その日、俺は乗り換えの大きな駅の階段を、慌てながら駆け降りていた。
通勤時間帯のこの時間は、まさに人ゴミの嵐だった。ゴミのような奴らが、俺の行く手を遮る。
何故こんなに都市には人が溢れかえっているのだ。
俺は、自分もその「人ゴミ」を作っている構成員のひとりである、などという事はさらさら考える余裕もなく、「チッ!」という気持ちだけが横溢して憮然と走っていた。
そもそも今日は朝から、小さいながらもひどい目の連続だった。
俺は慎重な性格の為、目覚まし時計をふたつかけているのだ。ひとつは余裕を持った時間に、そしてもうひとつはその10分後に。
ところが朝方、突然右足のふくらはぎがピーンとつった。
「ウ・・・グッ」
ここは冷静に、冷静にと思いながらなんとか右足の体勢をそろりそろりと変えようとした。その時である。左足もまた、同じ様にふくらはぎの中の筋肉がグルン、という感じで回った。
「ウギッ! ウギギギギ・・・」
両足同時つりに、ひとりベッドの中でその激痛に身悶えていた。
そういえば、おとといの日曜日に、久しぶりに会社の連中と野球をしたのだった。
普段全く運動なんかしていないのに、いきなり激しく動いたのがいけなかったか。
しかし、きのうは何ともなかったので忘れていたのが、こんな形で「筋肉の年令」が訪れるとは・・・。
そう思いながら、ふとまわりを見回してみると、すでに朝の光がカーテンの隙間から漏れている。
痛みに耐えながらも、「オヤッ?」と思い目覚まし時計を見た。
しかるに、ひとつの時計は2時に、もうひとつの時計は3時半で止まっている。なんという偶然か、両方とも同じこの夜中に、電池切れになったらしいのだ。
俺はあわてて机の上に置いておいた腕時計を取り上げた。すると、もう家を出なくてはいけない時間ではないかっ!
「ば、馬鹿なっ!」
急いでベッドから飛び起きた瞬間、ふらついた足元に、咄嗟にどこかに捕まろうとした僕の体は、タンスに体当たりしてしまった。と、その上に置いてあった金魚鉢が、いきなり漫画のように頭から降って来た。ザババッという音と、ビショ濡れの自分。唖然としている俺の横を金魚がピチャピチャ跳ねている。
「くっ、くそっ!」
そう思ったが、とにかく時間がない。今日は朝から重要な会議があるのだ。金魚鉢に水を汲むと、金魚をその中に放り込み、僕は大急ぎでシャワーを浴びると、家を出た。
もちろんシャワーは何故か「高熱」に設定されていて、
「あっ、あちちちっ!」
とひとり呻いたり、タンスのドアに指を思いっきりはさみ、無言で痛みに耐え涙をツツーと流したり、ネクタイを締め過ぎて一瞬息がつまり、
「ウゲッ、ゲホッ、ゲホホッ」
とえづいたり、とにかくあわてていると、ろくなことがない。
でもとにかくそれは、あわてていたが故の、単なる日常の些細な不幸だと思っていたのだ。
この時点では・・・。
俺の名前は竹本晃司。食品会社のサラリーマンだ。29才で係長は、同期の中では一番早かった。ま、そこそこ認められているということか。
で、実は、自分でいうと嫌らしいかもしれないが、俺は二枚目だ。決して自惚れではなく、学生時代も、ラブレターやらバレンタインデーのチョコやらは、クラスの誰よりも多かった。
中学生の頃はちょっと「ワル」な時代もあり、それで鳴らしたので、逆に憧れの対象となることも多かったのだと思う。
あまり笑顔を出さないので「クールな奴」と思われてるのだが、実際はただ感情が顔にあまり出ないだけなのだ。
が結局、高校時代のマドンナとつき合い、そのままゴールイン。一途な所もあるのだ。結婚後、すぐに長女が生まれた。
そして先週から、二人目の子供のお産の為、妻は実家に戻っており、つかの間のひとり暮しを堪能していたのだった。
さて、急いで駅の階段を駆け降り、ホームへの道を小走りに走る。
ちょうど人ゴミの途切れた所が、すぐ先に見えた。
当然、そこを一気に突き抜けようとしたその時だった。
ツツーッと、足がスケートのように滑った。
「・・・?」
途端に、手をついてそこにしゃがみ込むような体勢になってしまった。
そしてその手に、なんとも言えぬ、しかしはっきりと正体のわかるイヤ~な感触と、臭い。
「なっ、なんじゃ、こりゃあーーーーーっ!!」
往年の松田優作の名セリフではないが、思わず小声で叫んでしまった。
そう。それは駅名物・ゲロゲロ君だったのだ。
誰がしたかも知れないゲロゲロ君の上に、思いっきり半身を降ろして横倒れになっている自分がいた。
「・・・・・・・。」
声も出なかった。ズボンも、背広の一部も、明らかにゲロゲロ君がべったり付着していた。
俺は、唖然として佇んでいた。(石川)
「ちょっと待てよ」
俺は、今起きていることを冷静に考えてみることにした。
これは果たして本当にゲロゲロ君なのだろうか?
ふと周りを見ると、みんな大笑いしている。
「どういうことなんだ?」
よく考えると、何かがおかしい。
今の世の中、たとえ、他人がゲロゲロ君を踏み、転んだとしても、これほどまでにみんながみんな笑うのだろうか?
その時である。
「どっきり生テレビでーす!」
そう言いながら、マイクを持ったレポーターとカメラマンがこっちに駆け寄ってくる。
「なに!?」
俺はこの状況を飲み込めないまま、きょとんとしている。
よく見れば、どこかで見たことのある、お笑いタレントだ。
「これ、よく出来てるでしょう?ゲロゲロ君そっくりに、質感、臭いを再現したんですよぉ」
そのレポーターはさらに続ける。
「この番組知ってますよね?今、生放送であなたの様子が全国のテレビに放送されています!」
なに言ってんだこいつ??どっきり生テレビ?そんなの知るかよ!今の時間っていったら、いつもならもう、仕事始めてる時間だぜ!?
ん?でも待てよ?生テレビって言ったよな?そしたら俺、今テレビに出てるのかよ?
じゃあ、変な顔してたらよけい笑われるよな?
「このゲロゲロ君はすぐに落ちますから安心してください。そして、周りのお客様、ご協力ありがとうございました!でわまた明日!」
周りの人間も知ってたのかよ!?もしかして、昔付き合ってた女も見てたかも?
最低だ。俺の素っ頓狂な顔が全国に流れただなんて。
俺の嫁も見てたかも?いつも「かっこいい俺」で通してきた29年間が・・・。
泣きそうになりながらも、すっと立ち、テレビ局のスタッフに偽ゲロゲロ君を拭いてもらい、何事もなかったように、今来た電車に乗り込んだ。
「ふぅ」
とため息をつくや否や、乗ってる電車が快速であることに気付いた。
「俺の降りる駅は鈍行しか止まらないんだよぉ・・・。」
車窓から見える、俺がいつも降りる駅、そして、俺の働いている会社ビルが、風のように通り過ぎていった・・・。(ともこ)
でもとにかくここで俺がどんなにわめこうと、列車が止まってくれるわけじゃない。
(落ちつけ、落ちつけ)
と自分に言い聞かせながら、何の気なしにポケットに手を突っ込むと、何やら四角い箱が。
(そういえば、さっき「番組からの記念品で~す」と言ってもらったやつだ・・・)
俺は取り出すとその箱を開けて見た。
「んっ? ハンカチか・・・」
そういってその布状の物を広げてみた。すると、それは「どっきり生テレビ」と書かれた、なんとパンティ! あくまで記念品もイタズラ番組のノリだったのだ。
(うわわわわ)
俺は咄嗟に手の平にギュッと握りしめた。幸いにも誰も俺の方を見ていない。
(ふー、良かった。しかし、なんちゅうもんくれるんだっ!)
と、その時である。電車がガタンと小さく揺れた。いつもならちょっとよろめくぐらいなものだが、今日は朝からのドタバタと、起き抜けの足の「つり」がまだ残っていて、俺は、
「オットットット」
とよろめいて、そのまま車内で派手に転がってしまった。
(うわっ、かっ、かっこわりい!)
大慌てで、頭を持ち上げたが、そこは何故か真っ暗な世界だった。
「・・・?」
と、考える間もなく、
「キャーッ!!」
という女性の絹を裂くような声。なんと、女性の真下に転がってしまったらしく、起きあがろうとしたそこは、その女性のスカートの中だったのだ。
俺はあわててそこから顔を出すと、
「あっ、あっ、すいません! そういうつもりじゃ! ちょっとよろめいてしまって!」
そう泡を吹きながら弁解している俺の右手から、ポロッとパンティがこぼれ落ちた。
車内は、一瞬にして凍りついた・・・。(石川)
あまりの事態にすっかり動転してしまった僕は、あろうことか、手に持ったパンティを女性にはかせなければと一瞬思いこみ、目の前の足に手を伸ばした。
「キャアアアア!」
突然足をつかまれたその女性の方は、僕以上にパニックになり、物凄い絶叫と共に、思いきりパンプスで僕の顔を蹴飛ばしたらしい。
痛いと感じる間もなく、僕の意識は遠のいていった。(わにこ)
「お客さん、終点ですよ。車庫に入りますから降りてくださーい」
どうやらずっと失神していたらしく、ふと気づくと、まわりの客席にはもう誰もいず、駅員にうながされて、郊外の終着駅のホームに俺はフラフラと降り立った。
(どうやら、痴漢として突き出されるのだけはまぬがれたようだ・・・ふー。不幸中の幸い、というやつか。なんせ痴漢で逮捕、なんてことになったら、会社もくび、へたすりゃ女房とも離婚だもんな・・・人生終わってたもんな。あっ、危なかった・・・)
「回送列車発車致しまーす。黄色い線からお下がりくださーい」
駅員のアナウンスで、乗ってきた電車が走り過ぎていった。
俺は時計を見た。10時半。会議は10時からだから、完全にアウトだ。でもせめて会社に連絡をしなくては。
(なんて言おう・・・まさか女性のスカートの中に顔突っ込んで、何故かパンティはかせようとしたら蹴られて気を失っていました、とも言えまい・・・。婆さんが危篤になって、今まで連絡出来なかった事にでもするか・・・)
そうして俺は何とも言えないイヤ~な気分のまま、携帯電話を取り出そうと、ズボンのポケットをまさぐった。すると・・・ない!
と、と、というか、持っていた鞄も、別のポケットに入っていた財布も、何もかもがない!
「やっ、やられた・・・」
俺はホームに、思わず膝から崩れ落ちてしまった。
本来なら、交番に行けば電話代や電車賃ぐらい貸してくれるものなのかもしれないが、到底事情を説明出来るわけがな~い!
まだ肌寒い風が、俺の横をヒュルリラ~と吹き抜けていった。
と、その時ふいに人の気配が近づいてきた。
「なにか、お困りですか・・・?」(石川)
俺はのっそりと顔をあげた。するとそこには!
「しゃ、社長!」
なんと俺の会社の社長がそこに心配そうな顔で立っていたではないか。
「んっ、君は・・・滝・・・いや、竹本君じゃないか」
俺は一瞬顔が凍りついた。何せそこそこの規模の会社だ。社長は時々廊下でお辞儀をするくらいで、俺の名前を覚えていてくれただけでも驚きだ。もちろんプライベートの会話など一切したことはない。
「しゃ、社長はこんなところで何をされてるのですか?」
「ん? あぁ、儂はこの近くに実家があってな。ちょっと年老いた母親が体調がすぐれない、というので様子を急遽見に来たんじゃよ。ま、たいしたことなかったので、これから出社するんじゃが・・・。そんなことより竹本君、君こそ何でこんな時間にここにいるのだ?」
俺は観念して、朝からの様々な出来事をかいつまんで話した。
「そうか・・・それは災難だったな。でも会議の方は大丈夫じゃ。儂もこういう事情が出来たので、明日に延期になったのでな」
社長にてっきり怒鳴られると思って覚悟していた俺は、意外な社長の優しい言葉にほっとした。
「じゃあまあ、ふたりで遅刻出勤と行くか」
社長は笑いながら電車に乗り込んだ。俺はあわてて社長の鞄をお持ちした。
車内は遅い午前でなおかつ始発、ということもあり、ほとんど乗客がいなかった。
が、なぜか社長は俺の横にぴったりと貼付くように座った。
「君はなかなかハンサムな顔をしとるのう・・・」
そう社長が言った直後だった。社長が俺の左手をゆっくりと握ってきたのは。(プヨ)
そういえば思い出した! 社長にはそういう趣味があるということを。それは単なる噂話だと思っていたのだが、こっ、これは・・・。
「君は確か係長だったな。年はいくつだったかな? ん? 29。早い出世だな。・・・30才で課長、なんて役職もいいんじゃないかな? ンフフフ」
そう言うや、社長は俺の手をさらに強く握ってきた。油っぽい、ベタベタした手だ。
俺はその社長に握られた手からも、額からもポタポタと汗をかきはじめていた。
「・・・君も朝からいろいろあって少々疲れたろう。どこかで降りて、ちょっと儂と休憩していかんか・・・。そういえば今の副社長はじめ、ほとんどの重役は儂と『休憩』しとるんじゃよな、何故か。ンフフフ」
そういって、社長は俺の方にそっと流し目を送ってきた。
「しかしいい顔立ちをしているな、もてるじゃろ、君は・・・ンフフフ」(石川)
「い、いえ、決してそんなことはありません・・・」
平静を装って答えてはいたが、俺の心は千々に乱れていた。
(げー、まじかよー・・)副社長や重役達の顔が次々と浮かんでは消えていく。(勘弁してくれよお)しかし、彼らが社長と仲良く「ご休憩」している図は、想像することはできなかった。ましてやそれが自分だった場合なんて・・・
「どうしたのかね竹本君。また気分でも悪くなったか?」
「すみません社長、大丈夫です。」
社長が潤んだ瞳で俺の顔をのぞきこんでいた。いつまでも答えを引き伸ばすわけにもいかない。
「そういえば、君のうちは奥さんがもうすぐ二人目を出産するそうだね。いろいろと物入りではないのかね?」
俺の逡巡を見透かしたかのように、社長は話題を俺の家庭のことに変えてきた。
そうだ、もうすぐ下の子が産まれる。何としても今の職を失うわけにはいかないのだ。
俺は観念し、社長の顔を見つめかえした。
「社長、今日は私、どこにでもお供します。」(わにこ)
と、突然社長が手を離すや、ククククッと笑いだした。
「わははっ、竹本君、冗談じゃよ。儂にそんな趣味はない。まんまと、ひっかかりおったな!」
唖然とする俺の横で社長はよほど自分の悪戯がおかしかったのか、腰を屈めて、ヒクヒクと大声で笑うのをこらえるように、下を向いて笑い始めた。電車の中はそこそこ混んできていたのだ。
俺はホッとすると同時に、急にこんな悪戯をいい年になってやる社長に親近感を持った。
「もうっ、社長はっ! 僕、マジメに考えちゃいましたよぉ!」
俺はそういいながらヒクヒク下を向いている社長を軽く、手でこずいた。
手が滑って社長の頭に当った。
するとその頭がこそげ落ちて、ポーンと跳ねていった。
ギョッとして見ると、それは頭ではなく、ヅラだった。
ヅラがピューッと1mぐらい向こうまで飛んで、そしてポトリと床に落ちた。
瞬間、車内はシーンと静まりかえった。
「あっ・・・!」
俺は社長の方を振り返った。社長は相変わらず、腰を屈めて下を向いたままで、顔は見えない。
だが、さっきまで笑いをこらえてプルプル震えているのとはハッキリ違うオーラと、プルプルではなく、ブルブルと怒りで小刻みに震えている社長には、さすがの俺も気がついた。(石川)
その時だった。ふいに前の席にちょこんと座っていたランドセルをしょった小学生がトトトッと席を立って床に落ちていたヅラを拾うと、社長の前に差し出した。そして大声で言った。
「おじいちゃーん、ヅラが落ちたよー!」
最近の子供は、テレビの影響か「カツラ」と言わず、「ヅラ」と言う。
「ほら、ヅラ。おじいちゃんの、ヅラ!」
しかし社長はブルブルと顔を落としたまま、返事もしない。
「おじいちゃん、ヅラだってば、ヅ・ラッ!!」
子供の声が、車内に響き渡る。
俺は咄嗟にそのヅラをサッと取ると、
「坊や、ありがとう。これはおじさんが預かっておくからね」
そう言ったが、子供は、
「えー、でもこれ、おじいちゃんのヅラだよ! ヅラがないと、頭ツルツルだよ!」
思わず車内から、プッという笑い声が聞こえた。と、子供はそれが自分が受けたのだと勘違いしたのか、急に歌をうたいだした。
「♪おーきなのっぽの古いヅラ おじいちゃんのヅラー」
と、それまでこらえていた他の乗客達も、我慢しきれず、遂に車内が笑いに包まれた。
「クックククク!」
「アハハ、アハハッ!」
「ヒー、ヒー!」
子供は尚も大声で歌い続ける。
「♪百年休まずにヅラヅラヅラヅラ
おじいちゃんと一緒にヅラヅラヅラヅラ
今はもうヅラがない そのアーターマー」
子供の歌と車内の大爆笑に、思わず俺もブチ切れて、子供につい怒鳴ってしまった。
「ヅラヅラ言うなっ!」
すると突然子供は泣きだした。
「フエーン、だってヅラだもん。僕、嘘ついてないもん。ヅラが落ちたから、拾ってあげたんだもーん。ヅラはヅラだもん。フエーン」(プヨ)
俺はヤバイッと瞬間に気をとり戻し、
「ごめんごめん。坊やは悪くなかった。拾ってくれたんだものね。ごめんね、おじさんあやまるから・・・」
でも子供は泣きやまない。どうしよう、このままではまずい。
俺は一瞬躊躇した後、覚悟を決めた。ヅラを自分の顎に当てると変な顔をしながら、
「変身! 怪盗アゴヅラ仮面ーーー!!」
とおどけてみた。
子供はチラッと俺を見たが、まだ泣きやまない。しょうがない、今度はヅラを胸に当て、
「変身! 怪盗ムナヅラ仮面ーーー!!」
子供はやっと泣き止んできた。しかし、まだちょっとヒクヒク言いながら、
「もっとやってよ・・・」
と言う。俺はようやく安堵し、脇にヅラを挟み、
「変身! 怪盗ワキヅラ仮面ーーー!!」
腹にヅラを置き、
「変身! 怪盗腹ヅラ仮面ーーー!!」
そして俺は調子に乗り過ぎてしまったようだ。他に乗客がいることをすっかり忘れ、子供の機嫌を取ることだけに夢中になり、
「変身! 怪盗チンチンヅラ仮面ーーー!!」
そう言いながら、股間にヅラを当て、立ち上がるや腰を振ってドンタタドンタタ激しく踊りだした。
子供は遂に、
「キャハハハッ!」
と喜んだ。
「良かった・・・」
と安堵のため息をついたのも束の間、ハッと社長の方を振り返ると、社長は声をふりしぼって俺に言った。
「・・・もうやめんか。次の駅で降りるぞ・・・」 (石川)
次の駅のホームで降りるや、おれは頭をこれ以上ないほどに深く下げ、社長に謝った。
「あ、あの、す、すみません社長!先ほどは本当に本当に申しわけあり・・・」
言い終わる前に社長は俺からふんだくるようにヅラを奪った。
俺は少し気が動転していて、まだヅラを手に握っていたことを忘れていたのだった。
右の手のひらには汗のせいで、社長のヅラ毛が何本かかなしく付着していた。
「・・・・もういい。・・・・・もういいんじゃよ。」
怒りと無念さを押し殺したような声だ。社長はヅラをもうあきらめたというように無造作にポケットに押し込むと、しばらく押し黙ってホームのベンチに座っていた。
俺はもしかしたらこの場でクビを言い渡されるんじゃないかとビクついていた。
社長のパルックのように光った頭が、俺の深刻さを嘲笑うかのようにきれいであった。
社長はやがて吹っ切れたような表情で言った。(かえる)
「カツラの事でわしがあんなに怒ったと思うじゃろう。だが、違うんじゃよ。あれはただのきっかけだったんじゃ・・・」
俺は、一瞬キョトンとした。あれほど社長が車内で激しくうつむいてしまったのは、当然このヅラだけが原因だと思っていたからだ。
「わしが母親の見舞いに行った、というのは嘘じゃ。ちょっと別の社にお願いに出向いておったのじゃ。そして君の手を握ってふざけたのも、せめて自分の気持ちを鼓舞して、少しでも落ち込んだ気分を忘れたからだったんじゃよ・・・」
社長が何を言っているのかわからなかった。と、ちょっとの間の後、社長は決断したようにフーと息を吐くと一気に言った。
「本当は明日の会議で発表しようと思っとったんじゃが、これも何かの縁じゃ。君だけにはひと足先に教えてしまおう。・・・我が社は、倒産じゃ・・・」
「えっ!?」
俺は頭の中が真っ白になってしまった。トーサン、父さん、・・・倒産!?
それからすぐに頭の中が洪水に襲われた。
(倒産・・・ということは、俺は職を失うのか!? うちの会社は零細企業じゃなくてそこそこ中堅企業で、倒産なんて話題にも出てなかったのに。確かに「最近は不景気だもんな~」なんて同僚とは話していたけど、それは他人事だと思ってた。ま、まさかうちの会社がそんなことになるなんて・・・)
ベンチにしゃがみ込んでしまった社長を見ても、もう自分の事で頭がいっぱいになって声もかけられなかった。
(まだ家のローンも払い始めたばかりなのに。二人目の子供も産まれるというのに・・・なんてこった!)
その時、目の前を紙袋に新聞をたくさん詰めた浮浪者が通り過ぎた。
俺はなんだか嫌な気分になった。
と、突然その浮浪者が俺の方をクルッと振り返った。
「タ・・・タケ・・・竹本君か・・・?」
その顔になんとなく見覚えがあった。そして気づくや俺は叫んでしまった。
「・・・中学の同級生の市川!!」 (石川)
「市川くん‥君確か一流企業のサラリーマンやってるはすじゃ‥」
「竹本くん‥懐かしいなあ。いやあ、勤めてた会社が去年つぶれてしまってね‥」
「君もか!」
僕は市川くんに事のしだいを話した。
「そうか‥でもいいじゃないか竹本くん。人間裸で生まれ裸で死んでいくんだ。この暮らしも自由でなかなか悪かないぜ?倒産したからってそんなに落ち込む事ないさ。明日から俺たちの仲間になればいいだけの事じゃないか‥」
「そ、その通りだよーっ!市川くんとやら!」
「しゃ、社長?!」
社長はいきなり持っていたブランドもののカバンを投げ捨て背広を脱ぎはじめると、止める間もなくパンツ1枚になってしまった。
「わしはもう社長なんて疲れたんじゃ!もう地位も何もいらん‥自由がほしいんじゃーっ。」
そう言って社長は最後にカツラも地面にたたきつけた。
「あわわ、で、でも社長明日の会議は出てもらわないと‥」」
「うん?もう嫌だと言ったろう?!あーもう君でいいや。君に社長の座譲るから、君やってよ」
「えーっ、そんな!だいたい明日倒産するのに‥」
「‥実はな、明日までに1億円用意出来れば、会社は助かるんじゃ。わしも金策に今日まで走っていたが‥まったく駄目じゃった。もし君が明日までに1億つくる事が出来たら、会社は助かり、君はそのまま社長じゃ。」 (ねば子)
そういうや、ふたりは急に肩を組んで歌いだした。
♪人間自由が一番ラッタッタ
裸で生まれて裸で死んでく!
そしてついに楽しそうにラインダンスのように踊りはじめた。
♪愉快なロンドン
楽しい浮浪者
ロンドン ロンドン ロンドン ロンドン!
(歌、変わっとるがな・・・)
しかし、市川の方からはプンという強烈な臭いが。
(・・・駄目だ。絶対こいつ等にはついていけない!)
それに何より俺にもプライドがある。妻や子供もいる。
「わかりました、社長。僕、やってみます!」
まだ何のアイデアも思いつかなかったが、もしかしたら自分にとって、逆に人生のビッグ・チャンスなるかもしれない。
「期限は、明日の朝10時に会社までダヨ~ン。ウシャシャシャシャッ!」
ちょっと頭がおかしくなりかけている社長を尻目に、時間のない俺はとりあえずやってきた電車に飛び乗った。
「さて、どうしようか・・・」 (石川)
通勤客でだいぶ混んできた電車に揺られながら、俺は一億円を手に入れる方法を考えていた。と言っても、一億というのは途方もない金額である。とても簡単に何とかできるとは思えないが、そうしないと俺の会社がつぶれてしまうのだ。社長の俺が何とかしなければ・・!
すっかり社長気分の俺は、具体的な方法を思いつく限り頭の中に浮かべてみた。もはや、銀行は貸してはくれないだろうし、ローン会社も無理だろう。そんな大金を持っている知り合いのあてもない。となると、正攻法ではダメだということだ。
つ、ついに、この俺が法を犯す所業に手を染める日がやってきたのか?銀行強盗か、押し込み強盗が、誘拐、引ったくり・・・いや、どれも準備時間がなさすぎる。一人では無理だし、必要なものや情報を集めることもできない。こうなったら、俺の体一つでやるしかないじゃないか。そうだ、体一つだ!!
そう考えた瞬間に、今朝の社長の冗談を思い出した。俺は、その趣味を持つ人達には特別な目で見られるタイプらしい。そういえば、酒の席でそういう誘惑をされたこともあった気がする。もはやこれしか方法はないのではないか?
俺が覚悟を決めた時に、電車は終点に着き、ぎゅうぎゅうう詰めになっていた客が一斉にホームへ吐き出された。そこは、官公庁と繁華街が駅をはさんで存在する雑多な街の駅だった。俺がしようとしていることには、特定の場所と相手が必要だ。そのためには、まず情報を手に入れなければならない。俺は、朝陽にくすむ繁華街に足を向け、終日営業のインターネットカフェに入って行った。(わにこ)
俺はインターネットの席に座ると、フリードリンクのコーヒーを一杯飲んで、気持ちを落ちつけ、まずは、そのものずばりのページを閲覧してみた。そこには醜悪な男同士が裸で変なポーズを作っていたり、もっと過激なものもあった。
「ウ・ゲェ・・・」
そういう趣味の人を非難する気持ちは別にないが、やっぱり俺には生理的に駄目だ。それでも「人生がかかってるんだ」と思って見ていたが、
「モデル募集! 日給30万円も可!」
とかで、到底一億円には程遠い。当たり前だ。
その時ふと「一億円」というキーワードで検索してみることを思いついた。
しかし出てきたのはやはり、
「一億円の宝くじに当たったら・・・」
「時価一億円の家に住む○○さん・・・」
「俺の犬の名前は『一億円』・・・」
などのどうしようもないものばかり。それでも他にあてがないので、次々とページを閲覧していった。
と、不思議なホームページにぶち当たった。
真っ黒なバックに白抜きの文字で、
「一億円の男募集」
とだけ書かれてあったのだ。他には携帯電話らしき電話番号が下に小さく書かれているだけで、他に一切コンテンツもなく、どこへもリンクしてなかった。
「なんだ、これは?」
そう思いながらも、今は一時を争っている。とにかくどういうことかだけでも聞いておこう。
俺は社長、いや元社長から借りた一万円のうち、電車賃とネットカフェ代の残りを持っていたので、公衆電話に駆け込んだ。
「すみません、ホームページを見て電話した者なのですが・・・」
「・・・・・。」
「あの、ええと『一億円の男』というのはどういう意味なんでしょうか?」
「・・・君は一億円が欲しいのかね?」
むこうから聞こえてきたのは、老人らしい声だった。
「そ、そうなんです! しかも明日までに!」
思わず少しうわずった大きな声になってしまった。
「ほほう、明日まで。どうやら訳ありなようじゃの。・・・儂に会ってみるか?」
俺は何か一条の光が見えた気がして、
「は、はい!」
と答えた。相手はそれ以上俺の素性や理由なども聞かず、
「それでは、××駅に一時間後に来れるかね?」
××駅ならここからそんなに遠くない。一時間あれば充分だ。
「はい! 行けます!」
「じゃあその駅の改札の横のベンチに儂は座っておるよ。声をかけてくれ。帽子を被った猫背の老人じゃよ」
「すいません、あの、お名前は・・・」
「『奥』と言う。なので、ジジイじゃが、『おくさん・・・』と声をかけてくれ」
それだけ言うと、電話はプッツリと切れた。(石川)
受話器を握ったまま、しばらく呆然としてしまった。果たして「奥」なる老人の言う話に賭けるべきなのか…。この老人から1億円を手に出来なければ、次の金策の方法も考えなければ…。
しかし、心は既に「奥」なる老人の言葉に完全に支配されていた。色々思案はするが、考えるだけ無駄であった。
俺は無意識のうちに立ち上がると小走りに駅に向かっていた。
ハッと我に返ると、指定された駅への乗換駅のホームに俺は居た。電車がホームに滑り込んできた。急行○○行…
俺は全く無為な事をしているのかもしれない…。明日の10時までに1億なんて金を工面するのはやはり無理だ。土台無理なんだ…。老人の暇潰しかもしれない。でもあの老人の対応を考えると…。猜疑心と期待の入り混じった気持ちが俺の足の自由を奪おうとする。開いた電車のドアの前で、降りてくる人の波をモーゼの十戒の如く左右に別れさせながら、立ち尽くして居た。
発車ベルが鳴り響く。ええいままよと動きの鈍った足を車内に送り込むようにして電車に乗った。
悪い事をするわけではない。しかし悪事をはたらく前のような緊張感が俺を襲う。胃の底から腕が伸びてきたかのように、急激な嗚咽感が俺を襲ってきた。経験した事の無い緊張感だ。その刹那、妻と子供と、まだ見ぬ二人目の子が、俺の脳裏に現れた。
「おい、晃司!奮い立て!お前にかかっているんだ!」そうだ!俺が何とかしなきゃ誰がやるのだ!
嗚咽感は吹き飛び、半ば開き直ったかのように周りの景色が見えるようになってきた。通過していく駅を眺め、いよいよ約束の駅が近づいて来た。(T.E.E.)
そして、改札を抜けると・・・その老人は、居た。からかいでも何でもなかった。
俺は一瞬躊躇したが、すぐに時間がないことに気づき、ベンチで煙草をふかしている老人に思いきって声をかけた。
「あの・・・おくさんですか・・・!?」
すると老人は下を向いたまま、喋り出した。
「一億円・・・十円の「うまい棒」が一千万個。それを縦に乗せていったら、月まで届くかのう・・・。」
「えっ!?」
「ま、月は無理でもエベレストは越えるじゃろうのう、軽々と。フヒャヒャヒャヒャッ」
と、老人はくるっと振り返ると、俺の顔をじっと見た。実際には1分もなかったろうが、俺には1時間にも感じられる長い凝視だった。そして彼は言った。
「・・・よしっ、とりあえず合格!」
俺は何のことだかわからず、佇んでいた。
「あんたの人間性がだいたいわかった。人間、この年になると、表情と目付きだけ見ればだいたいどんな人間かわかるものじゃよ。お前さんはいい目をしてる。とりあえず、合格じゃ」
俺は何を言っていいかわからず、とりあえず老人の次の言葉を待った。
「一億円が明日までに欲しい、と、こういうわけだな。」
俺は強い口調で、
「はいっ、そうなんです! 実は・・・」
と理由を説明しようとしたが、老人はそれをさえぎった。
「良い良い、理由なんかに儂は興味はない。実はな、儂も老い先短い。そして、それなりに財産も持っておる。が、残念なことに子供も、それどころか親戚すらも誰もいない。天涯孤独じゃよ・・・。つまり儂が死ねばそれを相続する者がおらず、全部国に財産は接収されてしまう、ということじゃ」
そこまで一気に言うと、老人は新しい煙草を取り出し火をつけ、ふーっと吐き出した。まるで長い人生の大きな大きなため息のように。
「国にむざむざと全部接収されてしまうぐらいなら、人生の最後に、なんか馬鹿馬鹿しいことをドカーンとしてやりたいと思ってな。それであんなホームページを作ってみたんじゃよ。もちろん何人かに会ってみた。しかしほとんどの者は目付きが澱んでいた。なので、そういう人にはその場でお引き取り願った。そして何人か、こいつならやってくれるかな、と思った者もおったが、結局みんな駄目じゃった・・・。」
「そ、それで僕は第一次はクリアしたんですね。」
「そういうことじゃ」
「じゃ、一体何をすれば言いんですか?」
俺は意気込んだ。
「そうはいっても一億円じゃからのう。そうやすやすとは手に入らんぞ」
「それは・・・わかってます」
「フォフォフォッ、それじゃあ一億円が手に入る方法を教えてやろう。あまりにくだらないことで、拍子抜けするかも知れんが、嘘ではないからな。儂はさっきも言ったけど『馬鹿馬鹿しいこと』をやってみたいんじゃ。真面目に生きてきすぎた反動かのぉ」
そういうや、老人は俺の耳にその指令を囁いた。
俺は一瞬、聞き間違いかと思った。それはその内容があまりにも本当に馬鹿馬鹿しかったからだ。でも確かに難しいかもしれない。
老人はこう言ったのだ。 (石川)
老人は鞄の中から何かを取り出した。
「こ、これは・・・!」
「花森マリちゃんのファンクラブの会員証じゃよん。」
花森マリといえば知るひとぞ知る超人気アイドル歌手だ。
「わしゃ、マリちゃんの大ファンでのう。るんるん。」
老人の様子が途端に一変した。デレデレでほえほえ状態・・・もう、見てられない。
「で、何をやればいいんですか?」
「ほかでもない。マリちゃんのパンチラ生写真を持ってきてほしいのじゃ!」
「パぁ~・・パンチラぁ~!?」
「そうじゃ、パンチラ写真なら1億円で買い取ろう。ん!?そうじゃ。オッパイもろ出し写真なら2億円、お尻丸出し写真なら5億円、全裸写真なら・・・10億円で買い取るぞ!!」
俺はあまりの馬鹿馬鹿しさに呆然となってしまった。が、会社の運命、家族の生活が俺にかかっている。
「わかりました。引き受けましょう。」
「おお!引き受けてくれるかのう。ありがたやありがたや。」
俺は老人からデジカメを手渡された。
「写真が撮れたら携帯に連絡をくれよ。金は写真と交換じゃ。朗報を待っておるぞよ。」
ああ、1億円のためにアイドルのパンチラ写真を撮るなんて・・・俺は・・・。
何なんだこのどスケベじじいは・・・。
「待てよ?マリちゃんって超人気アイドルだから、ボディーガードくらいはいるだろうし、マネージャーだって付き添っているだろうし、取り巻きのファンもいるだろうし・・・・パンチラどころか写真すら撮らせてくれないかもしれないぞ。第一、マリちゃんのスケジュールもわからないし・・・。」
某テレビ局の前を通り過ぎようとしたとき、1人の少女とイケメンの青年がテレビ局へ入って行った。
「あ、あれは、マリちゃん!イケメン風の青年は・・・マネージャーか?でもいいや。これはチャンスだぞ!」
俺は彼らの後を追い、テレビ局へ入って行った。(ちちぼう)
実は俺は学生時代、バイトでよくテレビ局には来ていたのだ。「さくら観客」というバイトで、いわばバラエティ番組とかで客席に座って、一見普通の客のように装って、ディレクターの指示で笑ったり、拍手をしたりする、というバイトだ。バイト代は安かったが、芸能人が見られるので、友達とよくやっていた。
しかもこのテレビ局は何度も来た事がある。入り方のコツもわかっている。
俺は受付にさも業界人らしく、堂々と、
「おはよーございまーす」
と挨拶。そこで「関係者名簿」に名前を記すのだが、俺は咄嗟に、
「週刊テレビ天国 高橋」
と書いた。もちろんそんな雑誌などないのだが、受付のおっさんは眠そうな目で俺にスタッフバッジを渡してくれた。しめしめ。
元々、テレビ局には直接テレビには関係なくても、レコード会社の担当やら、取材の記者など雑多な人が訪れるので、堂々と振る舞っていればいちいち「どこに行くんだね、あんたは誰だね」なんて詮索されることもほぼない。これはバイト時代、様子を見ていてわかっていたのだ。
しかしここからが問題だ。もちろんマリちゃんの楽屋にはいくら何でも入るわけにはいかない。
と、受付の横の黒板にこう書かれているのに気がついた。
『「エイ! エイ! エイ!」出演者・SMOP、イブニング娘、花森マリ、球、の皆さんは第一スタジオへ』
「エイ! エイ! エイ!」と言えばアップダウンの人気音楽番組だ。さぞかし関係者も大勢いるだろう。俺がひとりぐらい紛れて入っても、スタッフバッジも付けているし、大丈夫だろう。
「よしっ、行くぞ!」
俺はとりあえず第一スタジオへ意気揚々と向かった。(石川)
さすが、視聴率の高い歌番組だけあって、スタッフの人数も随分と多い。スタジオへ向かう途中で何人ものスタッフらしき人たちとすれちがった。
歩き続けるうちに、ヘンなことに気が付いた。俺と目が合った人たちが、みな笑顔であいさつをするのだ。これは一体どういうことだろう・・・?と、あることに思い当たった俺は、ちょうど通りすぎるところだった男子トイレにとびこみ鏡を見つめた。
今日の「エイ!エイ!エイ!」の出演者の中に、超人気アイドルグループ、SMOPの名前が並んでいた。今、「世界に一つだけの鼻」がミリオンヒットになっているこのグループのメンバーの一人である木村蛸哉、通称キムタコが俺にそっくりなのだ!!
街を歩いていてキムタコと間違えられ、サインや握手を求められることはしょっちゅうだし、俺の子供がテレビで歌っているキムタコを見て「パパがいる」と言って騒いだりしたこともあった。とすると、テレビ局の中を歩きまわっている俺が本物のキムタコと思われるのは当然のことだった。
ま、まずい。とてつもなくイヤな予感がする。しかし、とりあえずパンチラ写真を写せる状況を何とかして作らなければならなず、いつまでもトイレに隠れているわけにもいかない。俺は周囲を見回し、こっそりと廊下へ出て、伏目がちに歩き始めた。そして、イヤな予感は見事に的中した。
「見つけたわよ、木村クン!」
甲高い声に思わず顔をあげると、「SMOPマネージャー」という名札を首からぶら下げた女性が、廊下の真ん中に仁王立ちになり、俺をにらみつけていた。(わにこ)
「いや、僕は・・・」
そういいかけた途端、明らかに声が違うことにまずマネージャーは気づき、その後、メガネをちょいとあげて俺を見た。
「あら、ごめんなさい。人違いでした・・・でもよく似てる・・・」
さすがに四六時中メンバーに付き添っているマネージャーだ。近くで見れば明らかにキムタコとは違うのは一目瞭然だろう。と、その時だった。番組のスタッフらしい男が、なんだか慌てて走ってきた。
「まっ、マネージャーさん! キムタコが・・・あれっ、キムタコ!?」
「違うわよ。この人はそっくりさん。」
いつのまにか「そっくりさん」にされてしまった。
「で、どうしたのよ。」
マネージャーはスタッフらしい人のちょっと青ざめた顔を見て、ただ事じゃないと察したようだ。
「きっ、キムタコが、歌が終わったあと、突然ギックリ腰になって。で、要するに今、立ったり座ったりが出来ない状態で控え室で横になったきり動けなくて・・・」
「そう。道理でソデにいないと思ったわ。実はギックリ腰は彼の持病で時々出るから、そんなに心配することはないのだけど・・・。今日の放送は生放送よね。」
スタッフは泣きそうな顔で、
「そうなんですー。いつもなら回復を待って編集すればいいんですが・・・。ま、幸いメインの出番は終わってるんで、あとはエンディングの全員のトークのところに出てもらえばいいんですが・・・。寝たまま出演させることも出来ないし・・・。なんせ、SMOPファンは熱狂的なので、そんな姿を見せたら、また変な噂をインターネットの『兄ちゃんねる』とかで流されても困りますし・・・」
その時、マネージャーはハッとして俺の方を見た。
「そうだ! あなた出てくれない!?」
突然の申し出に何と答えようと迷っていると、スタッフも、
「そうだ、それがいい。あなたならさり気なく後ろの方にでも立っていればわからない。CMの間にスタッフや出演者には説明しておきますから。特に司会のアップダウンには、くれぐれもキムタコにはコメントを振るな、と言っておきますから!」
「エンディングまで、あと何分?」
「ええと、まだ最後のイブニング娘さんがありますから、15分ぐらいあります」
「わかったわ。大急ぎでメイクさん呼んできて。それからキムタコの衣装も本人からひん剥いてきて!」
「わかりました!」
そういうや、スタッフは挨拶もなしにスタジオにと飛び出していった。まだ、俺はやるとも言ってないのに。
マネージャーは、
「ごめんなさい。事情は何となく分かってもらえたでしょう? お願い、ほんっとに、お願い!」
マネージャーに懇願されながら思った。でも逆にこれは花森マリちゃんに近づく最大のチャンスではないか?
「分かりました。やらせていただきます」
そう俺は答えた。(石川)
「さあ、準備できたわ。視聴者には疑われないぐらい完璧なキムタコよ。」
メイクのおかげで自分でもキムタコと思うぐらいそっくりだった。
「あの、緊張しちゃって・・・。トイレに行ってきても大丈夫ですか?」
「しかたないわね。後5分しかないから早く戻ってソデに待機して!」
俺はトイレへ向かった。
しかし、花森マリに近づけるからといって、生放送中にパンチラ写真をとるわけにもいかないしなぁ。そんなことを考えながら用を足し、トイレから出ると、ドン!という鈍い音とともに、腕に激痛が走った。
「痛ってぇ~」
「ご、ごめんなさい。って蛸哉じゃない。」
顔を上げるとなんと、花森マリじゃないかっ!言葉も出ずにびっくりしていると、彼女は驚く発言をしてきた。
「蛸哉、今日こそは家に泊まってくれるんでしょうね。もうっバレたっていいじゃない?来てね。約束よ。」
そう俺に言い残し、スタジオへと走っていった。(めめ)
(えっ、蛸哉とマリちゃんはそういうことだったのか! びっ、ビックラゲーション! ・・・でもとにかく、これは大チャンスだっ!)
俺は足取りも軽くスタジオに入った。
と、ディレクターがやってきて、
「スタッフや出演者には全て話は、伝わってますから。とにかくしばらくSMOPのメンバーに紛れてただ立っていてくれればいいですから。ばれないように、お願いしますよっ!」
そしていよいよCMあけのエンディングコーナーだ。
俺はスター達に囲まれて、少々緊張しながらも「俺は今はキムタコなんだ」と自覚して、定位置に着いた。
トークが始まった。
花村マリちゃんもアップダウンに、
「マリちゃんは、彼氏おらへんのかいな~」
とか言われて、
「えー、いるわけないじゃないですか! 今はわたし歌がうたえるだけで、すっごいハッピッピーなんで~す。あえていえば、ファンのみなさんが、彼氏で~す!」
なんて言っている。さっきトイレから出てきた時とは、まるで人格まで変わってる。
(これが芸能界か・・・)
そんな事を思っている時に、アップダウンは我らがSMOPの方へ。
と、リーダーの馬飼が、ボケの発言をした。すかさず突っ込む、アップダウンの破摩羅。
と、体を突いたのだが、その突きがちょっと強かったようだ。馬飼は「オットット」と言いながら俺にぶつかってしまった。「ただ突っ立っていただけ」の俺は、軽くぶつかられただけなのに、よろけて、格好悪くもこけてしまった。
(しまった・・・)
一瞬、出演者に緊張が走る。そして本来、俺には振られないはずだったが、この状況で何も言わないのは不自然と咄嗟に司会者の破摩羅は判断し、俺に声をかけた。
「どしたんや、キムタコ。腰、弱っとるんかいな~」
俺も黙ってるわけにはいかなくなった。
そして思わず、何かちょっとでも気の利いた事を言わなければならないと思ってしまい、
「だ、だいじょうブタのケツ~!」
と大声で叫んでしまった。そしてすぐに「あっ!」と思った。
(しっ、しまった! キムタコはこんなこと言うキャラじゃなかった! しかも「明らかに違う」といわれた声まで出してしまった!)
スタジオの中は、シーンと水を打ったように静まりかえった。(石川)
突然、俺の隣にいたSMOPのメンバーの蝿取が「だ、だいじょうブタのケツ~」と変な格好をしながら言うと、次々にメンバーたちが俺を囲むかのように、「だいじょうブタのケツ~」、「だいじょうブタのケツ~」、「だいじょうブタのおっ、けっ、つ~」と言い出した。
まるで『五色レンジャー』のようになってしまっていたが、客席からは意外なことに、
「きゃーすてきー」のオンパレード。
(さすがSMOP、なにをやっても、ファンはみんな、カッコイーの一言か・・・)
すかさずアップダウンの破摩羅は俺の声のことを触れないように、客席に突っ込みを入れていた。
「何やねん自分ら、こんなんがかっこええか~?」
しかしお客さんは何とかごまかせても、勝手に彼氏であるキムタコのキャラを変えてしまって、マリちゃんは相当怒っているだろうと、マリちゃんのいるほうをチラッと見てみると、そこにはキムタコの替え玉の俺にもかかわらず、ハートマークの目をしたマリちゃんが、じっと俺を見つめていた。(めめ)
その約1時間後、俺はマリちゃんの部屋にいた。
本来なら、番組途中で俺が偽者であることは出演者にも伝わっているはずなのだが、偶然マリちゃんはそれを聞いていなかったようだ。
「蛸哉、突っ立ってないで、座んなよ」
そういうと、俺にソファをすすめ、自分はどこからかアンパンを取り出していきなりムシャムシャ食い始めた。
「あー、やっぱりアンパンうまいや。楽屋の弁当、飽っきるからねー」
そういいながら、安っぽいティーバックの紅茶を入れて、俺にも勧めてくれた。
(なんだ、芸能人っていっても俺らと変わんないじゃん。でもやっぱかわいいな・・・)
そう思いながら、俺はハッと気づいた。そうだ、こんなことで鼻をダラーンと伸ばしてる場合じゃない。俺には重大な任務があるのだ。パンチラだ。パンチラ写真を撮らねば。しかし、いきなり、
「パンチラ写真撮らせてくれ」
とも言えない。そこで俺はさり気なくカメラを取り出すと、マリちゃんを撮り始めた。
「・・・ん、何やってんの、蛸哉」
マリちゃんはさして慌てる様子もなく、アンパンを食べ続けていた。
「・・・いやぁ、最近カメラに凝っててさ。いろんなアングルで撮る練習をしてるんだよ」
そう言って、誤魔化した。
と、マリちゃんは、
「それにしても今日の蛸哉の声って、本当に変だね。風邪?」
と聞いてきたので、
「いっ、いやあ、きのうレコーディングで歌い過ぎちゃってね・・・」
俺としては元気に写真を撮っているので「風邪」というより、レコーディングの方がリアリティがあると思ったのだ。ところがそれが逆効果だった。
「へっ!? レコーディングで声嗄らした? どういうこと?」
「えっ、どういうことって?」
「だって、歌なんて1回か2回歌って、あとはパソコン操作で音程やリズムのズレなんて簡単にエンジニアが直してくれるでしょ。それでも駄目なところはトラの人が似せて歌ってくれるし。」
「・・・・・・。」
「今時、アイドルが完璧に歌えるまでレコーディングなんかに時間費やしてるわけないでしょ! そんなことしてたら、時間いくらあっても足りないじゃない。声嗄らしたら他の仕事にも差し支えるし!」
(そっ、そうか、そういうカラクリになってたのか・・・知らなかった)
とっ、突然マリちゃんがつかつかと俺に近寄って来た。そして俺の首すじを凝視した。
そして、叫んだ。
「あんた、誰!? あんた蛸哉じゃないねっ!! どーりでさっきからちょっとおかしいと思ってたけど、首すじのホクロがない!! あんた偽者ね!!」
やっ、ヤバイ・・・。
「いっ、いや俺は・・・ちょっ、ちょっ、ちょっ、かっ、帰るわ。ごめんねっ!」
そう言うや、俺は逃げるようにマリちゃんのマンションのドアを開け、外に出た。その時だった。
パシャッ!!
俺の目を閃光のようなフラッシュが襲った。
「な、何だ?」
すると嫌な顔つきをしたカメラマンがそこに立っていた。
「へへへっ、『週刊フリンデー』ですよ。バッチリ撮らせてもらいましたよ。木村さんとマリちゃんのスクープを。こりゃあトップ記事だ! ヘッヘッヘッ!」
そして彼は笑いながら、足早に立ち去って行った。(石川)
俺はそのフリンデーの記者を追いかけた。そして思い切り肩をつかみ、相手を引き止めた。普段から体を鍛えているため、力ではそうめったに負ける気がしなかった。
記者は俺よりも一回り小さく、このまま力ずくでカメラを取り上げようとしたそのとき、よく見ると見覚えのある顔だった。
「お前、吉田か?!」
「た、たた竹本さんすかっ?!」
そいつは学生時代俺の後輩、というよりむしろ舎弟だった吉田だった。そういえば吉田は昔からカメラだのビデオだのをよくいじっては、俺たち仲間をよく撮っていた。俺がワルかったあの青春時代が目の前をよぎっていった気がした。
「えっ、えっ、蛸哉じゃなくて、先輩がマリちゃんの家にいるって、どういうことなんすかっ?すいません、俺、先輩だなんて気付かずにファインダーをむけてしまって、ホントすいませんしたっ!!」
もちろん吉田は状況がつかめずにいた。だいぶ後ろのほうではマリちゃんが泣きそうな顔でこっちを見ていた。どうやら俺たちの会話が聞こえていないようだ。これはなにかの運ではないか、この状況は使えるんじゃないか・・・。俺の脳裏にひとすじの光がさしたような気がした。
「吉田、てめえ、ずっと張ってやがったのか?」
「・・はい。ここ二ヶ月ほど毎日いろんなマリちゃんを撮ってました。」
吉田はおびえて肩を震わせている。もしかしたらこいつは俺が欲しているマリちゃんのアングルを撮っているかもしれない。
「吉田、別のところで少し話ししようぜ」
そう言うと、俺は吉田の肩から手を離した。吉田は泣きそうな目でうなずいた。無理もない、こいつはむちゃくちゃだった頃の俺しか知らないのだから。
そして後ろにいたマリちゃんのところに行き、やさしくこう言った。
「相手と少し話をしてくるから、必ずわかってもらえるようにするから、信じて待っていてくれないか?」(ねねこ)
俺は吉田を物陰に連れて行くと、いきなり口を開いた。
「おめー、マリちゃんのパンチラ写真持ってねーか?」
「パ、パンチラ・・・すかっ!?」
俺は時間がないのでいきなり本題に入った。
「いやー、そんなのあったらとっくに発表してるっすよ」
そりゃあそうだよな・・・。
と、吉田が突然ひらめいた様に言った。
「ただ、パソコン使えば『アイコラ』つまり、アイドル・コラージュですね。それで合成して作ることは出来ますよ。今は技術が進歩してるから、素人では絶対にわからないパンチラ写真ぐらいプロの手にかかれば、お茶の子さいさいすけど」
「んっ!? その手があったか!! いいかもな。・・・ところで『お茶の子さいさい』ってなんだ? 『お茶の子』ってだあーれ? 『さいさい』って何の音ー?」
「・・・先輩、細かいことに突然疑問を感じて延々と悩みだすの、昔からの癖っすね。それより、パンチラ写真が欲しいんっすね?」
俺はお茶の子供達がさいさい踊っている姿を想像して、一瞬その世界に身を投じて、
「そおりゃ、さいさいさいさい、お茶の子さいさい!!」
という幻想に浸っていたが、すぐに吉田の言葉に現実の世界にヒュンッと帰ってきた。
「そ、そうなんだよ。ちょっと事情があってな・・・。そうか、じゃやってくれるか!? やってくれるなら、マリちゃんも蛸哉との事はもうばれてもいい感じだったから、さっき撮った俺の写真に蛸哉のホクロ、アイコラして発表しちまえっ!!」
「先輩~、本当っすか!? 助かります。じゃ、僕もパンチラアイコラ完璧なの作らさせてもらいます。いつまでですか?」
「今夜中にどうしても欲しいんだ。なんとかなるか?」
「わかりました。なんとかします! じゃあ2時間ほどで竹本さんの家に持っていきます。それでいいすか?」
「頼む」
フーッ、とりあえずうまくいくか。俺は煙草を一本ゆっくりふかすと、気持ちを落ちつかせた。
そして頭の中では、お茶の子供達が「さいさい踊り」を楽しそうに俺のまわりで踊っていた。(石川)
2時間後、吉田が俺の家に来た。
「先輩、これなんかどうです?」
写真の中で、下着姿のマリちゃんが、後向きで微笑んでいる。もちろん、パンチラ。しかも純白のパンテイー。
「いいぞ、吉田。こいつは完璧だぜ!」
「先輩、ついでにこんなものもつくってみたんですけど・・・。」
吉田は写真を何枚か取り出した。
「こ、これは・・・」
これらはすべてマリちゃんのアイコラ写真だった。
「このオッパイもろ出し写真、おかしくないか?マリちゃん、こんなに胸でかくないぞ。」
「ははははは、いいじゃないっすか、先輩。サービスっすよ。」
それから1時間後、俺と吉田は奥老人の屋敷にいた。
屋敷へ入った途端、俺たちはぶったまげた。
『マリちゃん命!!!!』と書かれた横断幕が居間にでかでかと掲げられ、
マリちゃんのポスターがあちこちに張られている。
「わたしのかーーれーーはーーーーざしきわーーらーーしーーイ
いろじろまんまるぷりちイぶオーーオーーイーーー♪」
奥老人と奇妙な男の2人がマリちゃんのデビュー曲『私の彼は座敷わらし』を熱唱していた。
「おお、君か。例の・・・パンチラ写真は持ってきたんじゃろうな。」
「は、はい。それは、もう・・・」
奥老人の隣にいる男が俺たちの方を振り向いた。
チビで色白、そのうえ顔がどことなくカエルを思わせる。まさにマリちゃんの曲
『私の彼は座敷わらし』そのものだ。
「ああ、彼かい?マリちゃんファンクラブ会長の筑輪君じゃよ。君の写真が本物かどうかを彼に鑑定してもらおうと思ってな。わしがこの日のために呼び寄せたのじゃよ。」
「あ、どうも、筑輪です。」
やつは鞄の中からなんと、マリちゃんの写真集を取り出した。
パラパラとめくられた写真集の中に、下着姿のマリちゃんのセクシーショットがいくつかあった。
「あなたが持ってきたパンチラ写真と照らし合わせるんです。ほら、最近はアイコラで簡単に合成できちゃうでしょ?」
やつはニターッとうす気味悪い笑みを浮かべてこう言いはなった。
「せ、先輩、大変なことになっちゃいましたね・・・。アイコラだってのがバレちゃったらどうしよう・・・。」
吉田のやつがビビっている。言いだしっぺはおまえだろうが・・・。
「彼はね、かなりのマリちゃんオタクなんじゃよ。今までに色んなやつがマリちゃんのパンチラ写真を持ってきたが、すべて偽物のアイコラ写真だと見破ったんじゃよ。彼の目に狂いはないと信じておる。」
ああ、こいつのおかげで1億円がパーになってしまうのか・・・。思わぬ強敵が俺たちの前に立ちふさがった。
そして、俺の頭の中ではお茶の子が一斉に逃げ出し、かわりにカエル顔のバケモノがヒーッヒッヒッヒッヒッヒと笑いながらうす気味悪い踊りを踊っていたのだった。(ちちぼう)
そして、案の定だった。
彼はパンチラ写真を一瞥しただけで、
「あっ、これ元素材は確か昔の『フリンデー』で『新人アイドル特集』をした時の物ですね。ま、パンティの方の素材はマリちゃんじゃないので誰かは特定できませんが」
筑輪はニヤリと笑って言った。
マニアの恐ろしさをつくづく知った。素人からみたら全くわからないのにアイコラと見破るだけでなく、その素材元までわかってしまうとは。
「違いますか?」
不敵な顔をして筑輪はこちらを見た。
「ま、アイコラとしてはかなり良く出来てるとは思いますがね」
嫌味もこめて彼はそう言った。
もはや、俺も吉田も何も言葉が出てこなかった。
「やはり、お前もか・・・少しはスジの通った男だと思っておったんじゃが・・・」
奥老人は怒りというより、あきらめの顔だった。
俺と吉田は所在なくしばらく佇んでいたが、もうしょうがない。黙って引き下がるしかない。
そういって、帰るタイミングの気まずさの中、俺はマリちゃんの部屋で撮ったデジカメ写真を見ていた。
(たまたまパンチラが写っている、なんてことはないよな・・・)
そう思ってスナップを見ている時、ピーンと来た一葉の写真があった。
(こっ、これは・・・)
駄目元で、俺は最後のハッタリをふたりにかました。
「ははは、アイコラは冗談ですよ。本物はこちらです」
俺はデジカメをテレビに接続すると、一葉の写真を見せた。
と、老人の顔が変わった。
「ん!? これはマリちゃんの自宅か!? しかもスッピンじゃないか!」
筑輪も身を乗り出して、
「本当だ。スッピンのマリちゃんとはレアものだっ!」
そしてふたりのヨダレがツツーと垂れて畳につきかけたまさにその時、老人がハッとして言った。
「確かにこの写真は貴重じゃ。しかし、これはパンチラではない!」
俺はすっとぼけて言った。
「そうですか? じゃあマリちゃんの横にチラッと写っているのは何ですか?」
老人は「んっ?」という顔で写真を凝視した。
「これは・・・アンパンか何かか?」
「そうです。マリちゃんの食べていたパンです。すなわち『マリちゃんのパンチラ』!!」
老人は一瞬ムムムとなったが、
「ばっ、馬鹿もーん! パンチラとは、パンティのことじゃ!」
「じゃ、パンの横のカップには何が入ってます?」
「な、何、パンの横のカップ!? これは紅茶のような・・・」
「そうです。ティーです。つまり、マリちゃんのパン・ティーがチラと見えてるんです。どうです!!」
老人はしばらく写真を見て沈黙した。
そして・・・爆笑した。
「ワハハッ、確かにこれは『マリちゃんのパンチラ』じゃわい。パンとティじゃわいっ!! ・・・お前は一休和尚かっ!!」
そして続けて言った。
「わしはお前さんのような馬鹿が好きじゃ。ここはわしのトンチ負けということで、よしっ、一億円、持っていくが良いっ!!」
俺の頭の中に、いつのまにかちゃっかりお茶の子達が戻ってきて、手に手に「一億円」と書かれた扇子を持ちながら、
「そおーりゃあ、サイサイサイサイサイサイサイサイッ!!」
と威勢良く踊っている姿が浮かび上がった。(石川)
遠目でみていた森にだんだん心惹かれ、次の瞬間飛び込みました。わあーーー、緑のハッパの中にはいろんな人がいるよ。ナポレオン、ナウシカ、宇宙人・・・何でも勇気を出して見るもんだい、次はシャボン玉だ、わあーーーオリンピック自由参加だよーーー。(あっこ)
変な夢を見た。そして希望の朝を迎えた。会社に向かった。小躍りで向かった。
いつもより早く着いてしまったので、まだ掃除のおばちゃんしか出勤していなかった。
俺は屋上に上った。
煙草を一服した。
そして一億円の入っているスーツケースを一瞥した。
「これで俺も社長か・・・」
思わず頬がゆるんでしまう。
下を見てみると、まだ何も知らない同僚やら上司やらが続々と出勤して来るのが見えた。
「ふふふ、あの俺のことが嫌いで何かとイヤガラセされたT部長も、俺が社長に就任したと言ったらどんな顔をすることか」
俺は小さな声でクククッと笑った。
そして昨日の夜から何度も確かめていることだが、皆に見せる前にもう一度だけ人手に渡ってしまう一億円を拝もうとスーツケースの留め金を外した。
「あるある。確かに。夢じゃない。ふふふふふ」
と、その時だった。
物凄い一陣の突風が突如襲って来た。