五月二日 碁蓋の日



 日本古来からの知的ゲームとして将棋とともにその横綱の東西の座を争うのが、囲碁であることには誰にも異論がないところであろう。また、白と黒のたった二種類の駒にてこれほどまでに奥の深いゲームというのも世界広しといえども希有であろう。
 この囲碁というゲームも名人や高段者ともなると、碁盤や碁石なども手作りの重要文化財級の工芸品とも言える上質な物を使用するのは周知の事だ。
 もちろん碁石を入れる碁笥の上蓋、即ち碁蓋にも細かい細工が施されている物も多い。しかし蓋はその用途故に囲碁の勝負が始まる時に開けられ、終わった時に閉じられるだけで、肝心の勝負時の間はそれを顧みる人は皆無と言ってもいい。
 いや、もっと残酷な言い方をすれば「邪魔者」と思われることすらもある。
 皆、碁盤や碁石、碁笥には気を使うが、その横に置かれた蓋の事など特に厳粛な対局中にかまっている場合ではないからだ。

 そして悲劇は起こるのだ。
 例えばお茶を運んで来た女中などが、その存在感の薄いわりに重量のある蓋に目がいかず足をひっかけもんどおりうって碁盤の上に「あれぇぇぇーっ!」などと転がりこみ、腰を強打して、なおかつ着物の裾なども華々しくめくれあがり碁盤の上でしばらく足を天井に向けてVサインの無様な格好で動けなくなり、その姿を見て一瞬頬がほころんだ対局者には熱い煎茶が一瞬宙に舞った後、顔面にとふりかかり「あっちっち!」と名人などもその威厳もふっ飛びただの一個の親父となり熱さにひっくり返り、当然碁石も四方八方に飛び散りとても対局どころの事態ではなくなる。
 そんな時、その女中を先頭にそこにいる誰もがキッと怒りの矛先を向けるのがその事態を招いた張本人である碁蓋である。
(蓋め……。)
(たかが蓋なぞが置いてあったおかげで……。)
(蓋など対局が終わるまでいなくなっていればいいのだっ!)

 このような事が何度も続き、碁蓋も遂に決意したのである。
「それなら、私がいなくなったらどうなるか身をもって知るが良い!」
 そしてある日の夜、
「私を探さないで下さい」
 という書き置きとともに、闇に乗じて碁蓋は身を隠して旅に出てしまったのである。
 まさか、碁蓋がそのような反逆・謀反を起こすような勝気な性格だとは思ってもみなかった者達はひと時唖然としたが、
「なあに、碁蓋なぞなくても囲碁は出来ますよ」
と悠然と余裕綽々で構えていた。

 ところがそれが間違いであったことはすぐにわかった。
 蓋がない碁笥は取り出したりしまったりする度に件の女中などが「あらららっ!」などといって碁石をばらまいてしまい、さぁこれから、という対局の緊張も何も崩れてしまい、さらに女中がそんな事態を打破せんと頭を捻ったあげく、厨房から鍋の蓋などを碁笥の上に乗せそれを代わりに静々と対局の場に持って現れると、
「君はふざけとるのかっ!! 神聖な勝負の場でっ!!」
 などと対局者の逆鱗に触れたりし、女中は涙ながらに、
「碁蓋様……。戻ってきておくんなましーーーっ!!」
 と言いながら碁蓋を真似た物を夜中に粘土でペッタンペッタンと自ら汗水垂らして制作し、それを帽子の様に頭に被りながらお百度参りを始めたのである。
 そしてそのちょうど百日目である。
「碁蓋様、どうか……。」
 そういつものようにお祈りしている女中の肩をポンポンと叩く者があった。
 ……碁蓋であった。
「よくやった。ワシは戻るよ。」
「碁蓋様!」
 ガシッと抱き合う女中と碁蓋。

 実は碁蓋は「旅に出る」と言ったものの自分にお足(お金)どころか本当の足そのものすらないのをすっかり忘れており、仕方なく横にゴロゴロ転がって部屋の箪笥の裏にずっと影をひそめてこの女中のキッカイなお百度参りの行いを見ていたのである。
「碁蓋様! 二度と碁蓋様を祖末にすることはありませんっ!……そうだっ、今日を『碁蓋の日』として末永く碁蓋様に感謝を捧げる日といたしますっ!」
 そうしてこの日が「碁蓋の日」として制定されたのである。
 ただ、件の女中の心の中だけでの記念日ではあるが……。


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