第八話 Who Are You?

疲れていたのだろうか。
俺が倦怠溢れるマンションの自室に戻ると、何かの異変に気がついた。
なんだか部屋の気配がいつもと違う。
ベッドはいつも朝軽く直してから出かける俺だが、なんだかいつもより掛け布団が乱れているような気がする。
テーブルの上の灰皿の燻りもこんなにたまっていたっけか?

俺はとりあえず通帳やら判子やらを咄嗟に確かめたが別段荒らされている様子はなかった。ドアにも窓にもしっかり鍵はかかっているし、何より物取りが入ったような気配は感じられない。
しかし俺は或る一点を見てギクッとなってしまった。
独り暮らしなのに洗面所の端には明らかに俺のではない歯ブラシがひとつ、増えていた。

「パーパ!おかえりー」という声が風呂場から聞こえた。
まさか、まさか・・
「きちゃったよ。」と言って、にっこりと笑ったその子は、見るからにいまどきの女子高生であった。しかも俗に言う正統派の。
少しだけ茶色が入っている髪と目は、以前より透明感を増していた。
スタイルは良くはないが、目立って悪いところはない。八重歯とえくぼが似合う、顔立ちは相変わらずかわいらしい。
そして、俺が誤ってつけてしまった腕の傷は、目立たなくなってきたもののやはり印象強く残っていた。
そう、その子は数年前に離婚した妻との間にできた、男の子であった。(ねねこ)


「・・・タカシ!? お前その格好は一体!?」
するとタカシは意味ありげな笑みをフフッと見せながら、
「そんなことよりあたし、今日からここに住むから!」
完全にミスター・レディになっている我が息子を見て、しかしまだその事態が飲み込めなくて、
「学校の仮装大会か何かか!?」
と聞いてしまったが、タカシは悪びれる様子も全くなく、いやむしろ屈託ないぐらいに、
「馬鹿ね、パパ。パパだってあたしが小さい時からなんとなく気づいていたでしょ。・・・あたしモロッコに行きましたぁ。ちょん切ってきちゃいましたぁ!」
ちょ、ちょん切って・・・。
二の句が告げないでいる俺の横を、ほのかな甘い香水の匂いが通り過ぎて行った。

「お、おまえ、その格好で学校へ行っているのか?」
「学校?行ってないよ。あ、このセーラー服?これね、衣装なの。」
「衣装って・・・。」
タカシの口から、驚くべき答えが返ってきた。
「わたし、先週、とある芸能プロダクションと契約したの。んで、今度、グラビア撮影するんだ。ま、グラビアアイドルってやつね。」
お、俺の息子がグラビアアイドルだとは・・・。
「んで、アパートが見つかるまで、ここにいさせてね、パパ。」

突然、タカシの携帯が鳴った。
「あ、もしもし・・・・うんうん。わかりましたぁ。今すぐ行きます。」
「お前、どこへ行くんだ?」
「これからグラビア撮影の打ち合わせなんだって。急がなくちゃ。じゃあね、パパ。」

1週間後、「週間ポポンS」に息子のグラビアが載っていた。
セーラー服ときわどいビキニのセクシーショット。
誰が見たって、巨乳の女性アイドルにしか見えない。
まあ、オッパイは豊胸手術ででかくしたんだろうけど。
しかも、撮影場所は俺のマンションのすぐそばだ。
「島田彩乃・・・・これが俺の息子か・・・。」
グラビアアイドルなんて掃いて捨てるほどいる。人気者になれるのはほんの一握りだ。ふと、俺は思った。
「こいつ、芸能界がダメなら、行くところは・・・ニューハーフのショウパブしかないよな・・・。なんてことだ。」
しかし、こんな心配が無用のものになろうとは、思ってもみなかった。(ちちぼう)


それから何日も経たないある日、会社で仕事の合間にネットニュースを見ていると、小さくこんな記事が載っていた。『「週間ポポンS」売上げ160%増 島田彩乃って誰?』
そして次の日には、ワイドショーでも騒ぎ出した。
「突然のニューヒロイン、島田彩乃人気爆発間近!」
どうやらグラビアの評判が相当良かったらしい。
そして流れに載るとマスコミとは恐ろしいものである。むんずむんずと喰らいつく喰らいつく。
島田彩乃・・・我が息子にはグラビア依頼やテレビへの出演依頼が殺到し始めた。
しかし、まだ島田彩乃が男、もとい、元男性だったことは誰も疑ってもいない様子だった。

島田彩乃の快進撃は続く。ファースト写真集は大ヒットで、売り切れが続出。テレビ初出演のトーク番組では、男みたいなさっぱりした性格がウケたのか、女性人気もうなぎのぼりだ。

「男みたいな性格ねえ・・・こいつ元々男なんだけどな。」
俺はテレビのワイドショーを見ながら、そうつぶやいた。
タカシは事務所が用意してくれたマンションに既に引越ししている。
「こいつ、これからどうなるんだろうな・・・。」

 会社では、島田彩乃の話題で持ちきりだ。
「ねえ、島田彩乃って、なんか、いいと思わない?グラビアアイドルとしてはスタイルはあまりよくないけど、なんとなく、エロいっていうか・・・。」
「見た目はかわいいけど、性格がサバサバしていて好感度高いよねぇ。」
「あ、課長はどう思います?島田彩乃。」
「え?ああ、まあ、いいんじゃないの?」
俺はそう答えた。っていうか、そうとしか答えようがないだろう。
まさか、あの子は自分の息子だなんて言えないし。

同じ課の夏美が、俺の机の上を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「あ、やっぱり、島田彩乃って課長の息子さんに似てる!っていうか瓜二つ!」
「え?どれどれ」
「うっそー」
俺の机にはあっという間に人だかりができてしまった。
机の上には小学6年くらいのときのタカシの写真を飾っていたのだ。
「おいおい、そりゃ、確かに似ているけど・・・・。」
「課長、島田彩乃って、課長の隠し子じゃないの?」
「バカなことを言うんじゃない!」

「こ、これは・・・みんな、来てくれよ!」
そんな騒ぎの中、同じ課の竹内がパソコンを覗き込んで叫んだ。
「ほら、兄ちゃんねるにこんなのが・・・」

 『123 :うわさの名無しさん :
  私は島田彩乃とは中学のとき、同級生でした。島田彩乃は
  本当は男です。これは本当の話です。彼女、いや彼は超美少年で
  学校中の女子の間で人気がありました。学園祭の女装大会で
  3年連続優勝していて、これはそのときの写真です。この写真を
  見たとき、島田彩乃は同級生だったタカシだと確信しました。
  タカシは私たちクラスメートにもたびたび「女性になれたらいいな」と
  漏らしていたし・・・。タカシは子供のころ、腕に大きな傷を負って、
  これはそのときの傷だよと私に見せてくれたことがあります。
  島田彩乃にも同じ傷がありました。これって、単なるソックリさんじゃ
  ないよね?』

「人気者になると、こういうデマが出てくるからなあ。あ、もう昼休みは終わりだぞ。早く席につけよ。」
「まあ、兄ちゃんねるはデマ情報多いし、島田彩乃の人気を妬んでこういうアホな書き込みしたのかもしれないしね。」
俺は心臓が止まりそうな気分だった。

日曜日、1人の少女が俺のマンションを訪ねてきた。
「あ、タカシくんのお父さんですよね。私、タカシくんの中学の同級生で、安部美雨っていいます。」
「ああ、そうだけど・・・俺に何か用かい?」
「実は、タカシくん・・・いや、島田彩乃のことで、相談したいことがあって・・・お父さんじゃなきゃダメなんです。どうか、私の話を聞いてください!」(ちちぼう)


不穏な空気を感じたが、俺はともかくその少女を部屋にあげた。
「ウーロン茶でいいかい?」
と聞いたが、返事はない。とりあえず冷蔵庫からペットボトルの買い置きのウーロン茶を出し、流しに転がっていたコップを手早く洗ってそれにそそぎ、黙って下を向いている少女の前にコトンと置いた。
「で・・・タカシが何か・・・」
俺が言いかけた時、彼女は突然大粒の涙をポロポロこぼしながらこう言った。
「私・・・!」
その瞬間、俺の胸にそのいたいけな少女が突然飛び込んで来た。

「タカシ君の子供を・・・身籠って・・・わたし・・・」
んっ? この子は何を言ってるんだ。だってタカシは・・・ちょん切っているじゃあないか!
「信じてもらえないかもしれないけど、半年前。タカシがまだ男の人だった時に・・・」
「・・・!」
それならあり得ない話しではない。つまり言いかたは悪いがギリギリアウトということか。
「タカシ君にも言ってないんです。だって彼はもうアイドル・・・しかも女性アイドルなんですから! わたしもどうしていいかわからなくて、そんなことして迷っているうちに時間が経っちゃってもう堕ろすことも出来なくって。タカシのことは愛していたけど、それは我慢します。タカシの夢を壊したくないから。でも子供だけは、子供だけは産みたいんです。どうしたら・・・」
俺は頭を抱えたかったが、かろうじて自分を押さえた。
彼女の方が辛いのははっきりしているのだから。
そして彼女の涙に嘘の影がないのだけははっきりと感じ取られた。
と、意を決したように美雨は俺の目をじっと見て言った。
「お父さん・・・産まれて来る子供のお父さんになってくれませんか?」 (だし汁)


「お、お、俺ぇ!?」

思わずオカマのような甲高い声が出てしまった。まるでタカシのようだ。
「い、いや、ちょっと考えさせてくれ」
すると美雨は毅然とした態度で答えた。
「もしお父さんがこの子のお父さんになってくれなかったら、わたしは・・・お父さんをこの場で殺して、そして自分も死にます!」
いつのまにか、キッチンにあった包丁を彼女は手にしてわなわな震えていた。
「ちょちょちょちょちょ、落ち着いて。待って、待って。わっ、分かった。俺が親父になる。それでいいんだろ!?」
「わっ!」
美雨は包丁を離すと俺の胸に体をあずけて来た。ほのかな女の匂いが俺を包んだ。
しばらくひとしきりまた泣きじゃくった後、美雨は体を離した。
「ということは美雨ちゃんは俺と結婚するんだね・・・」
タカシが産まれて間もなく離婚した俺は45にして、ひとりやもめ暮らしも20年になる。まさかこの年でこんなに年の離れた子と結婚するとは・・・。
と、突然美雨はいぶかしげな顔で俺を覗きこむや笑い出した。

「キャハハハハッ! 結婚? おじさんと? ・・・ありえなーい! だってわたし他に好きな人いるしぃ、おじん趣味ないしぃ」

なんかさっきまでの美雨ちゃんと違うような・・・。女性というのはいくつになっても分からない。

そしてそれから4ヶ月後、美雨は立派な男の子の赤ちゃんを持って我が家をたずねてきた。
「はい、今日からこのおぢちゃまがお父さんですよぉ。ちょっとふけてるけど、お父さんですよぉ。」
俺の両手にまだ子犬ほどの大きさの赤ん坊が、白いふわふわの布に包まっていた。
「じゃ、おじさんまたね! ちゃんと育ててねっ!」
・・・何というクールな子なのだ。
俺は本当は孫にあたる赤ん坊を抱えて、
「さて・・・」
と思案した。

「こういうことは、あいつに相談したほうがよさそうだ。」
俺は、鈴子・・・元妻のところに電話をかけた。
「鈴子?俺だよ、俺。実は、相談したいことがあってさ・・・。」

俺たちの離婚原因は、まあ、嫁と姑の確執ってやつで、俺のお袋の執拗な嫁いびりに鈴子が耐えられなくなり、生まれたばかりのタカシを抱えて泣く泣く家を出て行ってしまったのだ。
しかし俺は週1回、鈴子とタカシに会っていた。
あれは、タカシが5歳のころだったか・・・俺は鈴子とタカシの為に、自慢の料理を食わせてあげようと、腕を振るっていたところに、タカシが「パパー、遊ぼうよ。」と、俺の服のすそを掴んで話さなかったもんだから、
「あとでな。お父さんは今忙しいから、あっち行ってなさい。」
そう言って振り向いた瞬間、タカシが突然、ギャーと泣き出した。
俺は持っていた包丁でタカシの腕を切ってしまったのだ。
「タ、タカシ!だ、大丈夫か?ごめんよ!」
「パパなんか、パパなんか、大嫌いだー!うわーん!」
幸い傷は大事には至らなかったが、俺はその後、しばらくタカシから嫌われることになった。
タカシとまともに話ができるようになったのは、つい最近のことだ。

「鈴子、実はな・・・。」
俺は、これまでのいきさつと、赤ん坊のことを話した。
「しかし、困ったものねえ、タカシに認知しろって言いたいところだけど・・・。」
「タカシに話すべきか・・・それとも・・・。」
そのときだった。玄関のベルが鳴った。
「はい、どちらさまでしょうか?」
やけに玄関口が騒がしい。ドアを開けた瞬間、俺はものすごい人だかりにぶったまげた。
ワイドショーの芸能レポーターでおなじみの顔が・・・ってことは・・・
「失礼します。島田彩乃さんのお父様でしょうか?」
「島田彩乃さんが元男だったというのは、本当でしょうか?」
「島田彩乃に隠し子がいるという噂を聞いたのですが、ご存知でしょうか?」
な、何故、あいつらは知っているんだ・・・?一体これは・・・。
「あ、あなた、これはどういうことなの?」
鈴子が不安そうに俺のそばにやってきた。
「俺が聞きたいくらいだよ・・・。ま、まさか・・・。」
美雨の仕業か・・・?もしかして兄ちゃんねるの投稿も・・・?
俺は、わけがわからなくなった。(ちちぼう)

「私は何もわかりません。お引き取りくださいっ!」
レポーター陣に強く言うと、とりあえずドアを固く閉ざした。
これはもうあれこれ詮索している場合じゃない。俺はタカシの携帯に即電話した。
「タカシか?」
「あ、パパァ~。タカシじゃありませーん。彩乃ちゃんでぇぇす!」
「ふざけている場合じゃないっ!」
俺が一喝したせいか、一瞬受話器の向こうが息づかいだけになった。
「お前、安部美雨って子、知ってるな。」
「美雨・・・あぁクラスメイトだった子ね。知ってるわよ」
「お前付き合ってたそうだな」
「付き合って・・・!? 何言ってんの、あたし女の子駄目なの知ってるでしょ。だからちょん切っちゃったんじゃな~い」
「いや・・・その、ちょん切る前にあったんだろう、美雨って子と」
「あったって・・・? なになに、えー? や、やだー、あるわけないじゃない! しかもあの子ヤクザと付き合ってるのよ」
「ヤ・・・ヤクザ!? お前と付き合ってたんじゃないのか! だってあの子の涙は本物・・・」
「パパァ、美雨がどうしたの? そういえばあの子演劇部だったからその演技力でおとなしい顔していろんなことやっていて学校では評判最悪だったけど。ねぇ、美雨がパパと何の関係があるの!?」
俺が事の成り行きが一瞬つかめないで呆然としている時、後ろで突然赤ん坊が何かを察したのか、破裂せんばかりに泣き始めた。
「パパァ、何!? 赤ん坊の泣き声!? なんなの、パパァ」

俺はタカシのあまりの能天気さに呆れ頭に血が上り、一喝した。
「美雨って子となにかあったんだろう!子供ができたんだよ!うちで預かってるんだ!!」
するとタカシはまだ能天気な声で答えた。
「だからぁー。あたしはぁー。女の子に興味なんてないのぉー。 その赤ちゃんの事だって、あたしは知らないんだからねー。 どうして預かったりしたのよぉー。あたしに怒られたって、困るんだからねぇー。 用件はそれだけ?じゃぁ、切るわよぉー。」
俺は赤ん坊をあやしながら、あわててタカシをひきとめた。
「待て!切るな!お前なぁ。自分がしたことの責任もとれないのか? 美雨って子、泣いてたんだぞ。」
「なによ・・・あたしは知らないって言ってるじゃないの! 前にも言ったけど、美雨って子はね、芝居がうまいのよ。 パパってば、自分が騙されてるのをあたしのせいにしないでくれない? ちょーむかつくんだけど!!」
タカシの方も、イライラきている様子が伺える。
だが俺がここでひくわけには、いかない。
「とにかく、一度うちへ来い。話し合う必要があるだろう。 少なくともお前は暫く前までは男の身体だったんだ。 なにかあったのに決まってる。後始末を俺に押し付けるんじゃない。」
すると、ずっとオカマちゃん喋りで話していたタカシが唐突にどすのきいた声で怒鳴った。
「・・・うるせぇっつってんだよ!! 俺はそんな女のことはしらないしガキなんて欲しくもないし作る気もない! てめぇが勝手に引き受けた厄介ごとだろうが! てめぇで尻拭いしやがれ!俺には全く関係ねーことだ!!」(りあちゃん)


俺は事の本質より、タカシがオカマだけじゃなくそんなヤクザみたいな喋り方をしてきたことにショックを受けてしばらく呆然としていた。
少し気持ちを落ち着けなければとキッチンにコーヒーを入れに立った瞬間、電話の音がけたたましく鳴った。
やれやれと思いながらも受話器を取った。
「はい・・・もしもし」
「ふはははっ!」
電話の主は、いきなり笑いだした。
「だ、誰ですか!? マスコミの方ならお断りしますよ」
「いや、すまん。さっきちらりとワイドショーにおまえがうつっているのを見て電話してみたんだよ。俺がわからないか?」
そういえば、聞き覚えのある声だ。そして、思い出した。
「・・・おまえ、もしや坂本!?」
受話器の向こうからまた笑い声が聞こえてきた。
「そうだよ。久しぶりだな。5年ぶりくらいか。いや、それでおまえが困っているのをみて、ちょっと助けてやろうと思ってな」
「おっ、なんだ!? というかおまえ今何やってるんだっけ?」
「俺か? 俺は今・・・」

坂本はもったいぶったように一呼吸おくとこう続けた。
「代々木公園に住んでいるのだよ。要するにホームレスをやっているのさ。」
ずっと混乱続きの俺なのだが、そんなホームレス男が何の役に立ってくれるのだろうかと更に混乱してきた。 何か裏があるのだろうか・・・・・・?これも何かの罠なのか??

いやまて、俺は考え直した。友達を疑うなんてどうかしていたよ、まったく。ちょっとでも奴を疑った俺はなんて哀れな人間なんだ。
ああ、俺は最低な人間だ。俺なんて・・・・・!!ブツブツブツブツブツブツブツブツ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「おい、聞いてるのか?」と坂本の声。
いけないいけない、また自分の頭の中の会話が暴走してしまった。
「ああ、聞いているさ。」
と答えると、坂本は話を続けた。
「実は俺、ホームレスをしながら・・・・・」(ことり)

「情報屋、ちゅうのをやってるんだ。」
「情報屋? なんじゃそりゃ?」
「つまりな、ホームレスの中には結構裏社会の者も多いんだよ。というか表社会にいられなくて、ホームレスのふりをして身を隠しているというか」
「ふむふむ」
「そこで実はマスコミには出ない、いろんな情報も手に入るということさ。それを売ったりするのが俺様の仕事さ」
「・・・ふーん。で、それが俺と何の関係があるんだ?」
「友達だから忠告するんだ。これは絶対に内緒だぞ。ばれたら俺も危ないんだ」
「ふむ。で、何だ?」
「おまえのオカマのアイドルの息子いるだろ。あいつ、やばいぞ」
「そりゃ、やばいのは分かってるよ。俺もまさか息子がオカマになって、なおかつそれでアイドルになるなんて今でも信じられないからな」
「いや・・・違うんだ。問題はそんなことじゃない。隠し子騒動もあったろう。あれも実は世間の耳目を集めるカモフラージュだ」
「カモフラージュ? なんのだ?」
「いいか、よく聞け。おまえの息子はただのアイドルじゃない。実は国家的な・・・」
そこまで彼が言った時、急に電話に激しいノイズが入った。
「坂本? なんか雑音でよく聞き取れないんだけど・・・」
その時であった。

「グエッ」



蛙を押しつぶしたような声とともに電話がガチャリと切られた。
「・・・坂本? 坂本っ!」
しかしもう受話器からはツーツー音しか聞こえて来ない。
「なんだ? 何が起きているんだ!?」
俺は理由も分からないのに、何故か全身に寒気がシュッと走ったのを激しく感じた。

その翌日の朝、俺は携帯の着メロで起こされた。
「もしもし・・・どちらさまで・・あ、高野・・・い、いや部長!」
「いいよ、高野で。実はお前に話したいことがあるんだ。これからお前の家に行くから、どこにも行かずに待っていてくれよ。あ、それとさ、鈴ちゃん、元気?」
「ああ、元気だよ。鈴子にも来るように伝えとくか?」
「お前の好きなように。じゃ。」
俺と鈴子と高野と坂本は、大学時代からの付き合いだ。俺と高野は同じ会社に就職したが、高野は持ち前の頭の良さで、ついこの間部長に昇進したばかりだった。

20分後、高野がやってきた。遅れてその5分後には鈴子もやってきた。
「話って何?」
「まずは、会社命令から。会社にまで報道陣が押し掛けるようになってさ。そこで、ほとぼりが冷めるまで自宅待機だ。大丈夫だよ。有給扱いにするように俺が何とかするから。」
俺が会社に行ったら、大パニックになるもんな。
「ありがとう、高野。助かるよ。」
「会社命令は以上だ。これからが本題だ。実は、坂本からこんなものが届いたんだ。」
そういうと、高野は分厚い封筒を俺の前に置いた。俺は恐る恐る封筒の中身を取り出した。その中に手紙が入っていた。坂本が俺宛てに書いた手紙だ。

「この手紙が届くころ、俺はこの世にいないかもしれない。しかし、この事実を闇に葬り去るわけにはいかない。俺が集めた資料を高野とお前に託す。どうか、この事実を世間に公表してほしい。」

「ちょっと、何なの?この写真。有名タレントばかり・・・。信じられない!」
あまりのことに鈴子が驚きっぱなしだった。
「これはすごいな。こんなのが世に出たら芸能界どころか国のお偉いさんまでひっくり返るぞ。ある意味な・・・ん?これ、息子・・・い、いや、島田彩乃じゃねえか?」
高野が俺に差し出した写真を見て、俺の頭に坂本のあの言葉がよぎった。
「あいつ、やばいぞ。」
俺の息子が、こんなヤバイことに関わっているとは・・・。

そのとき、玄関のドアが蹴破られ、ヤクザ風の男が3人俺たちの前に立ちふさがった。
「例のブツが、あの情報屋のところにないと思ったら、こんなところにあったとはな。こいつが世に出ちまったらやばいことになるからな。」
「こいつを俺たちにくれよ。さもないと、お前ら3人ともコンクリート詰めにして海に沈めるぞ。」
「おい、くれるの?くれないの?あぁ?」
俺たちはあまりの恐ろしさに、動けなくなってしまった。(ちちぼう)


(くれない・・・紅。XJAPANの。って、そんな冗談が通じるような雰囲気じゃないな。でもこれが悪用されたら島田彩乃・・・い、いやタカシの命まで狙われるかも・・・あぁ、どうしたら!)
と、その時だった。

「ヤアァァァァァッ!」

鈴子の蹴りが一瞬にして3人に見舞われた。
ドォという音をたてて崩れ落ちる3人の男達。
そうだ、鈴子は実は女子キックボクサーとして若い頃数々の大会で優勝経験を持つ、格闘家だったことをすっかり忘れてた。
「すげえなぁ、相変わらず」
「何を感心してるの。早く、早く逃げるのよ!」
鈴子が声を荒げた。
俺達は何がなんだか分からないまま、ぶっ倒れている男達の体をひょいと乗り越えて、靴をはく余裕もなく、サンダルをつっかけてとりあえず外へと一目散に駆け出した。

電車の中、人々がちらちらとこちらを見ている。

スーツ姿に裸足の高野、パジャマでつっかけの、赤ん坊を抱いている俺、唯一まともな鈴子の組み合わせは異質らしい。

走って逃げている間にタカシと連絡が取れ、隣の県のR公園で落ち合う事になった。電話口のタカシは、さっきの調子とはうってかわって張り詰めていた。きっと向こうでも何か起こっているに違いない。

「あのさ、俺午後からはずせない会議がはいってるんだよね。ちょっと失礼させてもらうよ」
と高野が言い出した。
「お、おい。こっちは国家秘密だぜ!?しかも、お前見ちまったんだから今更逃げられねーよ!!」
と俺が言うと
「いや、そんな事よりも、目の前の仕事のことの方が気になるんだ。じゃあ、早く解決して、俺に危害が及ばないようにしてくれよっ。」
といって、裸足でさっそうと会社のある駅で降りてしまった。
「高野君、相変わらずねえ」
と鈴子があきれて言った。
「ああいう奴がやっぱ会社で上り詰めるんだよ」
と俺はちょっとだけねたみながら言った。(ぴよまる)


ようよう赤ん坊と鈴子とで駅にたどり着いたが、駅のまわりにやけに普段と違って異様に人が溢れかえっている。
そして何故か警官の姿もちらちら見える。
俺はひとりの警官に「何かあったんですか?」と聞いてみた。すると「ん・・・爆弾を仕掛けたという電話が入ってね。まぁ悪戯だとは思うのだけど、とりあえず確認が取れるまで駅は閉鎖です」と答えてきた。
「悪いタイミングね!」と鈴子が言ったがふと考えて冷汗がでた。
「まさか俺達に関係している!?」
その時だった。
ボンッという鈍い音が駅の高架になっているホームの方から鳴り、それとともに黒煙がモクモクあがった。

「マジかよ・・・」
だが、こうしてはいられない。タカシの身に危険が迫っているのだから。
「鈴子、ぐずぐずしないで行くぞ。どこかで車を拾うしかない。」
「車を拾うったって・・・お金持っているの?」
「金?ないよ。」
R公園までタクシーで行くとしても5千円は下らない。今の俺たちは一文無しだ。
「財布持ってくりゃよかったなあ・・・。」

その時だった。俺たちの前に1台の車が止まった。どこかで見たことがあると思ったら、高野の車だ。
「おい、こんなところで何しているんだ?」
「高野、会議じゃなかったのか?」
「実はさ、会社が爆破されたんだ。会社に着くのがもう少し早かったら俺も犠牲者になっていたところだったよ。」
会社が爆破って・・・マジ・・?
ふと目の前のビルの電光掲示板ニュースに目をやったとき、高野の言うことが本当だったと知らされた。

『○○商事ビル爆破される・・・・』

「高野、R公園まで俺達を乗せてくれるか?」
「お安い御用さ。」
俺たちは高野と一緒にR公園へ向かった。

「R公園、ずいぶん人多くない?」
「もしかすると・・・総裁選の演説か?」
「総裁選って?人民民主党のか?」
人だかりの前に姿を現したのは、有力候補で総裁は確実と謳われた要太一だ。
「さすが要だな。大衆の支持があると自負するだけあって、演説は立派だよ。」
高野がつぶやいた。
「あの顔どこかで見たような・・・・・あっ!」
あの写真だ。タカシと一緒に写っていたのはまさしく要太一だ。しかも他のアイドルタレントとの写真にもやつが写っていた。
これが世間に出たら間違いなく要太一は失脚するだろう。高野の言うとおり、政界のお偉いさんがひっくり返るだろうな。

要太一の演説は続く。
「皆さん、たった今、数か所でテロの犯行と思われる爆破がありました。もしかすると、テロリストたちはこの私をも狙っているかもしれません。テロ防止法を今国会で通さなくては、日本の未来はないのです・・・・・・。」
俺の会社と駅の爆破を演説のネタにするとは・・・さすが政治家だ。
斉藤の集めた資料を公表すれば、要太一の悪行を白日のもとにさらし、仮面をはがすことができる。だが、それは島田彩乃の芸能人生命を断つことも意味している。
「こいつを公表すべきだろうか・・・?」
俺は一体どうすればいいんだ。

ふと振り向くと、木の蔭から人影がのぞいていた。
「タ、タカシ・・・・・」(ちちぼう)


「パ、パパ・・・」
「おまえ大丈夫だったのか!?」
「・・・・・。」
「どうした!?」
「パパにちょっと来てほしいところがあるんだ。ママやおじさんはちょっと遠慮してくれる?」
その様子は唯事ではない感じだった。
「パパひとりがいいんだな?」
「うん・・・というか少しでも被害を・・・あ、何でもない」
「・・・分かった。俺ひとりで行ってくるよ。どこだい?」
鈴子や高野に「大丈夫」とウインクして俺はタカシの後を追った。公園を出てしばらく歩くとタカシはふいに立ち止まり俺に向かって言った。
「この車に乗って・・・」
そうタカシが指し示したのは、黒塗りの重厚なリムジンだった。

そして俺はタカシとリムジンに乗り込んだ。
リムジンの後ろの助手席には俺とタカシ、前のほうの助手席には妙な老人が座っていた。
老人は運転手に言った。
「とりあえず、わしの屋敷へ行ってくれ。」
あの老人・・・俺の前に座っているのだが、
オーラがビンビンで、一般人とはとても思えない。

「タカシくん・・・今は彩乃さんか・・・。
わしの我儘で、迷惑かけてすまなかったのう。」
「い、いえ、御隠居のお役に立ててありがたいです。おかげで女性になるという希望が叶ったのですから・・。」
この老人、タカシとは知り合いなのか?
「あ、そういえば、彩乃さんのお父様もご一緒でしたね。彩乃さんのご家族にご迷惑をかけてしまって申し訳がないのだが、何せ、この国の行く末がかかっているのでな。」
その老人が俺のほうに振り返って言った。
「あ、あなたは・・・。」
平成の水戸黄門と言われている、かつての内閣総理大臣、土屋幸之助だ。
そういえば、要太一は土屋幸之助の弟子だったっけ。弟子の悪行を阻止しようと、御隠居が動き出したのか?
でも、何故俺なのか?俺でなきゃダメなのか?
このまま放っておくと、被害が出る?一体どういうことなのだろう?

リムジンがやたらどでかい屋敷で止まった。ここが土屋元総理大臣の屋敷か・・・。
「とにかく、わしの屋敷に入ってくれ。これから詳しい事情を説明するから・・・。」
リムジンの運転手も一緒に屋敷へ入ろうとした。
運転手の顔を覗いた俺は、一瞬ぶったまげた。
「お、おい、斎藤・・・・生きていたのか?」(ちちぼう)


、という名前の男がいた。
落語の「寿限無」より遥かに長い名前であった。
本人をはじめとして、誰も一生涯彼の名前を呼ぶものはいなかった。
人々はその異常に長い名前とともに、
「続きが聞きたくなる、まるで小説のような名前だな・・・」
と、口々に言ったということであった。

「Who Are You?」

と聞かれても、答えられなかったのはこういうことだったのだ・・・。



            ー了ー


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