五月二十五日 拷尼行(ごうにいごう)の日



   一般の社会人にはあまり関係ないが、尼さんにとっては一年で一番辛抱を強いられるのがこの日だ。
 何せこの日は、日常でさえあらゆる欲望を断ち、厳しい修行生活を送っている尼僧が、さらに拷問の行に耐えなければいけないという、誠に不摂生をしている私達にとっては頭の下がる激しい修行日なのだ。

 具体的にどんな行かというと、まず朝は前日の午後十時に叩き起こされる。就寝時間が午後九時なのでたった一時間の睡眠である。そもそも朝でもないのでわけがわからないところだが、そこを問うのは一般人の浅はかさというものである。その起こされ方も尋常ではない。なんと布団に一匹ずつ大蛇を放たれ起こされるのだ。
「ヒイィィィッ!!」
 という声がこだまするが、なにせもしも起きなければ大蛇に首をギュウギュウ絞めつけられて最悪死に至ってしまうのだから、命からがら起きざるをえないのである。そしてまずはヒンズースクワットを千回。
「ヒイィィィッ!!」
 何で尼僧がヒンズースクワットなのか、とは思うがとにかくそういう疑問を持つことさえ許されないのだ。もしも、
「何で私達がヒンズースクワットしなくちゃならないんですかっ!? だいたい『ヒンズー』が付くのだからそもそもヒンズー教がらみのもので、私達の宗教とは関係ないんじゃないですか?」
 などと反抗したりしたら、その瞬間、何故かすぐ横に用意されていた暴れ馬に足をくくりつけられ、寺の裏庭をさんざ引きずりまわされ、
「ヒイィィィッ!!」
 ともはや気絶寸前にまでいったところで冷や水をバケツで顔面にぶっかけられ、ようやく意識を取り戻したと思ったら次は先輩の尼僧から、
「エイッ! ヤアッ! 大当たりっ!」
 と「ケツダーツ」を次々に投げつけられるという荒行が行われてしまうのだ。
 そしてさらには「理由なきパンチ」「頭の上から金盥」「パンツ隠し」「廊下バナナの皮だらけスッテンコロリン地獄」「ゴムパッチン」「鼻毛無理矢理引き千切り」「落とし穴の中にイボ蛙」などなどが次々と襲いかかり一日中「ヒイィィィッ!!」の声が止む事がない厳しい修行の日なのだ。

 でも夜になり全ての修行が終わると紅白饅頭が配られ、先輩の尼僧の膝枕の上で優しく頭をサワサワされ、訓練に耐えたあとに突如訪れたその人間愛溢るる行為にみな涙し、甘くもしょっぱい味がするという。私達凡人には到底耐えられない試練だが、それを乗り越えた者だけが得られる至福の瞬間ともいえよう。
 ちなみにその紅白饅頭はヤマザキの特売で買った二個九十八円の代物だが、それでも何にも代えられない多幸感を得、「幸福とは、厳しさに耐えてこそ訪れる物也」という真実を知るのだ。

 私達もせめて今日の尼僧さん達の労苦を想像し、一日を謙虚に過ごそうではないか。


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