第十七話 官能の苑




「そこに四つん這いになれ」
命じられ、照美は逆らえなかった。
なぜこんな屈辱的なポーズを、この男の前で・・・。
相手の男は、重里。照美の夫の上司だ。
夫は重要な取引先とのトラブルで、取り返しのつかない所まで追い込まれていた。
その窮地を救ったのがこの男、重里である。
しかし照美は以前から、夫が家に招くたびに、自分の瑞々しくたわわな肢体にじっとりとした眼差しを向けてくる重里に対して生理的な嫌悪を抱いていた。
会社の存続をも左右する危機を回避する秘策がある、と持ちかけられた夫は、重里に縋り付いた。
そして会社を救うために大きな代償を支払う見返りに、この男は照美との一夜を所望してきたのである。
抗えない夫は泣き崩れ、照美の前で土下座して詫びた。
会社は窮地を脱したが、大きな危機を招いた夫は離島支店へ左遷。
今朝、しばしの別れの契りを結んだばかりの夫の感覚が残る肉体に、今宵、重里は容赦なく毒牙を剥いた。
「素直ないい子だ。くっくっ、幾度となく夢に見たこの芳醇な果実。存分に堪能させて頂こう」
四つん這いで剥きだしにされた照美の秘部に、生温かい息がかかる。
刹那、悍ましい感触が照美に走り、思わず声を上げる。ひぅッ!?
高くて鋭角的な重里の鼻が唐突に、照美のまだ開拓されていない、年齢の割に可憐な菊花を突き刺したのである。
同時に長い舌が、そのすぐ下に位置する深いブッシュの奥の泉を探索し始めた。
シャワーも浴びていないのに、いきなり・・・ この男に対する憎悪が募る傍ら、まだ朝の余韻を残す身体は裏腹にいつもとは違う弄し方を悦んでしまう。
重里の鼻はさらに深く埋没し、長い舌はついに泉より先に隠されていた宝石へと辿り着き、激しく研磨をはじめた。
悍ましい、だが今までに味わったことのない妙技。堪え難い恥辱とともに、溢れ出る声と泉を、照美は止めることが出来ない。
あぁあ・・・・・・あなた、どうして・・・・・・。
「くくく、俺の舌技を一度でも味わえばもうあの男では満足できんさ。それにしてもあの屑には勿体無い絶品だ、取引先まで手をまわして罠に掛けた甲斐があったというものよ・・・」
罠!?
そう思うが先か重里が動いたのが先か、次の瞬間、照美の菊


「・・・・・・嗚呼、これもやっぱボツだな」
筆を放り投げ、俺は万年床にひっくり返った。
そう、俺は売れないエロ小説家・椎川浩一。本格派ミステリー作家を目指して上京したけど、現実はシビアでこうしていくつかの官能雑誌に寄稿して、糊口を凌いでいる。だが・・・今回のは設定をいじくり過ぎで冗長になったな。もう一回練り直しか・・・

♪ピンポーン

ん? 誰だろう、編集の大島さんかな? まだ締切には日がある筈だけど・・・。ガチャ。(オポムチャン)


「あのー、こちら椎川さんのお宅でしょうか?」
目の細い学生のような男が立っていた。
「はい・・・」
ヤベー、国民健康保険かNHKの集金人か。いつもは出ないのについ開けてしまって失敗したか。
「作家の椎川浩一さんで間違いないですか?」
その割にはおどおどした様子で聞いてくる。
俺は意を決して「はい、そうですが。何か・・・」
と言うと、男はおずおずと名刺を差し出した。
そこには「日の丸テレビ ドラマ班 AD 林原義春」と書いてあった。
俺は意表を疲れて、
「テ、テレビ局?さん・・・で、す、か」とドモってしまった。
すると林原と名乗るその学生風の男が説明しだした。
「はい。実は僕は下っ端のADで言づてに来たのですが・・・何度かこちらにお電話をかけさせて頂いたのですがいつも『お客様のご都合により使用出来ません』になっていてこうして住所をたよりにやって来たというわけなのです」
「はあ」
そういえば電話代も滞納していて止まったままだったことに気づいた。
「僕の上司にあたるプロデューサーのと東大路いう者が椎川先生の小説の大ファンでありまして」
「え、俺の? 俺のはただのエロ・・・官能小説ですよ」
「はい、存じております。で、先生の『アイドル・ヒロインズ』という御本がございますよね?」
それは俺が一冊だけ昔出したことのある、ジュニア向けのちょっとエッチな小説だ。
もっともジュニア小説が大ブームの時で、本来毛色の違う俺にまで執筆依頼が来て「何でもいいからちょっとエッチな青春小説を」と言われて正直やっつけで書いた代物だ。
「それが何か?」
「はい。その御本を東大路がテレビドラマに出来ないかと申しまして」
「テッ、テレビドラマぁ!?」
「もちろん地上波なのでエッチな部分は相当削らねばならないのですが、あのセクシーな6人の女性と謎の少年が巨大組織に向かって戦いを挑むという設定が東大路がとても気に入ったらしく『むしろ今の時代にこそこういうドラマが必要なのではないか』と申しまして」
「はあ・・・そんなもんっすかねぇ」
俺は正直昔のそういう経緯の仕事が故にバイト感覚で書いていたので内容の詳細までは覚えていない様な有り様だった。
林原は続けた。
「先生、今お時間ありますか?ありましたら局の方で東大路がお待ちしておるのですが」
時間だけは俺には無限にある。とりあえずからかい半分のものだとしても話だけでも聞きにいくことにためらうものは何も無かった。
「分かりました。行きましょう」
しかし唯一の真っ当な古靴は数日前に大きな穴があいてしまい、俺の履物は汚いすすけたサンダルだけだった。

東大路氏は終始笑顔の穏やかなかたであった。そして予想していたよりもとても自分の作品を評価してくれていた。
「官能小説のなかにも、推理の要素をちりばめられている、実にキミョーな作風が好きでしてね」
そんな風に言ってくれた。自分の作品をとうやら本当にきちんと読んでくれているのだ。なんと奇特な人物だろう。
あのころは自分が書きたいものはこれじゃない!と、尖っていた。そして、無理矢理官能小説で書きたいことを書こう!と意気込んでいたのをやっと思い出した。
「テレビでやるには、官能的な要素は少な目になるけれど、その分この先生のエンターテイメント小説的なところをふくらましてほしいと思いましてね」
東大路氏はにこやかに言った。
「いや、そ、それはもちろん」
願ったり叶ったりだった。
そもそも、そういうものが書きたかったのだ。本格推理小説家のなかでも、ドラマ化する作家は極少数だ。 しかし、どうやら自分は回り道のお陰でドラマ化の話が先にきて、さらに本格推理小説家になれるようなのだ。
「しかし、スポンサーの意向もあってね。次のものを作中に登場させて書き直してくれないかと」
「はい。どんなものですか」
「それが、第一話ではひょっとこのお面と、バミューダトライアングル、西郷隆盛の三つを出して欲しいのですよ」 「わ、わかりました!」
 即答で、できるかわからないのに引き受けた。

その後諸々のやりとりをすませ、家に帰って執筆にとりかかろることにした。「ひょっとこ、バミューダトライアングル、西郷隆盛」の三つが頭のなかをぐるぐる回っている。落語の三題噺を考えるようなものだ。そんなことを考え歩く。すると、ひょっとこのお面をつけた男が地面に倒れていた。ーー寝ているだけかもしれないが。
通りすぎるか悩んだあげく、近寄って、よく観察することにした。まさか、ひょっとこが現実に登場するとは。あとはバミューダトライアングルと西郷隆盛だなぁ。そんなことをぼんやりと思った。(多摩川)


「う、うーん」突然そのひょっとこのお面をつけた男が動き出した。
覗き込んでる俺にはすぐに気づかず「あ、あれっ?」としばらく朦朧としていた。
そのうち俺の視線を感じるとひょっとこのお面をを外しバツの悪そうな顔をした。
「あちゃー、やっちまったぁ。昨日は今日が休みだからといい気になって飲んだくれて・・・ありゃ、こりゃなんだ?ひょっとこのお面?・・・ああ、なんか酔っぱらって仮装カラオケ大会をやろうということになってこんなものを・・・」
男は頭をかきかき言い訳のように言った。
「もう、お昼ですよ」
俺はちょっとニヤニヤしながらその会社員風の男に言った。
「ありゃりゃ、まわりに人がいっぱい。でも逆にひょっとこのお面のせいで素性がバレなくて良かった〜。ヤベーヤベー」
男も照れながら答えた。
「じゃ、僕はこれで。飲み過ぎに注意してくださいね」
そう微笑みながら去ろうとした時だった。
「バミューダ・・・バミューダトライアングル・・・」
男が突然うわごとのようにつぶやいた。

「ばっ・・・・・・!? い、いまバミューダトライアングル、っておっしゃいましたか??」
俺があわててそう言うと、男はハッ、と息を呑んで口に手を当てた。
「わちゃあ・・・ まずいな、聞かれちゃいましたか・・・?」
「いっいえ、ちょうど僕もバミューダトライアングルのことを考えてたんで、偶然だなぁ、と思って・・・」
そりゃそうだ。普通に生活していてある日ばったりバミューダトライアングルについて考えている人間に出くわす可能性なんてほぼ0に等しいだろう。
「ありゃ、これは同志ですね! やあ貴方も飲み会で披露されるクチですか? 私も昨日やらかして余韻に浸ってたんですよ」
「・・・へ?」
何のことだろう。さっぱりわからない。
「パンツ一丁になって、裾をキューって持ち上げてハイレグ状態にして、【これぞ危険な三角地帯! バミューダトライアングルだ!! 今夜行方不明になりたい女子は何処だ!?】って言って女の子を追い掛け回すんです。最高ですよね!」
・・・・・・・・・・・・
アホだ。この男は、アホだ。
すると、俺の冷たい視線に気が付いたか、男は急にうろたえはじめた。
「・・・ってアレ? あなたもバミューダ中毒じゃないんで・・・? こ、こりゃぁ失礼しました」
あわててひょっとこのお面を深くかぶり、男は正気を取り戻してきびすを返し、小さくつぶやいた。
「やっぱい東京のもんとはノイが合わん。西郷どんの待つクニばひんもどっかいね・・・・・・」
・・・出た! 隆盛!! この男、なんか三つコンプリートしてるんですけど!!!
・・・・・・かといって、この奇妙な男を登場させても滅茶苦茶になるのは目に見えている。それに男は足早に去ってしまい、もう目の前にはいない。
でもこのあまりにもご都合主義な偶然のおかげで、改変ストーリーの着想が湧いた。

舞台は鹿児島。昔ヤンチャだった桜島のレディース達、《華斬輩(かざんばい)》。
そのうちの1人、リーダー格の女の子が、東京でアイドルを目指すも挫折し、3年ぶりに鹿児島に帰ってくる。
新幹線の駅を降りた時に偶然出会った、ひょっとこのお面をかぶった謎の少年。
助けを求める少年の声に呼応して、6人の元レディースは今宵、桜島フェリーに乗り、西郷隆盛像の前に集合した・・・
そしてリーダーが男達と戦う時に見せる、ちょっぴりエッチな禁断の必殺技・・・ バミューダ・トライアングル!

イケる! しかもなんか元の話の設定とやたら違和感なくマッチするぞ!! これはイケる!!! 
・・・・・・ほんとにイケるかな・・・・・・? う、うん、大丈夫だ。きっと。信じろ、自分の直感を。
それにしてもあの男は一体・・・ もしかしてあいつが今回の意向を示してきた、スポンサー、じゃないだろうな・・・・・・ まさか、ね。(オポムチャン)


東大路氏に草稿を渡した。
彼はしばし無言で読むとニヤリと笑い「やりますな。うん、悪くない」と言い概ねOKということでホッとした。
キャストにはなんと今をときめくアイドルたちも決定。さすが「アイドル・ヒロインズ」、思った以上に大きな仕事だった。
俺は今までそんな世界とは無縁だったのでなんかウハウハするのと同時に芸能界のしきたりとかを知らないのでちょっと戸惑ったりもした。
アイドルたちに「先生」などと呼ばれ微妙な気分になった。
またテレビドラマはスポンサーや出演者の事務所同士の力関係などもあり、また撮影中にもロケの許可や天候の変化などによりその度に次々と細かい直しが入るので俺は安ホテルにカンヅメ、いわゆる軟禁状態に。
それはそれで初めての経験で作家先生気分を味わってちょっと嬉しかったりもした。
撮影は思いの外順調に進んだ。
そしてあれよあれよと訪れた第一話の放送日。俺はドキドキしながら観た。
もちろん俺の意向とはちょっと違ってて「アチャー」と思った場面も無くはなかったが全体的には悪くなかった。
放送終了後、東大路氏からすぐに電話があった「視聴率はまだ出てないが多分悪くないと思う。ただ・・・」
「ただ?」
「視聴者からちょっとクレームが入ってね。それがやっかいな感じなんだ」
「・・・どんなクレームなんですか?」
一呼吸置いてから東大路氏は言った。

面倒なことに桜島のレディース「華斬輩」が実在していたらしい。
さらに今なお黒い交際により勢力を増し、芸能界関係にも力をもっているとのことらしい。
そのときにはじめて効果を発揮したのが「この番組はフィクションであり、実在の人物、団体などには一切関係ありません」という決まり文句だった。
あの文言はこんなときにやっと役に立つらしい。
華斬輩はとりあえずは正義の味方なのであるし、先方もそんなには怒っていないようであった。
しかし、偶然の一致とは恐ろしいものだ。
とりあえずは敵組織を作らねばということで、アジアのマフィアなどの資料を読んでいた。タイでは、ポムというのかーとか、チャイニーズマフィアの資金源などの知識が増えたが、それで何が変わるわけでもない。
とりあえず、新キャラを作っておいた。
次の日ポポム・チャンというアジア人俳優が急にオーディションを受けに来た。
そんな俳優はまるでしらなかったが、登場させようとしていたキャラクターそのものであった。
日本に来るのははじめてとのことで、何がそこまで彼を動かしたのだろうか。
それも、持参した紙の束には履歴書やドラマへの熱い思いなどが書き綴られていたという。その量は原稿用紙換算で12000枚にも及んだらしい。
渡りに舟とはこのことだ。
即採用することにした。

しかし、現実が作品に影響をあたえるのはわかる。
作品が現実に影響をあたえることもあるだろう。
しかし、それ以上の偶然がここまで重なると、シンクロニシティとでもいうか物凄い偶然ーー奇跡である。
南方熊楠の言葉に「やりあて」というものがあるのを思い出した。
人間は物事に没入すると、偶然としか思えないことを引き起こしたり、計算や予測が不能にみえることを感知できるらしい。また、そうしたときにフィクションと現実など境界は淡いものになっていくそうな。
熊楠は夢でみた新種のキノコをたくさんみつけている。
同じようにドラマの脚本を書いているのか書かされているのかわからなくなることがある。
おそらく、熊楠が夢と現の境界が曖昧だったように、今は「やりあてる」ことができる状態なのだ。
ドラマの脚本は予言のように現実に影響をあたえ、現実はドラマへ圧力をかけようとしている。 (多摩川)


ところがさらに意外なことが起こった。
ドラマでアイドルたちが演じる華斬輩がその正義の味方ゆえ人気になったのは分かるのだが、ネットを中心にその本物の華斬輩にもファンが付き始めたのだ。
そうこうしているうちにその本物の華斬輩の中でも目立ちたがりやの何人かの美女が週刊誌のグラビアなどにも登場するようになり「ドラマ華斬輩」よりも「本物華斬輩」の方が人気が出てしまうという逆転現象が起きてしまったのだ。
なおかつその本物華斬輩のひとりのノンと呼ばれる女の子とポポム・チャンとの熱愛までもが発覚してしまったのだ。
これはもう虚構のドラマと現実が完全にごっちゃになるという異例の事態にと発展していった。

「ポポム・チャンとレディース謎の失踪」
そういう見出しのスポーツ新聞を片手に、港の近くの倉庫に来ていた。上空でヘリコプターの音がしているが、それ以外は静かなものだ。
昼間だが人の気配もない。
でも、いるはずなのだ。それはわかる。
めぼしい倉庫に近づき鉄でできた扉を開く。
鍵も掛かっておらず、開いた。
「あ、あなたは、脚本家の」
「そうです。お二人さんはこんな倉庫まで愛の逃避行ってやつですね。どうです、ドラマの撮影に戻ってもらえませんか」
「どうしてここが?」
「どうしたわけか分かってしまうんです。分かってしまうのか、それとも現実が変わるのかは知りませんが同じことです。今日、仕上がった脚本で、あなた達がこの倉庫にかくれているもんで」
「よくわかりませんが、ドラマの撮影に戻るのは無理です。だって私たちはーー」
「華斬輩の掟やぶりで好き勝手恋愛して商売を邪魔したから、俺達ヤクザに命を狙われているからーーだろ」
鉄の扉を蹴り大きな音を立て柄の悪いオッサンたちが入ってくる。
「華斬輩は俺らにとって大切なシノギなんで、勝手なことしてもらっちゃー困るんだよね」
「脚本家さん!あなた、味方じゃないのね!この場所を教えた!」
「いや、つけられてしまいました」
本当のことだ。
ヤクザに味方する気はない。
「くっ!」
ポポム・チャンは拳法の構えをした。
「おい、素手じゃ勝てないよ」
ヤクザはドスを振りかざす。
しかし拳法たるや鮮やかなもので、あっという間に一人のヤクザを倒してしまった。
ヤクザたちは、拳銃を取りだし構えた。さすがに怯むポポム・チャン。

その時、パトカーのサイレンの音がたくさん聞こえてきた。
そして、ヘリコプターの音まで聞こえてきた。やっと来たようだ。
「あ、あのヘリ、撮影してやがる」
「ドラマの撮影ですか?」
「いや、史上初のノンフィクション映像をつかったドラマらしいのですーー、つまり、これは一応現実ですがこの映像はドラマにも使われます」 (多摩川)


つまり最近流行の「バラエティ+ドキュメント」から派生した「ドラマ+ドキュメント」ということなのだ。
「もしかしたら当たればこれは斬新で大ヒットかも!?」と思い賭けに出たのだ。
何せ世界初の試みなのだ。
その時、東大路から電話が入った。

「逃げろ」
いつもとは違う鬼気迫る声で一言。
電話は切れた。
逃げろといったって。
ヤクザたちは一網打尽にされパトカーに。
警察達がこちらに向かって敬礼していた。
逃げろといったってなぁ。
頭は混乱。
落ち着くために普段通り次の脚本をどうしたものか考えはじめる。
こんな未来予知に近いような男ーー自分のことだけどーーをドラマに出してしまうと、どうピンチにすればいいだろう。チート能力というやつだ。現実世界でもこんなやつがいたら人体実験でもされてしまいそうなものだ。
そうだ、軍事目的に使いたいような国はたくさんあるだろう。
そうすれば、もりあがるぞ。
まぁ、架空の国はつまらない。
かといって、他国では問題だろうな。
やはり、日本だ。
でも、日本は戦争なんてしないから軍事目的にというのは難しい。
ああ、実は日本に戦争が迫っているというのはどうだろう。戦争をしたがっている人が大勢いるのだ。
もちろん、ドラマだからフィクションだ。軍などこの国にはないし、戦争放棄のこの国にはありえないのだ。そして、便利なチート能力を持つ男を軍部は捉えようとしているーーと。嫌だ嫌だ。そんな怖い話を考えないようにしても、脚本が脳内でつくられていく。
いや、ありえない、ありえないフィクションだと言い聞かすも、これまでのことから難しい。
あー、逃げろというのは、そういうことか。嫌だ。考えるな。
だって、脚本が現実となるのなら、逃げなくてはーー。

「センソウガクルヨ」

ぼんやりした頭のなかで人の顔をした牛が呟いた。シュールな白昼夢だった。
嫌なことほど考えることを止められないな、と悟った。(多摩川) 


そんな風に頭を抱えているところにADのヨーコがやってきた。
年は若いがとても気さくでその気さくが嫌にならない感じのサッパリした子だ。
「先生、大丈夫?」
「うん・・・ちょっと妄想にふけってしまって」
「それはそうよね。前代未聞のこんなドキュメントドラマやってたらスタッフの私ですらちょっとおかしくなりそう」
「そうだね。少し休むか」
「それがいいと思うわ」
彼女がマイポットから入れてくれたジャスミンティーは俺の心を少し癒してくれた。

「それでーー。逃げろったってねぇ。変な力のことは噂にはなってたけど」
ここ最近の事を打ち明けてとても楽になった。
「うん、逃げろ、といったってねぇ。センソウガクルなんてのは、まぁ確かにここ最近キナ臭い世の中ではあるけどね。強行採決とかなんとか」
「忙しくって政治のこととか気にしてられないけど、こうなってくると不安になるわね。そういえばーー私は実家が関西なのだけどそこではよく顔が牛の噂をきいたことが。ほら、予言をするやつ」
「あ、僕もこの仕事する前は関西に住んでたから、聞いたことがある」
「その人面牛は予言をするのよねくだんって名前で」
「くだん、ねぇ。小松左京の作品や内田百聞なんかの小説にもある。たしか、彼らも西の生まれだったなぁ。いや、まぁ東にもいるのかもしれないけどさ。忘れていたなぁ。調べてみるか」
「そんな不安そうな顔しないで。あ、そうそう、私、新しい楽器はじめたの。でも、自分で演奏しているのと、人が聴くのって違うじゃない。客観的に聴けないというか」
「あ、よく昔、取材に使ったICレコーダー貸してあげる。持ち歩いてるけど、もう使わないから」
「あー、ドラマ脚本の前はいろいろ書いてたっていうからねぇ。取材とか大変だったでしょ」
「その時は大変だったけど、今も大変だし、取材でいろんな人に会えたからなぁ。それはそれで今思えばよかったかな」
ヨーコは自分でもジャスミンティーを飲み、ICレコーダーをいろいろいじくる。
「くだんかぁ。いろいろ思い出してきた。懐かしいなぁ。とり・みきさんの漫画にもいたなぁ。確か蛇の体に人の顔のくだんとかもいた気がする」
とはいえ、そんなものが何の手がかりになるわけでもないだろう。気休めだ。
夢というのは結局全て自分の記憶にあるものだという。あの白昼夢だって似たようなものだろう。
くだんだってどっかで聞いた古い記憶が現れたものだ。
ある研究によれば夢には見たことのない人の顔は現れないという。
知らない人がいたとしても、自分の脳内にある情報で組み立てられているのだから、知っている顔のコラージュで構成されているそうだ。
もしくは、知っている人でも、夢の中の常識で知らないということになっているときに、その約束を疑うことはない。
いったことのある町や聞いたことのある声だけで夢は作られている。いくら不自然でもそう思わないだけなのだ。
そういえば、あの牛人間いや、くだんの顔はーー。
ああ、何かを思い出しそうだ。
そこへ、男のADが来た。
すみません、ヨーコさん代わりますよ。
「え、いや、今仕事じゃないから大丈夫」
「いやいや、先輩にまかせられないっすよ」
「あなた? 後輩なの? どこで会ったかしら」
「いやだなぁ。先輩。俺傷つきますよ。よって、ここに俺は残ってます」
半ば強引にようこは外へ押しやられる形になった。
ヨーコはまたあとでねと言い残してジャスミンティーなども全て置いたままだ。
「さ、行きましょうか」
促され立たされる。
「え、何処へ?」
「いやだなぁ、こちらへ」
急に不安になった。
「いや、行かないぞ!」
「いやいや、何をいっているんですか。来てもらいますよ」
「ど、何処へ?」
「何処へ? 何日も前に召集をかけたでしょう。令状、通称アカガミをお送りしたはずです」
「なんだそりゃ。知らないぞ!」
その瞬間首筋にスタンガンを押し当てられ電流が走った。
「いやいや、あまり怒らせないでくれよ。非国民野郎が。本当だったら殺しちまうところだ」
痛いなぁ。そう思ったのち意識は薄れていった。

ヨーコは取り敢えず仕事場をうろつく。ADは無数に仕事はあるわけで、うろうろすれば仕事にぶつかる。結果的に貴重な休みの時を奪われたような形となった。辛い。
そういえば、借りたICレコーダー、使い方がよくわからなかったけど水筒と放置してきてしまった。
走って取りに行くと、既にそこには誰もいない。それはそうだ。みんな仕事が忙しいのだろう。
レコーダーが勝手に動いている。いや、正確にはヨーコが自分でいじくって放置をしていたのだが。
あわてて、録音を止める。
いったいどこから録音をしていたのか、再生してみる。意外と操作は簡単だった。
ヨーコはそこに録音されていたものを聴いて衝撃を受けた。
しかし、もしかしてドッキリではなく、本当に誘拐事件なのではと騒ぐまでには半日を要したのだった。(多摩川)


東大路はその連絡を受けおおいに落胆していた。
「起こらないでくれと思っていたことが遂に起きてしまった」と忸怩たる思いでつぶやいた。
「画期的なことには常に落とし穴がある。それは重々承知だったのだが・・・」
まだ警察には連絡が行っていない。どうすべきか。
その時、ケータイの着信のズンドコ節が流れた。
「ん?・・・んんっ!!」
それを見て東大路は思わず二度見した。
そのディスプレイには椎川浩一、つまり俺の名前があったからだ。

 東大路の慌てる顔が見える。電話の向こうでは俺が助けを求めている。
 どちらも見えるのだ。
 ああ、でも、まずこれは助からないのだ。
 これは、未来予知なのか、過去を思い出しているのか、そんなことはどうでもいい。
 今の自分にとっては同じことだ。
 時間は過去から未来へ流れているという思い込みは「肉体」があるからなのだ。
 「肉体」あるいは「脳」は昨日の次が今日であり、やがて明日が来ると思い込ませることにより精神の崩壊を保つ。
 今の俺は精神だけの存在に近い。
 そこにもここにも俺はいる。
 小説などでよくある「神の視点」というやつだ。

 神。それがなにかは、よくわからないが、それに近いものになってしまったのだといえよう。
 この世界のあちこちに意識が偏在している。

 その昔、日本に来た宣教師にこんな質問があったという。
 「どうして神様は私たちを見つけるのがこんなにおそかったのでしょう?」

 この問いの答えにはこういうものがある。
 神は世界に偏在していたが、世界を自然にあけわたすために収縮しており、力の及ばないところもあるというものだ。
 その神の力の及ばないところでは、悪が生まれる。戦争が起こったり不幸な災害が起こるというのである。
 また、全知全能ですべてを産み出した神は悪をも産み出したことになる。
 それでは最初から産み出さなければ良いのではないかというこれまでの矛盾も解決する。
 つまり、神の収縮によってできた隙間に生まれたのであり、管轄外というわけだ。
 しかし、ひとたび意識を向ければ世界のすべてがわかる。
 どうやらそんな神に近いものになってしまったようだ。

   なぜこんなことになったのかというのも今なら俯瞰して捉えることができる。

 あのあと私は国の施設に拉致をされた。ひたすらに人体実験をされた。
 意識を意図的に身体から出し、未来予知をさせようとしたのだ。
 白昼夢のなかでは自身の顔をした牛や鶏、カンガルー、サル、クロネコ、ペリカンがいた。見たとたんに意思の疎通ができた。

 意思の疎通などという生易しいものではない。
 意思を共有できたのだ。
 別々の生き物なのに、私は鶏の目線で世界を見ることもカンガルーの耳から音を聞くこともできた。  

 その時同時に世界のどこかのの牛や鶏、カンガルー、サル、クロネコ、ペリカンが椎川浩一の顔になった。
 岡山の牛やオーストラリラのカンガルー金華山の猫の意識を乗っ取ってしまった。
 別の個体なのに同じ意識だ。
 椎川は自身の(本来の)肉体に戻れなくなった。

   落頭の民や飛頭蛮とよばれる人は寝ている間に首が取れて空を飛ぶ夢を見るが、チョウジカン飛びすぎたり身体を動かされると戻れないという。
 意識というか魂というか霊というかそうしたものが戻らないということなのだろう。
 日本でも寝言に会話をしてはいけないとか、抜け首の病は同じ症状に違いない。
 椎川浩一の場合はそのまま別の動物の意識も感じるようになり、やがてはどうでもよくなって、何も感じなくなった。
 昔、たい焼きが海を泳ぐ歌があった。
 別々の個体であるはずのたい焼きたちは意識を共有し永遠に毎日毎日鉄板で焼かれては食べられ嫌になっていた。
 椎川も毎日豚の意識になって殺されたり鳥になって凍え死んだりしているうちにどうだってよくなってしまった。

 だから今は肉体に頼らず、なんの動物でもなく漂っている。ただ世界に偏在して時に収縮している。
 誰でもあり、誰でもない。
 何物でもあり、何物でもない

 そう、椎川浩一の肉体を仲間たちが取り返し、そこへあらゆる快感を加えることで魂を呼び寄せるまでは。
 幸いなことかどうかはわからないが、生前?の私の好きなプレイは全て活字になって誰でも読めるのだ。ましてや、一部は大ヒットのドラマ原作である。

   はうっ!ビクンビクンッ!

 さて、そろそろ私も本来の肉体の乳首を刺激されているので還らねばならぬようだ。あの、時間、あの肉体、官能に満ちた俗世間へ。(多摩川)


  「ここは・・・」
一瞬気を失ったのか。しばらくモヤモヤと夢と現実の境目を漂っているようだった。
少し間があってからようやく気づいた。
布団に寝ている。寝かされたのかもしれない。
「俺の部屋だ。・・・なんで戻って来てる?」
でももちろん先ほどまでのことは夢なんかじゃない。確かな現実だ。
「一体どういうことだ?」
朝の光か夕方の光かも分からなかったが、いつものカーテンからカラカラ陽が差してるのが見える。

「ミィ〜」
「子猫・・・か」
俺の乳首を舐めていたのは、太めの首輪をした見慣れぬ三毛猫だった。
さて、どのくらい寝かされていたのかは分からないが、膀胱がパンパンになる程だという事は分か・・・一先ずトイレへ。
その時、不意に電話が鳴った。
「プルルルルルルルッ」
「うわっ!(ジョロォ〜・・・)」
「プルルルルルルルッ」
「あちゃ〜、やっちまったぁ〜」
「プルルルルルルルッ」
「誰だよ、もう。はいはい、いま出ますから」
「プルルルル、ガチャ」
「はい、椎川ですが」
不機嫌そうに電話に出ると、受話器の向こうの男はいきなりこう言ってきた。
「先ず、絶対に漏らさないでください」
「え? あ、いや、これは漏らした訳じゃ・・・」
「漏らさないと約束できますか?」
「いえ、でも、もう漏れちゃったと言うか」
「漏れてるんですか!?」
「あ、はい。ちょっとだけ・・・」
寝ぼけた状態で電話に出たせいか、なぜ相手が俺のオシッコ事情に首を突っ込んでくるのかが理解できないでいた。
「安易に漏らされると椎川先生の命が危なくなるんですよ」
「えー!? 何でー!?」
「先生の命だけじゃない。周りにいる家族や親戚の命まで」
「ちょ、ちょっと待ってください。どうして俺のオシッコが命に係わるんですか?」
「へ? オシッコ? 漏れたって、オシッコの事ですか?」
「だから俺のオシッコがどうして」
「いえ、私が言っているのは『情報』のことです。この会話や椎川先生が拉致されている間に見」
「漏れてません! オシッコ、漏れてません! も、もちろん『情報』も!」
目が覚めたようで、やっと相手の言っている意味が理解できた。オシッコは漏らしていない(自己暗示)。
「それなら良かった。それじゃ、これまでの事は水に流してください」
「あ、はい。水は冷たいので、シャワー(お湯)でいいですかね? ちょっと待っててください」
「え? シャワーって? このタイミングで? い、急いでくださいね・・・」
お言葉に甘えて、シャワーを浴びて頭をハッキリさせようと思った。決して股間が気持ち悪かったからではない(自己暗示)。
5分後。
「お股せしました。で、何の御用ですか? あ、その前にどちら様で・・・?」
「私、週刊文夏(サマーセンテンス)の記者をしております、田鷲と申します。予め椎川先生のお宅にお邪魔して盗聴器は外しておきましたが、くれぐれも会話の内容は漏らさない・・・オフレコでお願い致します」
「盗聴器? ・・・あ、はい。はじめまして」
「はじめまして、じゃないんですよ。覚えていませんか? ひょっとこのお面をつけた男を」
「え? 覚えてますけど・・・その声! 【これぞ危険な三角地帯! バミューダトライアングルだ!! 今夜行方不明になりたい女子は何処だ!?】の人!」
「いや、そこまで覚えてなくても・・・」

田鷲は電話口で話を続けた。

・最近ネット(だけ)で問題になっている新興宗教があること。
・正三角形の中に“ひょっとこ”を配したトレードマークで「バミューダ」と名乗っていること。
・その教団のトップが自称「西郷尊守(たかもり)」(詳細不明)という人物であるということ。
・映像メディアを使い視聴者の洗脳と信者獲得を計画していること。
・また「センソウガクルヨ」のサブリミナルで危機感を煽り、政治家と一緒に武器の製造販売で儲ける話が進んでいること。
・信者に化けた潜入調査で、俺(の作品)がその計画に利用されようとしているのを知ったこと。
・脱走に失敗し、催眠術で記憶を消されたこと・・・これは記憶が消えたフリをして助かったらしい。
・何か強い幻覚作用のある薬を打たれ気を失った後、街中に放置されたこと。そこを偶然俺に・・・これがあの日の出来事か。
・俺の行動を監視し、拉致から解放され自宅に戻ったところで電話・・・そして現在。

どうやら、そういう事らしい。

「そのご様子だと、椎川先生の記憶消去にも失敗したようですね。と言うか、もしかしたら教団内部に記憶を消したくない人物がいるのかも・・・。我々の味方でしょうか?」
「確かに過去の記憶までは消されてないようですが、ここ数日のことはさっぱり・・・。俺も妙にリアルな感覚に囚われましたし、もしかしたら何かされたのかもしれませんね」
「そうですか・・・。椎川先生も『間脳の園』と呼ばれる幻覚を見せられたようですね」
「はあ、後々副作用が出ないといいんですが」
「それで、知らなかったとは言え騙されて協力させられていたご感想は?」
「感想も何も、怒ってますよ! 俺の大事な作品をあんな事に使いやがって!」
「どうです? 一緒に闘ってみる気はありませんか? もしかしたら国を相手にする事になるかもしれませんが」
「黙って見過ごす訳には・・・いかないようですね」
俺は尊敬する冒険小説家ナオ・ヒルターの作品を初めて読んだ日のことを思い出した。そして「アイドル・ヒロインズ」を書き始めた頃の熱い気持ちも甦ってきた。ジュニア向けのちょっとエッチな小説として世間には認知されていたが、内容は勧善懲悪そのもの。元々俺の中に存在した魂だ。
「決まりですね。闘うと言っても、直接教団に乗り込む訳じゃありません。私と椎川先生の武器は、あくまでペンです。ペンは剣よりも強しですよ」
「ああ!」
まさに「事実は小説よりも奇なり」だ。まさか華斬輩も真っ青の敵が現実にいたとは。こうなったら再びポポム・チャンに暴れてもらうか。ジェレミーという素敵な相棒も登場させよう。必殺技は「ニワカメン(またはハンメン)フラッシュ!」・・・こんな感じに。後方支援には優秀なドロイド(人工知能搭載型ロボット)のTE-OH、通称:テーオーっと・・・。
数日後。
無傷で戻った俺の姿を見てプロデューサーの東大路は安堵していたが、やはり新しいストーリー・・・敵をカルト教団にするという設定には首を縦に振らなかった。
しかし、ADのヨーコが「私に任せてください!」と言った翌日にはネットを中心に「アイドル・ヒロインズ 〜新章〜」を支持する声が拡がり、テレビ局側も制作を認めざるを得なくなっていた。
すると早速、メインスポンサーである「バミューダ」系の企業から圧力が掛かった。(デクノボー)


翌朝起きてテレビをつけて驚いた。
ワイドショーが「速報!人気絶頂の華斬輩年内で緊急解散」を激しく報じてた。
どうやら華斬輩のメンバーの仲違いが原因らしいのだがどうにも不自然な点が多い。
キャスターたちの様子も何となく歯切れが悪く、裏で誰かが動いている気配がビンビンした。


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