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五月十一日 恋、いーの日



   恋って素晴らしいわよねっ! 
 何でもない日常風景が薔薇色にそまってゆくの。
 コートの前を開けておちんちんをさらけだしているおじ様も、道にそっと横たわっている私に微笑みかける犬のウンコちゃんもみんなみんな輝いてみえるの。
 思わず「おじ様、素敵よっ、かっこいいっ!」ってティンクルティンクルお星様いっぱいのお目々で手を振って応援して、ウンコちゃんにも頬ずりしちゃった。キャハッ! なんか匂いまでがデリーシャスになるの。
 そんなさわやかな匂いを風とともにつれて歩いていると、まるでモーゼの十戒のように人々が私の為に道をあけてくれるの。それもこれも恋の魔法ねっ!

 それまで思っていた価値観なんて、恋の前では突然まるで意味がなくなっちゃうの。
 あたし、一生恋していたい!
 もし素敵な異性が現れなかったら、うん、別に人間じゃなくたってなんだっていいの。
 実際、今私が恋しているのって、うーん、ちょっと引かれちゃうかもしれないけど、電信柱さんだから。
 家から駅に行く途中のちょっと横の、ほらあの薬局の角を曲がった路地にあるちょっと一本だけ高いスリムな電信柱さんにある日バーンッ!って感じで衝撃を受けて。
「あ、なんかいい。この電信柱さんすごくいい!」
 って最初は思っていただけなんだけど、そのうち自分の中で「これは恋だ!」って気づいちゃって。それから毎日その電信柱さんの横にずっと立っていて。そのうち彼もあたしの気持ちに気づいてくれて、テレパシーで、 「ぼくなんかでいいの? だってぼくは背が高いだけで変な線とかいっぱいつながってるし……」
「そんなの関係ないわっ! あなたの悪口言う人がいたら線を引っこ抜いて、高圧電流をおみまいしてやるわっ!
 その人、まっっっ黒に焦げるわよ~!」
「き、君って案外過激なんだね。でもぼくも実は君のことずっと気になっていた……」
 そして相思相愛になったの。
 人が通ってない時はそっと頬をくっつけたりして。彼って優しいの。無口だからほとんど喋らないんだけど、なんか暖かくて。あ、でも全然喋らないってわけじゃなくてたまにテレパシーで、
「君の子供の頃の写真が見たいな」
 なんて言うんで次の日何十冊もあるアルバム、リュックに入れてウントコウントコしょって来て見せたりして。
「君は昔から変わってないんだね」
 なんて声が心に直接届いて。優しいの。

 時々通行人やなんか誰からか連絡を受けたらしいおまわりさんなんかが電信柱さんに向かってアルバム開きながら話しかけている私をジロジロ見ていくことがあるけど、ぜ~んぜん気にならない。逆に「あなた恋してないでしょ~」なんて優越感持っちゃうほどで。
 会社?
 もちろん辞めちゃった。別に嫌いな仕事じゃなかったし不満もそれほどなかったんだけど、恋にはかなわないわよね。
 ま、そのおかげでほとんどお金ないんで時々駅前の噴水のところに鳩に餌をやりに来る人がいてそれをオヨバレというか私も一匹の鳩に成り済まして食べたりね。
 えっ? あ、ばれないよっ!
 鳩に餌あげている人おじいさんだからよく見えてないんじゃないかな。私、鳩胸だし。
 あとは猫が庭に入らないようにしているペットボトルの水飲んだりね。何とかなるものよ。お金なんてなくても。
 えっ? 異常に痩せてる? 骨と皮だけで病人みたい?
 やったー! ダイエットまで大成功じゃない。私むしろちょっとおデブちゃんだったんだから。恋ってそんな力もあるんだぁ。すごぉーいっ!
 うん。もちろん病気かもね。この世で一番重い恋の病にかかってま~す! ふふふ。
 とにかく「恋していること」が一番大切なの。
 100円が100万円になる感じ?
 これ、恋したことない人分からないかもしれないけど、本当だよ。
 だから私は電信柱さんと逢ったこの日を「恋、いーの日」に決めました!
 みんなも「恋、いーの日」に素敵な恋、しようっ!
 私からのささやかな提案で~す!


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