五月十四日 乞い与の日



   この日はちょっと不思議な記念日である。
 何事かを乞い、そしてすかさずそれを与えるという日なのだ。
 まずは町行く人に物を乞うのだ。別にお金ととかいうことではなく、
「すいやせん。そこのおとうさん、煙草一本頂けないでしょうかねぇ」
 とかもしくはティッシュ配りのお姉さんに、
「あともうひとつ、いや……ふたっつ貰えませんかねぇ」
 などととにかく人に無償で物をいただくのだ。
 そして貰えた場合は決してそれを自分の物にせず、なるべく素早くそれを欲しがっていそうな人に与えるのだ。出来れば貰った人の目の前で。
「兄さん、煙草が切れてイライラしてんじゃないの? ま、一本これでもつけなよ」
「お嬢ちゃん、お鼻が出てまちゅねぇ~。このティッシュでかみかみしましょうね~」
 などと。
 つまり人間という肌の温もりのある流通作業である。

 過去もそしてこれからの未来も実は世界は「流通」というもので成り立っている。それは食品や衣類などの実際の物であることもあるだろうし、昨今は「情報の流通」が社会を牛耳っていると言っても過言ではないだろう。
 そんな重要な流通だが、ほとんどはビジネスライクに処理されてしまい、生の人間を媒介とした物が極端に減っているのが現状である。
 太古の昔は物は物々交換だったし、情報は口コミだったので常に流通する様々なもののその真ん中に「人間」がいた。
 だがいつのまにかそれは形を変えてしまった……。
 ここでひとつ人間社会の原点に立ち返り、この「乞い与」という一見奇妙にも見える行為を行うことでそれをを思い出す日があっても良いのではないであろうか。

 但しこの記念日はまだあまり一般に浸透しているとは言い難いので、調子に乗って、
「すいやせん、お宅のぼっちゃんひとつ、いただけませんかねぇ」
 などと言っていつのまにか両手にお縄がかかり、
「ほらっ、このコートで顔を隠せ!」
 などと言われパトカーに強制乗車させられるのだけは避けた方が賢明であるかもしれない。


小説 五月の記念日に戻る
石川浩司のひとりでアッハッハートップに戻る