそんなうらやましいやつは許せん、と心でぼやいていると、
「私、おーすけクンの事が好きになってしまったの」
「おふっ??」
「私と、付き合って下さい・・・」
思いもよらない言葉が藤本の口から飛び出した。
許すも何もこちらの求めていた答えがあっちからやってくるとは。
僕は「はいっ」と言ったつもりだったが口からは「おふっ」と出ていた。
あれ?
よしもう一度。
「おふっ」
あれあれ?
大きく息を吸って言葉を放った。
「おふっ!」
なんてこった!おふっとしか言えなくなっていた。(波乗りJ)

僕はとりあえずこの状況だけは何とかせねばならぬと思い手帳に咄嗟に文字を書いた。
「ごめん、急に体調が悪くなって声が出なくなった。また今度ゆっくり話そう」
藤本は一瞬怪訝な顔をしたけれど、ちょっとの間のあと笑顔になって、
「うん、分かった! おーすけ君いろいろ大変だったから疲れてるんだね。
・・・いい返事、待ってるっ!」
そう言ってその場は別れた。
僕は彼女の告白にも驚かされたが「おふっ」としか言えなくなった自分の方にさらにショックを受けていた。
(これじゃ漫画だよ・・・)

自宅のアパートへの帰り道、何かしゃべろうとした訳ではないのに無意識に口から「おふっ」、歩くたびに「おふっ」と出てくる。
いったいどうなっているんだ?僕。

おふっ
おふっ
おふおふおふおふ・・・・

うわあああああ、止まらないよ~。
助けを呼ぼうにも「おふっ」しか出てこない。

おふおふおふおふ・・・・

体も言う事を聞かなくなり、「おふっ」を機関銃のように連発しながら、僕はその場に倒れこみ、意識を失ってしまった。

「お、おい、おーすけ、気がついたか?」
気がついたら、病室にいた。
ベッドのそばにこう太がいた。
「おおお、おふっ」
「おーすけ、何とか言えよ。」
「おふ、おふふほふおふっふおー(僕、しゃべれなくなっちゃったよ、と言って いる)」
「おーすけ、ふざけるのもいい加減にしろよ。」
おふっ
おふっ
おふっ
また、発作が始まった。
「おーすけ、おまえ、マジでおかしくなったんじゃねえの?」

僕は入院を余儀なくされてしまった。謹慎はもうすぐ解けるものの、しばらくは仕事ができない。

その後、マネージャーから、例のCMの件は、僕が回復するまで保留すると聞いた。
「それとね、おーすけ君、お医者さんから聞いた話だと、君の病気はどうやらパ ニック障害らしい。退院しても、しばらくはカウンセリングによる治療を受けなきゃならないね。」

3週間後、僕は退院したが、体は元通りになったものの、まともにしゃべること ができず、口からは相変わらず「おふっ」っとしか出てこない。退院から3日目のこと、僕とこう太は芸人でパニック障害を克服した中川はじめから紹介された心療内科の『松山クリニック』へ行った。僕の担当医は30代前後の美人の女医さんだ。
「あなたが、おーすけ君ね。テレビでよく拝見しているわよ。あなたの担当医の 浜野順子よ。ゆっくりあせらず治療しましょうね。」
「おふっ、おふおふおふほほふほ(はい、よろしくおねがいします、と言ってい る)。」
浜野先生の手が僕の肩に触れた途端、僕は・・・(ちちぼう)

「あっ、よろし・・・あれ、れ、喋れる!?」
「まぁ、喋れるじゃないの、おーすけ君!」
しかし先生の手が離れた途端また、
「お、おふっ」
としか口から出てこない。
先生はちょっと考えたあげく、
「おーすけ君、ちょっと私の手を握ってくれる?」
「えっ、て、手をですか・・・。って、喋れる!」
先生は「ちょっと待ってね」と言って席を立った。
僕は何がなんだか分からず困惑していたが、久しぶりに「おふっ」以外の言葉を喋れたのでちょっとドキドキしていた。
と、しばらくしてから先生が他の先生やクリニックの職員や何人かをドヤドヤ診察室の中に連れて来た。
そして、彼や彼女らに、
「ちょっとおーすけ君の肩でも手でもひとりずつ触ってあげて、そしておーすけ君は何か喋ってみて」
と言った。
すると不思議なことが起こった。
男に触れられている時は相変わらず「おふっ」としか言えないのだが、女性に触れてもらうと、普通に喋れるのだ。
先生はしばらく様子を見ていた後、口を開いた。
「おーすけ君、よく聞いて。あなたの症状はパニック障害に言語障害が混ざっているものなのね。つまり突然の環境の急激な変化で起きた病気なのね。まぁ、傍から見ていてもあれだけ短期間でいきなり注目を浴びて、さらにいくつものハプニングが重なれば、起こるべくして起きた心因性の病気なの。
そしてどうやら貴方のこの症状は同じパニック障害の中でもアメリカとフランスでそれぞれ一例ずつだけ報告されているものなんだけど、かなり変わっているものなのね。
つまり『女性に触れられている時だけ平常に喋れる』ってことね。もちろん薬物治療とかで徐々に改善されてはいくと思うのだけど、当分は人と喋ろうとしたら女性に体を触れていてもらわないと駄目かもしれないの。」
「お、おふっ!?」
まさかそんな病気になってしまったとは。こう太なら一緒にいることは多いが、いかんせん男だ。
その時、先生が聞いてきた。
「おーすけ君、あなた、恋人いないの!?」

「ここここここここ恋人はいません!」
一瞬、藤本のことを思い出したが僕は先生が恋人になってくれたらなーっとふらちなことを思っていた。
思わず僕は、
「せせ先生は恋人はいるんですかぁあ?」
と口走っていた。
今までに感じたことのない大人のフェロモンに僕はすっかりやられていたようだった。
先生はニコッとしてその妖艶な唇から、
「え?私は無理よー。私こう見えても子供もいるのよ」
僕はなんてことを聞いてしまったんだ。赤っ恥もいいとこだ、ああ恥ずかしい。
僕は顔が真っ赤になった・・・
「そうですか失礼しました・・・」
僕の落ち込んだ姿を見て先生は小首をかしげ、
「でも、・・・ちょっと待っていてね」
と言って部屋を出て行った。
戻ってくると先生は背中に可愛い赤ん坊をおぶっていた。
「可愛いでしょ~女の子よ。ねぇおーすけくん、おんぶしてみて!」
「おふっ?」    (波乗りJ)

「この子おとなしいですね・・・って、喋れる!」
先生はうなずくと、
「思っていた通りね。赤ん坊でも女の子であれば喋れるのね。でもまさかあたしの子供をずっとおぶっている訳にもいかないしね・・・」
先生は苦笑したが、またちょっと考え込み、
「ちょっともう一度待っててくれる? 赤ちゃんはおぶっていてね。」
僕は女の子を大事におぶりながら、しばらく先生を待った。
「はあ、やっぱり喋れるって素敵なことだなぁ。でも確かに人の赤ん坊をずっとおぶっているわけにはいかないしなぁ。怪我でもさせたら取り返しがつかないしな」
などと小声でひとりごちていた。
するとしばらくしてから、先生は布にくるまれた何かを持って来た。
「じゃ、今度はこれをおぶってみて」
僕は赤ちゃんを先生に返すと、それをおぶってみた。
「どう?」
先生が聞いた。
「ええと、赤ちゃんよりちょっと軽いですね。・・・って、喋れる!これは何ですか!?」
「やっぱりね・・・。覗いてご覧なさい」
先生の言われるまま、布をめくってみた。
「んっ!?・・・猫!」
「そう、メスの子猫よ。おーすけ君、あなた動物でも大丈夫なのね。便利な体!」
先生が、軽やかに笑った。

「どうするおーすけ君、ほかにもいろいろな生物を用意しているけど試す気ある?」
僕はどことなくたのしんでいる先生を目の前にうんざりし始めて、
「いいいいいえ、この子猫でよろしくお願いします・・・」
先生はちぇっと舌打ちしたような気がした。

そして僕はこの子猫との同居が始まった。
僕は早く子猫と仲良くなろうと寝る時やお風呂も一緒にいた。
そんなある日、背中からおーすけと猫なで声がした。
振り向くとまぎれもなく猫が「おーすけ、おーすけ」と言っている。
僕は思わず尻もちをついた。
「驚くのも無理ないか」
「猫が言葉を・・・!!!」
「私が人間の言葉を発しているわけではない。君の感覚がそうさせているんだ。簡単にいえば私たちの波長にあっているだけ」
「ここ言葉は日本語に聞こえるけど・・・」
「確かに普通の人にはみゃあとかって聞こえる。それは受け取るほうの感性の問題」
「あと・・・」
「うるさいよおーすけ。つべこべと細かい男だ!」
「おふっ!!!」    (波乗りJ)

そのうち僕の復帰が決まった。
ソーヘイとしてふたりでテレビでのバラエティのトーク番組への出演だ。
ちなみにマスコミ的には病気の細かい内容については事務所がうまく操作してくれ、「疲労から盲腸で入院」ということになっていた。
さすがにトーク番組なので「おふっ」だけでネタで済ませるわけにはいかない。多少は喋らなくてはいけない。
そこで僕は猫を連れて行かなければならないのだが、何か理由がなければまさか猫をおぶって登場というわけにはいかない。
そこでソーヘイの新しいギャグということで「いつも猫をおぶっている男」というキャラにすることにした。

収録はまたもや生放送。
司会の昔田こうじと西野こうじのWこうじ。
「さぁ~、本日は久しぶりの登場のソーヘイのおふたり~!
・・・って、おーすけ、お前何をおんぶしてんねん!?」
「あっ、これは僕が入院している時に出来た恋人です!おふっ!」
「恋人・・・って猫やないの!猫おぶってどーすんねん!」
「僕は彼女を絶対離しませんよ!おふっ!」
「あんた・・・童貞を猫に捧げる気かいな。おまえのデカ物じゃ入らんがなっ!」
スタジオは爆笑に包まれた。
そのままケッタイな格好の僕をWこうじさんはうまくいじってくれて、いい雰囲気で収録が進んでいった。

ところが番組も後半になってきた時、それは起こった。

「で、その猫、なんていう名前やねん。」
そういえば、名前をつけていなかった。僕は、その場で適当な名前を言った。
「こいつ、にゃんこ先生っていうんです。」
そのとき、背中の猫がしゃべりだした。
「にゃんこ先生って、お前、センスないなあ。」
「うるさいよ、いいじゃん、にゃんこ先生で。」
司会のWこうじはこのやり取りを見て、あっけにとられていたが、西野こうじが、気の利いた突っ込みを入れてくれた。
「おーすけ、お前、猫と会話できるんか?どこでそんな技身につけたんや。」
にゃんこ先生が何か言っている。
「おーすけ、おしっこ」
「わかったよ、ちょっと待ってね。あ、すいません、にゃんこ先生がおしっこに行きたいって言ってます。」
客席からどっと笑いが聞こえてきた。
「お、おい、早くトイレに連れて行けよ・・・って、なんか小便臭いぞ・・・・。」
背中に何か生あたたかいものを感じたそのときだった。
「おーすけ、やってしもた・・・ついでに大も・・・」
ちょ・・・かんべんしてよ、にゃんこ先生。

「くせーよ、おーすけ。」
出演者はあまりの臭さに皆鼻を押さえている。
強烈な臭いは客席にも充満し、客席からも「くさーい」の声が・・・。

その後、この生放送が大反響を呼び、僕とにゃんこ先生はバラエティー番組に引っ張りだこになった。
出演者からは、「にゃんこ先生、かわいい~」となかなかの評判だ。
中には、「おーすけ、にゃんこ先生トイレ大丈夫か?」と心配してくれた年配の俳優もいた。

そんな中、しばらく保留になっていた藤本由利亜とのCM競演が正式に決まった。
撮影の日、いつものごとく、僕はにゃんこ先生をおぶってスタジオ入りした。
「おーすけ君、よろしく・・・・ぎゃ~、ね、ねこ!こ、来ないで!私、猫アレ ルギーなの!」
藤本、猫ダメなのかよ・・・。(ちちぼう)

僕はちょっと猫を離し、スタジオの隅の人目のつかないところに行き、藤本に「手を握っていいか?」という紙を渡した。
なんせ、メス、いや、女性と触らなければ「おふっ」しか言えないからな。
「い・・・いいけど、何、いきなり」
僕は手を握り、まずこう切り出した。
「お付き合いの件だけど、よろしくお願い致します。」
藤本は一瞬ビックリした顔をしたけど、
「ありがと・・・。」
そしてちょっと涙ぐみながら、
「正直言うと、おーすけ君の魅力はあなたがデビューしてから分かったの。あっ、だけど決しておーすけ君が売れたからとかじゃないよ。なんか教室にいる時は分からなかったおーすけ君が見えたというか・・・。」
僕はすぐさま藤本をこの場で抱きしめたくなったが、とりあえず自制心をきかせて、
「うん、ありがと。分かってる。自分でもこんな才能が自分にあると思っていなかったから。でも藤本だって今や新進女優じゃない。お互い様だよ」
と、ちょっと的外れなことを言ってしまった。
「で・・・実は猫のことなんだけど・・・」
僕はありのままをゆっくりと落ち着いて話した。すると、
「そうなんだ・・・。
じゃあ、その、一緒にいるのって猫じゃなくてあたしでもいい、ってことだよね。女性なら。もう付き合うことになったんだし」
僕はちょっと驚いて、
「それはそうだね!でもにゃんこ先生とのコラボも今成功しているわけだし、プライベートではそうしてもらって、ステージではにゃんこ先生と一緒、というのはどうかな」
しかし、藤本の顔はちょっと強張った。
「あたし、そういう中途半端なの、嫌なのっ!」
と言うと、僕の前からカツコツとヒールの音を立てて現場の方に向かっていった。現場にはこの伝説的なCMの為に、何人かマスコミの取材陣も来ていた。
その中で、藤本は声も高らかに宣言したのだ。

「みなさーん、お伝えしたいことがありまーす。私、藤本由利亜は、この度あいうえおーすけ君と付き合うことになりました。おーすけの彼女になりました。よろしくお願い致しま~す!」

これには僕も、そして取材陣やスポンサー、スタッフなども唖然とした。
そしてさらに驚くべき発言が彼女の口から発せられた。
「なので、これからおーすけのステージには常に私はくっつきます。ジョンレノンに対するオノヨーコみたいなものです」
おいおい、勝手に決めちゃってるよ。
というか、今、にゃんこ先生もいるから僕もブランクがあったけどなんとかうまく復帰できたのだ。それがにゃんこ先生じゃなくて藤本に代わるのはどうなんだ!?
そんな杞憂をしている間に、取材陣のカメラのフラッシュが次々たかれた。
「やっぱりこのCMの伝説は本当なんだな。」
という声が洩れた。
そして顔見知りのカメラマンからは、
「おーすけ、うらやましいな。明日のスポーツ新聞の一面はこれで決まりだな。しかしな~、こんなカワイイ彼女まで出来て。人生、絶好調だな!」
僕はちょっと照れながら言った。
「おふっ!」

しまった、今は藤本もにゃんこ先生も体にくっついていなかった。

翌日のスポーツ新聞には、「おーすけ、いよいよ童貞脱出!?」という見出しが躍った。CMの伝説は本当だった。しかも藤本から告白される形で。日本の童貞代表、あいうえおーすけはとうとうその座から離れることになるのか!? そんな感じの記事がどのスポーツ新聞にも書かれた。
とにもかくにも、一番最初の目的だった「童貞を捨てること」には大きく近づいたわけだ。しかも、かつて恋心を抱いていた藤本から告白される、という夢のようなシチュエーションを伴って。僕としても、それはとてつもなく嬉しい事実ではあった。

しかし、日を重ね、色んな番組に藤本と出演する毎に、いくつかの問題が生じた。

1つ目は、藤本はトークのセンスが皆無だということ。
にゃんこ先生は先生にもとに返して、藤本を連れて行くことになったわけだ。当然猫より人の方が話をしやすいので、周囲も藤本にガンガン話を振ってくるようになったのだが、それに対して藤本は、贔屓目に見ても下手っぴなトークしかできなかった。オチのない話、テンポの悪さ、大事なところで噛んでしまう癖。芸人ではないとはいえ、これには誰も彼もが面食らった。
2つ目は、藤本は束縛欲がとてつもなく強いということ。
女性の出演者と会話をするだけでも、藤本が嫉妬していることが、最近分かってきた。
熟女と呼ぶに相応しい女性タレントでも、あまり可愛いとは言いかねる女芸人でも、それは変わらない。そして、あまりに女性の出演者と話が盛り上がると収録後に、
「おーすけ君、今日はあの出演者と話が盛り上がってたね…。私がすぐ側にいるというのに、どういうことなの!?」
と、凄い剣幕で怒鳴られるのだ。お陰で、僕は女性の出演者との会話に躊躇いを覚えるようになってしまった。
そして3つ目。これが最も厄介な問題点なのだが…。(たちつ亭と~助)

そう、それはズバリ「まだやらせてくれない」だ。
なんせ恋人宣言をして、どんな時も一緒にいるというのにやらせてくれないのだ。
「あたしを軽々しく抱ける、とか思わないよね。おーすけ君は。そういう人じゃないもんね!」
「お、おふっ」
「そりゃあたしは処女じゃないよ。あの彼氏がいたんだから、それは分かってるわよね。でもだからこそ、次は慎重になりたいの。分かってくれるよね?」
「お、おふっ」

しかし世間はそうは思ってくれない。
「おーすけ、どうだったんだ? 童貞喪失の感想は?」
と直接聞いてくる者も後をたたない。
「お、おふっ、そ、それは・・・」
そうは言っても、片手には常に藤本の手が握られている。
そしてそんな時はギュッと無言で「言うんじゃないよ」と力をこめられる。
でも俺にも我慢の限界がある。いつもくっついているのに何も出来ないなんて、蛇の生殺し状態だ。俺は遂に藤本に意を決して聞いた。
「い、いつになったらその・・・やらせてくれるの?」

「え…。おーすけ君、本当に私を抱くつもりでいたの?」
「……へ?」
にわかには理解しがたい言葉だった。
「貴方と付き合い始めたのは私が有名になるからよ。それと、今はそれほどでもないけど貴方のギャラだってたんまり入ってくるでしょうしね。そうしたら、一生楽に暮らせるってものよ」
「ふ、藤本…? 俺が売れたから好きになった訳じゃなかったんじゃ…」
「そ~んなの、取材陣が来ているから芝居したまでよ! 誰があんたみたいなダサイ童貞と突付き合おうなんて思うのよ!」
足元が崩れる思いだった。というよりも、本当にその場にがっくり膝をついていた。
かつて憧れていた藤本が、こんな性格の歪んだ女だったなんて。芸能界は人をこんなにも汚くさせるのか、それとももともと藤本がこういう性格だったのか。何より、僕に抱かれるつもりはないということが、大きなショックではあったが。
藤本はそんな僕を見て鼻で笑う。
「悔しい? 悔しかったら別れてあげても良いわよ。でもそんなことをしていいのかしら? 週刊誌に、有ること無いこと全部語ったっていいのよ。それに私がいなくなったら…」
藤本が僕の体から手を離す。
「お、おふっ、おふっ!」
「ほ~ら、喋れなくなる。どっちみち、貴方は私と付き合い続けなければならない運命にあるの。そして、私に楽しい生活をもたらすのよ!」
藤本の目がギラリと光る。その目は、かつて僕が憧れた藤本には見あたらない目をしていた。
「よろしくね。私のドル箱君」(たちつ亭と~助)

僕は翌日の朝早く、眠れずに目を真っ赤に腫らしたまま、浜野先生の元に行き、すべてを話した。
先生はしばらく黙っていたが、
「そう・・・そんな気はしてた。おーすけ君は舞い上がってて気づかなかっただろうけど、彼女の様子最初からおかしかったのは分かっていたわ」
そ、そうなのか。確かにあの藤本にいきなり告られたのだから舞い上がらないはずはなかったが、他の人は気づいていたのか・・・。
「それで、おーすけ君はどうしたいの?」
先生は優しく聞いてくれた。
「そ、そ、それは、いくら好きだって『ドル箱君』なんて言われたら目が覚めました。覚めたくなかったけど・・・」
そう言った途端、不覚にも僕の目からはポロポロ涙がこぼれてしまった。
でも僕はキッと顔をあげ、言った。
「彼女とは別れます。そしてにゃんこ先生とのコンビを復活させます!」
先生は軽くうなづくと、「ちょっとこれを見て」と言ってパソコンの画面を指差した。と、それはかの有名な「兄ちゃんねる」という匿名掲示板だった。僕も昔は時々覗いていたが、最近は忙しくてそれをチェックすることもなかった。
タイトルは「にゃんこ先生復活を望む人、大集合!」だった。
人伝ににゃんこ先生の復活を望んでいる声がある、ということは聞いていたが、思っていた以上にネット上ではにゃんこ先生人気、そして復活が渇望されていた。そしてそれとともに「あの藤本ナントカというクソ女をどうにかしろ」という類の書き込みも多数見かけられた。
「おーすけ、ぜってー騙されてるな。童貞だからな・・・ orz」
なんていうのも多かった。
ここで僕は本当に目が覚めた。世間はとっくに知ってたんだ。本人の僕だけが蚊帳の外だったんだ。
僕は先生に強く言った。
「先生、本当にお願いします。にゃんこ先生ともう一度!」
すると先生はちょっと含み笑いしながら、
「そうねえ・・・」
と言った。

ん?

なんか先生の目がちょっと妖しく潤んでいるような気がするのは何故なんだろう。
と、先生のその魅惑的な唇がふたたび動いた。
「・・・ということは、おーすけ君、まだ童貞なんだよね?」

「は、はあ…。テレビ用のネタでもなんでなく正真正銘の童貞ですけど」
戸惑いを隠せないまま、質問に答えた。それにしても、どうして先生は僕に体をくねらせて迫ってきてるのだろう。そういえば、さっきから先生の顔が心なしか紅潮しているようにも思える。
先生は、熱っぽい吐息を交えながら、
「よかったら、私で捨てないかしら?」
と言った。

…!?

「せせせ、先生、何を、言ってる、んですか。だって、先生は、お子さんが、いらっしゃる、んじゃ…」
「そうね、確かに私は一児の母親。でもね、それ以前に一人の女性でもあるのよ」
「さささ、最初に、お会いした、時は、まるでそんな、雰囲気は、感じられなかったような…」
「かもしれないわね。時の流れって恐ろしいものだわ。最初は一人の患者としか見ていなかったおーすけ君を、これほどまでに魅力的に思わせるのだから」
「なななななんで、僕なんかを、そんなに急に…」
「分からないわ。でも分からないからこそ、こういう感情って激しくなるものなのよ」
「そそそそそんな、いきな、り…」
「さあ、おーすけ君。あなたは私に抱かれるつもりはあるのかしら? もっとも、無かったとしても無理矢理にでも奪うつもりではあるけど…」
先生がじりじりと迫ってくる。僕は蛇に睨まれた蛙のように動けない。少しでも身じろぎをした途端、恐ろしいことになりそうな気がしてしょうがない。
もはや、僕はこのまま先生で童貞を捨てなければならないのだろうか。
でも、先生は美人だし、色々と僕に教えてくれるんじゃないかという淡い期待もあった。それに、あの藤本に捧げるよりはよっぽどマシだという気もしてきた。
僕は覚悟を決めた。このまま先生に身を任せよう。そして、筆おろししてもらおう。そう思った。
先生は徐々に距離を詰めてくる。僕はそっと目を閉じて、そしてそのまま…。

その時、待合室に続くドアが勢いよく開いた。
「うぃ~す、順子。仕事で近くまで来たから遊びに来たぜ~。…っておい! おめえ人の嫁に何してやがんだよお!!」
僕は思わず飛び上がり、怖々と視線を相手の方に向ける。
そこには、金髪にピアス、ダボダボの服という風貌の、いかにもチャラチャラした大柄の男がいた。そしてその男は、かつて僕をぶん殴った「くーちゃん」であることは間違いなかった。(たちつ亭と~助)

くーちゃんは一瞬拳を握り締めたが、しばし俺を見ると、ちょっと落ち着いてきたようだった。
そして不気味な笑顔を見せるとこう言った。
「ほほお、よおく見ると面白い人がいますなあ」
僕はぞっとした、な、なんでここにくーちゃんが。
「お前がここに通っていたのは順子から聞いていたよ。藤本といい、よくよく俺たちは縁があるんだなあ。えっ!?」
先生は「ちょっ、ちょっと私、資料取ってくるから!」
と言って、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
くーちゃん、いや、工藤さんとふたりきりになってしまった。
「くっくっく、そうか、今度は順子とねえ。こんなに縁があるんじゃ、俺たちもう親友と言ってもいいよな・・・」
工藤さんはポケットから煙草を取り出すと火をつけ、僕の顔に煙をふーっと吹きかけた。
「お前、随分売れたよなあ。相当儲かったろう・・・」
工藤さんは楽しそうに笑う。
「いっ、いや、そんな・・・そりゃあ、あの、学生時代よりは多少あるかもしれないですけど、まだなんせ新人なもんで・・・」
「実はちょうどさっき藤本からも電話をもらったとこなんだよ。マスコミに高く情報を売る方法を知らないかってな」
「えっ、じゃ、じゃあ!?」
「そうだ。お前がここに来るのは分かっていたんだよ。それで仕事抜け出してわざわざ俺がおでましになった、というわけだ。」
そう言うと、工藤さんは大声で笑った。
「お前が俺の嫁のクリニックに来ていたのには驚いたがな。ま、こんな偶然もあるんだな。そして偶然は必然だ」
「必然・・・ですか」
と、工藤さんの様子が一変した。ギロリと僕を睨むとこう言い放った。
「1000万だな」
「はっ!?」
一瞬何を言われているのか分からなかった。
「馬鹿野郎!マスコミに情報をリークしない代わりに1000万よこせって言ってんだよっ!」
「いっ、1000万!?そんな、な、何を、無理ですって。どんなにかき集めても100万が限界ですって、ぼ、僕は!」
「っるせえっ!お前の言葉を聞く耳なんか俺ぁどこにも持ってねえんだよっ!こっちがマスコミにあることないことタレコメば、もうお前の芸人人生どころか、人生全部が終わりなんだよっ!」
「そっ、そんな!」
「いいか、お前は今、顔だけは売れてる。サラ金だってなんだって、お前の顔で金貸してくれるんだよ!」
「うっ。いっ、いや、でも・・・」
「デモもホモもねえんだよっ!ぶっ殺されてえのか!」
「ああああああ・・・」
僕は頭を抱えた。

浜野先生が戻ってきて、一言、
「やったわ、おーすけ君、しゃべれるようになったじゃない。」
え?そういえば、工藤さんとまともにしゃべっている。
「あなた、協力ありがと。」
協力ありがとって・・・。
「わははははは、今のぜーんぶうそぴょーん。実は家内から頼まれてさ。」
工藤さんってば・・・。
待合室に藤本由利亜もやってきた。
「先生、おーすけ君どうですか?え、大成功ですか?よかったわ!」
藤本もグルだったのかよ。
「おーすけ君、だまっていてごめんなさいね。ショック療法をためしてみようと思って、2人に協力をお願いしたの。でも、よかったわ、しゃべれるようになって。」
「おーすけ君おめでとー。」
拍手までされて、悪い気分じゃないが、3度もだまされたとは・・・。
待合室を出て、工藤さんが僕に言った。
「でもよお、実は俺、藤本と別れたのはホントなんだ。まあ、俺が至らなかったせいでもあるがな。そんでよお、藤本を幸せにしてやってくれよ。藤本が不幸になったら俺はいつでも殴りにくるからな。」
くーちゃん、いや工藤さん、実はいいやつだったんだ。(ちちぼう)

藤本が言った。
「でもね、あたしも最近冷静になって思ったんだ。ちょっと自分がでしゃばり過ぎだったなって。うん、おーすけ君はやっぱりにゃんこ先生と一緒にやった方がいいな、って」
「藤本・・・」
僕は藤本を抱きしめそうになったが、みんなのいる手前じっと堪えた。
すると、藤本はさらに続けて衝撃の発言をした。
「実は・・・今、あたしにひとつ大きな話が来てるんだ。にゃんこ先生のことと全く関係ないって言ったら嘘になるかもしれないけど・・・。実はあたしの本当の夢は日本で女優になることじゃなくて、ヨーロッパでデザインの仕事をすることだったの。それで、実は半年ほど前にフランスのあるコンテストに自分の作品を応募したんだけど、その後何の音沙汰もないから今の仕事を始めたの。そしたら、その審査自体には落ちたらしいんだけど、あたしの作品に凄く興味を持ってくれた審査員がいて・・・あたしをプロデュースしたいって急に言ってきて・・・。あたし、あっちでしばらくデザインの世界で頑張ってこようと思うの!」
この話は工藤さんも今初めて聞いたらしく、
「えっ、えっ、どのくらい行ってるの?」
と聞いた。彼女は答えた。
「分からない。でも長くなるかも。出来たら向こうでそのままデビュー出来たらいいと思っているから。何ヶ月か、もしかしたら何年か・・・。だからくーちゃん、おーすけ君、ごめん。あたししばらく日本を離れます。その間、くーちゃんは先生をよろしくね。おーすけ君・・・にゃんこ先生との活躍、応援しているから。」
そういうや、藤本は、
「あたし、がんばってくるからっ!」
そう言って、後ろも見ずにドアを開け、唖然としている僕らの前から去って行った。

しばらくみんな言葉もなかったが、しばしの沈黙の後、工藤さんがポツリと言った。
「しょうがねえよな。あいつの人生だもん。そう言えば、あいつは昔からそんな女だったもんなぁ、唐突に自分のやりたいことを始める。でも、それがあいつのいいとこでもあるんだよな。」
僕は自分が工藤さんのように藤本に「あいつ」とか「そんな女」と言えるほどの関係になっていないことがちょっと悔しかった。
でも、心の中は何故か晴れ晴れとしていた。
「がんばれ、藤本!」
小さな声で、応援していた。

「おーすけ、藤本由利亜と破局。童貞脱出ならず??」
週刊誌にスポーツ新聞、果てはテレビのワイドショーはこの話題でもちきりになった。
あの兄ちゃんねるでも祭り状態になる始末だ。
しばらくは時の人としてマスコミに追い回されていたが、時を追うごとにマスコミの加熱ぶりも下火になっていった。
下火になったのはそれだけではない。ソーヘイ人気も同時に下火になっていった。
僕のパニック障害がなおったのはいいが、あの『おふっ』が出てこなくなったのだ。
「『おふっ』を言わなくなったおーすけは面白くない。」
そんなこんなでファンが離れ始めた。
そこで、人気が下火になるのを食い止めようと、にゃんこ先生とのコラボを復活したのはいいが、すっかり大人になって体のでかくなったにゃんこ先生でも、ソーヘイの人気下降を止める事はできなかった。
兄ちゃんねるでも、あんなににゃんこ先生の復活を望んでいた声が多かったのに、復活するや否や、
「デブったにゃんこ先生、可愛くない」とブーイング状態だった。
そして、僕たちはソーヘイを解散することに決めた。こう太は放送作家として第2の人生を送る事になり、僕は大学へ復学した。

あれから1年、僕はあの頃と同じく、元たんまの石川さんのライブに顔を出すようになっていた。
「あれ~、おーすけじゃねえかよ。テレビで見ねえなあって思ったら、こんなところにいやがって。」
あのS岡出身の口の異様に悪いお姉さんだ。
「おーすけ、お~らおらおら・・・あれ?おふっって言わないの?つまんね~。まあ、いいや。で、相変わらず、童貞なの~?」
「うははははははー、未だに童貞っす。」
悲しいことだったが、童貞なのは事実だった。

ライブが始まってしばらくすると、石川さんのMCが始まった。
「なんと、今日はスペシャルゲストが来ています。元ソーヘイのあいうえおーすけ君で~す。」
ちょ・・・、石川さん・・・。(ちちぼう)

「おーっ!」という声や「懐かしい!」という客席からの声が聞こえる中、僕は石川さんにうながされ、ステージに上がった。
「今はすっかり一般人に逆戻りしたの?」
「お、おすっ。まぁ、たまに町中で声をかけられることはありますが」
「もったいないなー。才能あったのに」
「い、いや、もうマスコミ的にも『消えた芸能人』すから」
「ははは、それなら俺だって同じだよ」
「い、いや、あ、まぁ・・・」
僕はうまく返す言葉が見つからなかった。
確かに石川さんも20年くらい前にはテレビに出まくってたらしいが、今では「知る人ぞ知る」存在だが、活動だけは地道にずっと続けている。
「そういえば、おーすけってウクレレ弾けたよね」
「あ・・・まぁ、ちょっとだけですが・・・」
「ちょうどこのお店のウクレレがあるからちょっと弾いてみない?」
「えっ、僕がですか!」
「まぁ、座興程度でいいから」
「簡単なコードぐらいしか弾けませんよ」
「いいいい。ちょっとセッションしようよ。お客さんも聞きたいでしょ!?」
客席から拍手と歓声が聞こえた。
石川さんはこういう即興的なことをすることが好きだ。僕もそういうとこが気に入っていたので、自分がフィーチャーされることは恥ずかしいけれど、嬉しかった。
「じゃ、コードはとりあえずA・G・Eの繰り返しで」
「はい」

と、石川さんが歌いだした。

「♪あ・い・う・え・おーすけ
  チェリーボーイ
  あ・い・う・え・おーすけ
  チェリーボーイ

  まだまだ生まれたばかりの
  あ・い・う・え・おーすけ
  これからが本当の勝負
  あ・い・う・え・おーすけ

  まだまだこれからすべて始まる
  あ・い・う・え・おーすけ
  自分の力で切り開け
  あ・い・う・え・おーすけ

  あ・い・う・え・おーすけ
  チェリーボーイ
  あ・い・う・え・おーすけ
  チェリーボーイ

  チェリーボーイ!


そうだ。チェリーボーイは恥ずかしいことじゃない。誰だって生まれた時はチェリーボーイなんだ。そして僕という人間はまだ生まれたばかりなんだ。

そうだ。これからだって遅くない。
僕はなんだって、出来るんだ!

横で石川さんが、ニヤリとしながら、歌ってた。



         -了ー


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