第十話 警察手帳

俺は現在無職中の35歳。
派遣会社でパソコン関係の仕事をしていたが、派遣切りにあったのだ。
若干の貯金で食いつないでいるが、何とか次の仕事を決めねばと、ちょっと焦っていた。

その日は急に寒くなりだした晩秋で、俺は立ち食い蕎麦を引っ掛けて家に向かっての帰り道だった。
目の前に、黒い物が落ちていた。
一瞬「サイフか!?」と色めきだったが、近づいてみたらただの手帳のようだった。
「なんだ・・・」
そう独りごちて通り過ぎようとした時、何かを感じてその手帳を拾ってみた。
するとそこには「警察手帳」と書かれていた。
そして何気なく中を見て驚いた。
写真が貼付されていたのだが、自分に瓜二つの顔がそこにあったからだ。

ベッドに寝転び手帳を眺めながら考えてみた、この手帳本物だろうか?.
これほど手の込んだ悪戯をだれかが仕掛けて来るとは思えないし、誰かに恨まれるほど人を傷つけた記憶もない、何かの犯罪組織に狙われる様な金持ちでもないし、手帳に書かれた名前も自分の名前とは違うのだが、でもなぜか俺にはこの手帳の人物が存在するとは思えなかった。
なぜならこの手帳の写真に映った男があまりにも自分にそっくりだったからだ。
警察官の格好をした自分がそこに映っていた。
「何なんだこれ気持ちわりぃ、誰なんだよこれ」
なにかとても嫌な感じがしたが すぐに手帳を捨てようとも思わなかった 。
とにかくいちど調べてみる必要がある、今日はまだ月曜だったが 今の自分には曜日などまったく関係なかった。  (Naughty Sato)

          
翌日のことだった。
俺はこの警察手帳を交番に届けようかどうか迷っていたが、とりあえず「また今日もブランチは立ち食い蕎麦かな。せめて月見にしよう・・・」とか思って自宅を出た、すぐだった。
家から駅前に出る時に、近道の人気のない細道があるのだが、そこをダラダラ歩いている時だった。
「おい、オッサン!」
急にそんな声が聞えた。
一瞬それが自分のことだと分からなかったのは、まだまだ自分に若者気分が残っていたからだろう。しかし35歳は傍から見れば充分オッサンだった。
見ると、高校生くらいの茶髪のチャラチャラした奴らが数名、物陰に隠れていた。
そしてその茶髪のうちのひとりがニヤニヤしながら近づいてきて、
「悪ぃ、オッサン、ちょいと俺たちに小遣いくんないかな~」
と静かな声で話しかけてきた。
この静かな、落ち着いた感じの口調が逆にこいつらは相当手馴れている感を出していた。
まわりの仲間も押し黙ったまま、こちらを睨んでいる。
その時ようやく気がついた。
これがあの有名な「親父狩り」だということに。
何やら、奴らの中には凶器でも隠し持っているような不気味さが漂っていた。
これはヤバイ、やられる。
かと言って財布の中には小銭くらいしかない。
どうする。

そう思った時、ふいにあの警察手帳のことを思い出した。
俺は無意識のうちにそれをポケットから出していた。
そして自分に「落ち着け、落ち着け」と念じながらこう言っていた。
「なんだい君達、お小遣いって? 私はこういうものだが」
ギクリ、という物音が奴らから聞えたような気がした。
「な、なんだよお、それは。に、偽者だろう。な、中を見せてみろよ」
少年たちは精一杯突っ張っていた。
俺は静かに写真のあるページを開いた。
と、誰かが「やべえ、まじマッポだ!」と叫んだと思ったら、あっという間に雲の子を散らすように奴らはそれぞれに逃げ走っていった。
しばらく俺はそこに呆然と立ち尽くしていたが、ふと気がついた。
「なるほど、そういうことか・・・」
思わず顔がニヤリとしてしまったのを、俺は隠すことは出来なかった。

それから俺は立ち食い蕎麦屋へ行って、月見そばを注文した。
いつもは「月見」にするか「かけ」にするかで迷うのだが、今日は全くためらうことなく月見を注文できた。
火曜日の昼時の立ち食い蕎麦屋には人がいっぱいだった。
いつもはそんな人ごみの中で肩身を狭くして蕎麦をすするのだったが、今日は堂々とすすることができた。
隣のおっさんに肩がぶつかったって関係ない。
なんせ俺にはこの手帳があるんだ。
文句があるやつはかかって来い。
俺は誰にも負けないような気がしていた。
何だってできるような気分だった。

そして一気に蕎麦をすすり終え、爪楊枝をくわえて店を出た時、俺は名案を思いついたのだった。(DO)

俺は新宿は歌舞伎町にと向かっていた。
表通りは外国人観光客やらおのぼりさんがキョロキョロしていたが、俺は敢えて裏通りの暗がりをゆっくり歩いた。
すると案の定物陰から、
「お兄さん、お兄さん」
と声をかけてくる奴がいた。
俺が一般市民を装って(まぁ、本当は一般市民なのだが)、
「何?」
と聞くと、男はニヤッと笑って、
「ケッヘヘヘッ、いい子いやすよ」
と言ってきた。俺はすっ呆けた顔で聞いた。
「いい子と何が出来るの?」
「へっへっへっ、本番OK、最後までバッチリでたった2万円ポッキリでやんすよ」
俺はニヤリと笑って言った。
「本当に2万円でいいのかい?」
男は鴨がやってきたという風に、
「はい、それ以外は一切かかりやせんから」
「そうか・・・」
そういうや、俺は静かにポケットから例の警察手帳を出した。
「売春斡旋容疑だな。ちょっと署まで来てもらおうか」
俺は写真のページもきちんと開いて見せた。
男は暫らく俺の顔と警察手帳の写真を見比べていたが、しまった、という顔を隠せなかった。
「こ、こりゃ本物の、け、刑事さん。人が悪ぃやあ。いや、そうすか。そういうことすか。へっへっへっ・・・」
しばらく沈黙していたと思ったら、やおら奴は無造作に自分のポケットからしわくちゃの万札を数枚出してきた。
「刑事さん、今日のところはこれで勘弁してくださいよ。蛇の道はヘビ。ねっ、ねっ、お願いしやすよ~」
男はペコペコ頭を下げてきた。
思ったとおりだった。
俺は念の為あたりを伺ったが、仲間らしい人間はいないようだった。
「・・・じゃ、今回だけだぞ。それから今から一分間、壁を見てろ。こっちを決して振り向くな!」
「へ、へいっ、わかりやした!」
男が壁の方を神妙に向いたのを確認するや、俺はそれをさっと自分の懐に仕舞い込むと路地を曲がった。
あまりに簡単にいき過ぎて驚いたが、手には汗をびっしょりかいていた。 そして、
「同じ街に長居はヤバイ。とりあえず別の街にうつろう」
と、ひとりごちた。

別の町に移った俺は、当てもなくブラブラしていた。
こんな時、ちょっと前までの俺だったら只々無気力に空を眺めていただろう。
でも今は違う。
この警察手帳を手に入れたことによって、俺は無敵になったんだ。
仕事なんかしなくたって、俺は生きていける。
腕力が無くたって、相手をねじ伏せることが出来る。

やったぁ・・・やったぞーーーー!!

そう思っていたら、前方から一人の女性が歩いてきた。
俺好みの、すっごい美女だ。
(これは・・・使えるかもしれない・・・)
女性とすれ違いざま、俺は思い切って声をかけた。(いのてき)

「すいません、お嬢さん、ちょっといいですかな?」
「はっ、なんでしょう!?」
露骨に怪訝な顔をされた。そりゃそうだ。
でも今の俺は違う。
「私、こういうものなんですけど・・・」
そういって、ゆっくりと警察手帳を見せた。
途端、女性の表情が一変した。
「え・・・な、何でしょう」
俺は落ち着き払って答えた。
「いえいえ、たいしたことではないんですがね。最近このあたりで放火が相次いでおりましてね。それで何か怪しげな人を見たことがないか、聞き取りをしているのですよ」
女性はちょっとホッとした顔をして答えた。
「いえ、特に・・・」
「そうですか。例えばこのあたりで不審な動きをしている人とか・・・昼間から何をしているのか分からないような人とかはおりませんか?」
女性はしばらく考えてから、
「そういえば・・・」
と口を開いた。
「そういえば、何ですか?」
「そういえば、不審というのかどうか分かりませんが、よく昼間に仕事をしているんだかどうだか分からない坊主頭の中年男性がうろうろしているのを見かけますが・・・」
「ほお、それはどんな男ですか?」
「あの・・・昔『なま』っていうバンドがあったの覚えてますか? そこでランニングを着て太鼓を叩いていた人にそっくりなんですが・・・」
「なるほど。もしよろしければもう少しお話を聞きたいですな。今、お時間はありますか?」
「はい、少しなら・・・」
「それじゃちょっとそこの喫茶店でお話伺ってもよろしいでしょうか? もちろんお茶代は署の方でもちますので」
「分かりました。私もちょっと気になっていたので。お話いたします」
俺はこんなにうまい展開になると思っていなかったので、これをきっかけに彼女とお近づきになれると思うと一瞬ニヤッとしたが、すぐにヤバイヤバイと顔を元に戻した。
彼女が怪しんでいる様子は全くなかった。

「あ、いたいた、亜美ちゃん、こんなところで何やってるの?早くスタジオ行かないと、あと30分で本番だよ。生放送なんだからさ。」
「あ、ごめんごめん。今、警察の人と話していて・・・」
え?この人タレント?
「あ、すいません。急がなきゃならないので、ごめんなさい。」
「亜美ちゃん、はい、これ台本。車の中で目を通してね。あ、警察の方、申し訳ありません。何かありましたら、こちらまで連絡ください。では。」
彼女はあっという間に去って行った。亜美・・・?ってタレントいたっけ?思い出せない。まあ、いいや。まだ駆け出しのタレントなんだろうな。ほんのちょっと残念な気持ちになったが、俺の事を本物の警察だと思い込んでしまうとは・・・。

しばらく歩いていると、おばあさんが何人かの男に襲われている。そうだ、こういうときこそ、こいつだ。
俺はやつらの前へ駆け寄り、警察手帳を突きつけて言った。
「おい、お前ら、よってたかって年寄りに何しようと言うんだ?署まで来てもらおうか?」
あれ?おかしい。やつら全く態度を変えない。お、俺に襲いかかろうというのか?
まてよ?やつらの話している言葉・・・日本語じゃねえぞ!やばいよ、俺、ピンチ。
そのとき、やつらの背後に化け物のような存在感を漂わせる巨漢の男が現れた。
そいつは亜美っていう名の女性タレントが話していた「なま」の太鼓たたきそのままだった。
いったい、あいつは・・・?(ちちぼう)

と思ったその時、突然その「なま」がでかい声で叫びながら男たちの方に向かって行った。

「うっあーうああっうあっあうああ!」

「あっりゃーこりゃりゃありゃありゃこりゃりゃ!」

「おっとーおととおとっとおとと!」

しかも、笑っている。
その意味不明さに、さすがに日本語のわからない、おそらく中国か韓国系と思われる男たちもたじろいだ。
キ○ガイの怖さは、世界共通だ。
次に何をしでかしてくるか分からない不気味さに、男たちも舌打ちをしたと思ったらどこかに逃げさるように行ってしまった。
おばあさんが「どうもありがとうございました。」となまに声をかけるも、なまは何も言わずに笑いながらひとりでアッハッハーと去ってしまった。

俺はしばらく呆然と立ち尽くしていたが、ふとポケットの中の名刺に気がついた。
そこには、有名芸能プロダクションの名前と「奥山亜美マネージャー 中野パキスタン」とあった。

「中野パキスタン!?」
中野パキスタンといったら、10年ほど前に一世を風靡した名音楽プロディーサーだ。
当時は数々のミリオンヒットを量産し、彼の名前がメディアに載らない日はないほどのヒットメーカーだった。そう、あの「なま」をプロディースしたのだって彼だった。小さなライブハウスに出ていたミュージシャンを4人集め、奇抜な格好をさせて、奇抜な歌を歌わせた。その結果、四畳半に住んでいた若者4人を社会現象になるほどのトップアーティストに仕立て上げたのだ。
しかし最近はめっきり彼の名前も聞かなくなったと思っていたら、こんなところで駆け出しのタレントのマネージャーをしていたんだ……。

俺はすぐに「なま」の太鼓たたきを追いかけた。彼が歩いて行ったほうに3分ほど走ると、通りの向こう側にあの巨漢が見えてきた。
「あの、すみません」
俺が声をかけると、彼は振り返った。
「これはこれは、先ほどの。ひどい奴らにからまれてしましたね。お怪我はありませんでしたか?」
(あれ? ずいぶんと丁寧なしゃべり方だな? さっきのキ○ガイじみた言動からは想像もつかないぞ)
と思っていると、彼は頭を掻きながら言った。
「いやあ、それにしてもお恥ずかしい姿をお見せしました。でも、言葉の通じない人を追っ払うには変態のふりをするのが一番ですから」
「なんだ。てっきり本当の変態なのかと思いましたよ」
「いえいえ。僕はいつもは下品でくだらないことばかり言っていますが、本当はとても真面目な人間なんです。バカで下品なキャラクターでいこうと決めたのは『なま』のデビュー当時のプロデューサーでして……ところで、何かご用でしょうか?」
「ああ、そうでした。実は私は警察の者でして。少しお伺いしたことがあるのですが、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
「そうですか、僕にご協力ができることなら何でもおっしゃってください。そうだ、この近くに僕がプロデュースをした店があるので、そちらへいらしてください」
そして彼について数分歩くと、小さなお店が見えてきた。そして、そのお店のドアを開くとその中には……。(DO)

下は未成年と思しき少年から、上は熟女までよく繋がりの分からない人たちが、おしゃべりをしていたが、俺が入って行った途端、皆一様に押し黙ってしまった。随分シャイな人が多そうだった。
「ここは?」
俺が聞くと彼は、
「ここは『バー・ウキュポ』と言います。まぁバーと言っても見ての通りどちらかというと喫茶店という感じですがね。あ、もちろん未成年にはお酒は出しておりませんよ。」
「ほほお、こんなお店をやられていたんですか・・・」
「はい。やはり造られたキャラクターで活動していくのも限界がありますからね。ここはかつての『なま』好きな人たちが集まれる、寄り合い所みたいなところですかな。」
確かにこの多種多様な人たちは『なま』で繋がっていたのか、と納得した。
「ところで警察さん、一体僕に何のご用でしょうか?」

俺は早速、気になっていたことを聞いてみた。
「貴方は昼間に、よくこの辺りを散歩されるのですか?」
彼は怪訝な顔をして、
「何故ですか?まぁここには僕の店もありますし、気分転換に外の空気を吸うこともありますが・・・」
「そうですか。いやね、昼間に貴方をよく見かけるって言う人がいましてね。その方が少し不安にしていましたので。でもお仕事でしたら安心ですね、ハハハ」

・・・・・・

ん?なんだこの間は?
何か隠していることでもあるのか?
俺はもう少し話を進めてみた。
「その方の名前がですね【奥山亜美】と言うのですが、ご存知ですか?」
俺は、一瞬ギョッとした彼の顔を見逃さなかった。
「へぇっ?!へ~、お、奥山?し、知らないな~・・・ぅん、知らないなぁ~・・・」
明らかに動揺している。
俺は話を続けた。
「そうですか、ご存知ないですか。いやぁ、どうやらその彼女のマネージャーがですね、中野パキス・・・」
ガチャンッ!!
マネージャーの名前を言いかけた時、突然彼が立ち上がった。
「すみませんっ警察さんっ!!僕は今から大事な仕事があることをすっかり忘れていたので、話はまた後日でお願いしますっ!!」
そう言うと彼は、大きな体を激しく揺さぶりながら、あっという間に去っていってしまった。
後には、バー・ウキュポに流れる微妙な空気と、シャイな人達の冷たい視線だけが残った。 (いのてき)

とりあえずここに残っていてもしょうがない。俺はバー・ウキュポを後にした。
しかしなんだったのだろう、あのなまの動揺は。
その時、ひとりのキノコ頭をした小柄な女性が駆け寄ってきた。
どうやら先ほどのバー・ウキュポにいた人のようだ。
「刑事さん・・・」
俺は『刑事さん』という言葉に一瞬ドキッとしたが、動揺を気づかれないように応対した。
「なんでしょう?」
「・・・ちょっとお伝えしたいことがありまして」
彼女は小声で囁いた。

「さきほど、奥山亜美っておっしゃいましたよね? 実は亜美ちゃんは岩川さん――あっ、あの『なまの太鼓たたき』の方のことです――の娘さんなんです」
「えっ? 娘さんがいらしたんですか!?」
「はい。……とは言っても、亜美ちゃんは岩川さんが自分の父親だということ知りません。亜美ちゃんは岩川さんの隠し子なんです。今から20年ほど前、とあるライブハウスで知り合った女性と岩川さんは一夜を過ごしました。その時にできた子が亜美ちゃんなんです」
へえ。隠し子とは、あんな顔をして「なまの太鼓たたき」もなかなかやるんだなぁ。
それにしてもあの坊主頭のおじさんから、あんなに美人な子供ができるとは……。
でも、よーく見てみるとあのおじさんも結構イケメンなのかもな……。
そんなことより、中野パキスタンは奥山亜美のマネージャー。しかも以前は『なま』のプロデューサーもしていた。
これは何か関係がありそうだぞ。

とりあえず俺は家に帰ってパソコンを開き、「岩川浩司」をググってみた。
岩川浩司と中野パキスタンと奥山亜美について、何かわかるかもしれない。
そして検索結果の一番目に表示されたのが「いつか君とふたりでアッハッハー」という名の、彼のホームページだった。(DO)

そのホームページは実にくだらないコンテンツで満ち溢れていた。
「王様の耳はカバの耳」とか「うきうきうきゅぴ初体験」とか「カナディアンケート」とか。
その中に「ハゲバカ」というコンテンツがあったので、何気なく覗いて見たところ、そこに彼女の名前を発見した。どうやら回文のコンテンツらしいのだが、

お、奥山亜美。あ、麻薬王。
おおくやまあみあまやくおお

彼本人が作っているただの回文のようだが、俺はそこに何だか違和感を感じた。
そして俺は突如思い出したのだ。
中野パキスタンは確かもう随分昔のことだと思うが麻薬関係で逮捕され、いったん業界を追放された人間だったんじゃなかったか!?
俺は今度は中野パキスタンでググッてみた。
すると確かに10年くらい前に逮捕されていた記事を発見した。
そうか、だからしばらく業界を干されていたのか・・・。
そして最近やっと新人アーティストの奥山亜美を育てているらしいことも分かった。
ただ奥山亜美がなまの太鼓たたきの娘という記述はどこにもなかったので、一般には知られていないのだろう。
それはともかく、一度麻薬に手を染めた者は再犯の可能性も強いという。
それと「お、奥山亜美。あ、麻薬王。」というヘタな回文が、妙に気になって仕方なかった。
まさか、あの優しそうな奥山亜美が麻薬に関連している!?
そんな馬鹿な、と思いながら何故か心に強くひっかかるものがあった。

結果から言おう。
奥山亜美も中野パキスタンもヤクに関連していた。
しかしそんな事実は「今は」どうでもよかった。
刑事ごっこは楽しかった。
しかしそんなうかれた自分に後悔している。
刑事ごっこの楽感に「ナゼ警察手帳は道に落ちていたか?」という事を考慮することが出来なかったのだ。
後悔先に立たず。
その日の朝、つまり手帳を拾って3日目、僕は朝飯(というか昼飯)に例の立ち食い蕎麦で月見を食べ終え爪楊枝をくわえた瞬間、隣のおっさんと肩がぶつかった。
俺は気持ちが大きくなっていたので平然としていた。
するとおっさんが顔を真っ赤にして「ちょっと」と言う。
見ると歌舞伎町にいた「本番2万円オヤジ」だ。
オヤジは言う。
「ちょと来てもらえませんか刑事さん。麻薬がらみでのタレ込みなのですが…」
俺はピーンときて「本番2万円オヤジ」と一緒に別の店で話しを聞く事になった。

一方その頃『バー・ウキュポ』では。
「本番終わった?」
そう言ったのは岩川だった。
「本番は終わりました。あと15分で着きます」
「亜美ちゃんも大変ね」
バーには岩川、なまファン数名。そして中野パキスタン。さらに茶髪の高校生までもいた。
高校生は言う。
「悪ぃけどマジビビりましたよ。オッサンに小遣いくれって言ったら、アイツなんですもの」
「私だってウキュポに現れた時はビビって髪型がキノコになりましたもの」
「パキスタンさん。本当にアイツは死んだんですよね?」
「当然だ。道ばたで拉致って…」
「アイツがうちらの麻薬ビジネスを嗅ぎ付けて2ヶ月前から聞きこみにきてた」
「だから殺した」
「にもかかわらずふたたび目の前に現れた」
「だから検証、観察した。」
「で、どうだ?チーム高校生」
「街で声かけたらアイツに似ててまさか!と思いつつ確認のためカマをかけたら手帳を出されギクリとした。それでもただの似ている偽物かと写真を確認したらまじマッポだった」
「つまり何だ?」
「つまりパキスタンさん。昨日の男は偽物です」
「やはりアイツの偽物か」
「高校にまで何度も聞き込みに来たのに俺らの事を覚えてない」
「何度も執拗に聞き込みしているのにパキスタンさんの事も知らないし、岩川さんの名前すら知らなかった」
「というか岩川さんとパキスタンさんは結託しているという事実をつかんだ!と1週間前に詰めよった刑事と同一人物とは思えない」
「亜美も言ってたが、お嬢さんと呼ばれたり、カマをかけて『なま』の事を言ったら知らない感じだし」
「やはりうちらを追ってる刑事が俺やなまや亜美を初見としたり、まして迷惑にも何度も来やがったウキュポに『ここは?』なんて聞いてきたし」
カラン
その時
バー・ウキュポの扉が開いた。
「遅くなりました」
「本番はいいのかい?」
「やめてくだせーパキスタンさん」
本番2万円オヤジだ。
「パキスタンさんやはりこいつは偽物だ。ワシに下品だと注意した本人が爪楊枝をくわえ、卵アレルギーが月見をたべ、不正嫌いが2万円を受け取り…」

バーウキュポにて、その時の俺は本番2万円オヤジの言葉の意味が、バーウキュポに岩川、なまファン、中野パキスタン、高校生ら、が一同に集まっている意味が分からなかった。
そして内心、奥山亜美が来れば警察手帳オールスターズがそろっちゃうぜ! と、しごく楽観的だった。
ニヤニヤとボーしている俺に口火を切ったのは… (青めがね)

「どういうことでこうなったのかは知らないが・・・」
中野パキスタンが俺に小声で囁いた。そしてフフッとニヤつきながら、
「とりあえず辞世の句でも詠んでみますかぁ?」
俺は意味が分からず一瞬首をかしげた。 しかし独特のピーンと張り詰めたまわりの緊張感と、どうやら俺ひとりだけがこの場所でアウエイなことだけは瞬時に伝わった。
「・・・ははは、な、何を言ってるんだい? 辞世の句と言えば死ぬ時に詠むものじゃないか。ははは」
「・・・そうですよ、優秀なニホンの警察官さん」
中野パキスタンが笑って答えた。まわりのみんなもニヤニヤしている。
「なんか・・・やだなあ。ちょっと署に戻るかなぁ。俺も忙しい身だか・・・」
そう言い終わらないうちに、中野パキスタンが俺の腹に鈍くも重いパンチを入れた。
「ウッ、ウゲッ!」
俺はもんどおりうってひっくり返った。
「押さえつけろ!」
そう中野パキスタンが指示すると、高校生たちがワーッと俺に覆いかぶさり、身動きが取れなくなった。
手足をバタバタさせる俺。
「そうさなあ・・・ここで一気に殺ってしまってもいいが、もしかしたらこいつはまだ何かに使えるかもしれないなぁ」
そう中野パキスタンが言うと、岩川も、
「そうだな、何も急ぐことはない。ちょっと小遣いでも稼がせてもらうか」
と、いつもおどけていた感じとは全く違う、ドスの効いた声で言った。

「お前ら、何やっているんだい?」
そこに現れたのは・・・さっきのおばあさんじゃないか!
「あ、親分、今、こいつをどうしようかと考えていたんですよ。」
お、親分?おばあさんはあいつらの頭だったのか!
「お前さん、よけいな事を知りすぎたね。パキスタン、こいつをしばらく例のところへ閉じ込めておくれ。」
「仰せの通りに。おい、立て、この野郎。」

俺は地下室へ連れて行かれた。地下室には牢屋があった。
「ここでおとなしくしてろ。後でじっくり痛めつけてやるさ。」
俺は牢屋に放り込まれてしまった。俺、最大のピンチ。

「あいつをどうしましょうかねえ。」
「わしも警察手帳を見たときには驚いたが、確かにパキスタンと岩川と一緒に、やつをボコボコにした後に海に沈めたはずだ。」
「あいつはやつとは同一人物じゃないでしょう。」
「じゃが、わしらの事をあいつは知りすぎた。とにかく抹殺した方が良さそうだね。」
「何もそんなに急がなくても・・・。」
「パキスタンのバカもん!10年前を忘れたのか!やつのおかげでお前は逮捕されたんだろうが・・・。」

ちょうどその頃、俺は牢屋で固まっていた。
「あんた、そこのあんた。」
何物かの声が聞こえる。俺の他に牢屋に誰かいるのか?
暗くてよく見えなかったが、その人物を見たとき、俺はぶったまげた。
そいつは・・・。 (ちちぼう)

「あ、あなたは・・・も、もしかして烏山首相ではないですかっ!?」
そこにいたのは、一見浮浪者の様に汚れた男だったが、ギョロリとした特徴のある目玉は、テレビや新聞でよく見る総理大臣・烏山首相に間違いなかった。
「いかにも・・・」
烏山は疲れきった声で答えた。
「あんたは何でここに入れられたのかね・・・?
まぁ、細かいことはいいか・・・いずれにしろ、早晩、私たちの命はないよ」
「なんで、なんでこんなことに!?確かに俺もちょっと悪いことはしてしまったが、そんな、殺されるようなことまでは・・・というか天下の首相が何故こんなところに!?国民は大騒ぎじゃないんですか!?」
「まぁ、落ち着きなさい・・・」
烏山は一寸溜息をもらしてから、口を開いた。
「今頃、私そっくりの顔を持った者が演説でもぶっているだろうよ。なにせこいつらは芸能プロダクションだ。そっくりに私を演じられる俳優も揃えていることだろうからね。
しかし単なる芸能プロダクションがマスコミを牛耳、巧みな洗脳効果で国民を欺き、今やこの日本が彼らの手に落ちているとは・・・」
「そ、それはどういうことなんだ!?」
思わず烏山首相に為口で聞いている俺がいた。

そのとき、牢屋の奥で何かが崩れる音がした。
振り向くと、大きな洞窟があらわれ、洞窟から光がさしていた。
「首相、無事でしたか。」
「おお、川島君じゃないか。しかし、君は海に沈められたはずだが、一体どうやって・・・。」
「部下を送り込んでいたんですよ。海に投げ込まれたのはマネキンですよ。やつら何も知らずに・・・。」
「川島君、君の言う事が正しかったようだ。この人は正真正銘の鳥山首相だよ。道理で『私は妻と金星へ行った』とか『私は宇宙人と交信できる』なんて妙な事を言うなと思ったら、ニセ首相だったのか。」
「さあ、警部、とにかく首相をお連れして・・・おや?こいつは驚いた。」
「おい、彼、川島君と瓜2つじゃないか!」
こんなところで、あの警察手帳の持ち主と遭うとは・・・。
俺は、持っていた警察手帳を思わず取り出して眺めた。
「あの・・・これ、あなたのですよね?」
「ああ、そうそう、こいつを無くして警部に怒られちゃってね。ありがとうよ。」

川島という俺そっくりの刑事が、やつらの事を話してくれた。
やつらは表向きは芸能プロダクションだが、その正体は恐るべき秘密結社だったのだ。
やつらはメディアを巧みに操って国民を洗脳し、この国を乗っ取ろうとしているというのだ。
「アイドルやイケメン俳優をうまく操れば、アイドルオタクやおばちゃんたちなんか、簡単に洗脳できるからね。大臣クラスの大物政治家もそっくりなやつを影武者として送り込めば、国そのものを乗っ取ることだって不可能じゃない。」
俺たちが知らないところでこんな恐ろしい計画が進められていたとは・・・。

突然騒がしくなったと思ったら、牢屋にこの前の外国人たちがやってきた。
「ああ、彼らなら心配ないよ。私の部下だからね。」
え?
「あはは、日本語、わかりますよ。どうです?私たちの変装は? どう見ても怪しい外国人でしょ?」
「しかし、あなたは川島さんにホントに瓜2つですよ。あのときは驚きましたよ。」
「やつら、首相達を抹殺するようにと・・・。」
「やつらは皆出かけています。逃げるなら今がチャンスです。」
「よし、とにかく、外に出よう。」  (ちちぼう)


外に出ると、首相はまぶしそうに目をパチクリした。
それはそうだ。俺はわずかだったけど、首相は長い間暗い牢獄に幽閉されていたんだものな。
「首相、こっちです。・・・あ、君もちょっと事情を聴きたい。一緒に乗ってくれるか」
「は、はい」
ここまで来たら多少の罪は覚悟せねばならない。
命あっての物種だ。
奴らを誤魔化す為か、何の変哲もない黒いボックスカーに乗せられた。
しかし窓はキッチリ防弾ガラスのようだった。スモークも貼られていたので、外からはこちらの様子は見えないようだ。流石である。
しばらく無言で走っていたが、ようやく大通りまで出ると、
「もう、大丈夫だ」
と、車内に安堵の雰囲気が漂った、その時である。
「わわわっ、あれはなんだ!」
首相があられもない声で叫んだ。
慌てて外を見た俺も一瞬「うっ」と首を絞められた鶏のような声をあげてしまった。

なんと外には鶏の形をした車が追走してきていた!
しかも羽にはミサイルらしきモノがついている。
この なんとも想像しがたい車(?)に、車内にいる鳥山総理、警部、川島、外人に変装した部下らは度肝をぬかれているようだ。
俺は「魔界から来た敵かー!」と叫んだが、誰も答えない。
マジ意味が分からない。
ミサイルニワトリクルマは何?どういう事?
と思うたらミサイルが発射された。
俺らの車に当たる。
車はキュルキュル回転しながら止まった。

防弾ガラスのおかげで大破だけはまぬがれた。
皆がウンウンうなっていると、鶏車も止まった。
人がおりてきて近づいてくる。
全員クルマから出ると、そこには中野パキスタンや岩川らがいた。
ギョッとする俺らに岩川が言う。
「お前らだけを残して、俺ら全員が店内からいなくなっているナンテ都合のよい展開をナンデおかしいと思わないのかな」
「!!」
「こんなに逃げやすいシチュエーション普通に変だろ」
確かに岩川や中野パキスタンの言う通りだ。俺は不安になるとさらに岩川は
「つまり邪魔者を一所に集めたという訳さ」
「邪魔者を一網打尽だ!」
対して警部は言う
「一網打尽はキサマらだ!町なかでミサイルぶっぱなして警察が黙っていると思うのか!」
「俺ら警察を相手に勝てると思ってるのか?」
俺そっくりの川島は言う。
しかし岩川はまったくたじろかず「映画の撮影で許可を取っている」と言いはなった。
「つまりお前らをチャカで撃ち殺しても『へなちょこ物語THEムービー』鋭気撮影中でかたがつくのさ」
顔面蒼白になる俺。

がその時何十台ものパトカーのサイレンがけたたましく鳴りひびき俺らの周りをとり囲んだ。
川島は叫ぶ。
「お!味方の警官隊だ!よし岩川らを確保せよ!」
しかし中野パキスタンは不気味に笑う。
「ニヤニヤ。もしも警官隊も首相と同じく我が芸能プロダクションの役者だったら?」
「な!そんなまさか!」
俺の言葉に答えるように岩川は言う。
「パトカーを呼んだのは俺さ。お前ら全員ムショにぶちこむためにな。罪状は…あとで適当に考えるとして、これで邪魔者は一人もいないという訳さ」
完全にはめられた!俺らをわざと逃がして捕まえるという岩川らの策略に。
すると川島は…。(青めがね)


「ワッハハハハーッ!」
突然体をくの字に曲げて高笑いを始めた。
おかしくてたまらんといった感じだ。
まるで意味が分からない。
もしかして発狂してしまったのだろうか。
一体どういうことなんだ!?

「わーはははははは、おまえらもバカだねえ。こいつらは本物の警察官だよ。警部が指示して芸能プロダクションに潜り込ませたのさ。」
そういうカラクリだったのか!
パキスタンと岩川たちはあっという間に警官たちに取り押さえられた。
「おれたちを捕まえたところで、無駄なことだよ。証拠不十分で即釈放さ。」
「そうそう、それに俺たちのファンが黙っちゃいないさ。」
パキスタンと岩川はどこまで往生際が悪いんだろう。

そのとき、1台のパトカーから、あの本番2万円オヤジが出てきた。
「お前らの一部始終は全部カメラで隠し撮りしちゃったもんね。」
「なにー!」
「今頃は全国の映画館で上映されているだろうよ。ははははは。」
こうしてやつらの命運は尽きたのだ。

「俺も敵のふりをするのが大変だったぜ。まあ、人妻の入浴盗撮の件をチャラにしてくれるっていうからさ、引き受けたけどね。まさか、俺の盗撮の腕がこんなところで役に立つとは思わなかったわ。ああ、映画の件?あれ、うそぴょーん。ビデオなら警部が持っているよ。でも、一般公開したら反響呼ぶだろうな。タイトルは『ザ・コーヴ』ならぬ『ザ・コップ』とでもしようかねえ。川島さん。」
「いやあ、助かったよ、村本監督。約束通り、人妻盗撮の件はチャラだ。もう2度とあんな盗撮はするなよ。」
村本監督・・・?え?もしかして、本番2万円オヤジはあのAV監督の村本透監督なのか?
「それにしてもびっくりしたよ。川島さんのそっくりさんにね。しかも、こいつ は・・・・」
あ~!!監督、そいつだけは言わないでくれ~!(ちちぼう)

「ははは、まあいい、黙っておいてやるよ。誰だってあんな環境におかれたらそうなるさなぁ」
俺はホッとした。
犯罪というより、俺がしでかした様々なことへの恥ずかしさが先に立った。
「でも、そっくりさんよ!」
村本監督が再び俺に声をかけた。
「黙ってやる代わりと言ったらなんだが、あんた今無職なんだろう? ちょっとバイトしてみないかい・・・いや、してもらうよ!」
「バイト!?いや、それは嬉しいっすが、どんな・・・」
「ついて来れば分かるよ。金はいいぜっ!」

・・・そうして俺はホモAVに出演させられたのだった。
タイトルは「同じ顔の男」。
そう、相手は誰あろう、川島さんだった。
「うふふっ、警官はもちろん公務員だから他に仕事はしちゃいけないんだけど、これだけはやめられなくてね。しかも自分が自分を・・・ナルシストのア・ナ・ル・シ・ス・ト!」
彼が何を言っているのかもうよく分からないが、とにかくとんだバイトをしてしまった。
それについては、あまりにおぞましくてこれ以上細かいことは言いたくない・・・。

それから数日後、俺はまた日常に戻っていた。
今日も立ち食いソバを食べにいつものように町に出た。
すると、道に封筒が落ちていた。中を見るとなんと万札の束だった。
一瞬「おおっ!」と思ったが、ちょっと考えて、俺は静かにそれをそこに置いた。

「もうしばらく、平穏な日々を送ろう」

まだ春というにはちょっと冷たい風の中、俺はちょっとだけ年を取った自分を感じて静かにそこを立ち去った。



             -了ー




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