ネズミ

「あいたっ! ・・・な、なんや!? 俺、ネズミやん。」
 急に意識が覚醒した。
「ほいで、ここ、地下道やん。俺、地下道にいるネズミやん。」
 確かに、俺はニンゲンだった。ついこのあいだまでは。どんなニンゲンだったかというと・・・
「あかん。思いだされへん。」
 俺は死んだのか。ニンゲンとしては。それとも突然変異か。わからん。思いだされへん。
「とにかく、今わかっていることは、俺がネズミで、地下道にいる、という事実だけや。」
 あたりを見回してみる。ここはどこの地下道だ? と、その時である。
「あっ、あれはなんや!」 (石川)

紳士が2人、モデル立ちで談笑を交わしている!
俺はとっさに、そこに倒れていた若者が頭にかぶっていたバケツの中へと 身を隠した。
ジェントルメン(複数形)の声に耳を傾ける俺。
「まさか、・・・・・・だとはなぁ・・・・」
「ほんと全くだねぇ君ぃ。ククククク」
大事な所が聞き取れず、もどかしい俺。
やがて彼らが猥談をおっ始めたものだから、俺はイヤンと飛び上がり、 真っ赤なネズミになったんだ。(田舎の中学生風顔立ち)

  しかし、俺はさらにハッと思った。以前なら---その以前がいつで、なんだったのかは全く思い出せないのだが---そんな猥談ぐらいでキャッとほほをそめるような俺ではなかったはずだ。なのに何故、今はほぼ絶滅したと思われる"少女"のように真っ赤になっているんだ?
「わからん。なんなんや。って、もしかして俺は男---オスというべきか---ですらないんかい?」
 そうだ、俺はまず何より自分の性別から調べなくては。だって、性別いかんによっては、俺は「俺」とすら喋れないじゃないか!
「そうや。まず、それからや。ジェントルメン(複数形)も、その話しの内容も、倒れている若者も気になるけど、なにより自分の性別や。でも、一体どうやって調べたらいいんや?」
 俺は首を捻った。(石川)

「お嬢ちゃん!」

俺・・私のそばに汚いドブネズミがやってきた。
こいつ、すげえブサイク!
「そうか・・俺、いや私は・・お嬢ちゃん・・メスだったんだ・・。」
「お嬢ちゃん、結構かわいい顔してるじゃないの。おいらとデートしようぜ!」
 お、俺・・いや、私・・こんな汚いドブネズミは好みじゃあないぞ。 俺、じゃなかった私はとにかく逃げた。
 それにしても、さっきのジェントルメンの会話は・・・?
あのバケツをかぶった若者は・・・?
 あ・・・・
目の前がいきなり真っ暗になった・・・と思ったら、 気が付いたら・・馬だった。 (ちちぼう)
 

「今度は馬・・・そないなアホな!」
こんなテレビのチャンネル捻る、ちゅうか最近はボタンだから「押す」やけど、テレビのチャンネル押すみたいにパチパチと色んな生き物に変わって、どないするんや! もう性別どころやあらへんがな!
 ・・・って、これは夢か? 物語ではもっとも安易と言われている「夢オチ」っていうヤツか? しかも話しはまだ始まったばかりだというのに・・・俺はとりあえず、自分の頬をつねってみることにした。
「・・・・。」
あかん。手がない。前足でつねるしかない。
「・・・・。」
 あかん。蹄やった。頬はつねれへん。なんなんや、一体全体!! でもこの感じ・・・ちょっと風が冷たい・・・藁の変な臭い・・・何より尻のムズムズした痒さ・・・。
「こんなリアルな夢はない! やっばこれ、現実やがな、おい!」(石川)

(ちょうどその頃、舞台は一変して島根県の北端のとある地下室。)
「ふふふふふ。」
「あれ、博士、ひどいなあ。博士の方がよっぽど面白い顔してるくせに、いま僕の顔を見て笑いましたね。」
「そうじゃない。今頃わしの実験による症状が、あいつの体に現れてくる頃なので、あまりにもわくわくしすぎてつい笑ってしまったのじゃ。」
「あ、なんだ。わくわくしたから笑ってしまったのですね。」
「そうじゃ、わくわくしたから笑ってしまったのじゃ。」
「ところで博士ってあれに似てますね。」
「何じゃ。」
「ラリルレ王。」
「何じゃそれは? …まあそんなことは今はどうでも良い。ふふふふふ、今頃あいつはさぞかし驚いているところじゃろうな。くくくくく。」
「博士、僕も笑っていいですか?」
「おう、ヨシダ君も笑いたまえ。」
「くくくくく。」
「くくくくく。」
「ところで『あいつ』という人は今どこに…?」
「あいつか? あいつはな、今頃………くくくくく。」(帰宅部部長)

「馬・・・」
 俺はしばらくぼーっとしてみた。というか、ニンゲンだったら、テレビを見るとか、漫画を読むとか、買い物に出かけるとか、仕事にいくとか、泣きながら自転車に乗るとか、いろんなことが出来るのだが、馬のできる事はそれに比べると随分限定されていることに、今さらながら気がついた。なにしろ、鼻クソひとつほじることが出来ない現実に、愕然とした。
「馬って、そうやったんや・・・」
 って、今頃気づいても、もう遅い。馬は今、客観して感想が述べられる物ではなく、俺自身なのだ。
「とりあえず、走ってみるか・・・他にすることあらへんし・・・」
カポッ カポッ カポッ
カポッ カポッ カポッ
「うわっ、こりゃ、めっちゃ楽しいがな!」
俺は突然、楽しい気分になっていることに気づいた。
カポッ カポッ カポッ
カポッ カポッ カポッ
ここはどこだ。延々と草原が続いている。しかし今の俺には、ここがどこか、なんてことを考える興味はあまりなかった。それよりも、今は、スピードをあげて走っているのが、楽しい。
「こらっ、最高やがな!」(石川)

カポッ カポッ カポッ
カポッ カポッ カポッ
カポッ カポッ ポキッ
「ん?」
なんかいま変な音しなかったかい?俺の前足はプラーンとしている。 って、折れとるがな!!
・・・涙が出てきた。
(再び、島根県の北端のとある地下室)
「あいつ自身は、ネズミから馬になったように思っているかもしれないが、 実はそうではないのだよ、ヨシダ君。」
「どういうことでしょう?博士。」
「あいつは、鼠から牛、虎、ウサギ、タツ(梅宮T男)、蛇を経由して、 馬になったんじゃ!!」
「ということは・・・・。」
「そう、やつは私が『干支人間第一号』に改造してやったのだよ!!」
「タイムリーですね。博士!!」
「ふっふっふっ。あっ、そういえば、あいつの名字は山口だった。」
「ということは。」
「あいつをこう名付けよう『エト山口』と・・・・。」
(その頃、草原では)
俺はどん底の気分で足をプラーンとしたまま途方に暮れ草原にたたずんでいた。(みどりの夢23才)

「どないしたらええのんや・・・」
 あたりをキョロキョロ見渡すも、人っ子ひとり、いや馬っ子一匹いない。そういえば、馬が骨折した時って・・・
「ヒッ!!」
別にヒヒーンの「ヒッ!!」ではない。ニンゲンの驚く時の「ヒッ!!」である。
「確か、聞いたことあるでぇ。馬の骨折は、そのまましししし死ぬんやった!! 足が体全体をささえている為、直しようがなくて、腐ってくんやった。ほいでよく、競走馬が骨折したら安楽死させとるやないけ! ・・・やばい、やばい、やばいでぇ!!」
今度こそ悲しみの「ヒッ、ヒヒーン」を雄叫ぼうとして、ふと気がついた。
「ちょい待てや。よぉ考えたら、死んでもまたなんかに生まれ変わるんやろ。どうせ。なら、怖ないわ。どうせ馬としてはたいして思い出とかもないから、そんなに未練もないしな。」
 そんな風に思った、まさにその時だった。(石川)

 後ろ足がムズムズし始めた。首をひねって見てみる。蹄の先が5つに割れている。やがてそれは人間の足になった。その変化はだんだんと膝のあたりまで上がって来た。
 「に、人間に戻れる!!」
 (三たび、島根県の北端のとある地下室)
 「博士、大変です!!」
 「どうしたのかね、そんなに慌てて、ヨシダ君。  このアフタヌーンティーを飲み終わるまで待っておくれよ。」
 「このデータを見てください・・・・。このデータによれば『エト山口』は今ごろ・・・・・。」
「・・・・・なるほどね。改造は失敗だったということだね、ヨシダ君。また明日から別の研究に取りかかろう。そうだな、そろそろ節分だから『豆人間第一号』でも作ろうか。くくくくく。」
 「雛祭用の『菱餅人間第一号』のほうが美味しいかも。くくくくく。」
 「それも美味しそうだね。」
 (再び草原)
 てっきり人間に戻れると思い込んでいたら、その変化は腰のところで突然止まってしまった。
 上半身は馬、下半身は人だ。
 いまのところ、逆ケンタウロスだ。
 想像上の生き物のケンタウロスだったら、上半身は人なので賢さもあるし手が使えるのでなにかと細かい作業もこなせる。それに加え、下半身は馬の力強い走りができる。それに、見ためもきっとかっこいい。
 しかし、俺のこの状態の場合、上半身が馬なので、賢くもないし、またたいした作業もこなせない。
それに加え下半身が人なので、馬の上半身を支えるのは大変だし、見た目もなんか卑猥だ。
しかも、今の俺は前足を骨折したままである。
これは困った。たまらず天を仰いだ。
「ああ、きれいな空や・・・。ああ・・、あの空の向こうに消えてしまいたい・・・。」
そこへ、真っ青な空の向こうから、ひらひらと真っ白い大きな布がとんできた。
 きっと、どこかの家の洗濯物が風で飛ばされて飛んできたのだろう。
 それが、パサリと目の前に落ちた。
 「むっ、これは!!」
 あぐらをかいて、腕組みして(というか前足組んで)、どう使おうか馬の頭で考え抜いた末、とりあえず、かぶってみることにした。
 「・・・・・・・。」
 馬である上半身は隠せた。が、布が足りず、下半身は丸出しだ。(みどりの夢23才)

「ムッ・・・・。しかたないから、とにかく人のいるところまで進もう。」
 大きな布をかぶって、まるで「エレファント・マン」のように歩いていく。片手(馬の時代の前足)はブランと垂らしたまま。下半身は丸出しで、チンチンはぶらぶらしたままなので、それが両の太股にピシャピシャ当たって、なんだか嫌な感じだ。白い布の繊維の隙間から、外の風景がかすかに見える。
「・・・ん!?」
と、どうやら俺は、通勤客と一緒に、駅に向かってピョンピョンと飛び跳ねているようだった。一体いつのまにこんな人通りの多いところを歩いていたのだ?
「俺、上半身馬やし、洗濯物被っとるし。下半身は丸出しでチンチンはピシャピシャ当たってるし。・・・うわっ、こっ、こっ恥ずかしい! ・・・でも???」
サラリーマン風の一団が、まっすぐ前だけを睨んで足早に信号を渡っていく。OL達はカツコツとハイヒールの音を高らかに歌い上げながら、プライドとともに横を通り抜けていく。・・・おかしい。
「でも誰ひとりとして、俺を見とらん! なんなんや。こんなにおかしいのに、なんで誰も一瞥もくれんのや!」
大勢の人波が横を通り過ぎていく。
「邪魔や!うすのろ!」
突然、誰かに後ろからぶつかられ、片足の俺は体勢を崩してもんどおり打って転がった。
「いて、てててっ」
 そうしてひょいと起きあがろうと頭を上げた俺は、息が止まりそうになった。さきほどまでのサラリーマンやOLと思っていた人たちは、全員ネズミになっていたのだ。そしてまるで海に向かって集団自殺するかのように、群になって一直線に走っていくのが見えた。
「な、なんや!? ネ、ネズミ!? ど、どこに行くんや?」
 俺は転がった拍子に、頭でも打ったのか。もう一度まばたきをして、目をこらして見てみた。
「・・・えっ!?」
 すると、なんと今度は全員が馬になっているではないか! 馬になって、競馬場のコースを懸命に走っていた。騎手も乗っていない競走馬になって、コーナーを懸命に走り抜けていた。
「え・え・えっ? ど、どういうことなんや・・・? わけわからんがな!」
 しかも、その競馬場には、どこにもゴールラインが設置されていなかった。みんなもう目的がなんだったのかなんて考えることもなく、懸命に走っていた。ただ、隣の奴に抜かれない為だけに。本当はもう周回遅れの奴もいれば、何周も先を走っているかもしれないのに、そんなことは、もう誰も考えていなかった。ただ、ただ隣だけに負けまいと走っていた。
ドドドド ドドドド ドドドド ドドドド
ドドドド ドドドド ドドドド ドドドド
倒れたままの俺は、唖然としてその光景を見ていた。と、いつのまにか馬が、今度はさらにオタマジャクシの形に変身していくのがわかった。ひとつひとつが黒い粒子のようになってきた。と同時にそれは混沌としたひとつのゲル状の液体になり、こちらの方に押し寄せてきた。
ピューッ ピューッ ピューッ ピューッ
ピューッ ピューッ ピューッ ピューッ
「ワワワワワッ、なんやっ! とっ、取り込まれるでいっ!」
ビッ、シュッッッッッッッ!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
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 それから何分、何時間、何年たったのだろう。俺は確かなひとつの声を聞いた。
「はいっ、無事に生まれましたよ。かわいい男の子ですよ。あらっ? ちょっと手が変形してるかしら? でも大丈夫ですよ。赤ちゃんのうちは、直りも早いですから・・・さっ、おかあさん、抱いてごらんなさい。かわいい、かわいい男の子ですよ・・・ほら。なんだかミッキーマウスにも似た、かわいい、かわいい男の子ですよ・・・。」



                  (了)



第一話「ネズミ」は以上で終了です。物語を続けて下さったみなさん、ありがとうございます。残念ながら採用に至らなかった方も、こちらが話しがうまくつなげられなかった、というだけの理由のものもありますので、第二話にも是非参加してみてください。第二話開始まで、しばらくお待ち下さい。尚、次回から行替え等がもう少しうまくいく予定です。

                                       


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