(52)

ここは自分のまわりのおバカな奴の行動・言動などを紹介するコーナーだ。
なるべく本人を直接見たり本人から直接聞いたものが良いが、信憑性が高ければその友人ぐらいまではOK。もちろん人間じゃなくてもかまわないぞっ。
さぁ、まだ世間に埋もれている貴重なとっておきのバカを紹介してくれいっ!
メールにて投稿は題名「おバカ」で、末尾に自分の名前を入れてね。
ポイントは3ポイント以上〜ーだっ! ダ〜〜〜ッ!!

キャッシュ払いで購入

こんにちは、タイ在住のHです。
1987年頃の話です。高校同期の親友Sくんが大学卒業後、サラリーマンをしながらバンド活動を続けていました。バンドはインディーズ業界ではそこそこ名が通っていたニューウェイブバンドでした。
あるとき、関西のライブハウスをまわるツアーがあるというので、同行させてもらうことになりました。待ち合わせの某駅に着くと、S君とバンドのメンバーは既に来ていて、早速出発することになりました。ところが駅から電車に乗り込むのではなく、駅から反対側の市街地に皆トコトコ歩いて行きます。私は電車に乗る前にどこかに寄るのかな、と思っていると、5分ほど歩いて到着したのは中古車販売店でした。
Sくんはなんと、ここで中古車のフォルクスワーゲン・ゴルフを現金で購入し、その車で関西に向かったのです!これにはびっくりしました。でもよくよく話を聞くと、その場で選んで即決したというわけではなく、以前からあたりをつけていて試し運転もした車だったとのことで安心しました。
そこから半日くらいかけて大阪まで移動をしたのですが、新幹線で行く心算をしていたのが自動車に変わったことで、随分とワクワク感が増大しました。
しかし、現金で中古車購入というのはとてもクレージーだなぁ、と呆れたことも事実です。その以前も以後もそんな人見たことありませんもの。そんな自動車現金払いの友人の話でした。(波照間エロマンガ島 2022/10/4)

(寸評)それはなんか凄いねー。あたりをつけてなかったら、もはやドラマになりそうな。クレイジーな友達が昔も今もまわりにいるのだね〜。善き人生也。7ポイント。

誤反応

2020年の石川さんのニヒル牛トークライブ。
スタート時に石川さんがオープニングトーク。
しかしどこからともなくボソボソと声が。
石川さんそれに気が付き客のほうへ。
よく見ると私のスマホのグーグルアシスタントが何かの拍子で作動してしまい音声が鳴ってしまったのでした。
おバカですね。

この後、丁重に石川さんにお詫びを入れました。
思えばこの事件がきっかけで石川さんと本格的にお話しすることができたなと思いました。(ズミ天 2022/10/4)

(寸評)ああ、そんなこともあったかな。お客さんの口が誰も動いていないのに喋ってる声がする!と思ったんだよね。今後もこういうハプニングは起きると予測〜。 5ポイント。

わたしもストロー派

タイ在住のHです。
ここ数年の私はビールを飲むときはほとんど必ずと言っていいほど、ストローを使います。ストローでキューっとビールを吸い込むと、より早くスピーディーに酔うことができます。ビールのストロー飲み、安上がりで重宝していますよ。
以前どこかに書いたかもしれませんが、この飲み方を教わったのは、このHPの投稿者のおっくこと、OQ山さんだったことはここだけの話にしておいてください〔笑い〕。2月チェンマイ逃避組の最中、彼女とチェンマイのデパートの前でたまたま会ったとき、ストロー飲みの伝授を受けました。(波照間エロマンガ島 2022/10/4)

(寸評)とにかく早く酔っ払いたい時にはいいね。俺もどこかで聞いたことあるけど、やったことはないなあ。なんかビールはグイグイ飲みたくて。なのでコレクションの缶ビールでもコップに移して飲んでるんだよねー。5ポイント。

第一印象の勘違いおバカ

1974年12月、「スモーキン・ブギ」の大ヒットで突如として時代の寵児に躍り出たダウンタウン・ブギウギ・バンド。それから1980年にダウンタウン・ファイティング・ブギウギ・バンドに改名、翌1981年に解散するまで、このバンドのライブには10回以上駆けつけ、大ファンとして宇崎竜童さんの歌の世界に浸り切りました。

しかし初めてDTBWBを知った小学6年生のとき、私は大ボケかましてしまいました。名前を勘違いして覚えてしまったのです。

その名も

ダウンダウンブギブギバンド

と覚えてしまったのです〔笑い〕!当然、友達にツッコまれました。
ダウンタウン〔下町〕も、ブギウギ〔ブルースの一形態の音楽ジャンル〕もまだ知らなかったんですねー。アホでしたねー。
そんなことをふと思い出しました。

〔追記〕私のDTBWBの楽曲中一番好きでカラオケ十八番は「愛しのティナ」です。1977年の資生堂キャンペーンソング。A面「サクセス」とともにヒットしましたね。(波照間エロマンガ島 2022/10/4)

(寸評)「スモーキン・ブギ」とか「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」とか、なんか斬新だったよね〜。
その後宇崎竜童は百恵ちゃんの曲を随分書いたよね。5ポイント。

野球中継

目が覚めると見知らぬ部屋に自分が一人だけいて、点いているカラーテレビでは野球中継が放送されていた。
場所は西陽が強く当たる和室で、冷房がガンガン効いている。深く眠っていたせいで意識は朦朧としていた。なぜ自分がここにいるのか認識するのに時間がかかった。テレビの野球中継に意識を向けると、これが不思議なことに知らないユニフォームを着ている二つのチームが試合をしていた。球場の形状からそこは後楽園球場に似ていると想像された。しかし、私は混乱した。アナウンサーは確かに日本語を話し中継しているのだが、ユニフォームに書かれたチーム名はまったく見覚えのないチームなのだ。ゲームは打撃戦の様相を呈し、なかなかスリーアウトにならない。せめてチェンジになってCMタイムになれば何かヒントが得られるかもしれないのに。

目が覚めていくにつれゆっくりと意識が戻ってきた。自分は両親と家族旅行に来ていて、昼寝してしまったことを思い出した。今自分がいるのは岡山県倉敷市にある旅館のはなれだ。季節は夏休み、小学校高学年の私が見ているのは都市対抗野球大会ということが理解できた。
でもその時、一瞬だけ、自分が亜空間の次元の切れ目からパラレルワールドにやってきてしまったのではないか、とパニック確信してしまったことも事実なのだ。
今から思い返すとこれは単におバカな妄想に過ぎないのだが、その妄想をしたことをそれから50年くらいして突然思い出したのであった。ノストラダムスやらユリ・ゲラーやら「漂流教室」やらが流行していたせいで、超常現象が大好きな子供でした。あれは1973年の夏だったかな。(波照間エロマンガ島 2022/10/4)

(寸評)俺も子供の時に父親と何か役所のようなところに行って、外で待っていたのだが、戻ってきた父親を見て「何か違う・・・本物じゃない!」と思ったことを強く覚えてる。
もっともそれが本当に偽物にすり替わっていたとしても、それからの方が付き合いははるかに長いのだが...。6ポイント。

中学から高校への春休みにXXXした男

私の卒業した高校は小中高の一貫教育がされていました。私は高校受験で入学しましたが、半数以上の生徒は内部進学で中学からエスカレーター式に高校に上がってきました。 内部進学してきた同級生にN君という男がいました。ちょっとチャラチャラしていていつも他校の女生徒とつるんでいる軟派学生なイメージ。で、彼は茶髪に染めていました。校則では染髪は禁止されていましたから「度胸があるなぁ」といつも思っていました。ところが、N君は自分の地の髪の色は茶色だと主張して、風紀検査の教師をケムに巻き茶髪を黒く染めることはありませんでした。結局高校3年間それで通しました。私はもしかしたら地の髪の色は茶色と言うのは事実かもしれないなと思っていたのですが、そのことが嘘だと判明したのは高校を卒業してしばらく経った後でした。
私は渋谷の西武百貨店B館前のスクランブル交差点を横断していると、反対側から歩いてきたN君と突然再会したのです。「おー、久しぶり」と挨拶。N君は青○学院大学に進学していました。1981年頃の大学生ですから案の定サーファーっぽい長髪にしていました。ところがN君は高校時代3年間見慣れた茶髪ではなく、黒髪の長髪だったのです!これは結構衝撃を受けました。「髪はどうしたの?」とまず第一声でN君に質問しましたよ。するとN君「高校3年間ずっと茶髪にしていたから、髪が痛んであまり染まらなくなっちゃったんだよ。だから今はアッシュ〔灰色〕入れて黒っぽくしている」と答えるでは無いですか! やはり私の推察した通り、N君は中学を卒業して高校に入学する春休みの間に髪を染めていたのです!それで3年間通し世間を欺き続けたというわけですね。これぞチャラ男の鏡だと感心しましたよ。
そんな高校3年間茶髪を通した同級生N君の話でした。(波照間エロマンガ島 2022/10/4)

(寸評)アッパレですな。3年間の間に「これはまずいぞ」と思っても引き返せなかったのかもしれないけどね。6ポイント。

危ないヨボヨボ老人

石川さんもご存知でしょうか。西武新宿線、航空公園駅と新所沢駅の間にある踏切を。

東所沢から、小手指〈こてさし〉の近くにある私の通い先に通っていた時分には、その踏切が通り道でした。
これは私はよくやるのですが、交通法規の視点からは好ましくない事かもしれません。ある時、踏切が鳴り始め遮断機が下りる前に、私は踏切を通り過ぎました。
踏切から離れ、ふと振り返って踏切を見てみると、もう遮断機の棒が下りた線路の中で、老人女性が立ち往生していました。
緊急ボタンを押そうかと思いましたが、ちょうど走ってきた電車もスピードを落とし、そばにいた若い男性がリードして何とかその老人女性を踏切の外に連れ出しました。

私に着いて来てしまったのでしょうか。
見た目はそれほど衰えた感じはしていない姿見の女性でしたが、そういう人ほど却って危ない、という例もよくあります。
危機管理の出来ない能力の無さには、正直、唖然としました。ちょっとでも危ない、能力が発揮できないと感じたのならば、このような危険技はやってはいけません。
年を取ると自分を管理する能力が無くなる人もいる、と石川さんも言われていましたが、もし私の考えている事が正しいとするのならば、〈それが本当に証明されるのは私が50〜70代の年齢かもしれません〉世の中の人の大半が、絶句してしまう程、大切な事を知らない、と言う事になってしまいます。 (Sankaku 2022/9/8)

(寸評)知らない、というより「わからなくなる」らしいね。それまで分かっていたことが。
身近な老人にも、歩いたりはできるけど、もはやトイレをどう使っていいかわからず、パンツを下ろすことも、しゃがみ方も、何もかもわからなくなってる人もいる。
でも普通に会話はできることもあるので、側から見たら気づかないんだよね。これから高齢者がどんどん増えて、こういう人はますます増えるから、身寄りのない老人などは、行政が動かなければならないことも多いと思うね。5ポイント。

Panic in the Night Train WC

タイ在住のご存知です。
先日のこと。夜行列車の男性トイレ〔小便器オンリー〕で用を足したあと寝台に戻ろうと扉を開けようとしたのですが、壊れて開けることあたはず。パニックになり扉をガンガン叩き大声を出して乗務員に救出されました。5分近く閉じ込められ閉所恐怖症発動、ガクガクブルブル。他の乗客をだいぶん起こしてしまった模様。深夜気狂いが何やらわめいていると思ったのかもしれないな、と。そんなパニックに陥った夜行列車のトイレでの出来事でした。(波照間エロマンガ島 2022/9/8)

(寸評)ああーっ、その怖さわかる。もし誰も来なかったら便器に頭強打して自殺してたかも...。パニック怖い。7ポイント。

天使にNG

今から10年以上前、まだニヒル牛2がこの世に存在していた頃の話。
私はその時すでにタイ国に移住していたのかどうかは忘れてしまいましたが、確かにニヒル牛2に恒例イベント「わっかをなくした天使のおっさんのひるね屋」を見にいってました。そこでの出来事。
私も知っているニヒル牛常連客で、石川さん関連ライブでもよくお会いする女性の某さんが、天使に新しいニックネームをつけてくれないかリクエストしたことがあったのです。
石川さん、おっと、もとい、天使さんは「。。。。。。」と新しいニックネームをつけました。ところが。

「ちょっと待ったー!」との声が私の斜め後方から聞こえてきました。 その日店番をしていたニヒル牛オーナーの石川あるさんが「そのニックネームは良くない。違うだろ」とクレームをつけたのです。店内の雰囲気がざわざわしだしました。そう言われてみると、そのニックネームは某さんには似つかわしくないな、と思ってしまったから不思議です。
天使さんはニヒル牛オーナーのクレームに従い、ニックネームの変更に応じました。
新しいニックネームを得た、はみーさん〔あ、言っちゃったw〕は満足そうにその名前を名乗り始めました。
そんな「天使にNG」を突きつけたあるさんの思い出でした。この話で誰がおバカだったかはあえて書きませんよ。(波照間エロマンガ島 2022/9/8)

(寸評)確かはみーさんは毎年そのイベントに常連で来ていて、毎年名前を変えてくれたので、ネタが尽きていた記憶(笑)。
あのイベントはニヒル牛2あってこその愉快なイベントだったねー。他の場所でも何回かやったのだけど、ライブハウスだと事前に別チャージをお店に払わねばとか、俺のおふざけの「お告げ」を真剣に受け止めるお婆さんなどがいて、こちらがたじろぐなどもあったもんなー。6ポイント。

ヒル

先日、群馬県へ二泊三日で温泉宿へ行ってきました。その二日目です。

ワタクシは「日本秘湯の会」に属するある一軒家へ泊りました。秘湯といってもだいぶ新しくて大きな宿でした。

宿では館内をくまなくうろうろすることと、周りを散策するのを最高の喜びとしているのですが、その日も散歩を兼ねてカブトムシ・クワガタのトラップを仕掛けに周りを歩くことにしました。トラップは100円ショップで売っているカブトムシ・クワガタのゼリーです。

宿の職員に聞くと6月-9月にかけてここ10年くらいヒルが異常発生しているとのことでした。

ワタクシは何を思ったか素足にサンダル、浴衣と言う格好で出発しました。トラップを仕掛け、帰宿。途中足が少しかゆいので見ると細長いヒルが足に。慌てて振り払いました。

部屋に戻り夕食の時間。食堂の個室に案内されて、若い従業員さんと「どこへ行ってきましたかー」など話していると、ここでも「ヒル」はが多いことを聞かされます。「大丈夫でしたか」の問いに「振り払った話」をして足を見たら血を吸ったぷくぷく太ったヒルがコロンと落ちてきました。先ほどとは全く違うやつです。

なんと、足の親指と人差し指の少しへこんだところに潜んでいたのでした。

ヒルをテーブル上へ置くとその若いお姉さんは慣れたもので、お手拭きの外袋でむんずとつかみます。後で聞いたところによると、塩をまいて焼いて殺したそうです。ナメクジと同じように。そこまでしないと焼かないと死なないそうです。

足は真っ赤でした。ドピッと血が出るというよりいつまでもにじむような感じでした。バンドエイドは持ってきているものの、温泉だしすぐ取れるし、虫用の軟膏もありません。ぬったところで温泉に入りまくるのですぐ取れてしまうでしょう。ヒルが噛むとき何とかという液を体内に入れるのでかゆくなったり中々血が凝固しないそうです。足の間に突っ込んでおいたテッシュペーパーはいつまでも赤い状態でした。

フロントでお湯に入ってもはがれない絆創膏をもらい足に装着するも数時間は駄目でしたね。

しかし従業員のお姉さんは微動だにしませんでしたね。女の子ならキャーキャー大騒ぎしそうですが、彼女は確固としたものを持っていました(笑)。翌日フロントで聞くと、かつてこの周辺には全くいなかったのに、造成のため持ってきた土の中にいたのかヒルが大繁殖したそうです。またガイドブックには「カブトムシが取れる宿で子供にも大人気」とあり確かに10年位前まではなにもしなくても向こうからカブトムシがやってくるほどだったそうですが、今は全く見なくなり見かけると運が良いくらいのとのことでした。案の定、10か所くらいしかけてトラップには全くかかりませんでした。うーむ。数年前もこのエサで取れなかったのでこれは「カブトムシ・クワガタのエサ」ではなく「カブトムシ・クワガタが取れないエサ」じゃないのかという結論に達しました。

翌朝は靴下にローカットの登山靴ででかけ、じめじめした湿地を避けて歩いたのに、宿に着き靴下をぬぐと靴下からまたヒルか落ちてきました。テッシュでつまもうとしてもなかなかというか全く離れません。裏返してやっとこさ取り、テッシュから離れないのでそのままトイレに流しました。この話をお姉さんに言うと「山に行かない事です」とあっさり言われました。お姉さん強い!(わいわい 2022/9/8)

(寸評)ヒル怖い〜。やられたことないけど、ナメクジも苦手だからなー。
何も考えないで血を吸って膨れ上がるのって、不気味だよねー。6ポイント。

黄緑色のマセラティ

1988年頃、川崎のClub Cittaでオールナイトのテクノダンスイベントがあるので行きました。私はいつものように自動車で行って野外駐車場に車を停めました。その夜は友だちの大学の同級生が来るというので楽しみにしていました。情報によるとイタリア車のマセラティを持っていてそれに乗ってくるというのです。
イベント終了後、駐車場にマセラティを観に行きました。ところが、私に予想に反して。
そのマセラッティはガルウイングタイプのスーパーカーではなく、どーっちゅことのないセダン車でした。車種はクアトロポルテ3。しかも黄緑色をしていました。私は内心がっかりしましたが、もちろんそんなことは口には出さずに10年落ちのボロボロのセダンのマセラティを眺めたという次第でした。クアトロポルテも十分カッコいいとは思ったのですが、やはり黄緑色の車というのはなんか笑いを誘いましたね。そんな思い出。(波照間エロマンガ島 2022/9/8)

(寸評)確かにスーパーカーブームの時も黄緑色の車はあまりなかったような気がするね...。やっぱり「カッコいい色」ってのもあるんだろうね。5ポイント。



トップに戻る