僕の高校時代。肩まで伸びたロング・ヘアーが風に油っぽくべとつき、現在の体重マイナス26キログラムの体は、くねくねと用事もなくうごめいていた。
ブレーキの取れた自転車はまっ赤で、風がびゅうびゅう吹く土手をいつも超特急で飛ばしていた。
そして将来なんだかわかんねえバンドで太鼓叩きになるなんてことは夢想だにせず、頭の中に鳴っていたのはいつだって「バック・イン・ザ・サドル」だった。
そうだ、その通りだ。
今のイメージと例え何万光年離れていても、聴いていたぜ、エアロスミス。
いかしていたぜ、エアロスミス。
とろけていたぜ、エアロスミス。
今でも、取材などで「若い頃聴いていた音楽は?」と聴かれて、キング・クリムゾンやイエス、せいぜいビートルズとは言えたけど、決して言えなかったぜ。実際一番すり切れて、ビニール袋も破れて、ぼろぼろに手垢がついていたのは、エアロスミスの「ロックス」だなんて。
しかも懐メロならともかく、ぼーっと俺が中華丼のさやえんどうかなんか食っているうちに、いつのまにか復活しちまって20歳も年の離れた子供達が熱狂しているバンドに、手をあげる機会を逸したロートルはただ、遠巻きにしながら悟られないように足の親指をリズムにあわせるしかなかったぜ。
あぁ、ハードロック。
うぅ、ハードロック。
今はもうそんな言葉はないのか?ハードロックよ。
ハードロックの雄、エアロスミスよ。
答えてくれい。
あぁ、なぜハードロックはなんとなく恥ずかしいのだ。教えてくれい、忘れじのハードロックよ。
そのエアロスミスのゲームが出来たという。しかしもちろんそんな照れを隠して顔真っ赤オヤジの俺がゲームショップにテクテク歩いて行ってそれをギブミーと言える訳がない。だいたいティッシュひと箱買うのだって苦手なこの俺がそれを買えるはずがない。例えステージ衣装で使う為の黒いストッキングはレジの上に置ける俺だって。
しかし、神はいた。
とある知り合いがゲーム関係の会社に転職し、そして送ってくれたのだ。このソフトを。うぅっ、感謝するぜ。二度と真正面から見ることは俺の人生の中ではないと思われたエアロスミスが今、俺の目の前にいる。いや、いるだけじゃない。一緒のステージでお前のギターテクを見せてくれ、なんて言っている。いいのかい、タイラー?こんな俺のギターでも。セッションしてくれるというのかい・・・?
な、なんてぇこったい、そんなうじうじした36才の俺を急き立てる様にもうカウントが始まっちまったじゃないか。なんてぇこったい、タイラー。俺が、この俺がエアロスミスのニューギタリストに選ばれた、っていうんだね。俺じゃないと駄目だ、っていうんだね?
・・・わかった、タイラー。
お前の気持ちは痛いほどわかったよ、タイラー。
えっ?痛いのはお前だって、わけわかんないよ、タイラー。
とにかくやろうじゃねえか。ヘイ、カモーン!!
そして、俺は弾き始めた。ホーキのギターに付属のピックをガッチャンガッチャンぶつけて。
おぉ、俺がリードを決めまくっている。おぉ、今だ。今が随喜の瞬間だ。おぉ、かっこいい俺、素敵な俺、最高な俺。おぉ、さすがに早弾きだ、真剣に弾けば弾くほど、顔が熟れたトマトのように真っ赤になっていくわい、ウハハハハ。こりゃあ人様には見せられませんな、オヒョヒョヒョ。
てな感じでこのゲームは、演奏がいかに上手く出来たかで一応得点が出る。しかしそれはギターを弾くリズムのタイミングだけなので、音程とか強さは関係ない。本当にギターを弾くよりかなり強めのピッキングじゃないと反応しないのが少々難点。しかしやはりこれは自宅でのひとりギター少年からホールコンサートまでをアドベンチャー的に画面を楽しむ、というのが本筋の楽しみ方だろう。
一時、ミュージシャンになった気分を味わうソフトだ。実写あり、コミック調ありとなかなか飽きさせない作りになっている。そして何よりこれはある種のエポックメーキング的な作品として評価されていいのではないかと思う。
例えば僕ならビートルズ、ディーボ、ピンク・フロイドなどの応用作品が出れば是非見てみたい。
またミュージシャン以外でも俳優シリーズや世界の偉人でも出来るよな、と夢は広がっていく。
つまるところその人になりきる、という真の意味でのロール・プレイング・ゲームなのかもしれない。
(宝島社 「このゲームを買え」ムック本)