小説 画びょうレストラン




妊娠した。
結婚10年目で初めての子供だ。私の名前は塔島ひろみ。今年33才になる。
夫はアングラな音楽家だ。音楽家といっても、ギターを-弾くわけでも、太鼓を叩くわけでもない。銀紙を天井からつるして、それをこすって音を出したり、ゆで卵切りにマイクをつけて爪弾いたりと、まぁ、かっこよくいってしまえば現代音楽家、悪くいえば奇人だ。
もっとも、私も夫も、奇人といわれるのは嫌いではない。いや、むしろ最高の褒め言葉かもしれない。(芸術家)は奇人でなければならない。奇人と呼んで。奇人になりたい。素敵な奇人、愉快な奇人、立派な奇人、お茶目な奇人。奇人奇人奇人。奇人はぐうたら。奇人はへんてこ。奇人はなにをしでかすか、わからない。奇人はなにをしでかしても、よい。だってだってだって、奇人なんだから。ああ奇人・・・それは、甘美な響。
夫だけではなく、私も奇人と呼ばれたがっていることからもわかるとうり、私も(詩人)をやっている。(詩人)をやっているのだけれど、(詩人)とはよばれたくない。だって(詩人)はかっこ悪い。(詩人)は臭う。(詩人)はものすごく、臭う。
プーーーン
「あら、なにかしら、この嫌な臭い。」
「いやだっ、奥様、あちら。ほら、あそこの角。」
「んまぁ、し、し、し、詩人よ!」
「あら、大変! 洗濯物、出しっぱなしだったわ!」
「あわわわ、早く、奥様、走って! あわわわわわ、取り返しのつかないことになるわよ! あわわわわわわわわわ。」

(詩人)はいつだってそうだ。いや、本当のことをいえば、20才前ぐらいまでは、(詩人)も悪くないわフフ・・なんて時も、実はあった。
でもだんだん顔がほてり出して、どんどん顔がほてりだして、ついには顔がほてりだして、そして、山梨県南都留郡道志村の夏の納涼花火大会位の大きさで爆発した。だから全くもって、絶対に、(詩人)とは呼ばれたくないのだけれど、ななななないのだけれど、でも、その実内容は(詩人)といえば、奇人もしくは変人。でも、変人というと、島田なにがし(女の方)とかもはいってしまうような気がして、その集合にくくられるくらいなら、首をくくりたいのでとにかく私のことは、さりげなく奇人と思ってほしい。なるたけさりげなく。

 ということで、私は多忙だ。なぜ多忙かというと、夫が一切仕事をしないので、私が収入を得なければ、ならないからだ。いや、もちろん、夫は音楽の仕事はしている。ただ、夫の音楽の絶対的な需要が、少ないのだ。それなりにその世界では知られているし、大御所、みたいに見てくれる人もいるのだけれど、いかんせん、お金にはなかなかどうしてむすびつかない。しかも臆病で神経質。まぁこれは彼が芸術行為をする理由でもあるわけなんだけど、例えば一本電話をするだけの仕事に、半日かかる。いや、長電話なわけではない。電話の前にペタリと座りこんでから、受話器を取るまでに半日かかるのだ。なにも、手が不自由なわけではない。 

  えーと、この前会ったのは確か3カ月位前だから・・・「最近どうしてる?」だろ・・・いや、待てよ。その後に一回会ってるような気もするぞ。ゴソゴソ。(日記をめくっている) あぁ、やっぱり会っている。ひと月前だ。じゃ、「この間はあれから、もう一軒行ったの?」か。・・・い、いや、駄目だ、駄目だ。確かあのとき一緒にいたA子とは、別れたっていう噂だったっけ。そのこと思いだされて、暗くなられたら、ヤバイ、ヤバイ。えーと、じゃあ無難に「久しぶりぃ(気さく編)」でいいか・・・。そして、用件のメモは・・・と。(またゴソゴソ)あれれ、要点がまとめてなかった。こりゃ、いかんいかん。えーと、入り時間の確認と、持ち物の確認と、衣装の確認と、順番の確認と、打ち上げの確認と、MCの確認と、ギャラの分配の確認と、宣伝の確認と、招待客は2人までという確認と、ついでに貸していた橘高祐二のテープ返してくれたら嬉しいけどだめならいいやの確認と、あの楽屋はなんか変な虫がいるようなので、時にものすごく靴下の上あたりを刺されてかゆくてたまらない事があるので、もし虫に刺され易い性質ならば、虫刺されのシューッと吹きかけるやつをしてきた方がいいよの確認と、あ、ひ、昼飯はどうするんだっけ? 俺は近いから家で食っていけるけど、奴は、11時には家を出なければならないから、ま、まてよ、もしかして、弁当期待、ってえやつか? おいおいそうしたら、必要経費が 変わってきちまうよ。だけどなー、今回は無理言って頼んだからなぁ。うーん、よ、よし、弁当は俺が途中で買って行こう。あれ? あそこの弁当屋、水曜、休みだったっけ。あぁチラシチラシ弁当屋のチラシはどこだったっけなぁ。(と、またまたゴソゴソ。) あぁ、木曜日だった。大丈夫、大丈夫。400円のでいいかなぁ。450円の方がいいかなぁ。天ぷらがはいってるからなぁ。50円の違いで。やっぱり450円の方だろうなあ。「いい弁当出してくれるじゃん」と思わせられるのは。・・・あぁそうだ。経費の計算、計算っとぉ。ありゃりゃこれは駄目ですよ。ポスターを貼ったガムテープ代が抜けてますよ。こりゃ、最初からやり直しだぁ。(ゴソゴソゴソゴソゴソゴソゴソゴソ)・・・よし、これでいいぞ。じゃ、ついにかけるか。あ、その前に便所、便所っとお。途中で気になったらまずいからね。(・・・あぁっ、芳香剤が残りすくない。補充、と冷蔵庫の上に磁石でとめてあるメモ用紙に書いてっと。・・・) よしっ。・・・さてと。あぁ、なんか緊張してきたぞ。こういう「たまにしか会わない友人」っていうのが、また独特な照れ、があるんだよね。あぁ、なんか胃がちよっと痛くなってきたぞ。く、薬、薬。(ゴソゴソ・・・) 電話、明日にしようかな・・・。いや、いかん、いかん。苦しみの時間が長くなるだけだ。よし。352の・・・あっ! いかん! 9時じゃないか。奴がいつも見るといってた、TVドラマが始まってしまった! あぁこりゃもうかけられない・・・。終わるのは、10時・・・。確か、奴は早寝のはずだ・・・。10時じゃ、遅いかも・・・。しょうがない、それじゃ、また明日だ。ふぅ。ビール、のむかぁ・・・。 

     一時が万事この調子である。とにもかくにも、私がお金を稼がなければならない。ただその件については、すでに結婚前にとりきめておいたことだから、べつによいのだ。奇人としては、生活の為の労働などないほうがよいに決まっているのだから、その時すでに奇人行為で名をなしていた夫には、普通の仕事などしないでもらいたかったからだ。
 それに私たちは、そんなにお金が必要ではない。なんといっても夫婦の共通の趣味は"節約"。スーパーのチラシを見て、2円、3円の為に20分余計に歩くことなんて、なんてことない。サービス品以外で物を買うことなんて、めったにない。むしろ、定価で物を買うなんて敗北だ、とさえ思っている。
「今日はタイムサービスの時間前に、じっと商品の前でぶつぶつつぶやきながらたちすくむ私を見て、店員が気味悪がって30分前に割り引いてくれた。」
「駅前でテイッシュを配っていたので、5回往復して13個もらった。」
「1000円札をだしたのに、お釣が4200円きたけれど、神様がくれた物と思って、有難く頂戴した。」
「 "ご自由にどうぞ" と書かれた箱に、明らかに隣の棚から落ちたと思われる商品がまぎれていたけど、"ご自由にどうぞ" だから、遠慮なく貰ってきた。」
「池袋から目黒まで電車代がもったいないので歩いて帰ってきた。」
夫婦のそんな自慢話が、最も楽しい瞬間だ。
 だから、働くのはひとりで十分。私は女子高の英語の講師をしていた。
 姦しい思春期の娘たちは、うっとうしい事も多いが、時に私の思いも寄らない事を引き起こしてくれたりして私を笑わせてくれるので、まぁ、なんとか、続けている。
 その女子高の通学路から少し外れたところに一軒のレストランがあった。レストラン、といってもハンバーグランチが550円、エビフライランチが650円といった、ただ洋風の定食屋だ。もちろんいつもは、"節約"の為にお弁当を作って持ってくるのだけど、どうしても朝忙しくて、お弁当を作れなかった時など、ここにお昼を食べにくるのだ。
 そのレストランの事を、私は密かに"画びょうレストラン"と呼んでいた。
 といっても、もちろん、"画びょうの肉包み、キノコソース添え"や、"ピーマンと画びょうのいためもの、小悪魔風"があるわけではない。その店に貼ってあるドイツかどこかの風景ポスターの隅っこに、画びょうで、こんな悪戯がされてあったのだ。




         こんな風         こんな風
      
          に            に



         こんな         な風に
            風に     こん
              こんな風に

 
つまり、画びょうが人の顔の様に押し込まれていたのである。客がやったのか、もうやめていった店員がやったのか、(少なくとも、店のマスターは、そんな事をやる性格ではない。)悪戯とも呼べないほどの悪戯である。なぜそんなどうしようもない事を覚えているかというと、いつも座る私の席( 端っこの、店の外から見えない席 ) のまん前にある事と、なんとなくいつも見ているうちに、高校の頃につきあっていたTという男の顔に見えてきたからだ。
そんな感じで、いつしか妙な愛着を持ってしまったのだ。時折、私は女子高生になって、その顔に話しかける。
「メソリン。今日、学年主任に、嫌味言われちやった。"黒いセーターが、好きなんだね"って。そりゃ、あたしはセーター3枚しか持ってなくて、そのうち2枚が黒よ。でも工夫して、ブローチ変えてるじゃないの。主任先生のバカバカバカ!!! ヒロリン、おこっちゃうぞお。」
とか、スケバン風に、
「クソー! 音楽の国原め。アタイが鼻唄うたってたら、コケにしやがって。てめぇの方が、よっぽどスットコドッコイ野郎なんだよ!! なんだぁ、赤い鼻しやがって。ドテ焼きしたろか!! 」とか。
もちろん、声に出していったら、静かに店員に119まわされちゃうわけだから、頭の中でだけど。とにかく、なぜか友達の少ない私の、彼は数少ない話し相手だった。

 それは、ちょうど今から1カ月ほど前だった。私は友人の葬式からの帰りだった。数少ない友人のひとり、Pは、お笑いをやっていた。その日も、スーパーの営業で、パフォーマンスを披露していた彼は、その会場の横にある1本の木に目をつけた。「あそこの上から、猿の様にぶらさがったら、おもしろいぞ。」そして、ウキキキーなどとわめきながら、彼は木に登っていった。子供達が、ワーと喜んで指差した途端、彼は、墜ちた。
子供達はそれも芸の一種だと思って、ヤンヤの喝采をした。喝采に包まれながら、彼は眠っていった。たった2mの高さだったのに、彼は永遠に眠ってしまった。

 私は、お焼香をすませると、学校に向かった。その途中で私はふと、お昼ご飯を食べていない自分に気がついた。午後2時。もう、どうせ授業は休講だ。きっと、生徒達は喜んでいるだろう。だけど期末試験の打ち合わせがあるので、教員室には行かなくてはならない。そうだ、"画びょうレストラン"で遅いお昼を食べていこう。そうして私は、その木目のドアを開け、いつもの席に着いた。
「笑いをとったんだから、きっと、よかったんだよね。」そう、"彼"にむかってつぶやいていた。と、見上げた"彼"の左目が、なかった。あれ・・・。どっかに落ちちやったんだ・・・。私は、"彼"もちょっと、今日はブルーなのかな、と思って白身魚のフライをフォークでつついた。学校での用事をすませ、帰宅すると、夫が浮かない顔で待っていた。
「どうしたの?」
「なんだか、目が痛くて・・」
左目をみてみたが、外から見ると、別に異常はない。
「明日、目医者に行ってきなさいよ。」
「うん・・・」
夫は、もともと視力が悪いのだけど、最近は、コンタクト・レンズの調子も良くない、と言っていた。そういえば、"画びょうの君"の目ん玉もなくなっていたんだっけ・・・。しかし、そんな事も忘れて、その日は、眠ってしまった。

 翌日、大学病院に検査に行ってきた夫は、ちょっとしょんぼりして帰ってきた。「どうやら、俺の左目はほとんど、駄目らしい。」話によると、合わないコンタクトを長期間に渡ってし続けた為、無理がきたらしい。
「でも、右目があるから、いいじゃないの。」
「まぁ、右目はな・・・。」
私は、人の症状については、だいたいにおいて楽観的だった。

 しかし、自分の症状だと、こうはいかない。私もつわりがひどくなっていた。もともと神経質で不眠症、なおかつ痩せすぎでお尻も少年の様なので、骨盤もきっと小さいのだろう。妊娠が分かってからというもの、ほぼ毎日吐いている。
アル中と言われた私がビールを全く飲めなくなってしまった事実は、私の知り合い達を随分驚かせたようだ。それにしても、この不快感はどうだろう。もちろんこの子は望んだ子だ。3年くらい前から、「作ろう」と努力して、( 本当に努力した。) やっと出来た子だ。
でも、考えてみれば、人間の中に人間が入っているのだ。体がおかしくならない方がどうかしている。食べ物の嗜好も変わった。酒飲みのアル中女で通っていた私はゲテ物が大好物だった。
イナゴ、ハチの子、魚の目玉、夏になると、知り合いの猟師に頼んで、猿の脳味噌なんかもすすってた。
逆に甘い物は、チョコレートひとかけだって食べられなかった。そんな私が、今ではハッと気付くとケーキをワンホールも食べてたりするのだ。(もちろん吐いてしまうのだけれども) まさか30過ぎてから、自分が変わるだなんて、全く想像だにしなかった。

 そんな事で、私は近頃は、もっぱら昼食は甘味所でとっていた。とにかく、お昼にかぎらず朝昼晩ケーキ、あんみつ、パフェしか食べたくないのである。酸っぱい物が食べたくなるという話しは聞いていたが、まさか甘い物しか食べられない体になるなんて。お腹も徐徐に出てきたけれど、これは妊娠だけのせいじゃないかも知れない。( おお怖い。)という事もあって、あの"画びょうレストラン"からは、すっかり足が遠のいていた。

  それは、激しいつわりもようよう治まり、安定期に入った頃の事である。放課後、たったひとり残って職員室で生徒の出欠席のチェックをしている私の所に同僚の大谷先生(性欲の固まりの様な男子教員)がふいにはいってきた。そして、用事もなさそうなのに、ガタガタ書類の整理などしていた。こいつは前々から、私に気のある素振りを見せている北陸人だった。
と、唐突に私にたずねてきた。
「塔島さん、モカによく行ってたでしょう? 」
モカ、とは、あの" 画びょうレストラン "の正式名称だが、私は驚いた。なぜ、そんな事を知っているのだ。私は誰にも気付かれづに行ってたはずなのに。知り合いと顔を合わせずに済むからあそこが気に入っていたのに。
「・・・えっ? 最近は、かぶらぎ(甘味所の名前)ばかりだけど・・・」
大谷先生は、自分の長い顔を摩りながら、私の腹部をいやらしい目つきで舐め回しながら、
「あぁ、そうなってからね・・・」とつぶやいた。
「いや、あそこ(モカ)俺の中学の同級生がやってるんだけどね・・・」
嘘だ。あのマスターは、どう見ても、この教師より10才は年上だ。
「そいつが"この頃オマエのとこの美人教師来ないね"なんて言っててさぁ。」
マスターがそんな事言うはずがない。もしかして、こいつ、私の後を・・・嫌な予感がして、顔をあげた。ニヤリ、と私の目を食い入る醜い顔が近づいていた。サァッと私の顔から血の気がひいた。
コイツ、ナニカタクランデル。
「えっ?そう・・・」私はとぼけて答えた。
「まぁ、そんな事はどうでもいいんだけどね。」
職員室に取り付けられている柱時計が、ボーン、ボーンと6回鳴った。職員室どころか、学校中でもここにいる2人以外はおそらく誰も残っていないだろう。試験が近いので、クラブ活動も中止期間だ。と、その時、私の肩に何かがふわっ、とかぶさった。
全身がピーンと硬直した。
「な、何ですか?」
私は思わず、大きな音をたてて椅子から立ち上がっていた。奴が手をまわしてきたのだ。その椅子の音が予想以上にしんと静まりかえった部屋に響いたので、奴も動転したようだ。
「し、静かにしろよ!」
そう言うと、私の両手をつかみあげた。
あ、と思った瞬間、しかし私は奴の股間に蹴りをいれていた。
と、ぴったり命中したようだ。グエッというカエルを潰した様な声とともに、奴はもんどおりうった。
「てめぇ、ふざけてんじゃねえぞ。金玉ちぎったるでええ!!! 」
どえらいでかい声がでた。
実は私は16、7の頃、いわゆるスケバンだった。と言っても"影の"がつくそれだったので、親しい友達でもその事を知らない人は多かった。それが、ふとした拍子に蘇ってしまった。(しまった)そう思った瞬間、ヒェーという声を残して奴は信じられないといった顔で目をひんむいて、職員室を去って行った。(あぁあ、バレちゃった・・・でも、奴は誰にも言わないわね。)

 ところが学校中に広まる。・いずらい。・やけになる。・逆恨み・やっちまえ・"画びょうレストラン"を放火。・逮捕・獄中記・出所・あの時履いていた革靴に"彼"の目が。・取り出した瞬間夫の目が直る・奇蹟・思ひ出・ハッピーエンド。(夕暮れの町をバックに)

                                     おしまい

(「車掌」 お題「画鋲レストラン」ちなみに塔島ひろみは、「車掌」編集長の実名)
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