悪の司令その2　結果報告

「てきとー日記」を読んでもらえばわかる通り、俺自身は小平市小川、という町のあたりをうろうろしていた。最初は商店街を歩いていたつもりだったが、いつのまにか街灯もない真っ暗な住宅街を彷徨っていた。近くに線路は通っているのだが、このあたりは西武線がゴチャゴチャに入り乱れているところなので、自分がどっちの方角に向かって歩いているのかも定かではなかった。もうすぐ、７時になる。まさか指令を出した俺自身が「できません」は言えない。さぁ、どうする・・・時折人や自転車が通る。いくら暗いといっても、道の真ん中で「シェー」をしてたら、さすがに人目をひく。ましてや、俺は知る人には知られている顔だ。「あの人って、やっぱり本物だったんだね」の噂が瞬く間にネットで広がったら、もう俺の人生もそこまでだ。さぁ、あと５分だ、どうする、どうする。物陰に隠れて、立ち小便でもする振りをして「シェー」をするか?　でも、それは司令塔にしてはあまりにも消極的だ。きっと今頃コンサート会場の客席や、職場や、往来でビクビクしながら「その時」を待っている１００万人のみんなに、申し訳が立たない。
　と、その時だ。ふいとみた路地の先に、線路が見えるではないか。瞬間で思った。「あれだ!」俺は７時に間に合うように、小走りにそこに駆け寄った。ちょうどそこは、人しか通れない踏切。しかも幸いなことに、折しも降りだした小雪に、人影もない。「ここだ。」例え、ちょうどその時運悪く列車がやってきて、俺がぺちゃんこになったとしても、この「悪の指令」を見ている１００万人のみんなだけは、「石川は、壮絶な最期だったよ」と人知れず称えてくれるに違いない。「・・・それで、良い。いや、そのくらいが、ちょうどいい。俺の人生なんて・・・」そう思って、線路の真ん真ん中に立つと、俺は静かに片足を上げ、足と手を交差させた。
　そして、時が来た。
　「今だ!」
　シェェェェェェーーーーーーッ。目をつぶって、数を数える。
　「１２３４５６７８９・・・じゅうっ!」
　俺はなんて悪運の強い星の元に生まれたんだ。列車が来ないばかりか、人も来なかった。本当は、妻と一緒に来て、その瞬間の姿をビデオに収めてもらいたかったのだが、「あたし、パルコで買い物あるんだから、かまってる暇、ないの!」と言われてはるばるこんな遠い土地まで「シェー」をしにやってきたのだ。せめてもと、終わってから自分の立っていた、歴史の一ページを、ビデオに収めた。もしも俺が後に偉人になったら、是非とも伝記に「石川浩司、勇気の踏切」としてここに石碑を建立してください。