五月十六日 こいろくの日



   「こいろく」と聞いても何のことかわからない者も多いであろう。実はこれは一種の符丁で「こいろく」を逆さに読んで「くろいこ」これは何も黒人の人達を指す差別的な言葉ではなく、戦後の闇市とかで親をなくし、それでも懸命に靴磨きなどをしてがんばっていた汚れて黒くなっても生きることに必死だった子供の事を大人達は「黒い子」=「こいろく」と呼んでいたのだ。
 なのでそんな「こいろく」に今日だけは特別に彼らに菓子や餅を与えたり、映画や銭湯にただで入れさせたりと上野浅草界隈のボランティア団体が決めた日なのだ。
 この日ばかりはそんな大人の世界にまみれてほんの少しすれてしまった子供達にも子供本来の目の輝きが蘇り、大変微笑ましかったものだ。
 不幸な毎日を強いられている子だからこそ、多幸感もひと一番強いのだ。
「明日は『こいろくの日』だね!」
 とちょっと頬を紅潮させながら同じこいろくの仲間と前日から話しが盛り上がり、興奮の為眠れなくなり、目を真っ赤に充血させながらもニコニコと施設にやって来る子が後を絶たなかった。

 ただそんな風習も高度経済成長が始まった昭和三十年頃にはすっかり形を消してしまったし、元々公的に決められた物ではなかった為「忘れ去られた記念日」となってしまった。一部の人々にだけ「あぁ、そんな日もあったなぁ」と戦後のどさくさを思い出させ、元こいろくで今は立派な大人になった人達だけが、あの嬉しかった日を懐かしさとともにふと思い出すことがあると言う。

 ある種時代を象徴していた記念日とも言えよう。


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