恋の回転鼻

 昼休みが終わって、またアンニュイな5時限目の授業が始まった。
 しかも、俺の最も苦手な古文の時間だ。
 (今さら、何百年も前の言葉覚えて、今後の俺の自分の人生に役に立つとは思えんよなー)
 そう思うと、ますます授業に身が入らず、俺は鉛筆をくるくる指で回しながら、ぼーっとしながら、3つ前の席の美津江の方を見るともなくみていた。
 (やっぱり美津江ちゃんかわいいよなー。でも俺のことなんて相手にもしてくれないだろーな・・・)
 確かに、俺はクラスではパッとしない方だし、美津江ちゃんはかなりキテる。もっとも、典型的な美人、というのではないのだが、なんだか大人の雰囲気で、何を考えているのかよくわからない、ミステリアスな魅力があるのだ。
 と、その時である。なんか、俺の鼻が急にむずむずしてきた。
「んっ?」
 そう思って、鼻のあたりに手をやってみた。
「!」 
 (あれっ、俺の鼻、なんかおかしいぞ!?)
 そう思って、もう一度、鼻に手をやってみた。
「!」
 なんと、俺の鼻が曲がってる。いや、曲がってるだけではない。時計方向にゆっくりと回転しているのだ。
「!!!!!!!!!」
 俺は咄嗟に、鼻を手で覆った。まず何より、誰かにこの状態を見られるのを避けなければ、と本能的に思ったのだ。
 (そんな、馬鹿な!)
 そう思って、もう一度、気分を落ち着けて、ゆっくりと下を向きながら、覆った手で確認した。
 ・・・なんと、鼻はちょうど180度回転して、鼻の穴が顔の真上に来ていた。(石川)

(鼻が逆さに!?これじゃまるではなさか爺さんじゃないか!って、字が違うだろ!)
自分にツッコミを入れられるうちはまだ大丈夫。そう取り乱してはいない。おそらくクラスの誰も、この異常事態には気づいてはいまい。
 そう思って鼻を覆った手を緩めようとしたその時、美津江が振り向いて俺の方を見た。
いや、俺を見たのかは分からない。美津江はすぐに前を向いてしまったのだから。だが、そんな気がした。
 振り向いた美津江のことを思い出して、俺はゾッとした。彼女は確かに、口元に冷たい笑みをたたえていたのだ。(矢口ヒサシ)


 その時だった。
「田村! そこから先を訳してみろっ!」
 先生の声が耳に届いた。
「えっ!? えっ!?」
 一瞬混乱しながら、俺は鼻をおさえたまま、立ち上がった。
「んっ? どうした? 鼻血でも出たのか?」
 先生が鼻を覆った俺の手を、凝視した。
「いっ、いえ! あっ、あのう・・・」
「どうしたっ!?」
「いやあのそれが、えー、鼻が・・・」
「鼻? 鼻がどうした?」
 俺はなんだかもうわけがわからなくなり、しばらく押し黙っていた。
 しかしだんだん胸の底から錯乱がせりあがってきて、ついには泣きながら、こう叫んでいた。
「鼻が、俺の鼻が、こんなになっちゃったんですぅぅぅぅ!!」
 そうして、覆っていた手を思い切って、パッと払いのけた。
 クラス中が俺を振り向く。俺はどよめきを覚悟した。あざけり笑いを覚悟した。
「・・・・・・?」
 ところが、クラスのみんなは、ポカンとしてる。
「鼻? 鼻がどうしたって? 別に鼻血も出てないようだし」
 先生の声がなんだか遠い、別の世界から聞こえてきたような気がした。
「・・・・?」
 俺はそっと、鼻に手を触れてみた。
 すると、そこにはいつもの姿勢で、鼻が鎮座ましましていた。
(・・・すると、あれは幻だったのか? ただ、俺は寝ぼけていたのか?)
 俺は動揺を隠しながらも、とにかく体勢を整えなくちゃと思い、
「あーーーー、えっと、はい。あっ、なんでもありませんでした。すいません。えっ、えー、あっ、24pからでしたよね。えーと・・・」(石川)

なんとか平静を取り戻し、ひとくぎりを読み終えると深く椅子に腰掛けた。
(確かに俺の鼻は回転していた・・・鼻をほじったら鼻クソはどうなるのかと心配になるほど回転していたんだ!)
ふと、いつもの様に美津江ちゃんの後頭部に目をやると、見慣れた後頭部に何かがへばり付いている。
(???おっっ俺の鼻?!俺の鼻があんな所で回転してやがる!!)
俺の顔にあるべき鼻は、いつの間にか移動していたのだ!もちろん俺の顔からは鼻が消え、触れてみるとトゥルンとしたなれない感触がしていた。(SETSUKO)


(どうすりゃいいんだ・・・おいおい)
 もう、俺は泣きだしそうになっていた。
 鼻はないし、美津江ちゃんにも嫌われる。
 マイケル・ジャクソンのように付け鼻をするしかないのか・・・いや、ともかくこの状況をどうするか、考えねば! 耳鼻科に行けばいいのか? でも、鼻自体がないのに、どうやって診てもらうんだ~。
 と、その時突然、顔の中心を覆っていた手の平に、ふいに鼻の感触が戻ってきた。
(あ・・・れっ!?)
 見ると、美津江ちゃんの後頭部には、さっきまで回転していた鼻はなく、まるで瞬間移動したように俺の顔面に戻っていた。
(な、なんなんだ!? どういうことだ!?)
 その日は一日中、鼻にばかり神経を集中していた。が、その後は何も起こらなかった。
 次の日も、また次の日もビクビクしていたが、何も変化はない。
(結局、あれは夢だったのか・・・そうだよな、鼻が回転したり、人の頭に飛んでいったりするはずないよな! 馬鹿だな、俺。あはははは!!)
 そうしてやっと安心して、日々の生活も滞りなく送れるようになった。
 受験も近いので、そちらに神経を集中する日が続いたある日の事である。

 先生が、ひとりの少女を連れて教室に入って来た。
「えー、今日は転校生を紹介します。小野あやさん。仲良くするように」
「小野あやです。父の仕事の都合で、こちらに転校してきました。よろしくお願い致します」
 俺は、思わず彼女を凝視した。
「もろ、タイプじゃん!!」
 いわゆる、一目惚れというやつだ。
(あやちゃんて言うのか・・・かわいいなぁ。美津江なんて、目じゃないな・・・)
 と、その時である。 

ギュイイイーン! ギュイイイーン!

 凄まじい音が俺の耳に飛び込んできた。
「んっ・・・?」
 と、なんとそれは、俺の鼻が、高速で時計回りに回転する音だったのだ!! (石川)

(ぐおっ!どういうことだこれは!!!)
戸惑う俺をあざ笑うかのように鼻はさらに勢いを増して回転している。
鼻の回転の風圧が俺の前髪を跳ね上げる。
(何で俺はこんなところで人間扇風機になってるんだよ・・・。)
止まらない回転に悲しみが沸いてきた。
そのとき、鼻が凄まじい熱をもってきた。
例えるなら、真夏の砂浜ほどの熱さである。
「アチッ」
みんなが気付かないほどの小声でそう言ってしまい、
慌てて鼻に手をやると、奇妙な感触があった。
(何だこれは?)
恐る恐る手を開いてみると、そこには大きな鉄砲ユリが咲き誇っていた。(法印)


(な、なんじゃこりゃー!)
って、思わず松田優作のセリフを吐いてしまった俺をさらに驚かせる事態が待っていた。
一目惚れの、小野あやちゃんの頭の上で、俺の鼻が高速回転しているのだ。
「うわっ、なんだ、あれはっ!」
「小野さん、あ、あ、頭!!」
 ついにバレてしまった。教室中がざわめいた。小野さんは一瞬、
「えっ!?」
 と言ってから、頭に手をやると、そのグニャリとした感触がはっきりわかったようだ。
「イヤーーーー!!」
 咄嗟に、虫でも払うかのように俺の鼻を手で押しのけた。
 と、鼻はまるでハエか蚊のようにブンブン唸りをあげながら、教室中を回転しながら飛び回った。
「キャーーー!!」
 女子生徒達の悲鳴が聞こえる。
 教師も、どうしていいかわからず、おたおたしながら、
「鼻・・・鼻・・・」
 と芥川龍之介のようにつぶやくだけだ。
 と、その時である。美津江が俺の方を振り向くと、あきらかにニヤッと笑ったのだ。(石川)

 ただ、それが何を意味しているのか、俺には分からなかった。
 俺は必死に鼻を捕まえようとした。が、力が入らない。
 鼻が無い所為だ。
「くそぉ・・・なんで俺がこんな目に・・・」
 その時。
「オッシャー!!」
 柔道部の関口が俺の鼻を捕まえた。
 関口のゴツイ両手で握られた俺の鼻は、勢いを止め、なかった。
 身長187cm、体重113kgの、関口の身体が宙に浮いた。

「ドォブァンッ!」

 教室が揺れた。
 関口は、払い腰の型で綺麗に投げられ、そしてまた反対側に、デンデン太鼓の様に叩き付けられた。
 それを見て、俺は思い出した。
 あれは確か、先々週の日曜日の事だ。
 レンタルビデオ屋で、『ベストキッド2(デンデン太鼓にヒントを得た技、が出て来る)のビデオを借りて帰る途中、俺は美津江に会っているのだ。
 美津江は犬を散歩させていた。
「山本さん!(美津江のファミリーネーム)」
 と言って俺は、美津江を呼び止めた。
「あ、田村くん。何してるの?」
「受験勉強飽きちゃって、映画でも見ようと思ってさ」
 などと、こんな会話はどうでもいい。問題はこの後だ。
 美津江の犬が、ウンコをした。
 俺は、美津江が犬のウンコを処理するとこが見れる。と思って、少しドキドキした。
 しかし美津江は、
「くさい。鼻がまわりそう」
 と言って、犬の脇腹を蹴ったのである。(丼川遥)


 俺はとにかく、美津江がそんな凶暴な行動に出たことにとにかく圧倒されていた。
 まぁ、蹴りはもちろんそんなに思いっきりではなかったが、美津江にそんな性格があることは知らなかった。確かに、一見クールなところがある女の子だとは思ってたが・・・。
 それに俺は以前にも書いたが、美津江のことはちょっとだけ気になる存在だった。1年の時から一緒のクラスだったし、まぁ惚れてる、とまではいかなかったかもしれないが、かわいいと思うことはしばしばあったのだ。
 で、「蹴り」で驚いたので忘れていたが、確かにあの時美津江は、
「くさい。鼻がまわりそう」
 と言っていた。何故覚えてるかというと、
「そりゃ、『鼻が曲がりそう』の間違いだろっ!」
 と俺がツッコミをいれようと思った矢先に、動物愛護団体が見ていたら猛攻撃を受けるような、その行動を美津江が起こして、ビックリしてしまったので、失念していたのだ。
 (でも、確かにあの時、美津江は「鼻がまわりそう」と言った)
 (そして、今、俺の鼻はまわってる)
 まるで難しいパズルを解いているようだ。
 「関口、大丈夫かっ!」
 先生が床に倒れている関口のところに走っていった。
「うーん、鼻め・・・鼻め・・・」
 関口が倒れながらも呻いている。
「誰か、医務室に運んでいってやれ!」
 そうして、男子何人かが、巨体の関口をズルズル医務室まで引きずっていったのだ。(石川)

 その夜、俺はいつまでも寝付けなかった。あんなことがあったんだから当然だが。
 医務室に引きずられていく関口の巨体を呆然と見ながら、俺は鼻があった辺りに手をやった。すると鼻はそこにあった。
「あ・・・」
元に戻ってる。俺がそう言うと先生は、医者に診てもらった方がいい、とだけ言い、何事もなかったように授業を再開した。教室内に少しざわめきは残ったが、みんなもそれに従い、席に着いた。
 寝付けなかったもうひとつの理由は、美津江だ。鼻が回転し教室中を飛び回る。うろたえる俺、周りはパニック。なのに彼女は・・・。そこまで考えて、俺はゾッとした。いや、それ以上だ。首筋にナイフを当てられているような、脇から冷や汗が流れる感覚に襲われた。
 同じだ。あの日、初めて鼻が回転した時と。あの時は顔からゆっくり180°回っただけで、顔から離れてはいなかった。だが俺はひとりで慌てふためいていた。その様子を見て、美津江は薄く笑っていた。
 そして今日、あのパニックの中、美津江は席を立つこともなく、悲鳴をあげる女子や巨体を宙に浮かせる関口、そして、うろたえる俺を見て、明らかにニヤリと笑った。
 彼女は・・・何か知っているのか、俺の鼻のことを!
 ろくに眠れないまま朝が来た。今日、美津江に聞いてみよう。昨日あんなに大騒ぎだったのに、一人だけ落ち着いていられた訳、そしてあの冷たい笑みの理由を。俺の鼻について、何か知ってるんじゃないのか、と。
 話しかけるチャンスが見つからないうちに、昼休みになってしまった。俺は教室で購買で買ったパンをもしゃもしゃと食っていた。
「田村くん」
ドキッとした。目の前に、美津江が立っていた。
「話があるんだけど、放課後、ちょっと付き合ってくれない?」(矢口ヒサシ)


 放課後、俺と美津江は団地の公園にいた。
 俺は何を喋っていいかわからずに、美津江の言葉を待った。
「田村君・・・」
 美津江が口を開いた。
「田村君、1年の時から同じクラスだったよね」
 俺はそういえば、と思いながら、
「・・・うん。そうだったね。」
 と答えた。
 初夏にしては珍しく、強い風が吹いて、砂ぼこりが舞った。
 しばらく、沈黙があった後、美津江は言った。
「田村君は、あたしのこと、どう思ってるのかなぁ・・・」
 俺は一瞬ためらった。
「どうって・・・えっ、えっ、ク、クラスメイト?」
 美津江は、公園の縁の鉄柵に座っていたのだが、そこからピョンと飛び降り、そして俺の顔を見た。
「クラスメイト、な、だけ?」
 俺はドキッとした。何もかもお見通しのような気がした。
「いや・・・うん。」
 俺は言葉を探した。
「うん。いや・・・うん。」
 どう答えていいか、自分でも整理がつかなかった。美津江の事はもちろん嫌いではない。というか気になる存在ではあることは確かだったのだが、それが果たして恋愛感情といえるものかどうかは、自分でもわからなかったからだ。
「あたしはね。」
 急に美津江がつぶやいた。
「あたしはね、ずっと好きだったよ。田村君のこと。でも・・・」(石川)

 と、その時突然、強烈な尿意が俺を襲った。
「ご、ごめん、ちょ、ちょっと待ってて」
 あわてて公園のトイレに駆けこみ、ファスナーをおろし、少し手間取りながらも(そのさい、少し漏らしてしまったが、そんなことはどうでもいいことだ)ちんちんをひっぱりだす。

 ジョ~~~~~~

 すごい量の尿が便器に注がれていく。なかなか終わらない。放尿しながら、さっきの美津江の言葉を思い出した。
(「ずっと好きだったよ」か・・・、ふふっ。でも「でも・・・」ってなんだろう?あっ!)
 鼻に違和感を覚えたので、ちんちんを押さえていた手を離し、鼻を触ってみた。ゆるやかに回転している。
(まただ・・・!これは美津江のせいなのだろうか・・・?放尿が終わったら思いきって聞いてみよう)

 ジョ~~~~~~~~~

 だが、まだ放尿は終わらない。それどころか先ほどより勢いを増しているようだ。
ふと思い、鼻が下を向いた時にグッと抑えつけてみた。
(・・・・・むっ!?)
 鼻の回転は止まった。が、現実は甘くなかった。なんと、ちんちんが回転しはじめたのである。しかも尿はまだ出ている。

 ぐるんぐるんぐるん

 最初はゆるやかに回転していたのだが、徐々に回転のスピードが上がっている。それにともない尿も上下左右に巻き散らされていく。回転のスピードがゆるやかなうちは尿は便器に収まっていた。が、回転のスピードはゆるまずどんどん上がっていった。

 ビジャビジャビジャビジャビジャ

 ちんちんはすごいスピードで回転し、尿をトイレの床、天井、壁に巻き散らす。もちろんそれだけでない。俺自身にも尿がかかってくる。目や口の中に入ったりもした。
「うわー」
 こうなるともうパニックだった。なんとかちんちんを抑えようとしたが、抑え切れない。そうこうしているうちに尿が終わった。そして、回転も止まった。

 尿まみれでちんちんを出して呆然としたまま、ふとトイレの入り口のほうを見るとそこに美津江が立っていた。美津江はニヤリと笑った。(腹筋ザーミックス)


「ご、ごめん、俺ちょっと・・・家でシャワーを・・・ごめん、なんか変になっちゃって、あ、あの明日、明日ゆっくり話そうよ。ほ、本当にごめんね。」

 俺は失態を見られた動揺を隠しきれず、後ろも振り返らず走って家へと帰り、シャワーを浴びながら考えた。
(ちょっとまてよ、落ち着け落ち着け。よーく整理して考えてみよう。俺の鼻が回転する。これは事実だ。そしてそれはどうやら、女の子の事を気にしている時だけのようだ。さらに、今日はちんちんが回転した。これは理由がわからない。そして美津江は俺の事が好きだ、と言った。しかし「でも」とも言った。「でも」何だろう。あっ! 小野あやちゃんに一目惚れしたのがばれてるのか? 美津江のあのニヤリ笑いからすると、それに気づいているのかもしれないな。と、と、と言うことは、鼻やちんちんを回転させてるのは、美津江ということか!? 一体何の為に!? 俺の事を好きだ、っていうんだから、俺を困らせてもしょうがないじゃないか。う~ん、わからなくなってきたぞ。)

 そして次の日、俺はちょっとびびりながら学校に向かった。もしやと思うが、きのうの俺の失態を美津江がみんなに話していたら・・・そんなことはない、と思いながらも、なんとなく何を考えているのかわからない美津江だ。あり得ない話ではない。俺はおそるおそる教室のドアを開けた。
 しかし別段、いつもと同じ感じだ。
「田村、鼻、大丈夫かよ~」
 誰かが笑いながら俺に声をかけたが、俺の耳はそれを素通りした。
 美津江が来ていない。いつもクラスでも最も早く登校してくるはずの美津江の席が、遅刻ギリギリのこの時間だというのに、空いたままだ。俺はなんだか知らないが、悪い予感をふと感じた。(石川)

 ガラガラ・・・。教室のドアが開き、美津江が入ってきた。「あ、山本さ・・・」俺が声をかけようとした瞬間、美津江は俺の鼻めがけて右手を突き出した。その手にはコンビニの袋が握られていた。中には菓子パンやらジュースやらが二つずつ入っていた。「あの・・・山本さん?」突然の事態に俺の脳が対処しきれなくなっていると、美津江は「サボりましょう」とニヤリと笑った。何だかいつもの美津江とは違う感じがする。しかし、そう言った時の美津江の笑顔は最高に美しかった。俺はまた鼻が回りだすのではないだろうかと、そっと鼻に手をやった・・・(ぷち)

 俺は基本的に優等生ではないが、いわゆる不良でもなかったので、学校をサボったことはなかった。いや、正確には、なんとなく学校に行くのがカッタルくて、風邪ひいたふりしてズル休みしたことはあった。でも、いったん学校に登校してから、そこを抜け出す、というのは初めての経験だった。美津江がそういうことをするタイプだったとも思ってなかったので、正直、驚いた。驚いたが、気づいたら、俺と美津江は、電車にひと駅乗って、隣町の公園のベンチに座っていた。なんだか、現実感のない、ふわふわとした、「ここにいるのにここにいない」ような変な感じだった。鼻は回っていなかった。
 美津江が、口を開いた。(石川)

「田村君の鼻すごいね。」
と美津江が言った。
「え?あ、うん」
 俺は単刀直入な美津江に少しおどろいた。
「あたしの時はあんなにアクロバチックな回転しなかったわ。」
美津江は言った。
「や、山本さんも回ってたの!!何?いったいどうなってんだよ!俺の鼻とかチンコとか!!」
俺は興奮してつい声が大きくなってしまった。
「ち、チンコッ!!!」
美津江は顔を赤らめながらも大声で叫んでいた。
「あ、いや、ごめん!チンコとか言っちゃって、、。」(でも山本さんなにも叫ばなくても、、)
俺は軽はずみなチンコ発言に反省する反面、美津江の叫んだ「チンコ」とは、俺のチンコのことだ、と心の中で反復していた。
「イ、イヤだ。あたしチンコとか、、」
普段クールな美津江だが素直に赤面しているのを見て俺の気持ちが揺らいだ。
「でも、すごい尿の浴び方だったもんね。田村君、ほんとに鼻といい、そ、そのち、チンコといい、、、。」
小便まみれの姿を見られたことを思い出し、この場から逃げ出したいほど情けない気分になった。
「ねえ、山本さん、何か知っているの?知っていたら教えてほしいんだ。俺もうこのままじゃ、、」
半泣きの俺を見て美津江は冷たくそしてあっさりと言った。
「煩悩よ」
美津江の目は鋭くふたたび口元はニヤリとしていた。(紳士服はるさめ)


「煩悩・・・?」
 俺は一瞬、「ボンノー」なんて普段使い慣れていない言葉を耳にしたので、なんか、そんなサッカー選手いたっけかな、と思ってしまった。
「煩悩・・・えーと、なんだっけ。あの、人の欲望とかそういうもんだっけ。除夜の鐘108つ聞くと消えるとかなんとか・・・」
「そう。その煩悩よ。」
 近くを、トイレ用のビニール袋を片手に持った、犬を連れた老人がゆっくり通り過ぎる。
「でも・・・でも、煩悩なんて、誰にだってあるもんじゃない。なんでそれで、俺だけ・・・いや、俺と山本さんだけ、鼻や、ち・・・チンコが回るの? わっけ、わかんねーよー!」
 しかし、美津江は答えた。
「でも、煩悩なの。なんであたしがそれを知っているかというと・・・」
 美津江はちょっと口ごもった。(石川)

「ねぇ、恋の回転鼻・・・・。」
美津江は心を決めてかのように話し始めた。
「ねぇ、恋の回転鼻って知ってる?」
聞き馴れない、しかも奇妙な言葉づらに唖然としてしまった。
何も言葉を返せず ただオロオロする俺を無視するように、美津江は話し続けた。
「私の家系は代々忍者の血をひいてるの。でも世間一般にはあまり知られていないお座敷忍者の家系なの・・・。」
「お・・・お座敷忍者!?」
俺はますます混乱してきた。
「そう、お座敷忍者。みんなが知ってる忍者のように忍び込むとか暗殺とか・・・そういうことはしない忍者なの。
宴会に呼ばれて、宴会用の忍術を使ってお客を喜ばす・・・そういうことを生業としていたのね。
その忍術の中のひとつが“恋の回転鼻”なのよ・・・。」
こんな非日常的な会話とはうらはらな陽気な日差しの中、美津江の話は続く。
「江戸時代、大名たちの密かなお遊びとして“フィーリングカップル5VS5”があったの。各国の大名と町娘を引き合わせてね。
で 最後にどの大名がどの町娘を好きかって判別するのに“恋の回転鼻”の術を使ったらしいの。
煩悩の渦巻くスピードに合わせて鼻が回転するさまは、当時は大受けだったらしいわ。」
そういいながら美津江は一冊の雑誌を取り出し、俺に手渡した。
忍者ライフ・・・・忍者グッズ通販特集号と書いてある・・・のだが・・・。
ゆっくりと表紙をめくってみると・・・赤いロングブーツに赤いホットパンツ、上半身は“風林火山”と胸に書かれた赤い忍者服の美津江が!
 赤頭巾を被ってるが 涼しくも力強い瞳は美津江のものとすぐ判る。
 グラビア特集6ページ“妖艶芸者流十六代目Mitue・・・Rock de Ninja”と書いてあった。
美津江がテディベアーを抱えながらカメラに向かってハイキックポーズ・・・。
俺の鼻が静かに回転し始めた・・・・・。(土器収集家の日常)



 煩悩、恋の回転鼻、お座敷忍者、そして美津江が「忍者ライフ」グラビアアイドル・・・。
 いっぺんに、わけのわからない言葉を聞いて、俺の頭はパニックを起こしてしまった。
 それでも、落ち着きをとり戻すと、脳味噌をグルングルンとフル回転して、考えてみた。
 そしておずおずと、聞いてみた。
「えっ、えっ・・・ということは、俺の鼻を回していたのは・・・山本さん?」
 そう言うのがやっとだった。喉がなんだかカラカラに乾いていた。
 美津江は、またフフッと小さく笑うと、コクン、と首を縦にふった。(石川)

「そ、それじゃあ、俺のチンポを回したのも・・・」
「わ、私、チ、チン・・ポなんか回していないわ!」
美津江は顔を赤らめて言った。
じゃあ、俺のチンポを回していたのは・・・誰なんだ?
美津江のほかにもお座敷忍者がいるというのか?
俺はもう、ますますわけがわからない。

 翌日、学校の帰りのことだった。
「田村くぅ~ん、一緒に帰ろうよー。」
吉岡がやってきた。こいつ、チビで色白でもち肌の上に 顔が童顔でオバQそっくりときている。しかもあだ名が 「座敷わらし」・・・そんなことはどうでもいい。
「どうしたんだ?吉岡?また関口にいじめられたのか?」
「い、いや、そんなんじゃなくてー、そ、そのー、 話したいことがあってー」
俺と吉岡は近くの公園に立ち寄った。
ベンチに座り、俺から話題を切り出した。
「で、話ってなんだよ?」
「じ、実は・・・ぼ、ぼく、田村君のこと・・・」
「まさか、好き・・・っていうんじゃないだろうな」
俺は冗談で言ったつもりだった。しかし、吉岡の口から 信じられない言葉が返ってきた。
「た、田村君のこと・・・大好き。」
お、俺は同性愛だなんて趣味じゃないぞ!何なんだ、こいつ!
そしてさらに信じられないことが起こった。

何と、俺のズボンのチャックがひとりでに下がり、チ、チンポが 回りだしたのだ!
「よ、吉岡・・・お前だったのか・・・。」
あの童顔オバQ顔に不気味な薄ら笑いが・・・ああ、何ということだ!
お、俺にはこんな趣味はない!たしかにあいつの色白もち肌は 触り心地がいいけれど・・・うわ!何考えているんだ俺は!
「吉岡君、あなただったのね!」
俺の目の前に美津江がいた。う、うわ!
「田村君はあなたのようなホモ座敷わらしなんかには渡さないわ!」

その瞬間、鼻がものすごい勢いで回転し始めた。
吉岡と美津江の間に火花がバチバチ散る。そのたびに俺の鼻とチンポの回転速度が増していく。
「う、う・・・助けてくれ・・・」
俺は気を失った。

気がついたら、俺は家の自分の部屋のベットに寝かされていた。
「田村く~ん、大丈夫?」
目の前には吉岡と美津江がいた。
「ごめんなさい、田村君。こんなことになっちゃって。ほら、吉岡君、あなたも頭下げなさいよ!」
「ご、ごめん・・・なさい・・・」
お座敷忍者、座敷わらし・・・もう、俺は気が変になりそうだった。
しばらく沈黙が続いたあと、美津江が重い口を開いた。
「こうなったら、何もかも話すわ。」(ちちぼう)


「お座敷忍者のことはなんとなく、わかってもらえたわよね。で、私もこのことは一生の秘密にしておくつもりだったの。だって、現代では、馬鹿馬鹿しいし、人に笑われるだけ・・・」
 確かに、馬鹿馬鹿しい技術かもしれない。「超能力者」が常に「スプーンをねじ曲げて折る」という、社会的に何の影響もないことしかしないのと、よく似ている。
「でも、状況が変わったの。それは・・・私以外に、身近に『お座敷忍者』がいる、ということがわかったの。そういう気配を激しく感じたの。そこで私に敵意が芽生えて・・・そして、今日それが、はっきりしたわ。吉岡君! ・・・あなただったのね!」
 吉岡は「デヘヘ・・・」という顔をしている。
「でも・・・田村君は、結局振り向いてくれなかった。小野さんの方がいいもんね・・・」
 俺は、
「いっ、いや・・・」
 と言ったきり、口ごもってしまった。確かに小野さんの方がタイプだけど、美津江の事だって、ずっとカワイイと思ってた。ただ、今まで、自分では相手にしてもらえないだろうと思ってただけなのだ。
 そして俺が何と言おうかと逡巡している時、美津江の言葉がそれをさえぎった。
「でも、もういいの。実は、私、来週から、アゼルバイジャンに行くの」
「あっ、アゼルバイジャン!?」
 俺はそう言われても、どこらあたりにある国かも、見当がつかなかった。
「実は、日本で寂れてきた『お座敷忍者』が今、アゼルバイジャンで大流行してるの。中には、全身のどんな部分でも廻せる達人もいるということなの。私、そこで修行してくることにしたの。何年かかるか、何十年かかるか、わからないけど。もっと強くなってくるの!」
 その時、ふいに美津江の瞳から、涙が溢れてきた。
「だから・・・だから、田村君、さよなら。・・・もしも帰って来たら、全身を廻しちゃうから!」
 そういうと、口を懸命に震わせながらも、無理にニッコリと笑顔をみせるや、クルッと背中をみせ、そのまま一度も振り返らずに、美津江は走り去って行ってしまった。

 そのまま、美津江は学校に来ることもなく、担任が眠そうな声で、美津江がお父さんの転勤の都合で、アゼルバイジャンに転校したことを告げた。

 美津江がいなくなって、数ヶ月経ち、学校は落ち着きを取り戻したようにみえた。
 ただひとつ問題なのは、吉岡が、
「今日も一緒に帰りましょ。帰ってくれないと、また、廻しちゃうから!」
 とニヤニヤ笑って離れないことだ。

 あぁ、鼻が回転している方が、ずっと良かった・・・。(石川)


                   ー了ー


へなちょこリレー物語 トップに戻る
トップに戻る